「じゃあ、行ってくるわね」
「メイド長……じゃなかった。リーノ、夕方には戻りますね」
「はい、行ってらっしゃい」
朝、村のお店がすべて開く頃。
アーニャとランタンは村へ出かけた。私はお城に残って仕事だ。
前世で好きだった、うろ覚えの曲を口ずさんでメイドの仕事をこなす。
アーニャとランタンがいないメイドの仕事は久しぶりな気がする。言葉も心も通じあっている親友たちは、仕事に慣れると素早かった。大概の仕事はそつなくこなし、日を重ねるごとに頼もしくなっていく。
「今日の夜にでも、二人の気持ちを確かめよう」
村に帰るか、城で働き続けるか……。
ふと、考える。
私はどちらなのか。
アーニャとランタンを見送ったとき。
草原の向こう、今日は村がよく見えた。この時間も賑わっているだろうか。
城を見上げる。いつも忙しい日々。大好きな人たちがいる私の家。
ここか、あの人か。
メタナイト卿。はじめての愛する人。いつか、もしかしたら、どこか遠くへ行ってしまうかもしれない人。
今の私なら、故郷と愛のどちらを選ぶのだろうか。
リーノは晴天を見上げた。
あの青空なら、この悩みを吸い上げてくれる……そんな妄想をした。
一階の洗濯場で、シーツやカバー、服などをたっぷり干していく。
体の大きな陛下のためのシーツは、特に大きい。両手いっぱいに抱えて、引きずらないように運ぶのだ。ワドルディたちに手伝ってもらい、物干し竿に広げる。
ゆっくりしている時間はない。これが終われば次がある。今日も忙しかった。
そこに人影が現れる。
視界の端に現れたそれを確かめる。ランタンだった。
リーノは動きを止めて、普段通り背筋を伸ばした。
「おかえりなさい。もう村の方はいいんですか?」
「用事ならこの前終わらせたし、今日は顔見せだけよ。アーニャは、おじいさんのお店手伝ってから城に帰るらしいわ。ところで、村に変なおじいさんが来てたんだけど、知ってる?」
困ったような調子になるランタンに、リーノは彼女を気づかう。
「いえ、知りません。何か、困ったことが起きたのですか?」
「困ったっていうか、そうかも。……なんか、前からの知り合いみたいな感じで話しかけられてさ。私は記憶にないから困ってね。おじいさん誰?って聞いたら、泣き出しちゃったのよ」
「あら、まあ」
「それで優しく声をかけたら、さすがリーノの友達だ。優しいって褒められた」
「わたくしのことを知っているのですか?」
「そうみたいよ。さっきフーム様が、そのおじいさんを城に呼ぶとか言っていたから、会えるかもね」
「……会ってみたいですわ」
洗濯物が終わったら、すぐに大臣家に向かおう。
何も持たず訪問することは気が引けたので、昨日作っておいたパウンドケーキを包んだ。
大臣家に到着する。扉の向こうから話し声が聞こえた。
扉をノックする。五秒ほどでフーム様が開けてくださった。
「あら、リーノ。こんにちは」
「こんにちは、フーム様。あの、わたくしのことを知っているのというおじいさんに会いに来たんです」
フーム様はちょっとびっくりされて、それから扉を大きく開けた。
大臣家の中に入るとリビングルームが迎えてくれる。食卓を囲むテーブルには、ブン様、カービィ、メタナイト卿、そして……。
「(……しらない)」
カタツムリの体に髭を生やしたおじいさん。
――えすかるごんじゃん。
わたしの声が、違う、誰かが言った。
「(知ってる?でも、わからない。知らないことはこの城にいてて不自然なことなのに……)」
――不自然とは?
