仮面ライダーテテュス   作:黒井福

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第17話:ハイロー、ディーパー捕獲作戦

 BAR・FUJINOには色々な客がやって来る。近場に住む住民から、国内外からやってくる観光客まで。色々な客の接客をしてきたので、瑠璃達も多少変わった客にはそれなりに慣れているつもりだった。

 

 だがこの日店に訪れた客は、彼女達にしてみても少し意外な人物であった。

 

 粗方の客が去り、そろそろ閉店するかと言う空気が店内に流れたその時。突如としてドアベルが鳴り、静かだった店内に新たな客がやって来た。

 テーブルを拭いたりしながら時折駄弁っていた瑠璃達は、その音に一斉にドアを見る。

 

「あ、お客さん。は~い、いらっしゃいませ~!」

「うぇ~、もうすぐお店閉まるのに~」

「海羽ちゃん、しー。お客さんに聞こえちゃうよ」

 

 海羽の言いたい事も分からないでもない。この時間帯にやって来る客など、他の店でしこたま飲んで梯子しに来た客と言うのが大体なのだ。当然ながらそう言った客は既にへべれけに酔っぱらっている事が多いし、へべれけであるが故にマナーもへったくれもない行動を取る場合がある。

 

 過去にも閉店間際の時間に酷く酔った客が来店し、瑠璃の尻などを撫でようとしたことがあった。勿論それを酔っているからと許す瑠璃ではなく、酔っぱらった客は瑠璃から”過激な”接客を受けお帰り願った事がある。

 

 だが瑠璃に言わせれば、この時間帯はある意味客にとって狙い目の時間だと思っていた。と言うのも、他の客がいないのでその分接客のリソースが新たにやって来た客にのみ集中できる。特に客が1人であれば、手厚い接客が望めるのだ。至れり尽くせりな接客を望むのであれば、この時間を狙うのも十分ありだと言うのが瑠璃の意見であった。

 

 果たしてやって来たのは他の店で飲んで梯子しに来た客ではなかった。やって来たのは1人の男性。几帳面な性格なのか、こんな時間であるにも関わらずスーツをキチっと着込んでいる。

 酔っぱらった様子もないので、であるならこの男性はこの時間近くまで残業していた会社員か何かだろうと海羽とネイトは判断した。

 

 だが瑠璃は違った。彼女はこの男性にどこか見覚えがあったのだ。

 

「(え~っと、誰だっけ?)お一人ですか?」

「はい。まだ大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。さ、カウンターへどうぞ」

 

 瑠璃がやって来た男性客をカウンター席へ案内する。

 

 男性客が席に着くと、カウンターの向こう側から鉄平が顔を覗かせて客に笑みを向けた。

 

「お、久し振りだな! 最近全然来ないから、てっきり他の店に浮気してるのかと思ったぞ」

「すみませんね、最近は殊更に忙しかったもので」

「取り合えず、ビールで良いか?」

「はい、お願いします」

 

 鉄平と客が気安そうに話している。どうやら2人は知り合いらしい。話の内容から察するに以前何度もこの店に来たことがあるようだが、海羽の記憶にはないのか首を傾げている。

 

「瑠璃姉ぇ、あのお客さん見た事ある?」

「ん~……見た事はある気がするんだけど……」

 

 FUJINOはそれなりに客が来る店なので、頻繁に訪れる常連客ならともかく偶にしか訪れない客となると記憶に残り辛い。この客も頻度は低いが何度か来たことがある客なのだろう。最初瑠璃はそう思っていた。

 

 だがそれとは別に、瑠璃は男性客に対して既視感を持っていた。こことは別のどこかで見た事がある気がしてならない。はて一体どこだったか?

