仮面ライダーテテュス   作:黒井福

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どうも、黒井です。

多くは語りません。ただ裁きの時が来たとだけ。


第16話:ペナルティ、紐解かれ始めた記憶

 瑠璃が倒れた以外は特に異常もなく、カジノ・ヘブンズゲートは通常営業を続けていた。

 

 そのヘブンズゲートに2人の男が新たに来店した。気付いた従業員が素早く近付き対応する。

 

「ようこそ、いらっしゃいまし……いっ!?」

 

 マニュアル通り、丁寧に接客しようとした従業員だったがその表情は直ぐに凍り付いた。

 何しろ来店してきた客の姿は、1人が筋骨隆々の体をスーツに無理やり包んでいる眼帯の男に、高身長でこちらも筋肉でスーツがはち切れそうになっている男だったのだから。

 

 特に従業員や他の客が目を奪われたのは眼帯の男の人相だ。この店のオーナーも十分悪い人相をしているが、眼帯の男の人相はそれに輪をかけて悪い。あの厳つい顔に睨まれでもしたら、それこそ恐怖で立ち竦んでしまいそうだ。

 

「んん? 何見てんだ兄ちゃん?」

 

 などと考えているとそれを感じ取られたのか、眼帯の男に凄まれてしまった。厳つい顔に睨まれ、従業員は思わず悲鳴を上げてしまった。

 

「ヒッ!? い、いえ!? どうぞ、心行くまでお楽しみください!?」

「ありがとよ」

 

 悲鳴を上げながらも表面上は2人の客を歓迎し、高身長の男は軽く答えて眼帯の男と共に店の中へ入っていく。

 

 入っていった男2人……フランシスとエドは、周囲から奇異の視線を受けながらも気にすることなく進む。

 エドは周囲を警戒しながら店内を進むが、フランシスは違った。彼はこういう店に入るのが初めてと言う様子を隠しもせず、煌びやかな店内や様々なゲームに目を奪われていた。

 

「おぉ~! これがカジノって奴か! おいエド、あれとか面白そうだぞ!」

「兄貴、止めろっての。ただでさえ俺達は目立つんだぞ」

「でも、目立つのが俺達の仕事だろ?」

「いやそりゃそうだけど……」

 

 彼らがここに来たのは勿論ただ遊びに来た訳ではない。彼らがここに来たのは、店側の注意を引く為なのだ。店の中で派手に動き、裏から店内に入るネイト・バーツ・海羽の支援の為だ。裏から店に入り、オーナーである弦二の不正の証拠などを集め瑠璃を解放するのが目的だった。

 

 しかし肝心の囮役の片方であるフランシスはそれをどこまで理解しているのかと言う有様だった。エドが手綱を握らなければ、あっちへフラフラこっちへフラフラしてしまいそうである。

 

 子供の様なその姿に、エドも堪らず頭を抱えた。

 

「兄貴、勝手に動くな」

「エド、これやろう。このスロット!」

「止めろっての。兄貴ギャンブルとかやった事ないんだから」

「大丈夫だ、やった事ないなら俺にはビギナーズラックがある!」

「そいつは次の機会にとっておけ。今日は俺に全部任せろ」

「え~?」

 

 心底不満そうな顔をするフランシスを半ば無視し、エドは注意深く店内を見渡した。探しているのはここで働いている筈の瑠璃だ。ここで瑠璃と接触できれば、この後が動きやすくなる。

 だが生憎と彼らが来る前に瑠璃は店の奥へ引っ込んでいってしまっており、今この場には居ない。それを察したエドは小さく溜め息を吐き、スーツの裏に仕込んだ通信機に小声で話しかけた。

 

「バーツ。俺だ、エドだ。嬢ちゃんの姿はこっちにはない」

『分かった。こっちは何時でも行けるから、そっち頼んだぜ』

「任せろ」

 

 バーツとの通信を終え、何食わぬ顔でエドはフランシスを伴いまずは資金をチップに変える。そしてたっぷりチップを用意すると、目当てのゲームへと向かっていった。

 

「ここ、良いかい?」

「はい。どうぞ、席にお付きください」

 

 エドが選んだのはポーカーの席だ。ちょうど3人挑戦できるテーブルの中で、椅子が一つだけ空いているところがあったのでそこに納まる。

 エドが席に着くと早速ゲームがスタート。ディーラーが挑戦者たちにカードを配っていった。

 

