仮面ライダーテテュス   作:黒井福

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どうも、黒井です。

今回と次回で、いよいよ本作の謎の一つが明らかとなります。


第28話:サレンダー、暴かれる悪意

 昼間のシーラカンス・ディーパーの襲撃により、仁達一家が宿泊しているホテルは大きな混乱に見舞われた。それもテテュス達仮面ライダーの活躍により収束し、落ち着きを取り戻している。今は従業員と工事の業者が、テテュス達とディーパーの戦闘により空いた穴の修復などに追われていた。

 

 危うく部屋に乗り込まれ襲われる寸前だった亜矢と子供達は、宿泊していた階が修復の工事を行うからという事でホテル側のサービスで別の空いている部屋に移された。

 その部屋の中で、仁は部屋の机の上に広げた資料を前に難しい顔をしていた。先程潜水艦の中で見つけたファイルに入った資料である。

 

「ん~……」

 

 唸り声を上げながら椅子に座り、目の前の資料を見つめる仁。その視界が突如塞がれた。

 

「だ~れだ?」

「真矢さん、でしょ」

 

 こんな事をするのは真矢だ。そう思って仁が答えると、背後から聞こえてきたのは楽しそうな声だった。

 

「残念でした! 今のは私の方ですよ、仁くん」

「あら亜矢さん?」

 

 これは少し意外だった。亜矢はこういう事をあまりしないか、してもどこかぎこちないと思っていたのだ。何より仁は亜矢と真矢を見分ける自信がある。その自分が2人を間違えた事に仁は驚いた。

 一方の亜矢はあの仁を出し抜けたことを素直に喜んだ。仁が自分と真矢を一目で看破してくれることは嬉しいが、それはそれとして偶には仁の事をぎゃふんと言わせて見たくもある。

 

「それで、何してたんですか?」

 

 亜矢は両手を仁の肩に置くと、後ろから机の上に広げられた資料を覗き込む。仁は目の前に資料の一つを手に取ると亜矢に説明した。

 

「これ、海都の下の海底に沈んでた潜水艦で見つけたんだけどね」

「え!? 海都の下に潜水艦沈んでたの?」

「うん。で、その中に入って大梅さんを助けに行ったんだけど……」

 

 一度話を区切った仁は、ファイルを開いて資料の中を眺めた。長い事深海で海水に晒されていたからかどの資料も劣化が酷く読み取れる情報は少ない。だがそれでも、断片的に分かる事はいくつかあった。

 

「その時、無駄な戦闘を避ける為に船室に入ってやり過ごしたんだけど、その時に入った部屋……研究室って感じだったんだ」

「研究室?」

「うん。で、その研究室なんだけど…………内装が傘木社の本社ビルにあった研究室と被るんだよね」

「え――――!?」

 

 仁の言葉に亜矢は思わず息を呑んだ。傘木社本社ビルの研究室と言えば、亜矢にとっても忘れる事の出来ない空間である。何しろ彼女は一時とは言え、傘木社に囚われ実験動物とされていたのだから。

 

「で、でも……研究室なんてどれも大体似たり寄ったりだったりするんじゃないの?」

「俺も一瞬そう思ったけど、ベクターカートリッジの精製装置に似た物はそうあるものじゃないと思う」

「それで、仁くんは気になってこれを持ち帰って来た訳ですか」

 

 亜矢、真矢と話しながら仁は資料のページを捲っていく。どのページもやはり劣化が激しく、詳しいことは分からない事の方が多い。

 だがそれらの中で、仁は目当ての情報を見つけた。あるファイルの最初のページに描かれていた、開かれた傘を意匠したマーク。仁と亜矢にとって、忘れようにも忘れられないマークだ。

 

「ビンゴ……やっぱりあの潜水艦は、傘木社のだったんだ」

「傘木社の潜水艦が、海都の下に!?」

「沈没したのは随分前みたいだから、会社が潰れた頃にはもう沈没してただろうけどね」

 

