朝に出かけて夕方には戻ると、陛下は仰いました。
わたくしたちメイドは夕飯を作り終えて、厨房で待機します。
今日は村人たちも船に乗せて、ホエール・ウォッチングをするようです。
アーニャが言いました。
「行きたかったですね。くじらを見に」
「そうね。この目で見られたら楽しかったでしょうね」
「たしか海にはフーム様、ブン様、カービィも行ってらっしゃるはずです。帰城されたら、お話を聞きに行きましょうか」
三人で顔を見合わせて、それが良いと言います。
わたくしたちは談笑しつつ待ちました。しかし、いくら待っても陛下たちが帰城した報せは、入ってきませんでした。
わたくしは心配になり、海まで見に行こうと立ち上がります。
ランタンが言いました。
「ダメよ。夜の海は危ないんだから、行っちゃダメ」
「せめて、城の門で待ちませんか?」
二人の説得に、わたくしは頷きました。
カンテラに火をつけて、城の門へ向かいます。
夜風が気持ちよくて、わたくしの不安を飛ばしてくれるようでした。
そこにちょうど、フーム様とブン様、カービィが帰ってきました。
「フーム様、ブン様、カービィ。おかえりなさいませ」
「ただいま、リーノ。あなたたちどうしてここにいるの?」
フーム様の疑問にアーニャとランタンが答えます。
「陛下たちを待っているんですよ」
「今日はホエール・ウォッチングに行ったんでしょう?どうだった?楽しめたのかしら」
「それがさあ……」
ブン様が教えてくださいました。
陛下たちの船は捕鯨船だったこと。くじらを兵器利用するため動いていたなど……。
そして最後に、くじらの親によって遠くに吹っ飛ばされたこと。
わたくしは目眩がしました。アーニャが肩を支えてくれます。
「ありがとう、アーニャ。……フーム様、ブン様、カービィ。ごめんなさい。謝罪させていただきますわ」
「あなたが謝ることじゃないわ」
「そうだ!悪いのはデデデだ」
「ぽーよ」
「そうだとしても、陛下は家族のように大切なお方ですから。謝るときは一緒に」
「デデデは謝ってくれないわ」
「そうなんですよね……」
あまり引き止めてもいけないので、フーム様たちとは城の門で別れました。
最後にフーム様は、ワドルドゥ隊長が陛下と閣下を探していると、教えてくださいました。そして時期に見つかるだろうとも。
メイド三人はまた、顔を見合わせて話し合います。
「陛下と閣下が帰って来られるなら、わたくし待ちたいです。二人は城の中に入ってください」
「いいの?一人で」
「はい、大丈夫です」
「では、私とランタンはお風呂の準備でも……あら」
アーニャが指を差します。そちらの方向をわたくしたちは見ました。
そこにはワドルドゥ隊長、そして十数名のワドルディ、陛下と閣下の姿が見えました。
わたくしは小走りで近くに寄りました。
「お帰りなさいませ!陛下、閣下、そして隊長、兵士のみなさん」
「おお、リーノでゲスか。もうくったびれたでゲスよ」
「すぐに食事と風呂、そんで寝るゾイ」
「かしこまりました。準備いたします。アーニャ、ランタン、急いで準備しましょう!」
「かしこまりました」
「すぐにご用意いたします」
わたくしたち三人は駆け足で城内に戻りました。
――――――
それから五日ほどは、静かな日々を過ごしました。
ある日の、メタナイト卿と過ごした夜。いつもはみんなが寝ている時間に帰られます。ですが、そのときは夜明け前までいてくださって。
すごく嬉しかったですわ。
そしてメタナイト卿のために朝食を作りました。三人分のおにぎりを握ります。今回はおかかや鮭など、スタンダードなおにぎりですわ。
朝食を渡して、別れの時間になりました。
それでももう少しだけお傍にいたくて、メタナイト卿のお部屋までおくると、わたくしは言いました。
メタナイト卿は――たぶん――微笑まれて、それを了承しました。
彼の隣を歩くと、心が踊ります。
また顔が赤くなってしまいそうです。わたくしは鼓動をはやくしました。
中庭に近い、空が見える廊下を歩きます。
