魔法の森。
魔法とは即ち、魔の法。この世の規からは脱した、殺人、強盗、不法侵入、建造物損壊、営業放棄、あらゆる外道が罷り通る異界の地。
それのみならず、此処は元来禍々しい魔力溜まりの生む瘴気に満ち充ちた、幻想郷有数の危険地帯だ。湿っぽく、生暖かく、毒々しい。生物には酷にも過ぎるその環境は人の身は勿論、妖の類さえ踏み入る事を拒む忌まわしい土地である。
身も凍る寒波を相伴し、怒涛の如く襲来する白銀が、そんな閉塞した森の空気の澱みを妖精一匹の隙間も無く塗り潰していく。場の混迷を顕にしたような枝々のさざめきが一体に共鳴する様は、けだものの咆哮にも近しいまでに。
その渦中をレティ・ホワイトロックは、道すがらすれ違う道祖やら地蔵に片端から笠を被せながら、悠然と回り歩いていた。そう___
魔法の森に、冬が来た。
「これでよし」
「ちょっと待て」
笠の下の艶めく黒髪を三つ編みにした、妙にお洒落志向の地蔵。その上から更に笠を重ねてそう溢し、事満足げに離れようとした冬の妖怪の歩を止めたのは、背面から腕を掴みがかる者の食い気味な声だった。
冬の妖怪の振り返る眼前、一杯にその地蔵のやたら良い血色した可憐な面。
「わあ、お地蔵さまが動いた!何、もしかしてもうご褒美くれるの?意外とせっかちなのね」
「いや、んなマッチポンプがあるかっての」
矢田寺成美は初対面とは言え薄々感付いていた。この常軌を逸する風雪の猛威、間違いなくこの阿呆面浮かべた妖怪の仕業である事に。
冬仕様の装備に常日頃から身を包む成美自身に大した不都合は無かったが、生命力を司る彼女、周辺域の生態系への良からぬ影響は否応にも察知出来た。故かその語気は少し荒い。
「いい?善行ってのは見返りを求めてやるものじゃないの!あのお爺さんは大事な売り物を、身を切る思いだったろうに良心から捧げたんだから」
「でもあれ売れ残りじゃん」
「揚げ足取らない!」
まるで悪びれもしない冬の妖怪、柳に説法してる心地になった地蔵は徒労感を籠らせた溜め息を吐く。さながら手の掛かる悪童を抱えた親か姉の姿。
「大体私、もう同じの被ってるんですけど。ただの押し付けじゃん、余計なお世話じゃん」
「そんなぁ、夜なべして作ったのに」
「道理で継ぎ目が粗いと思ったら一夜仕立てのお手製かこれ、尚更困るわそんなん寄越されても」
永きを過ごす妖怪というのは大体に於いて時の費やし方が贅沢である。冬の短期間でしか表立って活動できないはずのレティですらそうなのは、本人の気性なのかも分からなかったが。
「取り敢えず、早くこれ止まして頂戴よ。私今日お茶会があるのに、こんなんじゃ道中で凍え死ぬわ」
「はーい」
返事だけは良い冬の妖怪への呆れを包み隠せぬまま、地蔵は早くも二度目の嘆息を漏らしていた。
災禍にも等しい吹雪が去り、されどその爪痕は確かに、森林の大地に抉り込まれる。
全面に敷き詰めた雪の絨毯が、地蔵の一歩踏み出す毎に、ざくざくと小気味良い音を二重に返す。しかし一時に降り積もった雪は厚みは有っても密度が薄く、その度に地蔵の体は脛まで沈み込んでいた。余分な体力を使わされ、八半を刻む頃には地蔵の口から絶えず白い息が吐き出される始末。
おまけに。
「__なんでついてくるのよ!!」
「別に良いじゃない」
「良くない!」
地蔵のぴったり後ろを、しっかり足並み揃えた冬の妖怪がちゃっかり付き纏っていると来たのだから踏んだり蹴ったりである。単純に寒いのはそう、更に息を吐けば当然吸わねばならない訳で、それが氷水のように冷え切って鼻から入ってくれば、体力の消耗は殊更激しくなる。キンキンと痛む耳を掌に包みながら、かつて物言わぬ石だったとは思えぬ程顔に朱を滲ませ呼吸を荒げる地蔵は、最早病人にも近しい様相。
