朝、陛下たちの朝食作りが終わってから村へ行く。
日用品を少し購入した帰り道、そろそろ新しい本が欲しかったことを思い出した。ふらりと本屋へ寄る。中に入ると、店主であるアーニャのおじいさんが微笑んで迎えてくれた。
「やあ、リーノちゃん。こんにちは。今日は買い物かい?」
「こんにちは。そうです。新しい本が欲しくて来ました。何か、おすすめの物はありますか?」
「あるよ。巷で大流行している本が。……本当は明日から発売するつもりだったけど、リーノちゃんには特別ね」
「よろしいのでしょうか?」
「いいのいいの。でも、特別に販売したことを内緒にしてくれると助かるよ」
「誰にも言わないでいることは難しいですわ……。あの、もしよろしければ、本の感想を書いてポップを作ります。そうすれば、一日早くその本を読んでも、誰も怒らないでしょう?」
「そりゃあいい考えだ。じゃあ、頼むよ。本は奥で読むといい」
「ありがとうございます。では、十ページほど読ませていただきますね」
リーノは代金を払い、本を受け取った。そして店の奥の部屋へ入り、子供のころアーニャとランタンと一緒に座ったソファへと座る。
本の題名は、パピーポッティーと愚者の石。
「……ハリポタ?」
とっても懐かしい響きに、前世の記憶が蘇る。といっても、大流行した魔法世界のお話ということと、略称しか思い出せないが。
リーノは頭を降って、改めて本に向き直る。表紙にはピンクの一頭身が描かれていた。カービィに似ていると思った。
読み出した本はたいへん面白かった。ページは大幅に過ぎてしまい、慌ててお店に飾る文章を考える。
……いい案が浮かばない。なので、本の冒頭を紙に書いた。本の主人公パピーに魔法学校から手紙が送られてくる場面まで書けた。
これ、案外いいんじゃないかしら?ここまでの文章を読むと続きを知りたくなるし、私が考える感想よりとっても面白いもの。
というわけで、アーニャのおじいさんに紙を渡す。
「おお、できたかい。ありがとう、リーノちゃん。これは……本の冒頭部分かな?」
「素人が考えた感想よりも、こちらの方がいいと思いました。いけませんでしたか?」
「そんなことはないよ。物は試しだ。飾ってみよう」
「よろしくお願いします。では、さようなら」
「さようなら。アーニャによろしくな」
「はい。伝えておきますわ」
リーノは店を出て、城へと帰る。
それから夜と早朝には、パピーポッティーを読む時間ができた。
ようやくその本を読み終えた六日後、村にブームがおこった。誰も彼もがパピーポッティーを読んでいる。
ということを、フーム様から聞いた。
「私もね、リーノが書いたポップを読んだの。それで続きが知りたくて本を買ったのよ。他の人だってそう」
「そうなんですね。あのポップが役に立って嬉しいです」
とても誇らしい気持ちになり、体が少しだけ熱くなる。そこに吹いた優しい風が気持ちよかった。
「ねえ、今から子供たちに本の読み聞かせをするの。リーノも一緒に来ない?」
「午後三時までなら空いております。なので、ぜひお邪魔させてください」
「全然邪魔なんかじゃないわ!来てくれて嬉しい!」
そしてリーノは、フームと共に村へ行く。
リーノは懐かしかった。昔、こうしてフームと並んで村へ遊びに行ったから。幼子の手を掴み、仲良く歩いた。もう手を繋がなくてもいい。それがちょっとだけ寂しかった。
村に到着して、子供たちと合流する。
ブン様、カービィ、ハニー、イロー、ホッへだ。私はフーム様を含めた六名に、アイスを買ってあげた。お給料が入ったので、今回は特別なのだ。
アイスを食べ終えて、ゴミをきちんと片付ける。
本が読みやすそうな場所を探して、ベンチがある場所を見つけた。周りに誰もいない。朗読会をするにはうってつけだろう。
まずベンチの中央にリーノが座った。続いて男の子たちが我先にとリーノの隣に座る。左にブンが、右手側にホッへが座った。他の子供たちは草が生い茂る地面に腰を下ろす。
そしてようやく、本を開いた。
読む役は私だ。フーム様には皆と同じく聞いてもらった。
子供たちは、一文進む度に次の展開を予想した。それはおかしくて、賑やかで、楽しい時間だった。
一時間ほど過ぎたあたりで、喉が限界を迎えた。
リーノは本に栞を挟んで、息をつく。
「たくさん読みましたね。今日はこのへんで終わりに……」
「えー!読んでよ!」
「お話の続きが知りたいわ」
「お願い、読んで!」
ホッへ、ハニー、イローから続きをせがまれる。願いを聞いてあげたいが、喉が限界であることを伝える。
「すみません。わたくしは喉が痛くなったので、これ以上は朗読できません。代わりに、フーム様にお願いできませんか?」
「ええ、いいわよ」
フーム様に本を渡し、席を交代した。
