仮面ライダーテテュス   作:黒井福

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第22話:リーチ、緊急時の触れ合い

 ネイトに先んじて海に入った瑠璃は、最初海水の冷たさと体を包む水の感覚を楽しんだ。

 

 が、直後にある悪戯心を抱く。まだ服を脱いでいないネイトが入ってきた時、隠れて驚かせてやろうと思ったのだ。

 思いついたら即座に実行に移し、瑠璃はボートの下に隠れてネイトが入って来るのを待った。今頃ネイトは服を脱ぎ終え、瑠璃の姿が上から見えない事に異変を感じている頃だろうか。この後の展開を考え、瑠璃は海の中でほくそ笑んだ。

 

 その時…………

 

――こっち、こっちだよ――

 

「ッ!?」

 

 海の中だというのに耳元で囁かれたかと思う程鮮明に誰かの声が響いた。声が聞こえてきたのは底の見えない海底から。思わず下を見ると、そこには人の姿は見えずただただ何もない海が広がっている。

 

(今のは……)

 

――ほら、こっちこっち。早く来て――

 

 海底を注視していると、誰も何もない海底から再び声が響いて来た。

 

 その声を聞いた瞬間、瑠璃は引き寄せられるかのように潜り始めた。声の主が純粋に気になったと言うのもあるが、何よりもこの声を聞いているとそちらに行くべきと言う気がしてしまうのだ。

 

 暗く深い海の底へ向け潜っていく瑠璃。酸素の消費と水圧による息苦しさも気にせず、只管下へ下へと潜っていく。

 次第に周囲が暗くなってきた。光が段々と届かなくなってきたのだ。しかし瑠璃の表情に恐れはない。

 

 どれだけ潜っただろうか。瑠璃の視界に何かが映った。魚ではない。何かがゆらゆらと揺れながら潜る瑠璃とは対照的に浮上してきている。

 最初それが何なのか分からなかった瑠璃だが、目の前に来た時それが何なのか漸く分かった。

 

(わ、私?)

 

 浮上してきたのは普段鏡で見る自分と全く同じ姿をしていた。浮上してきた瑠璃は、潜行する瑠璃の目の前に来ると怪しい笑みを浮かべて潜る瑠璃の両頬に手を添える。

 

「さぁ……こっちよ」

 

 浮上してきた瑠璃はそう告げる。海中だと言うのに、その口からは気泡が上がらず地上に居るかのように普通に話し普通に声が聞こえた。その異様な光景に瑠璃は初めて怖気に近い物を覚え、浮上してきた瑠璃から距離を取ろうとした。

 だがそれよりも早くに浮上してきた瑠璃が瑠璃の首を掴み締め付けながら海底に向けて引っ張り始めた。急速に体が暗い海底に引き摺り込まれていき、首を絞められている事と水圧による息苦しさに瑠璃はパニックを起こし藻掻きながら海中で叫んだ。その口からは悲鳴の代わりに大量の気泡が吐き出される。

 

「ガボゴボッ!? ガバッ!?(やっ!? 嫌ッ!? ヤダッ!? 誰、か、助けて……ネイトッ!?)」

 

 届かぬ叫びを上げながら瑠璃の体は海底に引き摺り込まれていく。

 

 何もない、光も届かない海底に2人の瑠璃が沈んでいった先に、待っていたのは海底に横たわる1人の男性。だが人間ではない。全身には鱗に覆われ、手足には水掻きが付いている。顔は鱗の有無を除けば人間と酷似しているが、その姿は半魚人と言う言葉が一番しっくりきた。

 

 その半魚人が、瑠璃の接近に気付いたかのように目を開く。それと目が合った瞬間、瑠璃は本格的に恐怖を感じた。あれはいけない、あれに近付いてはいけない。

 だがどれだけ藻掻こうと、体は半魚人に向け沈んでいった。気付けば浮上してきた瑠璃が、瑠璃を羽交い絞めにして潜っていたのだ。

 

「さぁ、一つになるの」

(ヤダッ!? ヤダヤダヤダッ!?)