対する冬の妖怪の足取りは子犬のように軽快である。というのも、冬の妖怪の足元の雪は、彼女の踏み締めても潰れる事無く新雪の姿を保っているからで。
「うう、貴方だけずるくない?そういう術があるなら私にも掛けてよ」
「えー?めんどくさい。お地蔵さまが重いだけじゃないの」
「そんな訳__って、やめてよ!気にしてるんだから!」
「気にしてたんだ」
地蔵の頬が燃えるのが憤怒か、羞恥か、寒さの為か、いよいよ分からない。
とにかくその全ての根源も、地蔵の目当ての地に辿り着いてしまえばそこまで。最早それのみを頼りに、地蔵は身体に鞭入れて足を持ち上げ続ける。道中冬の妖怪の口ずさむ鼻歌に、沸き上がる恨めしさを押し込めながら。
「なあ、成子よ。家屋の最も基本的な役割が何か、知ってるか?」
「んーと、雨風を防ぐため、かしら?」
「そうだな。外的環境の変化の影響を抑えて、心身を健康に保とうとする訳だ。つまりだ、私の言いたい事が分かるか?」
「……分からない、かなーぁ」
「ああそうかい、ならそのお目出度い耳掻っ穿ってよく聞けよ」
そこまで言ってから、霧雨魔理沙は感情を募らせた一撃を机にお見舞いしつつ、もう片方でただ一点を力強く指差した。
「そいつをすぐに此所から摘まみ出せッーー!!」
その指の先にはお約束とも言うか、我関せずと言った様子の冬の妖怪が、ティーカップを片手に悠然と佇んでいる。
「美味しいわね、これ。アッサムってやつ?」
「良い紅茶を取り敢えずアッサムって言うのはやめた方が良いわよ」
「じゃあダージリン」
「だから」
「あー!それ私の分じゃないの、何勝手に飲んでるのさ!」
「招かれざる客の癖に我が物顔で振る舞いやがって、何様のつもりだ?」
「貴方も人の家の机に乱暴しないで貰えるかしら」
アリス・マーガトロイドの居宅は現在、ご覧の通り混乱を極めている。
やっとの事で門戸に転がり込んだ地蔵、中で待ち惚けしていた二人も一時はその姿の見えたのに安堵したものの、その後ろを平然と冬の妖怪が続いたのだから堪らない。
普段室内に温もりを齎すはずの暖炉も、冬の象徴を招き入れてしまっては無用の長物、冷気が瞬く間に部屋の四隅までを支配していく。当初魔法使い三人で密やかに執り行われるはずだった女子会は、冬の妖怪の横槍で台無しにされていた。
「まあそれはそれとして、あれを追い出す事に関しては概ね賛成ね。これじゃ手が悴んでお裁縫も出来ないわ」
「家庭派魔法使いは分別が早くて助かるぜ。だが二体二、況してあれ相手はちと骨が折れる」
「いや、私は連れてきたくて連れてきた訳じゃ」
「ここは都会派らしくスマートに行きましょう。スーサイドパクトで諸共に塵芥にするわ」
「野蛮すぎる!ってか、何で二人して端から力尽くの方向なの!?」
いつの間にか巻き込まれている地蔵と冬の妖怪の周りを、十を超す人形が包囲する。声を張り上げ訴える地蔵に対し、当事者であるはずの冬の妖怪はさも他人事かのような澄まし顔。
「分からんか成子。幻想郷で話の通じない奴ってのは、古来から巫女と妖怪って決まってるんだ」
「一理有るわねぇ」
「あんたが言うな!短絡な結論は徳を貶めるわ、まずは話し合いを試みましょう!ね、此処まで来たらもう帰ってくれるわよね!?」
「ところで出るのって紅茶だけ?お菓子は無いのかしら」
「あーーーほんっとにあんたはぁ!」
涙声で地蔵が叫んでも、悲しいかなこの場には話の通じない奴より他は居ないのである。そうこうしている内に人形遣いが術式を完成させ、哀れ地蔵はとばっちり食って爆発四散。
__そんな光景が現実とならん数秒前、冬の妖怪が手に持つカップを不意に戻す。
「……全く。誰も彼もみーんな冬を腫れ物扱いしてくれちゃって。でも、私だって無策じゃあないわ。これを見てまだ同じ態度が取れるかな!」