 最初にエドに配られたカードは役が全く揃っていない、所謂ブタと呼ばれる手札。それを見てエドは表情を変える事無く追加のチップを賭け、2枚チェンジを要求した。

 他の客もチェンジを要求し、ディーラーはカードを配る。

 

(2と8のツーペア、か……)

 

 あまりいい手札とは言えないが、他の客は手札をチェンジする様子を見せない。まずは様子見と、エドはここでコールした。

 

「コールだ」

 

 エドに続き他の客もコールし、全員が一斉に手札を見せる。結果、ディーラーがストレート、エドがツーペアで他2人の客はスリーペアとブタという結果だった。このゲームはディーラーの勝ちとなり、チップは店側に持っていかれてしまう。

 他の客2人はその結果に肩を落とすが、エドは一人静かに次のゲームに向けて思案を巡らせていた。

 

 因みにフランシスにはチップをいくらか持たせて放り出した。ここに彼が居ると折角エドがポーカーフェイスで誤魔化しても、後ろから見てくるフランシスの表情の変化で手札がバレてしまう。それでは勝負にならない。

 

「ネクストゲームだ。配ってくれ」

「畏まりました。他のお2人は、如何いたしますか?」

 

 ディーラーが残りの2人を見ると、2人は黙って席を立った。どうやらエドが来る前に2人の客はすでに何度か挑戦し、そしてチップを店側に持っていかれてしまったらしい。そして次の挑戦者は現れないので、ここからの勝負はエドとディーラーの一騎打ちとなる。

 

 再び配られたカード。この時点でスリーカードが揃っており、出だしとしては悪い手札だではない。

 

「2枚チェンジだ」

 

 チップを1枚追加し、カードを2枚チェンジする。ディーラーの方もそれに応え、チップを追加した上にあちらもカードを1枚チェンジした。

 その瞬間の2人の表情は対照的だった。エドは僅かに顔を顰め、ディーラーは依然として涼しげな顔を崩さない。

 

「フォールドなさいますか?」

 

 ここでディーラーが問い掛けてきた。エドの表情が僅かに変化したのを見逃さなかったのだ。あまりいい顔をしなかったという事は、思う様に役が揃わなかったに違いないと。

 

 だがここでエドはディーラーの思っても居なかった行動に出た。

 

「いいや、レイズだ。チップを追加で賭ける」

 

 そう言って手持ちのチップの半分以上を一気に賭けた。強気なエドの姿勢に、ディーラーは僅かに目を剥き周囲で見ている客もどよめいた。

 エドが賭けたチップの額に、ディーラーは視線を僅かに泳がせたが直ぐに落ち着きエドに合わせてチップを賭けた。

 

「よろしいですか?」

「あぁ」

「それでは、オープン」

 

 2人は同時に手札を見せた。その結果は――――

 

「俺がフォーカード、そっちがフルハウス……俺の勝ちだな」

「……お見事です」

 

 ゲームの結果はエドの勝利。賭けたチップは全て彼の手元へと転がり込んだ。

 

「さ、次のゲームだ」

 

 そこからエドはポーカーを続けたのだが、この後のゲームでエドは全て勝利を収めた。途中ディーラーが勝ったと思う表情をした場面でも、エドは勝って見せたのだ。

 あまりにも不自然な連勝。次第にディーラーの彼を見る目が険しくなる。恐らくイカサマを疑っているのだろう。

 

 事実、エドは2回目以降はイカサマを使っていた。何を隠そうエドはこういったイカサマが大得意で、これに関しては誰にも負けない自信があった。

 

 とは言え流石にそろそろ疑われ始めた。やりたい放題し過ぎたのだ。

 このまま勝負を繰り返せば、疑惑は確信に変わり店から怖いお兄さんが出てくる。

 

 尤もそれがエドの狙いであった。こうして派手にイカサマを行って、それで疑われれば店の裏方の注目はエドに向かう。それはつまり、裏から入り込むネイト達への警戒が手薄になる事を意味していた。

 

(次辺りがラストゲームになるか)

 

 ここらで派手にでかく勝ってやろうと備えたエドだったが、そこにタイミング悪くフランシスが戻て来てしまった。

 

「お~い、エドエド!」

「ぅえ、何だよ兄貴。これからいいところ――――」

 