 

 瑠璃の意志も無視して、その体は半魚人の前に連れていかれる。半魚人は瑠璃が手の届くところまで来ると、手を伸ばし瑠璃を引っ張り寄せ海底に押さえつけた。瑠璃は必死に抵抗しようとするが、気付けば両手はもう1人の瑠璃により掴まれ頭上で押さえつけられている。

 

 瑠璃を組み敷いた半魚人は、押さえつけた瑠璃の腹の上に馬乗りになると初めて表情を変えた。口角を上げ、下卑たような笑みを浮かべると瑠璃の水着に手を掛け力尽くで引き千切り裸に向いたのだ。

 

(嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?)

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「瑠璃! しっかりしろ!!」

 

 ネイトは何とか瑠璃をボートの上に引っ張り上げると、揺れるボートの上で心肺蘇生を行った。瑠璃の胸元を両手で何度も押し、口を付けて息を吹き込み水を吐き出させようとする。豊満な胸の感触だとか、口付けだとかそんな事を考えている余裕は彼にはなかった。

 

 何度それを繰り返しただろうか。唐突に瑠璃の体がびくりと痙攣すると、次の瞬間口から大量の海水を吐き出した。

 

「ガハッ!? ゲホッ!? げっ、うぇっ!? ごぼっ!? かはっ!? はぁ、はぁ、はぁ……」

「瑠璃、瑠璃大丈夫か? しっかり。落ち着いて、そのまま水を全部吐け」

 

 瑠璃は一頻り水を吐き出すと、失った酸素を取り戻すかのように何度も大きく息を吸う。その間にネイトは荷物からタオルを取り出すと、それで瑠璃を優しく包んで抱き起す。

 

 暫くして漸く瑠璃の呼吸も落ち着いて来た。最初胡乱な目で虚空を見ていた瑠璃だったが、次第に呼吸だけでなく意識も落ち着いて来たのかしっかりと意識してネイトの顔を見るようになっていった。

 

「ね……ねい、と……?」

「あぁ、俺だ。大丈夫か? 一体何が――」

 

 何があったのかを聞こうとするネイトだったが、それは叶わなかった、何故なら次の瞬間、瑠璃がネイトを押し倒す勢いで抱き着いて来たからだ。

 

「おわっと!?」

 

 突然の事に反応が遅れたが、ネイトは瑠璃を抱きしめそのままボートの上に倒れ込む。衝撃でボートが大きく揺れるが、幸いな事に転覆する事も無く済んだ。

 

 一体何がどうしたと言うのか。倒れた状態でネイトがもう一度瑠璃に事情を聞こうとしたが、その瞬間彼はある事に気付いた。

 瑠璃の体が震えている。それは寒さからの震えなどではない。明らかに何かに恐怖して震えているのだ。額をネイトの胸板に押し付けている為表情は見えないが、見て分かるほどに震えている。ネイトはそんな瑠璃の様子を見て、事情を聞くよりも落ち着かせる為に抱きしめてやった。

 

「大丈夫、大丈夫だ」

 

 瑠璃の体を優しく抱きしめ、頭を優しく撫でてやる。子供をあやす様に接していると、次第に瑠璃の体の震えも収まって来た。どうやら落ち着きを取り戻し始めたようだ。

 落ち着いてきた頃合いを見計らって、ネイトはもう一度瑠璃に何があったのかを訊ねた。

 

「瑠璃、一体どうした? 何があったんだ?」

「わ、分からない……ネイトをちょっと驚かそうと思ってボートの下に回り込んだら、声が聞こえてきて……」

「声?」

 

 ネイトが思わず問い掛けると、瑠璃はこくんと頷き話を続けた。

 

「その声を聞いてると、何でだかそっちに行こうと思えてきちゃって……海の底の方に潜っていったら、下から私が上がってきて……それで、そのまま海底に引き摺り込まれて――――」

