遥か彼方から、妖星ゲラスがプププランドに落ちてくる。
メーベルさんがそう予言してから数日、本当になっちゃいましたね。
城の廊下の窓を、雑巾で磨くアーニャ。
視線の先は窓ガラスではなく、空に輝く赤い星に向けられる。
心なしか、空も赤く染まっている気がする。
心が恐怖で強ばりそうになる。
けれど、アーニャはその度に手を動かした。
自分はまだ死んでいない。
最後まで生き足掻くんだ!
今、フーム様が懸命に計算をしている。ゲラスの軌道を逸らすためだ。その時が来たら、たくさん動かないといけない。
ふと、手を止める。
「掃除よりも食事を作った方がよかったかしら……?」
「食事は後で、生き残ったときに作ればいいわよ」
「ランタン」
「まったく、落ちつかないから掃除させてくれ……だなんて。すっかりお城のメイドになっちゃったわね」
「たった数ヶ月ですが、心身共にメイドとしての心得を叩き込まれましたからね」
「そうね……。リーノ、今何をしているのかしら?」
「……きっと、親族の方の家にいらっしゃいますよ。一人ではありません。大丈夫です」
リーノは、まだプププビレッジに帰ってきていない。
両親の遺品整理に、時間がかかっているのか。それとも親族に引き止められているのか。
理由はわからないけれど、帰宅が遅い。
「ここに、リーノがいてくれたら、良かったですね」
「三人一緒なら、怖くないものね」
「ランタン、二人だけですけれど、頑張ってゲラスから生き残りましょう」
「大丈夫よ、アーニャ。私たちには頼もしい仲間がいてくれるもの。さ、図書館に行くわよ。そろそろフーム様の計算が終わるわ」
「わかりました。向かいます」
アーニャたちは、図書館へと向かった。
そして城壁へと上る。
フームの指揮の下、数十の大砲をゲラスに向けて並べる。
「(うまくいってください!!)」
「発射!!!」
一斉に砲弾がゲラスに向かっていく。
途中、砲弾は失速した。けれど、空を飛んできたカービィをフーム様が見つけたことで事態は好転する。
ワープスターを呼び、カービィに砲弾を吸い込ませて、ゲラスに向かって吐き出させた。
砲弾は大砲から発射されたときよりも速度を増して、ゲラスに命中する。
そして、ゲラスの軌道が逸れた。
ゲラスが完全にププビレッジを過ぎ去るまで、私たちは空を見上げ続けた。
やがて赤い空は、いつもの青空へと戻る。
そこでようやく、私たちは喜びの声を上げた。
「やったー!イエー!」
「みんな最高!私たちは助かったんだわ!」
私もランタンと喜びを分かち合おうとして、近づくのをやめた。
だって、ソードナイトさんと寄り添っていたから。
少し寂しかったけれど、この気持ちも生きているから味わえるもの。そう納得した。
「アーニャ」
「ブレイドナイトさん」
「あちらで、少し話せるか?」
あちら、みんなから少し離れた物陰だ。
なにか言いたいことが、あるのだろう。
アーニャはブレイドナイトについて行った。
みんなと充分に離れ、姿を隠したところでブレイドナイトは片膝をつく。
アーニャはびっくりした。
「アーニャ、私と結婚してほしい」
「はぇ」
変な声が出てしまった。
アーニャは恥ずかしくて、口を手で抑えた。それから混乱した。
慌てたのは戦士の方だ。
「違う!いや、違わないけれど、あの、その!わ、私と付き合ってほしいと、言いたかったんだ!」
アーニャはさらに混乱した。そして、思ったことがするりと口から出てしまった。
「結婚を前提に、でしょうか?」
ブレイドナイトは手をぎゅっと握りしめて、まっすぐアーニャを見る。
「そうだ。けっ、結婚を前提に付き合ってくれ」
アーニャの目はぱちぱちと瞬き、体は小さく震えた。そして芯から熱くなるように、心が暖かくなる。
それは涙という形で表面化した。
仰天したブレイドナイトは立ち上がり、アーニャに近寄る。そしてハンカチを取り出した。
涙を優しく拭う。
「すまない。嫌なことを言ってしまったか?」
「いいえ、とっても嬉しかったんです」
ほろほろと零れる涙を、彼が拭ってくれる。それが心地よくて、身を任せてしまう。
アーニャは昔を思い出す。ブレイドナイトや、他の二人のファンになった、あの頃を。
目の前の戦士とこんな関係になるとは、思ってもみなかった。
涙が収まった頃、彼女はブレイドナイトから一歩下がり、深くお辞儀した。
「ブレイドナイトさん。こんな私でよろしければ、結婚を前提にお付き合いしてください」
ブレイドナイトの声が大きく反響する。
「よ、喜んで!!!」
そのせいで、ブンをはじめとした子供たちに見つかり、ランタンやソードナイト、メタナイト卿にもバレてしまった。
二人はたいへん恥ずかしい思いをするのだった。
――とある、巨大宇宙船にて。
「妖星ゲラスの作戦は失敗したか」
「申し訳ありません。まさか、星の軌道を変えられるとは……」
「まあよい。本命はこちらだ」
