あの後、カービィがコンパクトを吸い込んで、何かが起きた。わたくしには何が起きたのかは、わからなかった。けれど魔獣の悪い心が自分の中からいなくなったこと、あの子を失ったことは感じられた。
取り乱し、混乱して、泣き疲れて眠ったわたくしを、メタナイト卿は介抱してくださった。
もちろん、子供たちもだ。
わたくしが起きて、城に帰るまでの夕方、ずっと傍に居てくれた。途中、お昼を調達するために、フームたちは一旦城へ帰ったらしい。それでもほとんどの時間、付き添ってくれた。
みんなには頭が上がらない。
城へ帰るとき、わたくしはみんなに頭を下げました。
「ごめんなさい。たくさん迷惑をかけたこと、カービィとメタナイト卿を襲ったこと……謝罪させてください。本当にごめんなさい!」
フーム様たちは、わたくしの傍に来て言いました。
「リーノが無事に帰ってきてくれた。それだけでいいのよ」
「そうそう!魔獣化はビビったけれど、結局誰も殺していないし」
「結果はそうでも、二人を襲ったことに変わりありませんわ……。罰は受けます。わたくしにできることなら、なんでも仰ってください」
沈黙が落ちる。
誰も彼女を責める気持ちはない。
しかし、それをリーノ自身が許さない。
メタナイト卿が赤く染まりつつある空を見上げて言う。
「リーノ、話は後でゆっくりしよう。今は子供たちを家に帰してやらないと」
「あ、はい。そうですわね。自分のことばかり考えてしまってごめんなさい。行きましょう」
カービィを先頭に、一行は森を抜けていく。
リーノは頭の中をぐるぐると回転させていた。
魔獣の力を持ってしまったことを、村人たちはなんて思うだろう。
拒絶されたら?迫害されたら?
生きていけない。大好きな人たちにそんな扱いを受けたら、自分は……。
「リーノ、今はただ、帰ることだけに集中するんだ」
「メタナイト卿……かしこまりました……」
わたくしはやっと、歩くことに集中しだしました。
夕日が沈んで、空が暗くなった頃。やっと城に着いた。
フーム様が夕食に誘ってくださったけれど、それを断って、わたくしはメタナイト卿と話すことを選ぶ。
彼もわたくしを選んでくれた。
二人で長い城の廊下を歩いた。
リーノの自室。
しばらく空けていたため、大したものはない。
それでも、なんとか夕食を用意して、二人で食べる。
メタナイト卿は夕食作りをかって出てくれたが、動かないと気分が沈んでしまう。だから、作らせてもらった。
メタナイト卿はラーメンを食べて、少し微笑んだ。
「君の料理の味がする。食べたかったものだ」
「ありがとうございます。作ったかいがありますわ」
力なく微笑む。
あまり食欲はなかった。それでも何か口にしないと心身共に落ち込んでしまう。それは良くない。
リーノはラーメンをすすった。はじめは噛むことさえ億劫だった。少しずつ食べ物がお腹に入ると、空腹が満たされていく。満たされれば、落ち着いて考えることができた。
食事は十五分ほどで終わった。
その間、メタナイト卿はいつも通りに振舞ってくださった。
わたくしがいなかった日々の出来事を、語ってくれたのだ。仕事がどうだったのか、簡単な料理を作るようになったとか。星がプププランドに落ちてくる話もしてくれた。
なんとか軌道を逸らして回避したらしい。わたくしは冷や冷やしながらその話を聞いた。
そしてアーニャとブレイドナイトさんの婚約も聞いた。
わたくしは心から舞い上がりました。嬉しかった。アーニャの恋が実ったのだから、たいへん喜びました。
「アーニャ、良かった!よかった……」
「今日はもう遅い。後日、直接話をするといいだろう」
「はい。そうします」
それからはにこにこと笑いつつ、食事をした。
心なしか、メタナイト卿の笑みも増えたような気がしました。
食事が終わったあと、メタナイト卿が「話がある」と仰ったので、お茶を用意しました。