「待て待て、俺が見た時は瑠璃以外誰も居なかったぞ? 確かに沈んではいたが……」

 

 思わず瑠璃の話を遮る様にネイトが告げる。瑠璃の話を聞くに、彼女はこの広大な太平洋の海底に引き摺り込まれたと言う話だが、生身で海底に引き摺り込まれて生きている人間など存在しない。ましてや彼が瑠璃を見つけたのは、それなりに深かったがまだ海中だ。何より彼女以外誰も見当たらなかった。

 

「まぁ、それはともかく……それで?」

「それで……そのまま、海底に引き摺り込まれたら、そこに……半魚人みたいなのが居たの」

「半魚人? ディーパーとは違って?」

「違う。手足に水掻きがあったし体は鱗で覆われてたけど、それ以外は人と同じだった。それでそいつ、海底に引き摺り込まれた私をもう1人の私と一緒に押さえつけると……押さえ、つけると――――!?」

 

 そこから先は何があったのか分からない。瑠璃の記憶は、押さえつけられ水着を剥ぎ取られた所で途切れているからだ。だが彼女とて子供ではない。あの状況、そしてあの時の半魚人の表情。無力な女を組み敷き、獣欲を滾らせた顔を見れば次の瞬間に何があったかは嫌でも想像がつく。

 

 もしそれが現実になっていたらと思うと、恐ろしくて悍ましくて再び体が震えてきた。瑠璃は決して小娘ではないが、それでも立派な女なのだ。自分の体が望まぬ相手、それも異形に蹂躙される等となれば嫌悪と恐怖を感じずにはいられない。

 

 再び瑠璃の体が震え始めると、ネイトは今度は強めにギュッと抱きしめた。それこそ瑠璃が若干痛みを感じるほどに。

 

「分かった、もういい。もう思い出すな。そんな事は起こってなかった。瑠璃が見たのはただの夢だ。悪い夢、現実じゃない。だからもう考えるな」

 

 ネイトの言う通り、現実にそんな事は起こらなかった。沈んでいたとは言え、瑠璃以外には誰も居なかったのだ。なので今の話も、きっと海の中で何らかの理由で意識を失った瑠璃が見た夢に過ぎないのだろう。ネイトはそう思う事にして、瑠璃にもそう思わせる事にした。今はそうするのが一番いい。

 

 そうは言っても、瑠璃の胸に湧いた恐怖心はなかなか消えない。タールの様に胸の内にベッタリと張り付き取れないのだ。故に瑠璃は、この恐怖心を少しでも紛らわそうと先程よりも強くネイトの体に抱き着いた。

 

「ネイト、お願い……もう少し、このままでいさせて?」

「あぁ。落ち着くまで付き合ってやるよ」

「…………ありがとう」

 

 瑠璃はそのまま暫くネイトの体に抱き着いた。静かな海の上、波の音と時折吹く海風の音以外何も聞こえない。いや、よく耳を澄ませば瑠璃の耳にはネイトの胸の鼓動が聞こえてくる。意識をその音に向ければ、不思議な安心感に包まれた。目を瞑り、彼の鼓動に耳を澄ませ、彼の温もりに身を委ねる。そうすると先程まで胸の中にあった恐怖心が何処かえ消えていくのを感じた。

 

 それが誰かに抱きしめられているからなのか、それともネイトが相手だからなのかは分からない。分からないが、きっと相手がネイトだからだろうと瑠璃は思う事にした。いや、きっとそうだ。これが誰かを愛するという事なのだろう。好きな相手に抱きしめられているから、ここまで安心感を抱けるのだ。

 

 瑠璃がネイトの温もりに安心感を覚え、心を満たしていた恐怖心を拭い去りつつある中、同じく落ち着きつつある瑠璃に安心し状況を冷静に俯瞰するだけの心の余裕を取り戻したネイトは次第に焦りを感じ始めていた。

 

(い、いかん。咄嗟の事だったからつい抱きしめちまったが……これ、やばい!)