安っぽい悪役然とした表情と所作で、冬の妖怪が何処からともなく取り出したのは、何の変哲もない一杯の麻袋。しかしそれだけで、場の全員の手を止めるには十分だった。
「な、それは……」
台本の様に目を見開く白黒とは反対に、人形遣いの呆れの滲む半目が冬の妖怪を見る。
「……小麦粉って、また安直な」
「ふふ。雪みたいで冬らしいでしょう?」
「こじつけが過ぎないか?」
賛同は得られなかったものの、しかし魔法使い一同は確かにその一手に対し何ら手立てを持っていない。冬場ともなれば屋敷の窓は一つたりと開放されておらず、そんな中で冬の妖怪の思惑を知って尚踏み倒そうものなら大惨事は免れない。
「どうする。マスパなら奴が瞬きする間に撃てるぞ」
「やめてよ。家を吹き晒しにするつもり?」
魔法使い二人が内緒話をする間、冬の妖怪は麻袋を傍らに置き優雅なるティータイムを再開していた。一見憎らしい位隙まみれに思える立ち振舞いだが、しかしそこは大妖、手の一つ埋まった所で事は無かろう。
「大体、何で皆そんなに冬が嫌いなの?空気は澄んでるし、虫だって出ないのに」
「……そりゃお前、かのスキマ妖怪ですら震えて布団から顔出せなくなる季節だぞ。況してただの人間が平気な道理があるかい」
「此処にただの人間、貴方だけだけどね」
術無しと悟った魔法使い勢が取れるとすれば、融和策。即ち、冬の妖怪との雑談に形だけでも乗ってやり、可及的速やかにご満足頂いて帰らせる策である。叶うなら断固拒絶したい相席に冬の妖怪以外の全員が渋面していたが、時節とはやはり人の思う様には過ぎ行かぬのだ。
こうした紆余曲折を経て、律儀に人形遣いの持ってきたお茶菓子を囲み、魔法使い三人と部外者一人の茶会は始まる。
「……という訳で、今日の議題はズバリ、“冬っぽい魔法”で行くか」
「却下。こんな寒いのにそんな話題真っ平よ、百物語の方がまだマシだわ」
「じゃあそれにするか?」
「……やだ」
「えー、私も怪談やってみたい。とっておきが一つあるのよ」
「それで良いのか冬の妖怪」
「勿論八雲の『雪女』」
「んなこったろうと思ったよ。やめろやめろ気味が悪い」
「それかコックリさんでもしない?」
「やめろっての。オカルト研究会じゃないんだ此処は」
初っ端から覚束ない話の席の先行きを案じて、先程から言葉を発する機会を失している地蔵は煙のような白い息を吐いた。
「冬っぽい魔法、って言ってもねぇ」
「そう、具体的なイメージの湧かない諸姉が大半だろう。しかし今回はその分野の総本山とでも呼ぶべき御方がおいでなすっている」
「え、私?」
己を指差し首を傾げる事の発端に、お前以外に誰が居ると言わんばかりの視線が浴びせかけられる。仕方無く口を開いた冬の妖怪は、しかし浮かぬ顔のまま。
「そうは言われてもなぁ。魔法に造詣は無いのよね、興味も無いし」
「なら帰ってくれよ」
「やるにしても能力の応用だからね。霧で視界を奪ったりとか、そんなん」
「ちゃちぃなぁ、総本山」
頼みの綱が頼りないと見るや、集まっていた視線は次には散逸してしまう。少女の心は萎れゆく花の如し。
「というか魔理沙、何かそんな感じのやつ持ってなかった?冷たい炎みたいなさ」
「あー?ああ、あれか。つっても冬らしいとはまた別だろ、飽くまで炎な訳だし」
「そ、そうねぇ」
不自然に目を逸らす冬の妖怪を尻目に、早くも話はどん詰まりの雲行きである。しかし口を止めれば紅茶の熱りで誤魔化していた背筋の震えを知覚してしまいそうで、魔法使い達は只管それを回避しようとしていた。
「そもそも、季節らしさと魔法とを紐付けようとするのが初めから無理が有るんじゃないの。氷魔法が冬らしいとかならともかく、火や光魔法で夏らしいとはならないでしょうし。春や秋に至ってはいよいよ謎過ぎるわ」
「ふーむ、成程。とすると、実用性諸々は無視してビジュアル方面に振っていくより他は無いな。それこそ発動時に霧でも出せばそれっぽいだろ?」