食器洗いはメタナイト卿が、お茶とコーヒーを用意したのはわたくしです。
コーヒーの香りを吸い込むと心地よくて、嫌な考えを吹き飛ばしてくれます。
お茶とコーヒーを席に運び、向かい合って飲みます。お茶の優しい苦味が体に染みました。
「……リーノ、そなたのことで話がある」
怖い。けれど優しく語りかけてくださるから、わたくしのこれからに関わるから、聞こうと思いました。
メタナイト卿の瞳をじっと見つめ返す。
「あの時、カービィがそなたのコンパクトを吸い込んだ時のことだ。何が起こったかわかるか?」
「いいえ。ほとんどわかりませんわ。わたくしが知っていることは、わたくしの内側にいたはずの何かがいなくなったこと……それだけです。もし、他にも何か起きているとしても、わたくしは気づいていません」
「ふむ。では、かいつまんで事情を説明しよう」
メタナイト卿はゆっくり話し始めました。
コンパクトを吸い込んだカービィが、ミラーカービィになったこと。カービィはその力で、わたくしの中から鏡を出現させたこと。鏡の中にいた、わたくしの前世りかに導かれたこと。りかに案内され、意識の中でわたくしを探してくれたこと。
――りかが犠牲となり、わたくしの中から魔獣の心が消えたこと。
「今のそなたには、魔獣の力がある。だが、暴走しないでいられるのは、りかがそなたを守ったからだ」
「はい……」
「りかはそなたの身を案じていた。そして、同じようにそなたを心配する私たちを知って、安心していた。――リーノ、そなたが生きて戻ってきてくれて、本当に良かった」
メタナイト卿のここからの言葉に息がつまる。
わたくしは、この人にどれだけ心配をかけたんだろう。どれだけ、悲しい気持ちにさせたんだろう。
胸が締め付けられて痛い。
きっと、メタナイト卿はもっと痛かったはずだから。
わたくしは椅子から立ち上がり、メタナイト卿の傍へ寄りました。そして彼の手を握り、言いました。
「……ただいま、戻りました」
「……!!おかえり」
彼は強く、わたくしを抱きしめました。
その強さが、彼が味わった恐怖や悲しみをわたくしに伝えるようでした。
――今後、彼を悲しませない。
それは罰ではなく、わたくしの心からの願いで、誓いでした。
*****
次の日、わたくしは熱を出しました。
メタナイト卿いわく、魔獣の力が体に馴染もうとしているためかもしれない、とのことです。
「それか、私が無茶を……」
「無茶ではありませんでしたわ。とても、優しくしていただきました」
ベッドの中からそう言うと、メタナイト卿の手が頬を撫でました。
きっと微笑んでいるのだわ。そう思いました。
熱が出たので、今日の仕事はお休みしました。
また休んでしまったので、陛下と閣下、そしてアーニャとランタンには申し訳ありません。
朝は食欲よりも、眠気が勝ったので寝ました。
昼から、アーニャとランタンが見舞いに来てくれました。メタナイト卿から、熱を出したことを聞いたようです。
「何が食べられるかわからないから、一通り買ってきたわ。長旅お疲れ様」
「救急箱から風邪薬出しておきますね」
わたくしの家の中を知り尽くしている二人は、テキパキと動き回ります。
とても有難くて、助かりました。
「二人ともありがとう。回復したら、お礼させてね」
「いいのよ。これぐらい。リーノだって、私が風邪引いたら助けてくれるでしょ?私だってリーノを助けるわよ」
「そうですねえ。大事な人ですものね。さあ、リーノ。熱を計っておきましょう」
アーニャに言われた通り熱を計る。
微熱だ。朝よりは下がっている。
わたくしは安心しました。タチの悪い風邪ではなさそうです。
「熱が下がっています。ちゃんと寝ていれば、大丈夫ね」
「少し元気になったようですね。うどんかお粥でも出しましょうか?」
