仮面ライダーテテュス   作:黒井福

30 / 59
どうも、黒井です。

前回の衝撃的な瑠璃の過去に続き、今回も怒涛の展開が続きます。


第30話:サイドベット、瑠璃は瑠璃

 血が一滴も流れていないにも拘らず、そのまま死んでしまうのではないかと言う程の悲痛さを感じさせる瑠璃の絶叫が周囲に響き渡る。そのあまりの悲痛さに誰もが彼女に注目し、次の行動に移る事が出来ずにいた。

 

「瑠璃、瑠璃!? しっかりしろ!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!? いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 この状況で唯一瑠璃に声を掛ける事が出来たのはネイトだけだが、今の瑠璃にはネイトの言葉も届かない。子供の様に泣き喚き、現実を否定する様に耳を塞いで髪を振り乱す。

 

 その状況で唯一冷静に行動できたのは、この状況を作り出した張本人である芳江だけであった。

 

「8号、今よ」

「!」

 

 芳江の指示の意味を8号は正しく理解し、人の間をすり抜けて一気に瑠璃に接近すると彼女に寄り添うネイトを殴り飛ばした。

 

「がっ!?」

「ひっ!?」

 

 8号はネイトを殴り飛ばすとそのまま瑠璃を押し倒し、ドライバーを掴むと強引に引き剥がした。残された瑠璃は、そのまま8号に邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばされる。

 

「あがっ?!」

「瑠璃!? テメェ!!」

 

 精神的に限界に追い込まれた瑠璃に対する仕打ちに激昂するネイトだったが、8号は構わず瑠璃から奪い取ったリールドライバーを自分の腰に装着。そして、先程まで自分が使っていたシードライバーの時間操作装置からライフコインを抜き取り、代わりにリールドライバーに装填した。

 

「何ッ!?」

「……そうか、同じクローンなら使えるのも道理か」

 

 瑠璃がリールドライバーで変身できるのが、彼女と言う人間に備わった能力に起因しているのであれば、同じ人間のクローンである8号にもリールドライバーが扱えておかしなことはない。

 

 だがそんな事よりネイトには気になる事がある。瑠璃の慟哭でそれどころではなかったが、先程芳江は瑠璃と同じ顔をした8号の事を”セラ”8号と呼んでいた。

 その名前が示す事の意味に彼はここで漸く気付いたのだ。

 

「クローン……そうだ! おいお前! 今この瑠璃もどきの事をセラ8号とか呼んでやがったが、まさかセラは!?」

「あら、貴方あの女の知り合い? そうよ、そこの失敗作も8号も、ある島で生き残っていたムー大陸人の生き残りのセラと言う女の遺伝子から作り出したクローンなのよ」

「でもただのクローンじゃないんでしょ?」

 

 仁が2人の事をただのクローンではないと断じたのは、瑠璃の回復力の早さを見ての事だった。瑠璃のあの回復力の早さに疑問を抱いた仁は、こっそり採取しておいた瑠璃の血液サンプルから彼女の遺伝子を調べていたのだ。その結果、彼女には超万能細胞の遺伝子が組み込まれている事が分かった。

 

 クローンはこの時代においても完全な技術ではなく、特に生まれたクローンには肉体の虚弱化や寿命の短命が大きな問題となっている。

 芳江はその問題を克服する為、傘木社で一番の研究材料であった超万能細胞を用いて生まれたクローン達の強化を図ったのだ。

 

「1人の人間から遺伝子を採取して培養した上、さらに超万能細胞で改造までするとはね」

「そうしないと研究材料にならないからしかたありませんわ」

「ちょっと待て、それなら本物は? 本物のセラはどうした!?」

 

 ネイトにとって、クローンに超万能細胞が使われているかどうかなどは関係ない。彼が再会を願った女性、セラの安否の方がずっと大事だ。

 

「セラの故郷を襲ったのもお前らなのか!?」

「えぇそうよ。5年前だったかしら? 名も無いある島に海洋での生活に適応したムー大陸人の生き残りが居ると聞いて、私達傘木社は調査に赴きそこでセラと言う女を確保したのよ。でも特別だったのはそいつ1人で、あとはただの人間ばかり。だから研究サンプルを増やす為にクローンを何人も作る事にしたのよ」

 

 これでネイトの中にあった謎が一つ氷解した。島を最初に荒したのは芳江達だったのだ。彼女は平和に暮らしていた島の住民を虐殺し、セラを攫い彼女を実験台にしたのである。

 だが芳江の話からすれば、セラは遺伝子の提供元として大事な存在の筈だ。であるなら、本人は今どうしているのか?