立ち上がったときに、遠くにスイカを運ぶ農家さんの姿が見えた。
思い出した。
たしか、昨日の夕食に陛下が「もっとフルーツが食べたい」と仰っていたのだ。時計を確認する。今から果物を購入して城に帰れば、夕食にフルーツパフェが出せる。
リーノはそうしようと思った。
「あの、買い物をする用事を思い出したので、わたくし帰りますわ」
「えー!?帰っちゃうの?」
子供たちの中でも、私を特に慕ってくれているハニーは残念そうだ。私はハニーに視線を合わせて話した。
「時間が合えば、また一緒に遊びましょうね」
「……うん。約束よ?」
「はい。約束です」
小指同士を絡ませて、約束する。
私と子供たちは手を振って、その日は別れた。
買った果物たちを厨房に持っていく。大きな冷蔵庫にスイカ丸ごと、メロン丸ごと、他の果物丸ごと入れていく。扉を閉めて、冷蔵庫のわかりやすい場所にメモを貼った。
「中の果物は、陛下のデザートです。今日使います。リーノ……っと」
これでいいだろう。
気づけば午後二時を回っていた。自室に戻って汗を拭い、メイクを直そうか。
城でワドルディたちと仕事を行っていたアーニャとランタンに合流して、夕食を作る。
今日の陛下たちの夕食はハンバーグ定食だ。デザートにはフルーツ盛り合わせのパフェを出した。
食堂、カチャカチャとパフェの容器とスプーンが当たる音がする。
「んぐ……、うまいゾイ!明日もこれを食べる。用意せい!」
「そのことですが、陛下。まったく同じものではお楽しみいただけませんので、プリン・ア・ラ・モードにしてはいけませんか?」
「プリンだと!許すゾイ!!デハハハハ!」
「ありがとうございます」
会話を聞いていた閣下が、羨ましそうに声を上げる。
「リーノ、私にもプリンを出すでゲスよ!」
「かしこまりました。陛下と同じものをお出しします」
今晩も、和やかに時間が過ぎると思っていた。けれど、陛下が仰天するニュースを言った。
「今日は有害図書を燃やせたし、こんなうまいパフェを食べれて、いい日だゾイ!」
「燃やした?……村人たちから本を取り上げて燃やしたのですか?」
「そうゾイ!」
「あの〜、陛下……」
エスカルゴン閣下が声をかけるが、もう遅い。
わたくしは感情を押し殺して、陛下に伝える。
「明日の夕飯は素うどんです。プリン・ア・ラ・モードはまた今度出しますね」
翌日。
陛下は何を考えられたのか、パピーポッティーの原作者であるローリンさんを招いた。一体どうやってお知り合いになったのでしょうか?
しかも、お城を魔法学校にするらしい。でしたら、村人たちがお城に来ますよね。昼食の準備は任せてください。
玉座の間でローリンさんを紹介されたとき、とても驚きました。
「リーノ、こちらのローリン先生を持て成すゾイ。ワドルドゥ隊長は一階の大食堂を改装し魔法学校を作るゾイ!」
「直ちに取り掛かるでゲス!」
「御意」
「御意」
玉座の間にて、正式な命令がくだされるのは久しぶりだ。
ワドルドゥ隊長は陛下に一礼した後、走って出ていった。
私も、陛下に一礼してから動きだす。
「ローリン様、ですね。メイド長のリーノです。さっそく、おもてなしさせていただきます」
「あらそう?よろしく、リーノさん」
「こちらへどうぞ」
まず、ローリン様を陛下たちが使う食堂に案内する。そこで紅茶とお茶菓子を出した。用意してくれたのは、アーニャとランタンだ。
紅茶は、ランタンが淹れてくれた。お菓子はアーニャの手作りだ。
小さくて薄い楕円形のクッキーを花びらに見立てた、チューリップのお菓子。
特別なゲストのために考案したものである。
ローリン様はお菓子を見て笑った。
「チューリップのお菓子?素敵!」
「ありがとうございます。どうぞ、フォークとスプーンです。こちらをお使いください」
「どうも」
よし、彼女が寛いでいる間にお部屋を準備しよう。
食堂から近く外の景色がよく見える部屋を選ぶ。私、ランタン、数人のワドルディがその部屋を掃除する。ローリン様の傍には、本をよく読むアーニャに頼んだ。本を書く人、読む人ならば話が持つと思ったのだ。
十分ほど掃除を進めていると、アーニャが部屋に顔を出した。
「リーノ……じゃなかった、メイド長。今よろしいでしょうか?」
「なんでしょうか。アーニャ」
掃除の手を止めて、アーニャの方を振り返る。
「ローリン様が、どうしても自分の手で魔法学校の内装を完成させたいと、仰っていまして……」
「わかりました。では、一階の大食堂にいるワドルドゥ隊長のところへ連れていってさしあげてください。一階の厨房で落ち合いましょう」
「かしこまりました」
部屋の掃除を手早く終わらせて、厨房に向かう。
厨房では、割烹着と三角巾を身につけ、よく手を洗ってから料理を作り始めた。
一階の厨房は大きい。大勢いるワドルディたちのご飯を一度に作らなければならないから。