外は夜が明けて、太陽が顔を出すところでした。
――わたくしが好きな景色です。
思わず立ち止まりました。
「どうした?」
「あ……すみません。外の景色が美しかったので立ち止まってしまいました」
「……たしかに。綺麗だ」
そう仰るメタナイト卿の瞳は、わたくしをうつしている気がしました。わたくしは顔を赤くします。
「――それに、何やら騒がしい」
「え?」
メタナイト卿は中庭が見える窓に近づき、手すりに飛び乗りました。手すりは幅がありますので、一人乗っても問題ありませんわ。
それでも、わたくしは心臓が飛び出るかと思いました。一歩間違えば、中庭に転落しています。
「メ、メタナイト卿……」
「見ろ」
彼の言うとおり、中庭を見ました。
中庭には何台もの車と、それに乗り込むワドルディたち、指揮をとるワドルドゥ隊長、それに陛下と閣下の姿が見えました。
「あれは……何でしょうか?」
「わからない。だが、嫌な予感はする」
その予感は当たりました。
――――――
太陽が高くのぼったころに、理解しました。
陛下はワドルディを売ったのだと、知ったのです。チャンネルDDDを見ていて、そのニュースが飛び込んできました。
わたくしは、ひどく……ひどく悲しい気持ちになりました。
陛下が人身売買なんて……そんな……。信じたくありませんでした。
食堂にて。
陛下に昼食をお出ししたときに聞きました。
「陛下……」
「なんゾイ」
「陛下はわたくしも売りますか?」
陛下は吹き出しました。
「ぶっふぅ!!」
「おわ!?汚ねぇ!」
閣下はご自身の食事を守ろうと腕を伸ばします。
そして陛下は、テーブルをバン!と叩きます。
「誰がそんなことをお前に言った!?もしや、メタ……」
「あの方ではありません。わたくし自身が考えたことですわ」
「なにい?くだらんことを申しよって!ワドルディを売ったのは沢山おるからであって……」
「わたくしが、たくさんいたら、売りますか……?」
堪えきれなくなった涙が、ボロボロと頬を落ちていきます。陛下も閣下もギョッとされました。
傍にいた、アーニャとランタンが寄り添ってくれました。
ランタンが言います。
「陛下、閣下。私たち、しばらく休暇をいただくわ。事のほとぼりが冷めるまで……ね。いいでしょ?」
「あ〜……陛下、どうします?」
「勝手にするゾイ!!」
「ありがとうございます。失礼いたします」
私たちは食堂から出ていきました。
わたくしの自室に集まり、今後について話し合います。このころには、わたくしは落ち着いていて涙も止まっていました。
3人でソファにギュッと集まって座ります。飲み物は紅茶にしました。フルーティーな香りが気分を和らげてくれます。
「さて、これからどうしますか?城だと陛下と顔を合わせたとき、気まずいですよね。リーノはどうしたいですか?」
「……ワドルディたちが城に戻る日まで、村にいたいです」
「いーんじゃない?村にいる間はどっかでアルバイトさせてもらって、生活費を稼ぎましょ」
「では、ランタンは実家に泊まるとして……リーノは私の家に来ませんか?ちょうど誰も使っていない部屋がありますし」
「アーニャ、良いのですか?迷惑ではありませんか?」
「リーノなら、大歓迎ですよ。祖父母も喜びます」
「だってさ。甘えたら?」
「そうですね……。では、アーニャ。お世話になります」
「はい。よろしくお願いします」
「決まったわね。じゃあ、紅茶を飲んだら支度しましょ。三戦士たちにも連絡しなくちゃいけないし、忙しくなるわよ」
――――――
次の日の早朝。
わたくしは初めて、旅行以外で城を出ました。
大臣一家、そして三戦士たちには事情を話しています。みなさん、落ち込んだわたくしを心配してくださいました。心配をかけてしまい、申し訳ないですわ。
ですが、ワドルディたちの問題が解決すれば、帰城します。それまで会えませんが、辛抱ですわ。
村に到着して、ランタンと別れました。アーニャと二人で歩きます。
