精霊幻想記~もう1人の転生者~   作:伊達 翼

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第五十六話『取り戻したい時間』

 お風呂で更なる親睦を深めようとした女性陣だったが、リオの岩の家側は成功したものの、ネクサスの岩の家側は微妙な結果になってしまった。

 ちなみにネクサスが自室に入った後、オーフィアとアルマがフレイシアスから事情を聞いたのだが、2人とも他の3人の間を取っていたフレイシアスに同情していたそうだ。

 そんなこちら側の事情を知ったものの、オーフィアとアルマでも特に解決策があるわけでもなく…翌日を迎えることになった。

 

 

 

 翌日の明朝。

 

「ふわぁ~ぁ……おはようさん…」

 

 やや寝不足気味のネクサスが自室からリビングに顔を出すと…

 

「「………………」」

 

 ソファの対面に座って微妙に睨み合っている、ように見えるサラと朝陽が既にいた。

 

(性格的な相性でも悪かったか?)

 

 そんなことを考えながらネクサスはソファの2人を見る。

 ちなみに寝不足の原因は、昨夜の微妙な空気感を考えていたからである。

 とは言え、日課の鍛錬を疎かにしたくなかったために気合で起き、こうして自室から出てきたわけだが…。

 

(ま、話しかけないわけにもいかないか。それにこんな朝っぱらから起きてるってこたぁ…)

 

 黙って見ているわけにもいかず…

 

「サラ、朝陽。おはようさん」

 

 とある予想をしながらネクサスが2人に声をかける。

 

「おはようございます。ネクサスさん」

 

「おはよ、シノブ」

 

 ただ挨拶しただけなのに、同時にチラッとお互いを見るサラと朝陽。

 

(……面白いなぁ)

 

 不謹慎とは思いつつ、そんな風に思ってしまい、表情が柔らかくなるネクサス。

 

「なんですか?」「なによ?」

 

 そんなネクサスの表情を見てか、サラと朝陽がジト目でネクサスを睨む。

 

「いんや、何も。で? 2人揃って俺の日課に付き合う気か?」

 

 藪蛇にならないように言葉を濁しつつ、ネクサスは2人が起きている理由を聞く。

 

「えぇ、久々にネクサスさんと手合わせしたくて…」

 

「どのくらい腕を上げたか見せてあげるわ」

 

「そうかい。なら、外に出るぞ」

 

 こういうところは妙に息ピッタリに見えてしまうので、ネクサスは微笑みながらも家の外に出ることを促す。

 

「はい!」

 

「今度こそ一本取ってやるわ!」

 

 サラは木製の短剣、朝陽は木刀を持って外に向かう。

 

「やれやれ…」

 

 ネクサスも肩を竦めながら木製の木刀とダガーを二本ずつを持って、その後を追う。

 

 その後、結局2人はネクサスに一太刀も入れられず、終始指導されるに至り、最後にはサラと朝陽の模擬戦まで行われていた。

 この2人の模擬戦もサラの圧勝かと思われたが、朝陽の戦闘センスが思いの外高く自己鍛錬も欠かしてなかったのか、結局は決着が着かず、朝食の時間になってしまった。

 ちなみにネクサスの分析では『サラの身体能力の高さと最近身に着けてきた技の冴えを、朝陽は本来持つセンスと勘によって適切に見極めて対応していた』と内心で評していた。

 また、一緒にネクサスの鍛錬に付き合ったためなのかどうかはわからないが、2人は思ったことは口にし合うようになり、ある種の喧嘩友達のような仲になりつつあった。

 変にギクシャクするよりかはマシだし、ある意味で対等な友人関係を構築したのではないかな、とネクサスは思っていた。

 

………

……

 

 そんな日のお昼過ぎ頃。

 リオはネクサスと美春、霊体化したアイシアを引き連れ、ガルアーク王国の王都近郊に設置した岩の家からアマンドへと戻っていた。

 理由は今度行われる夜会に美春も参加できないかとリーゼロッテに頼み込むためだ。

 当初はリオと美春、アイシアだけがリーゼロッテの元に赴くという話だったのだが、ネクサスの同行はリオの希望だった。リオがネクサスだけに伝えた理由は…。

 

『アイシアがいるとは言え、みーちゃ…じゃない、美春さんと今2人きりになるのは、ちょっと…』

 