料理担当のワドルディたちも合流してくれて、やって来るだろう村人たちの昼食を作り出す。
始めてから三十分ほどたった頃、アーニャが厨房にやって来た。
「魔法学校の準備が終わりました。まもなく村の方々が入城されます」
「了解しました。アーニャも参加してください。お昼前には作りあげちゃいますよ!」
「はい!」
お昼ご飯は、各自で量を決めやすい料理にした。
カレーライスだ。子供たちも大人も食べやすい甘めの味にして、野菜もお肉も一口サイズでたっぷり入っている。
隠し味はすりおろしたリンゴだ。これで味を甘めにしている。でもそのリンゴが足りなくなってしまった。あと二、三個あれば充分なのだれど……。
「ねえ、メイド長。昨日陛下のために買った、余りの果物を使えばいいんじゃないかしら?」
「その通りです!ランタン、すぐに持ってきていただけますか?」
「了解!」
ランタンは一階の厨房を出て……ソードナイトに出会った。ドキドキして顔に熱が集まる。それを紛らわすため、ランタンはちょっとふざけて声をかけた。
「はあい。ここで会えるなんて嬉しいわ」
「ああ、俺もだよ」
「なんか、浮かないわね。どうかしたの」
「大丈夫だ。それよりも、どこかへ行くのか?」
「上の階の厨房に用があるの。果物を取りに行くのよ」
「そうか。なら、中庭の方は通らないようにな」
「どうして?」
「今、村人たちが集まっている。そちらへ行ったらバレるぞ。いい香りがするからさ。今日の昼食がカレーライスであることは内緒なんだろ?」
「なるほどね。じゃあ、あっちの方は通らないわ。教えてくれてありがとう。私のナイト様。なんちゃって」
「……ああ、俺は君だけの戦士だよ」
まっすぐに見つめられて、ランタンは顔から湯気が出るほど真っ赤になった。
ソードナイトから逃げるように、別の階層の厨房を目指す。
午前十一時。ようやくカレーライス百二十人前ができあがった。
大食堂に座れる人数が八十人だから、それより四十人分多く作ったのだ。これだけあれば、足りると思う……足りてほしい。
大食堂に移動しようと、厨房を出るとソードナイトとブレイドナイトに出会った。挨拶をしてから通り過ぎようとしたら、呼び止められた。
「ちょっと待ってくれ」
「ですが、早く行かないと料理が冷めちゃいますわ」
「すぐに来るはずだ」
「どなたが?」と尋ねる前に、その人は現れる。
先に気づいたのは私だった。
「メタナイト卿」
「ソード、ブレイド、リーノ。もうよいぞ」
「はっ」
「被害はこちらまで及びませんでしたね」
「カービィがすぐに魔獣を倒したからな」
どうやら魔獣が出たらしい。でも、カービィが倒してくれた。
体が一瞬だけ力み、すぐに弛緩される。息を吐いて、冷静になった。
「あの村人たちは無事ですか?」
「みな無事だ。魔獣に襲われたものの、全員怪我をしなかった」
「怪我がなくてよかったです。でも……さぞ、怖い思いをされたでしょう。このカレーライスを食べてくれたら、少しはその恐怖も和らぐでしょうか」
「最後は全員笑っていた。案外、元気に食べてくれるかもしれん」
「ふふ、そうだと嬉しいですわ。メタナイト卿たちも一緒にいかがですか?」
彼は首を振った。
「せっかくだが、やらねばならぬことがある。……次の食事会では、カレーライスにしないか?」
「かしこまりました。アーニャとランタンにも伝えておきます」
「うむ。ではな」
三人の戦士たちは去っていった。
私は、アーニャとランタンに先程の件を話す前に、カレーライスを大食堂に運んでもらった。
一人、中庭に行く。そして、盛り上がっている村人たちに大声を上げる。
「みな様、たいへんお待たせいたしました。昼食ができましたので、どうぞ大食堂へ」
するとホッへが叫んだ。
「リーノのご飯だ!」
「おお、リーノの」
「今日は災難じゃったが、これでとんとんじゃな」
「走らずゆっくり進んでください。昼食は無くなりませんから」
村人たちが歩きだした。私も大食堂へと行き、みんなの手伝いをしようと考えたところで、呼び止められた。
「リーノ!」
「フーム様、それにローリン様」
「あら、私あなたに会ったことあったかしら?」
「え?」
今日、玉座の間で顔を合わせているし、少しだけおもてなしもさせていただきましたけど……?でも、お声が違うような……?
首を傾げていると、フーム様が教えてくださった。
「デデデがよんだのは、魔獣でニセモノだったの!こっちが本物のローリン先生!」
「まあ!そうだったんですか。はじめまして、ローリン様。メイド長のリーノです」
「はじめまして、リーノさん。ローリンです」
自分が魔獣をもてなしていたことは、恐ろしいので一旦頭の隅においやり、ローリン様とフーム様と一緒に大食堂の方へ向かった。