今日、陛下と閣下は帰ってこないらしい。
つまりお泊まり。お二人がいないので、今日は八時間勤務したらすぐに帰宅した。
帰り道、城の廊下でアーニャが弾んだ声をあげる。
「そうだ。今日は久しぶりに女子会しませんか?みんなで一緒にゆっくりしましょう」
仕事を終えたので、素の口調で話すリーノ。彼女の声も上ずっていて、楽しそうだ。
「それはいい考えだけど……ランタンはいいの?」
最近、恋人ができたばかりのランタン。夜は大体、お相手のソードナイトと過ごしている。だから今日も彼と過ごすのではないか。そう考えたのだ。
ランタンは頭を傾けた。
「どうかしら。相手次第ね」
「では、差し入れをするついでに、今日の予定を聞きに行きますか」
「アーニャも行くでしょ?」
アーニャは力を込めて言った。
「も、もちろんです!……それで、何を差し入れしますか?お菓子とか、でしょうか?」
「今回もおにぎりにしませんか?前に差し入れしたとき、喜ばれたんです」
「同じ物もいいけれど、変化をつけたいわね。うーん、お弁当はどうかしら?野菜も食べられるし、各自の好物を作って入れられる。それにボリュームも出せるわ」
私とアーニャは目を輝かせた。
「いいアイディアです!ランタン!」
「さすがランタンですね!」
「よしてよ。照れちゃうわ」
ランタンの左にアーニャが、右に私がくっついて廊下を歩く。
女性三人の楽しげな声が、廊下に響き渡った。
アーニャは生姜焼き弁当、ランタンはハンバーグ弁当、リーノは唐揚げ弁当を作った。もちろん、野菜というかサラダもたっぷり入っている。
お弁当箱は、プラスチック製ではない。紙製の物を使い、食べ終わったら捨てられるようにしてある。
何度も食事会を開催しているおかげで、三人の戦士たちの料理の腕前は上がっていた。洗い物だってできる。けれど、忙しい彼らのために、その手間を省こうと話し合ったのだ。
それぞれの弁当を紙袋に入れる。
リーノはお気に入りのメモ帳とペンを取り出し、さらさらと一言書いた。
「いつもお疲れ様です。無理なさらないでくださいね……と。アーニャ、ランタンも何か書きませんか?」
「書きます。メモ帳とペン、使ってもいいですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、リーノ」
アーニャとランタンも、それぞれ何か書いて紙袋に入れた。
メタナイト卿の部屋に到着する。珍しく三人の戦士たちが揃ってテレビを見ていた。
リーノたちが来たことを知ると、全員で出迎えてくれる。メタナイト卿がリーノたちを見つめて言う。
「こうして集まるのは、食事会以来だな」
「そうですね。また近々開催しますので、楽しみにしていてくださいね」
「わかった。楽しみにしている」
穏やかな声音に、リーノの頬が緩んだ。いい雰囲気になったところで、ランタンが部屋を訪れた理由を話した。
「今日は、これを差し入れに来たのよ」
「お弁当です。夜食か、明日の朝食にどうぞ」
まずアーニャがブレイドナイトに紙袋を手渡す。続いてリーノ、ランタンも相手に渡した。
中を覗こうとする手を止めてもらう。
「できれば、食べる時まで中は見ないでください」
「その瞬間までお楽しみよ」
「……わかった。楽しみは取っておくとしよう。そなたたちはこれから、休むのか?」
「はい。それで、久しぶりに三人で女子会をします」
「これからリーノの部屋に帰って、編み物をするんですよ」
「それから眠くなるまでお喋りね」
「ランタン、楽しそうだな」
「そりゃあね。親友と遊べるもの」
今度はランタンとソードナイトがいい雰囲気になる。その時、テレビから夜のニュースが流れた。昼の再放送だ。普段なら気にしないけれど、今日は違う。
カービィがスイカ畑を荒らしてめちゃくちゃにしたこと、コンビニで盗み食いしたこと、カワサキのお店でタダ飯を食べたこと。
酷い内容だった。完全にカービィを貶めるためのニュースだ。
私は思わず口元を抑えた。
「ひどいわ。カービィは、あんな風に畑をめちゃくちゃにしないのに……」
「今のはフェイクニュースだと思うか?」
「はい。事実を編集して、印象操作をしていると思いました」
メタナイト卿と話していると、アーニャが手を挙げた。
