ふゆがきた。   作:特遅やくも

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三途の川に、

ふと何の気無しの違和感が掠めて、小野塚小町はぼんやりとその瞼を持ち上げた。

 

「んー……?」

 

意識の底から真っ先に浮かんだ感想は、寒い。肌に牙を立てる様にも錯覚する鋭利な冷気が、神経を伝って身体の芯深くに浸透する。先ず以て尋常な状態ではない、夢心地を押して考え得る訳合を探る。

まさかこの身に憑こうと画策する悪霊が在ったんでは有るまいが、しかし日課のシエスタを或いは隙と踏まれた可能性は無きにしも非ず。仮にそうなら随分と舐め腐られたもの、流石に身振りを省みるべきかという志が片隅位には覗いたが、その様に降ってきた改心の切っ掛けは程無くさらりと死神の手の間から零れ落ちた。これはそうした不思議な感触ではない、もっと単純、物理的で破壊的な低気温。

内に異状が無いのなら、外だろう。億劫ながらによいしょと舟板から背を剥がして、二度違和感。重心を移しても舟が其方に沈まない。普段昼寝に興じる際は舟を川に浮かべたまま岸に着けて固定し、川面の波打ちをして揺り籠宛ら一睡に耽るのだが、そう、そもそも惰眠を阻害された直接の理由はあの快い揺らめきがとんと消え失せていたからだ。いよいよ何事なのかと、面を上げては周囲を見回そうとして。

 

それすら要せず、原因は発見された。

正確には、否応無しに視界に捩じ込まれた。

 

 

三途の川が、凍っていた。

 

 

「…………なんだこりゃ」

 

去来した感情の大渦を、その一言で強引に括る。

 

「ちべてっ」

 

さては未だ夢の中。そう思って身を乗り出し伸ばした指先に、無情な冷感が突き刺さった。それでも尚事態を飲み込めず、現実の把握か逃避か分からぬままに霧中の川を呆然と眺める。凍え切った空気の中、白煙は一層色を濃くする様に思え。

 

そんな白の帳の向こうから、音が響く。

 

「__しっかり掴まってくりゃんせ、旦那ァ!渡しの矜持に賭けて必ずや彼岸まで送り届け、何?掴まる手がとうに無いって?したら魂の重みの次第でさぁなァ!どおぉりゃあああぁぁっ!!」

 

窺うと見知り顔の同僚が、氷面に舟底をぎゃりぎゃり擦らせながら艪を一心不乱に打ち付けている。仕事熱心は良いが彼処まで行くと狂気の所業、ああはなりたくないもんだと死神は鼻を鳴らした。しかし驚くのはあれだけぶっ叩かれて亀裂一つ入らない氷、試しに鎌を取り立てて先を落としてみてもまるで手応えが無い。張りぼてとは言え重量はそこそこに有るのだが。

 

「…………」

 

さて、どうしたものか。

現状への解答に取っ掛かりさえ無く、だがそれだけに死神の判断は存外早かった。これまでの大事、第一に是非曲直庁が手を拱くままで居るはずは無い。直に自分の元にもお達しが下り、それに従う限りでの間違いは無いだろう。一介の船頭が手探りで動いた所で好転の目も薄い。即ち、今すべきは様子見だ。

 

そう結論付けて間も無く、死神は再び舟に身を委せ、安らかに寝息を立て始めた。

 

 

 

三途の川に、冬が来た。

 

 

 

ふとまたしても気配に擽られ、死神は気怠げにその眼を割り開いた。

 

「…………ぁん?」

「あ、起きた」

 

果たして、其処には初見の顔。興味津々と覗き込む二対の水晶玉に死神の間抜け面が写り込む。

 

「最近の土左衛門は舟の上で死ぬのかと思ったわ」

「……んな器用にくたばる土左衛門があるかい」

「あれでしょ、中毒死」

「酒と舟にゃ溺れねえさ」

 

適当な受け答えを眠気醒ましに死神が頭を掻きつつ起き上がれば、脇の少女__冬の妖怪は大袈裟におぉ、等と漏らす。

 

「……で、こいつはお前さんの仕業だな」

「ふふん、どんなもんよ」

 

四方の有様が先のままなのを見てから、半ば確信半ばはったりで投げた問いはあっさりと、何故か誇らしげに肯定される。これで憤る程器量の狭い死神ではないが、まあ心持ちは芳しくない。

