お待たせしました。今回遂にあの男が本格参戦いたします。
海都へ向けて、一隻の客船が向かっていた。海都はその立地上、港湾施設が非常に充実しており空路よりも海路の方が活発だった。それこそ海都に向かう為の、専用の客船が作られ日本のみならず世界の各地から直通で迎えるほどにだ。
これもまた、海都を世界にアピールし多くの人々を呼び込む為の十三の策であった。この為に彼は海運関係者にもかなり頭を下げて回ったりしたものだ。
その努力の甲斐あって、海都に向かう専用の客船はフェリー以上の充実した設備で乗客を運ぶと言うのに他の客船に比べると驚くほど安い運賃で乗船できた。
その客船のデッキに、1人の男性が佇んでいた。柵に身を預け、差してくる日光に目を細めながら海風に身を委ねている。
それだけであれば別に問題はないが、その男には一つだけ少し目を引く点があった。彼の腕の中には1人の赤ん坊が抱かれていたのだ。赤ん坊は海原の何が面白いのか分からないが、水平線の彼方をジッと見つめている。
「うあ~、あ~」
「ん? どうした?」
不意に赤ん坊が海の方へ手を伸ばし始めた。男が赤ん坊を見て、赤ん坊が海の一点を見つめているのに気付きそちらに目を向けると次の瞬間、遠くの海中から一頭のクジラが海面に飛び出した。クジラは海上に飛び出すと、重力に引かれゆっくりと倒れるように再び海中に没した。
「……クジラが飛び出してくるのが分かったのか?」
「う~?」
男が思わず赤ん坊に訊ねると、赤ん坊は何のことだか分からないように首を傾げた。その様子に男が思わず笑みを零すと、1人の女性がやはり腕に赤ん坊を抱えて近付いて来た。
「仁くん」
「”亜矢さん”、どうかした?」
「どうかした? じゃありませんよ。雄司を連れて何時の間にか居なくなっちゃうんですもん、びっくりしましたよ」
男――仁は妻である亜矢からの小言に小さく肩を竦めた。
「ごめんごめん。雄司が海見たそうにしてたからさ」
「だとしても、一言くらいあっても良かったんじゃない? ね~、愛衣?」
「う~」
亜矢……いや、今は彼女の中のもう1人の人格”真矢”が抱いている我が子の愛衣に話し掛けると、愛衣はそうだそうだと言う様に声を上げた。妻と娘に抗議され、仁は困った様に我が子の雄司と顔を合わせる。雄司は父の困った顔に、元気出せと言う様に手を伸ばして仁の体をポンポンと叩いた。
一頻り亜矢からの小言を聞いた仁は、柵に身を預けながら亜矢に向けて手を伸ばす。すると亜矢は伸ばされた腕の中に納まり、彼の隣で愛衣と共に海を眺めた。仁は腕の中に納まった亜矢の肩を優しく抱きしめる。亜矢は仁に身を委ね、彼の負担にならない程度に寄りかかりながら水平線の彼方を見た。
「……もう直ぐ、海都ですね」
「ん、楽しみだよ色々と」
「仁君行きたがってたもんね」
今回の海都行きを仁はとても楽しみにしていた。世界初の完全海上都市、それだけでも興味深いのにこれから彼が向かうのは海都に設けられた海洋研究所。話によれば最新の研究設備を完備しているらしい。
ただ問題として研究員が思うように集まっていないらしく、現在研究所に居るのは女性研究員が1人だけ。他の研究員が集まるまで、その女性研究員の手伝いをして欲しいと言うのが白上教授と海都知事からの依頼であった。
尤も楽しみにしてばかりはいられない。今海都では、ディーパーと呼ばれる怪物による騒動が起こっている事を仁達も掴んでいた。
これから海都に向かうという事は、亜矢や子供達がその怪物の危険に晒される可能性があるという事でもあった。浮かれてばかりはいられない。
だが不安ばかりではない。怪人あればそれに対抗する者も居る。そう、海都には怪物だけでなく仮面ライダーの噂もあるのだ。
「あの時の仮面ライダー、ですかね?」
「多分ね」
