あれからネクサスとシンシアはプロキシア帝国の勢力圏から抜け出し、ガルアーク王国の勢力圏へと舞い戻っていた。
しかし、2人は組織へとは戻らず、そのまま行方をくらましていた。
経緯はどうあれ、自力で隷属の首輪を外したのだ。その理由を答えるだけでも辟易とした気持ちになったので、そのまま2人揃って死んだことにした方がまだマシというものである。
とは言え、シンシアはともかく、ネクサスは特徴的な髪色をしている。それが最大のネックであり、身分を偽って冒険者になったら組織に見つかりやすくなる。そのリスクを考慮し、2人はとりあえず交易都市として発展した『アマンド』へと逃げていた。
流石に祖国の交易都市で盗みを働くことはなく、野盗から奪った資金で宿の部屋を借りて細々と暮らしていた。
ただ、ネクサスは外を出歩く時は常に黒いフードを被っていたので悪目立ちもしていた。シンシアは普通にしていたが、無口無表情では交渉もままならず、必然的にネクサスがついて行く必要があったのも大きい。
幸いにしてアマンドにはクレティア公爵家の令嬢が会頭をしているという『リッカ商会』の本店があり、そこのお世話になっていた。
少々値は張るものの、良質な品々を購入してはネクサスが手料理を振る舞っていた。
何故、ネクサスがこんな料理を作れるのか、シンシアは不思議に思ったが、特に文句も興味もないので追及はしなかったようだが…。
………
……
…
そんな生活を送って早1年が経った頃。
ネクサスには一つの疑念が頭の中にあった。
(リッカ…リッカ、ねぇ…)
それは初めてリッカ商会の名を聞いた時から抱いていた違和感である。
(何となく、日本っぽい響なんだよな…それに…)
商品の中に『パスタ』という麺類の食材があったりと、それはもうネクサスからしたらある意味決定的な違和感と言ってもいい。
(パスタ…地球製の品だよな。この世界にも小麦粉はあるんだから作れないこともないだろうけど…)
偶然の一致にしては出来過ぎな気もしないでもないため、ネクサスはリッカ商会…いや、正確には会頭の『リーゼロッテ・クレティア』か、その近辺に地球の知識を持った者がいると考えていた。
それはつまり…
(俺以外にも転生した人間がいることになる…)
前世で父親が探偵をしていたこともあり、推理力や洞察力には多少なりとも自信を持つネクサスはそう結論付けていた。
(問題は誰かってことだよな。それともあの時、一緒に死んだ3人の誰かか…?)
その考えに至り、ネクサスは当時の事故のことを思い出す。
自分の他には大学生の男、高校生らしき女子、小学生の女の子…。
この中では小学生は除外していいだろう。何故なら小学生にここまでやれそうな余裕がないのと、仮にあったとしてもパスタのことをスパゲッティと呼ぶ可能性も否めない。
次に大学生の男…転生先が男女逆転する可能性もあるが、恐らくそれはないと朧気ながら思う。少なくとも自分は男であるし、男が女の動作をこなせるか疑問に思ったからだ。
となると、消去法で必然的に女子高生になるが…これらの意図が少し読めない部分がある。純粋に地球産の品々を開発して普及しているのか、故郷の味を思い出してみた結果で売れ筋となったのか、それとも何かしら意味があるのか…。
仮にこの推理が当たってたとして、自分はどうするべきか?
身分は奴隷であったし、裏組織の人間だった。表舞台で輝く彼女に影ある自分が接触してもいいものか、と…。
(地位の高い身分の人間に転生したなら、こういう道もあったんだろうがな。俺はしがない村人の子供だったからな。おそらく住む世界が違う。ま、戸惑いながらも今の成功を勝ち取ったんだろうが…並みの努力じゃないよな…)
同じ境遇…とまでは言わないが、似た状況で最善を尽くそうと頑張った結果が、今の成功に繋がっているのだろうとネクサスは分析していた。
(まぁ、仮に接触するにしても…秘密の共有者としてどれだけ信頼出来るかも鍵になりそうだが…)
シンシアにも打ち明けたことのない己の秘密。それを他人の信用を得た状態で共有者となれるかどうか…ネクサスは難しいだろうな、と結論を出していた。
(さて、そろそろ資金も心許なくなってきたし、どうするかな…)
と考え込んでいた時だった。
ガシャン!!
泊まっていた宿の1階…おそらく食堂辺りで何か派手な音がした。
(なんだ?)
