翌日の夜。
予定通り、美春やサラ達の門出を祝福すべくパーティーが催されていた。
会場は低階層にある大食堂だ。
リオ達が会場入りした頃には既に上層部に位置する家系の方々がおり、談笑に花を咲かせていた。
そこにリオ達も加わり、いくつかのグループに分かれての談笑が繰り広げられたのだが…。
「いやぁ、シャバの空気は美味いねぇ~」
牢から出てきたネクサスの登場に会場の空気が一時的にピタリと止まる。
(まぁ、そりゃそうだわな…)
一応、シルドラが連れてきた体ではあるが、リオとの関係がどうなっているかわからない一同の注目はかなり集まっている。
そのことにネクサス自身も覚悟していたこととは言え、やや居心地の悪さは感じていた。
そして…
「よっ、リオ」
ネクサスからドミニクやサラ達の父親達と談笑していたリオに声をかけると…
「ネクサス、聞いてくれよ。ドミニク様がラティーファに余計なことを教えていたらしいんだ」
自然体でネクサスの声に応えており、何やら愚痴をこぼしている。
「あん? 余計なこと?」
ネクサスも意味がわからず、首を傾げて問い返していると…
「その…ラティーファに現地妻って言葉を教えたらしい」
「………………あ?」
リオの言葉にネクサスはポカンと間抜けな表情を浮かべ、ドミニクを見る。
「まぁ、なんだ…話の流れってやつでな?」
ドミニクが何とも微妙な表情で酒を煽る。
「そいつぁ…まぁ…うん。ドミニク様が悪い。子供に教える単語じゃないっすよ」
「ぬぐ…」
ドミニクはリオとネクサスの和解を知っていたかのような感じで話をしている。
その光景を見た周囲の者達も談笑を再開したものの、若干名の心配そうな視線やちょっと怒ったような視線もあったが…。
リオとネクサスが再び仲良さげにしている姿を見せている。
それは表面的なものじゃない。しっかりと以前のように…いや、前よりもなんというか、心の距離感が少し近くなったようにも見えた。
ネクサスも場に馴染んできたところで、ネクサスもサラ達の親御さんに改めて挨拶回りをしていた。
そうしてパーティは深夜まで続いたのだった。
そして、パーティもお開きになり、それぞれが家へと帰る中…
「いや、本当に申し訳なかった」
ネクサスを含んだリオ達一行も家に帰ったのだが、玄関前でネクサスは土下座していた。それはもう見事なまでの土下座であり、全然頭を上げる気配がない。
リオにはもう既に悪感情がないのはわかっていたが、その他の者も同じかと言えば、答えはノーだろう。
そのため、ネクサスは家の敷居を跨がずに玄関前で土下座をしているのだ。
時間帯は既に深夜とは言え、あまりのことにリオ以外の者も困惑している。
「皆さん、こうしてネクサスも反省していますから…それに俺ももう気にしてませんし…」
リオがネクサスを擁護していてもネクサスは頭を上げる気配はない。リオ以外からのお許しの言葉があるまでは絶対に頭を上げるつもりがないのだろう。
そんな中…
「………………」
ラティーファが黙って土下座するネクサスの前までやってくる。
(ラティーファちゃんか…さて、何を言われるかな…?)
ネクサスも足運びというか、気配でラティーファが目の前に来たんだな、と感じてそのようなことを考えていた。
「ネクサスさん」
「…なんだ?」
「どうして…お兄ちゃんを殴ったの?」
「………………」
ラティーファのその質問にネクサスは即答することができなかった。
リオを殴り、喧嘩へと発展した理由。
それはネクサスのお節介以外の何ものでもないからだ。
『リオが美春ちゃんのことでうじうじしてたから、発破をかけるために殴った』とは、とても言えない。
というか、ラティーファの気持ちにもある程度の理解があるからこそ、言えるわけがない。
とは言え、ネクサス的にはどちらにしても良好な関係で解決してほしいと思っている。
身勝手な考えかもだが、ネクサスはリオ達の幸せを願っているのであって、変にリオ達の関係を拗らせるような事態は避けたいのだ。
しかし、土下座までしておいて本当の理由を言わないのも問題だ。
上手く誤魔化す必要がある。
「ネクサスさん…?」
一向にラティーファの質問に答えないネクサスにラティーファが訝しげそうな視線を送る。
(マズい…どうする? 下手な答えは命取りになりかねん…)
刻一刻と流れる時間の中で、ネクサスの出した答えは…
「……すまん。それは言えん。これは男同士の問題だからな」
決して逃げるために言ったわけではない。
リオの覚悟をこの場で打ち明ける訳にもいかない。
しかし、他に言い訳のしようもなかったのも事実である。
なので、ネクサスはこう言うしかなかったのだ。
「………………」
その答えにラティーファの表情は納得いかないといった感じであった。
しかし…
「……わかった」
「……へ?」
ラティーファの言葉に思わず、ネクサスも下げ続けていた頭を上げてラティーファを見上げてしまう。
その表情はなんとも間の抜けたものだったが…。
「シンシアお姉ちゃんほど付き合いが長くないけど、それでも一緒に旅した仲だもん。ネクサスさんが、理由もなくお兄ちゃんを殴るはずないもん」
「ラティーファちゃん…」