海都の仮面ライダー、噂ではテテュスと言うらしい。そう、以前客船で仁達家族が傘木社の残党に襲われた際、彼らの窮地を助けてくれた仮面ライダーだ。
今回の旅の目的の一つには、テテュスとの再会も含まれている。仁は大海原を眺めながら、来るテテュスとの再会の時に思いを馳せるのだった。
***
ディーパーの脅威に脅かされている海都だが、日々そのものは平和だった。確かに怪物はいつ出てくるか分からないし、ここは海の上の孤島の様な街なので逃げられる場所に限りがある。
しかし街に居るのは脅威だけではない。今街にはディーパーの脅威から人々を守る為、S.B.C.T.が日夜パトロールなどをして人々を守るべく奮闘してくれている。彼らのおかげで助けられた人々も決して少なくはない。
何より人々の希望となっているのは仮面ライダーの存在だ。数年前、東京近辺で起こった怪物騒動を解決に導いたと言われる仮面ライダー。それと酷似した仮面ライダーが人知れず自分達を守ってくれていると言う事が、街の住民に安心感を与えてくれているのだ。
その仮面ライダーの正体であるテテュスに変身する瑠璃はと言うと、買い出しの帰りに下校途中の海羽と合流していた。
2人は談笑しながら帰路につく。主な話題は海羽の学校での様子だ。特に瑠璃が気になっているのは、海羽に最近告げられたある事だった。
「そう言えばもう直ぐだっけ、海羽ちゃんが長期合宿に行っちゃうのって?」
「うん。本州の方に1か月」
ある日瑠璃達は海羽から唐突に、学校の方で募集していた本州への長期合宿へ行くと告げられたのだ。海羽からその事を告げられ、当然鉄平は慌てた。何しろその話を告げられた時点で海羽は既に合宿に応募してしまっており、取り消そうにも取り消せないと言う状況だったのだ。
何故事前に何の相談も無しに1人で決めたのかと鉄平が何時もに比べて強めに問いかけた。動揺もあったのかもしれない。まるできつく叱る様に問い掛ける鉄平に、しかし海羽は少しも怖気付いた様子も無く毅然と答えた。
曰く、何時までも瑠璃に甘えるような事はしたくないので、思い切って瑠璃から離れた生活に身を置きたいのだとか。
海羽としては瑠璃が手の届く範囲に居ると、どうしても頼り甘える思考が働いてしまうので、敢えて瑠璃から距離を取る為に物理的に瑠璃から離れた生活を送りたいと言うのだ。
自分から精神的な成長の為に親しい人から距離を取りたいと言う海羽の意見に、鉄平は今度は感激し手の平を反す様に海羽の選択を尊重した。
こうして海羽の本州行きは決まり、出発の時まで時間は後僅かとなっていたのだ。
「寂しくなるわね~、海羽ちゃんが居なくなっちゃうと」
「何言ってんの瑠璃姉ぇ。瑠璃姉ぇにはネイトさんが居るじゃない」
「い、いや、ネイトは、その……」
唐突にネイトの名前を挙げられ、動揺する瑠璃の姿に海羽はクスリと笑う。
「残念だったね。折角ネイトさんを海に誘えたのに」
先日ネイトを誘ってのダイビングの顛末は、海羽の耳にも入っている。瑠璃にしては珍しく海で溺れ、そしてネイトに助けられ人工呼吸をされたのだと。
瑠璃は当時の事を思い返すと顔が赤くなるのを抑えられなかった。幾ら緊急時の事とは言え、意中の相手と口付けをしたとなれば意識せずにはいられない。
思わず頬を赤く染めた瑠璃の姿に、海羽は温かい目を向けながら彼女の肩を優しく叩いた。
「頑張ってね、瑠璃姉ぇ。帰ってきたらお付き合いしてる、何て事になってるの期待してるから」
「もぅ、大人を揶揄わないの!」
「あはは!」
そんな感じに海羽との談笑に夢中になっていたからだろう。瑠璃は前方の曲がり角から出てきた男性に、反応が間に合わずぶつかってしまった。
「あ、きゃっ!?」
「わっ!?」
「ありゃ、瑠璃姉ぇ大丈夫?」
瑠璃と男性はぶつかった衝撃で互いに尻餅をついてしまい、被害を免れた海羽は瑠璃に手を差し伸べ立ち上がるのを手伝った。
