ある日のお昼。
ワドルディたちと一緒に、大食堂で食事をしていました。もちろん、アーニャとランタンも一緒です。
今日のお昼の献立はチャーハンとワンタンスープにサラダでした。とてもおいしかったです。
みんなで楽しく食事をしていると、遠くから声が聞こえてきます。
「ああ〜〜〜!」
――バッシャーン!!!
水しぶきの音が、声に続いて聞こえてきました。その声には聞き覚えがあります。
わたくしは気になって声が聞こえた方向を見ます。
「今のは……?」
アーニャにも聞こえていたようです。
ランタンにも聞こえていたようで、「誰かが上の階から落ちたみたいね」と言いました。
わたくしは声の主のことが、とても心配になりました。
「今の声、おそらくカワサキさんですわ」
「水しぶきの音が聞こえたということは、お城の堀に落ちたのでしょうか」
「なら、今ごろ全身ずぶ濡れだわ」
「大変!タオルを持っていってあげなくては……!先に食べちゃいますね」
わたくしは残りのご飯を、素早く食べます。
アーニャとランタンも、わたくしと同じくらい素早く食べます。
「私たちも一緒に行きます」
「カワサキには、世話になっているからね」
「わかりました。三人で行きましょう」
わたくしたちは、ほぼ同時に食べ終わりました。席を立ち、食器を片付けます。
洗いたてのタオルを持って、堀へと走ります。橋を渡りすぐに左右を見渡すと、カワサキさんが地上で数人のワドルディに囲まれていました。
どうやら、近くにいたワドルディたちが助けてくれたみたいです。
全身濡れているカワサキさんは、わたくしたちからタオルを受け取ります。
「ありがとう。リーノ、ランタン、アーニャ。それにワドルディたちも、助かったよ」
カワサキさんがお礼を言うと、ワドルディたちは満足したのか仕事に戻っていきました。
わたくしたちは視線をワドルディたちからカワサキさんに向けます。
「ところでカワサキさん、何があったのでしょうか?もしや、陛下が関係していますか?」
「あ〜……うん。リーノには言いにくいんだけどさ、デデデ陛下にテラスから放り出されたんだよね」
「まあ!それは申し訳ありませんでした。しかし、なぜそんなことになったのでしょうか」
「多分、おれの料理がまずかったからじゃないかなあ?」
「……食事が合わなかっただけで、それほどお怒りに?」
「うん。そうだよ」
「それは、珍しいですわ……」
わたくしが知る限り、陛下は数ヶ月に一度はカワサキさんの店で料理を食べる方だ。そんな御方――カワサキさんの料理の味を知っている御方――が、カワサキさんをテラスから放り出すかしら。
わたくしが首を傾げていると、ランタンが言います。
「虫の居所が悪かったのかしらね?」
「そうかもしれません。デデデ陛下、最近はメイド長の料理を食べていませんから」
「ありゃ、そうなの?」
みんなの注目が、わたくしに集まります。
わたくしは指をもじもじと触りました。
「実はそうなのです。そろそろ仲直りがしたいのですが、陛下はまだお怒りのようで……」
「へそ曲げちゃっているんだね。デデデ陛下も大人気ないなあ」
「いえ、わたくしがやりすぎたところもあるので……。ところでカワサキさん、城の大浴場を使われますか?濡れたままでは風邪をひいてしまいます」
「いや、いいよ。長く城にいて陛下に見つかったら、また放り出されそうだし。厨房にフライパンを取りには行くけどさ」
「かしこまりました。では厨房までご案内いたします」
わたくしとカワサキは厨房に向かいます。アーニャとランタンには、濡れたタオルの洗濯を頼みました。
陛下は意思の強い方です。余程のことがない限り、わたくしと仲直りして下さらないでしょう。
わたくしと陛下のケンカは、まだまだ続きそうでした。
――――――
翌日。
陛下の食事を作らなくなってから、朝はゆっくり過ごせるようになりました。そのため、朝のニュースを見ることができます。
今日はいつもと違いました。
テレビの向こうで閣下が「直撃晩ご飯!」を今日から始めると仰いました。
あの各家をまわって、晩ご飯をご馳走になるテレビ番組です。料理が良ければ高評価され、その分だけ賞金が出ます。
つまり、陛下と閣下とテレビクルーであるワドルディたちが、晩ご飯中という大変忙しい時間帯に、他所様の家にお邪魔することになります。
「止めなくては……!!」
