今日も快晴で、洗濯物がよく乾く。
城の中腹に設けられた洗濯場……大きなベランダには、たくさんのシーツやタオルが風に揺られて泳いでいた。
眩しく輝く太陽を見上げると、不自然な動きをする雷雲を見つけた。
その雷雲は渦を描いている。他の雲と違って風に逆らい、この城の上空へ動いていた。そして数秒の間をあけて雷が落ち続けている。
私は怖くなった。辺りにいるワドルディたちに叫ぶ。
「雷が近づいています!急いで城の中に隠れて!」
慌てて皆と一緒に、屋根の下へ移動する。一分も経たずに洗濯場は薄暗くなった。そして近くで雷が落ちる。
ドン、という大きな音と振動が響いて、私の心臓も跳ね上がった。
たった五分程、それでも長く感じた時間の中でじっとする。その間に洗濯場は元の明るさを取り戻し、雷は遠くへ行った。
おそるおそる空の下に出て、もう雷雲が近くにいないことを確認する。
いつもの青空が広がっていた。
「今のはなんだったのかしら?」
「リーノ!」
ワドルドゥ隊長だ。息を切らして走ってきた。
「急いで、どうかされたんですか?」
「陛下が堀に落ちたのだ」
「あらまあ。それじゃあズブ濡れですね。すぐにお召し物を用意いたします。ワドルディたち、この場は任せましたよ」
「わにゃ!」
「それでは、ワドルドゥ隊長。失礼します」
「うむ。頼んだ」
陛下のお部屋に急行して、着替えを用意しておく。お風呂も沸かそうと、浴室へ入ろうとしたとき、部屋のドアが荒々しく開かれた。
こんな風にドアを開ける方は、この城に一人しかいない。
すぐに振り返って頭を下げた。
「お帰りなさいませ。陛下」
「着替えは!?」
「そちらにご用意しております。お風呂はいかがなさいますか?」
「できておるのか?」
「いいえ」
「ならいらんゾイ!」
陛下は肩を抱きながら衝立の向こうに消えた。濡れた服を脱ぎ捨てる音が聞こえる。
タオルを肌にこすりつける音、乾いた服を着る音もしている。何度もくしゃみをされているから、後で温かい飲み物を出そう。
数分で陛下は衝立から出てきた。歯をカチカチ鳴らしたまま、どこかへ出かけようとする。
「陛下、どちらへ?」
「玉座の間ゾイ!」
「かしこまりました。……温かい飲み物をご用意いたしますね」
「ココアを用意せい」
「すぐにお持ちいたします」
陛下を見送った後、調理場に走った。
水を沸騰させる間に必要な物をカートに乗せる。
「これと、これも良し!出発」
できるだけ早く、カートを押して玉座の間へと向かった。
到着すると、陛下はカスタマーサービスと話しているところだった。
ううん、入りにくい。
カスタマーサービスといえばナイトメアの腹心、というイメージだ。ナイトメアの近くにいて、カービィを見張っている。
そんな敵側の男の前に立ちたくなどなかった。姿を見せるのも嫌だ。
そう思ってドアからこっそり覗いていると、陛下とばっちり目が合った。
「何しとるか!さっさとココアを持ってくるゾイ!!」
「た、ただいま!」
私は観念して玉座の間に入った。
部屋の中央には、転送システムが起動しているから通れない。迂回して、陛下の前にカートを止める。
そして陛下の好きな割合でココアとお湯を入れたら、良くかき混ぜる。カップをトレイに乗せたら、トレイを持ちあげて陛下のお傍に寄った。
「どうぞ」
「うむ」
『陛下、そちらのメイドは?』