「………………?」
ネクサスとシンシアは相部屋にしていて、派手な音に同時に訝しんでいた。
「ちょっと見てくる」
「………………」
シンシアを手で制し、ネクサスは黒フードを被って部屋から出て食堂の入り口から様子を見る。
(あれは…?)
そこにはネクサスと同じくフードを被った少年が冒険者の大人を治癒してる様子が見えた。
(魔法か? いや、俺と同じで模倣してる…?)
ちょうど向こうからは死角になっていたのか、こちらには気付いた様子もなく少年は治癒した大人を引っ張って何か言うと、そのままネクサスの方に向かってきた。
「失礼」
「………………」
少年はネクサスの横を抜けると、部屋へと戻っていった。ネクサスはネクサスで興味深そうにその少年の後ろ姿を見ていたが…。
そして、何やら騒いでた食堂を後にしてネクサスも部屋に戻ると…
「シンシア。旅支度するぞ」
「?」
どういうことかと首を傾げたシンシアがネクサスを見る。
「面白い奴を見つけた。ちょっと追い掛けようと思う」
「………………」
そんなネクサスの言葉に、無表情ながら呆れた様子のシンシアだったが、素直に旅支度を済ませる。
とは言え、2人の荷物は多くない。幸いと言うべきか、もしもこの都市から出る時のために用意していた大きめのリュックに互いの私物や余った食料を詰め込むだけでいいのだが…。圧倒的に余った食材の方が多かった…。
………
……
…
翌朝。
ネクサスとシンシアは約1年間世話になった宿に別れを告げて外へと出た。宿を出る際、ネクサスは1年間も無理を言って泊めてくれてありがとう、とお礼を言ってから頭を下げ、支払いも少し多めに渡していた。
最初こそ女将も少しだけ返金しそうになるが、こんな身なりの自分を泊めてくれたせめてもの礼だから、とネクサスはシンシアを連れてそのまま外に出たわけだが…。
しかし、ネクサスとシンシアは宿から出て近くの物陰に身を潜めると、宿の出入り口を見張っていた。
(おっ、出てきた)
少しして宿屋の親父らしき人物が入ってくのを確認した直後、何やら包みを持ったローブの少年が出てきた。
(追うぞ?)
少年が歩き出したのを確認してから、ネクサスも手でサインを出してシンシアに追跡の指示を出す。
「………………」
ネクサスの後を追い、シンシアもゆっくり歩き出す。
ローブの少年は都市の外へと出ると、そのまま周りを警戒しながらも街道を東へと進み、ある程度進んでから森の中へと入っていく。
それを裏組織で鍛えたネクサスとシンシアが見逃すはずもなく、2人も揃って森の中へと進んでいくが、少年の姿が既に見失いそうになってることに気付く。
「身体強化か…?」
「………………」
そう思いながらもそれぞれ身体強化を施して少年を追うネクサスとシンシア。
すると、僅かに金属音が響いて来たのを耳が察知し、2人は息を殺して接近する。
見れば、ローブの少年…いや、ネクサスとそう変わらない歳っぽい
(あいつ、狙われてんのか?)
ネクサスは少年の方に視線を向けながら戦闘の様子を見る。
(女の子の方は…速いが、それだけだな。にしても、男の方はやけに戦い慣れてるような気がしないでもないな…)
決着はすぐに着いたようで、黒髪の少年が暴れる女の子を眠らせると、隷属の首輪を外してしまった。
(やはり、魔法のようで魔法でない。俺と同じか…)
その様子を観察していると…
「そろそろ出てきたらどうだ?」
どうやら少年はネクサスとシンシアに気付いている様子だった。
「気配は消してたつもりなんだがな?」
ネクサスはあっさりと姿を見せておどけたような口調で答える。
「あれだけ視線を送ってくれば嫌でもわかる」
少年は鋭い声音でそう答える。
「そうかい。で、俺ともやるのかい?」
「こいつの仲間だというのなら…!」
ネクサスの問いに少年は臨戦態勢を取る。
「おいおい、待てって。そう殺気立つな。別に俺はそっちの嬢ちゃんとは無関係だ」
ネクサスが両手を挙げながら無抵抗ですと言ってみると…
「証拠は?」
少年が鋭く切り返す。
「それを言われると、難しいな。けど、そうだな。俺がお前さんを見たのは昨日が初めてだ」
「昨日…?」
「あぁ。あの宿で擦れ違っただろう?」
「宿……っ! あの時の…」