 思わず顔を顰めながら振り向いたエドだが、フランシスの腕の中にチップがドッサリ入った箱が抱えられているのを見て開いた口が塞がらなくなった。

 

「は?」

「ふっふっふっ! どうだ俺のビギナーズラック!」

「少ししか持たせなかった筈なのによくそこまで勝てたな、何やった?」

「スロット」

 

 どうせすぐにチップ尽きるだろうと思って、あまり大した量のチップは渡さなかったのだがそれをここまで増やして見せた。なるほど確かにビギナーズラックだ。

 

 とは言えこれから大事な最後の勝負。ここで派手にイカサマをすれば、店側の警戒は完全にエドに向かう。今はフランシスのビギナーズラック云々は後回しだ。

 

「取り合えずそれ片しておいてくれ。そろそろ店側が動く」

「あ、それなんだがな、嬢ちゃんの事知ってる従業員居たぞ」

「何?」

「ほら、あれ」

 

 フランシスが指さした先には、何処か気弱そうな従業員がいた。それは瑠璃が頭痛に苛まれていた時、彼女の身を案じてくれた従業員だった。

 

 エドは彼から話を聞くべく、勝負をここで切り上げあちらに向かおうとした。

 しかし店側の行動はエドが思っているよりも早かった。客をかき分けるようにして黒いスーツにサングラスの如何にもと言う格好をした男達が真っ直ぐエドの方へ向けやって来た。

 

「お客さん? まさかとは思いますが、イカサマとかしてませんよね?」

 

 警備の男に凄まれ、エドは溜め息を吐くと両手を上げて知らんぷりした。

 

「何の事だ? 俺は普通に勝負して勝っただけだぜ? それとも俺がイカサマしたって証拠でもあるってのか?(兄貴、向こう頼む)」

「(よっしゃ)」

 

 エドは警備の男に対峙しながら、フランシスに小声で瑠璃の事を知る従業員の方を任せた。フランシスはそれを了承し、巻き込まれないようにとその場を離れ従業員に近付いた。

 

「待たせたな。それで、嬢ちゃんの事を知ってるって?」

「は、はい。瑠璃さんなら、今はスタッフルームで休んでる筈です」

 

 フランシスはエドの方を見ながら考える。あちらはまだ揉める程度で済んでいるが、そう遠くない内に取っ組み合いなどに発展するだろう。そうなれば騒ぎが裏に伝わり、ネイト達が店に侵入する。

 その時、彼らと瑠璃が合流できれば今後の行動がやり易くなるのではないか?

 

 無い頭を回転させて思案するフランシスに、その男性従業員が問い掛けた。

 

「……もしかして、あなた達は瑠璃さんを連れ出しに来たのですか?」

「ッ!? い、いや? べべべ、別に俺は、そう言うんじゃなくて、ここに美人の嬢ちゃんが居るって聞いて……」

 

 思いっきり動揺しまくり、説得力の無い否定をするフランシス。その彼に対し、従業員は頭を下げた。

 

「お願いします、瑠璃さんを助けてあげてください」

「…………はい?」

 

 思わず首を傾げるフランシスに、従業員はつらつらと語った。

 

 彼はこの店に勤めて長いが、その中で借金を背負わされて無理矢理働かされている女性を何人も見てきた。それらの女性達はある程度こちらで働かされると、時機を見て裏で経営している娼館に回される事も知っている。

 知っているが、それを告発する事が出来ずに悩んでいた。警察の中にも弦二により買収された者が居り、迂闊に情報のリークなどしようものなら自分が危ない。

 

 我が身可愛さに不幸になる人達を見過ごし、罪の意識に苛まれてきた従業員がある日訪れたのがBAR・FUJINOだった。

 そこで彼は瑠璃に優しく接客され、沈んでいた気持ちが救われたのだと言う。

 以降、彼は定期的にFUJINOに足を運んでいたのだが、先日そこで働いていた筈の瑠璃がこの店にやって来た。

 

 働く中で、時折見せる瑠璃の表情で従業員は直ぐに気付いた。これまでの女性と同じく、無理矢理働かされているのだと。

 という事は、彼女の向かう先も娼館で男達の性の捌け口という事になる。

 

「あの瑠璃さんがそんな目に遭うのは、間違ってます。だから、お願いします!」

「う~む……」

 

