精霊幻想記~もう1人の転生者~   作:伊達 翼

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第五十二話『ネクサスの言葉、リオの決意』

 喧嘩騒動を起こしたリオとネクサス。

 リオは自宅謹慎に留まったが、ネクサスは非は自分にあるとして自ら庁舎地下の牢に入ることを選んでいた。同じ家に住む人間が同じ場所に居ても仕方ないというのもあるが、今はお互いに距離を置いた方がいいと考えての選択だ。

 そして、数年越しに再び牢に入ったネクサスはというと…

 

(ったく、世話のかかる奴だ……痛ぅ…)

 

 自ら治癒の精霊術を使って殴られた顔の治療をしていた。

 

(自業自得とは言え、損な役回りだな…。ここから出たらあいつらにも謝らねぇとな…)

 

 取り押さえられた時に心配そうにこちらを見てたサラ達の顔を思い出し、ネクサスは重たい溜息を吐く。

 

 すると…

 

「随分と大人しいじゃねぇか。暴れてた時とは大違いだな?」

 

「ネクサス殿、落ち着いたかの?」

 

 最長老であるドミニク、アースラ、シルドラが牢の前までやってきていた。

 

「これは最長老方…申し訳ありませんね。とんだ騒ぎを起こしちまって…」

 

 顔の治癒に集中してたせいで気付かなかったのか、すぐにネクサスはそのように言う。

 

「起こってしまったことは仕方がない。だが、その経緯を知らなければ、私達としてもどう裁くべきか、わからないからな」

 

「ですよね」

 

 シルドラの言葉にネクサスも冷静に答える。

 

「それで? ネクサスはどうしてリオを殴ったんだ?」

 

 ドミニクが端的に理由を尋ねる。

 

「……そうですね。今日のリオは…見てて、正直に見るに堪えなかったから、ですかね?」

 

「見るに堪えなかった?」

 

 ネクサスの答えにアースラが首を傾げる。

 

「えぇ。あいつは今、大切な決断の時を迎えてるんだと思います。ですが、俺からしたらその決断で本当にいいのか? 後悔しないのか? と言いたくなるようなものでしてね。老婆心ながら、喧嘩を吹っ掛けてみたんですよ…」

 

「そんな理由で喧嘩を吹っ掛けるたぁ、また思い切ったな?」

 

 ネクサスの言葉に呆れたようにドミニクが返す。

 

「俺…いや、他人とは言え、あいつには幸せになってもらいたいもんでね。だから、お節介を焼きたくなったんですよ。ま、美春ちゃん達には悪いことをしちまったかな。大事な考える時間に余計な面倒事を起こして奪っちまったんだからな」

 

 ネクサスは自嘲気味に言う。とは言え、リオが上手くフォローして話を纏めてくれるだろう、とも考えている辺り、ネクサスのリオへの信頼度は失っていない。ただ、リオのネクサスへの信頼度は…暴落したと思った方がいいかもしれないが…。

 

「つまりは、友を想うがために行ったことだと?」

 

「ま、お節介以外の何物でもないでしょうがね」

 

 シルドラの問いにネクサスはそう答える。

 

「ネクサス殿の言い分はわかった。だが、リオ殿はそれで納得するかの?」

 

「あいつもアレで頑固ですからね。多分、無理かと…」

 

「ふむ…とは言え、リオ殿もネクサス殿も、共にシュトラール地方に戻らねばならぬのだろう?」

 

「そうですね」

 

「どうする気だ?」

 

「ん~…素直に謝る、ってのはどうにもガラじゃなくて…それに謝って済む問題でもありませんしね」

 

 最長老3人の言葉にネクサスはそう返しながらも、どこかこれでいいような雰囲気だった。

 

「ネクサス。お前さんも損な役回りだな?」

 

「俺1人が悪者でいた方が、きっといいんすよ」

 

「ネクサス殿…」

 

「これも全てはリオのためです。あいつには、間違った選択をしてほしくないんで…」

 

「あいわかった。ならば、私達からは何も言うまい。ネクサス殿の覚悟…しかと受け止めた」

 

「よしてくださいよ。ただの自己満足なんですから」

 

 そうして最長老3人の面会は終わり、ネクサスは牢のベッドで1人横たわっていた。

 

(リオ…俺達は確かに死んだ身だ。地球に帰れるはずもない。でもな…)

 