 

 何がヤバいって、今2人は互いに水着姿なのだ。決して裸ではないが、それでも互いの身を包むのは薄い生地の水着のみ。そして今2人の間を隔てているものは1枚のタオルだけ。

 つまり何が言いたいかと言うと、今ネイトは瑠璃の温もりと共にその体の柔らかさをダイレクトに感じているのだ。特に体に押し付けられる形になっている、豊満な胸の感触が堪らない。ネイトの理性をガリガリと削っていた。

 

 これが並の男だったら、もしかするとこのまま勢いに任せて瑠璃に襲い掛かってもおかしくない状況だ。何しろここは海のど真ん中。邪魔する者は誰も居ないし、何が起ころうと誰に知られる事もない。

 

 しかしネイトは誘惑に負けそうになる心を気合で抑えつけ、理性を保ち続けた。

 今瑠璃はネイトの事を信頼して身を預けてくれているのだ。その信頼を裏切る事は彼には出来ない。如何に瑠璃が魅力的な女性で、普段は見せない弱々しい姿をしていようとも、誘惑に負けて襲い掛かると言う様な事は絶対にして堪るかと耐え続けた。

 

 だが幾ら心が堪えても、本能に正直な体はそうはいかなかった。ネイトの感じる興奮に呼応して、心臓が激しく鼓動する。まるで全力疾走をした時と同等かそれ以上だ。

 そうなると当然、ネイトの体に身を委ねている瑠璃にもそれを聞かれる事になる。

 

「? ネイト、どうかした?」

「え!? な、何が?」

「何か、急に心臓が凄い音立て始めたんだけど?」

 

 人間である以上、心臓の鼓動を自分の意志で制御することなど不可能だ。一度興奮を意識してしまえば、心の底から落ち着かない限り心臓の鼓動が収まる事もない。

 

 ネイトは必死に心臓の鼓動を落ち着けようと努力するが、意識しないようにすればするほど逆に鼓動が激しくなる。瑠璃に気付かれてしまったという事も、鼓動が激しくなることに拍車をかけていた。

 

 最初ネイトの鼓動が激しくなった事に疑問を抱いていた瑠璃も、精神的に落ち着いて来たからか状況を分析するだけの余裕を持ち何が彼を興奮させているのかを考え始める。そして気付く。彼が瑠璃に対し異性を感じて性的に興奮しているのだという事に。

 

 それに気付くと今度は瑠璃も先程とは別の意味で落ち着きを失い始めた。明確に好いている男性が、自分に異性を感じて興奮してくれている。そこにどんな感情が含まれているのかは分からないが、少なくとも魅了は出来ている事は言うまでもない。

 

 その事を意識すると、瑠璃は頬を赤くするとともに自身ももっとネイトの事を感じたくなった。ゆっくりとだが2人の間を隔てているタオルを取り払い、ネイトの胸板に直に体を押し付ける。

 

「お、おい瑠璃!?」

 

 タオルの感触が無くなり瑠璃の柔らかく滑らかな素肌が胸に触れている感触に気付いたネイトが思わず声を上げるが瑠璃は止まらない。口に出すのはまだ恥ずかしいからと、行動で表す様に瑠璃はネイトの胸板に甘えるように頬擦りする。まるで猫が甘えてくるような行動に、ネイトの理性が先程の比ではない勢いで削れ始めた。

 

「る、瑠璃……も、もう大丈夫か? なら、そろそろ……」

 

 これ以上は理性が持たなくなるのを感じ、ネイトが瑠璃から離れようと肩に手を掛ける。すると瑠璃は、熱の籠った目で上目遣いに彼の事を見た。

 

「もうちょっと……駄目?」

 

 トドメに首を傾げてみせれば、その威力は絶大だった。ネイトは殴られたかのように頭を仰け反らせ、声にならない呻き声を上げる。今ネイトに残っている理性は、精々が細い糸一本程度と言ったところだろうか。