 

「何だってこんな大層な」

「川が有ったら凍らせたい、それが人の性じゃない?」

「はー、妖怪様の言うこたてんで分からん」

 

この短時間の内に、死神は眼前の存在がまともに取り合うべきタマではないのを理解した。万様の死者を相手取ってきたその鎌柄は伊達ではない。

 

「ところで貴女、舟で鎌って事は、やっぱり此処は三途の川ね?」

「ご明察」

「それを凍らせたとすればつまり、私への畏れは死後の世界にまで広まるって訳ね。やったぁ」

「冥土の土産話には困らんだろうね、そりゃ」

「あ。もしかして貴女、あの噂の仕事しない死神?」

「……見ず知らずの御仁の耳にまで入るとなると、あたいも有名になり過ぎたねぇ」

「転寝の妖怪にでも鞍替えしたら?」

「考えとくとするよ」

 

無為な雑談を続けていた両名だが、不意に死神の方の語調が真面目腐った色に染まるのはそれからだった。

 

「……しかしあんた、こいつはちょいと火遊びだったな」

「?雪遊びなら付き合うけど」

「やり過ぎだってんだ」

 

その変身に着いて行く素振りも無く呆けている冬の妖怪に対して、死神は座したまま片膝を立て滔々と連ねる。

 

「あたいら水先案内は死人の魂を彼岸まで渡すのが仕事だが、誰彼構わずって訳でも無い、掟をなぞってやってる事だ。これじゃ向こう岸までフリーパスじゃないか」

「ぱす・あうぇいなだけに」

「お黙りよ。……そもそも三途の河ってのは、ただ漫然と渡るんじゃあないんだ。舟に揺られている間は、己の生前の行いに向き直る文字通り最期の猶予さ。それを滑って一直線と来ちゃ、風情ってもんが無いだろう」

「……あれ、珍しくお仕事モード?」

「そんな様なとこだ」

 

うげ、と明け透けに顰め面する冬の妖怪を差し置き、もう一つと死神。

 

「後はま、単純にこれさな。此方も仕事なんだ、客が来なきゃかちんこちんになっちまう」

「死神ってのも俗なのねえ……」

「死後の世界も世知辛くてね。という事だから、好い加減に纏めるのが長生きのコツとでも言っとくよ」

 

親指と人差し指で象られた円に冬の妖怪の半目が飛んだが、死神は何処吹く風と払い除ける。とは言え死神の言う事に理を外した節は無い様に聞こえるが、冬の妖怪の方は唇窄めたりでどうも得心していない。

 

「……そうは言ってもさー。仕事って言うんなら、此方だって暮らしの種にやってる訳だし」

「人の迷惑を考えろ、ってのは無茶なんだろうかね」

「迷惑なんか気にしちゃ負けよ」

「随分な商売だなあ。転寝してる方が余程利口だ」

「冬眠じゃお腹は膨れないの」

「じゃあんたを道連れになるかな、冬眠の妖怪」

「今の職が気に入ってるから」

「あたいもさ」

 

全くやっつけ仕事の二人、話を放れば忽ち脱線してしまう。切り上げて続いた冬の妖怪の理屈は以下の様。

 

「それに、別に死んで霊になったって感覚が消える訳じゃないでしょ?なら氷の上なんかちべたくって連中渡れやしないわよ、精々八寒地獄の慣らしね」

「いや、んん?それはまあ、そうなのかな?」

「……ほら。もし今日限りでも目を瞑ってくれたら、私も貴女のサボりは見なかった事にしたげる。何なら口裏合わせてあげてもいいわ、貴女は今回の件に際し一心に懸命に身を砕いて対処したけど力及ばずでした、とか何とかで」

「ふーむ……」

 

死神が僅かばかりでも気勢を淀ませたのを、冬の妖怪は此処ぞとばかりに突っつく。尤も並べているのはその場凌ぎの舌先三寸、何せ死神の十八番でもあるそれでそう言い包められるはずも無い。しかし怠惰が人の形を取っているとでも言うべき彼女、その屁理屈に逐一返してやるだけの苦労さえ煩わしかった。

何より、やれ彼此の送り人だ魂の導き手だご立派な肩書きが付いても詰まればこの楽園の一員、此度の始末すら一時の祭り騒ぎなら別に構わない心なのだ。業務の遅滞の一日たりと許さぬ性質であったなら、サボタージュの泰斗では通らない。