 天井を見ながらネクサスは思う。

 

(前世で果たせなかった約束…それを今世で成して、何が悪い? お前は…お前だ。リオであり、天川 春人でもあるんだ。だから…彼女から逃げるな…お前は、お前の想いを…伝えればいいんだ)

 

 そして、こうも思う。

 

(こんな悲しい世界に…もしも本当に神がいるのなら、俺はそいつを恨むぜ)

 

 そうしてネクサスは、牢の中で一夜を明かした。

 

………

……

 

 一方で…。

 ネクサスが牢の中にいる間、リオは普段通りに皆と接していた。しかし、あんなことがあった後なので、ラティーファや美春達にも心配をかけてしまっていた。

 美春達には気にすることなく、しっかりと3人で話し合って考えてくれと言って自室へと戻っていた。

 

(ネクサスは…なんで、あんなことを…)

 

 そして、皆が寝静まった頃に当のリオは自室でネクサスの行った言動を考えていた。

 

(アイシアがいれば…少しは相談できたのかな?)

 

 しかし、この場にアイシアはいない。リオは自分で考えなくてはならない。

 

(……向き合う、か…)

 

 それは、これまでに何度かネクサスに言われてきたことだ。

 

(俺は、醜い復讐者だ。そんな俺の復讐に、みんなを…みーちゃんを巻き込むわけには…)

 

 そうしてリオはネガティブな方向へと思考を巡らせ、心を閉ざそうとする。

 

(そうだ。復讐を終えたら、皆の前から姿を消せばいい。そうすれば…誰も俺のことなんて…)

 

 しかし、ふと思う。

 

(こういう時…ネクサスは、どうするんだろう…?)

 

 最初は…面白そうだから、と勝手についてきた奴だ。しかし、それからは苦難を共にし、同じ転生者でもあり、良き理解者だとも…。

 それはネクサスとて同じだろう。同じ転生者としての境遇、歩んできた闇の道…それでも、ネクサスは笑っていた。何故か?

 

『俺はあいつらの兄であり続ける』

 

『想いは…残り続けるんだよ。この胸の奥…魂に刻まれてな』

 

 確かに、ネクサスはそう言っていた。もう二度と会えないという妹2人を想い続けると言っていた。それが自分の生きる道だと信じて…。

 

(なら、俺は…?)

 

 そして、殴り合った時に聞いたネクサスの言葉を思い出す。

 

『彼女…不安がってたぞ?』

 

『お前は、また逃げるのか? 彼女を置いていくのか?』

 

 その言葉を思い出し、美春の顔を思い出したリオは…

 

「……っ」

 

 酷く胸を締め付けられたように苦しそうな表情をしていた。

 

(俺は…だけど…これを言ったら…)

 

 美春達を混乱させてしまう。そして、自分が何者なのかも、これから起こる未来も…知ってしまう。そうした時、彼女達に絶望を与えてしまう。

 そんな考えが過ぎる中…

 

『それでも、ちゃんと向き合え。お前が、美春ちゃんをどうしたいのか…たまには我を通したっていいんだよ』

 

『いずれは真実を話す時がくる。その時になって、後悔しないようにな?』

 

 ネクサスの言葉も脳裏に蘇る。それと同時に…

 

『俺、大きくなったら絶対に迎えに行くから…!』

 

『そしたら結婚しよう!』

 

 天川 春人だった頃の、大切な思い出を…美春との約束した自分の言葉を思い出す。

 

「俺は、みーちゃんを…」

 

 そう呟き、リオは知らず知らずのうちにはらはらと涙をこぼしていく。

 

『だから、リオ。お前も、忘れないでくれ…お前が大切にしている、約束を。誰かを想っていた頃の、そんな気持ちを…』

 

「お、れは……ぅ、ぁ…」

 

 こうしてリオもまた1人静かに泣きながら夜を明かす。

 普段なら決して見せないその姿は…歳相応に未成熟な、子供のようだった。

 

………

……

 

 翌朝。

 リオの元に朝一で美春達がやってきて、一晩じっくり考えての答えを伝えた。

 それを聞き、リオは自宅謹慎を言い渡されていることも踏まえて、サラ達に最長老3人への面会を申し込めないかと頼む。

 3人の答えが出たのなら、ということでリオは自宅謹慎を解かれ、最長老3人が待つ庁舎の一室にネクサスを除いた全員で向かうことになった。時間的にはお昼の少し前くらいだ。