 

 恐らくあと一押し。ここで瑠璃は勝負に出た。徐にネイトの肩に手を掛けると、体を引っ張り上げるようにして顔を近付けた。2人の顔が急速に近付き、ネイトの顔の目の前に瑠璃の顔が来る。

 

「え? る、瑠璃?」

 

 突然の瑠璃の行動にネイトが目を白黒させる中、瑠璃は赤らんだ顔でネイトの目を見る。自分の事をジッと見てくる深い海のような色の瞳に、ネイトも心を奪われたかのように目を離せなくなった。

 

「ネイト……私――――」

 

 その状態で瑠璃はネイトに告白しようとした。例えネイトがセラの事を好きなのだとしても、それを上回る好意を瑠璃に抱かせてしまえばいい。そうすればこれ以上セラの事を思い出す必要は無いし、ネイトに対して後ろめたさを感じる必要もない。

 

 勢いに任せるようにしてそのまま瑠璃は自分の好意を全てネイトにぶちまけようと口を開こうとした。

 

 次の瞬間、何かがボートを下から押し上げひっくり返した。

 

「きゃぁぁっ!?」

「うぉわっ!?」

 

 突然の事に2人は状況が理解できず、そのまま海面へと叩き付けられ海の中へと放り込まれた。何が起こったのか分からないながらも、このままではマズイと2人は海面に顔を出し互いの無事を確認した。

 

「ぷはっ!? げほっ!? え、何? あ、ネイト!?」

「ぶはっ!? くそ、何だ一体? あぁ、瑠璃。そっちも大丈夫そうだな」

 

 取り合えず互いに無事であることは分かった。ボートはひっくり返ってしまったが大きな損傷自体はないようなので、変身してもう一度ひっくり返せば――――

 

「あっ!? 荷物!?」

 

 その肝心のドライバーがどちらも荷物の中に入っていた事を思い出し、瑠璃は慌てて潜った。あんな事があった後だが四の五の言っていられない。それに正直、ネイトに宥められて心が落ち着いたからか潜る事に対しそこまで恐怖を感じなかった。

 

 海中を潜ると、2人の荷物がゆっくりと海底に向けて沈んでいる。瑠璃は水を大きくかいて荷物の所まで向かうと、沈みつつあった荷物を掴み確保した。

 瑠璃の後に続いて潜って来たネイトが、自分の分の荷物を瑠璃から受け取る。その直後、2人の傍を魚ではない何かが通り過ぎた。

 

「「ッ!?」」

 

 思わず通り過ぎて行った何かを目で追うと、それはシュモクザメの様な頭部を持ったディーパーだった。ハンマーヘッド・ディーパーは2人の周囲を泳ぎ、襲い掛かるタイミングを見計らっているようだ。

 

 これはかなりマズイ。奴は水中であろうと問題ないだろうが、2人は呼吸をしなければならない。既に大分苦しさを感じているので、早々に海面に顔を出さなければならないがそれをしようとすると奴は2人に襲い掛かって来るだろう。

 

 どうするか……ネイトがハンマーヘッド・ディーパーを警戒しながら考えていると、瑠璃が自分の分の荷物をネイトに押し付けた。何をするのかとそちらを見ると、瑠璃の手にはリールドライバーが握られていた。

 

(私が変身してアイツを何とかするから、その隙にネイトは上に上がって!)

(分かった!)

 

 2人は互いにアイコンタクトで意思を伝えあうと、瑠璃は腰にリールドライバーを装着しライフコインを挿入した。

 

〈Bet your life〉

(変身!)

