「リーノ、手紙じゃよ」
「ありがとうございます。珍しいですね」
郵便局長モソさんから受け取ったのは、品のいい上質な紙で作られた手紙だった。
親戚のいない私に手紙を送ってくれる人はいない。昔、幼いフーム様との遊びで手紙のやり取りをした以来だろう。
モソさんに頭を下げて、城へ帰宅する。
今日は、アーニャとランタンと三人でもぎ取った有給を使っている。
丸一日休みだ。なので、朝に子供たちと遊び、買い物をして、最後に城に届ける郵便物を貰いに行ったのだ。
忙しいけれど、充実した一日だった。今日もぐっすり眠れるだろう。
城の自室に戻って、買った物をしまっていく。最後にお茶を用意して、椅子に座った。
目の前のテーブルに置いたカバンを引き寄せる。中から取り出したのは、モソさんから貰った手紙である。
差出人は、書いていない。ただ、手紙の表には私の名前と住所だけがあった。綺麗な字だ。
携帯している小型のナイフで封を切り、中の紙を取り出す。中も綺麗な字で、非常に読みやすい文章だ。
「えーと、リーノちゃんへ。お父様とお母様の遺品が見つかりました。できれば、取りに来てください……。まだ形見があったのね」
両親との思い出は、この部屋の片隅に大切に保管されている。大きな箱に入るだけの量で、見る度に少なく感じていた。
できるなら受け取りたい。
手紙を最後まで読み進めて、両親の故郷からの手紙だと判明する。
形見を入れた箱から手紙の束を取り出して、それらを確かめた。
……うん。間違いなく、今日貰ってきた手紙は本物だ。両親の故郷から送られてきたんだ。それならば、受け取りに行ってもいいだろう。
「そういえば、私が生まれた場所なのよね。楽しみだわ」
一人旅か、旅行は初めてだ。
旅行を決めて、必要な物を揃えていく。
他の町からププビレッジに引っ越してきた、パーム様にメーム様、星を転々としたメタナイト卿たちにアドバイスをしてもらう。
故郷はここから近い町だ。いざとなったら、そこで購入すればいいと思い、お金だけは気持ち多めに持っていくことにする。……スリには気をつけないといけないわ。
今月の食事会には参加できないことを、参加者に伝える。
アーニャとランタンは、メタナイト卿のことは任せるようにと、言ってもらえた。
二人が気遣ってくれるなら、私も安心だ。メタナイト卿も……元から不自由はしていないだろうけれど、困ることもなくなるはず。
旅行に行く前日。
メタナイト卿と二人、中庭の噴水で夕食をとる。
今日は親子丼だ。水筒にスープも入れて持ってきた。
少し冷めてしまったけれど、温かい食事に笑い合って食べる。
こうして、二人きりでゆっくり過ごすことは久しぶりだ。私は嬉しくて、楽しくていつもより笑っていた。気分もすごく良かった。
夕食を食べ終えて、メタナイト卿が話を切り出した。
「リーノ、君に渡したいものがある」
「何でしょうか?」
前のように、ハンドクリームとかをお礼でくださるのか。もらってばかりだから、少し悪いわ。
そう予想していたが、まったく違うものをいただいた。
「これだ」
「これは、コンパクト?」
青いバラをモチーフとした、手のひら大のコンパクトがメタナイト卿の手の中にあった。それは金具などは金色に輝いており、青色とあわせてメタナイト卿を連想させる。
差し出されたコンパクトを受け取る。じっくりと眺めて、触り、これが高い物だとわかる。
「開けてもよろしいですか?」
「君のものだ。好きにするといい」
とても優しい声色でそう仰るから、胸がときめいた。顔が赤くなるのを実感しつつ、コンパクトを開く。
中はシンプルだった。蓋の内側には鏡があり、底面の内側は薬など小さなものが入れられるケースになっている。
メタナイト卿は私を見つめながら、その瞬間を思い出すように言った。
「これだと思った。そなたに贈る最初のプレゼントは、これしかないと思ったんだ」
「そんな、ああ、メタナイト卿。ありがとうございます」
リーノはさらに胸が高鳴るのを感じた。
「青バラの花言葉は奇跡、そんな素敵な花をモチーフにしたコンパクトを贈ってくださって、本当にありがとうございます」
満面の笑みでそう言うと、メタナイト卿が固まった。
……え、違ったの!??
慌てて訂正する。
「すみません!違ったんですね、勘違いしちゃってごめんなさい!」
「そんなに謝らないでくれ。……その贈り物には、奇跡以外の意味を持たせて、そなたに贈ったのだ」
「それは、一体……?」
うむ、とメタナイト卿は私をまっすぐ見つめる。
「私を思い出してほしい。その鏡にうつる自身を、私の瞳にうつるそなた自身だと思って……」
「め、めたないと卿……」
なんてロマンチックなことを仰るんですかー!