 次々と資料を捲ってはファイルを閉じ脇に置く。何かあの潜水艦で行われていた研究が分かればと思っていたが、世の中そこまで甘くはないらしい。具体的にどんな研究が行われていたのかは分からず仕舞いだった。だが辛うじてディーパーなどの単語は読み取れたので、あの潜水艦が今回の騒動に大きく関わっているのは間違いない。

 

 そんな中、仁は数枚の写真を見つけた。長時間海水に浸かっていた資料だったが、まだ奇跡的に被写体の判別が可能なレベルの写真だ。

 

「これは……」

 

 仁はそれらの写真を手に取りマジマジと眺める。

 

 写真に写っていたのは仁も見覚えのあるディーパーであった。カプセルに入れられ、何らかの溶液に漬け込まれている。

 やはりあの潜水艦が今回の騒動に大きく関わっていたのだ。その事が分かっただけで大収穫である。

 

 そう思っていた矢先、手にしていた写真の束の中から幾つか写真が落ちてしまった。仁がそのことに気付くよりも早くに、亜矢が落ちた写真を見つけ拾い上げる。

 

「仁くん、落としましたよ?」

「ん? あぁごめんね。ありがとう…………んん?」

 

 亜矢から写真を受け取った仁が何気なくその写真に目を向けると、その写真には思いもよらない人物が写っていた。

 

 その人物とは、北條 芳江。今と殆ど変わらぬ姿の芳江が、他の研究員と思しき人物と共に写真に写っていたのだ。しかもその胸元には、傘木社のエンブレムが刻まれたカードキーを入れたパスケースの様な物をぶら下げている。

 

 それが意味するのは1つ、彼女は傘木社の元研究員だったのだ。傘木社崩壊後の混乱で、どさくさに紛れて捕縛を免れた研究員の1人、それが彼女だったのだろう。

 

 そんな人物が街の重要人物のすぐ傍に居ると言う現状に、仁は危機感を募らせずにはいられない。

 

「ヤバいな……直ぐに、いや……」

 

 急いで庁舎へ赴き、芳江の拘束に走るべきかと考える仁だったがそれは現時点では悪手であると考え直した。

 最大の隠れ蓑である傘木社の崩壊により、彼女は今後ろ盾を失っている。今は海都に雇われているという状態だからまだ大人しい方だが、それもいつ牙を剥くか分からない。だがここで下手に突いて藪から蛇を出すようなことになっては本末転倒。ここは一度落ち着き、慎司にもこの情報を伝えた上で彼らとともに動くのが最善であるという結論に至った。

 

 落ち着きを取り戻した仁であったが、続いて別の写真を見た瞬間今度こそ彼の思考は一時的とは言え停止してしまった。

 

「え、これ……?」

「何々? どうしたの?」

「これ見て」

 

 仁の反応から何かとんでもないものが写った写真がある事に気付いた真矢が横から覗き込み、仁は写真を彼女にも見やすいようにしてやった。そうして真矢も仁の手の中にある写真を見て、そこに写っている相手に思わず息を呑む。

 

「これ、大梅さんじゃ――!?」

「うん……でもこれは…………もしかして彼女は?」

 

 仁と亜矢はその写真に戦慄し、そしてこっそりくすねておいた瑠璃の血液の事を思い出す。正確には、個人的に行った血液の精密検査の結果だった。

 

「仁君、どうするの?」

「…………とりあえず、小早川さんにこの事を話すよ。どうするかはそれからだ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 瑠璃は夢を見ていた。どこかの船の中のような場所を、誰かに手を引かれて走っている夢だ。

 

 周囲は騒がしく、警報と警告灯が船内を彩り、一目見ただけで緊急事態なのが見て取れる。

 

 そんな中、瑠璃の手を引くのは彼女と同じ青い髪を持つ女性であった。瑠璃と違い、ただ伸ばしただけの長い青髪を振り乱しながら、瑠璃の手を引き通路を只管に走っていた。

 

「急いで!」

 

 女性が時折声を掛けてくる。どこか聞き覚えのある声だが、誰の声だったか?