「カービィは悪いことはしていない……ということですか?でも前に、実家の傍のスイカ農家さんから、カービィがスイカを食べてしまって困る……と、聞きましたが」
「カービィが、スイカを食べてしまうことは本当だと思います。私も前に聞いたことがあるから。でも、スイカ畑めちゃくちゃに荒らすことは、していないんじゃないかな?アーニャ、ランタン、聞いたことはありますか?」
二人はお互いの顔を見て、それから首を振った。
「それは……ないわね」
「ないですね……では、あのニュースを信じるのはやめた方がいいですね」
「少なくとも、すべてを信じることはやめた方がいいでしょうね」
「デデデ陛下ったら、ろくなことしないんだから!」
ランタンはぷりぷりと怒りだし、アーニャは困ったように眉を寄せる。
私は、納得していた。ここ二日ほど陛下と閣下を見かけなかったのは、こういうことか……と。
「明日は質素なご飯で決まりですわ……」
力なくそう言う。戦士たちは目配せをして、ソードナイトさんが奥へ向かった。そして棚からカゴを取り出し、ランタンのところへ戻ってくる。
「ランタン、リーノ、アーニャ。いつも差し入れをありがとう。これは我らからの礼だ。受け取ってほしい」
ソードナイトからランタンへ。カゴが渡される。中には、色違いのハンドクリームが三つ入っていた。
私たち三人は、喜びが混じった驚きの声を上げる。
「嬉しい。使わせていただきますね」
「ちょうどハンドクリームが欲しかったんです。ありがとうございます」
「ありがとう。でも、なんか悪いわね。気を使わせちゃったかしら」
するとブレイドナイトさんが「感謝の気持ちだから」と、言ってくれた。
返礼を求めていたわけではないけれど。こうして感謝の気持ちを改めて伝えてもらえると、すごく嬉しかった。
次の日の陛下たちの朝食は、魚も肉もない野菜だけの食事を作った。野菜だけでも美味しく食べられるよう、工夫はしてある。それは、数種類のドレッシングを用意したりとか、大豆でお肉を模してみたりとか。
未来には大豆ミートと呼ばれる代替肉があった。この世界にも同じ商品を見つけて、取り寄せたのだ。ホーリーナイトメア社のダウンロードシステムは使っていない。コンビニで注文をして、取り寄せてもらったのだ。
野菜だけの食事に、陛下は気づかずいつもの調子で食べる。
「うまいでゲスなあ!」
「一仕事終えた後のご飯は格別ゾイ!」
質素にしたつもりが、かなりの好評価を得てしまった。品目が多いせいだろうか……。
「今回のお食事では、反省していただけなかったようですね。次回からはおかゆや、素うどんに戻しますね」
「やめてほしいゾイ!」
陛下は料理を守るように腕を広げて、首をイヤイヤと振った。
閣下も重たい空気を漂わせていた。けれど何かを思い出したかのように、リーノに声をかける。
「リーノ、それからアーニャにランタン。お昼に始まるテレビ番組までにクッキーをたくさん焼くでゲス」
驚いた。閣下が私だけではなく、アーニャとランタンにも声をかけられたから。これって閣下が、アーニャたちのことを認めてくださっているということかしら。
そんな気持ちは表情に出さないで、恭しく頭を下げた。
「たくさん、でございますか?目安となるものがあれば助かります」
「ワドルディ!」
食堂の扉が開き、大型の木製リヤカーがワドルディ数人に引かれて入ってきた。荷台部分は空っぽ。嫌な予感がした。
閣下の方を見る。彼は笑顔で命令した。
「それに山盛り、でゲス」
私は引きつる口角をきゅっと上げて、承諾した。
番組を生中継するスタジオ近くには、厨房がある。ちょっと離れているが、その上下の階にも簡易的な厨房があった。
私とワドルドゥ隊長は、早足で廊下を歩く。その後ろに、アーニャとランタンと十人ほどのワドルディが続く。
「ワドルドゥ隊長は他にもやることがありますよね?でしたら、クッキー作りはこちらに任せてください。できる限りのクッキーを作ります」
「うむ。何かあれば手伝おう。すぐに呼んでくれ」
「かしこまりました。それでは」
ワドルドゥ隊長と別れて、スタジオから一番近い厨房へ入った。
「すでに他の厨房ではクッキー作りが始まっています。私たちも急ぎましょう!!」
「はい!」
「ええ!」