 

「よし乗った、仰せのまま一日ぽっきり見過ごしてやろう」

「さっすが、死神様は話が分かるぅ」

「はっはは、煽てるない」

 

嗚呼、死に往く霊魂達が呪うべき不運は、一番に冬の妖怪との邂逅を果たしたのがこの赤毛の死神であった事。特に平時なら渡し賃を規定分確と握り恙無く舟旅に漕ぎ出すはずだった善良の魂からすれば堪ったものではない。先のワーカホリックの類を縦しんば捕まえたとて待つのは己の末路を六文に賭けての大滑走。生きた内の度胸試しならいざ知らず、死んでは削れる寿命も無い。

 

「あー、話してたら小腹空いちゃった。川魚食べたいわ、川魚」

「こんだけ仕出かしてまだ空く腹があるか暴食妖怪」

「妖怪としての食事は別腹よ、別腹」

「そんなもんかい___?」

 

そうした取り留めの無いやり取りの中で一つ、死神に引っ掛かる所が有った。

 

 

そう言えば、あの酔狂者は如何にしたかな。

 

 

 

かつ、かつと。

 

死神が足を一つ出す度、水中も見通せぬ程に白濁した氷と下駄が打ち合い拍子木の如くに鳴る。その後方を足音も無く不気味に着いて行くのが冬の妖怪、場所が場所だけに死神の背後霊にも思われそうだ。

 

「で、これ何処に向かってるの?」

「何処ってかま、誰かにさな」

 

冬の妖怪の疑問は答えられた見掛けでろくすっぽ解消もせず、死神は尚霧の深みへ歩みを止めない。三歩先も覚束無い道すがらで自分の背を追う冬の妖怪の目線に不服が混ざるのを感じた死神は、端からそうすれば良いのにやっと思惑を語り出す。

 

「居るんだよ、こんな河で魚何ぞを獲ってそれを売り捌いてる、風変わりな…………噂をすればだ。おうい女房」

「あっ、死神?!」

 

そうして死神が目を留めたのは、天を捩る双角、同じく紅の瞳、閻魔の笏に脳天引っ叩かれでもしたかその髪と牛の耳。氷結した川のまん真ん中でもの悲しげに座り込んでいた牛崎潤美は死神に気付くなり、握っていたらしい棒切れを放り棄てて其方へと駆けてきた。彼女の居た付近の氷には人の頭大の穴が穿たれており、覗く流水に糸が棒切れから伸び垂れている。

 

「わかさぎでも釣るなら此処より誂え向きが有るんじゃないかい」

「惚けてるんでない、こいつはどう考えてもお前絡みのヤマだろ。こんな所で呑気に油売りよってからに」

「いんにゃ、然しものあたいも今回ばかりはまっさらよ。鎌に誓っていいぜ」

「何が然しものだい、信じられるか」

「信用てのは吹かれたっきりなのかなぁ」

「取り戻す精進もせん癖に」

「手厳しいや」

 

暖簾相応に風戦ぐ死神を揺すってもしかし本当に何も出ないらしいと観念した牛鬼は、はあと一息肩を落とす。

 

「全く、お陰様でこちとら商売上がったりだ。幸い底まで凍っては無い様だけど」

「そぃや女房、その穴ぼこはどんな都合で抉じ開けたんだ。生易しい仕事じゃあ無かろう」

「そりゃあもう」

 

死神が指差せば、牛鬼が馴染んだ手付きで抱き上げるは石の赤子。

 

「これをしこたま重くして、どかんと」

 

冬の妖怪が話の帳外で震え上がった。

 

「罅さえ入っちまえば、後は腕尽くじゃな」

「ひえー、おっかね。因みにだ、例えば今この場に下手人が突っ立ってるとなったらどうしたかい」

 

冬の妖怪が凄惨な形相を死神に向けた。

 

「そりゃあもう、そいつのど頭をどかんと…………ところで、そこの知らん顔は」

「ええええ、いや、私はそのぉ」

 

これ以上、またはこれ以下も無い合間に声掛けされ、冬の妖怪は両手を忙しなく振り態度も繕えない。こうも明白に挙動不審では牛鬼の眦も尖ろうというもの。

 

