アリアは生まれ育った(ことになっている)アルカー孤児院を出立し、電車でロンドンへと向かっていた。
姿くらましを使った方が早いのだが、アルバスに見境なく魔法を使わないようにと釘が刺されているのだ。
ちなみに、年齢が3桁であるアリアは未成年魔法使いとしての登録をせずにホグワーツに直接生徒として登録されている。おそらく魔法を使っても魔法省にどやされることはないだろう。
戸籍の問題はうまく、というかアルバスの権力で通過したアリアだったが、ロンドンへ向かう電車の中では早くも場違いさを痛感していた。
(なんだあの動きにくそうなピッチリカッチリした服は……!マグルはあんなものを着て通勤しているというのか)
引きこもり、あるいは孤児として生活してきたアリアにとって、ロンドンという都会でのマグルの行動は理解しがたいものであった。そもそも電車に乗りなれておらず、改札では大いに時間を食ってあやうくホグワーツ特急に乗り遅れるところだった。
小柄な体躯に大きな荷物を引きずり、一人でホームにいたアリアは魔法使いたちの庇護欲を大きく刺激したようで、気づけば5,6人の保護者の集団がアリアの荷物を列車に載せるのを手伝ってくれていた。
「ありがとう」
礼を言えば、彼らはにこにこと微笑んで蛙チョコやらかぼちゃパイやらをアリアに押し付けて去っていく。うっすらと気づいてはいたが、標準的な11歳より幾分か小さいこの体ではアリアは新入生の中でも頼りなげに見えるらしい。
「ママ、やっぱりあたしも行きたい……私より小さいあの子だってホグワーツに行くのよ」
乗り込もうとすると、近くの赤毛の少女にまでこう言われる始末だ。何たる屈辱。
ため息をつきながら車内の通路でトランクを引きずるが、今度はコンパートメントの空きがないという問題に直面した。ようやく最後尾の車両近くに空いているコンパートメントを見つけるが、今度は荷物がうまく席に入らない。苦戦していると、後ろから声がかかった。
「大丈夫?あの、良ければ手伝おうか」
振り返るとそこにいたのはくしゃくしゃの黒髪の眼鏡の男の子だった。
「ありがとう、頼む」
こうも人の手を借りなければならないのは先行きがどうにも不安だが、背に腹は代えられない。アリアはその少年に荷物をコンパートメントに入れてもらった。トランクは今までてこずっていたのが幻かのようにあっさりと車内に収まった。
「ここに座ってもいい?」
アリアの荷物を入れ終わると男の子はそう聞いてきた。もちろん断る理由もないので二人でコンパートメントに入る。二人分の荷物を運び入れた男の子は少し汗をかいていた。
「君も新入生なの?」
アリアの対面、向かい側の席に着いた男の子はこう声をかけてきた。
「ああ。私はアリア・アルカー。11歳だ」
「皆そうだと思うけど……僕はハリー。ハリー・ポッターだ」
遠慮がちな突っ込みの後、伺うようにこちらを見てくる。
当然その名前は知っているが、アリアは「そうか。よろしく、ポッター」とだけ返す。その反応に男の子――ハリー・ポッターはまじまじとこちらの顔を見た。
「なんだ。私の顔に何かついているか」
「えぇと……その……皆僕の名前を聞くと僕の額が気になるみたいなんだけど、君はそうじゃなさそうだから」
10代の子供などそんなものだろう。生まれて間もないのに闇の魔法使いを打ち倒した同年代の英雄。
また、ハリー・ポッターが打倒したという闇の魔法使いに辛酸を舐めさせられていた魔法使いたちにとっても、ハリー・ポッターは祭り上げたくなるような人物なのだ。ちやほやされても無理はない。
しかしアリアはそうした特別視には否定的だった。というより、アリアからしてみればそうした魔法使いたちも、ハリー・ポッターも、ヴォルデモートすらも皆すべからく魔法界の後継者である。魔法界の内部で争いが起こることは嘆かわしいと感じていた程度であった。
アリアは肩をすくめる。
「名前は知っていたが、別に君の
ともすれば嫌味に聞こえてもおかしくないような台詞だったが、変わった物言いとサバサバとした態度がハリーは気に入ったようだった。
「ハリーでいいよ」
にっこりと笑う。
「そうか。では私もアリアと呼んでくれ」
心を開いてくれた子供の純粋な眼差しはくすぐったいが、決して不快ではない。アリアは今朝方出発してきた孤児院にいた子供たちを思い浮かべた。彼らも元気にしているといいのだが。
ハリーとアリアが歓談していると、コンパートメントのドアが開き赤毛の男の子が顔を出した。
「ここ空いてる?他はどこもいっぱいなんだ」
ハリーに声をかけ、その向かいのアリアと目が会うと少し顔が赤くなった。ハリーが頷いたので、その男の子はハリーの隣に腰を下ろした。
男の子は口を開きかけたが、次の瞬間にまたコンパートメントのドアが開き、赤毛の二人の少年がハリーの隣の男の子に話しかける。
「おい、ロン。なぁ、俺たち、真ん中の車両あたりまで行くぜ……リー・ジョーダンがでっかいタランチュラを持ってるんだ」
「ハリー、自己紹介したっけ?そこの可愛いお嬢ちゃんも。僕たち、フレッドとジョージ・ウィーズリーだ。こいつは弟のロン。じゃ、また後でな」