瑠璃は海羽の手を借り、尻を擦りながら立ち上がってぶつかった男性に謝った。
「うん、私はね。あいたた……あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「いつつ……あぁ、大丈夫。こっちも失礼、不注意だっ……!?」
瑠璃の手を借りて立ち上がった男性だったが、立ち上がる際に瑠璃の顔を見た瞬間男の顔が凍り付いた。恐怖に固まる男に瑠璃が不思議そうに首を傾げた次の瞬間、彼の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「あ、あんた、何で!? や、やっぱり俺の事も殺しに来たのか!?」
「――――え?」
今度は瑠璃の方が表情を凍り付かせた。この男は瑠璃に殺されると思い恐怖を感じたと言っているのだ。それも口ぶりから察するに、嘗て瑠璃と出会った事がある様な事を言っている。
だが当然ながら瑠璃の中には男の記憶などないし、ましてや誰かを殺した記憶なども無い。もし可能性があるとすれば…………
「――ねぇ!」
「ひっ!? な、何だ!?」
「お願い、詳しく話を聞かせて!」
「何?」
「大丈夫、私はあなたを傷付けるつもりなんてない。誓うわ。だからお願い、あなたが何で私を恐れるのか、あなたと私の間に何があったのかを教えて」
今度は瑠璃が必死になる番だった。この男は、記憶を失う前の瑠璃を知っている。それもとても物騒な記憶を、だ。それが本当に瑠璃なのか、それともよく似た別人なのかは分からないが、その真偽は確かめなければならない。
瑠璃と海羽は男を近くの喫茶店へと引っ張っていき、そこで詳しく話を聞く事にした。
「ごめんなさい。それで、一体何があったんです?」
「話す前に聞くが、本当に何も覚えてないのか?」
「はい。2年以上前の記憶が無くて……」
「それ以前に、本当に瑠璃姉ぇだったんですか?」
海羽は瑠璃が誰かを故意に殺めたなど信じていないのか、男の記憶違いではないかと疑っていた。もしただの言い掛かりか記憶違いであったら許さないと言わんばかりの鋭い視線に、男は年下の少女が相手であるにもかかわらず思わず仰け反った。
それを瑠璃が宥める。
「海羽ちゃん、落ち着いて。すみません、話を続けてください」
「あ、あぁ……と言っても、そんな長い話じゃない。3年位前か、俺のダチがあんたをナンパしたら、アンタいきなり俺のダチの首をへし折ったんだ」
「えぇ? 何それ? 本当に瑠璃姉ぇ?」
「それ、本当に私でしたか? 私、その頃の記憶が無くて……」
瑠璃が男に顔を近付けながら問うと、男も顔を近付けてじっくりと瑠璃の顔を眺めた。顎に手を当て、過去の記憶と照らし合わせる。
暫く唸りながら瑠璃の顔を眺めていた男だったが、ふと何かを思い出したのかハッと顔を上げた。
「あ、そうだ! 傷が無い!」
「傷?」
「あぁ、顔立ちは間違いなくアンタなんだが、あの時のアンタには簡単に消えそうにはない傷が斜めに付いてた」
男はそう言って自分の顔を右上から左下に掛けてゆっくりなぞった。
思わず瑠璃が海羽の事を見る。視線の意味は言うまでも無く、この街に流れ着いた時にそんな傷があったかというものだ。
視線で問われた海羽は即座に否定する。
「傷なんてなかった。瑠璃姉ぇの顔はこの街に来た時からずっと綺麗なままだよ」
「見たところ、手術で隠したって感じにも見えないな?」
「それじゃあ、3年前にあなたのお友達を殺したって言うのは私じゃない、って事……か」
自身の無実が証明され、瑠璃は安堵の溜め息を吐く。もし自分が過去に人を殺めていたのだとしたら、これからネイトに顔向けが出来なくなるところだった。
男も瑠璃を無実の罪で疑ってしまった事に申し訳なく思い、素直に頭を下げた。