 という感じのなんとも情けないような話だった。

 覚悟は決めているはずなのだが、そのどこか弱々しい姿を見て、ネクサスも苦笑しながら同行することに頷いた。発破をかけた手前、2人の結末も気になったのだろう。それが自称兄貴分として気になったからなのか、それとも単なる野次馬根性なのか…。

 ともかく、ネクサスも同行した対外的な理由(他の皆に聞かせた理由)は、おそらくネクサスはリオの従者か何かと思われているのに、この大事な席を外すのは不自然かもしれない、というちょっと理由としては弱めな感じもする。実際、アマンドでの騒動時も別行動はしていたし…。

 まぁ、ネクサス自身も行こうが行くまいがどちらでも構わなかったが、弟分(と勝手に思い込んでる)のリオからの頼まれ事なので、できるだけ協力しようとした結果だ。

 ちなみにファングだが、もしもの時に備えて家の方で留守番をしている。

 

 そういう経緯もあって、アイシアが霊体化してるので3人に見えるリオ達はアマンドへと入り、所定の手続きをしてリーゼロッテの屋敷へと向かう。

 

「とりあえず、話自体は俺が進めていきます。美春さんは俺とリーゼロッテさんとの話をよく聞くことに専念してください。俺から話を振った時か、リーゼロッテさんから話を振られた時に受け答えしてくれれば、俺の方でもフォローしますから」

 

「は、はい」

 

 屋敷に向かう途中、リオから注意事項を教えられている美春は緊張気味に頷く。

 

「……緊張してますか?」

 

 それを察知してか、リオが美春に尋ねる。

 

「そ、それは…その、貴族の方と直接会うわけですから…緊張もしますよ」

 

「セシリアも貴族ですよ?」

 

 リオはそんな美春に微笑みながらセリアのことを挙げる。

 

(なぁ、アイシア。俺、邪魔じゃね?)

 

 そんな2人の様子を後ろから見てたネクサスは、2人に聞こえないような小声で霊体化してるだろうアイシアに愚痴る。

 

(大丈夫。それよりも忍)

 

(うん?)

 

 いつもはどこかポケ~っとしてるアイシアから珍しく真剣みを帯びた声が聞こえ、ネクサスも首を傾げる。

 

(春人に何か言った?)

 

(……ま、精霊の民の里で発破はかけたな。その際、ちっとばかし殴り合ったがな?)

 

 アイシアの質問にネクサスは思い当たる事実を伝えた。ただ、アレ(・・)をちっとばかしで片付けるのもどうかと思うが…。

 

(そう…)

 

 それを聞き、アイシアはそんな反応を示す。

 

(何か問題だったか?)

 

(ううん。ただ、美春の心の準備もあったから…)

 

 アイシアの言葉にネクサスは…

 

(ハルトも覚悟を決めたんだ。そこは見守ろうぜ)

 

 そう返していた。

 

(……わかった。ありがとう)

 

(さて、礼を言われることは何もしてねぇよ…)

 

 ネクサスとアイシアがそんな会話をしていたとは知らず、ネクサスの少し先を歩いていたリオと美春は仲睦まじそうに話していた。

 

(ホント、お似合いだよな)

 

(………………)

 

 そんなネクサスの小声にアイシアは特に反応しなかったが、霊体化したアイシアの表情はどこか優しげだった。

 

 

 

 その後、屋敷へと辿り着いたリオ達は門番から声をかけられ、リーゼロッテに面会できないかを尋ねた。門番もハルトとシノブという名を聞き、先の襲撃の際に活躍したのを知っていたのか、すぐに対応してくれた。門番の1人が案内してくれる間、別の門番の兵士が邸宅の方へと報告しに走っていた。

 結果、リオ達は屋敷の敷地内に案内され、邸宅の方に着く頃にはコゼット、ナタリー、クロエの3人が玄関前で出迎えていた。

 そこからコゼット達が案内を引き継ぎ、邸宅内へとリオ達を応接室へと案内していた。その道中は主にリオが対応し、ネクサスは寡黙を演じていた。『今更、印象をガラリと変えてもおかしいかな?』と考えた結果だ。

 そうして応接室へと案内されたリオ達は…

 

「第一印象の与え方、間違えたかな?」

 

 コゼット達が退室した後にネクサスが愚痴っぽく独り言ちる。

 

「?」

 