 頭を下げる従業員を前に、フランシスは顎に手を当てて考え込んだ。頭の悪いフランシスでも、この従業員が嘘を言っていないと言う確信が持てた。

 チラリとエドの方を見れば、あちらも大分ヒートアップしてきたのか雰囲気が剣呑になりつつある。そう時間を置かぬ内に、本格的に取っ組み合い殴り合いが始まるだろう。

 

 フランシスは周囲を警戒しながら、従業員の小声で話し掛けた。

 

「あのな、兄ちゃん? 今店の裏に俺の仲間が居るから、そいつらと一緒に嬢ちゃんを助けに行ってやってくれ」

「! はい!」

 

 従業員は即座にその場から居なくなった。それをフランシスが見送った直後、遂に黒服達の堪忍袋の緒が切れたのか、店内怒号が響き渡りエドに殴り掛かった。エドもそれに応戦し、近くのテーブルをひっくり返しながら複数人の男を相手に上手く立ち回っている。見たところエドの方が1人であるにも関わらず優勢の様だ。

 

 フランシスはあれに混ざるべく、チップの入った箱を置き腕まくりをした。

 

「さ~て、ぬるま湯に浸かってた兄ちゃん達に、喧嘩の一つでも教えてやるとするか!」

 

 そうしてフランシスも嬉々として喧嘩の中に加わるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方、店の裏には既にネイトとバーツ、そして海羽の3人が待機していた。バーツは通信機を耳に当て、騒ぎが起こったかどうかを確認している。

 

「…………始まったみたいだ。エド兄貴、結構派手に暴れてるらしい」

「よし、今の内に入るぞ」

 

 ネイトが裏口に取り付く。裏口は電子ロックではなく普通の錠前で施錠されていた。それを見て彼はほくそ笑む。

 

「よしよし、これなら手を加えやすい」

 

 ピッキングツールを用いて裏口を開けるネイトの姿に、海羽が意外な物を見るような目を向けた。

 

「ネイトさんって冒険家よね? 冒険家ってそんな事もできなきゃいけないの?」

「あ~、これか? これはあれだ、師匠に叩き込まれたんだよ」

「お師匠さん?」

「あぁ。師匠曰く、歴史的価値がある物は得てして高く売れるから、悪党が資金稼ぎの為に持って行っちまう。それを取り返すのにこういう技術も必要なんだと」

 

 今でもネイトは思い出せる。師と仰ぐ人物の後に続いて海外のマフィアなどの施設に潜り込み、勝手に持ち出された歴史的価値のある所謂お宝を取り戻す為に奮闘した日々の事を。割と無茶ぶりもされ、今思い出しても危ない橋を何度も渡って来た。

 

 思わず身震いしていると、カチャリと音を立てて裏口の鍵が開いた。ネイトは薄く裏口の扉を開け軽く中の様子を見て、見張りや見回りの警備員が居ないのを見ると素早く中に入った。

 

「さて、瑠璃はどこに居るかだが……」

「兄貴達が言うには、店の中にアイツの姿はなかったらしい」

「って事は、もしかして瑠璃姉ぇもう娼館の方に連れてかれて行っちゃったの!?」

「しーっ、落ち着いて海羽ちゃん。まだそうと決まった訳じゃ――――」

 

「あ、あの!」

 

「「「ッ!!」」」

 

 瑠璃の行方を巡って話し合う3人に、先程フランシスと話した従業員が声を掛けた。明らかに場違いで怪しい3人なのですぐに分かった。

 

 そうとは知らない3人は突然現れた彼に警戒し、バーツなどは即座に無力化しようとベクターリーダーを取り出し殴り掛かろうとした。

 自分が敵として見られていることに気付き、従業員は慌ててバーツ達を宥めに掛かる。

 

「ま、待ってください! 僕はあなた達の味方です!……多分」

「多分? どういう事だ?」

「あなた達、瑠璃さんを助けに来たんですよね?」

「ッ! 瑠璃姉ぇは何処!? 大丈夫なの!」

「おい待て待て……」

 

 従業員の口から瑠璃の名が出て、冷静さを失う海羽をバーツが宥めた。同じくネイトも海羽を手で制しつつ、従業員の目的を訊ねた。

 