「すまねえ、俺の早とちりだった」
「いえ、良いんです。分かってくれればそれで」
これで互いに蟠りは無くなった。瑠璃は安心して、すっかり温くなったコーヒーを飲み喉を潤した。何だかんだで殺人の疑いを掛けられて緊張していたのか、思っていた以上に喉が渇いており一気にコーヒーを飲み干してしまった。
一方瑠璃を疑ってしまった男はと言うと、こちらも安堵してコーヒーを飲んで落ち着くがそうすると今度は瑠璃をじっくり観察する余裕まで取り戻してしまった。
先程は過去に自分の友人を殺したのと同一人物かと思って焦ったが、別人だと分かると途端に瑠璃の魅力が目に入るようになった。すらりと伸びた四肢、艶やかな青髪、何よりTシャツの胸元を押し上げる豊満な胸。
上から下までじっくり観察し、男はさっきとは別の意味で生唾を飲んだ。
「ホント、疑っちまって悪かったな」
「あ、いいんですいいんです。気にしないでください」
「いや、そうも行かねえよ。ここで会ったのも何かの縁、折角だし謝罪も込めて――」
男は謝罪にかこつけて瑠璃をデートに誘おうとした。海羽は男の下心に気付き、一瞬で視線を鋭くすると瑠璃を男から引き離そうと立ち上がる。
が、それよりも早くに横から姿を現したネイトが男と瑠璃の間に割って入り、彼女の姿を隠すようにしながら男に凄むように睨み付けた。
「用が済んだならさっさと消えてくれないか? 瑠璃は店の準備で忙しいんだ」
「ネイト?」
「ネイトさん!」
「な、何だアンタいきなり!?」
突然姿を現したネイトに男が狼狽えるが、ネイトは構わず男の事を睨み続ける。その視線に男は委縮し、思わずその場から後退った。本能的に自分ではネイトに敵わないと察したのだろう。男は暫し睨み付けられると、コーヒーの代金をその場に置いてそそくさと逃げて行ってしまった。
逃げ去っていく男の後ろ姿にネイトは鼻を鳴らし、瑠璃には心配そうな視線を向ける。
「全く……瑠璃、大丈夫か?」
「うん、私は別に……」
「ネイトさん、どうしてここに?」
「そんなの2人がなかなか帰ってこないから心配したからに決まってるじゃないか」
ふと時計を見れば、何時も帰りつく時間をとっくに過ぎてしまっていた。なるほどこれは確かに心配される。恐らく今頃は店で鉄平も気を揉んでいる事だろう。2人は急いで帰り支度をし、代金を支払って店を後にした。
そして喫茶店を出てからの道中、ネイトは2人が何故見知らぬ男と喫茶店に入っていたのかを訊ねた。
「それで? 何だって2人はあんな奴と一緒に居たんだ?」
「実は――――」
瑠璃は先程の事の顛末をネイトに話した。突然先程の男性とぶつかってしまった事、その男が瑠璃の事を見て怯え始めた事。話を聞くと昔男の友人が瑠璃に殺されたという事。それが実は瑠璃にとても良く似た人物で、全ては男の勘違いであった事。
話を全て聞き終えたネイトは、納得した様子を見せると瑠璃を労う様に肩を軽く叩いた。
「そういう事だったのか。何と言うか、災難だったな」
「本当にね。私もびっくりしたわ。もしかして覚えてない事で逮捕されたりしちゃうんじゃないかって」
「でもまぁ、あの人の勘違いで良かったじゃない」
「そうね」
何はともあれ、大事に至らなくて何よりだった。瑠璃が改めて胸を撫で下ろすと、ネイトは小さく息を吐き彼女の頭をやや乱暴に撫でた。
「な~に心配してるんだよ」
「わわっ!? ちょ、何よ?」
「もっと自分に自信を持て。瑠璃は絶対に他人を傷つけるような奴じゃない。俺はそう信じてる」
「瑠璃姉ぇじゃなくて、セラさんがじゃないの?」
海羽が半眼でネイトを睨むと、ネイトは一瞬言葉に詰まるが直ぐに口を開いた。
「否定はしない。だがセラを知らなくて瑠璃だけを知ってたとしても、俺はきっと同じ結論を出した筈だ」
「え、そ、そう?」
「あぁ、断言する」