「リーノゾイ。リーノ、あれはカスタマーサービスゾイ」
「お初にお目にかかります。わたくしはリーノと申します。カスタマーサービス様」
『これはこれは、ご丁寧にどうも。ご紹介の通り、カスタマーサービスと申します』
ここは何も知らないメイドらしく、大人しくしていよう。
営業スマイルで返すと、向こうも営業スマイルで返してきた。悪の会社とはいえ、接客業に携わるだけのことはある。だが、値踏みする視線を隠せてはいない。
気持ち悪くて仕方がない。さっさと退散しよう。
「陛下、それではわたくしはこれで」
「うむ」
陛下から飲み干したカップを受け取り、カートを押してすぐに玉座の間を出た。
『陛下、彼女は魔獣に興味があるでしょうか?』
「リーノが?ないないないゾイ。大体あいつにそんな大金を払っておらん」
『それは残念。新規のお客様が増えると思ったのですが……ホホホホホ』
二日後。
城の廊下で、メタナイト卿に会えたので一昨日のことを話した。
カスタマーサービスと会ったけれど大した話をしていない。それでも充分に気をつけるようにと、言われる。
「わかりました。気を引き締めますわ。というか、もう会いたくないのですけれど……」
「君はいつ陛下に呼ばれるかわからない。それは、いつカスタマーサービスと会うかわからないという事だ」
「そうですわね。少し憂鬱ですわ」
「……この村の景色は、美しい。夜空でも見れば気分転換にもなるだろう」
その言葉を聞いて、ある欲望が沸き上がった。
彼からアプローチがあったから生まれたものだ。この手のものは一人じゃ育まれないし、消えたりしない。
賭けに出る。
私は困った風に首を傾げた。
「でも、夜遅くに一人では出歩けませんわ」
「……私となら、どうだ?」
賭けに勝った。
内心の喜びを抑えて、私は言う。
「ご迷惑にならなければ、お願いしてもよろしいですか?」
「かまわない」
「では、今日の夜にでも……」
「ああ。そなたの部屋の前で会おう」
青い戦士はマントを翻し、去って行った。
私もその場から離れる。角を曲がったところで、口元を抑えてふふふと笑った。
彼と、いわゆるデートができるのは嬉しい。
だが、そもそもメタナイト卿を好きかと問われると、わからなかった。まだ微妙な気持ちだ。
それでも彼といるとドキドキするし、こうしてわくわくするぐらいその時間が楽しみだ。
その日は少々浮かれながら、一日を過ごした。
掃除の途中で出くわしたフーム様とブン様にからかわれたほどだ。そんなに顔がにやけているのか。それは少し恥ずかしいと思う。手の平で頬を包み込むと、少し熱い気がした。
パタパタと右手ではたきを持ち、高い所の埃を払いつつ。もう左手でパタパタと仰ぐ。
頬を撫でる風が気持ちいい。
夕方。時計が五時を過ぎたあたりで、私の仕事は終える。
今日一緒に働いたワドルディたちと別れの挨拶をして、仕事道具を片付ける。それから帰宅して早めにお風呂の支度をする。湯船にお湯をためている間に夕ご飯だ。サッとお腹に入れてしまいたいので、カップラーメンと今日の朝に作り置きしておいたおにぎりで決まり。
おにぎりは前世からの好物だ。色んな具の組み合わせを楽しめるところや、お米の甘さが好きでたまらなかった。特に甘辛く煮たお肉系の具が好きだったりする。サケや昆布もおいしい。その両方を混ぜてもおいしい!
