リーゼロッテと対談した日の夜。
リオ達がアマンドから王都近郊に構えていた岩の家へと帰宅した後のことだ。
「アイシア、あの2人の様子はどうだ?」
「特に変わった様子はないよ」
特に示し合わせたわけではないが、ネクサスが家の外でアイシアと話し合っていた。
「ま、そんな急には変わらんか。あの2人、奥手っぽいし…」
「でも、春人も美春も一緒に過ごせなかった時間を取り戻したいって気持ちは一緒だと思う」
「そうだな。ま、しばらくはアイシアが様子を見ててくれよ」
「そのつもり」
そう言いながらもどこかホッとした様子のネクサスの言葉にアイシアも頷く。
「やっと想いが通じ合ったんだ。できれば、このままでいてほしいがな…」
「………………」
ネクサスのその言葉に、アイシアはすぐに返事ができないでいた。
「? どうかしたのか?」
「……ううん。なんでもない」
「……そっか。ま、目下の目的はガルアーク王国の勇者…皇 沙月と接触することだ。後の事はまた後で考えればいい」
アイシアの反応に微妙な違和感を覚えるも、ネクサスはそれを追及することはせず、今は目の前にある目的を再確認していた。
「しかし、リーゼロッテのあの口振りからして…今度の夜会は他にも意図があるのかもな」
「意図?」
「流石にそこまでは情報不足だから憶測でしかない。ま、確定したらハルトとも話し合うさ」
そこまで話し合った後、ネクサスとアイシアはそれぞれの家の中に入っていく。
………
……
…
翌日。
リオとネクサスの日課である早朝訓練を終えた後の朝食の席でのこと。
「夜会に参加するなら、リオもミハルもシノブ君も正装が必要になると思うの」
夜会に正式に参加することになりそうなことやネクサスも参加する方向になったことを話していたら、セリアがそんな提案をしてきた。
「正装か。確かに、俺もリオも旅装束と普段着しか持ってねぇな」
リオの家で朝食を一緒にしていたネクサスが、そういえば、という感じで自分達の服装を思い出す。
「それを言うなら美春さんも異世界に来てしまったからこっちで買った普段着しかないだろう?」
「まぁ、そうだな。とは言え、俺って表に出るような人間じゃねぇんだがな…」
リオの言葉にネクサスは同意しつつも、今更な言葉を吐く。
「承諾したのはシノブ自身だろ?」
「まぁ~な~」
承諾した以上はネクサスも夜会に参加する気ではいるようだ。流石にドタキャンするような真似はしないだろう。
「そういうわけだから、3人の正装を買いに行くわよ!」
どこか楽しげに言うセリアにリオとネクサスは頷き、美春もまた「はい」と答えていた。
そんなわけでこの日はリオ、ネクサス、美春の正装を買うためにアマンドに行くことになった。
メンバーは正装が必要なリオ、美春、ネクサスと貴族であり夜会で着ていく服装に詳しそうなセリア、護衛としてアイシアという5人であり、残りの面々はお留守番である。
そうして午前中に出発し、無事アマンドへと到着する5人。
目的地はもちろんリッカ商会の店舗であり、先頭を歩くセリアは少しご機嫌な様子でいた。その後ろからセリアの様子を見ていたリオと美春は微笑ましそうにしていて、お互いの手が触れるかどうかくらいの距離を寄り添って歩いており、そのさらに後ろからネクサスとアイシアが2人の様子を見守っていたのだが…。
(も、もどかしい…!!)
互いに気持ちを伝え合い、これから少しでも2人の時間を取り戻してほしいと考えていたネクサスからしたらリオと美春の絶妙な距離感がもどかしくて仕方なかったようだ。
(いいから手を繋げや! いや、ここはリオが率先して………美春ちゃん! リオの袖をちょっと摘まむだけでもいいから…………どっちも奥手が過ぎる!!)
そして、内心で物凄く悶々とした気持ちでいっぱいの様子だった。
(だぁぁぁ!!!)
大声で叫びたい衝動を押し殺しつつもネクサスはどうしたらこの奥手な2人を進展させられるのか、本気で悩み出していた。
(いや、マジで…奥ゆかしさと言えば、聞こえはいいが…他人からしたらもどかしくて仕方ねぇな)
気持ちを伝え合った場面を見ているからこそ、逆に悶々としているのだろう。
しかし、こればかりは本人達の気持ちやペースもあるので、何とも言えないのだ。あと、そもそも恋愛経験ゼロなネクサスにあれこれ言われる筋合いもないとは思うが…。
これも一つの野次馬根性なのだろうか?