「そっか……そ、そっか――――!」
ネイトの答えに瑠璃は頬をほんのり赤く染め、声の端に喜色を滲ませる。明らかに瑠璃の雰囲気が変化した事に気付き、ネイトは彼女の顔を覗き込んだ。
「瑠璃? どうかしたか?」
「な~んでもない! さ、早く帰ろう。マスターが心配してるわ」
瑠璃はそう言ってさっさと歩いて行ってしまい、ネイトはそんな彼女の後ろ姿に首を傾げる。
そして海羽は、そんな2人の様子に堪らず笑みを浮かべていたのだった。
***
一方、海都の庁舎では十三と芳江が1人の人物を迎え入れていた。
「初めまして。白上教授の要請で少しの間ですがこちらで研究に携わらせていただく事になりました。門守 仁です」
「海都知事の、葉隠 十三です。お話は白上教授から伺っています。よく来てくださいました、海都は貴方を歓迎します!」
「暫定で海都地下研究所の研究主任に就いています、北條 芳江です。よろしくお願いしますね」
先程船が海都に到着した仁は、家族を暫く滞在する予定のホテルに送りその足で庁舎の十三に挨拶に赴いていた。予め連絡をしておいたので顔合わせは極めてスムーズに進み、仁が庁舎に足を運ぶと待たされる事無く十三の執務室へと通された。
そして仁が執務室に着くと、そこでは十三と芳江が待っていて顔を合わせる事となったのだ。
「白上教授からお話は伺っています。研究者としてとても優れていらっしゃると」
「好奇心が旺盛なだけです。ですが協力する以上は出来る限り力になるつもりです」
「頼もしい限りです。滞在の間の費用はこちらで受け持ちますので、海都を存分に堪能してください」
「ありがとうございます」
仁と十三が話している間、芳江は仁の事をジッと見つめていた。表情は普通だが、その視線にはどこか険しさが感じられる。
その視線に気付いた仁が、十三との話を終え芳江の方を見た。
「何か? 北條博士?」
「あ、いえ……思っていたよりもお若い方が来られたので、少し驚いていただけです。よろしくお願いしますね、門守 仁さん」
「こちらこそ」
その後仁と芳江は二言三言話をして今後の予定を決めると別れ、仁はホテルに滞在する家族の元へと戻っていった。
一方芳江の方はと言うと、執務室を後にした彼女は地下の研究室へと戻っていく。
彼女の為に誂えた研究室には彼女以外誰も居ない。聖域とも言えるその場所に戻った瞬間、芳江の顔は人の良い研究者としての仮面を脱ぎ捨て本来の顔を取り戻した。
「不味いわね、まさか門守 仁が…………仮面ライダーデイナが来るだなんて」
芳江は焦りを感じずにはいられなかった。何しろ研究員がやっと1人来たと聞いて、十三の部屋で待っていたらやって来たのはまさかの仁だったのだ。動揺を隠す為、芳江はかなりの精神力を費やす必要に駆られた。
そう、仁の事を芳江は前から知っていた。彼が仮面ライダーである事も、2年前に傘木社の野望を打ち砕いた事も、だ。
そんな男がこれから自分と共にディーパーの研究に、暫くの間とは言え携わると聞いて芳江は内心で頭を抱えた。彼は聡明であると聞いている。どこで何に感付かれるか分かったのもではない。
「…………予定を早めた方が良さそうね」
暫し考え込んだ芳江は、パソコンに向き合うと電源を入れキーボードを叩いた。そのディスプレイには、8号が使用するシーシェイブのベルトとバーツ達から巻き上げたライフコインが表示されていた。
***
「――――はい、赤の30。残念でした」
「ぐぁぁぁぁぁぁ、くそぉぉ……」
その日の夜、BAR・FUJINOでは瑠璃が何時も通り客を相手にしていた。この日は彼女にルーレットで挑戦する客が多く、瑠璃も客とのルーレット勝負を楽しんだ。
その分接客は海羽とネイトが頑張らねばならなかったが、海羽は勿論ネイトも最早慣れたものであり瑠璃が抜けた穴を十分に補えていた。