 

「どうだ、そっちの仕事の方は?」

「んぐ、んぐ……ぷは。聞かなくても知ってるでしょ? 最近は怪物騒動もあって、忙しいったらありませよ」

「ま、やっと街の運営が軌道に乗って来たところでこれだからな。心中お察しするよ」

「それはお互い様です。聞けばこの店、最近大変な目に遭ったって話じゃないですか。正直心配してたんですよ」

 

 2人の話の内容を聞くに、あの客は街の運営に関わっている人物らしい。という事は庁舎が職場の人間か。

 

 そこまで考えて瑠璃はあの男性が誰なのかに見当がついた。

 

「あ、そっかあの人……」

「誰なのか分かったのか?」

「瑠璃姉ぇ、あの人誰?」

 

 興味津々と言った様子で問い掛けてくる2人に、瑠璃は少し声を潜めながら答えた。

 

「あの男の人、確か海都の知事よ」

「「…………え?」」

 

 瑠璃の口から出た客の正体に、海羽とネイトは3回くらい瑠璃の顔と客の顔を交互に見た。そして彼女の言葉の意味を十分に理解した瞬間、驚きのあまり声を上げそうになる。

 

「「え、むぐっ!?」」

「おっとストップ」

 

 驚愕に大声を上げそうになった2人だが、それを予想していた瑠璃が素早く2人の口を手で塞ぐ。細く柔らかい白魚の様な指に口を塞がれ、上げようとした声が口の中で堰き止められる。

 

 3人のやり取りに気付いた様子もなく、男性客――海都知事の葉隠 十三は二杯目のビールを飲み摘まみの料理を箸で突きながら鉄平との雑談に興じていた。

 

「そうですか、奥さんはまだ当分こちらに来れそうもありませんか」

「ま、忙しいみたいだからな。こればっかりは仕方ない」

「この街に来てもきっと上手くやれますよ。生憎お仕事は自力で探してもらう事になりますが……」

「この店の場所を取っておいてもらえただけで十分なんだ。そこまでされちゃ、他の連中に申し訳が立たないよ」

 

 鉄平と十三はとても気安そうに話している。2人の関係性は分からないが、少なくともとても親しい間柄であるという事だけはよく分かった。常に心からの笑顔で話し合っている様子を見れば嫌でも分かる。

 

 十三はそのまま鉄平と話しながら酒と料理を二品ほど楽しんでいたが、会話が途切れると瑠璃の方を見て頭を下げた。

 

「大梅、瑠璃さん……ですね? この度は、本当にご迷惑をおかけしました」

「え、あの……知事?」

「話は聞いています。例の悪徳カジノのヘブンズゲートに一時身請けされていたと。私が不甲斐無いばかりに、貴女にご迷惑をおかけしてしまいました。あの悪徳カジノのオーナーをもっと早くに摘発できていれば、貴女も他の方も……」

 

 断っておくと、十三もあの一件が起こるまで何もしていなかった訳ではない。弦二が警察や庁舎職員の何人かを買収している事は知っていたので、慎重に気付かれないように弦二の手が及んでいない者を選んでいた。弦二の悪事を暴く強制捜査の為だ。

 

 だが人員が揃う前にヘブンズゲートがディーパーの襲撃を受け、ネイト達の手により弦二のこれまでの悪事が白日の下に晒される事となり、十三の準備は徒労に終わる事になったのである。

 それが悪い事とは言わない。お陰で庁舎内や海都の警察内部を掃除する事が出来たのだから。だが彼としては、市民の手を借りる事無く事を終わらせたかったという思いが強かった。

 

「やっぱり、私に街の長なんて荷が重すぎたんですかねぇ」

「おいおい、ビール数杯でもう酔ったのか? あの頃の情熱はどこ行ったんだよ」

 

 十三はこの街の知事ではあるが、この街の開発計画の発案者でもあった。ここが大海原のど真ん中であった頃から、大規模海上都市計画を推し進め実現の為の計画などを練り国に提出してきた。

 全ては新たなフロンティアを開拓し、自分が目指した街を作り出す為にだ。彼は鉄平と交流があった学生時代から、自分で新たな街を作る事に情熱を抱いていた。

 