 ネクサスの言葉の意味がわからず、美春が首を傾げる。

 

「シノブは…リーゼロッテさん達と積極的に関わろうとせず、なんというか…クールぶってたので…」

 

「あ、だからいつもより口数が少なかったんですか?」

 

 リオの説明に普段のネクサスを知る美春が納得したように呟く。

 

「そういうこと。ま、今更口調や態度を変えるのもねぇ。今だって一応、遮音結界を張って話してるし…」

 

「あ、あはは…」

 

 ネクサスの答えに美春が苦笑する。

 

「ま、腹を割って話すってんなら、俺も態度は改めようと思うがね?」

 

 そう言った後、ネクサスは展開していた遮音結界を消し、廊下の方に意識を飛ばして気配を探ると…

 

「って、割と早い到着だな…」

 

 ネクサスが小さな声で呟くと、コンコン、とノック音が響いてきて…

 

「お待たせしました。ハルト様、シノブ様」

 

 その数瞬の間を置いてから応接室の扉が開き、そこからこの屋敷の主であるリーゼロッテが入ってきて、その背後には侍女長のアリアの姿もあった。

 

「お久しぶりです、リーゼロッテ様」

 

「……お久しぶりです」

 

 リオとネクサスはまるで示し合わせたかのようにスッと立ち上がると自然体でリーゼロッテに挨拶する。

 

「は、初めまして。お邪魔しております」

 

 それにやや遅れて美春も立ち上がって挨拶する。

 

「……ミハル=アヤセ様ですね? 使用人からお名前は伺っております。初めまして。私がここアマンドの代官をしております、リーゼロッテ=クレティアと申します」

 

 リーゼロッテもまた社交的な笑みを浮かべながら自然体で挨拶する。

 

「っ、はい。お目にかかれて、光栄です」

 

 同じ貴族であるセリアとは、また違った意味で緊張した様子の美春であったが、ちゃんと受け答えはしていた。まぁ、セリアはリオの恩師で本人からもあまり気にしないように言われているが、今回のリーゼロッテとの対談は貴族を相手にすることから色々と気をつけないとならない。しかもリーゼロッテはアマンドの代官なのだ。それ相応の対応が必要だろう。

 

「お三方とも、どうぞ、おかけください。今回は何かお話があるとのことですが、どのようなご用件でしょうか?」

 

 突然の来訪にも関わらず、リーゼロッテはリオ達に着席するように促し、話を聞こうとしていた。

 

「お話というのは他でもありません。以前、お伝えした私が夜会に参加したいということへの説明のご報告と、それに美春さんが関係していることへの事情説明に参りました」

 

「それはわかりましたが…ミハル様も関係しているとは?」

 

 リオはリーゼロッテに夜会参加の理由と、美春を連れてきた目的を伝え、リーゼロッテはそれを聞き返す。

 

「美春さんは…ガルアーク王国に召喚された勇者、沙月=皇様のご友人であります。ここまで申し上げれば、おわかりいただけますか?」

 

「……アリア。あなたは少し席を外してくれる? それと、この部屋に誰も入れないように外で待機していてちょうだい」

 

「……畏まりました」

 

 リオの言葉を聞いたリーゼロッテの真剣な眼差しにアリアは今聞こえてきた話を聞かなかったことにし、素直に応接室の外へと出て行く。

 

「失礼いたしました。実は、この屋敷にはまだ勇者様…サカタ様やフローラ様がご滞在中でして、こちらにお越しになる可能性もあるので、お話を中断されないように対処しました」

 

「恐れ入ります」

 

(ま、確かにあの勇者なら有り得ない話じゃない、か。それに…今の話で、リーゼロッテの目の色が少し変わった、ような気がする。もしかしたら…?)

 

 リーゼロッテの配慮にリオが頭を下げる中、ネクサスも内心でリーゼロッテの動向を観察していた。

 

「……実を言いますと、ミハル様のお顔を拝見した時、近隣諸国では見かけないお顔立ちだなと感じはしました。ですが、それだけではミハル様が勇者様と同じご出身なのかどうかの証明が難しくあります。もちろん、ハルト様の証言ならば私も信用したいとは思いますが、それでも私自身で確信を持ちたいので、ミハル様とお話させていただけませんか?」

 

 リーゼロッテはそう申し出てきた。

 

(さて、どう出る? ハルト?)

