朝、もうすぐ昼にさしかかる頃だった。エスカルゴンの母がこのププビレッジを訪れると聞かされた。
「おっかさんには、私が大王だと言っちゃったんでゲス!だから……一生のお願いでゲスよ!リーノ!!」
「かしこまりました。今日から明日の朝まで、そのように振舞わせていただきます」
「ありがとうでゲース!!」
エスカルゴン閣下はスキップしながら廊下を歩いて行った。この調子で城中の兵士やメタナイト卿たちの所に行って頼み込むつもりなのだろう。
普段苦労をかけられることも多いが、根本的に悪い人ではない。それに二十年間も私の面倒を見てくれた人だ。こういうときに恩返ししたいと思う。
さて仕事だ。閣下のお母様がこの村に到着するのが昼頃だとする。色々と村の中を回るだろうから、こちらに来られるのは夕方だろう。それまでに一番いい客室を整えておかなくちゃ。
数名のワドルディを連れて、客室に向かった。
掃除が終われば、晩餐会とその後の村人たちも参加できるパーティのための下準備を行う。後は簡単な調理をするだけで、できあがる。それで一旦はストップだ。
「これで良し」
キッチン回りも綺麗に掃除して、火を消し、一息つく。エプロンを取り替えたらもう一仕事だ。エスカルゴン閣下のお母様を迎えに行こう。
閣下とそのお母様は良く似ていた。もう双子と言っても過言ではないくらいだ。驚きはしたけれど、それすらも張り付けた笑みの下に隠して。完璧なメイドをできるだけ演じる。
エスカルゴン様は慣れていない言葉遣いで私を紹介してくださる。
「おっかさん、このメイドがおっかさん付きになるでゲス。リーノ、頼んだでゲスよ」
「かしこまりました、大王様。リーノと申します。至らぬ点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「まあ、こんな綺麗な人がメイドさんなのかい?やっぱりお城ってのは凄いところだねえ。長生きはするもんだよ。よろしくね、リーノさん」
疲れているだろうから、早速お部屋に案内させていただく。普段は王族の方を泊めるための部屋だ。とっても豪華だし、なによりベッドがふかふかしている。エスカルゴン様のお母様はたいそう驚かれて、きらきらしすぎて目が痛くなってしまう、と笑われた。たしかに、ここは陛下の趣味が反映されていてちょっと金ぴか過ぎる。
「別のお部屋に移動しますか?」
「いやいや、ここで充分。ありゃあ、ベッドがこんなにふわふわだなんて!よく眠れそうだよ。長生きはするもんだね」
「喜んでいただけて何よりです」
「おっかさん。荷物置いたら、城の中を案内するでゲスよ」
「はいはい。すぐ行きますよ」
「それでは、わたくしは晩餐会と夜の歓迎パーティの準備にとりかかります。失礼いたします」
「ありがとうね。リーノさん、これ、お駄賃」
エスカルゴン閣下のお母様は小さ包みをくださった。できうる限り恭しく受け取る。
「ありがとうございます。お母様」
「いいのよ。こんぐらいしかできなくて悪いね」
「わたくしには充分でございます」
閣下とお母様とは、部屋の外で別れた。お二人の後姿を見送ってから、私は調理場へと向かう。その途中でメタナイト卿たちに会った。
「お仕事お疲れ様です」
「ああ、そなたもな」
そこでリーノはピンと閃いた。そうだ、メタナイト卿たちにも手伝ってもらおう、と。
「あの、これから三十分ほど、時間は空いていますか?晩餐会で出す食事の味見をお願いしたいんです」
「リーノ殿が作る食事の……」
「味見……」
ごくりとよだれを飲み込む音が聞こえてきそうな声。二人の部下の視線が、上司であるメタナイト卿に注がれる。
「まあ、三十分ほどなら空いている。頼まれよう」
「ありがとうございます。では、一緒に参りましょう」
調理場へ入ると、すでに調理担当のワドルディたちが支度を始めていた。全員にお礼を告げて、自分もその輪に混じる。
「メタナイト卿たちは奥の机の方でお待ちください」
「わかった」
準備は済んであるので、最後に味を調えたり、もう一度温めることで出来上がりだ。三十分もかからずできた料理を、小皿に移して戦士たちに差し出した。戦士たちは美味しそうに食べてはぺろりと平らげる。
「サラダがシャキシャキしていて歯ごたえがいい。甘いし、何よりドレッシングと合っている」
「この肉とろけてしまうな。おいしいです」
「スープもしつこくなくていい濃さだ。飲みやすい」
三人に出した料理はすべて好評だった。リーノはほっと息をつく。
「ありがとうございます。これでさらに自信を持って、お母様にお出しできますわ」
「そなたの料理はこの国一番だと聞いたが?」
「まあ、お世辞が上手ですこと。わたくしはまだまだ修行途中の身ですわ」
「謙遜だな」
「? 本当の事だと思いますけれど?」
実際、上には上がいる。サトさんやハナさんがそうだ。村の女性たちは料理上手な方が多い。
メタナイト卿は私の言葉に微笑まれたような気がする。雰囲気が柔らかくなったからだ。和むようなことを言ったかしら?