「露骨に怪しいな、今までちっとも喋らんし」

「そいつについちゃ無用、あたいのツレだ」

「ほんとかぁ?」

「ほんとほんと。やっこさんどうも口が悴んでやんのさ」

 

意地の悪いにやつきを寄越してくる死神を、しかし命より惜しい物も無い冬の妖怪は恨めしげに睨むだけ。牛鬼は未だ釈然とはしない様子ながらそれよりの詮索もせず、再び死神の方に吹っ掛ける。

 

「で、結局お前はそのよく分からんのを曳いて何してんだい。閻魔から手間を頂戴しとんのじゃないのか」

「上からは梨の礫。いや、あたいは女房がこの沙汰で食いっぱぐれてんじゃないかと心配でね。ちょいと一つ助け舟でもと」

「それを思うんならまずはこの解決だろう、サボりの言い訳作りに付き合う程持て余しては無いぞ」

「そう言うなよ、ほら、この子も是非にって」

「えっ」

「何の義理が有ってだい、本当にこいつは」

 

口の減らぬばかりの死神に蟀谷の痛み出す牛鬼だったが、少し置いて突如冬の妖怪が深々一礼したかと思えば、何やら片言で述べ立て始めた。

 

「イエ、イッシンニケンメイニミヲクダイテオテツダイサセテイタダキマス」

「だとさ」

「ん、むむ?何だか可笑しな奴だな、お前の連れともなると」

「てやんでぇ」

 

 

 

そんな経緯で出来上がったのが、女三人が凍てつく川の上を囲んで釣りに洒落込むという妙ちきな風景。

冬の妖怪は牛鬼の使い合わせと同じ作りの襤褸竿を貸し出された一方、死神はと言えば他より大きめに作らせた穴に誓いまで立てたはずの鎌の頭を突っ込んでいる。まるで不可解な奇行らしかったが。

 

「__ほいっと、一丁上がりぃ」

「わ、すごーい」

 

その死神が本職の牛鬼にすら先んじて、鎌刃の元に引っ掛ける形でざぷんと一匹を引き揚げた。並大抵に写らぬ芸当に冬の妖怪も竿を掴んだまま素直な拍手を送ったものの、もう一人の牛鬼の評は辛い。

 

「乗せられるなよ、まるっと如何様だろうが」

「え?」

「ちぇ、バレてら」

 

呆れ腐る牛鬼の流し目に刺され死神が舌を出す。すると魚は鎌とを互いに引き合わせていた磁力が消え失せたかの様にそこから滑り落ち、氷上をぺちぺちと元気にのた打ち回った。その能力で以て自分の堀に限って特異な河流を作り出し、それに捕まった獲物がぶつかり次第今度は幾ら身をくねらせても鎌から間を取れぬ様細工するという、実を晒せば何の妙味も無い手品だった。

 

「ところでお前さん、そりゃアタリじゃないかい」

「ん?……わわ」

 

ただ死神の特能を知らぬのでいまいち仕組みが分からず首を捻っていた冬の妖怪、言われて初めて自らの竿が引いているのに思い至る。

 

「ぐ、お、びくりともしない。大物だわ!」

「……あー、多分水草か何か巻き込んだな」

「えー!?」

 

雪白の肌が上気するまで歯を食い縛っていた冬の妖怪に、牛鬼から非情な現実が伝えられた。死神がそれをけらけらよく笑うもので、帰結として冬の妖怪の臍は急直角する。

 

「……大体此処、本当に魚なんか獲れる訳?貴女も漁師なんて言う割に全然じゃない」

 

その苛立ちは川の生態系へと転嫁され、対して牛鬼は鷹揚でとうしろの過ぎた言い草に腹を立てるでもない。

 

「ふーむ、こりゃ水温が狂い過ぎて大方おっ死んじゃったかも分からんね。まあ何分私も普段から竿釣りはやらないからなぁ」

「まさか素潜り?まじすか」

「うん。流石に目下の川に飛び込むとなると及び腰だが、しかしこのままじゃ早々に首も回らんくなるな。今の稼ぎも良かったけど、こうなりゃ最悪元鞘かもね」

「よしとけ女房。地獄も恐れる鬼巫女以下が黙っちゃないし、第一このざまじゃ赤ん坊背負わせたってなかなか沈みもしないぞ」

「本当だ。どん詰まりじゃないか、参ったな」

 