「細かく具材を切ったシチューや、ポトフもいいわね」
「いえ、今も眠たいからゼリーを食べたら寝ちゃいます」
「そう?なら、飲み物とゴミ箱、近くに置いておくわ」
「それとティッシュも置いておきますね」
また二人はテキパキと動く。
最後にわたくしの額の熱を冷ますシートを変えたら「おやすみなさい」と言って、仕事に戻っていきました。
また二人に会えた喜び、普段通りに話せた嬉しさ、秘密を言えない申し訳なさが混ざり、頭が痛くなりました。
それも、十分ほどで終わりました。意識がゆっくりと沈んだからです。
次に起きたときは、夕方でした。
体が軽くなっていたので起き上がりました。立ったときにお腹が鳴ります。
しっかり食べて、これからを考えようと思いました。
夕飯はうどんを作ります。アーニャとランタンが買ってきてくれた、火に数分かけるだけの簡単冷凍うどん鍋です。具材、うどん、汁すべて揃っているので、食材を用意しないで済むところが楽ですね。
温かな食事が、喉を通り体を満たしていきます。
その度に元気がわいて、思うのです。
――ナイトメアを倒そう、と。
怒りに身を任せているわけではありません。
もちろん、わたくを誘拐して魔獣にしたことは怒っています。
それ以上に非道を許してはならないと、誰かが止めないといけない、そう思いました。
わたくし一人では何もできません。ナイトメアに届かないでしょう。
だから、味方が必要です。
「メタナイト卿は許してくださるかしら……」
わたくしがナイトメアに立ち向かうことを、その協力をすることを。
リーノはうどんを食べ終える。
手を止めて、鍋の底をぼんやりと見た。
今建設されているハルバードのことを、聞き出すつもりはありません。わたくしから情報が漏れてしまってはいけませんからね。ですので、敵から宇宙船を奪うことを、メタナイト卿に提案します。
敵の宇宙船はアニメの終盤あたりで登場します。
わたくしの力で宇宙船を凍らせば、機能を停止させることがらできるかも、そして無力化できるかもしれません。
そのためには、宇宙船を凍らせるほど鍛える必要があります。
一つ、メタナイト卿とまた話すこと。
二つ、味方をつくること。
三つ、鍛錬すること。できれば人目を気にせず堂々としたいですね。
リーノは考える。
きっと、目的のためには嘘をつく必要があるだろうと。
夜八時頃、メタナイト卿が尋ねてきました。
就寝前に顔を見ておきたかったそうです。
「ランタンとアーニャたちも来たがっていたが、譲ってもらった」
「……わたくしが、心配なのですね」
「そうだ。……ナイトメアの手にかかり、生きて戻ったのはそなただけだ。心配でたまらないんだ」
メタナイト卿はわたくしの頬を何度も撫でました。
「熱は下がったようだな。よかった」
心からの言葉に、胸が締め付けられます。
今日は、この人の言う通り大人しくしておこうかと思いました。けれど、わたくしは覚悟を決めています。守られるだけではなく攻めるのだと、決めました。
わたくしはメタナイト卿の手を取り、両手で包みます。
「メタナイト卿。今日考えたことを聞いてくれませんか」
メタナイト卿と二人、ソファに座ります。
わたくしは、考えとわたくしの気持ちを、包み隠さず伝えました。
メタナイト卿は静かに聞いてくださいました。
すべてを聞き終えた後、彼は頷いてくれました。
「そなたの考えはわかった。共に戦ってくれるならば心強い。だが、前線には出ないと約束してくれ。そなたは訓練された戦士ではないのだから」
「はい。かしこまりました」
「ありがとう。……さて、ランタンとアーニャにはいつ伝える?」
「今日にでも」
「わかった。呼んでこよう」
メタナイト卿は出ていきました。
わたくしは窓の外を眺めます。
二人に話してどんな結果になろうとも、わたくしはこの決意を貫こう。
そう思うのです。