「そうだ。閣下のお母様から包みをいただいたんですよ」
「ほう、よかったな」
「ええ」
ポケットにしまった包みを取り出す。それを机の上に広げて見せた。中には手の平にすっぽりと収まる大きさのクッキーが入っていた。
「クッキーですわ。皆さんでいただきましょう。食後の紅茶かコーヒーでもいかがですか?」
「では、コーヒーを」
「我々も同じものをお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ここでもおいしいものを出せるように、そこそこ時間をかけてコーヒーを作る。
うまくいけばいいけれど、どうかしら?
調理場にいるワドルディたちの分も用意して、自分は手抜きのほうじ茶を準備する。まずは御三方、次にワドルディたち、最後に私だ。ちょうど全員の分ができたので、それぞれに渡す。
コーヒーを受け取り、一口飲んだソードナイトとブレイドナイトがほっと一息つく。
「おいしいです」
「うーむ。このコーヒー、やけにうまい気がしますね」
「リーノはコーヒーを淹れるのが上手なのだ」
「……へえ」
「そうなんですね」
上司の、まるで何度も飲んだことがあるような口ぶりに、さらに予想を強めていく部下たちであった。
リーノはするりとフォローを入れる。
「メタナイト卿には細々としたことでお世話になっていますから、そのお礼にお茶をご馳走させていただくんですよ。ね?」
「ん?……ああ、そうだな」
まだ秘密の恋人の圧を感じ、素直に頷くメタナイト卿。のってくれたことに胸の内で感謝するリーノ。それはいわゆるデートではないか?そう考えるソードナイトとブレイドナイト。ただ美味しくクッキーとコーヒーを飲むワドルディたち。
少々混沌とした空間であった。
リーノも椅子に座り、クッキーとほうじ茶をいただく。クッキーを一口かじった。控えめな甘さが口の中に広がる。固さもちょうどいい。素朴な味わいが、母と一緒に作ったクッキーの味を思い出させた。
「(もう二十年以上も昔の事なのに、まだ覚えているものなんですね……)」
「リーノ、どうした?涙が……」
「ああ、目にゴミが入っただけですわ」
じわりと滲み出た目元をハンカチで拭う。心は懐かしさで温かくなっていた。
ちょっと早めの夕食―晩餐会―を終えて、場所は城の庭へ移る。
私は常にお母様の傍に付き、細々とした用事を済ませていた。だからこちらの様子を窺う村人たちの視線には気づかなかった。
アーニャとランタンは遠くから、メイドの仕事を全うしているリーノを眺めてこっそり話し合った。
「あの噂、すぐに耳に入れた方がいいんでしょうけど今は無理ね」
「ですねえ。お仕事の邪魔になっちゃいます。今日はリーノが用意してくれた食事もありますし、パーティを楽しみましょうか」
「そうしましょ。」
パーティはのんびり楽しむことができなかった。
デデデ大王が傘の魔獣ドリフターを数十匹呼んだからだ。それもカービィによって倒されたが、デデデ大王が放水したため食事がめちゃくちゃになった。パーティはお開きになった。
大王の作戦によって食事をめちゃくちゃにされたリーノは怒りよりも悲しんでいた。なのでしばらく料理は作らないと、デデデ大王にその場で告げた。
「お前が作らんかったら誰がワシのご飯を作るゾイ!?」
「ワドルディたちが作りますわ。それでは、お母様を浴室にご案内しなければならないので」
ワドルディたちだって料理ぐらい作れる。だが、デデデ大王好みの食事はリーノしか作れない。今回もいい罰になったはずだ。
明朝。ひと悶着あったものの、お母様をケガさせることなく城から送り出した。
「リーノさん。お世話ありがとう。不自由なく過ごせられたよ」
「それはようございました。務めを果たせて、わたくしも嬉しい限りです」
「でもなんだって、あんなバカな大王に仕えているんだい?」
お母様はプンプンと怒っている。私は眉を下げて、緩く微笑んだ。
「子どもの頃、陛下に助けていただいたからですわ。可愛がってもくださいました。ですから、その御恩をお返しするまでわたくしは陛下にお仕えする所存です」