 

 ネクサスは横目でリオを見ると、リオの方も美春がどうしようと確認する目を向けてきたので、それに対して頷いてみせていた。

 

「はい。構いません」

 

 美春がリーゼロッテの話を受けると答える。

 

「では…」

 

 そして…

 

『改めまして、初めまして。アヤセ ミハルさん。私はリーゼロッテ=クレティアと申します。前世は日本人でした。私の言っていることが、おわかりですか?』

 

「っ…!」

 

 突然、リーゼロッテが日本語で美春に語り掛けてきた。最近、あまり使っていなかったのか、少しだけぎこちない気もするが…それでも日本語であることには変わりなかった。

 

(まさか、ここで日本語を話すとは…)

 

(予想ドンピシャだが…ここで、か)

 

 リオとネクサスも少なからず驚いていたが、リオが事前に決めていた合図を美春に送り、静観する姿勢を見せると、ネクサスも今は静観することにした。

 

『えっと…その、はい。わかります』

 

 美春もまた日本語で応対する。

 

『何故、私が日本語を話せたか、お考えですか? それとも…やはり(・・・)話せた(・・・)、でしょうか?』

 

(この問いの仕方…向こうも裏に日本語を話せる誰かがいると確信してるか?)

 

 リーゼロッテの問いにネクサスは無表情ながら思案を巡らせる。

 

『えっと…何故、急に日本語を…?』

 

 しかし、美春の方も驚きのあまりリーゼロッテに聞き返してしまっていた。

 

『ミハルさんが、この世界の言葉をちゃんと喋れていたからです』

 

 美春の問いに対し、リーゼロッテはそう答える。

 

(なるほど)

 

(そういうことか…)

 

 リーゼロッテの言葉にリオとネクサスは表情には出さず、内心で感心すると共に納得もしていた。

 

『勇者であるサカタ様は日本語を話していて、それが自動的にこちらの世界の言葉に翻訳される能力を持っているのでしょう。それ故か、口の動きと発生音が一致していません。また、この世界に地球産の商品があることにも気付いていないご様子でした』

 

(そこまで気付いて動いてたのか。相当頭が回るな)

 

 そんなリーゼロッテの説明にネクサスは表情を変えたい気分を堪えていた。

 

『ただ、そこで一つの疑問が生じます』

 

『な、なんでしょうか?』

 

『この世界に日本語は存在しません。なのに、ミハルさんはこちらの世界の言葉を、拙くはありますが、しっかりと話せています。つまり、こちらの世界の言葉と日本語の両方を話せる優秀な教師役がいるはずなのです。果たして、その教師役は誰なのか……ハルト様。それはあなたなのではないですか?』

 

『え、っと…』

 

 リーゼロッテの疑問は当然だろう。そして、その矛先はリオへと向けられる。それを冷や冷やした感じで美春が見守っていると…

 

『えぇ、ご明察の通りです。素晴らしい洞察力と推察力ですね、リーゼロッテ様』

 

 リオは日本語で対応してみせた。

 

『っ…やっ、ぱり…あなたは、あなたも…生まれ変わったのですか? この世界で、地球で暮らしていた頃の記憶を取り戻したのですか…?』

 

 リーゼロッテは矢継ぎ早にリオに問い掛けるが…

 

『えぇ。ただ、一つ付け加えるなら、教師役はもう1人いますけどね?』

 

『え?』

 

 そんなリオの言葉に意表を突かれたのか、リーゼロッテが目を丸くすると…

 

『ま、ハルトにバラされちゃ仕方ないか』

 

 ネクサスもまた日本語で対応していた。

 

『っ!? もしや、シノブ様も…?』

 

 リーゼロッテも驚いたようにネクサスを見る。

 

『おや? こっちは想定外でしたかな?』

 

『いえ…一応、予測はしてました。名前の響き、ですね。この世界では珍しいと思いますので…』

 

『ま、そらそうか』

 

 名前ばかりは仕方ないな、とネクサスも思っていた。まぁ、ヤグモ地方では珍しくもないかもだが…。

 

『あと、口調が…』

 

『あぁ、猫被ってたと思ってくれ。俺の素はこんなだよ』

 

 リーゼロッテの感想にそう言ってネクサスは肩を竦めてみせる。

 

『なら…なら! お2人もあの交通事故(・・・・・・)で…!』

 