「俺達の味方とは、どういう事だ?」

「あなた達は、今店に居る眼帯の男の人の仲間ですよね? その人に、裏口に居る仲間を手助けしてやれと言われまして……」

「フランシス兄貴の事か……でも何だって、この店の人間が俺達に手を貸す?」

「瑠璃さんは、この店に居るべき人じゃないと思って……あ! こうしちゃいられません、さぁ早く!」

 

 半ば急かされるように従業員に手招きされる3人は、僅かにどうするべきか悩んだ。これが罠と言う可能性も否定できないからだ。

 だが時間を掛ければ掛けるほど、弦二の店の方に有利になっていくのは間違いない。フランシス達が暴れて店が混乱している間に、瑠璃を助け更に弦二の不正の証拠を集めなければ。

 

「さ、こっちです!」

 

 従業員に促されてネイト達は店内のバックヤードを進む。

 

 どうやらフランシス達は相当派手に暴れているらしく、喧騒などが彼らの所にまで聞こえてくる。

 それをBGMに店内を進むと、4人はスタッフルームに到着した。

 

「ここです。瑠璃さんは今、ここにいる筈です」

 

 ここに瑠璃が居る……そう聞かされた瞬間、ネイトと海羽が我先にとスタッフルームへと飛び込んだ。

 

「「瑠璃(姉ぇ)!!」」

 

 果たしてそこに、2人の目当ての人物である瑠璃はいた。大きなソファーの上に横になって寝息を立てている。余程深く眠りについているのか、2人の声にも反応しない。

 

「瑠璃姉ぇ、瑠璃姉ぇ! 大丈夫? ねぇ!」

「おい、瑠璃はどうしたんだ?」

「分かりません。突然体調を崩したらしくて、休ませた方が良いかと思ってここに……」

 

 バーツが周囲を警戒する中、海羽が必死に瑠璃に呼びかける。すると、不意に瑠璃の瞼が震えゆっくりと開かれた。瑠璃が目覚めたのを見て、海羽の顔に笑みが浮かぶ。

 

「瑠璃姉ぇ!」

「ん……ぁ、え? 海羽ちゃん?」

「大丈夫か瑠璃?」

「ネイトも? 何で?」

「お前を助けに来たんだよ。起きたんならさっさとしろ」

 

 瑠璃は海羽とネイトだけでなく、バーツまでこの場に居る事に理解が及ばず困惑する。そこに従業員も加わって瑠璃の体を心配した。

 

「瑠璃さん、お体の具合は大丈夫ですか?」

「君は……」

「すみません。瑠璃さんにはこうした方が良いかと……」

 

 その言葉で瑠璃は凡その事を察した。海羽達は自分をここから連れ出す為にやってきて、従業員はそれを手助けしてくれたのだ。

 瑠璃は従業員に向け、優しい笑みを向けて感謝の言葉を口にした。

 

「そっか……ありがと」

「い、いえ――!」

 

 瑠璃の笑みに従業員は思わず顔を赤くして俯いた。天然で男を誑す瑠璃に、海羽は唇を尖らせネイトは仕方ないなと言いたげに溜め息を吐く。

 

 その時、通信機を耳に当てていたバーツの表情が険しくなった。

 

「ん? おいエド兄貴、どうした?」

「どうしたんだ?」

「分かんねぇ。ただエド兄貴達の方がただ事じゃなくなったみたいだ。なんか喧嘩とは明らかに違う悲鳴とかが聞こえてくる」

 

 スタッフルームから顔を出して耳を澄ますと、なるほど確かにフランシス達が暴れているだけにしては大袈裟すぎる悲鳴がここまで届いた。バーツは頻りにエドと連絡を取ろうとしていたが、向こうに応えている余裕がないのか返答は一向にないらしい。

 

 この事態に、ネイトはバーツをあちらに向かわせた。

 

「よし、バーツ。ここから先は俺達だけで何とかするから、お前は兄貴達の方に行ってやれ」

「え?」

「ここまでくれば何とかなる。それより、向こうに何かあると事だ。行ってやってくれ」

 

 正直に言えば、この申し出はありがたい。フランシス達に限ってちょっとやそっとの事でどうにかなるとは思えないが、それはそれとして自分の知らない所で兄貴分達が窮地に立たされているかもと考えると居ても立っても居られない位に心配はしていた。

 

 少し悩んだバーツだったが、気付けば瑠璃もいつもの調子を取り戻した様子なのを見てこの場を離れる事を決めた。

 