「そうかい。あんなバカにもいい所があったんだね。……いやになったら、このばあさんの所においで。アンタなら、大歓迎だよ」
「まあ、お母様ったら。ありがとうございます。そのときはよろしくお願い申し上げます」
お母様と、道中まで見送るエスカルゴン閣下、フーム様、ブン様、カービィたちが城から遠ざかっていく。その様子をしばらく眺めていた。
「母を、思い出したか」
突然話しかけられるのも慣れてきた。
「思い出しましたわ。とても懐かしい。あのクッキーを食べたとき胸が熱くなりましたもの」
「そうか」
メタナイト卿が隣に並んだ。私が城の中に戻るまで、彼は傍にいてくれた。
*****
その日は雷雲で、天気が悪かった。せっかくメタナイト卿と話し合う事があったのに、この天気ではデートにならない。今日は大人しく仕事をしておこうか。それとも夜に落ち合おうか。
ふと、考える。
「(私から誘ったら、ご迷惑かしら……)」
顔に熱が集まる。パタパタと片手で仰ぎ、パタパタともう片方の手で壁の埃をはたいた。
突然城内放送が鳴り響く!
『城内に魔獣が逃走した!殺さずに捕まえるゾイ!!』
「ま、魔獣!?」
リーノと、その周りにいたワドルディたちは慌てた。ワドルディたちは両手をパタパタと動かしたり、どこへ目掛けて走り出したのか仲間にぶつかっている。
その様子を見て、むしろ落ち着きを取り戻したリーノ。号令をかける。
「皆さん、落ち着いてください。ここが危険だと思うなら玉座の間に逃げましょう。陛下がこうして城内放送できているということは、玉座の間にいらっしゃるが故です。放送ができるぐらい安全であるとも言えます。よろしいですか?」
「わにゃ!」
ワドルディたちが一斉に掃除用具を放り出して逃げていく。
私も後を追わなくちゃ。
スカートの裾を掴んで廊下を走る。途中のベランダで爆発音が聞こえた。
「一体何ですの!?」
嫌な予感がして、ベランダから下の噴水がある庭を覗き込む。そこでは大きな赤い獣と、メタナイト卿が戦っていた。
彼らは爆発音と火をあちこちに巻き散らしながら、城内へと入って行った。
私はこの時、メタナイト卿なら大丈夫だと信じて疑わなかった。
「私にできることを……陛下たちの所へ行かなくちゃ!」
そこでなら何か情報が掴めるかもしれない。普段カービィに任せきりな魔獣退治を、メタナイト卿が相手しているという事は、それだけ強いのだろう。弱点を聞き出さなきゃ!
リーノは再び走り出して玉座へと向かう。
廊下の角では慎重に辺りを見渡して、とにかく走る。その間も爆発音は遠くで聞こえていた。
玉座の間、扉の外側につく。中に入る前に乱れた息と姿を整えて、中に入った。
中に入ると陛下と閣下がいらっしゃった。そして玉座の奥の壁が破壊されている。
私は怒った。
「陛下、閣下!この魔獣騒ぎは一体なんなのでしょうか!」
「げえ、リーノ!」
「うるさいのが来たでゲス……」
「魔獣は現在、メタナイト卿と交戦しつつ城内を移動しております。今はメタナイト卿がなんとか相手をしてくださっているので兵士たちに被害は出ておりません。ですが、それも時間の問題!陛下たち自身にも危険が及ぶ魔獣なんて言語道断ですわ!即刻倒すべきです。さあ、弱点を教えてくださいまし」
「う、」
「う?」
「うるさいゾーイ!!!」
「!?きゃあ!」
陛下は懐から取り出した縄で、私をぐるぐる巻きにした!まるでナックルジョーが来た時みたいだ。
幸い口は塞がれていないので、抗議する。
「なぜこんな事をするのですか!」
「黙ってカービィがやられるところを見ているゾイ!」
「今はカービィよりもメタナイト卿が危険ですわ!」
「あーんもう!静かにしないとお口チャックしちゃうでゲスぞ」
「それでもわたくしは黙りませんからね!」
「もう放っておくゾイ。それよりもはようチリドックを探せ」
「はいはいでゲス」
チリドック。めちゃくちゃ聞き覚えがある名前だ。たしかメタナイト卿を追い詰めた魔獣だったはず。という事は、本当にメタナイト卿は危ない状況にいるんだ!
