カービィがププビレッジに住み始めて一週間ほどたった。
彼がいるからといって、私の生活に大きな変化はない。これまでのように朝から晩まで働き、時々陛下の情報をメタナイト卿たちに流す。いつもの毎日だ。
ここ最近、フーム様とブン様が慌ただしく城と村を行き来している姿を何度も見つけた。気になった私は、メーム様とお話する機会があったので質問する。
なんでも「朝食を済ませれば一目散に城下へと向かうのだ」という。
「村の子供たちと協力してカービィの家を建てているらしいわ」
「まあ、子供たちだけで?それは素晴らしいですね」
「そうねえ。でも危険でしょう?心配だわ」
「でしたら、わたくしが差し入れを持って、様子を見てきましょうか?」
「あら。そうしてくれたら助かるけれど、いいの?リーノも忙しいでしょう?」
「買い物のついでに寄れますから。さっそく差し入れを作ります」
「なら、うちのキッチンを使いましょう。大工仕事はお腹がすくから、ケーキをたくさん焼きましょうか」
私は、できる限りリュックにケーキとジュースを詰め込み背負う。
重い。肩ひもが食い込んで痛い。さっさと運んでしまおうと早足で子供たちがいる、村の外れに向かった。
しばらくすると呼吸は荒くなり、汗が噴き出しはじめた。荷物を下ろしたくなったけれど、一度休憩を挟むと動けなくなる気がしたので、とにかく足を動かした。化粧が落ちて酷い顔にならないことを願う。
視線が下がり、草ばかりを映していた。
遠くの方でトンカチを打ちつける音、のこぎりで木を切る音がする。もうすぐ着くぞ。
重量のあるリュックを背負い直し、気合を入れて足を前に出した。
「あれ、リーノじゃん。どうしたんだよ」
気がつくと、そばにフーム様とブン様とがいらした。
「こちらを、お持ちいたしました。はあ……はあ……メーム様とわたくしからです」
リュックを丸ごとブン様に渡す。
ブンは一度リュックを地面に降ろしてから、中身を見た。そこには缶ジュースとパウンドケーキがたくさん入っている。
「差し入れを持って来てくれたのかよ!ありがとう!」
「みんな!!少し休憩にしましょう。リーノがお菓子を持って来てくれたわよ!」
お菓子と聞いて子供たちが素早く集合した。
「一列に並べ~」
「イロー、ホッヘ、ハニー手伝ってちょうだい。ジュースは少ないから、みんなに少しづつ分けるわね」
「手伝いますわ」
「リーノはそこで休んどけよ」
「後は私たちがやるわ」
「そうですか?では、お言葉に甘えますね」
フーム様とハニーがジュースを渡し、ケーキを男の子たちが配る。
ジュースは紙コップに半分ほど入れられて、子供たちに渡される。けれどみんな物足りなさそうだ。
村のコンビニで水でも購入しようかと考える。
そこに作業に参加している子供たちの母親たちが差し入れを持って来た。
「こんにちは。そろそろ休憩かしら」
「こんにちは!」
「こんにちは」
「こんにちは。フーム様、リーノ」
「これ、よかったら皆で飲んでください」
彼女たちが持って来たのはジュースだった。よかった、これで皆の喉が潤う。
母親の姿を見つけた子供たちが彼女たちに駆け寄る。そして貰った菓子を自慢した。
「お母さん、見て!お菓子を貰ったんだ」
「よかったわね。ありがとうございます。フーム様」
「私じゃなくて、リーノと母からなの。お礼はリーノに言ってちょうだい」
「まあ、そうでしたの。ありがとう、リーノ。メーム様にも伝えてちょうだい」
「はい。お伝えしますわ」
そういうと、母親はぺこりと頭を下げた。
母親たちは差し入れを子供たちに渡すと、すぐに帰ってしまった。まだ家事の途中だったのだろう。洗濯機や電子レンジなど置いていない家庭では、家事の時間は非常に多くさかれる。
あれは大変だった、と城に住む前の生活環境を思い出した。
お菓子もジュースも余ったので、私もいただいた。
味見したとはいえ、ケーキはやっぱり甘くて美味しかった。ジュースも冷えていて最高だ。
お腹がいっぱいになったので、子供たちと別れて村へ買い物に向かう。
その道中で「しまった」と声にでた。
「カービィと話してない……」
主人公とお知り合いになるには、まだ時間がかかりそうだ。
さらに数日後。
魔獣も現れず、のどかな日々を過ごす。
ずっとこうであればいいのに、と願わずにはいられない。だけど陛下がまた悪い笑みを作っていたので、今日明日あたりで何かが起こるかもしれない。こういうときは城で大人しく過ごすのがベストだろう。
そう考えた矢先に、フーム様とブン様に誘われた。
「カービィの家が完成したの!今日お祝いのパーティをするんだけど、あなたも来ない?」