そういえばメタナイト卿たちは、おにぎりも好きなんだろうか?今夜のお礼に渡してみようかな。
そうと決まれば早速行動に移そう。
お風呂に入る前に炊飯器のセットをしておく。髪を乾かす時間が必要なので、お風呂の時間を早めに切り上げる。湯船につかるのは五分だけだ。それでも気持ちよくて、体中の筋肉が弛緩するのがわかる。気持ちがいい。
お風呂から出たら、全身ケアを忘れない。いつだって柔らかい艶肌を目指すのだ。
髪を乾かしている最中に炊飯器の音が鳴る。ご飯が炊けた音だ。私は髪を軽く、だけど丁寧にまとめ上げて、手にはビニール手袋をつける。炊飯器の蓋を開けた。熱そうな湯気がむわっと沸き天井に上る。
そこに細かく切ったお肉の甘辛煮と、バリバリと細かく砕いた乾燥ワカメを入れる。しゃもじでしっかり混ぜたら、手に取って三角おにぎりの形に握る。とても熱いが、ここは我慢あるのみ。プロの、お店のおにぎりなら握るんじゃなくて“形にする”だけだろう。でも私にはそれは難しい。だからしっかり握らせてもらう。
おにぎりができたらラップに包む。それを合計六個作った。
「一人二個で足りるわよね?」
まあ足りなければ、勝手におかずを作って補うだろう。
六個のおにぎりをテーブルの上に置く。それらを包むための風呂敷、紙袋を隣に用意しておく。これでお土産の準備はできた。
加えて、紅茶の準備でもしておこうか。もしかしたら飲み物が欲しくなるかもしれない。
そうして自分自身の準備を終えれば、あとはメタナイト卿を待つだけである。
九時に扉がノックされた。
「はーい。どなたでしょう」
「メタナイトだ」
「今参りますわ」
ラフなワンピースの上に薄手のケープを羽織り、軽く鏡でチェックしてから扉を開ける。青い戦士が立っていた。
「準備はいいか?」
「はい。いつでも行けますわ」
「では行こう」
扉のすぐ隣に置いておいた籠を手にとり、城の廊下に出た。
鍵をかけて、取っ手を数度回す。取っ手はガチャという音を立てて回りきらなかった。
うん、間違いなくかけたわね。
ようやくメタナイト卿の隣に並んで、二人は歩き出す。
「どちらに向かいますの?」
「城のバルコニーだ。あそこなら夜空がよく見える。そしてそなたの好きな村も見渡せる」
「そうですわね」
村が一望できるバルコニーは、城には一つしかない。そこは私の部屋から近い場所にあった。
バルコニーに到着するまでの間、今日はどんな仕事をしたのか、彼に聞いた。
「秘密だ」
「そうですか」
それ以上聞けなかった。多分ハルバード関係なのだろう。ハルバードがお披露目されるということは物語の終盤を意味する。想像すると怖くなった。
だって大好きな村が焼かれるから。動揺するなという方が無理ですわ。
「どうした?顔色が悪そうだが」
「いえ、悪夢を思い出してしまっただけですわ。すぐに落ち着きますから、大丈夫です」
「ならばいいが……」
バルコニーに入るとそこには誰もいなかった。よかった。今日のお客は私たちだけのようだ。
「よろしければ、座ってお話しませんか?」
「服が汚れてしまうぞ」
「ご心配なく」
私は籠の中からビニールシートを取り出して、床に広げた。
「ふっ、用意周到だな」
「紅茶もございますわ。どうぞお召し上がりください」
それから私たちはシートに座り、美しい夜空を見上げた。この国の夜空はいつだって輝いている。まるで宝石箱を開けて見ているようだ。
夜風の冷たさが心地いい。さらに紅茶の香りと暖かさが、この瞬間を彩っていた。
「そなたの淹れてくれた紅茶はおいしいな」
「まあ嬉しい。今日は茶葉を使ってみたんです。淹れ方はメーム様から習ったんですよ」
「大臣一家とは昔から仲が良かったな」
「はい。陛下のお城ができる前から、お世話になっておりました」
「両親は、いなかったな」
「ええ。もうずいぶん昔のことですから、顔も思い出せませんけれど。二人とも優しくて、大好きでした」
「そなたは、家族を持ちたいか?」
この方の質問は、時々心臓に悪い。
どんな意味を持って聞かれているのか、考える。けれど、それを抜きにして正直に答えた。