かくしてネクサスが悶々とした気持ちのまま、一行はリッカ商会の店舗へと辿り着き、店舗の3階にあるドレスコーナーへと向かう。
「それじゃあ、ハルトとシノブ君はちょっと待っててね」
セリアはそう言うと、美春を連れて店員の元へと向かう。ドレスを選ぶにあたり、美春のサイズを測るためだ。
そうしてセリアと美春が店員と共に採寸部屋へと入るのを見送り、リオとネクサス、アイシアはフロアの端でしばしの間、待機となる。
「なぁ、ハルト」
その間、ネクサスはジト目でリオを見やる。
「な、なんだよ…?」
そんな目を向けられる意味がわからず、リオも首を傾げる。
「お前なぁ。ちょっとずつでも2人の時間を取り戻すんだろ? なら、手くらい繋いだらどうだ?」
呆れたようなネクサスの言葉に、リオは…
「いや、セシリアもいる前でそれはちょっと…恥ずかしい、というか…」
(こんなんで本当に大丈夫なのか…?)
なんとも煮え切らない様子のリオにネクサスは一抹の不安を覚えていた。
「何もイチャイチャしろなんて言ってないんだ。時間を取り戻したいなら、そういうちょっとした触れ合いだって必要だろ?」
「そう、なのか…?」
ネクサスの言葉を真剣に受け止めようとしたリオだったが…
「春人と美春のペースでいいと思う」
アイシアが待ったをかけた。
「いや、しかしだな…」
「忍は少し落ち着いた方がいい」
「なにぉう?」
「ヤキモキするのはわかるけど、2人には2人のペースがあるから」
「むぅ…」
アイシアに正論を説かれ、返す言葉が見つからないネクサスは押し黙ってしまう。
(というか、こいつもこいつで本当にヤキモキしてんのか?)
淡々と語るアイシアにやや疑問的な視線を送るが、当のアイシアはどこ吹く風である。
そんなやり取りをしてる間に美春のサイズを測り終えたのか、セリアが美春を連れてドレスを数着選び、それを試着室へと持ち込む。店員の手伝いもあって着替えていく美春は、さながら着せ替え人形のような状態だった。
それだけセリアも久々の買い物…それも女の子のドレスという心躍るものを選んでいるのだから楽しいのだろう。
さらにリオ達にも感想を聞くのを忘れず、たっぷりと時間を使ってドレス選びをした。
美春のドレスを決めた後はリオとネクサスの正装も見繕うことになったが、ネクサスは自分で選ぶと早々に逃げ、結果、今度はリオがセリアと美春の着せ替え人形状態になり、こちらもそれなりに時間をかけて吟味していた。
(あんなん見せられた後じゃな…。それにお邪魔しても悪いし…)
というような理由で逃げたとは言え、そこはネクサスも真面目に正装を選んでいると、アイシアが合流してきた。
「うん? どした、アイシア?」
「忍と一緒。春人の邪魔しちゃ悪いと思ったから」
「そうかい」
リオと美春の事となると妙に息の合ってきたネクサスとアイシアだった。
「ふむ。ハルトは美春ちゃんとお揃いか、近しい色合いになりそうだから、俺は逆路線でいくかな…」
「逆路線?」
「俺に似合ってなさそうな色だよ」
「………それ、大丈夫なの?」
「俺の所感で自分に似合ってなさそうな色を選ぶんだよ。ま、予備も一式買っておくがな?」
アイシアの疑問にネクサスは悪戯っぽい笑みを浮かべながらそんな風に答えていた。
そうしてネクサスは正装をメインと予備の二式を選んで購入していたが、リオの方はセリアと美春が張り切っているというのもあって、まだしばらく時間がかかりそうだった。
………
……
…
そこから買い物を終え、アマンドを発ったのは日が暮れた頃であり、岩の家に着いたのは完全に日が落ちる前であった。
「やれやれ。なんとか夜になる前に帰ってこれたな」
そんな風にネクサスが呟くと…
「ごめんなさい。つい夢中になっちゃって…」
「すみません。私も夢中になって…」
セリアと美春が揃って謝ってくる。
「あ~…いや…別に責めてるとかではなく、良い買い物をするにはやっぱ時間はいくらあっても足りないんだなって思ったからであって…」
ネクサスもついついこぼれてしまった言葉に謝られ、バツが悪そうに頬を掻いていた。
ちなみに店舗を出る際にはリオとネクサスが荷物を持っていたが、外に出て人目がないのを確認してから時空の蔵に収納したので問題はない。
「シノブ…」
今度はリオがジト目でネクサスを見ていると…
「? ………雅人が外で修行してる」
アイシアが岩の家の外で修行している雅人に気付く。
「こんな時間まで熱心だな?」
「待っててくれたのか?」
結界の機能があるとは言え、外で修行するとは何か理由でもあるのか、とネクサスとリオが首を傾げながら降下を開始する。
「あ! ハルト兄ちゃん達!」
『ウォン!』
それに気付いたのか、雅人が修行の手を止めてリオ達に手を振る。よく見ると、雅人と対峙するようにファングがいた。