「そうか……分かった。それじゃ、俺は向こうに行くから」

「バーツ……気を付けてね?」

「あ?……あぁ」

 

 海羽の応援を背に、バーツはその場を離れていった。

 

 バーツの背が見えなくなると、瑠璃が立ち上がり背筋を伸ばした。

 

「んん~……よし! それで、これからどうするつもりなの?」

「それだがな、オーナーの弦二って奴の部屋に行こうと思う」

「盃さんの部屋?」

「あぁ。ここらであのクソ野郎の悪事の証拠を根こそぎ暴いてやる」

 

 ここで瑠璃だけを連れて逃げ出しても、弦二の事だから直ぐに瑠璃を取り戻しに来る。そうでなくても奴が自由である間は、瑠璃の秘密のある事ない事が街中に拡げられる危険が伴う。それならばここで奴の悪事の証拠を警察に突き出し、あの悪党を塀の中にぶち込んだ方が確実だ。

 幸いな事に、彼らは警察とコネがある。慎司達に証拠を渡せば、彼らの方から海都の警察署に掛け合って弦二の不正を理由に逮捕に踏み切ってくれるだろう。

 

 そうと決まれば善は急げ。弦二も今頃は慌てふためいているだろうから、今の内に回収できる物は回収してしまおう。それと取り上げられたリールドライバーも……

 

「オーナールームはここです」

 

 従業員の案内で一行はオーナールームに辿り着いた。ネイトが慎重に扉を開けると、中には誰も居ないのを確認して素早く部屋に入る。

 

「そう言えば、君良いの?」

「え?」

「こんなことして、よ。見つかればクビになるだろうし、そうでなくてもこの店終わる事になるかもしれないのよ?」

 

 こんな店だが、彼の様に真っ当に働いている者もいる。その彼らが職を失う様な事をするのは、少しだが躊躇われた。

 何より自分の手でそれを成そうと言うのに大丈夫なのかと問い掛けると、彼は笑って答えた。

 

「あぁ、その事ですか。実を言うと、そろそろ転職しようかと考えてたんで」

「そうなの?」

「はい。僕だけじゃありません、他にも居ます。ここ、結構職場環境悪いんで」

 

 瑠璃と従業員がそんな会話をしていると、ネイトが一足先にリールドライバーを見つけ瑠璃に向け放り投げた。

 

「瑠璃、ドライバーあったぞ!」

「っとと! ありがと」

 

 これでとりあえずは安心だ。後は弦二の不正の証拠を……と言うところで、弾かれるように扉が開かれた。

 全員が注目すると、そこにはスーツを激しく着崩した弦二が狼狽した様子で入って来た。

 

「はぁ! はぁ! くそ、一体なんだって……って、お前らここで何してる!?」

「ひぅ!?」

 

 鬼気迫った弦二の怒声に、海羽が戦き瑠璃の後ろに隠れた。弦二は勝手に自分の部屋に入ったネイトと瑠璃、そして従業員と瑠璃が持っているリールドライバーに朧気だが状況を理解したらしい。口の端から泡を飛ばしながら従業員に迫った。

 

「おいテメェ!? この俺を裏切る気か!!」

 

 怒りも相まって普段以上の威圧感を放つ弦二に迫られ、恐怖に従業員は言葉に詰まる。その彼の前に瑠璃が立ちはだかった。

 

「悪いけど、私やっぱりBARの方に帰らせてもらうわ。ここ私の趣味に合わないし」

「あぁ!?」

「それよりも、だ。一体何があったんだ?」

 

 人を殺しそうな目を瑠璃に向ける弦二に、ネイトが間に割って入る様にして訊ねた。よく見ると弦二自身が怪我をした様子もないのに、彼のスーツには血がこびり付いている。

 その事をネイトが問い掛けると、弦二は自分がここに来た理由を思い出し顔を恐怖に染めた。

 

「そ、そうだ、こんなことしてる場合じゃなかった!?」

「だから何があったの?」

「あの化け物もお前らの差し金か!?」

 

 そう言いながら弦二が室内にあるモニターを指差した。恐らくはオーナールームから店内の様子を監視する為に置かれたそのモニターは、幾つかが潰れたのか映像が途絶えているが生きているモニターの中には今の店内の様子が映し出されていた。

 