視界がぐにゃりと曲がる。
リーノは床にへたりと力なく座り込んだ。両手で目をおおい、何も見ないようにする。
「――リーノ」
愛する人の声が、傍で聞こえた。近くに来てくれたのだ。ああ、それだけで元気が戻ってくる。
「……大丈夫です。強い目眩がおきて、立てなくなっただけです」
「心配だ。フーム、ソファを借りるぞ」
「ええ……」
「さあ、リーノ立てるか?」
「悪いですわ……」
「今は甘えてちょうだい」
右をメタナイト卿、左をフーム様に支えられてソファに横になった。
誰かの声がする。
「リーノ……どうしたでゲスか?一体何が?」
「わかりません。とにかく、調子が悪いようなので寝かせておきましょう」
大丈夫ですよ。
そう言いたいのに、酷い目眩がのせいで何も言えない。
私はそのままソファを借りて、横になり続けた。
起きたら夕方だった。
そんな経験を、今している。
ソファから起き上がると、するりとタオルケットが床に落ちた。それに手を伸ばして、綺麗に畳む。
「あら、リーノ。起きたのね」
「メーム様……わたくし、寝てしまっていたんですね」
メームがキッチンの方から姿を現した。
そしてリーノの隣に座る。
「ええそうよ。フームから話は聞いたわ。倒れたんですってね。あんまり働きすぎちゃダメよ?」
「ええと、はい。気をつけます」
働きすぎが原因ではないはずだが、と思う。かといって、なんと説明すればいいのかわからない。
「……まだ力がなさそうに見えるわ。今日は夕飯を食べていきなさいな」
「えっ、そんな、悪いですわ」
「何言っているの。あなたが小さい頃はいつも一緒に食べていたじゃない。懐かしいわ。……こういうときぐらい、頼ってちょうだい」
メーム様の手が、リーノの手に重ねられる。優しい熱が伝わってきた。
リーノは、何度もこの手に助けられた日々を思い出した。
「では、料理を作るのを手伝わせてください。今はぼんやりしていますが、すぐに覚めると思いますので」
「休んでてもいいのよ?」
「久しぶりに、メーム様と料理が作りたいです」
「それなら、お願いちゃおうかしら」
年の離れた姉妹のように、二人は笑い合う。
陛下たちの夕食の前には帰ろうと思ったが、その前にフーム様たちが帰ってきた。
そして私への伝言を届けてくれたのだ。
「リーノ、エスカルゴンからよ。今日はもう休んでいいって。……寝てなくていいの?」
「もうすっかり元気になりましたわ。皆様には心配をおかけしました。明日にでも、閣下とメタナイト卿に元気になった姿を見せに行きますわ」
普段はしない、にかりと歯を見せて笑う。
フーム様やブン様は目を丸くして、それから笑ってくれた。カービィはいつも笑っている。
「そんなあなたも素敵よ!」
*****
今日の陛下は、朝が早かった。
朝食を作りに行く途中、閣下に呼び止められた。
なんでも、今日の陛下は朝風呂に入る。だから朝食は遅くていい、とのことだ。
「でしたら、今日はブランチにしましょうか」
「ブランチでゲスか?」
「朝昼兼用のご飯のことです。朝食には遅くて、昼食には早すぎるんですよ」
「ほほー、そういうのがあるでゲスか!」
「と言っても、何も食べないでいるとお腹が空いちゃうので、合間の時間にスムージーをお出ししますね。閣下も飲まれますか?」
「飲みたいでゲス!」
「では決まりですね。アーニャと、ランタンはスムージー作りを。私は陛下のお手伝いをしてきます」
「かしこまりました」
「かしこまりました」
「決まりですね。では、わたくしは閣下と陛下のお部屋に行ってきます。行きましょう、閣下」
「ランタン、アーニャ、おいしいスムージーを作ってくれでゲス」
「腕によりをかけますわ」
「楽しみにしていてくださいね」
アーニャたちと別れて、陛下のお部屋に行く。
部屋に入ると、陛下は既に起きていた。ベッドの上で、ホーリーナイトメア社のカタログを眺めている。
「陛下、おはようございます」
恭しく一礼する。すると、陛下はその大きな目をギョロリとこちらに向けた。
「リーノも来たのか。さっさと用意を始めるゾイ」
「はい。直ちに」
リーノは風呂場に行った。毎日掃除しているだけあって、汚れがない。
浴槽が綺麗なことを確認してからお湯をためる。陛下の大好きな泡風呂の素を選び、投入した。
次は脱衣所の棚からアロマキャンドルを出す。いつでも使えるように、この場所に置いてあるのだ。今日はラベンダーの香りにしよう。
陛下はお風呂に入ると、泡で遊ぶ。それが大体二十分ほどかかるので、スムージーを用意する時間は充分あった。
お風呂から上がった陛下の体を、拭く手伝いをするのは、閣下やワドルディたちの仕事だ。私たちメイドは外で待機。呼ばれたらやっと脱衣所の中に入れる。
脱衣所の中では、閣下が大きな団扇で、陛下に風を送っていた。
ゆったりと壁に寄りかかっている陛下に、スムージーを渡す。
「陛下、こちらブランチ前のスムージーです」
「うむ。ごくごくごく……うまい!これはアーニャとランタンが作ったのか?」
「はい。左様でございます」
「デハハハハハ!ようやった!褒めてつかわすゾイ!」
「ありがとうございます。陛下」
「ありがとうございます」
かさかさ。
びくり!
嫌な音がした。
まるで夏場に出てくるアレのようだ。
「ん?なんゾイ?」
陛下の右側、私たちから見れば左側にソレは現れた。
「マジュー!」
「きゃあああ!!」
「一体なんゾイ?!」
カービィサイズの魔獣だ!
脱衣所のあちこちにいる。陛下は慌てて服を着て、私たちは慌てて目を塞いで、ドタバタと脱衣所を出た。陛下の部屋の中にも、外の廊下にも小さな魔獣がいる!