ぜひとも行ってカービィとお話したかった。しかし、それよりも自分の命の方が大切なのである。私は頭を振って断る。
「生憎ですが、仕事の都合で行くことができません。後日改めて、手土産を持って伺います」
「仕事なら、仕方ねーか」
「残念ね……」
「ところで、フーム様とブン様のお耳に入れておきたいことが」
「なあに?」
「陛下が怪しいです。また魔獣を呼ぶつもりなのかもしれません。お気をつけて」
「なんですって!?」
「デデデの奴またかよ」
「わかったわ、充分に気をつける。リーノも気をつけてね」
「はい。ありがとうございます」
二人は走って行かれた。
その様子を眺めていると、後ろに慣れた気配を感じた。
振り返ると青いあの人がいた。
「ごきげんよう、メタナイト卿」
「……陛下に何か動きがあったのか?」
「今朝見かけたときは、悪そうな笑みを作られていらっしゃいました。なので、今日か明日には何かが起こると予想しております」
「やるとすれば、子供たちが言っていたパーティの最中か」
「最も可能性が高いのは、そのタイミングかと」
「わかった。ありがとう、リーノ」
「どういたしまして、メタナイト卿。あなたも気をつけて」
「……わかった」
マントを翻して、戦士は去っていった。
みんな何かのために、誰かのために動いている。
私は怖くて動けない。むしろ隠れてしまう。しかし、何もできないのは悔しいな、と思うのだ。ならば、後方で必要な能力を、技術を身につけよう。
例えば、ヤブイ先生に包帯の巻き方や応急処置のやり方を習うのだ。
「明後日にでもお願いに行きましょうか」
私はフーム様たちの安否を願いつつ、自らを奮い立たせた。
その日の夕方、カービィを連れてフーム様たちが帰ってきた。ちょうど帰宅したところを見かけた私は、急いで三人の元に向かう。
大臣一家の住まいである一角の近くで会うことができた。
息を整えつつ近づく。
「皆様、ご無事でなによりです」
「リーノ、迎えてくれてありがとう。心配をかけたわね」
「リーノが言った通り、魔獣が出たんだ!でもカービィが返り討ちにしたぜ!」
「すごい。さすがは星の戦士ですね。お疲れ様でした。カービィさん」
「ぽよぽよ!」
屈んで小さな戦士の目線に合わせる。すると彼は、視線が合うことが嬉しかったのか。飛んで喜んだ。
その様子に自然と頬が緩む。
「カービィ。彼女と会ったことはあるけれど、紹介はまだだったわよね。彼女はリーノ、このお城のメイドで、デデデに仕えているの。でも敵じゃないから安心して」
「初めまして、カービィさん。リーノと申します。今後、よろしくお願いいたします」
「ぽーよ!カービィぽよ!」
私は右手を差し出す。カービィは飛ぶのをやめて、きょとんと差し出された手と私の顔を交互に見た。
私はにっこりと笑って彼の右手を握った。ふわふわのマシュマロのように柔らかい赤子の手だった。
こんな小さな子を戦場に出さねばならないのかと、震えだす体をなんとか押さえつける。
「これは、握手といいます。こうやって手を差し出されたら、手を握り返すんですよ」
「これからよろしくって意味なんだぜ」
ブン様が得意気に仰られた。
カービィは楽しそうに笑って、私の手を握り返す。その力加減は優しくて、生まれながらの戦士のものとはとても思えなかった。
前回、木で造った家はデデデ陛下によって壊されてしまったらしい。なので、フーム様たちは改めてカービィの家を建て直したようだ。場所を聞いて、アーニャとランタンと一緒に訪ねた。
午後三時、村から離れた草が生い茂る丘を上る。
そこは半球ドームの形をした家だった。一人しか暮らせない広さだが、小さなカービィには充分だろう。
扉を三度ノックする。
出てきたのは黄色の小さな鳥、トッコリだった。
「あら、トッコリ。ごきげんよう。カービィさんを知りませんか」
「よう、リーノ。あいつなら隣の木だぜ」
隣の木、と言われて視線を斜め上にやる。半球ドームの家の隣にはたしかに真っ直ぐではない木があった。曲がってのびた木の半ばに、彼はいた。ピンクの丸っこい体が寝息を立てている。
トッコリが近づき声をかけた。
「起きろ、お客さんだぞ」
まだすうすうと気持ちよさそうな寝息が聞こえる。私たちは顔を見合わせて「出直そうか」と考えたとき、トッコリがカービィを思いっきり突いた。
カービィは飛び起きる。
起こしたトッコリは満足気だ。
「ぽよ~?」
「眠っているところ起こしてごめんなさい、カービィ。家を持ったあなたに、お祝いのホットケーキを持って来たんです」
