鈴の音が響く   作:ヒイラギの砥色

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プロローグ

 チャリン、チャリンと鈴が鳴る。響き渡るその音を背景に、リードは走り続ける。

 

 「──はっ、はっ、はっ」

 

 喉が熱い。肺が痛い。空気が焼けた水銀ように感じられる。

 だが、足を止める訳にはいかなかった。バラバラの斬死体が目に入る。思わず目を背ける。

 

 チャリン、チャリンと鈴が鳴る。それは、先ほどよりも尚近くで鳴っているようであった。

 

 「はっ、はっ──なんでッ、なんでここで、アイツらがっ!」

 

 思わず口から漏れ出た愚痴は、リードの心情を正しく現していると言っても良い。これまではとんとん拍子に話が進んでいたのだ。

 

 特製の『小麦』を、教国で売り捌く。

 

 その目的は、リード達の組織の行動の一環でしかなかったが、成功すればそれなりに利益の大きい物であることは確かだった。昇進も確約されていたのだ。

 

 そして、もう少しでそれが成ると言うところで──、

 

 

 ──チャリン、チャリンと鈴が鳴った。

 

 

 「──ぁ」

 

 

 はっ、はっ──と荒いでいた息は段々と収まる。足が止まり、意識は視覚だけに集中する。

 

 目の前にいたのは、蒼色の髪をした幼気な少女であった。

 

 金色の記章が刻まれた白色の外套に、左手に持つのは閉じられた聖書。腰に付けられた白銀の鈴が、薄く鳴り続ける。

 そして、右手に持つのは、鎖に繋がれた一本の刃。

 

 「──第二級制限魔導精物《白粉》の持ち込み、そして売買準備」

 

 「……は、ははは」

 

 絶望の余り笑い声が漏れ出る。それを止めようとなど欠片も思わなかった。どうせもう終わりなのだ。何をしようと自由だろう。

 

 『鈴の音を聞いたら、死を覚悟しろ』。それは、ある種噂話のような物であった。

 

 曰く、教国の『掃除屋』が等しく付ける目印。

 

 目の前の、一目見れば『可愛らしい』としか形容出来ない少女も、その実化け物であることは明白であった。故に、噂はここに真実となり、リードの脳裏に刻み込まれる。

 

 目の前の少女が一瞬目を閉じる。次の瞬間──紅色の瞳が爛々と煌めき、リードを貫いた。

 

 「は、はははは──!!」

 

 ぐちゃり、と。肉が切り裂かれる気味の悪い音が鳴り響き、そして。

 

 リードは、その意識を暗闇へと放り出した。

 

 

 ◆◇

 

 

 少女は息を吐く。白色のそれが辺りに拡散し、血の匂いを微かに歪めた。

 そして、少女は大きく息を吸うと──言葉を吐き出した。

 

 「はぁあ……なんであーしがこんなことしなきゃならんっすか?!麻薬?!知らんっすよ!勝手に売り捌いて勝手に儲けてればいいじゃないっすか!!

 なんでコイツらはお上にバレるようにやるんっすか!だーからいつもいつもあーしの仕事が増え──」

 

 『──それ以上は御法度だ、シストル・ノイデン』

 

 ポッ、と腰に付けた鈴が淡い光を放ち仄かに世界を照らす。そこから響いた声に、シストルは面倒そうな目を向ける。

 

 「あぁ、あーしらのリーダー……メスティマ様すか。それで、そっちはどうなったんすか?」

 

 『お前にとっての悲報と単なる悲報がある。どちらから聞きたい?』

 

 「……どうせ新たな違法行為を行っている組織が見つかったとかっすよね」

 

 軽く笑うような声が鳴り、そして次いで肯定の言葉が響いた。

 

 『そうだ。次の任務は八日後、早朝に法務殿(ほうむでん)で言い渡される。ふむ、それでだが、単なる悲報は──そろそろお前の元に着くはずだぞ?』

 

 クスクスと女の笑い声が反響する。それにシストルは、小さな体躯を存分に使って反応した。

 

 「──はっ?!一体どういうことっすか?!いくらあーしでもこれ以上の加重労働はブチキレ案件っすよ?!」

 

 ドガン!と途轍もない衝撃が響き渡る。それは、シストルの下──階下から。

 ズシン、ズシンと途方も無い巨体が地面を震わす。それを認め、シストルは半笑いを始めた。

 

 「は、はは──これ、あーしの手に負える奴っすか?大丈夫っすよね?」

 

 『それについては安心しろ、お前の《詠唱》一度で消し飛ぶレベルだ』

 

 「……いや、あーしら審問官が《詠唱》使うって相当な……それこそ特一級相当の──」

 

 一瞬納得しかけたシストルだが、すぐに考えを変え口を開き始める。その最中にも地響きは大きく鳴り続け、やがてそれは姿を現した。

 

 『愚痴るな。来るぞ』

 

 「──大体あーしがわざわざ出張ってこんなこと──おぉ?!」

 

 ──バゴン、と地面が割れた。地下から巨大な手が穴の縁を掴み、ゆっくりとその体を持ち上げる。

 そしてシストルの目に入ったのは、単眼の巨人であった。

 

 「──単眼巨人(クプロス)じゃねぇーっすか!どこで仕入れたんすかこんなの!!」

 

 『知らん。だが喜べ。特異個体ではない』

 

 そして、一層激しくなった怒りを鈴の声にぶつけていると──。

 

 

 「──ギィォァァァァア!!!!」

 

 

 咆える。空気を伝う波が世界を揺らがし、反響する。並の生物なら動きを止めてしまうであろう程の絶叫の中、しかしシストルは止まらない。

 大げさな身振り手振りで、チャリンチャリンと鈴を鳴らしながら抗議を続ける。

 

 「おかしーっす!あーしだけこんな地獄に毎度毎度行かされて!!」

 

 『だがこちらも人手不足なのでな。ではソレの処理は頼んだ。またな』

 

 「あー!!逃げたっす!逃げたっす!!これは完全に職務怠慢ってやつっすよ!」

 

 そう言っても、最早問いに答える存在はこの空間には存在しない。光を失った鈴が、悲しげに鳴り響くのみである。

 シストルは悲しげに俯いた。

 

 「話を聞かない上司。それを理解してくれない同僚……こんなんだから、この職場の環境は永遠に良くならないんっすよ……」

 

 そしてゆっくりと、爛々と光る瞳を目の前の単眼巨人(クプロス)に向ける。

 ギョロギョロと大きな瞳で辺りを見渡すそれは、向けられる瞳に気が付いたようだ。ニヤリ、と獰猛な笑みをシストルに見せる。

 

 「グルルルルル……」

 

 「あーもう怒ったっす。許さないッす!この恨み、罪はないけどお前にぶつけるッすよ!!」

 

 そして、余りに巨大なそれに向かい、シストルは右手に聖書を持ち、あるページを開いた。

 それは、本来一信徒なら単なる世界創成の一説が示されたことしか認識出来ないであろうページ。だがシストルは、彼女ら審問官は違う。

 

 小さな小さなその体躯に、有り余る程の力を乗せて、怒り全てを吐き出すように、その呟きは朗々と響いた。

 

 

 「詠唱──《(あなた)は大海に溜息をついた》」

 

 

 そして、世界は白く染まった。

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