「ぐぬぬ、カスタマーサービスのヤツめ一体何をしておる!行くぞ!」
「は、はいでゲス!お前たちもついてくるでゲスよ」
「はい!アーニャ、ランタン、離れないでくださいね」
「ついていきます!」
「了解!」
私たち五人は走った。
廊下中小さな魔獣だらけで、恐ろしい。急いで玉座の間に入る。
「な、なんじゃこりゃ〜!??」
陛下の愛用のダウンロードシステムから、休みなく魔獣が送られてくる。
素早く、陛下は玉座のスイッチを押すが、どれも反応がない。
そのとき、天井近い壁が開いて、モニターが出てきた。画面に映し出されたのはカスタマーサービスだ。
陛下とカスタマーサービスが言い合う内に、アーニャとランタンを少し後ろに下げた。
親友たちを少しでも、カスタマーサービスの目から遠ざけるためだ。
「ご紹介します。新入社員の……」
「ナックルジョーだ。よろしく頼むぜ。おっさん」
陛下たちは口をあんぐりと開ける。私は目を大きく開いて、口に手を当てる。
「ナックルジョー、なぜあなたがホーリーナイトメア社に……!?」
いや、私は理由を知っている。最強魔獣を倒すためだ。でも、なんで……わたくしは知らなかったのだろう。
また視界が歪む。
酷い目眩がして、床に座り込んだ。アーニャとランタンの声が聞こえた。
それから先の出来事はぼんやりとしか記憶にない。
ナックルジョーがこの城へやって来たこと。
メタナイト卿たちもやって来て、ナックルジョーの狙い通り、カービィたちとは敵対できたこと。
村が襲われたこと。
最強魔獣がダウンロードされてしまったこと。
陛下たちも、最強魔獣とカービィが戦うところを見に行かれた。
その頃には、私は回復していた。
立ち上がり、頭を振る。
うん、問題ない。
後ろを振り返ってアーニャとランタンに告げる。
「わたくし、行きます。二人はどうしますか?」
ランタンが怒ったように声を荒らげた。
「バカ言わないで!さっきまで元気がなかったクセに、戦場に行くなんて言わないで!!」
私は頭を降った。
「もう大丈夫です。ランタン、ここでじっとしていられますか?メタナイト卿が、ソードナイトがあの最強魔獣と戦うかもしれないんですよ」
「わかってる!!!私だって怖い!でも……だからって私たちが戦場に行ったら、あの人たちの足でまといじゃない!」
「戦場に、行く必要はありません」
「アーニャ?」
「私たちは、後方支援として、戦いが終わった後に救援に行けばいいんです。そうですよね?リーノ」
「うん。そう言いたかったの。ランタン、行ける所まで行こう?救急箱を持って。それで、カービィたちが魔獣を倒したら、みんなを助けに行きましょう」
ランタンは、少し考えて「戦士たちの邪魔にならないなら、行く」と行った。
『ほほ!皆さま頑張ってくださいませ』
カスタマーサービスが言った。
アーニャとランタンが睨む傍で。
私は美しくお辞儀をした。
戦いの余波はかなり遠くまで及んでいる。
城から離れているにも関わらず、大きな音がここまで聞こえてくる。
あの場所に、台風の目にいるメタナイト卿たちは何を見ているんだろう。どんなに恐ろしい目にあっているんだろう。
ワドルドゥ隊長が眉をひそめた。
「ここまでだ。みな、あの岩の後ろに隠れるぞ!」
隊長の命令に従い、私たちとワドルディたちは大きな岩の影に隠れた。
全員が隠れたことを確認してから、隊長も身を隠す。
音はしばらく続いて、一際大きな爆発音がした。
そして、ものすごい突風が吹いた。
私たちは身をすくませて、嵐が一秒でも早く過ぎ去ってくれることを祈る。
突風はすぐに止んだ。
まずワドルドゥ隊長が岩陰から身を乗り出して様子を窺い、安全を確かめてからみんなで戦場に向かった。
しばらく進むと、崖の上と下に道が別れる。隊長は目を凝らして、それぞれの道の先を見る。
「!陛下ー!」
ワドルドゥ隊長が陛下たちを見つけた。
私には、陛下がよく乗ってらっしゃる高級車の影しか見えない。そちらにも行きたかった。陛下と閣下の無事を、この目で見たかった。
だけど、私までそちらに行ってしまったら、誰があの人の所へ行くんだろう。誰が傍に居てくれるの?