リーノが持つ籠の中には、小さめのホットケーキがたくさん入っていた。
「他にもジュースとお菓子がありますから、一緒に食べましょう」
アーニャの籠には紙パックのジュースが、ランタンの籠にはクッキーが入っていた。
カービィは飛んで跳ねて、リーノたちを歓迎する。
持って来たレジャーシートをカービィの家の前に広げて、四人と一匹は座った。
そして全員にホットケーキと菓子とジュースを配り、食べ始める。カービィはフォークを使うことを教えられて、ゆっくりとホットケーキを刻んで食べていた。
「場所を貸してくれてありがとうございます。トッコリ」
「いいってことよ。いただきまーす。もぐもぐ……このクッキーいけるな」
「それは私が焼いたのよ。いけるでしょ」
「ランタンやるじゃねえか。これならすぐにでも嫁にいけるな。……思ったんだけどよ、三人ともなんで嫁に行かねえんだ?」
私たちは話してもいいのか、ちらりとアイコンタクトを取る。
「……それぞれが夢を追っているからですよ」
「どんな夢だ?」
「私はもっとメイドの仕事を頑張るため。陛下に、私を拾ってくださった恩を返さなければなりません」
「自分のお店を持ちたいんです。できれば本を売りたいですね。あと、リーノとランタンが作った雑貨も置きたいと思います」
「服をメインに置いた店を持ちたいわね。そんでアーニャの言う通り、あんたたち二人の雑貨も置くのよ」
「まあ、ランタン。それでは私のお店と被りませんか?」
「大丈夫よ。アーニャの店はキーホルダー類の小さい物、私の店はアクセサリー類を置けば住み分けができるわ」
「それは良い考えだね。……といった理由があるんだけど、理解できたかしら?」
「おう。おかげで男どもの悩みも解決だ」
「男ども?」
「村の奴らさ。アンタらを狙ってる。おいらに相手を見つけない理由を聞いてくれって言ってきたんだよ」
「それ、私たちにバラしてもいいんですか?」
「おいらは頼まれただけさ、後は知らないね」
「まあ、トッコリたら」
私たちは呆れかえった。
それにしてもと、クッキーをかじりながら考える。
まだ、私に対して好意を抱いていてくれる人がいるのか。
前にこんな話を聞いたのは、メタナイト卿たちがこの地に来た頃だったから随分前だ。
「なんだか意外だわ。まだ、私のことを好きな人がいるなんて」
「……」
「……」
「二人とも、なぜ黙っているんですか?……まさか、また何かあったんですか!?」
「告白なら、されたわね。断ったけれど」
「私もです。……お断りさせていただきましたけど」
「す、すごい!うう、私にだけ何もないわ」
「何か起きて欲しいなら、もっと村に立ち寄りなさいよ。そしたら相手側からアプローチがあるでしょ」
「そうなんですけれど、メイドの仕事よりも優先させる気がないので、しばらくはお預けですね」
「そんなん言ってる間に行き遅れちまうぞー」
「トッコリ!!なんてこと言うんですか!」
「結婚するもしないも、自由よ!」
「そうですよ!そんな考えは古いんです!」
「わ、悪かったよ……」
あまりの剣幕にトッコリは冷や汗をかいた。
リーノたちは、自分たちよりも幼いトッコリにあまり怒るものではないと考えた。
冷静さを取り戻すため、深く深呼吸する。クッキーでも食べて、忘れようと手を伸ばす。皿の上には、もう何もなかった。
すべてはカービィの口の中に入れられていた。
食べるものがなくなったので、小さなパーティはお開きとなった。
ごみを片付けて、リーノは一人で帰路につく。城に着いた時にはすでに辺りは夕闇に覆われていた。
門橋を渡り終えたところでメタナイト卿に会った。誰かを待っていたのだろうか。表情は仮面に隠れて見えない。
「こんばんは、メタナイト卿」
「今、帰りか?」
「はい。その通りです」
「夜は危ない。明るいうちに帰ることだな」
彼は時々、こういう優しさを垣間見せる。
純粋に心配してくれたのか、または私だから心配してくれたのか。
こんな風に悩むようになって、どれだけの月日がたっただろう。
答えはまだ、出せないでいる。
「……ありがとうございます。今後、できうる限り気をつけますわ」
「……今日はもう仕事はないのか?」
「はい。ありません」
「ならば、そなたの部屋まで送ろう」
戦士は先に歩いて行ってしまう。私は急いで後を追った。
私の部屋に辿り着くまでの間、その短い時間に今日の出来事を話す。
彼は話すことがないのか、話せないのかわからないけれど。主に話しかけるのは私だ。
そして先程の、トッコリが話してくれた内容に触れた。
「本当に、アーニャとランタンは凄いですわ」