 

 そこでリオは最長老3人に美春達の考えを伝える。

 3人共、シュトラール地方へと戻ることにしたらしく、さらに美春はリオと共に夜会にも出席したいと願い出たことが判明する。

 そして、3人を連れて行くことに対する移動手段も、本来ならファングの背に乗ることを予定してたが、当のネクサスは牢の中であり、そのことはまだ知らない。ファング本来の姿があまりにも大きかったら目立つ可能性もある。そこで最長老達はサラ、オーフィア、アルマ、フレイシアスの4人も同行させることにした。

 元々、里の将来を担う若者の見識を深めるべく人間族の里へと向かわせる試練というか、習わしもあったようで、ちょうどいいとばかりにこの4人が抜擢された。

 さらにリオと一緒にいたいラティーファも同行を希望し、リオが過保護なことを言う一幕もあったが、最長老3人が許可を与えたことで、ラティーファの同行も決まった。

 ある程度、話が決まったタイミングで、ドリュアスが顕現し、美春達の門出を祝うパーティーの開催を持ち掛けていた。

 

 結果、パーティーの開催は決定。サラ達は一度、肉親の了承を得るべく実家へと帰り、それぞれ家族の時間を過ごすことになった。

 

 そして…

 

「皆さま…ネクサスは…?」

 

 帰り際、リオはネクサスのことを最長老達に伺っていた。

 

「昨日会った時は大人しかったな、会いたいのか?」

 

「…はい」

 

 ドミニクの問いにリオは頷いた。

 

「そうか。明日まではリオ殿と距離を置いた方がいいと考えたが…無用な心配だったかの」

 

「? それは、どういう…?」

 

 アースラの言葉に、リオも首を傾げる。

 

「まぁ、本人から直接聞く、わけにもいくまいか」

 

「俺達から言うことでもないだろ?」

 

「そこは若者2人に任せるかの」

 

 最長老達の会話についていけないリオだったが、ひとまずネクサスとの面会は許されたので、1人で地下の牢へと向かった。

 

「ネクサス…」

 

「ん? よぉ、どうした? しけた面して」

 

 扉の前でネクサスの名を呼んだリオに気付いて、いつも通りの調子のネクサスがベッドの上から話し掛ける。

 

「色々と決まったよ。美春さん達は、一緒にシュトラール地方に戻りたいって…」

 

「そうかい。じゃあ、足は予定通りファングで…」

 

「いや、サラさん達も同行することになった」

 

「あ? どういうこった?」

 

 疑問符を浮かべるネクサスにさっきの話をリオは語った。

 

「ふ~ん…ってこたぁ、サラ達も一緒にシュトラールに、か。また賑やかになりそうだ」

 

「そうだな」

 

 そこで2人して少し笑っていると…

 

「その…悪かった…」

 

 突然、リオがネクサスに謝罪をしていた。

 

「うん? 俺が謝るならともかく、被害者のお前が謝るのか?」

 

 どういう心境かと思ってネクサスが茶化すように言うが…

 

「俺は…もう後悔したくない。美春さんの…みーちゃんとの約束を、二度と破りたくない」

 

 声はやや震えているが、リオは確かにそう言っていた。

 

「……そっか」

 

 それを聞き、ネクサスも少し安堵したような表情をする。

 

「だから…近い内に、全てを話そうと思う」

 

「やっと腹を括ったか…ったく、遅ぇんだよ」

 

 リオの決意を聞き、口では遅いと言いながらもネクサスは優しい笑みを浮かべる。

 

「混乱させてしまうかもしれない。絶望を与えてしまうかもしれない。けど、それでも俺は…」

 

「いいんじゃねぇの?」

 

 リオの決意をネクサスは後押しする。

 

「前世で果たせなかった約束を、今世で成して何が悪い? たとえ、それが別人だとしても、前世の記憶だけだったとしても…お前の想いは、本物なんだからよ」

 

「ネクサス…」

 

「おっと、礼なんかすんなよ? 俺は俺のしたいように動いただけなんだからな」

 

「……お前らしいよ」

 

 そして、リオはネクサスに明日のパーティーのことを伝えると自宅へと戻っていった。

 

「なんだろうな…弟がいたら、あんな感じなのかね?」

 

 そう呟き、ネクサスは牢の中で笑うのだった。

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