 

 等と考えていると、背後から武装した数人の男が出てきて2人に銃を向けた。男達の存在に気付いた女性は舌打ちをし、瑠璃を引いて通路の脇に入る。直後通路を無数の銃弾が通り過ぎていく。

 

 危うく銃撃される寸前だったにもかかわらず、瑠璃の心は驚くほど騒がない。

 

 と、突如周囲が大きく揺れた。立つのも困難な程激しく揺れ、更には大きく傾いていく。

 

「急がないと……」

 

 そんな状況でも女性は瑠璃の手を引き先へ進む事を止めない。傾き、浸水する通路を進んだ先にあったのは、脱出艇が並んだ部屋だった。既に誰かが使った後なのか、脱出艇の幾つかは無くなっていた。

 

「あれだ!」

 

 女性は残っている脱出艇の一つに瑠璃を引っ張っていく。そして脱出艇の扉を開け、まず瑠璃を中に入れる。

 

 直後、一発の銃声が響き女性の腹から血が噴き出す。

 

「ぐっ?!」

 

 腹だけでなく口からも血を吐きながら、女性はそれでも何とか瑠璃を脱出艇に入れた。

 

 そして女性は、瑠璃に1枚の青いコインを握らせると自分は入らず脱出艇の扉を閉めた。瑠璃は何を感じるでもなく、だが自分は乗らずに残った女性に近付こうと扉の窓に張り付く。

 窓の向こうには、自分を脱出艇に乗せた女性が口から血を吐きながら死相の浮かんだ顔に必死に笑みを浮かべつつ瑠璃に言った。

 

「――――生きて。私の、分も……」

 

 そう言って女性は外から操作して脱出艇を射出させた。あっという間に遠ざかっていく女性の顔。

 

 その顔は、鏡で見る瑠璃自身の顔と瓜二つであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はっ!?」

 

 弾かれるように瑠璃が飛び起きた時、彼女が居たのは自室のベッドの上だった。沈没寸前の潜水艦の中でも、そこから射出された脱出艇の中でもない。

 

「夢……夢? 私の、夢? でもあれ、私?」

 

 果たしてあれは自分の過去の出来事だったのか、それとも脈絡も何もないただの夢だったのか。

 だがただの夢と言うには妙にリアリティがあった。何より自分と同じ顔をした女性が撃たれた瞬間、鼻を突いた血の匂いは夢から覚めたにも拘らず鮮明に鼻に残っている。

 

 あまりにも鮮明過ぎる夢に、瑠璃は息も荒く混乱していた。

 

「はぁ! はぁ! 今の、私の夢? よね? それなら、あれは誰? 私、本当は誰なの?」

 

 取り合えず気持ちを落ち着けようとベッドから出て、浴室に向かい頭からシャワーを浴び湯船に浸かる。温かい湯に包まれていると言うのに、体は極寒の雪原に放り込まれているかのように震えが止まらない。

 

 早々に風呂から上がり、着替えてリビングへ向かうと鉄平とネイトが既に朝食の準備を整えていた。

 

「おぅ瑠璃、おはよう」

「おはよう瑠璃」

「…………おはよ」

 

 瑠璃の顔を見るなり声を掛けてくる2人だったが、今の瑠璃にはその2人に力無く返すのが精一杯。顔色も心なしか悪く出てきた瑠璃に、ネイトが心配して近付いた。

 

「瑠璃どうした? 気分でも悪いのか?」

 

 近付き支えるようにしながら問い掛けてくるネイトに、瑠璃は首を振るだけで答えそれ以上は何も言わない。

 

 明らかにおかしな様子の瑠璃にネイトは勿論鉄平も心配そうにしながら朝食を食べ始める。

 海羽が合宿に行ってから食事の時間が大分静かになったが、この日はそれに輪をかけて静かな食事だった。空気がどこか重苦しく、料理の味も何時もに比べて薄いと言うか悪いように感じられる。

 

 そして瑠璃はと言うと、湯気を上げる料理に全く手を付ける様子も無くぼんやりと眺めているだけであった。流石に異常だと鉄平が問い掛けた。

 