 そこには無数の下級ディーパーと、そいつらと戦うコバルトウェーブ達の姿があった。既に何人か襲われた後なのか、床には客や従業員、警備員が何人か倒れているのが見える。

 

「あれは!?」

「うそ!? アイツら出たの!?」

「このくそ忙しい時に!?」

 

 なるほど、先程から変に騒がしかったのはそういう理由か。あの3人に限って下級ディーパー如きに後れを取る事は無いだろうから心配ないが、ここにも出る可能性がある。早々にこの場を離れるべきだ。

 

 だが弦二の悪事の証拠を押さえてからでないと、混乱から立ち直った後にまた瑠璃を連れていかれてしまう。その為には絶対に邪魔してくるであろう弦二を何とかする必要があった。

 

 どうしたものか……そうネイトが頭を悩ませていると、不意に弦二の肩に水滴の様な物が滴り落ちた。

 

「ん?」

 

 いや、それはただの水ではない。何やら粘度のある液体だ。上から糸を引きながら垂れたそれが、弦二のスーツの肩に滴り落ちゆっくりと広がっていく。

 それに気付いていないのは、激昂した様子の弦二だけだ。

 

「え…………ッ!? そこ離れて!!」

「あ?」

 

 何だろうと瑠璃が天井を見ると、そこにある物に気付いて慌てて警告を発した。弦二が立っていたのは、通気口の真下だったのだ。

 

 瑠璃の言葉の意味が分からず弦二が首を傾げると、それを合図にしたように通気口からイール・ディーパーが飛び出し上から弦二に襲い掛かった。

 完全に不意を打たれた弦二は、何が起こったのかも分からず頭上から押し倒された上に頭を食い千切られて息絶えた。食い千切られた首から噴き出した血が、傍に居た瑠璃達の体に掛かる。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!? オーナー!?」

「2人は早く下がって! ネイト!」

「あぁ!」

 

 海羽と従業員を部屋の端に下がらせ、瑠璃はネイトと共にイール・ディーパーを倒すべくリールドライバーを装着した。

 

 装着したドライバーに、瑠璃はライフコイン、ネイトはドロップチップを挿入しレバーを下ろす。

 

〈Bet your life〉

〈Catch your fate〉

 

「「変身!」」

 

〈〈Fever!〉〉

 

 瑠璃とネイトが変身すると、イール・ディーパーは弦二の死体を貪るのを止め牙を剝いて2人を威嚇した。

 

「ハッ!」

 

 先制で動いたのはテテュスだった。床を蹴り一気に距離を詰めた彼女は、細身のディーパーの体にボレーキックを放つ。

 その攻撃をディーパーは体で受け止めた。見た目決して頑丈そうではないのに何故……と思ったテテュスだが、次の瞬間その理由に気付いた。

 

 蹴りを叩き込んだ足は、イール・ディーパーの体から分泌される粘液により表面を滑って大したダメージを与えられなかったのだ。

 

「えっ!?」

 

 まさかこんな方法で攻撃をいなされるとは思っていなかったので、テテュスは動揺しつつ一旦離れて様子を見ようとした。

 が、床を蹴って離れようとしたが何かに足を引っ張られて離れる事が出来ない。何だと足元を見ると、イール・ディーパーを蹴った足を粘液の塊が床に貼り付けていた。

 

「うそっ!?」

「瑠璃!」

 

 テテュスの窮地に、オケアノスがテンペスト・ウィップで援護する。彼が狙ったのはテテュスの足を床に接着している塊。既に固まりつつあるそれを鞭で粉砕し、テテュスが動けるようにしてやる。

 

 オケアノスが足の塊を砕いてテテュスの自由が戻る。その直後、イール・ディーパーが鋭い爪をテテュスに向け振り下ろす。

 

 爪による一撃をテテュスは紙一重で回避した。

 

「あっぶな! ふぅ、ありがとうネイト」

「気にするな。だがあの粘液は厄介だな。まるでヌタウナギだ」

 

 ヌタウナギとは、ウナギに似てはいるがウナギとは別種の生物だ。天敵に襲われると体から大量の粘液を放出し、それを天敵に絡みつかせて驚いている隙に逃げると言う生態を持っている。

 恐らくイール・ディーパーは粘液を防御だけでなく攻撃にも使用するだろう。これまでに何度かディーパーと戦ってきた経験を持つテテュスにはそれが予想出来た。

 