「「バイバイ」」
ハリーとロンが同時に言った。どうやら二人も初対面のようだが、いい息の合い様である。
嵐のように二人が去ったあと、ロンは肩をすくめる。
「うるさくてごめんね。君は?ハリーの友達?」
「先程知り合ったばかりだがな。私はアリア・アルカーだ。よろしく頼む。」
「僕はロナルド・ウィーズリー。皆ロンって呼ぶよ」
ロンはそんなにアリアに興味がないように見えた。直ぐにハリーを質問攻めにし始める。話は次第に家族のこと、ヴォルデモート(ロンは頑なに「例のあの人」と言っていたが)のことに移ろっていった。アリアは話が振られないのを良いことにどこからともなく出してきた本を読み始める。同い年の少年同士の方が話は弾むだろう。
しかし、車内販売が回ってくると、流石にアリアも本を読むのをやめた。眼前の様々なお菓子に目を輝かせる。ハリーと二人で全種類を少しずつ買うのを、ロンが目を丸くして見ていた。
「お腹空いてるの?」
「ペコペコだよ」
「まぁな」
ハリーはかぼちゃパイにかぶりつき、アリアは杖型甘草飴をなめ始めた。幼いアリアが手にした飴を舐めていると、その仕草も相まって自分たちと同い年には見えない。
「これなんだい?まさか、本物の蛙じゃないよね」
ハリーはロンとお菓子を交換したりしながら食べ物に舌鼓をうっていたが、次に目をつけたのは蛙チョコレートだった。
「まさか。でも、カードを見てごらん。僕、アグリッパがないんだ」
「なんだって?」
「そうか、君、知らないよね……チョコを買うと、中にカードが入ってるんだ。ほら、みんなが集めるやつさ――有名な魔法使いとか魔女とかの写真だよ。僕、五百枚ぐらい持ってるけど、アグリッパとプトレマイオスがまだないんだ」
「初めて見たな」
飴を舐め終わったらしいアリアが口を挟むと、ロンが信じられないという顔をした。
「エーッ、アルカー知らないの?チョコ嫌い?」
「いや、そういうわけではないが……単に私が11年間マグルの孤児院で育っているからというだけだ。あと、アリアで構わない」
アリアが何気なく言うと、ロンはバツが悪そうに鼻の頭をポリポリと掻いた。
「そうだったんだ、ごめん。僕、考えなしだった……」
「いいさ」
「アリアもマグルの世界で育ったの?」
ハリーはどことなく安心したような表情である。そういえばハリーもマグルの叔母夫婦のところで育ったような話をしていたので、自分だけが魔法界について無知である訳ではないと知って嬉しいのだろう。実際はアリアは無知ではなくむしろその逆なのだが、アリアはそのことは黙っていた。
「そうだ。幸運にも、孤児院の支援者がダンブルドアと親しくてな。入学させてもらえることになった」
アリアはにやりと笑った。少し悪巧みをしているような笑い方だったが、どこかあどけなく可愛らしい笑みだ。
「ダンブルドア??」
ハリーは見惚れつつも蛙チョコレートの包みを開けてカードを取り出した。
ちょうど名前の出たアルバス・ダンブルドアのカードが出たようだ。ハリーはダンブルドアの功績を読み上げ、ダンブルドアがカードからいなくなったことに驚いたようだ。
その後も様々なお菓子に三人ではしゃいでいると、3度目のノックの音が響いた。
入ってきたのは丸顔の男の子で、泣きべそをかいている。
「ごめんね。僕のヒキガエルを見かけなかった?」
三人が首を振ると少年は泣き出した。
「いなくなっちゃった。僕から逃げてばっかりいるんだ!」 「きっと出てくるよ」
あまりにもしょげかえっている男の子に、アリアは声をかけた。
「手伝おうか?」
言いつけもあり魔法は使えないが、一人でコンパートメントを回るのは大変だろう。そう思っての申し出に男の子は目を見開いた。
「え、あの、いいの??実はもう一人、新入生の女の子も手伝ってくれてるんだ……」
「構わないさ。どうせ着替えのときには私は外に出ていなければならないから」
アリアがそういうと男の子は涙目で礼を言い、二人は連れ立ってコンパートメントを出た。
歩きながら自己紹介をする。男の子の名前はネビル・ロングボトムというようだ。
「じゃあ、私は3両目までを見てくるから」
そう言ってネビルと別れ、アリアは前の方の車両のコンパートメントを回った。
辟易したのは、前方のコンパートメントには上級生が多く、そのほとんどがアリアのことを可愛らしい新入生だと思い世話を焼いてくることだった。
「え、君新入生なのかい?アルカーって名前は聞いたことないけど……スリザリンに来たら歓迎するよ」
「絶対、ハッフルパフに来るといいわ。あなたってまるでお人形さんみたい!」
「レイブンクローに来たなら勉強の面倒はいくらでも見てあげられるよ」
「お前もグリフィンドールにならないか?見ればわかる、新入生だな?」
3両目まで回る頃にはアリアの手はお菓子で一杯になっていたし、出会った黄色いネクタイの監督生が魔法でヒキガエルを“呼び寄せ”てくれた。
通路でウロウロしていたネビルにヒキガエルを引き渡し、泣いて喜ぶ彼を尻目にアリアはコンパートメントに戻った。ハリーとロンは着替えを終えていて、列車は減速し始めているのがわかった。
ホグワーツが近づいていた。