影から、虚ろな瞳の女性が現れる。
その後ろには、ヤミカゲという忍者がいた。
「では、作戦を実行します。ヤミカゲ、彼女をププビレッジの近くまで送ってさしあげてください」
「わかった」
「……お待ちください」
三人は驚いた。女性の瞳に意思が宿っていたからだ。
普通はこうならない。みんな、操り人形のように命令されるまま動く。
女性は、主人に向かって膝をつく。
「ご主人様、お願いしたいことがあります」
「……なんだ?」
「わたくしがカービィを倒したら、願いを一つ叶えていただけませんか?」
「よかろう。望みを言え」
「メタナイト卿を魔獣に」
一瞬の間。
主人の部下は驚き。
忍者は口元を歪める。
そして、悪夢が笑う。
「気に入った!貴様が勝ったあかつきには必ず願いを叶えてやる!我が名にかけてな」
「ありがとうございます。ご主人様」
女性は美しく礼をした。
*****
妖星ゲラスから三日後。
朝から村は大騒ぎになった。
リーノがようやく帰ってきたのだ。
「リーノ、おかえり!遅かったじゃないの」
リーノを囲む村人たちを押しのけて、サトが前に出る。
笑顔のリーノが迎えてくれると思いきや、彼女は焦っていた。
「ただいま戻りました!あの、みなさんすみません!すぐに帰らなくちゃいけなくて……その……!」
「リーノ?」
「サトさんごめんなさい。今は急いでいて……」
「そう?わかったわ。あなた!」
サトは夫のボルンに呼びかけた。ボルンはすぐに、村人たちに道を開けさせた。
「さあ行きなさい。土産話は後でね」
「終わったら必ずお話しますわ。ありがとうございます。それでは」
リーノは荷物を背負っているにも関わらず、素早く駆け抜けていく。
サトは首を傾げた。
「あの子、やけに丁寧な言葉遣いだったわね。なにかあったのかしら」
いつもなら、もう少し砕けた話し方をするのに。
小さな違和感は小石程度の大きさで、サトの心には引っかからない。
それよりも服装が気になった。
普段は着ない、黒いレースのワンピース。とても似合っていたけれど「喪服を思い出すから好みではない」と言っていたあの子が。
なぜ今日は着ていたんだろう。
メタナイト卿は、朝の見回りをする。
徹夜明けだが、意識はハッキリとしている。戦闘がおきても問題なく動けるだろう。
城の廊下を歩き続けて、ある場所に辿り着いた。
どうしても足が向いてしまう部屋の前の廊下だ。
「また、来てしまった……」
リーノの部屋はもう少し先にある。最近はそこを眺めては、ため息を吐いて帰るのだ。
我ながら女々しい。
戦士は少々、情けない気持ちになった。
メタナイトは気持ちを切り替えるように、目を閉じる。
はやく戻って二人を手伝おう。
いや、その前に朝食にするべきだな。
最近、切るだけでいいなら、サラダを作れるようになった。米も炊ける。
塩むすびとサラダでいいだろうか。肉か魚も欲しいところだが、今はまだうまく焼ける気がしない。
来た道を戻ろうとした。
ガタガタ!バタン!
廊下の先で大きな物音がした。
――ちょうど、リーノが扉を閉めた瞬間だった。
「リーノ」
「――あなた」
見たことがない笑みで、リーノが振り返った。
脳内で警鐘が鳴る。
――冷静に、普段と変わらない態度で話す。
「……おかえり。いつ帰ったのだ?」
「今朝に帰りました。でもこれからすぐに出かけなければいけません」
「どこへ行く?」
「今は言えませんわ。どうか、待っていてくださいね。では、失礼します」
「待て、リーノ!」
彼女は走り出した。以前よりも速く、俊敏に。
あっという間に見えなくなった背に、かつての戦友の姿を重ねる。
「(まさか……)」
嫌な予感は鳴り止まない。
メタナイト卿はある場所へ急いだ。
「カービィ、カービィ」
やさしい、やさしい、声が聞こえる。
大好きな声。
いつもお菓子をくれる、あの人の声。
カービィは目を覚ましました。
そして声が聞こえる方を見ました。
「カービィ、助けてください。あなただけが頼りなんです」
「ぽよ!」
カービィは寝ていた木から、軽やかに飛びおります。
そして、二人は手を繋ぎました。
カービィは導かれるまま、人気のない森へと入っていきました。
まだまだ奥へ。
もっともっと奥へ。
「ぽよう?」
「もう少し、もう少し」
これ以上先は危険です。
それでも足は止まりません。
カービィはリーノを心配します。
リーノは言いました。
「もう少し、あと少し」
そうして辿り着いた森の先、恐ろしい輝きがたくさんありました。
魔獣です。
カービィは、とっても驚きました。でも、すぐに勇気を出しました。
リーノの手を離して、彼女の前に立ちます。いつでも吸い込めるように構えます。
「カービィ、ごめんなさいね」
「ぽよ?」
リーノは歩き始めました。
カービィを超えて、カービィの声を無視して、魔獣の前まで歩きます。
そして振り向いて、言いました。
「しんでください」