アーニャの実家の本屋さんに到着すると、アーニャの祖父母が温かく出迎えてくれました。
「お久しぶりです。リーノです。しばらく、よろしくお願いします」
「リーノちゃん、久しぶりだね。さあ、おあがり」
「朝食、できていますよ」
「いただきます。おじいちゃん、おばあちゃん。リーノ、まずは部屋に案内しますね」
「お願いします。アーニャ」
こうして村での生活が始まりました。
昼間は本屋を手伝い、合間には食事を作ります。城で作る豪華なものではなくて、家庭的な食事を作ります。
村にいる間、会えない陛下と閣下のことが心配でした。けれど、フーム様やメタナイト卿がときどきやって来ては、陛下たちの様子を教えてくれました。
どうやら、とうとうすべてのワドルディたちを売ってしまったみたいです。
閣下は一人でも暮らしていけるでしょうけれど、陛下は難しいでしょう。
わたくしはさらに心配になりました。
予感は的中しました。
陛下はお風呂にも入れず、着替えもできず、お腹を空かせて村をさまよっていたのです。
わたくしはすぐに駆け寄ろうしましたが、メタナイト卿に止められました。
「なぜ、止めるのですか!」
「陛下は心から謝罪をしていない。それで、いいのか?」
「それは……」
陛下が心から反省されて、ワドルディたちに謝罪しなければいけないことは、わたくしだってわかっています。でも、それでも、放っておけません。
だって、家族のように大切な方だから。
メタナイト卿はなおも、わたくしを引き止めます。
「家族だからこそ、ときには厳しさも必要ではないのか?」
わたくしは何も言えませんでした。
メタナイト卿が仰ることは正しいからです。わたくしも、頭の中ではわかっています。
わたくしはもう一度、遠ざかる陛下を見ました。
「また、同じことを繰り返さないためにも……今は、耐える必要がありますね」
「そうだ。……リーノ、私が傍にいる」
わたくしは頷きました。
そしてメタナイト卿の手を強く握りました。彼も同じように握り返してくれました。
――――――
その日の夜。
夕食を食べ終わり、家の外のベンチに腰掛けて、夜空を眺めます。ぼんやりと眺めては、昼間の陛下を思い出しました。
目に、涙が浮かびます。流れるのを耐えました。だって、一番苦しいのは陛下のはずだから。自業自得だとしても、大変な思いをしていらっしゃるから。
一日でも早く、ワドルディが城に戻って来ることを願いしました。
――そういえば、夕方にワドルディたちが全員どこかに行っちゃいましたが、どうしたのでしょうか?
村人たちも慌てていましたが、どうにも集中できずにいたので、噂話など耳に入ってきませんでした。
「……うぉっほん」
「――陛下!?」
そのとき、陛下がいらっしゃいました。わたくしは慌てて立ち上がり、頭を下げます。
「……面をあげい」
「はっ」
わたくしは顔をあげて、陛下をまじまじと見つめました。
――綺麗です。昼間見た様子とは異なり、石鹸の香りまでします。お風呂に入ったのでしょうか?
陛下の後ろには閣下と、数人のワドルディがいました。
ワドルディがいる。
わたくしは嬉しくて、今度こそ泣きそうになりました。
「陛下……」
「いちいち泣くなゾイ!話もできん!」
「はい!すみません!」
ハンカチで涙を拭い、陛下を真っ直ぐ見ます。
陛下はちょっと間を置いてから話されました。
「……ワドルディたちは村人たちから返してもらった」
「はい」
「……今回の件は、スマンかったゾイ」
「はい。……陛下、ワドルディたちには……?」
「ワドルディたちには、明日謝るでゲスよ」
「そうなのですね。かしこまりました。では、わたくしからは何も言いません……。わたくしは明日帰りますね」
「うむ。ではな」
「はい。おやすみなさいませ。陛下、閣下」
「おやすみでゲス」
陛下と閣下は車に乗って城に帰りました。ワドルディたちは、その後ろを走ってついていきます。
当たり前だと思っていた、いつもの光景です。
わたくしは喜びが身に染みていくのを、感じていました。