〈Fever!〉

 

 瑠璃が変身したテテュスは、身を縮めるとハンマーヘッド・ディーパーに向けて海水を蹴る様に体を伸ばした。すると壁を蹴って飛んだように体がハンマーヘッド・ディーパーに向けて進む。感覚で動いただけだが、思った通りだった。地上では普通に動けるテテュスは、水中だとより自由に動ける。空を飛ぶように、水中を縦横無尽に動き回れるのだ。

 

 ハンマーヘッド・ディーパーに負けない機動力で肉薄するテテュスに、相手は驚いたように動きを止める。その隙に近付いたテテュスは、接近すると体全身をしならせてハンマーヘッド・ディーパーを蹴り飛ばした。心なしかその威力は地上で飛び蹴りを放った時よりも強力な気がする。

 

「たぁぁぁぁぁっ!」

 

 テテュスはそのままハンマーヘッド・ディーパーを何度も攻撃した。周囲を翻弄する様に泳ぎ回り、相手が少しでも隙を見せたら即座に蹴り飛ばす。水中を舞う様に動くテテュスの動きは傍から見ると美しくもあった。

 ハンマーヘッド・ディーパーも反撃するが、テテュスの動きは水の中を揺蕩う水泡の様に捉える事が出来ない。

 

 このままこいつを倒してネイトと合流しよう……そう考えていたテテュスだったが、次の瞬間何かが彼女の腕を掴んだ。

 

「えっ!?」

 

 何が起こったとそちらを見るが、テテュスの目には何も見えない。透き通った海中の景色しか彼女の目には映らなかった。

 

 と思っていたら、唐突にテテュスの傍の景色が揺らぎ新たなディーパーが姿を現した。尖った頭部に体の各部から生えた触手、それは烏賊に酷似したディーパーだった。

 スクイッド・ディーパーは擬態で姿を消すと、ハンマーヘッド・ディーパーに夢中になっているテテュスに背後から近寄り一瞬の隙をついて彼女の腕を捉えたのだ。

 

「くっ!? 放してッ!!」

 

 抵抗しようとするテテュスだったが、それよりもスクイッド・ディーパーが動く方が早かった。次々と触手を彼女の体に巻きつかせ、彼女を水中で磔にしてしまった。

 身動きが取れなければ彼女は恐ろしくない。ハンマーヘッド・ディーパーは磔にされたテテュスの姿に口元を歪めると、体を丸め水中で高速回転しそのまま彼女に突撃した。

 

「あっ!? く、やめ――」

 

 必死に藻掻いて拘束から逃れようとするが、吸盤で体に吸い付いてくるスクイッド・ディーパーの拘束からは逃れられない。

 

 そのままテテュスは、回転鋸の様に体を回転させるハンマーヘッド・ディーパーにより体を切り裂かれた。

 

「あああぁぁっぁぁぁぁぁぁ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 けたたましい悲鳴がテテュスの口から上がった。元よりテテュスは機動力に優れた戦士だ。身軽な動きを阻害しないよう、体を守る鎧は必要最低限なものしか存在しない。

 そんな彼女には、ハンマーヘッド・ディーパーの攻撃は拷問にも等しかった。高速回転する背びれは刃の様に鋭く、テテュスの小さな鎧は火花を上げて切り裂かれあっという間にボロボロになってしまう。

 

「あぎぎぎぎぎっ!? が、ぎぃぃぁあぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!?」

 

 凄まじい痛みにテテュスは暴れようとするが、全身を拘束されている為頭を激しく振り手を別の生き物のように痙攣させることしか出来ない。

 

 どれだけの時間が経ったか、ハンマーヘッド・ディーパーはテテュスから離れた。回転攻撃で切り裂かれたテテュスの体は無残な姿となり、鎧はボロボロでアンダースーツも傷だらけ。傷口からは血が滲み出て海水を赤く染めつつあった。

 

「あぅ……ぁ、あぁぁぁ……」

 

 苦痛から解放されたテテュスの口から、弱々しい声が上がる。今にも意識を手放してしまいそうになっていたが、今気を失うと変身も解除されてしまうと気合で意識を保っていた。

 

 スクイッド・ディーパーはそんなテテュスを見て拘束を解除した。もう抵抗はないと思ったのだろう。実際、今のテテュスにはこれ以上こいつらに反撃するだけの体力が残っていなかった。その点でスクイッド・ディーパーの判断は間違っていない。