嬉しくて、嬉しくて、胸がぎゅんっ!としましたわ!あとすごく照れちゃいます!
思わず顔を覆う。もうコンパクトを正面から見れない気がする。
どうにか、この恥ずかしさを誤魔化したくて、話題を探す。
「そ、そういえば!青バラって、なんだかメタナイト卿みたいですわ」
口がとんでもないことを言い出した。待って、私も相手をとんでもなく照れさせてしまうこと言ってる。ますます恥ずかしくなってきた!
メタナイト卿は穏やかに笑った。
「それを、そなたから言われるのは二回目だな」
「え?そうでしょうか?初めて伝えた気がしますが……」
「大臣殿の結婚記念日を覚えているか?そなたが酔った日の夜だ。二人きりで廊下を歩いているときに言われた。まるで青バラのようだと……」
「わたくしったら……」
「照れくさかったが、嬉しかった。そなたの目に、私が美しいものとしてうつっているから。自信が持てた。ありがとう、リーノ」
「メタナイト卿……、いいえ、こちらこそ」
コンパクトを大切に両手で包んで、微笑む。
「わたくしのことを大切に思ってくださって、ありがとうございます」
私は旅行に行くと決めてから五日後、初めて村を出た。
今日は、さすがにメイド服ではなく、動きやすいワンピースを着ている。つばが広い帽子を被り、ワンピースに似合う大きめのリュックを背負っている。
見送りには、フーム様とブン様とカービィ、それにメタナイト卿が来てくださった。ランタンとアーニャは仕事を優先してもらって、陛下と閣下には「見送られると寂しくなるので」と断った。
城の橋前で、フーム様たちと別れる。
「じゃあ、私たちはここまでね。あとは恋人同士でゆっくり!」
「だな!行ってらっしゃい、リーノ。お土産買ってきてくれよな」
「ぽよ!ぽよ!」
「お土産ですね。では、おいしそうなお菓子を探します。……忘れていたら、許してくれますか?」
「そんときは、リーノの手作りお菓子を、たらふく食べさせてくれよ」
「わかりました。そのときは、頑張りますね」
笑い合って、手を振って別れる。
そのあとは、メタナイト卿と二人で村の外れまで歩いた。今日は晴れてよかったとか、食事会に参加できなくて残念なこと、そんな世間話をする。
なんでもないことが、すごく楽しい。
話が終わったあとは、ただ黙々と歩いた。隣で聞こえる、金属同士が軽く当たる音が、心地いい。
村の外れの一本道は、まっすぐ町に続いている。数時間で到着するので、ただ歩けばいいだけだ。前に閣下の母君が通った道で、メタナイト卿たちもここを通って来たはず。
ドキドキするし、ワクワクする。不安だけど、楽しい。
私はメタナイト卿と顔を見合わせた。
「では、行ってきますわ」
「行ってらっしゃい、リーノ。……怪我などしないように、気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
メタナイト卿が広げられた腕の中に飛び込む。
彼の体温が、勇気を分けてくれる気がした。
木々に囲まれた道を、ひたすらに歩く。
カバンはリュックにして良かった。手さげカバンだったら腕が痛くなっていたわ。
プププランドや、その周りは常夏の地域。無理は禁物なので、三十分ほど歩いたら木陰で休憩する。
二回目の休憩のとき、ぼんやりと青空を眺めていた。そろそろ、また歩きだそうと思っていた矢先に、後ろから声をかけられた。
「気が抜けているな」
「へ?」
振り返ると、忘れることができない顔があった。
ヤミカゲだ。
すぐに走り出そうとする。けれど、腕を掴まれて逃げられなかった。
「マヌケすぎる。魔獣に襲われている国のヤツとは思えんな」
「離してください!」
掴まれた腕を引っ張るがビクともしない。筋トレを頑張っていても、まだ非力なので、落ち込んでしまう。
それがいけなかった。
一瞬の隙をつかれて、私はお腹に衝撃をくらう。視界が真っ暗になった。
「寝てろ」
最後に聞こえた声が呆れを含んでいて、悔しかった。
デデデ城、食堂にて。
ランタンは考える。
朝から陛下はカービィに怯えていた。なんでも悪夢を見たらしい。それに加えて赤いボール状のものも嫌がっている。
こういうとき、リーノがいてくれたら、上手く対処してくれるのだろう。
けれど、現在リーノは出かけている。
自分たちだけで頑張らないといけない。