ここ最近少し不安定になりつつあった瑠璃だが、ネイトの存在が精神安定に繋がっているのか落ち着いた様子だった。客にはバレないルーレットのボール操作も、精細さを欠く事無く見事なもので人知れず勝負の行方をコントロールしていた。
それも夜が更ける頃には落ち着きを見せ、次第に店内の客の人数もまばらになって来た。今夜は何時もに比べると客が早めに減り、この調子で行けば今夜は早仕舞いになりそうな感じだ。
そんな時、瑠璃の懐にあるリールドライバーが動き出した。念の為にと最近は仕事中もエプロンの下に仕込んでおいたのだが、どうやらそれが功を奏したらしい。
「(あぁ、もう。出来れば来てほしくなかったけど……仕方ない、か)ネイト、ごめん私……」
「! あぁ、こっちは任せとけ。幸い客はそろそろ来なくなりそうだしな」
店内にはもう客は数えるほどにしかいない。これならちょっと店を抜けても問題無いだろう。
「マスター、ごめん! ちょっと外行くわ!」
「んぉ! それはいいが、どうした急に?」
「お客さんの忘れ物見つけちゃったの。多分まだ近くに居ると思うから届けに行ってくるわ」
瑠璃はそれだけ告げるとそそくさと店を出て行った。鉄平は彼女を呼び止めようとしたが、それよりも早くに瑠璃は店を後にする。
慌ただしい瑠璃の様子に、しかし鉄平はやれやれと言った様子で溜め息を吐くだけだ。
「はぁ……忙しない奴だ」
鉄平はそれだけ呟くと、汚れた食器の片付けに取り掛かる。そんな彼の姿に、特に怪しまれた様子が無い事にネイトと海羽は小さく安堵の溜め息を吐くのだった。
店を後にした瑠璃は、リールドライバーの導きに従い夜の街を駆けていく。
今更ながら分かった事だが、リールドライバーはディーパーが活動を活性化させるとそれに反応するらしい。つまり、リールドライバーが反応した時には既に誰かが襲われている可能性が高いという事だ。
せめて間に合ってくれ……瑠璃がそう願いながら走っていると、前方から男の悲鳴が聞こえてきた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「!? くっ!!」
何処か聞き覚えのある様な悲鳴に一瞬疑問を抱くも、瑠璃は兎に角悲鳴の聞こえてきた方へ向け急いで駆けていく。
数分と掛からず目的の場所へと辿り着くと、そこでは以前にも見た事のあるレイ・ディーパーが1人の男性に襲い掛かろうとしていた。レイ・ディーパーが男性に喰らいつこうとした瞬間、瑠璃は助走をつけて飛び蹴りを放ち男性が襲われるのを防いだ。
「ガギャッ!?」
「っと! ふぅ、間に合った。大丈夫?」
「お、あ、あんたは……」
瑠璃が助けたのは何と昼間の男性だった。正直半分以上忘れていた瑠璃だったが、記憶の中に薄っすらと残っていたのでギリギリ覚えている。
「あら、また会ったわね?」
「あんた、何で?」
「夜のお散歩中に、悲鳴を聞いたから急いで駆けつけただけよ。ほら、元気ならさっさと立って!」
適当な事を宣いつつ、男を強引に立たせ押し出す様に逃がす。小さい子供達とかならともかく、こういう俗な人間に変身するところを見られたりすれば最悪弦二の二の舞になってしまう。
しかし男の方としては、瑠璃が1人この場に残る事に何の意味があるのか分からず困惑が隠せなかった。
「い、いや、アンタはどうするんだよ!? あんな怪物相手に……」
「私はこの街の人間よ。逃げ道なんて幾らでも知ってるわ。ほら、だからあなたは早く逃げて! あなたが逃げないと私が逃げられないわ!」
瑠璃に急かされ、男は立ち上がり逃げ出した。その際にレイ・ディーパーが再び男に襲い掛かろうとしたが、それは瑠璃により妨害される。
男が逃げて行ったのを確認すると、瑠璃は念の為周りに警戒しながらリールドライバーを腰に装着する。この時間に出歩く人は殆ど居ないと分かってはいるが、警戒するに越したことはない。