「瑠璃どうした? 気分でも悪いのか?」

 

 鉄平が声を掛けると瑠璃はゆっくりと顔を上げる。そして彼女は、少しの間何かを言おうと口を半開きにしたまま視線を右往左往させた後ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「あの、さ……マスター。私がこの街に流れ着いた時、どんな感じだった?」

 

 質問に質問を返された鉄平だが、特に気分を悪くすることも無く彼女からの問いに記憶の糸を手繰り当時の事を思い出して答えた。

 

「あの時は、まぁ驚いたよ。桟橋の方に散歩しに行ったら、女が1人仰向けに浮かんで流れ着いてたんだから」

「どんな格好で?」

「恰好? ん~……確か、手術衣みたいな薄い服を着ただけだったな」

 

 その後鉄平は救急車を呼び、海に浮かぶ瑠璃を引っ張り上げたのだと言う。

 そこからの事は瑠璃も覚えている。病室で記憶が無い事を確認し、途方に暮れていたところを鉄平の提案で彼の家に身を寄せる事になったのだ。

 

 鉄平の話を聞き終えた瑠璃は、流れ着いた時に自分が来ていた服について考えていた。手術衣の様な薄い衣服、それは夢で見た自分と同じ顔の女性が着ていた服であり、また同じ夢の中で自分が着ていた服でもある。

 

 何か分かる事があったり不安を拭う事が出来ないかと思い話を聞いたが、話を聞いた事で逆に不安が増したような気がする。何よりも夢の続きがそのままこの街に流れ着いた時の状況に繋がる様な事実に、瑠璃は視界が歪むような気分になった。

 

「……ごちそうさま」

 

 何だかジッとしている事が出来ず、瑠璃は静かに立ち上がるとリビングを離れ外へと出て行った。

 

 残された2人はリビングから出て行く瑠璃の背を見送り、そして彼女の席の方を見た。彼女の席に置かれた朝食は結局一口も手を付けられることはなくすっかり冷めてしまっていた。

 

「瑠璃の奴、一体どうしたんだ?」

「(もしかしてこの前、アイツに連れ去られた後やっぱり何かあったんじゃ?)……マスター、俺ちょっと行ってくる!」

 

 今の瑠璃を放ってはおけないと、ネイトは朝食を途中で切り上げ彼女の後を追って家を出た。

 

 瑠璃の姿は直ぐに見つかった。家から少し離れた所を力無くトボトボと歩いているのが見え、ネイトは駆け寄っていき手を掴みながら呼び止めた。

 

「おい瑠璃!」

「ぁ……ネイト?」

「今日どうしたんだ? 何時もの瑠璃らしくない。もしかして、アイツに連れ去られた時何かされたりしたのか?」

 

 探る様なネイトの問い掛けに、瑠璃は答える事はせず彼に手を掴まれたまま歩みを進めた。ただそれは彼を拒絶しているのとは違い、彼をそのまま引っ張っているような感じだった。ネイトは明らかにおかしな様子の瑠璃に首を傾げつつ、彼女の手を掴んだままついて行く。

 

 暫くの間無言で歩き続けた瑠璃だが、ネイトは彼女に答えをせがむ様な事はせず彼女が口を開くのをジッと待った。恐らく今、瑠璃自身も何らかの答えを探しているのだろうと信じて…………

 

 そうしてまだ朝も早い海都の街を歩き、2人が辿り着いたのは桟橋だった。周囲を海に囲まれた海都は、利便性などを考えて外周にいくつも桟橋がある。2人が辿り着いたのはその中の一つ。

 桟橋に辿り着くと、瑠璃は桟橋の端まで歩いて行きそこに腰掛ける。彼女について行ったネイトも、その隣で腰を下ろした。

 

 まだ目覚めたばかりの街は静かで、聞こえてくるのは殆どが海風とさざ波の音だけ。ネイトは風と波の音に暫し身を委ねていたが、唐突に瑠璃が口を開く。

 