 その情熱が認められ、計画は進み知事には十三が就任する事になった。

 だが実際に街の運営が始まると、次から次へと巻き起こる問題に翻弄されてしまう。それでも大きなトラブルに発展させることなく、多くの人が笑顔で暮らせる街が出来た。

 

 しかしその裏で、弦二により不幸な目に遭わせられる人々が居たのも事実。その上最近はディーパーにより多くの街の住人の命が奪われた。

 それらの事もあり、十三は少しナーバスになっているらしい。酒によって弱音が出たとも言えるだろうが、街の運営が思う様に言っていない感じに精神的に弱りつつあったのだろう。

 

 そんな彼に、瑠璃は肩に手を当て頭を上げさせた。

 

「頭を上げてください、知事。正直私には街の運営とか全然わかりません。どんな苦労があって、毎日どれだけ大変なのかも……。でも、一つ言えるのは、この街はとっても良い街だってことです」

 

 確かに弦二には参らされていたが、それでもこの街は良い街だと胸を張って言えた。記憶が無いので他の街と比較する事は瑠璃には出来ないが、この街を住み辛いと感じた事だけは一度もない。

 

「私も海羽ちゃん達も、皆毎日笑顔で暮らせてます。確かに問題が無いとは言えないかもしれないですけど、そんなの本州の街だって同じです。この街だけじゃありません」

 

「だから知事はもっと胸を張ってください。世界初の大規模海上都市の初知事なんですから」

 

「私は好きですよ、この街」

 

 瑠璃の言葉に、十三は目が覚めた様に目を見開き、次いではにかむように俯いた。日々様々な問題に忙殺され、評価されるという事が無かったのだろう。久し振りの称賛に、嬉しさでこそばゆくなってしまったのだ。

 

「あ、ありがとうございます」

「瑠璃、ありがとうな。こいつこんな感じで生真面目だから、時々誰かがはっきり言ってやらないとどんどん自分を追い詰めて行っちまう」

「うるさいですね。それより、お代わりお願いします」

 

 気持ちを紛らわせる為か、次のビールを要求する十三を見て瑠璃が鉄平に軽くウィンクした。それだけで全てを察した鉄平は、ビールの栓を開けるとジョッキには注がず十三の傍に居る瑠璃に手渡した。

 

「はい、知事。折角ですから御酌させていただきますね?」

「え! あ、や、どうも……」

 

 たった今べた褒めされて、対応に悩む瑠璃からの酌に十三は慌てふためきながらもジョッキにビールを注いでもらう。

 その最中、彼はカウンターの向こうから笑みを向けている鉄平を思わず睨み付けた。

 

「……覚えておいてくださいよ」

「何の事やら」

 

 その後、十三は更に瑠璃の酌により数杯ビールを堪能し、程良く酔っぱらってから店を後にした。

 

 少し飲みすぎてしまい翌日は二日酔いに悩まされる事になったが、それでもこの日の酒が良い具合にガス抜きになったのかこれより前の日に比べると晴れやかな顔で執務に励むようになったのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方、海都警察署のS.B.C.T.臨時オフィスでは、芳江から慎司達に驚愕の事実が伝えられていた。

 

「――え? 人間に擬態したディーパー!?」

「はい。先日監視カメラに映った映像です」

 

 芳江が手元のノートパソコンを操作して、プロジェクターに監視カメラの映像を慎司達に見せた。そこには女性に無理矢理口付けをして、相手をディーパーに変異させる男の姿が映し出されていた。

 

 男の姿は人間のままだったが、女性がディーパーに変異する過程は以前街の地下で見た、仲間の隊員がディーパーに変異していく光景と一致していた。

 

「こいつか!? こいつがあの2人を!?」

「いえ、そうとは限りません。他にも同様の事が出来るディーパーが居るのか、状況に応じて繁殖能力を獲得するのかはまだハッキリとは言えません。ただ、このディーパーが人間に擬態している事だけは確かです」

 

 芳江の話を聞きながら、茜が自分のノートパソコンで最近の事件について調べる。

 