弱点を知ることができず、その上こんな風に捕まるなんて情けない。好きな人の役に立てないなんて情けない。
私は悔しくて何度も縄を解こうと暴れた。縄は肌に食い込むばかりで痛い。
ああ、こんなことになるなら、本当にナイフの一本でもポケットに忍ばせておくんだった。明日からはくだものナイフを持ち運ぼう。
そう心に決める。
リーノが解放されたのは、すべてが終わってからだった。
途中、城内で魔獣チリドックが引き起こした火災があったものの、それをモニターで見た陛下が消火を決断。城は崩壊を免れた。
もう解放してくれてもいいのではないか?そう思ってデデデ大王に頼む。
「陛下、もうわたくしの縄を解いてくださってもよろしいのではありませんか?」
「……いやゾイ」
「は?」
「お前は最近生意気すぎる!しばらく反省するゾイ!!」
言葉を失った。反省させるために相手を縛るなんて暴力だ。酷すぎる。閣下も「やりすぎでゲスぞ」と弱々しく言っているが、陛下に一喝されて黙ってしまった。
そこにメタナイト卿とボロボロになったソードナイトとブレイドナイトがやって来た。
「陛下……」
メタナイト卿たちの視線が、私と陛下たちの間を行き来する。彼の人が纏う雰囲気が低いものに一変した。
「これはどういうことですかな?」
底から沸き上がるような憤怒の声。静かだからこそ恐ろしい。
「こやつが、生意気なのがいかんのだゾイ!口出しするなゾイ!」
威勢よく答えているように聞こえるが、実際は言葉の端が震えている。この時ばかりは、あの怒りを真正面から受ける陛下に同情……しないかな。メタナイト卿たちって女性とか子供に酷い事する人たちって嫌いそうだし。相手の地雷を踏んでしまわれた陛下が、今回は悪いと思います。はい。
メタナイト卿が陛下たちを無視してこちらに近寄る。すぐ傍に来てくださって、そっと頬を撫でた。
「リーノ。どのくらいの時間、縛られていたのだ?」
「ここに来てすぐですから、数時間でしょうか」
「そうか。やりすぎだな」
メタナイト卿はその炎のように燃え上がる様を表したかのような剣を抜くと、ばっさりと縄を切った。もちろん私に怪我はない。
私はゆっくりと立ち上がる。メタナイト卿が腕を支えてくださった。
「ありがとうございます。もう大丈夫ですわ」
「袖を、まくってくれないか?」
ぎくりと顔を歪ませる。頭を振った。
「大した怪我はありませんわ。ですから、どうか」
「ダメだ」
あっという間に手首を掴まれて、袖を捲られる。腕には痛々しい縄の跡がついていた。
「すみません。悔しくて暴れたときについたんです」
「…………」
メタナイト卿は無言で陛下たちを見る。お二人とも眉を下げていて、ショックを受けているようだ。
縄で縛られた事も、そのままの状態で放置されかけた事も、怒っている。けれど、そんな顔をさせたいわけではなかった。だって、家族のような人たちなのだ。私を見守って、助けてくださった人たちなのだ。あまり悲しい思いをさせたくない。
私は袖を伸ばし、肌を隠す。陛下たちに近づいて、怒った顔をした。
「わたくし、今回の事、とっても怒りました。怪我が治るまでは出勤したしません!有休を使わせていただきます」
「ゆ、有休?」
「そんなもん、この城には……」
「いいですね?」
「あ、はい」
「わかったゾイ」
力なく頭を垂れる陛下たち。そのお二人の手を取って、続きを言う。
「有休が明けたら、お二人にはいっぱい美味しい物を作って差し上げます。最近ご飯を作らなくてごめんなさい。満足に食べられなくてイライラしていたんですよね?」
そういうと、お二人は困ったような、そんな表情を見せた。私の方から謝られるなんて思っても見なかったんだろう。
「陛下……」
「だーもう!ワシも悪かったゾイ!もう他の者にご飯を作らせるなゾイ!」
「さすがに、風邪の時とかは勘弁してあげてほしいでゲスよ。……私もごめんでゲス」
「謝ってくださったからいいですよ。許します」
仲直りしたので、二人の手を放す。そしてメタナイト卿の傍に戻った。
「お待たせいたしました。それでは、行きましょうか」
「そうだな」
リーノとメタナイト卿は並んで出て行く。その仲睦まじい様子に、デデデ大王とエスカルゴンは怪しむのだった