絵面の長閑さに似合わぬまで牛鬼が浮かない面持ちをし始めて、それでも話を風の向くままと渡してしまうのが死神だった。

 

「まあ気は揉み過ぎん事だよ、どうせ明日にゃ綺麗さっぱりさ。なあ妖怪?」

「ソウネ、ワタシモソノトオリダトオモウワー」

「何なんだあんたさっきから。……そんなお気楽で居て良いもんかね」

「良いじゃないか、冬くらいお気楽で居なくてどうするんだい」

「はあ?」

 

何かしら埒外のものでも過ったように牛鬼が目を剥くが、死神は顧みない。

 

「違うまい?元々冬ってのは日の入も早いし稲だって作れない、どうしたって家で温々してなきゃいけなかった。冬は休むもの。それが常道ってもんだった」

「望みもしないのに一回休みというのも、酷なもんと思うがな」

「そんな事も、まあ有るかな?でも実際四半年でも無理繰り身を落ち着けて、人は却って彼方此方に目を向けられた。雪の間の御手隙から生まれて、今まで残る賜物だって山積みに有る。で無くともこう言う団欒の折が増えるのはそう悪いもんじゃ無いだろ」

「団欒ねえ」

 

二人の会話の横から、冬の妖怪が気持ち俯き加減で割って入る。

 

「……皆言うわ。冬は冷たい厳しい、それから只管目を背ける事で、人は安寧を得てきた」

「そうはあたいは思わんね」

「え?」

 

りんと音の鳴る様なその赤毛の死神を、冬の妖怪は見上げた。

 

「人は無論、獣も虫も土くれだって、一年中ぴんと糸張ってとか言うのは土台無茶だ。それがだらりと弛んだり眠ったりを許してくれる分、冬なんてのは余程有情だよ。何なら冬が冷たいのはきっと、生きとし生けるものを分け隔てせず温めてくだすってるからだとさえ思う。そうした御恩が有ってまたあたいらは、移ろう春を諸手を挙げて迎えられる道理なのさ。だから冬こそあたいらはその懐の(ぬく)さに有難ーく甘えて、のんびりしなきゃ罰当たりってなもんだよなあ」

 

岩礁の舞台に腰掛け脚を擲つ、そんな虚像を印させながら、唱い上げるはせせらぎの如くに。

 

一通りを聞かされてやがて、ひどく感じ入った調子で牛鬼が声を発した。

 

「…………すごいな。宣う口が口というだけで、ここまで言葉は薄っぺらくなるのか」

「きゃん、殺生だ」

 

初めて痛手を喰った風に死神ががくりと格好を崩して、冬の妖怪は何か胸の空いた様なそうでもない様な心地がする。

 

「しかも無縁塚の鼠が言うにはだが、今時の外の世界の商人は霜月の暮れからもう忙しない盛りで、そこから立春辺りまで息吐く暇も無いらしいぞ。寧ろこの所じゃ夏の方が暑過ぎて誰彼働く気も起こさないって話だ」

「あれ、そうだっけ?じゃやっぱさっきのはナシか」

「川流れが早過ぎよ!!」

 

しかして紙ぺらも斯くやに翻る死神を、流石に声荒く非難しないでは居られなかった。

 

「大体そんなの人間が自分らで勝手に齷齪してるだけだし、夏のやり方に至っては情も何も殺意しか有りゃしないじゃない!」

「こいつはあれだな、妖怪先生が夏真っ盛りの向こうに足労して腕節奮ってやりゃあ、皆して崇め奉る事請け合いよ」

「な、ぐ。……半年か、ええそうね、半年持たせるだけよ。大した辛抱でも無いわ……!」

「……何の話か聞いても」

「おっといけない」

「じゃ私はこの辺で!さようならー!!」

「待ちやがれ、どかんと喰らわすぞコラー!」

 

 

後に死神(とついでに冬の妖怪)が、閻魔にこってりと絞られたのは言うまでも無い。




遂に冬一ですら無くなりました。というか去年何してた?
遅れ馳せながら明けましておめでとうございます。今年はせめて彼方に渡して貰える程度には徳を積んどきたい所存です、所存です

そんな訳で三途の川回、こまっちゃんがお喋りなので台詞だらけ。尚胸回等と申した方には漏れなく閻魔様から有難いお話があるそうです
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