ラティーファにそんなことを言われ、ネクサスも立つ瀬がないのか…何とも言えぬ表情を作る。
「だから今は聞かない。でも、いつかちゃんと話してほしいな」
「……あぁ。わかったよ。時が来たら、ちゃんと話すよ」
だからこそ、ネクサスも…ラティーファの信頼を裏切らないため、そう答えていた。
「約束だよ?」
「あぁ、約束だ」
リオを慕うラティーファが許したということもあり、他の面々からも軽いお叱りを受ける程度で、ネクサスは温かく迎えられることになった。
(ホント…出会いに恵まれているな…俺も、リオも…)
そんなことを考えながらもネクサスは明日の出発に備え、自室へと向かうのだった。
………
……
…
深夜。
夜の闇も深まり、皆が寝静まっている頃のことだ。
「…くぅ……すぅ…」
ネクサスもまた自室で寝ていると…
キィ…
ネクサスの部屋の扉が静かに開き、そこから侵入する影があった。
「………………」
シンシアである。
その表情は無表情ではあるものの、どこか寂しそうな雰囲気を醸し出していた。
「………………」
シンシアはそのまま足音もなくベッドで寝ているネクサスの元へと歩いていく。
「…………鈍った…?」
シンシアが小さく言葉を漏らす中…
「……平和に浸り過ぎたって?」
寝ていたはずのネクサスも目を開けて答える。
「…………うん」
それに気付いていたらしいシンシアも驚かずに頷く。
「そいつぁ、手痛い一言だ」
ネクサスも完全に目が覚めたのか、上体を起こしてシンシアを見る。
「で、こんな深夜にどうした?」
ネクサスもシンシアが何しに来たのかある程度は理解しているが、言葉にしないとシンシアも何も言わないだろうと、敢えて口にする。
「………………」
シンシアはジッとネクサスを見つめるが、言葉に出そうとしない。
「シンシア。自分の意思はきちんと言葉で伝えないとな?」
そう言ってネクサスは怒るでもなく、どこか諭すようにシンシアの頭を撫で、月光に照らされた金髪を優しく梳く。
「…………私も…連れてって…」
小さな声で、シンシアはそう呟く。
「ここでの生活が嫌になったか?」
「……違う…」
ネクサスの意地悪な質問にシンシアはフルフルと首を横に振る。
「なら、どうしてだ?」
しばしの沈黙の後…
「…………サラ達だけ…ズルい…」
どこか頬を膨らませそうな感じで、そっぽを向きながら答える。
「……そっか」
その答えを聞き、ネクサスは少しだけ安心したような表情をする。
(ここまで我が持てるようになったか。まだまだ言葉足らずで表情は硬いままだが、いい傾向だな)
サラ達との里での生活を経て、シンシアも少しずつ感情を出すようになったことに対し、そのようなことを考える。
「……わかったよ。朝一で俺からリオ達には説明しておく。最長老様達にもお礼を言わないとな」
「…………ん」
こうしてシンシアも旅の一行に加わることを決めた。
ただ…
「シンシアに言うことじゃないと思うが…俺達はこれでも組織から脱走した身だ。いつどこで組織の奴が聞いてるかもわからんからな。その辺も気をつけないとな?」
「…………うん」
「偽装魔道具をもう一組くらい貰っとくかな。お前の偽名も考えないとか…」
シュトラール地方に戻るということはそのことを意識しなくてはならない。
特にシンシアはまだ表情が無表情で固定されているので、見る人が見たら勘付かれてしまう可能性もある。だからこそ、髪色だけでも変えようとネクサスは考えていた。
「ま、シュトラール地方に戻る間の時間もあるんだ。そこで色々と対策も考えるさ」
「…………ん」
「さ、そうと決まれば、お前も部屋に戻りな。サラが心配して捜しにくるかもしれないしな?」
「…………うん」
それからシンシアはネクサスの部屋を出ていく。
「朝から少し大変になりそうだな…」
シンシアを見送った後、ネクサスはそう独り言ちるのだった。
「だが、ま…悪くないさ」
そうしてネクサスは日の出の少し前まで寝るのだった。
………
……
…
明朝。
ネクサスが朝一からせわしなく動き回り、シンシアも無事旅の一行に加わることになった。
元々は外部の…それも人間族だったのに、ネクサスの連れということでこれまで世話になってきたので、お世話になった人達への挨拶回りをし、先に出発の準備していたリオ達と合流する。
日が少し昇った頃合いで全員が揃い、改めて見送りにきてくれた里の人達に挨拶をする。
ちなみに自由に空を飛べるのはリオとネクサス、オーフィア、エアリアル、スカーレットのみだったので、旅は飛べる者によって飛べない者を運ばれることになった。
一応、ファングもいるが…本来の大きさが定かではないのと、準高位級の精霊の背に乗せてもらうのは畏れ多いと見送られた。
編成はリオがラティーファ、オーフィアがアルマ、ネクサスがサラをそれぞれ抱え、エアリアルの背に美春、亜紀、雅人、スカーレットの背にフレイシアス、シンシアという具合になっている。
何故小柄なラティーファやアルマと違ってサラが抱えられているようになったのかは…深くは追及しまい。
「それでは、皆さん! 行ってきます!」
「またな!」
そうしてリオ達一行は、精霊の民の里を後にするのだった。