「ねえ、リーノ!もっと魔法を見せて!!」
「わかりました。少しだけですよ」
ある日の午前中。晴天、ときどき曇り。
村の大樹がある広場にて。
わたくしは子どもたちに魔法をせがまれていました。
わたくしにとっては、この力は魔法ではなく、特技だと思っています。
けれど、小さい子から見れば同じに見えるのでしょうね。
今日も「魔法を見せて!」とお願いされるのです。
今は急いで城に戻る用事もないので、村の子供たちに願われるまま、簡単なアイスショーを見せます。
手のひらで拳大の氷の結晶を踊らせ、空高く打ち上げます。結晶は空中で弾けて、雪を降らせました。
透明度の高い雪は陽光に反射して、七色に輝きます。
傍で見ていたフーム様、ブン様、カービィが驚き、喜び、拍手してくれました。
「すごいわ!とっても綺麗よ、リーノ!」
「いつの間にこんなことできるようになったんだ?」
「ぽーよう?」
「内緒で練習しました。みなさんに喜んでもらえるように、頑張ったかいがありますわ」
子供たちが七色の雪を捕まえようと走り出します。
楽しく遊ぶ様子を見て、わたくしはさらに嬉しく思うのでした。
「フームーー!!!」
「この声は、閣下?」
閣下が高級車で大樹の周りを一周します。危険な運転でした。子供たちも大人も慌てて避けます。
わたくしは目の前に止まった、高級車に乗る閣下に注意しました。
「閣下!危険な運転はお止めください!」
「今は非常事態なんでゲス!大目に見るでゲスよ!」
車から降りてきた閣下は、フーム様を真っ直ぐ見ました。
そして助けてほしいと仰るのです。
どうやら、今朝から陛下の様子がおかしかったみたいです。わたくしは、今日は陛下にお会いしていなかったので、変化に気づきませんでした。
「どのようにおかしいのですか?」
「何をしても、まーったく怒らないんでゲス!」
「まあ!それは大変ですわ!」
陛下は一日一回は怒られる方です。
そんな方が急に怒らなくなるなんて、何がおこったのでしょうか?
心配するわたくしたちを見て、フーム様が首を傾げます。
「何が問題なの?」
「だって、いつも怒られている方が怒っていないんですよ?心配になりませんか?」
「……いいえ。怒らなければ、その方がいいじゃない」
わたくしは、頭をガンと殴られたような気持ちになりました。
「……たしかに、フーム様の言う通りですわ……!」
ですが、何か嫌な予感がするのです。
人は急に変われるものではありませんわ。
陛下はどうしてしまったんでしょう?
陛下をじっと見つめると、見つめ返されました。
そして緩く微笑まれます。
「よいゾイ。許すゾイ」
「へ、陛下!??」
こんな陛下は見たことがありません。
思わず体が固まります。
「ねえ、本当に何しても怒らないの?」
「試してみるでゲス」
その間にブン様が、車のタイヤを蹴りました。
陛下の大切な高級車です。それはさすがに怒られるはず。
「よいゾイ。許すゾイ」
「陛下!?」
怒ってらっしゃらない!?
一体どうなっていますの……?
――――――
あれから、陛下は何をされても怒りませんでした。
ペンキを塗られても、ピコピコハンマーで殴られても、ブレーキを弄られたせいで車が川に落ちても。
怒りませんでした。
わたくしは陛下のことが心配です。頭を強くぶつけられたのでしょうか?
それとも、わたくしのように魔獣にされて……?