予測不可能なワガママに付き合いつつ、仕事をこなしていく。
リーノがいない間、メイド長の役割は日替わりの交代制となった。
私もアーニャも仕事に慣れてきた。あとは、人に指示を出すことに慣れれば一人前だと、言われたのだ。メイドは時と場合によっては、ワドルディたちに仕事を頼む立場にあるから、らしい。
人に指示を出す……か。はじめての経験だ。アーニャと二人、とても緊張した。
そして今日は私の……ランタンの日だった。
アーニャにエールを貰いつつ、普段の仕事を行う。
朝食作り、洗濯、掃除。
昼食作り、洗濯二回目、お菓子作り。
お風呂の準備、夕飯作り、片付けて仕事終了。
文字に書いて見れば、そこまで大変そうに見えないかもしれない。
実際は重労働だ。
まず、お城は広いし移動には階段を使う。だから時間がかかるので、常に早歩きを求められる。ここで体力を使う。
洗濯だってそうだ。洗うときには洗濯機という機械を使うから楽だ。けれど、干すものが多く、シーツなど大きいものが多い。
ここでも体力を使う。
掃除も大変だ。
常に素早さと丁寧な仕事が求められ、埃を逃さないようアンテナを張り巡らす必要がある。
それにお城に置かれた調度品は、どれも高価なものばかり。掃除とメンテナンスが必要とはいえ、触るのに気をつかう。
ここで心身共に疲れる。
ヘロヘロになったが、まだ終わらない。
昼食作りの前に、掃除で汚れた自身を洗ってから、陛下より先にお昼を食べる。新しいメイド服にも着替える。
キレイになってから、陛下たちの昼食作りだ。
ひどく大変なのはここまで。
昼からは少し楽になる。
二回目の洗濯時に、先程出た汚れものも一緒に洗ってもらう。
朝に干したものと入れ替える。そして、乾いた洗濯物を丁寧にたたみ、それぞれの棚にしまうのだ。
その次がお菓子作り。陛下と閣下の二人分を作ればいいので、ここが一番楽かもしれない。
作るものによっては、一息つけるので休憩時間も兼ねている。
夕食前にお風呂の準備だ。
毎日掃除するため、汚れやカビなどはまったくない。
リーノの指示通りに、バスボムや泡風呂の素、入浴剤を脱衣所に並べて置く。
これで陛下が選んでくださるはず。
着替え一式も揃えておく。
夕食を作り、片付ければ、一日の仕事が終わる。
お風呂に入る陛下を手伝うのは、閣下かワドルディの仕事なので、私たちはここまでだ。
次は自分たちの時間になる。
地下に降りて、いつもの厨房へ向かう。
厨房の前、廊下の眼前にはワドルディたちの憩いの場である庭が見えた。遠くに季節の花らしい色が、美しく輝いている。
厨房では、先に来ていた戦士たちが出迎えてくれた。
ソードナイトが顔を上げて、笑いかけてくれた……気がする。ううん、仮面でよく分からない。
「遅かったな。陛下の命令が追加されたのかと思ったぞ」
「今日は疲れたから、ゆっくり歩いてきたの。心配かけたわね」
厨房の中をよく見ると、材料が刻まれている。準備していてくれたのか。
アーニャも気づいて、嬉しそうに声を上げた。
「まあ!材料を切ってくれたんですね、ありがとうございます」
「このぐらいなら、できるようになった。教えてくれたアーニャたちのおかげさ」
照れくさそうにブレイドナイトが言った。
二人の間に流れる空気を感じ取ると、いつも思うのだ。
はやく、くっついちゃいなさいよ。ってね。
食事会が滞りなく終わって、片付けも済む。
今日はグラタンにサラダとスープだった。リーノの好物なので、彼女が一番楽しみにしていた。それなのに、運悪く本人がいない。
地下の厨房からの帰り道、ソードナイトと話す。
「また近いうちに、グラタンを作ってもいいと思うの。あの子に食べさせてあげたいっていうのもあるけれど、リーノのグラタンは絶品よ!私が食べたいわ」
「自分が食べたいのか」
声を上げて、おかしそうに笑う恋人が眩しい。
ランタンも笑う。
「そうよ。だって、私はリーノの料理のファンだもの」
「そういえば、メタナイト卿から聞いたことがある。リーノはランタンとアーニャのファンだと。二人には自分にはない才能があって素晴らしいんだと」
「あの子、そんな恥ずかしいこと言っているの?もう、やめてよね」
照れ隠しで怒ったような調子で話す。
恋人にはバレているらしく「まあまあ」と軽く言われた。
「そういえば、ランタンたち三人は幼なじみらしいな。昔から仲が良かったのか?」