「……そなたを、想う者も少なからずいるだろう?」
「え?……ええ、トッコリの話ではいるようです。でもなんだか実感がありませんわ」
「そうなのか?」
「これまで、なにも起きませんでしたから。本当にそんな方がいらっしゃるのかどうか、わかりません」
「そうか……。まだ誰も、そなたにアプローチしていないのだな」
「そうなりますわね」
「ふむ……」
それ以降、メタナイト卿は黙り込んでしまった。
考え事を邪魔したくなかったので、私は静かにしていた。
そして部屋の前に到着する。
「送ってくださって、ありがとうございました。それでは今日はこれで……」
「リーノ」
「はい。なんでしょうか」
「今度、一緒に食事をしないか?」
ドキリと心臓が跳ねる。そのまま鼓動が激しくなった。
努めて冷静に返す。
「いつでしょうか?」
「そなたの都合がいい時に」
「でしたら……」
明日以降にでも都合のいい日を答えよう。そう思ったのだが、ふとある事がよぎった。
「……あの、お話がちょっと変わるんですけれど」
「なんだ?」
「メタナイト卿たちは自炊されていますか?」
「たまに。なぜそんなことを聞く?」
「ソードナイトさんとブレイドナイトさんが大量にカップラーメンを購入するところを目撃してしまったんです。だから、気になってしまって」
「それで?」
「もしよければ、晩御飯を一緒に食べませんか?」
「……そなたと私だけではなく、か?」
「はい。ソードナイトさんとブレイドナイトさん。それからアーニャとランタンも入れて」
指折り数える私に対して、メタナイト卿は困惑しているようだった。
どうしてそうなるのだ……といった具合だ。
ご迷惑だろうか?
「迷惑ではない。……だが、我らはあまり料理が得意ではないぞ」
顔に出てしまっていたらしい。
だが、メタナイト卿の心配は無用だ。
「わたくしがご馳走したいんです。アーニャとランタンの都合を聞いてから、日時を決めてもよろしいですか?」
「場所はどうする?」
「地下の調理場を使います。あそこはいつでも空いていますから」
「わかった。決まったら教えてくれ」
「はい。それでは、また」
「うむ」
メタナイト卿に見守られつつ、私は部屋の中に入った。
デデデ城、とある地下。
ハルバードを建設中のため、その場所は地下の中でもかなり広い。
メタナイト卿は迷うことなく、部下二人がいる場所に足を進めた。
「お帰りなさい。メタナイト卿」
「ああ、今戻った」
埃にまみれたソードナイトとブレイドナイトが暗がりから現れた。
「お湯は沸かしてあります。すぐに食べられますか?」
「いただこう」
ブルーシートの上にちゃぶ台が置かれた、ちょっとした休憩スペースに向かう。
ソードナイトが近くの棚の中からカップ麺を三個取り出して、それぞれの前に置いた。
それぞれがカップ麺のビニールを破り、蓋を半分開ける。中からスープの素を取り出し、かやくの袋を破って麺の上に具を入れた。
そして湯を注ぎ込む。
蓋をして、指定の時間までそっとしておく。
この間に、メタナイトは二人の都合を聞いた。
「特に用事はありません。強いていうならばハルバードの建設でしょうか」
「私も、ブレイドナイトと同じです。ハルバードの材料で買い出す物でもありましたか?」
ハルバードの建設は順調で、村の外に買いに行く用事など、最近はほとんどない。
メタナイト卿は「そうではない」と言った。
「リーノに食事に誘われたのだ」
「なんと!?」
「食事を!?……え、我らもですか?」
「そうだ。私たち三人と、リーノたちだ」
「ということは、アーニャとランタンを含めて、六人で食事をするのですか?」
「都合が合えばな」
ソードナイトとブレイドナイトはお互いの顔を見合わせる。
とうとう主人に春が来たのか、と一瞬喜びはした。だが、中を開けてみれば、そう甘いものではないようだ。
「なぜ、そのような話になったのでしょうか?」
「……はじめは、私が食事に誘ったのだ」
「おお!」
「それは、お二人で、ですよね?」
「そうだ。だがリーノは私の言葉で、私たちの食生活が偏っていることを思い出したのだ。二人がカップ麺を大量に購入するところを見ていたらしい」
「ああ」
「なるほど。それで……」
「おそらく食生活を心配して、食事に誘ってくれたのだと思う」
「お、お優しいですね」
「そうだな。……それで、どうだ。いつでもいいんだな?」
「はい。空いております」
「俺もです」
「では、リーノにはそのように伝えよう。ああ、もう時間だな。いただくとしよう」
メタナイト卿はパキリと割り箸を割った。