「多分、マスターが私を見つけたのってここなんだよね」

「え?」

「私が流れ着いた場所……」

「あぁ、そっか」

 

 ここはBAR・FUJINOからほど近いところにある。ここ以上に近い所に桟橋は存在しないので、距離的に考えて鉄平が散歩で訪れたと言う桟橋はここで間違いない。

 つまりここが最初に瑠璃が海都で訪れた場所と言えるのだ。しかし瑠璃の中にその記憶はない。

 

「…………何か思い出したのか?」

 

 明らかにおかしな瑠璃の雰囲気からそれを察したネイトが訊ねると、瑠璃は膝を抱え顔を膝に埋めながら話した。

 

「ここに来る前……多分私、何処かの潜水艦の中に居たのかも」

「潜水艦?」

 

「うん……そこを、私と同じ顔をした女の人に引っ張られて……」

 

「沈む潜水艦から、その人が私を逃がそうと脱出艇に乗せてくれるの」

 

「でもその人は、潜水艦の追手に撃たれちゃって……」

 

「私だけが、潜水艦から逃げ出せたの」

 

「その時の私とその人の格好が、マスターが私を見つけた時の格好そっくりで……」

 

「私、もしかしたら、潜水艦に乗せられてこの街まで来たのかも」

 

 一通り瑠璃の話を聞いたネイトだったが、彼女が話し終えたとみると流石に狼狽えた様子を見せた。

 

「ま、待て待て待て……それ、本当に瑠璃の過去なのか? ただの夢じゃないのか?」

「私もそう思いたいよ。でも、あの感じ……もう1人の私が撃たれた時に飛び散った血の臭い……あれは、本当の事だったと思う」

 

 飽く迄夢で見た事を過去の追体験だと主張する瑠璃に対し、ネイトは混乱の極みにあった。彼が記憶している限りにおいて、セラに姉妹は居なかった。では、瑠璃の夢に出てきた瑠璃と瓜二つの女性と言うのは一体誰なのか?

 

 何も答えが出せぬまま、沈黙だけが2人の間に漂った。流石に黙り込んでしまったネイトに、瑠璃も沈んだ表情でぼんやりと足元の水面を眺めていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方、海都地下の研究所。そこの芳江の研究室に、仁と慎司に率いられたS.B.C.T.αチームが向かっていた。

 

 彼らが芳江の研究室に押し入るように入ると、コーヒー片手に資料を見ていた芳江が驚いたように顔を上げた。

 

「門守さん? それに小早川隊長も、こんな朝早くからどうしたんですか?」

 

 突然の訪問に驚く芳江に対し、隊員のライトスコープが取り囲むように展開する。そして慎司は、1枚の令状を芳江に突き付けた。

 

「北條 芳江博士。貴方には傘木社研究員だったと言う嫌疑が掛かっています。失礼ですが、これから本部の方へご同行願います」

 

 突き付けられた令状に加え、周囲から向けられる銃口に芳江の顔から余裕が消えた。生唾を飲み、冷静を取り繕おうと必死になりながら弁解する。

 

「ま、待ってください!? 傘木社の研究員? 私が? 一体何の冗談ですか?」

 

 飽く迄しらばっくれる芳江だったが、次に仁に見せられた写真を見て顔を引き攣らせた。

 

「これ、アンタだよね?」

「!? それ、は……」

「この写真に写ってるこの女性、これはアンタだ。そしてこの写真に写ってるアンタは、傘木社の紋章をぶら下げてる。それでもまだしらばっくれるの?」

「た、他人の空似と言う可能性も……」

「それじゃこれならどう?…………アンタ誰?」

 

 続いて出た仁からの質問を、芳江は最初理解できずにいた。だが仁の質問を補足するような形で慎司が芳江の隠していた事実を突き付けた。

 

「北條 芳江と言う人物は確かに実在します。ですがそれは去年までの話です。関係者から話を聞きましたが、北條 芳江と言う海洋学者とは1年前から連絡が取れなくなっていると」

「これがその音信不通の北條博士」

 