わたくしはすぐさま支度を済ませました。
玉座の間。
簡易ゴルフセットを敷いてゴルフを楽しむ陛下と、少し離れた場所にいる閣下と、お茶を用意する数人のワドルディたちがいました。
わたくしは一人です。アーニャとランタンは、通常業務をお願いしています。
陛下はわたくしに気づきましたが、つんと顔を背けられました。閣下はそれを見て呆れていらっしゃいます。
わたくしはまず閣下に近づきました。
「おはようございます」
「おはようでゲス。……伝書鳩はしないでゲスよ」
伝書鳩とは、この場合わたくしと陛下の間を取り持つことでしょう。
わたくしは頷きます。
「はい。ちゃんと自分の口からお話します」
「ならいいでゲス。陛下!」
「なんゾイ」
「リーノが来たでゲスよ」
「……フン!」
陛下はわたくしの方を向いてくださいません。それでも、わたくしは陛下の方へ近づき、数歩後ろで足を止めました。
そして頭を深く下げます。
「陛下。この度はすみませんでした。わたくしは意地を張りすぎました。今後は心を入れ替えます。もう食事を作らないなどと申しません。ですので、どうかわたくしと仲直りしていただけませんか?」
「……何が望みゾイ」
「また陛下とお話したいだけですわ」
数分、部屋に静寂が訪れました。
陛下ははっきりと仰られます。
「……許してやるゾイ」
「ありがとうございます。陛下」
仲直りできて嬉しいです。視界が少し滲むので、そっとハンカチで目元を拭いておきます。
そしてわたくしは、あることを陛下にあることを伝えます。
「陛下。明日、わたくしはグラタンを作ります」
「なにい!?」
「リーノのグラタンでゲスか!」
陛下と閣下が、一斉にこちらを振り向きます。
わたくしはにこりと笑います。
「はい。グラタンを食べつつ、直撃晩ご飯を視聴いたしますね」
「そうか!デェーッヘッヘッヘッ!楽しみにしとるゾイ!」
「リーノ、私の分も作っておくでゲスよ!」
「喜んでご用意させていただきます」
これでわたくしの部屋に、明日陛下たちはやって来るでしょう。
目的は村への被害軽減であって賞金では必要ありません。ただ親しいものとの食事会にしましょう。
夕方。
メタナイト卿のお部屋にお邪魔します。
わたくしが作ったお弁当を持ち寄り、一緒に第一回目の直撃晩ご飯を見ます。
ソードナイトさんはランタンと、ブレイドナイトさんはアーニャと、それぞれの部屋でこの番組を見ています。
番組内容は、陛下が大臣家に直接ご訪問されて、晩ご飯を召し上がるといったものです。
大臣家の晩ご飯は、それはそれは豪華でおいしそうでしたわ。特にメインのヒレ肉のステーキが食欲をそそりました。
お食事は陛下だけがなさいました。全て食べ終わると、晩ご飯を評価します。
今回は五つ星、つまり賞金五百万デデンが大臣家に贈られます。
あっという間に、番組は終わりました。
そして最後に、陛下と閣下は仰いました。
『明日はリーノの家でグラタンだゾイ!楽しみゾーイ!』
『リーノのグラタンはめちゃおいしいでゲス!はやく食べたいでゲスよ!』
そしてコマーシャルへと切り替わります。
メタナイト卿が驚かれました。
ですが、わたくしの落ち着いた様子をご覧になって、落ち着きを取り戻されました。
「どういうことかと思ったが、もしや君が陛下を夕飯に誘ったのか?」
「そうです。陛下はおいしいものを食べられるとご機嫌が良くなります。その瞬間に、今回の番組を止めていただくようお願いしようと思いまして」
「なるほど。上手くいくことを祈っているぞ」
「ありがとうございます」
「ところで、弁当に入っているこの煮物、うまいな」
「ありがとうございます。自信作なんですよ」
お弁当箱は洗って後日返す、とのこと。そのお言葉に甘えることにしました。
――――――
翌日。
今日、陛下と閣下はわたくしの部屋で晩ご飯を召し上がれます。なので準備が必要です。
朝食時。
陛下に許可をいただき、有給を取得します。今日、共に仕事をするはずだったワドルディたちとアーニャ、ランタンに、仕事を休むことを伝えます。
親友二人には、体調を心配されました。なので、事情を話しておきます。
「元気なら良かったわ。グラタン作り、頑張ってね」
「お部屋の掃除、手伝いに行きましょうか?」
「ありがとう。ランタン、アーニャ。手伝いは大丈夫です。部屋はそんなに広くありませんから」