「……ここ最近、行方不明者が急増しています。街の外から入って来たディーパーに襲われているものと思っていましたが……」

「こういう訳だったのか。これならどれだけパトロールを増やしても、ディーパーの姿を殆ど見かけない訳だ」

 

 街の地下からディーパーを一掃する事は出来たが、ディーパー出現の原因を完全に取り除けた訳ではない。この街の真下の海底には、ディーパーの巣があると言うのが芳江の意見であり、そうであるならば今後も街にはディーパーが頻繁に出現するだろう。

 

 それに対処する為、S.B.C.T.は街中を昼夜問わず定期的にパトロールしているのだが、ディーパーと遭遇する事は殆ど無かった。時折、下級ディーパーが人に襲い掛かろうとしている現場に遭遇する事はあったが、頻度としては非常に低いと言わざるを得ない。

 にも拘らず行方不明者の数が増えている事に、慎司達はパトロールを増やすなどの対応に追われていたのだが、これではいくらパトロールを増やしても意味がない訳である。

 

 何しろ敵は、人間に紛れて人を襲っているのだから。

 

「北村さん、この男性の顔の鮮明な映像は?」

「用意出来ました。ただこの顔の人……」

「どうしました?」

「今調べてみたんですが、全く同じ顔の男性がこの街の住民として登録されています」

「恐らくその男性に擬態したのでしょう。ご本人は、恐らく……」

 

 好き勝手するディーパーに憤りを感じて拳を握りつつ、慎司は偶々近くに居た部下を数人件の男性の自宅へと向かわせた。本人が生きていればまだいいが、可能性は低いだろうと見ている。これは飽く迄確認だ。

 

「北村さん、パトロールに出ていない隊員を全員呼んでください。非番の者も全てです」

「了解」

 

 こうしている間にも街にディーパーが出現し住民を襲うかもしれないので、パトロールに出ている隊員を除いた全員を会議室に召集した。非番として宿舎で休んでいた隊員も居るので全員が集まるのには少し時間が掛かったが、それでも数十分ほどで全員が会議室に集合した。

 

「今日突然集まってもらったのは他でもない。この度、新たに人間に擬態するディーパーが確認された」

 

 開始早々、慎司の放った言葉に集まった隊員達がざわついた。無理もない、人間に擬態できるなど……

 

 落ち着きを失った隊員達を、手を叩く音で鎮めると正面のディスプレイにディーパーが擬態しただろう男性の顔写真を映し出した。

 

「これがディーパーが擬態した男の顔だ。因みにこの顔の男は、街の住民として登録されているらしいのだが……」

「……住宅へ向かったα5、高田隊員達からの連絡です。男性の自宅は現在無人で、近隣の住民への聞き込みによると男性は数日前から自宅へは帰ってきていないとの事です」

「という事は、やはり擬態の際に殺害されたか……」

 

 慎司は苦虫を噛み潰したような顔をするが、直ぐに気を取り直すと表情を引き締め全員に通達した。

 

「このディーパーには人間をディーパーに変異させる能力がある。このまま放置しては被害が増える一方だ。よって、早急にこのディーパーを始末するんだ」

「その事ですが、一つ宜しいでしょうか?」

「はい? 何でしょう、北條博士?」

 

 話が擬態したディーパー――シーラカンス・ディーパーの討伐と言う方向で進みそうになった時、芳江が手を上げて待ったを掛けた。

 

「その事ですが、少々待っていただいても?」

「え?」

 

 シーラカンス・ディーパー討伐に向けて気合を入れようとしていたところに声を掛けられ、慎司が困惑した顔を芳江に向ける。芳江は慎司の困惑を半ば無視して、驚くべきことを口にした。

 

「この擬態するディーパーに関してなのですが、討伐ではなく捕獲の方向で動いていただきたいのです」

「何故ですか?」

「このディーパーは明らかに他のディーパーとは異なります。このディーパーを捕獲して研究すれば、ディーパーの生態が今までより判明するかもしれません。それはつまり、今後のディーパーの行動に対処出来るという事。危険は承知の上ですが、どうか捕獲をしていただけないでしょうか?」