 仁が芳江に見せつけた写真には、芳江とは似ても似つかない女性が写っていた。その写真を見せられ、芳江が奥歯をギリリと音がするほど食い縛る。

 その表情はそれまでの人の良さそうな女性科学者のそれではなくなりつつあった。化けの皮が剝がれつつあるのだ。

 

 それは仁達の話が事実であり、今彼らの目の前に居るのはタダの海洋学者ではなく傘木社の崩壊から逃れた悪の科学者である事を如実に物語っていた。

 無言の芳江だが、仁達にはその表情だけで十分だった。

 

「ご同行願います」

 

 改めて慎司が告げ、隊員2人が手錠を掛けようと芳江に近付いて行く。

 

 その時芳江が俯いたかと思うと、その場で大きく溜め息を吐いた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ…………あ~ぁ、ここ快適だったのだけれど、ここまでの様ね」

 

 そう言って前髪をかき上げながら上がった芳江の顔は、完全に他人の命を物としか捉えない傘木社の研究員のものとなっていた。他者を見下すその顔に、慎司が険しい顔になりながら部下を急かした。

 

「早く博士を拘束しろ」

「ハッ!」

 

 隊員の2人が芳江に手錠を掛けようと手を伸ばした。だが芳江は、その手を払い白衣の裾を引っ張り上げた。

 するとピンと言う何かが引き抜かれるような音が響き、次の瞬間彼女の足元に筒状の何かが転がり落ちた。

 

 仁と慎司、他隊員達が芳江の足元に落ちたそれを思わず目で追う。それを見て芳江はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 芳江の足元に転がったそれは、所謂フラッシュバンと呼ばれる物だったのだ。

 

「!? 危ない!?」

 

 いち早く反応した仁が近くに居た慎司の視界を守ろうと動くが一歩遅く、強烈な閃光が網膜を、破裂音が鼓膜を叩いた。

 

「ぐっ!?」

「なっ!?」

「「「わぁぁぁっ?!」」」

 

 フラッシュバンの威力は思っていたよりも高く、裸眼で見てしまった仁と慎司だけでなくカメラ越しに見ている筈の隊員達までもが影響を受けていた。あまりにも強烈な閃光に、ライトスコープのカメラ機能が一時的に不具合を起こしてしまったのだ。

 

 一時的に視界が塞がれている仁とS.B.C.T.を尻目に、芳江はディーパーの頭が入ったカプセルを持ち研究室を飛び出し外へ出て行く。

 驚異的な身体能力が裏目に出て、慎司よりさらに強烈にフラッシュバンの威力を受けてしまった仁だが、そこは流石の新人類。回復速度・適応速度の早さで直ぐに元の調子を取り戻す。

 

「っつぅ~、やってくれるな。小早川さん、大丈夫?」

「うぁ、くぅ……」

「隊長!?」

 

 慎司は普通の人間なので、やはり回復に少し時間が掛かるらしい。まだ眩む視界とキツイ耳鳴りに苦しむ彼を、飽く迄装備の不具合程度で済んでいた隊員が心配する。

 仁はその隊員の1人を捕まえて、逃亡した芳江を追わせようとした。

 

「北條博士を追わないと、急ごう」

「いえ、大丈夫です。念の為、地下研究所の入り口にはβチームが待機しています。博士が外に出ようとしても――――」

 

 仁と隊員が話している間に、慎司の視覚と聴覚が回復したらしく落ち着きを取り戻した。その回復したばかりの慎司に、上で待機しているβチームからの通信が入る。

 

「つつ……ん? 通信? こちら小早川」

『こちらβチーム! 現在敵と交戦中、ぐあぁぁぁっ?!』

「敵!? 敵とはなんだ? ディーパーか!」

『いえ!? あれは……何だ? まるで、スコープ……がはぁっ?!』

「スコープ? どういう事だ!?」

 

 必死に通信機に声を掛ける慎司だが、通信機からは戦闘音と隊員の悲鳴しか聞こえない。

 