二人と別れて部屋に帰ります。
全ての窓を開けて、部屋を隅々まで綺麗にしていきます。
ついでに、部屋の内装も変更します。幼い頃に描いた絵などは片付けて、最近縫ったタペストリーを飾ります。
……うん、上品で落ち着いた雰囲気の部屋になりました。これで部屋はいいでしょう。
お風呂に入り、体から埃や汚れを落とします。
少し休んでから、調理を始めました。
グラタンとサラダを作ります。最後に手作りのアイスを準備して、陛下たちを待ちます。
陛下たちは午後五時、ぴったりにいらっしゃいました。
テレビクルーも一緒です。……部屋をカメラで撮られることは恥ずかしいですね。
「直撃晩ご飯!今回はリーノの家でゲス」
「はようグラタンを食べさせるゾイ!」
「かしこまりました。すぐにご用意させていただきます」
陛下と閣下には先に座っていただきます。
グラタンができるまで時間がかかりますので、サラダをお出ししました。
「先にどうぞ。グラタンは十分ほどお待ちください」
「ただのサラダかゾイ?」
「ドレッシングは、わたくしの手作りですわ」
「おお!そりゃあ楽しみでゲスな」
御二方は、傍に置いてあったドレッシングをかけて、食べ始めます。
グラタンは今生でのわたくしの好物です。
そのためか、わたくしは他の料理よりもグラタンにこだわりを持っております。
おいしくできる秘訣は、わたくしがおいしいグラタンを食べたいからかもしれません。
わたくしはキッチンに向かいました。
予め火を通しておいた具材とホワイトソースを混ぜたものを耐熱容器に入れて、チーズをかけます。オーブンで十分ほど焼いたら、完成です。
「お待たせいたしました。今日のメインのグラタンですわ」
「おおー!!きたかゾイ!」
「これこれ!これを待ってたんでゲスよ!」
陛下たちは運ばれてきたグラタンを食べ始めます。
おいしいと仰って食べられる姿は、わたくしの心を和ませてくれます。
グラタンをぺろりと平らげたら、次はデザートのバニラアイスです。まだ開封していなかったアラザンを乗せて、陛下と閣下にお出しします。
「熱くなった体に冷えたアイスは最高だゾイ」
「んまい、んまいでゲス」
「それはようございました。……あの、陛下?」
「なんゾイ」
「わたくし、賞金はいりません。その代わりお願いを聞いていただけませんか?」
「何をお願いするでゲスか?」
「直撃晩ご飯は、もうやめにしませんか?食事ならわたくしが毎日作りますゆえ、どうか」
「いやゾイ。ワシは人民共の晩ご飯を食べたいゾイ」
「左様でございますか……」
うーん。作戦は成功しませんでした。
わたくしは肩を落とします。閣下が見かねて、陛下に晩ご飯の評価を良いものにしようと、お話されていました。
わたくしはそれをお断りします。
「賞金は本当によいのです。今回は仲直りの証として作らせていただきましたから」
「そういうことなら、賞金はナシゾイ。げっぷ。あ〜うまかった!リーノ、明日の朝食と昼食も楽しみにしているゾイ」
「はい。腕によりをかけて作らせていただきます」
全てがうまくはいきませんでした。けれど、以前のように陛下との仲が戻ったことは嬉しいですね。
――――――
それから数日、陛下は様々な家にお邪魔しました。
イロー、ハニー、タゴさん、村長さん、ボルンさんの家と、晩ご飯を直撃します。
陛下は多くの賞金を村人たちに与えられました。
一番多くてイロー家の四百万デデンです。とんでもない額ですね。
そして、最後にデリバリーシステムでカニを所望されました。
その様子はテレビで中継されておりました。
わたくしは嫌な予感がして、画面から目が離せません。
デリバリーされたカニは魔獣でした!
陛下がカニの魔獣に捕まり、服を切られます。
「陛下!」
わたくしは自室から飛び出しました。
玉座の間とわたくしの自室は、決して離れていないのに。その日だけは特別、廊下が長く感じました。
いくつかの角を曲がると、陛下のお姿が見えました。
お元気そうに見えます。
「陛下!ご無事で……」
「リーノ、しばらくはカニを見たくないゾイ。和食を作ってもカニは入れるなゾイ!」
「か、かしこまりました。気をつけます」
伝えたいことを伝えられてから、陛下は一人歩いて行かれました。
わたくしは少々戸惑いました。ですが陛下がご無事で良かったと、ほっと息を吐くのでした。