『ま、そういうこったな』

 

 リーゼロッテが興奮気味に尋ねてきたことに、ネクサスがどこか寂しそうに答える。

 

『交通事故…?』

 

 リーゼロッテの言葉に美春がリオを見やる。

 

(そういや、時系列のことを考えて、その辺の詳しい事情は話してなかったな…)

 

 ネクサスは視線でリオに『どうする?』と問いかける。

 

『……はい。私とシノブも、あの交通事故で亡くなりました』

 

 リオはどこか決然とした表情でリーゼロッテの問いに答えた。

 

『やっ、ぱり。なら、あなた方は…前世でのあなた方は、誰だったのですか?』

 

『俺は大学生だったな』

 

『私も、大学生でした。リーゼロッテ様は?』

 

『私は、高校生でした』

 

 リーゼロッテの問いにネクサスが答え、リオもまた答えると逆にリーゼロッテにも誰だったかを問い、リーゼロッテもそれに答える。

 

(ラティーファを含めれば、これで転生者が出揃ったかね? ま、バスの運転手が死んでなきゃ、だが…)

 

 そんなことを考えながらネクサスは、チラッと美春を見る。会話に入りづらそうにしているが、話はしっかりと聞いているようだ。

 

『私の前世の名前は立夏、源 立夏と言いました。お2人の名前を伺っても…?』

 

『俺は忍さ。紅神(・・) 忍だ』

 

 リオの前にネクサスは自分の前世の名を口にする。

 

『え?!』

 

『紅神…? って、まさか、あの…?』

 

 話をジッと聞いていた美春も驚きの声を上げ、リーゼロッテもその苗字に聞き覚えがあったのか、驚いたような表情をする。

 

『おう。探偵、紅神 狼牙の息子だったよ』

 

 ネクサスは肩を竦めながら、事実だったことを肯定する。

 そして…

 

『私の前世は…天川(・・) 春人(・・)。そう呼ばれていました』

 

 リオもどこか緊張した様子で、自らの前世の名を口にした。

 

『………ぇ…?』

 

 リオの名を聞いて、美春は小さく声を漏らし、その視線をリオへと向ける。その表情は、どこか信じられないような、でも心のどこかでそうであってほしいと願っていたことでもあった。

 

『………………』

 

『?』

 

 そこで黙ってしまったリオを訝しげに思ったリーゼロッテが声をかけようとするも…

 

『……ハル、くん…なの…?』

 

『え?』

 

 美春の、震えながら発した声に今度はリーゼロッテが驚く。

 

『でも、今…大学生って……え…? だ、って…ハルくんなら、私と同い年…』

 

 美春も今の話で聞こえてきた単語を前に混乱し始める。

 

『美春さん。天川 春人は…あなたがこの世界に来た時から…4年後(・・・)の交通事故に巻き込まれて死んだのです』

 

 リオは、自分の心臓がバクバクと早まるのを感じながらも、平静を装って美春に事実を打ち明けた。

 

『っ…そ、そ、んな…』

 

 美春の表情がどんどんと青ざめていく。

 

『あの時の、約束を破って、ごめん…』

 

『!? ハルくんも、覚えてて…』

 

 リオのその言葉に、美春はハッと息を呑む。

 

『本当は同じ高校に通えるように頑張ったんだ。でも、俺に勇気がなくて…入学式の時に話しかけることができなかった』

 

『ぁ…』

 

 リオの告白を聞き、自分がその時、誰といたかを思い出して美春も悲しそうな表情をする。

 

『けど、もう一度だけ会いたくて、君の教室に行ったら、いなくて…その後、個人的にも調べたら行方知れずってことになってて…それからは無気力に生きてた…』

 

『ハル、くん…』

 

『そしたら、交通事故に遭って死んだと思ったら、この世界に生まれ変わっていたんだ…』

 

『………………』

 

 リオの独白に美春は言葉を失っていた。

 

『今まで黙っていてごめん。幻滅したよね? こんな大事なことを黙ってたんだから…』

 

 リオは今までにないくらい弱気なことを言うが…

 

『そんなことない!』

 

 美春が思わずといった感じで叫ぶ。

 

『美春さん?』

 

『ハルくんは…いつだって私達のことを考えてくれてた。だから、そんな悲しいことを言わないで…』

 

 そう言って美春はリオの胸に顔をうずめて涙をこぼす。

 