 その予想を証明する様に、イール・ディーパーが手を上げるとそこから粘液を放水する様に飛ばしてきた。テテュスとオケアノスは左右に分かれて粘液の放出を回避した。

 見るとイール・ディーパーの粘液が掛かった場所は固まった粘液で覆われている。あんなものを喰らっては最後、身動きが取れなくなり餌食となってしまう。

 

「だったら遠くから攻撃すればいいのよ!」

〈Raise up〉

 

 テテュスはセクスタントボウを装着したアローレイズになると、離れた所からイール・ディーパーに向け矢を放つ。接近できない以上、遠距離からの攻撃に頼るしかない。

 だがこれだけでは対策が不十分。放たれた矢はイール・ディーパーの体表の粘液で滑り、後方へと逸れて行ってしまう。

 

 その光景にテテュスが思わず歯噛みしていると、彼女の隣に立ったオケアノスがチップを2枚ベットしてレバーを下ろした。

 

「粘液じゃまなら、洗い落としてやればいい!」

〈BINGO! Skill activation! TORNADO SURGE.〉

 

 合わせたのは竜巻の絵柄。絵柄が揃うと技が発動し、オケアノスの右腕に水流が渦を巻いて巻き付く。

 

「いっけぇぇぇぇ!」

 

 オケアノスがその場で殴る様に腕を振るうと、彼の腕に巻き付いていた渦が大きくなり水を含んだ竜巻となってイール・ディーパーを飲み込んだ。水流はイール・ディーパーの体を洗い流し、奴の体を覆っていた粘液を取り去ってしまった。

 

「瑠璃!」

「オーケー!」

〈BINGO! Skill activation! STRIKE ARROW.〉

 

 無防備となったイール・ディーパーにテテュスの必殺の一矢が放たれた。イール・ディーパーは慌てて粘液を分泌しようとするが、それは間に合わずテテュスの放った一撃がイール・ディーパーの体を貫き一撃で仕留めた。

 

「ギィィィィィィィッ?!」

 

 イール・ディーパーは断末魔の叫びを上げ、ドロップチップを撒き散らしながら爆散した。

 

 それとほぼ同時刻、店内の方で暴れていた下級ディーパー達もコバルトウェーブ達により殲滅される。

 

 こうしてカジノ・ヘブンズゲートでの騒動は収束したのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その後、騒動を聞きつけて警察とS.B.C.T.が急行した。

 

 彼らが来る前にフランシス達は姿を消したので、詳しい事情は省いて瑠璃達が事情を説明。その結果、数々の悪行が露わとなった上にオーナーである弦二が死亡した事でカジノ・ヘブンズゲートは閉店となり、弦二により借金を負わされ強制労働させられていた元客達は解放される事となった。

 

 勿論瑠璃も正式にBAR・FUJINOへと無事戻る事ができ、店は何時もの調子を取り戻した。客達は戻ってきてくれ、その客達を瑠璃と海羽、そしてネイトが精一杯持て成した。

 

 因みに、あの時ネイト達に協力してくれた従業員はヘブンズゲートが閉店した後別の店で働く事になったらしい。

 

 戻って来た何時もの日常の光景に、瑠璃は満足そうに笑みを浮かべて働く。

 

 だがその最中、どうしても時折あの時ヘブンズゲートで働かされていた時に脳裏を過った光景がチラついてしまう。

 

(あれ……私の、過去? 私、一体……)

「瑠璃、どうした?」

「ッ!? う、うぅん、何でもない!」

 

 考え事をして表情が険しくなっていたのか、彼女を心配してネイトが話し掛けてきた。瑠璃は慌てて何でもない風を装うと、そのまま次の接客へと移っていく。

 

 彼女のそんな様子にネイトは首を傾げつつ彼女が隠そうとしているなら……と、この場では強く追及する事はせず彼もまた別の客への接客へと向かうのだった。




という訳で第16話でした。

運が悪いと言うかなんというか、ディーパーの襲撃により弦二は帰らぬ人となりました。瑠璃以外にも多くの人々に不幸を振りまいた、そのツケが回ってきた感じですね。

そして今回から、徐々にですが瑠璃の過去なんかにも触れて行こうと思います。今後もちょくちょく瑠璃の過去を匂わせる描写が増えていくと思いますよ。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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