 

 芳江はそう言って頭を下げた。その姿に慎司は茜と顔を見合わせる。見ると茜は険しい表情をしていた。慎司も同じ表情だ。

 

 言いたいことは分かる。今までにないディーパーを調べる事は、ディーパーと言う生命体の更に詳しい生態を知り被害を食い止めるのに役に立つ。敵を倒すには敵を良く知る事が重要、と言う奴だ。

 

 そういう理屈は分かるのだが、何だろう? 最近時々だが、芳江に対してどうしても不信感を拭う事が出来ないのだ。

 

 それにそう言った事を抜きにしても、今回の要請には渋い顔をせずにはいられない。

 未知数の相手をいきなり捕獲する。口で言うのは簡単だが、捕獲は討伐の何倍も難しいのだから。

 

「……分かりました。最善は尽くします」

 

 それでも、筋自体は通っている為無下にする訳にもいかない。そう言う訳で慎司は渋々ながらも了承した。

 その際茜が慎司の事を睨んだが、慎司は仕方がないと言う様に肩を竦める。

 

「ありがとうございます! 私の方でも出来る限りサポートさせていただきますので、どうかよろしくお願いします」

 

 こうして新ディーパー出現に関する会議は終わり、部隊は準備に追われる事になった。芳江も研究室に戻り、作戦開始に向けて準備しに掛かる。

 

 一方で、慎司と茜は臨時オフィスで難しい顔をしていた。正確に言えば、難しい顔をしているのは慎司だけで茜は険しい顔で彼に詰め寄っていた。

 

「どういう事ですか小早川君?」

「ん~、どうもこうも……」

「分かっているでしょう? スコープは元々ファッジ討伐用に作られたのであって、捕獲は考えられていないんですよ? 今回の件は言ってしまえばF1カーで荷物の配達を知ろと言っているようなものです。そんな無茶をすれば、部隊だけでなく街にどれだけ被害が出る事か……」

 

 その点は勿論慎司だって分かっているし、彼が分かっている事は茜も理解している。だが部隊のオペレーターとして、進言せずにはいられなかった。

 

「落ち着いてください北村さん。確かに今回の要請は無茶です。ですが、ディーパーに関する更なる情報が必要なのも事実。ここは虎穴に入らずんば虎子を得ずの心構えで臨むべきでしょう」

「その結果、無関係な人達にまで被害が及ぶとしてもですか?」

「もしそうなりそうだったら、その時は即座に捕獲から殲滅に移行します」

 

 慎司の言葉に、茜は鋭い視線で彼の事を見る。その視線を慎司は正面から受け止め、2人の間に束の間剣呑な雰囲気が漂う。

 室内にはβチームとγチームのオペレーターも居り、更にはオフィスに用事のある一部の隊員も居たので、彼らは2人の間に漂う雰囲気に冷や汗を流し固唾を飲んで遠巻きに様子を見ていた。

 

 だがそれもすぐに終わった。どちらからともなく溜め息の声が零れると、茜が降参と言う様に両手を上げ肩から力を抜いた。

 

「分かりました。小早川隊長の言葉を信じます」

「ありがとうございます。無理を重ねるようですが、支援の方期待しています」

「はいはい。もう長い付き合いですからね。精一杯支援しますとも」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 あくる日の夕方、海羽は授業を終え帰路についていた。

 

 瑠璃が弦二の店に連れていかれると言う出来事があって以降、大きな事件もなく海羽も平和を享受していた。

 

 だが街の住民である彼女は知っている。怪物騒動は決して収束した訳ではないという事を。

 最近よく耳にするのは、行方不明者の増加だ。痕跡を殆ど残さず、姿を消す人が最近多くなった。警察も行方を追ってくれているようだが、成果は芳しくない。

 

 表面上は平和な街を装っているが、その実街の住民は少し神経質になりつつあった。

 