 

「セラはどうした?」

「必要だったのは遺伝子だけだったからね。どうしてたかなんて私は知らないわ。まぁ、研究所を兼ねた潜水艦は私を除いて男所帯。クルーのストレス発散には使わせてたかしら? 見た目は良かったから大人気だったみたいよ」

「テメェッ!?!?」

 

 当時のセラがどんな目に遭っていたか、芳江の言葉で嫌でも分かってしまった。故郷を焼かれ、実験台にされ、欲の捌け口にされた。憧れも抱いていた女性が目の前の女の身勝手で人生を破壊された事に、ネイトは怒りに我を忘れ駆け出した。

 

 その彼の前に、腰にリールドライバーを装着した8号が立ち塞がる。

 

「!?」

「変身……」

〈Fever!〉

 

 ネイトの前に立ち塞がった8号は、彼の良く手を阻みながらレバーを下ろしテテュスに変身した。

 

 その姿は瑠璃が変身するテテュスと全く同じだったが、腰にスカートはなく代わりに両手に長短二つの槍を持っていた。8号がホワイトライフコインで変身する、テテュス・スピアーレイズである。

 

「あぁそうそう、言い忘れていたわ。セラのオリジナルだけれど、そいつならもう死んだわ。実験の最中に事故があって潜水艦が沈んじゃってね。そのどさくさに紛れてそこの失敗作を逃がそうとしてたのよ。ま、潜水艦の事をペラペラ言いふらされるのも困るから、始末しといたんだけどね」

「何ッ!?」

 

 セラが死んだと言う事実を耳にしたネイトだったが、それ以上何かを言う事も動く事も出来なかった。

 変身したテテュスが手にした槍・クロックスピアーの柄でネイトを殴り飛ばし強制的に後ろに下がらせたのだ。

 

「がぁぁっ?!」

「ネイト!」

 

 吹き飛ばされたネイトを仁が助け起こす。瑠璃は未だ現実を受け入れる事が出来ていないのか、最早放心状態だった。このままだと瑠璃の心が壊れてしまう。今は一刻も早く彼女の心のケアが必要だった。

 

「不味いな。小早川さん、ここは一度退こう。今は色々とマズイ」

「で、ですが――!?」

「周りよく見て。今は動ける人の方が少ない。生き残ってる隊員を纏めて下がらせて、体勢を立て直す方が先だよ。時間は俺が稼ぐから」

〈Amazing! Revelation of the legend, DRAGON. Open the door〉

 

 再びデイナ・ドラゴンライフに変身した仁が、8号の変身したテテュスと戦闘を開始した。その様子に慎司は思わず歯噛みしつつ、今すべき最善の行動を取るべく生き残っている部下達に指示を出した。

 

「撤退! 総員一時撤退だ!」

 

 慎司の指示にライトスコープ達は互いに肩を貸し合いながらその場を離れていく。部下が下がっていくのを横目に見ながら、慎司はネイトと瑠璃の手を引いてその場を離れようとする。

 

「さ、ここは一度退きましょう!」

「くそ……チクショウ……」

「…………」

 

 セラの身に起きた仕打ちを知りながら、何もする事が出来ない事に悔し涙を流すネイト。瑠璃の方は何も言わず、ただされるがままに手を引かれその場を離れていく。

 

 周囲で次々とS.B.C.T.が撤退していくのを尻目に、デイナは1人テテュスと戦っていた。

 

「ハッ、フッ」

 

 正拳突きからの手刀など、デイナは肉弾戦で戦うがそれだけでも十分な脅威であった。テテュスは両手に持った槍でデイナの攻撃を凌ごうとするが、ドラゴンライフのデイナの膂力はパワーに難があるテテュスでは受け止めきれるものではなく逆に防御を崩され続く蹴りをまともに喰らってしまった。