「いつかは持ちたいと思います。けれど今は、まだ結婚は考えられませんわ」
「なぜだ?」
「だって、まだ誰かと付き合ってすらいないんですもの。仕事だって辞めたくありません」
「そうか。そなたらしいな」
「メタナイト卿はどうなんですか?」
「私はやるべき事がある。それが終わらない限り、自身の幸せを望むことはない」
「それは、時間がかかりそうですね」
とは言ったものの、私が元いた世界で約二年、アニメでも同じ時期に季節の行事をしていたから、おそらくこの世界でもあと二年ほど。時がたてばナイトメアは倒される。
星空を見ながら、しみじみ考えた。
二年、その間私はどう変わっているだろう。隣にいる彼とは、どんな関係になっているだろうか。今より近いだろうか。それとも離れてしまっているだろうか。
ふと、隣を見ると同じように私を見ている視線と合った。
恥ずかしくなって顔を伏せてしまう。
「どうした?」
「い、いえ。なんでもありませんわ」
「その割には、顔が赤いようだな」
「!?」
頬に手を当てる。確かに顔が熱かった。ああ、恥ずかしい。
「熱ではありませんので、ご心配なく……」
「体調不良ではなければ、いいのだが」
彼の声が微笑んでいるように聞こえたのは、気のせいではないだろう。
それからは、カービィについて話した。主に私が話して、メタナイト卿が聞く側だった。大臣一家、ロロロとラララ、村の住人から聞いたカービィの様子を中心に話す。
カービィはいつも楽しそうに、毎日を過ごしていた。
日中は子供たちと遊び、夜は大人たちの世話になりつつ食事をとる。いつか見たカービィの生活そのものだ。そういえば、カービィの生活を知った陛下が腹を立てて、突撃!隣の晩御飯みたいなテレビ番組を作っていた気がする。あれ迷惑だから、回避したいな。
……いや、もう回避できているかも。一応、毎日毎食違う料理を出しているし。毎回満足そうに食べられている。多分あの回おこらないでしょう。
寒さが増してきたころ、持って来た懐中時計を見た。メタナイト卿と会ってから三十分ほど経っている。気分は充分に上向きだ。目的は果たしたと言える。けれど、もう少し彼と話していたかった。
だが、そうもいかない。
急に鼻がムズムズしてくしゃみをしてしまった。メタナイト卿はそれを見て、立ち上がる。
「そろそろ戻ろう。夏の夜風でもあたり続ければ風邪をひくぞ」
「あなたの言う通りですね。大人しく帰ります」
水筒やシートを片付けて、来た道を戻る。
話題がつきた私たちの間には、足音だけが響いていた。彼と隣り合って歩く間、気分は踊るように軽やかだった。もうナイトメア社やカスタマーサービスの影はない。
私の部屋の前に辿り着いた。
「では、また明日」
颯爽と踵を返す戦士を引き留める。
「メタナイト卿、五分だけお時間をいただけませんか?」
「かまわないが……どうしたんだ?」
「お土産がありますの」
鍵を開けて、扉をくぐり部屋の中に入る。テーブルの上にはすっかり冷めたおにぎりが六つあった。それらを手早く風呂敷で包み、紙袋の中に入れる。
紙袋を持って、再びドアをくぐった。
「こちらをどうぞ」
「……いいのか?」
「はい。三人で召し上がってください。風呂敷は後日返してくださいね」
「わかった。いつもありがとう」
「どういたしまして」
「おやすみ。リーノ」
「おやすみなさい。メタナイト卿」
私たちは挨拶を済ませて、その日の夜は別れた。
胸が優しく鳴っている。今日は心地よく眠れそうだ。
次の日、メタナイト卿は午前中に風呂敷を持って来た。
「美味しかった。肉の甘辛さが特によかった」
「ありがとうございます。具体的に褒めていただけると嬉しいですわ」
「また、作ってもらえないか?」
「いつもは無理ですけれど、たまにでしたらいいですよ」
「それでいい。そなたの料理が食べたいからな」
「そう、ですか」
そんなに素直になられては、困ってしまう。どんな返事をすればいいのか分からなくなるからだ。
私はただ、顔を赤くして俯いた。