 

 だがこいつらはある事を失念していた。そう、ネイトの存在を忘れていたのだ。

 

〈BINGO! Item drop. Cure ball.〉

 

 出し抜けに海中を飛んできた光球がテテュスに直撃した。するとボロボロだったテテュスの傷が見る見るうちに癒え、鎧も元通りとなり体力も回復した様子で体勢を立て直していた。

 

「ふぅ~。ネイト、ありがと!」

「遅れてすまない。もう大丈夫だ」

 

 オケアノスのキュアボールにより、テテュスは回復し再び全力で戦えるようになった。こうなればもう怖い物はない。テテュスは先程のお返しとばかりにハンマーヘッド・ディーパーに、オケアノスはもう邪魔はさせないとスクイッド・ディーパーに狙いを定め攻撃を開始した。

 

「こぉん、のぉっ!!」

 

 テテュスは海中を自在に泳ぎ回り、ハンマーヘッド・ディーパーに執拗に攻撃を仕掛ける。元より機動力ではテテュスの方に分があるのだ。傷を癒し、体力も万全となったテテュスが機動力で劣るハンマーヘッド・ディーパーに後れを取る謂れはない。

 高速でハンマーヘッド・ディーパーの周囲を泳ぎ回り、隙を見せれば蹴り飛ばす。今度はスクイッド・ディーパーの援護も望めないハンマーヘッド・ディーパーは、テテュスの怒涛の攻撃に成す術なく晒されていた。

 

 スクイッド・ディーパーの方はもっと苛烈な攻撃に晒されていた。こちらはオケアノスが担当しているのだが、テテュスを傷付けられたからかオケアノスからの容赦がない。テンペストウィップを取り出した彼は、水中と言うフィールドも活かしスクイッド・ディーパーの触手を打ち据え体勢を崩させると鞭を叩き込んだ。

 

「オラオラオラ! よくも瑠璃を痛めつけてくれたな、お返しだ!!」

 

 鞭でしっちゃかめっちゃかに引っ叩かれるのみならず、鋭い鞭打ちは斬撃にも等しい威力を発揮し触手を断ち切っていく。逃げる素振りを見せれば途端に鞭が攻撃ではなく拘束に動き、引き寄せて直接攻撃を叩き込む。

 

 引き寄せられて殴られ、その衝撃で拘束が解かれ束の間自由になる。その瞬間、スクイッド・ディーパーは擬態で姿を消して逃れようとした。

 

「逃がすか!」

 

 勿論それを許すオケアノスではない。ドロップチップを1枚取り出しドライバーに挿入しレバーを下ろしてスロットを回し数字の2を揃えた。

 

〈BINGO! Activate weapon ability. WHIP EXTREME.〉

 

 地上では暴風を鞭に纏わせて放つ必殺技だが、水中では暴風が水流を生み水流を自在に操る技になる。唐突に発生した海流に、スクイッド・ディーパーは振り回され上下左右の感覚を失い擬態で姿を消すどころではなくなってしまう。

 

 満足に動けなくなったスクイッド・ディーパーに、テテュスによりボロボロになったハンマーヘッド・ディーパー。互いに相手にしているディーパーが限界近くまで弱ったのを見ると、2人は示し合わせた様に攻撃を放った。

 

「ここで!」

〈BINGO! Skill activation! WAVE SMASH.〉

 

「喰らいな!」

〈BINGO! Skill activation. TEMPEST RUSH.〉

 

 テテュスの水流を纏っての回し蹴りと、オケアノスの水流を纏ったパンチがディーパー達を吹き飛ばす。互いに相手に向けてディーパーを吹き飛ばした結果、吹き飛ばされたディーパーはぶつかり合いそこで限界を迎え爆散する。

 ドロップチップを撒き散らしながら爆散するディーパー達を眺め、ライダー2人は安堵に胸を撫で下ろした。

 