「私はどうすればいいのよ」
「人形に褞袍でも着せれば?」
「嫌よ、そんな田舎臭い」
理屈の色々を置いてけぼりにして加熱する魔法使い談義に、冬の妖怪と、次いでに地蔵は弾き出された風になっている。居所無く茶菓子を乗せた盆に双方の手が同時に伸び、無言の譲り合いが始まっていた。初めの悪印象は何処へやら。
「という訳だが、生命操作の分野から言わせるとどうだ」
「え、そこで私に振るの?……んー、雪だるまを動かすとかなら冬っぽいし楽しいだろうけど、熱に弱いから素材としてはあんまりだし……魔理沙の言う通り実用性はそっちのけになっちゃうわよねー」
「ううむ、だよなぁ」
三人寄れば文殊の知恵とは言うが、その智にも限界が有るのか、はたまた余計な一名が混じっているせいか、やはり議論の進行は芳しくなく、唸る擬音が輪唱されるばかりである。
「そもそも冬は生き物が少なくて、生命力の強くない季節だから。私の魔法とは根本から相性が良くないのよねぇ」
「……あー、成程。そういう事だな、合点が行った」
地蔵の何の気無い台詞を如何様な手掛かりにしたか、白黒が唐突に指を鳴らし一人で勝手に首肯する。些か脈絡の無い反応に地蔵は勿論、他二人も疑問符を浮かべたまま白黒を見た。
「冬が嫌われる理由だよ。やはり冬には、華が無い。魔法映えもしない訳だ」
一人の魔法使いとしての姿勢の表出とも言える台詞を、その視線の交点で白黒は知った顔で吐き捨てた。
「どういうことさ、それ」
暗にでもなく蔑まれ面白くないのは、当然冬の妖怪。その問いを待ち受けたように、間髪入れず白黒は語り出す。
「そのまんまだよ。春に桜、夏の向日葵に、秋には紅葉。どの季節にも形は変われど華が有って、そしてそれは常より人の心の拠り所だった。だが冬はどうだ?花は萎れ、獣は眠りに就き、人形は褞袍なんぞ着て、ただただ物淋しいだけ。そんな冬に人が拠り所にしたものと言えば、大抵が冬の厳しさを忘れさせてくれるものばかりなのが現実だ。人、いや遍く生物にとって、冬は退屈、恐怖の象徴。言うなれば永遠の敵なんだよ」
「だから着せないってば」
突っ掛かる人形遣いを他所に、何故だかしたり顔で冬の妖怪に向けて人差し指を突き立てる白黒。長台詞に乗せたその指先に、しかし相当の手応えは無い。冬の妖怪は表情の端も変えぬまままた一口茶を傾けてから、遅れて平坦な声色で返す。
「ふーん。貴女にしちゃ、つまんない煽り文句ね」
「……だが、事実だろう」
憤るでも萎むでも無く逆に嘲られては、白黒とて愉快ではない。返す刀は速かったが、それすら冬の妖怪は淡々と切って捨てる。
「いいや、違うわ。第一の前提から違う。……冬にも、華は有るわ」
「はっ」
その反論を、白黒は一笑に付してやるが精々と受け取った。
「そりゃ、探せばしょぼいのはあるだろうさ。でもそれは、生存競争を勝ち抜く上での苦肉の策であって___」
「そんな小ぢんまりした話はしてないわ。私が言ってるのは、誰しもの心を惹き付けて離さない、気高き大輪の華よ」
「はぁ……?」
呆れも包摂した反応の後、それが転じて興味へと移ったのか。白黒が続きを促す様に黙り込み、話の主導権は冬の妖怪へと渡る。回り諄い言葉の応酬に地蔵等はうんざりした面持ちであったが、切られた口の堰は今更塞ぎようも無い。
「…………そう。確かに冬は、有情非情にとって畏れの対象かも知れないわ。だからきっと、私は此処に居る。そしてそれ故に、かの華の輝きは、誰もが手を伸ばして止まないもの。
知ってる?御天道様がこの大地に一番お近付きになるのは、他でもない冬なのよ。自然の中で一番陽の光が煌めくのも、雪の白。初日の出なんか皆、寒さも厭わず挙って拝みに行くじゃない…………。