「さ、て……夜も遅いし、手早く終わらせるわよ?」
右手の親指でブルーライフコインをピンと弾き、左手でキャッチ。そのまま人差し指と中指でコインを挟んだ状態で、コインをディーパーに差し出す様に左手を前に出す。
「
コインをドライバーに挿入しレバーを下ろし、前方に出現したルーレットを指差した。
「変身!」
〈Fever!〉
ルーレットが水の輪となり、瑠璃の体をテテュスに変身させる。穏やかに流れる水を通り過ぎるようにして変身したテテュスは、スカートの裾を翻しながらレイ・ディーパーに接近し攻撃を開始した。
「はぁっ!」
スカートをまるで翼の様に腰から広げながら、テテュスはレイ・ディーパーに飛び蹴りを放つ。このディーパーとは以前に戦った事があるので、戦い方は大体分かる。
その言葉に嘘偽りはなく、テテュスは終始戦いを優位に進めていた。レイ・ディーパーは時折周囲の景色に溶け込もうとするが、テテュスはそれを許さず攻撃の手を緩めない。先んじて接近し、レイ・ディーパーが溶け込もうとしているのを攻撃で妨害した。
擬態能力が使えなければ、レイ・ディーパーに出来る事は殆どない。後は我武者羅に鞭を振るう事しか出来る事はなく、そしてそんな攻撃でやられるようなテテュスではなかった。
「ハァァァァァァッ!」
振り回される鞭を巧みに回避し、レイ・ディーパーに近付いたテテュスは下から打ち上げる様に蹴りを放つ。顎を砕く勢いで放たれた蹴りは、レイ・ディーパーの体を放物線を描きながら飛んでいく。
その間にテテュスはドロップチップのケースをドライバーに装着した。
〈All in〉
「ここで一気に賭けるとしますか! 赤の30、オールイン!」
〈Fever!〉
テテュスのジャックポットフィニッシュが発動すると同時に、レイ・ディーパーは地面に落下した。落下した瞬間にエネルギーのチップの中に閉じ込められて身動きが封じられたレイ・ディーパーに、テテュスの必殺の飛び蹴りが炸裂し一撃で仕留めた。周囲にドロップチップが撒き散らされる。
「ふぅ~、お終いっと!」
レイ・ディーパーを倒した事ですっかり安堵したテテュスはつい気を抜いてしまった。今回はあまりにも楽勝だったからだろう。夜も遅い事もあり、集中力が落ちているのかもしれない。
実はこの瞬間、テテュスの事を狙っているディーパーがレイ・ディーパーとは別に存在していたのだ。今の今まで大人しくしていたが、テテュスが大きな隙を晒しているのを見て物陰から飛び出し牙を剥いて襲い掛かる。
「キシャァァァァァァッ!」
「えっ!?」
まさかディーパーがもう一体いるとは思わず、テテュスは咄嗟に防御の体勢を取ってしまう。飛び出してきたイール・ディーパーは構わず喰らいつこうと口を広げ――――
〈ATP Burst〉
「ハァァァァッ!!」
「グギャァァァァァァァッ?!」
瞬間、横合いから飛んできた何者かがイール・ディーパーを蹴り飛ばし、それを喰らったイール・ディーパーは爆散してしまった。
突然の事に呆然と立ち尽くすテテュス。その彼女の前に、危ないところを助けてくれた者が近付いて来た。
「危ないところだったね。油断大敵だよ、仮面ライダーテテュス」
「あ、あなたは――――!!」
テテュスの前に立つのは、白いアンダースーツに赤い鎧を纏った1人の戦士。
その名は、仮面ライダーデイナ。
今ここに、2人のライダーが再会を果たしていた。
という訳で第23話でした。
今回から仁・本格参戦です。立場的にはゲスト扱いなので、最後まで出番がある訳ではなく途中でフェードアウトしていきますが、それまでは頼もしい仲間として活躍してくれることでしょう。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。