そこで少年も宿で目の前のローブを被った人物とすれ違った思い出したのか、表情の鋭さが増す。
「お前さん。狙われてるのか?」
「そうらしいな…
少年はまだ出てきてないシンシアにも鋭い視線を向けていると…
「いや、知らん」
ネクサスは即答していた。
「なら、どうしてここにいる?」
「昨日の治癒場面を見て面白そうだと思ったからな。だから追いかけてきた」
「……見たのか?」
ネクサスの言葉に反応し、少年の語気に怒気も含まれているようだった。
「安心しろ。誰にも言っちゃいねぇよ。つか、俺ら
「似た者同士?」
ネクサスの言葉に少年が警戒していると…
「俺もな。魔法が使えないんだよ。代わりに魔法の模倣が出来る」
「なっ…」
自分以外にもそんな人間がいたのか、という驚きの表情を少年は浮かべる。
「あと、髪に黒が混じってるから珍しがられるんだよ。お前さんみたく綺麗な黒髪は初めて見たしな」
そう言いながらネクサスは被っていたローブを外し、自身の髪を少年に見せる。
「だから、普段は隠してるんだが…どうにも悪目立ってな。そろそろ旅に出ようと思ってたところなんだよ」
真実を織り交ぜながらネクサスは少年の挙動を観察する。
「………………」
少年は警戒しつつも臨戦態勢を解いていく。
「俺はネクサス。後ろに隠れてるのはシンシアだ。お前は?」
ネクサスはシンシアの名前まで出しながら自己紹介をする。
「……ハルト」
しばし逡巡した少年は自らの名を答える。
「ハルト?」
その発音に妙な違和感を覚えつつ…
「そうか。よろしくな、ハルト」
ネクサスは笑顔で答えるのだった。
ちなみに勝手に名前を出されたシンシアは、ネクサスの背後に出てくると、抗議のつもりでポカポカとネクサスの背中を叩こうとしていた。ダガーを逆手に持って…。 それをネクサスは巧みに回避し続けていたが…。
その妙な光景を目にしつつもハルトは自分の暗殺を命令されたであろう獣人の女の子を起こして事情を聞いていた。
獣人の女の子は主人の名は知らないそうだが、お兄様呼びを強要していた者は『スティアード』だと答え、後の事情は知らない様子だった。
それらを聞いてから一応、ネクサス達に確認したが、知らないの一点張りだった。
そもそも…
「暗殺者に余計な情報は与えないのはどの国も一緒だよな~」
などとネクサスが呟いていたが、ハルトは深く追及しなかった。
その後、ハルトは獣人の女の子に未開地と獣人族の情報を与え、その子を置いて出立しようとする。
しかし、獣人の女の子含め、ネクサスとシンシアもハルトを追うようにその場から移動する。
「何故、ついてくる?」
気配でわかっていたのだろうが、ハルトはその場で立ち止まって尋ねてきた。
「ぁ、その…」
「俺はなんか面白そうだから勝手についてくだけだが?」
「………………」
獣人の女の子が何か言おうとしたが、その前にネクサスが答え、シンシアが無表情でネクサスを見つめる。どこかジト目のような気がしないでもないが…。
「………………」
物凄く嫌そうな表情をしながらハルトが溜息を吐く。
その後、獣人の女の子の名が『ラティーファ』だと聞き、この奇妙な4人組は一度アマンドに引き返すのだった。
理由は旅の同行者達の装備を整えること。
ラティーファの同行は認めたが、ネクサスとシンシアは勝手についてくと宣い、本当に勝手についてくる始末。
ただ、その際…ラティーファに名乗る時に少年は『ハルト』ではなく、『リオ』と答えていたので、ネクサスが…
「どっちが偽名だ?」
と聞いて場の空気を凍らせたが…。
結局、『リオ』が本名で、『ハルト』が偽名であること、ついでに冤罪でベルトラム王国を出奔する羽目になったことをネクサスとシンシアに簡単に説明したハルトことリオだった。
その事情を聞き、ネクサスとシンシアは特に何も言うことはなく、逆にネクサスも自分の生い立ちや1年前にガルアーク王国の暗部の下部組織からシンシアと一緒に逃げ出したことを勝手に喋り出し、『これで五分五分だよな?』的な笑みを浮かべていた。
ただ、シンシアは『また勝手に喋った』という意味も込めて両手に持ったダガーでネクサスを刺そうとしていたが…。
かくして、この奇妙な4人組の旅が始まった。
行く先は未開地と呼ばれる場所…そこで彼等を待っているのは…?