「……はじめはね、私は一人だったの。生意気で見栄っ張りで上から目線なところがあってさ、友達ができなかった」
「うん」
「毎日寂しかったわ。でもね、あるとき二人の女の子を見つけたの。その子たちはとっても可愛くて、優しかった。仲間に入れて欲しかった」
「昔からリーノとアーニャは優しかったんだな」
「そうなの。でね、私ったらよりにもよって“遊んであげる!”って声かけたの。普通なら遊んでくれないわ。でも、リーノたちは“よろしくお願いします”って、言ってくれた」
「それから遊ぶようになったんだな」
「ええ。毎日が楽しくて、別れるのが名残惜しくて、明日が待ち遠しかった。ソードナイト、私ね、あの子たちのことが大好きよ。私のはじめての友達で、親友だもの」
「ああ。……俺にも大事な人たちがいるよ」
「ブレイドナイトとメタナイト卿よね?」
「そうだ。ブレイドナイトは唯一無二の仲間であり、ご主人は命の恩人だ。それに、ランタン。俺の、はじめての恋人だ」
「……そうだったの?それは、なんというか、気分が良いわ」
「引かないのか?」
「引かないわよ。私だって。はじめての恋人はあなただもん」
微笑むと、ソードナイトはぐっと距離を縮ませてきて……。
手を重ねた。
「ランタン、その、今日は……」
「まだダメ」
「そ、そうか……」
「もう少し待ってちょうだい。私、まだ心の準備ができてないの」
「わかった。待ってる」
ランタンの部屋の前で、ソードナイトは帰っていった。
深夜、城に爆発音が鳴り響く。
アーニャは飛び起きた。
地震かと思った。だが、城は震えるだけで、揺れてはいない。
では、一体何なのだろうか。
一人では恐ろしいので、ランタンの部屋に移動する。
パジャマの上にケープを羽織り、懐中電灯の灯りをつけて廊下に出た。
一分ほど歩けば、ランタンの部屋である。
少し強めにノックをした。
「ランタン、ランタン。起きてください」
扉はすぐに開いた。
パジャマ姿のランタンだ。自分と同じく、さっき起きたらしい。
「ランタンも起きたんですね」
「あんなに大きな音だもの。目が覚めちゃったわ。……どうする?今日は、もうアーニャがメイド長の担当でしょう?」
もう日付が変わっていた。今度はアーニャがメイド長をする番だ。
「私なら、そうですね。一応着替えて、逃げる備えをしておきましょう」
「着替える?脱ぐんじゃなくて?」
アーニャはハッとする。
そうだ。私たちはキャピィ族。服を脱いでいることが普通だった。
しかし、アーニャは考える。
「ランタン、服を脱いで行動するのもいいんですけれど、どちらが動きやすいと感じますか?」
「それは、服を脱いだ方が……」
「本当にそうでしょうか?私たち、寝る時も服を着ているんですよ?」
今度はランタンが驚いた。
結局、メイド服に着替えた。そして、じっと音と振動が収まるのを待った。
音は二十分ぐらいで聞こえなくなった。
二人は顔を見合わせて、頷き合う。
「様子を見に行きましょう」
暗い廊下の先、懐中電灯で照らして。
玉座から近いベランダ、そこから下をのぞき込む。
「あら、大勢居るわね」
「珍しい。メーベルさんもいらっしゃいますね」
陛下に閣下、カービィにフーム様とブン様、ロロロとラララ、それにメタナイト卿。最後に占い師のメーベル。
水浸しになった地面と、少し壊れて崩れた出入口が、遠くに見える。
何が起こったのか、すぐにはわからない。しばし眺めていると、メタナイト卿と目が合った……気がする。
メタナイト卿はロロロとラララを呼んで、ちょっと話した素振りを見せた。それから、ロロロとラララがこちらに飛んできた。
二人は夜でも元気いっぱいだ。
「こんばんは!ランタン、アーニャ」
「メタナイト卿からの伝言よ。魔獣はカービィが倒した。安心して眠れ、だって」
「わかったわ。伝えてくれてありがとうね。おやすみなさい、二人とも」
「ありがとうございます。おやすみなさい。ロロロ、ラララ」
「おやすみー!」
「またね!」
ロロロとラララは、フームたちの方へ飛んでいった。
私は安堵から息を大きく吐く。
「カービィが倒してくれて良かったです。戻って寝ましょうか、ランタン」
「そうしましょ。明日も早いわ」
二人は緩やかな足取りで帰宅する。
この騒動は始まりに過ぎなかった。
今の二人は、そのことを知らない。