 慎司の様子から地上で待機している部隊が何かに襲われて苦戦しているだろう事を察した仁は、慎司の口から出てきたスコープと言う単語に何を相手にしているのかに気付き表情を険しくした。

 

「もしかしてアイツか?」

 

 仁が思い浮かべたのは以前テテュスと共に相手をしたシーシェイブだった。あの時はあまり気にならなかったが、言われてみれば奴は全体的に何処かスコープと似通った部分があった様な気がする。もし奴を相手にしているのであれば、地上で待機しているライトスコープ達には荷が重すぎだ。

 

 逃げた芳江を追う意味でも、仁は急いで研究所から出る事を提案する。

 

「小早川さん、急ごう。上はかなり苦戦してるらしい」

「はい!」

 

 仁と慎司が他の隊員達を伴って地下研究所から出ると、そこには待機していたβチームの隊員達が倒れている光景が広がっていた。

 

 この数分で彼らを倒したのは一体何か? そう思ていると、少し離れた所から激しい銃声が聞こえてきた。音を頼りに現場に向かうと、まだ戦闘を続けているβチームの隊員3人がシーシェイブに向け銃撃している。

 

「撃て! 撃てぇ!」

「この、化け物がぁぁっ!?」

 

 3人のライトスコープにより張られた弾幕の中を、シーシェイブは軽快に進み接近し両腕の爪を振るった。その一瞬で残っていたβチームは全滅、仁達の前でライトスコープが力無く倒れる。

 

 仁達が追っていた芳江はシーシェイブの後方からその様子を満足そうに眺めていた。

 

「ふぅん……最近良いところが無かったけど、何だかんだで強いじゃないの」

 

 満足そうに呟く芳江の言葉は仁の耳に届いていた。それを聞いて、仁は表情を険しくしながらデイナドライバーを構えた。

 

「……アンタは意地でも捕まえる。変身」

「くっ! 変身!」

 

 仁に続き慎司もスコープドライバーを装着し変身する。

 

 新たに現れた敵を前に、シーシェイブが身構えると芳江はカプセルを抱えながらシーシェイブのすぐ近くに動いた。よく見るとその手には、シーシェイブが腰に装着している物と同型のドライバーが握られていた。

 

「仕方ないわね。簡単に逃がしてはくれなさそうだし、連中が来るまでの時間稼ぎはするしかなさそうね。……血浸」

〈Read.Focus on〉

 

 8号が変身するものとほぼほぼ同じ姿のシーシェイブに芳江が変身する。その変身工程があまりにもスコープと似ているものだから、デイナの隣に居るスコープが信じられないと言う声を上げた。

 

「な、何だそれは!? スコープの改造機? 何処で手に入れた!?」

「あら? あなた達知らないの? スコープシステムの元となる技術はそもそも傘木社が持ってたのよ? それなら、同じシステムで独自の装備を開発できるのは道理でしょ?」

 

 そう言いながら芳江が変身したシーシェイブはカプセルを持っていない方の腕を伸ばし、籠手の装甲に内蔵されたマシンガンを撃った。放たれた銃撃を、デイナとスコープは左右に分かれて回避する。

 

「やれやれ……小早川さん、とりあえずは……」

「はい! 倒しましょう!」

 

 2人のシーシェイブに、デイナとスコープを始めとしたS.B.C.T.αチームが一斉に攻撃を開始した。

 

 その戦闘の余波は周囲にも及び、戦場の近くでは火の手が上がるほどであった。




という訳で第28話でした。

今回はまず芳江の裏の顔が仁達にバレ、同時に今回の件に旧傘木社が関わっている事が明らかとなりました。壊滅しても尚騒動の元となる辺り、正しくまた傘木社か、と言う感じですね。

一方瑠璃の秘密に関しては次回に持ち越しです。もしかしたら想像がついている読者の方もいらっしゃるかもしれませんが、衝撃の真実が待ち受けていますよ。

現在リアルで引っ越しの片付けなどに追われていますが、本作は書き溜めがありますので次回も問題なく更新できると思いますのでご安心を。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。

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