 そんな中で、海羽は1人街の中を家に向けて歩く。学校からも出来れば集団での登下校を推奨している中で、1人部活もせずに帰る事を友人たちは心配した。

 

(まぁ……不安が無いとは言わないけどね)

 

 海羽自身、多少時間が掛かっても人通りの多い道を選んで帰宅するようにはしていたが、それにも限界はある。特にBAR・FUJINOは街の賑やかな場所からは少し外れた所にあるので、家に着く直前はどうしても人通りが少ない道を歩かねばならない。

 危険があるとすればその辺だろうが、そこまで行けば何かあったとしても瑠璃が即座に飛んできてくれる。海羽にはそんな信頼があったので、こんな状況でも割かし不安を感じる事は少なかった。

 

 そんな彼女に近付く人影がある。件の行方不明の犯人である、シーラカンス・ディーパーが擬態した男だ。奴は次の獲物を海羽に定め、人通りが少なくなる場所を狙って彼女の後をこっそりとついて行っていた。

 

 歩き続ける事数分、そろそろ人気が少なくなってきたので擬態した男がいよいよ海羽に襲い掛かろうとした。

 その時、海羽は前方に人影があるのに気付き、それが誰なのかが分かると手を振って駆け足で近寄った。

 

「あ! バーツ~!」

「ん? げぇっ……」

 

 笑顔で駆け寄ってくる海羽に、バーツが露骨に顔を顰めると海羽は頬を膨らませた。

 

「な~によ、私が近くに来るのがそんなに不満な訳?」

「あのな、何度も言うけど俺あの瑠璃って女といがみ合ってんだぞ? その関係者のお前に親しくされて面倒に思わない訳ねえだろうが」

「い~じゃん。そんなのそれはそれ、これはこれで」

 

 バーツは海羽にすっかり懐かれてしまった事にどうしたものかと悩まずにはいられなかった。先日瑠璃の救出に手を貸してしまったばかりに、警戒されるよりも歓迎される事の方が強くなってきたように思う。

 

 何より……

 

「それともバーツは……私の事、嫌い?」

「うっ――!?」

 

 上目遣いで目を潤ませる海羽に、バーツが僅かに後退る。

 このようにバーツ自身、海羽の事は割と憎からず思ってしまっているのだ。それ故にあまり邪険にあしらう事も出来ず、それが結果として更に海羽に懐かれる要因にもなってしまっているのだが彼はその事に気付いていない。

 

 再びどうしたのもかと悩み、溜め息と共に頭をかくバーツ。

 

「はぁ…………」

 

 本当は今日こそはリールドライバーを取り返そうと瑠璃に挑むつもりだったのだが、何だか興が削がれた。もうさっさと帰ってしまおうかと顔を上げた…………

 

 すると、海羽の背後に先程まで居なかった1人の男性の姿があった。

 

「あん?」

「え?」

 

 突然のバーツの異変に、海羽も自分の背後に誰かが居ることに気付き後ろを振り返った。そしてそこに居た男性に、その気味の悪い視線に息を飲み後退りしながら問い掛けた。

 

「えと……あの、何か?」

 

 海羽の問い掛けに男性は答えず、彼女に手を伸ばして頭を掴もうとした。

 

 その瞬間、バーツが海羽の手を引いて男性から引き離すと同時に自分の後ろに隠した。彼は野生的勘で感じ取ったのだ。この目の前にいる男性の異常性に。

 

「わっ!? ば、バーツ?」

「下がってろ」

 

 警戒心を露にするバーツに、男性はゆっくりと目を向け首をコキコキと鳴らした。

 

 そして次の瞬間、擬態を解いてシーラカンス・ディーパーとしての姿を露にした。

 

「なっ!?」

「嘘っ!?」

 

 2人にとっても、人間に擬態するディーパーなど初めて目にする存在であり、予想外の出来事に思わず思考が停止してしまう。

 