「ふぅ……」

「やったな。大丈夫だったか?」

「うん。来てくれるって信じてたよ」

 

 2人は互いの無事を確かめ合い、海面に向けて浮上していく。ボートは既にオケアノスが元に戻してくれている。ハンマーヘッド・ディーパーによりひっくり返されたボートだが、幸いな事に深刻な損傷などはなかったらしい。

 

 ボートへ戻る最中、オケアノスは海に落とされる直前の事を思い出しテテュスに問い掛けた。

 

「そういや、瑠璃?」

「ん? なぁに?」

「海に叩き落される前、お前何言おうとしてたんだ?」

 

 オケアノスに問われ、テテュスはヒュッと音が出るほどの勢いで息を呑んだ。先程は勢いに任せてネイトに迫ってしまっていたが、今思い返してみると物凄く恥ずかしい事をしていた事に気付いたのである。この時変身を解除していたら、真っ赤になった顔を彼に見られていただろう。いや、そもそも変身していなければネイトもこんな事を聞いてこなかったかもしれないから、さっさと変身を解いておいた方が良かったかもしれない。水中で自由に動けるからと、海面に出るまで変身を維持していようと横着した結果がこれだ。

 

「瑠璃?」

 

 何時まで経っても何も言わないテテュスに、オケアノスが首を傾げると彼女は慌てて手と頭を振って答えた。

 

「ななななな、何でもない何でもない!? ちょっと不安とかでおかしくなってただけで、ホント大した事ないから!!」

 

 テテュスは早口で捲し立てると、浮上する速度を上げてさっさとボートに戻ってしまう。引き留める間もなく浮上していってしまったテテュスに、オケアノスは仮面の上から頬をかいて彼女の後を追って浮上していった。

 

 その最中、オケアノスは思う。もしあのままハンマーヘッド・ディーパーが表れず、瑠璃が”あの言葉”を口にしていたら? その時、ネイトは己の理性を制御する事が出来ただろうか?

 

(……んなもん、無理に決まってるだろうがよ)

 

 オケアノスは声も無く苦笑すると、改めて浮上し海面に出て、一足先にボートに上がっていた瑠璃の手を借りて海から上がりそのまま街へと帰っていくのだった。

 

 

 

 

 その日の夜、瑠璃は程良い疲れで微睡みながらベッドの中に入っていた。心地いい微睡みに、徐々に意識が無くなっていくのを感じる。

 

――惜しかったね――

 

(! またあなた? 最近静かだったのに)

 

 不意に瑠璃の脳裏に、テテュスに初変身する際に聞いた声が響く。海で聞いた声とは違い、こちらはどこか親しみを感じる。

 

――最近は私の出る幕もないかと思ってたから。ネイトも居たしね――

 

(ネイト? ネイトの事知ってたの?)

 

――まぁね。彼が居れば、大丈夫だろうって――

 

 謎の声からは、何故かは分からないがネイトに対する強い信頼の様な物が感じられた。一体この声の主とネイトには何の関係があると言うのか?

 そのそもこの声は一体何なのか? 瑠璃には分からない事が多すぎた。

 

(ねぇ、あなたは誰なの?)

 

――多分、その内分かるよ。分かる時なんて来なければいいけど……――

 

(どういう意味?)

 

――こっちの話、気にしないで。それよりもネイトの事、頑張ってね。応援してるから。個人的な主観だけど、ネイトもあなたの事好いてるわよ――

 

 その言葉を最後に、謎の声の気配が消えたのを瑠璃は感じた。気配が消えると、眠気がぶり返し意識が途切れそうになる。

 

(ネイトが、私を…………そうだと、いいな)

 

 ネイトへの想いを抱きながら、瑠璃は夢の世界へと旅立っていった。静かに眠りについた瑠璃の顔は、良い夢でも見ているのか穏やかで僅かに笑みすら浮かんでいるのだった。




読んでくださりありがとうございました!

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。

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