「わにゃ!」
それからは、目まぐるしく働いた。
メイド服の黒い部分や顔に、薄力粉がついてしまったり。何時間も甘い香りを嗅いでいたせいで、胸焼けしたり。慌てすぎたせいで、鉄板に触れてしまい軽い火傷を負ったり。
ノンストップで動き続けたおかげで、クッキー作りは成功した。あのリヤカーに、山盛り放り込めた。
遅れて参戦したため、私たちが作れたクッキーの量はそこそこだ。私たち以上にクッキーを作って、ワドルディのみんなは凄いと思う。
運ばれていくリヤカーを見届けて、厨房の中に戻る。頬や手を白く汚したワドルディたちがヘトヘトになって、座り込んでいた。
そして部屋もお菓子作りの影響で少々汚れている。
「……十五分ほど休憩したら、掃除を始めましょうか」
「了解、ボス」
「かしこまりました……」
アーニャとランタンは、互いに身を寄せあってへなへなと床に座り込んだ。
陛下から、夕食作りまで休みをいただいた。
私たちはそれに喜び、お互いにハイタッチする。
三人は廊下をふらふらと歩いて、自室を目指した。
リーノは欠伸を噛み殺しながら、帰ったら横になろうと決心していた。夕飯まで少し寝れば、この疲れも取れるだろう。
廊下の角に近づいた所で、フーム様とブン様とカービィの三人に出会った。
リーノは素早くお辞儀をする。
「こんにちは。フーム様、ブン様、カービィ」
「こんちは、リーノ。それにランタンとアーニャも」
「ぽよう」
「こんにちは、皆様」
「こんにちは」
やや遅れてフーム様も声を出す。
「……こんにちは」
普段の様子と違うフーム様に疑問を抱き、彼女の顔を真っ直ぐ見てしまう。
フーム様はそっぽを向きながら、唇をツンと尖らせていた。
「……なぁに!?ジロジロ見ないで」
「す、すみません。いつものフーム様と違うようでしたので、気になってしまって」
ブン様が頬をぽりぽりとかく。
「姉ちゃん、今は機嫌悪いんだ。さっきデデデにやられたから」
「陛下にやられた?」
「テレビでカービィを悪者にされたでしょう?だから、テレビでカービィの無実を証明しようと思ったの!でも、デデデとエスカルゴンに邪魔ばかりされちゃって……。結局上手くいかなかったわ。カービィも悪いのよ!途中であんなにクッキーを食べちゃって、もう!」
「クッキー……?」
私の背後でアーニャとランタンが声を潜める。
「クッキーって……今朝、たくさん作ったわよね」
「ワドルディたちと山盛り作りましたね」
「なんですって!!?」
フーム様のお顔がリーノにずいっと寄せられる。
「リーノ、本当?」
「はい、本当です。今朝から私たちは、陛下と閣下の命令でクッキーをたくさん作りました」
「それってどのくらい?」
「リヤカーに山盛りです」
正直にお話する。フーム様は大きく目を見開いて、それから顔をぐしゃりと歪ませた。
「……っ!」
そして突然、走り出された。
「フーム様!?」
「姉ちゃん!」
フーム様の足は速くて、あっという間に姿が見えなくなる。
後を追おうと足を踏み出すが、体がよろけてしまう。幸い、腕をブン様が支えてくださって、転ばずに済んだ。
「ありがとうございます。ブン様、フーム様が……」
「話は俺が聞いておくからさ。リーノたちは休めよ。なんか、ヘロヘロじゃん?」
ブン様に言われた通り、今の私たちに元気はない。
素直に頷いて、フーム様のことはブン様に任せることにした。
走り出したブン様の背中を見送りつつ、リーノは言葉をこぼす。
「夜にでも、フーム様のお宅へ伺おうかしら……」
「時間を置くことも大切よ。今の私たち、疲れてヘトヘトだもの。普段は考えられるものも、今の状態だと難しいわ」
「となると、明日がいいかもしれません。お互いに落ち着いてから話し合いができるでしょうから」
二人の言葉に、リーノは同意する。
その日の夜。
仕事を全て片付けて、早く寝てしまおうとメイド服を脱ぎかけたとき。扉が優しく叩かれた。
このノックの仕方はメタナイト卿だろう。
メイド服をもう一度着込んでから、扉を開ける。
「こんばんは、メタナイト卿」
「こんばんは。……疲れているな」
「今日は、朝からバタバタしてましたから」
「そうだったのか。……大した用事ではない。だから、また今度にするとしよう」