頭を降って、悪い考えを追い出します。
とにかく、川から上がった陛下と閣下に、暖かいお風呂に入っていただきます。
入浴中に、わたくしはメタナイト卿の部屋へ訪れました。
ですが、生憎お留守だったのです。
誰にも相談できないまま、その日のニュース時間を迎えてしまいました。
そして、陛下は番組中に仰ったのです。
「愛の力ゾイ。良き隣人たちよ。ワシは教えたいですゾイ。やられる度にやり返していては、いつまでたっても憎しみは終わらないですゾイ。踏まれても、殴られても、殺されても、全てを許す。愛と寛容の精神が、世界を救うのですゾイ」
スタジオにいるみんなが、唖然としました。
「……一体、誰ですの」
もうこんなに人が変わってしまっては、別人と言われてしまったほうが、信じられます。
わたくしは、陛下が入れ替わった可能性も視野に入れました。
その日の夜、心を入れ替えた陛下を讃えるための祝賀会が、城で行われました。
わたくしたちメイドは、急遽お料理を振る舞うことになったのです。
陛下の傍にいられませんでした。悔しいですが、何かあればフーム様たちが何とかしてくれると信じています。
最後の料理をワドルディたちに運んでもらったら、わたくしたちは少しの間休憩です。
ランタンが緑茶をすすりながら、言いました。
「それにしても、陛下があんなに変わるなんてね。もう、驚いちゃったわ」
それを聞いたアーニャが頬に手を当てて言いました。
「本当に驚きましたね。……今だから言えますが、陛下の怒鳴り声は苦手だったので、それが少なくなることは嬉しいです」
「……でも、不自然だわ。なんだか、悪い予感がします」
そういうと、アーニャとランタンは顔を見合わせました。
アーニャが気遣うように言ってくれました。
「急に変わり過ぎですもの。心配になっちゃいますよね」
「ええ……。本当に、ただの心境の変化なら良いのですが……」
直後、激しい爆発音が外から聞こえてきました。
城が揺れるほどの大きな音です。わたくしたちは咄嗟に立ち上がりました。
「花火でしょうか?」
「それにしちゃ、大きすぎる音だわ」
「……外には陛下たちが」
「ダメよ!騒ぎが落ち着くまで、いっちゃダメ!!……もう危ない目にはあわないで」
「ランタン……」
「……机の下に潜っておきましょうか。手を繋いでいれば、怖くないですよ」
アーニャの案を採用し、わたくしたちは騒ぎが落ち着くまで、厨房にいました。
ようやく、音が聞こえなくなったところで、厨房から祝賀会をしている中庭に行きます。
会場はあちこちめちゃくちゃに壊されていました。
何より、エスカルゴン閣下が陛下にハンマーで殴られていました。
慌てて近寄り、陛下と閣下の間に体を差し込みます。
「陛下、一体何事ですか!お止めください!」
陛下が激高した様子で言いました。
「エスカルゴンから殴ってきたゾイ!ワシには殴り返す権利がある!!」
「……閣下、本当ですか?」
ボロボロの閣下は何度も頷きました。
その姿が痛ましくて、悲しかった。
わたくしは陛下に頭を下げました。
「陛下、閣下はもう充分反省しています。どうか、ハンマーを下げて美味しい料理をお食べください」
「うん?……そういえば、口の中から変な味がするゾイ!リーノ、美味い料理を持てい!」
「かしこまりました。食堂にお持ちします。それでよろしいでしょうか?」
「良い。すぐに持ってくるゾイ」
「かしこまりました。すぐに準備します。アーニャ、ランタン!もうひと働きしますよ!」
二人は同時に了承の意を述べました。
厨房はアーニャたちに任せて、わたくしは閣下を介抱します。背中を預けられる場所……ステージ近くに連れてきて、座らせます。
ハンカチを取り出して、拳よりも小さい氷を作り出し、包みます。それを閣下のタンコブにそっと当てました。
「いだい!優しくしてくれでゲス……」
「精一杯、優しくしておりますわ」
「リーノ」
「メタナイト卿」
ステージ上には、子供たちと、メタナイト卿がいました。
彼らから事の顛末を聞きました。
「やっぱり、陛下がおかしかったのは、魔獣のせいだったんですね。それに、今の陛下は元通りなんですね」
「そうだ。いつもの陛下に戻った」
「そうですか。良かった……」
嬉しそうにしていたのは、わたくしと閣下だけ。
みなさんは残念そうでしたわ。