すべてを抱え込んで戦うあの人の力に、なりたい。
「メタナイト卿……!」
戦場の中心地に近づくにつれて、辺りは激しさを増していく。
地面はめくれ上がって土が見えている。崖も所々崩れていて危ない。見たことがない大小の岩があちこちに現れている。木々は根元から折られて、重なり倒れていた。
比較的安全そうな崖の下に、みんながいた。
「メタナイト卿!ソードナイトさん、ブレイドナイトさん、フーム様、ブン様、カービィ!」
「ソードナイト!」
「ブレイドナイトさん!」
が、そこに思わぬ人物がいた。
ナックルジョーだ。
私たちは走る足を止めて、彼を凝視し睨んだ。
ナックルジョーは困ったように眉を下げた。
――大丈夫よ。
もう一人の私が言うが、そうは思えない。また目眩が起きる。今度は軽かったので、踏んばった。
そこにフーム様が割って入った。
「待って違うの!ナックルジョーは味方だったの!」
「どういうこと?」
ランタンが疑問の声をあげる。
フーム様は落ちついて聞いてほしいと、言わんばかりに話し始めた。
「ナックルジョーは最強魔獣を倒すために、わざとホーリーナイトメア社に潜入したの。最強魔獣は彼とカービィの二人で倒したわ!」
それで、なんだと言うのだろう。
リーノはキツくナックルジョーを見た。
「彼は村を襲撃しましたわ……」
「それだって、デデデが……」
ナックルジョーがフーム様の肩を掴んだ。
「フーム。……すまねえ。でも、あそこで手を抜くことはできなかった。許してくれとは、言わない。だが、わかってほしい」
「リーノ。村人に軽傷者はでたけれど、死者は出ていないわ。彼は死者を出す気なんて、これっぽっちもなかったのよ」
「……村の、復興を手伝うなら許しますわ」
それが譲歩する条件だ。
だけどナックルジョーは首を振る。
「悪いが、その時間はない。俺はナイトメアに目をつけられたハズだ。長居すれば、アンタらに迷惑がかかる」
「では、知りません!」
私は彼の横を通り過ぎて、メタナイト卿の傍に寄った。
メタナイト卿は、体がボロボロだが見た感じ大きな傷はない。
心からほっとして、視界が滲んだ。
「メタナイト卿……お怪我は?」
「打ち身が少しだけだ。後は問題ない」
「よかった。本当に、よくぞご無事で。救急箱を持ってきたんですが、あまり必要なさそうでよかったです」
「うむ。心配をかけたな」
私たちは互いに笑いあった。
怪我の治療のため、みんなで城に移動する。
緩やかな丘を歩いていく。
ソードナイトとブレイドナイトは無傷だったようで、メタナイト卿に肩を貸していた。
村の方角から黒い煙が上がっている。後ろ髪を引かれる思いだが、今は彼の治療に専念したかった。
「リーノ、村には後で行きましょう。お城の被害状況も確認しないといけませんし」
「そうね……」
アーニャに背を押されて、私は城に向かう。
アーニャとランタンだって、村に行きたいだろう。ならば……。
私は前を歩くメタナイト卿に、後ろから声をかけた。
「メタナイト卿、少しいいですか?」
「なんだ、リーノ」
「あとで、ソードナイトさんとブレイドナイトさんの力を貸してほしいんです。お願いできませんか?」
それを隣で聞いていた二人の戦士が疑問を口にする。
「我々の力を?」
「一体なぜ?」
「アーニャとランタンの護衛をお願いしたいんです。二人を村に送りたいので」
「察するに、村の被害状況の確認。そして、場合によっては城を村人たちに開放するためか」
「そうです。メタナイト卿の治療はわたくしに任せてください」
ソードナイトさんが首を振る。
「だが、まだ城内に魔獣がいるかもしれない」
「それは、ナックルジョー様に任せてよろしいかと」
ジョーは聞いていたのだろう。ニヤリと笑った。
「ああ、任せてくれ。それで少しでも償いになるってんなら安いもんだ」
「だ、そうですわ。いかがでしょうか?」
ソードナイトとブレイドナイトは互いに見合わせて、頷いた。そして、ブレイドナイトがメタナイト卿に声をかける。
「メタナイト卿」
「村に向かった魔獣の、残党を確認する必要もある。二人とも頼んだぞ」
「かしこまりました」
「御意」
リーノは振り返ってアーニャたちを見る。
「話は聞いていましたね。村を助けるためには、現状を把握する必要があります。そのため、二人には村に行っていただきます。少々危ないですが、よろしいですか?」
「心強い戦士が二人もいてくれるんだもの。怖くなんかないわ」
「ですです。むしろ安心して村の様子を見に行けますわ」
アーニャが左手を、ランタンが右手をリーノの手に重ねる。
「ありがとう、リーノ。家族の顔を見に行けるわ」
「ありがとうございます。おじいちゃんたちのこと、心配だったんです」
「いいんです。落ちついたら、ちゃんと休みをもうけますので」
ひとまず、治療が終わったら腹ごしらえをしよう。
生きているからお腹が減るのだと思うと、笑顔になれた。