__それが冬の華。辛いからこそ、苦しいからこそ、それは心の奥底で開く。芽吹きの季節への希望を照らす、決して枯れる事を知らない華よ」
自らが鼻摘み者である事を容れてでも、彼女は冬が地味と評されるのを是としなかった。
それはレティ・ホワイトロックの個の意思か、冬の寒気を司る妖怪としての在り方か、はたまた“冬という季節”そのものの矜持の代弁であったのか。
「……成程な、日光が冬の華か。少々妙にも聞こえるが、頷けない事も無い。灯台下暗し、否、眩しすぎるからこそ見えないものか」
呆気に取られたような沈黙を、何やら歯切れ悪い口振りのまま強引に掻き消した白黒はそこで、幻想郷の万人に見せて胡散臭いとの言以外下らぬだろう笑みを浮かべた。
「そしてそういう事なら、丁度良い魔法が有るのを思い出した。今からでも御披露目出来るぞ、どうだ?」
「え?そんなのが有るの?」
水上を知り得ぬ魚よろしく食い付いた冬の妖怪に対し、人形遣いは一早く白黒の為さんが事を悟ったらしい。乙女らしく平静だけは繕いつつも、やや前のめりに口を挟む。
「やるなら外でやってよね、分かってるでしょうけど」
「言われんでもそのつもりさ、どうせここじゃ使えんしな」
性急さには定評の有る白黒、人形遣いの忠告も終わらぬ内に戸に手を掛けて、ふと、一度そこで振り返る。
「成子も来るか?退屈はさせんぜ」
「私もパスー。外寒いし」
「連れないなぁ、まあ良いや。じゃ、お前は来いよ」
「ちょっと待って、お茶がまだ」
「んなんは後で良いだろ、早く行くぞ。冬の日は短いんだから」
「短いのは貴方の気じゃないの」
人形遣いの差した水にも一切構わず、白黒は冬の妖怪を引き摺るように外へと繰り出して行く。その後ろ背の底無しのバイタリティには、人を外れた者達も嘆息しか出来なかった。
冒頭の地蔵と冬の妖怪との茶番から数刻明けて、森はすっかりとその貌を変えていた。
見える限りの白雪はそのままだが、そこに宿すのは既に凄惨な冬嵐の記憶ではない。大海原の水面すら見窄らしい程陽光を浴びたそれに埋め尽くされる大地は、正しく銀に染まった世界。雲一つとも逃げ果せた晴天の下、通り過ぎる一陣の風は、冷たくも清々しい冬の薫りを運んでくる。
冬の妖怪の謳った華は、今確かに、屋敷の屋根上から白黒達の望む先に在った。
「此処で良いだろ。木も少ないしな」
近場どころか真上に連れて来られた冬の妖怪、その頭の隅にも家屋が巻き添えになる一端の可能性が過ったが、どうせそれで締められるのは目の前の白黒だと捨て置いた。そんな事よりと、性懲りも無く勿体振り芸をかましそうな彼女をさっさと本題へと促す。
「で、結局何なの?冬らしい魔法って」
「なーに、魔法に疎いあんさんでも一番分かり易いやつだよ。スペカだ」
「へぇ………………?」
あっけらかんとした拍子の白黒に釣られてさらりと納得しかけた冬の妖怪が、漸く思考に引っ掛かる。
スペカ。スペルカード。無法の蔓延るこの楽園に定められた掟に於いて、決闘の手段と解されるもの。
「太陽が冬の華。それならば、私自身が太陽を演ずるこの魔法こそが、何よりも“冬っぽい”。そうだろ?」
「え、いや。ちょ、何言ってんだこいつ」
とっ散らかる冬の妖怪の理解を態々顧みるなら、それは霧雨魔理沙ではない。虚空から飛来した八つの球体が、気付けば四方を周回し取り囲んでいた。描く円の中心で浮遊する魔法使いの背に、燃え盛る炎に似た何かを幻視する。例えるとするなら、天上の彼方にて猛り立つ紅、プロミネンス。
「天儀『オーレリーズソーラーシステム』」
断末魔が、冴え渡る空気の向こうへ反響した。
寒いです、生きてます
年内には上げたかったんですが無理でした。このまま一年置きに出没する幻の存在になりそうで怖い
成美出したさが大半で書き始めたはずが何故か後半は白黒が掻っ攫ってしまいました、許せませんね