「残念です。あなた様とお茶がしたかったですわ」
ゆるりと、メタナイト卿の腕に手を添える。
彼は少し驚いたようだ。腕に触れる私の手と、私の顔を交互に見る。
不快に思わせてしまったかと、慌てて手を引っこめる。
「すみません。勝手に触ってしまって」
「いや、別にかまわない。その、積極的で驚いた」
「あなた様にお会いして、嬉しくて、もっと傍にいたくなったからですわ」
「そうか」
短い返事。そして同じ気持ちだと伝えるように、彼の手が私の手を握る。
メタナイト卿に、部屋の中に入っていただく。そしてコーヒーを入れて差し上げた。
話題は、お昼に放送した討論番組"朝まで語ろう"だ。そこで起きたことを詳細に聞かせてもらった。
酷い話だった。
「フーム様、味方がいない中で頑張って戦ったんですね。そして、上手くいかなった……。怒って、悲しんで、落ち込まれても仕方ありません」
「カービィが食べた、あの山盛りのクッキーはそなたたちが?」
「はい。大半はワドルディたちが作りました。わたくし、アーニャ、ランタンも一緒に作りました。命令されたときは何に使うのかと思いましたが、カービィに食べてもらう為だったんですね」
フーム様、ショックだっただろうな。クッキーの使い道を知らなかったとはいえ、私まで陛下がなさることに加担してしまったのだから。
「どうすればよかったのでしょうか?私は、命令ならば従います。番組が始まる前にフーム様に伝えていれば、何か変わっていたのでしょうか?」
「……難しいだろうな。陛下は村人たちの不満を利用した。それにテレビは陛下のものだ。相手の有利な場で戦って、勝つのは容易くない」
「ですよね……」
「ところで、リーノ。フームは今何をしているか知っているか?」
「え?いえ、知りません」
「私も知らない」
がくりと、肩の力が抜ける。
メタナイト卿は気にせず、コーヒーを一口飲む。そして揺らめくコーヒーを見つめた。
「だが、動いている」
そして私を真っ直ぐ見つめた。
「そなたはどうする?」
「わたくしは……」
そんなの、決まっています。
「正しいことをしますわ」
次の日の早朝。村に手作りの新聞「プププタイムズ」が配られた。
それは村人たちの好評を得られた。簡潔にまとめられており、わかりやすい文章が読みやすく、大人にも子供にも好まれた。
それを作ったのは、フーム、ブン、リーノ、アーニャ、ランタンだった。
村に配ったのは、フーム、ブン、カービィ、ホッへ、イロー、ハニーの子供たちだ。
リーノはメタナイト卿が帰った後、アーニャ、ランタンを誘って大臣家へ向かった。フームに頭を下げて、何かやるなら手伝わせて欲しいと、頼み込んだ。フームは、昼間の自分の行動を謝罪し、笑顔でリーノたちを迎えてくれた。
フームたちの頑張りのおかげで、カービィの疑いは晴れた。
そしてプププタイムズに対抗して、デデデ大王は「デデデミラー」という新聞を配った。それも朝、昼、夕方に配ったのだ。
デデデミラーは分厚かった。しかし、その中身はほとんどが広告で、読んだ人たちをうんざりさせた。
そして事件は起きる。
早朝、陛下の部屋に村人たちが押しかけた。
デデデミラーを返す、と。
そして、カービィが村中に配られたデデデミラーを吐き出した。
吐き出した新聞は城を埋め尽くす。
陛下は困ったので、デリバリーシステムを使いホーリーナイトメア社に新聞を捨て……いいえ、送った。
リーノは、アーニャとランタン、村人たちと共に外にいた。新聞で埋まった城を眺める。
今日はもう城で仕事ができないだろう。ならば、村で一日アルバイトでもしようか。
アーニャとランタンは有給を取らせて、実家の方で休んでもらう。
久しぶりの実家に、二人は嬉しそうだった。
「カワサキ。よろしければ、今日一日だけ私をアルバイトとして雇っていただけませんか?」
「いいよ〜。リーノが居てくれたら料理は任せちゃおうかな」
「いいのですか?」
「うん。その方が儲かりそうだしね」
それを聞いたブン様が大声を上げた。
「えー!?リーノ、今日はカワサキの店で働くの??絶対行く!」
「ありがとうございます。腕によりをかけますわ」
ブン様の声をきっかけに、村人たちに一日アルバイトの件が伝わった。
その日のカワサキの店は、過去最高の売上を出したらしい。