「ただいま、雅人。ファングと稽古してたのか?」
「こんな時間まで修行とは随分と熱心だな?」
降下し終えたリオとネクサスが対応し、雅人にそう尋ねると…
「あ~、いや…中に居づらかったというか、なんというか…」
「「「「?」」」」
なんとも歯切れの悪い雅人の言い方に買い物組のリオ、セリア、美春、アイシアは首を傾げる中…。
(あ~…そうか。俺とリオがいなくなると男は雅人だけか。そら居づらいわな…ファングがいるとは言え…)
ネクサスが微妙に同情したような視線を雅人に送る。
「ま、まぁ、ともかくハルト兄ちゃん達が帰ってきたんだし、俺は風呂に入ってくるわ! ファングも行くか?」
『ウォンッ!』
雅人の言葉にファングが雅人の頭の上に乗っかり、それを同意と見なした雅人が先に岩の家の中へと入っていく。
「お~い! ハルト兄ちゃん達が帰ってきたぞ~」
そして、リオ達の帰還を家の中にいるであろう女性陣に知らせる。
「いつの間に仲良くなったんだ?」
リオが雅人とファングの仲がいつの間にか近くなっていることに疑問を覚えていると…
(きっと肩身が狭かったんだろうな…それをファングがフォローしたんだろう)
ネクサスは我が精霊ながら気の利いた奴だと、内心でファングを褒めていた。
「ホントっ!? お兄ちゃん達、お帰りなさい!」
と、ラティーファの声はしたが、姿が見えない。
ただ…
「美春お姉ちゃんとアイシアお姉ちゃん、セリアさんは手を洗ったら私の部屋に来て! お兄ちゃんとネクサスさんはそのまま待っててね!」
どうやら自室にいるらしいラティーファが追加で注文を伝えてきた。
「あら、何かしらね?」
セリアは買い物の余韻が残っているのか、楽しげに微笑むと、流し場で手を洗ってラティーファの部屋へと向かう。美春もアイシアもそれを追う。
「なんだろうな?」
「さぁ?」
雅人がファングと風呂に行ってしまったため、何が起こるのか皆目見当がつかない2人はラティーファの言葉に従い、リビングで待機することになった。
リオがお茶を2人分用意し、ネクサスもそれを馳走になって待っていると…
「じゃ~ん!」
先陣を切るが如く、ラティーファが二階からやってきて、
それに続くように他の女性陣も二階から降りてくる。皆、それぞれ同じ制服を着用しており、ラティーファのようにニコニコしている者もいれば、恥ずかしそうにしている者もいる。ちなみにアイシアに関してはいつもの無表情に近いが…。
「………こりゃ、驚いた」
「………確かに」
最初こそポカンとしていたリオとネクサスだが、ネクサスが声を上げるとリオも頷く。
「えへへ。どう、似合ってる?」
「あぁ、とても似合ってるよ」
(よく素で反応できんな…)
ラティーファの問いに流れるようなリオの返答を見て、ネクサスは苦笑していた。
(というか…美春ちゃんとか朝陽は現役だろ?)
その事実は決して口にしないネクサスだった。
「なによ、なんか言いたいことでもあんの?」
しかし、目が語っていたのか、朝陽がいの一番にネクサスを睨む。
「いや、別に」
そんな朝陽の声にすっとぼけるネクサス。
その後、女性陣の制服姿の感想を聞かれたり、逆にリオとネクサスの制服姿も見たいとの意見もあったが…それは置いておいて、夜会に着ていく正装についての話題になった。
そして、夜会に参加するリオ、美春、ネクサスの正装のお披露目会も行われることになった。
「おお~!」
風呂から上がってきた雅人も加わり、お披露目会を行われたが、雅人が感嘆の声を上げるところからスタートした。
リオは黒を基調にした正装、美春も同じく黒を基調にしたドレス、そして肝心のネクサスはというと…
「意外…」
「でも、これはこれで…」
朝陽とサラがネクサスの正装を興味津々に見つめる。
ネクサスの正装は、リオとは正反対の白を基調にしたものだった。
「な? 意外性があるだろ?」
ほぼ自分で決めていたとは言え、自分で言うものでもない気はするが…。
ちなみに一応、黒を基調にした正装も予備として準備はしているのだが…。
「リオとは正反対な感じね」
セリアの感想に対し…
「まぁ、ホントは気崩したい気持ちもあるが…貴族様とかいっぱいいそうな夜会だしな。そこは我慢するぜ」
などと言っているネクサスだった。
そして、夜会参加メンバーに新たな試練が待ち構えていた。
それは…ダンスである。
「ぅ…」
「あ~…」
それをセリアから聞き、美春はビクリと反応し、ネクサスもそこは抜け落ちてたのか今更な声を漏らす。
「俺は、うろ覚えですね」
対してリオは学院時代にそのようなことも習っていたのか、そう答えていた。
そして、急遽セリアとリオにダンスの基礎を教えてもらうことになった美春とネクサス。
その日からしばしの特訓が行われることになるのだった。