『私もまだ混乱してる。けど、ハルトさんがハルくんだってわかって…私は、嬉しいと思ってる』

 

『美春さん…けど、俺はもう天川 春人では…』

 

 リオが美春を引き剥がそうとするが…

 

『ハルト。お前はお前だよ。前世とか今世とか、小難しい理由はいらない。お前はお前なんだ。だから、ちゃんと今のお前の気持ちを口にしないとな?』

 

 ずっと静観していたネクサスが、そのように呟いていた。

 

『シノブ…』

 

 そんなネクサスの言葉に、リオは…

 

『みーちゃん…』

 

『っ…』

 

 リオがかつての愛称を口にすると、美春もビクリと身体を震わせる。

 

『今の俺が、この呼び方を使っていいのかはわからない。けど、俺はみーちゃんが思ってるような真っ当な人間じゃない。弱くて醜い…そんな人間なんだ。この世界で、父と母を殺され、その復讐を目的にしてる。人だって、必要なら何人も殺してきた。日本人の価値観を持っていたのに…』

 

『ハルくん…』

 

『でも…それでも、俺には未練があった。みーちゃんとの約束が…こうして、また会えたけど…その約束を果たしていいのか…今の俺にはわからない。けれど…もし、もしも許されるのなら…また昔みたいに、この呼び方を使って、少しずつでも君との時間を取り戻していきたい…そう、願ってる自分がいるよ』

 

 リオは言葉に迷いながらも、しっかりと自分の気持ちを美春へと伝えていた。

 

『ハルくん…』

 

 うずめていた顔を上げ、美春はリオの顔を見る。

 

『あ~、ゴホンゴホン。良い雰囲気のとこ悪いが、いい加減に美春ちゃん連れてきた用件を済ませようぜ?』

 

『っ!?///』

 

『あ、申し訳ありません。ちょっと私情を挟み過ぎましたね』

 

 ネクサスのわざとらしい咳払いにより、美春は慌ててリオから離れ、リオも苦笑しながらリーゼロッテに謝罪していた。

 

『い、いえ…』

 

 面食らっていたリーゼロッテも再起動したところで、美春を連れてきた目的が話し合われた。

 リオと共に美春も夜会に参加させてもらうこと。

 そちらは意外にもリーゼロッテが快諾し、美春の夜会参加もスムーズに決まりそうだった。

 

「そういえば、シノブ様は夜会には参加しないのですか?」

 

 話がひと段落した後、こちらの世界の言葉でリーゼロッテがネクサスに尋ねる。

 

「俺もですか? まぁ、堅苦しいのは苦手だが、前世の経験上、そういったもんにも行ったことあるからな。別に参加しようがしまいが、どっちでも、って感じですかね?」

 

 もう取り繕うのをやめたのか、素の状態に近い言葉遣いでリーゼロッテと話してしまっていた。

 

「実は、勇者様達の集まる夜会とは言え、各国の代表もお招きします。何も起きないのが一番ですが、何かよからぬことを考える者もいるかもしれませんので、そういった時のためにシノブ様にもご同席してもらえれば、と思いまして」

 

「ふむ…」

 

 リーゼロッテの説明に、しばし思案顔で考え込むネクサス。

 

(いいように利用されてる感もあるが…ま、いいか。リーゼロッテとは、協力関係を築けそうだし。恩を売っといて損はないかな?)

 

 打算的なことを考えたネクサスは…

 

「ま、もう1人分ねじ込めるなら、その枠を素直に頂きましょうかね」

 

「では…?」

 

「えぇ。思うところが全くないとは言いませんが、その夜会…俺も参加させていただきますよ」

 

「ありがとうございます」

 

 こうして、ネクサスもまた夜会に参加することが決まった。

 

 

 

 その後、少し脱線もしたが、リーゼロッテとの実りある話し合いは終わり、リーゼロッテに見送られてリオ達は屋敷を後にする。

 

 その際、リオと美春の距離は、来た時よりも少しだけ近付いていたような気がした。

 ネクサスはそんな2人の様子を後ろから見て微笑み、発破をかけた甲斐があったと心底感じていた。

 

 しかし、帰る途中、リオは美春に亜紀や雅人にリオの素性はまだ話さないでほしいと頼み、美春もそれに同意した。

 

 夜会までの日は近い。

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