 動きがとまっている隙に再び海羽を捉えて繁殖に使おうとするシーラカンス・ディーパー。するとバーツはいち早く我に返ると、咄嗟に海羽を突き飛ばして自分から離すと同時にシーラカンス・ディーパーに殴り掛かった。

 

「海羽離れろ!」

「きゃっ!?」

「このぉっ!!」

 

 シーラカンス・ディーパーに果敢に殴り掛かるバーツだったが、流石の彼でも生身でディーパー相手に出来る事など高が知れている。案の定ディーパーは彼の拳など意にも介さず、寧ろ煩わしいと言わんばかりに逆に彼を殴り飛ばした。

 

「がっ?!」

「バーツ!?」

 

 殴り飛ばされた先の電柱に叩き付けられ、そのまま気を失ったのか倒れて動かなくなる。海羽は慌ててバーツに近寄り、彼が意識を失っているのを見て声を掛けて起こそうとする。

 

「バーツ、バーツしっかりして!?」

「う、うぁぁ……」

 

 海羽が声を掛け体を揺するが、バーツは目覚める気配もなく呻き声を上げるだけであった。

 

 その間にもシーラカンス・ディーパーはゆっくりと海羽に近付いていく。それに気付いた海羽は、バーツを引き摺ってその場から離れようとした。

 だが気を失って脱力した人間は信じられない位重い。所詮小娘な力しかない海羽では移動するだけで時間が掛かってしまい、その間にシーラカンス・ディーパーはどんどん海羽に近付いていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……誰か……誰か――!?」

 

 パニックを起こした海羽は、必死に逃げようとしながら誰かに助けを求める。だがこの時間、外を出歩く人は少なく、声が届く範囲には誰も見当たらない。

 

「誰か、助けて……瑠璃姉ぇ――――!!」

 

 海羽が無条件で信じられる相手である瑠璃に助けを願うも、店からは誰も出てくる気配がない。それもその筈で、何時もであればこの時間に瑠璃は買い出しに向かっている筈なのだ。これでは助け等絶望的であった。

 

 そして遂にシーラカンス・ディーパーに追いつかれた。手が届く範囲に近付かれ、自分に向けて伸びてきた手に海羽は恐怖を紛らわせるようにバーツにギュッと抱き着いた。

 

「助けて、誰か――――!?」

 

 恐怖のあまり海羽が目を瞑るのだが、シーラカンス・ディーパーの手は一向に海羽に触れてこない。一体どうしたのかと海羽が恐る恐る目を開けると、そこにはシーラカンス・ディーパーの手が海羽に届く直前で止まっていた。

 

 何故奴の手が止まっているのか? それは少し視線を動かせばすぐに分かった。

 

 バーツだ。彼がギリギリのところで意識を取り戻し、シーラカンス・ディーパーの手を掴んで止めていたのだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「バーツ!」

 

 ギリギリのところで自分を助けてくれたバーツに、海羽は束の間安堵する。

 

 だが傷付き意識も朦朧とした中での抵抗は儚く、シーラカンス・ディーパーはバーツの手を振り払うと再び殴って彼を昏倒させた。

 

『邪魔だ』

「ぐっ!?」

「バーツ!?」

 

 再び倒れて意識を失うバーツに、海羽が声を掛けるが今度は全く反応を示さない。

 

 その間に再びシーラカンス・ディーパーが海羽を掴もうとした。

 

 まさにその瞬間、周囲に大型トレーラーが複数やってきて、コンテナ部分からライトスコープが次々と降りてきた。

 

「隊長、居ました!」

「近くに民間人を2名確認!」

「了解。全員、銃は使うな! 接近戦で奴を民間人から引き離す!」

 

 スコープの指示の元、展開したライトスコープが手に短剣を持ちシーラカンス・ディーパーを包囲する。

 

 この事態に、流石のシーラカンス・ディーパーも海羽を後回しにせざるを得ないと感じたのか、手を伸ばすのを止めS.B.C.T.と対峙する。

 

 その様子を海羽は、気絶したバーツを抱きしめながら静かに見守っていた。




読んでくださりありがとうございました!

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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