 

「セイッ」

「ぐふっ?!」

 

 デイナの一撃に壁に叩き付けられるテテュス。戦況はどう見てもデイナ有利だ。ここら辺は流石と言ったところだろうか。流石嘗て傘木社の野望を打ち砕き、世界を救った仮面ライダーだ。

 

 その様子にコバルトウェーブは、気は進まないがテテュスの援護が必要かと考えた。曲がりなりにも今のテテュスは味方と言う立ち位置。このままやられるのを黙って見ていると言うのはどうにも居心地が悪い。

 

「チッ、兄貴達行くぞ」

 

 率先して援護に向かおうとするコバルトウェーブに、他の2人も頷き後に続こうとする。が、その肩を芳江が掴んで引き留めた。

 

「必要無いわ」

「はぁ? アンタあれが見えないのか? どうみても――――」

 

 まるでテテュスを見捨てるかのような芳江の発言に、コバルトウェーブは苛立ちを隠さず背後を振り返った。

 

 だが直後に芳江の言葉が正しかったことが証明される。

 

 8号が変身したテテュスは徐に両手の槍を柄の部分で連結させ一本の双刃の槍に変化させた。それを見た時、デイナは本能的にテテュスの次の動きを警戒した。

 

(俺が渡したコインで大梅さんは事象をある程度操る能力を手に入れた。という事は、アイツも何か特殊な能力を……)

 

 何が能力発動のトリガーになるか分からない以上、必要以上に好き勝手な行動を許す訳にはいかない。デイナはテテュスが何かをする前に攻撃しようと一歩前に踏み出した。

 

 その直後、テテュスは連結させたクロックスピアーを時計回りに回転させた。するとその軌道に重なって時計が浮かび上がり、針が長短共に一周し――――

 

 

 

 

 そしてテテュス以外の全ての時間がゆっくりと動き始めた。

 

 

 

 

 それはシーシェイブでも使っていた時間操作能力。シーシェイブに組み込んでいた時はそもそもシステムが違う能力を強引に組み込んでいた為不安定であり、ふとした事で簡単に故障し使い物にならなかった能力。

 だが今、その能力を8号は完全に使いこなしていた。芳江の読み通り、システムが合致するテテュスであればあの能力も完璧に且つ負担なく扱いこなせるのだ。

 

 全てがゆっくりと動く世界の中で、テテュスだけが普通の速度で動く。今の彼女の目には、先程まで脅威であったデイナですら案山子も同然となっていた。

 

「ふぅ……ふぅ……」

〈Bet,Good luck〉

 

 テテュスは呼吸を整えながらチップケースからドロップチップを5枚取り出し、ドライバーに挿入しレバーを下ろした。ゆっくりとした動きしかできないデイナを尻目に、テテュスは自分の目の前で回転するルーレットを見つめボールが入るポケットを見極める。

 

「……赤の14」

 

 中身は瑠璃ではなく8号だが、瑠璃に出来る事は彼女にもできる。8号にもボールが入るポケットは手に取るように分かった。

 そして彼女の予想は見事的中し、宣言通り赤の14のポケットにボールが入った。

 

〈BINGO! Skill activation! CLOCK TYPHOON.〉

 

 テテュスの必殺技・クロックタイフーンが発動する。テテュスが両手で構えた連結状態のクロックスピアーを振り回すと、槍に段々と紫電が纏わりついていく。

 十分に紫電が槍に充填されたのを見ると、テテュスは槍を回転させるのを止めデイナに向け穂先を向ける。まだデイナの時はゆっくりと流れており、デイナは恐らく今何が起きているのかすら理解してはいない。

 

 その様子にテテュスはほくそ笑みながら、必殺の一撃を放つ。

 

「――――ハァァッ!!」

 

 紫電を纏った槍による一撃がデイナを貫く。そしてその瞬間、全ての時間が元通りに動き出す。

 

「がぁぁっ?!」

 

 気付いた時、デイナが最初に感じたのは腹部を焼く痛みだった。自分の身に何が起こったのかを理解するよりも先に、デイナの生存本能がこのままでは生命の危機であると判断。彼はその体の危険信号に従って、生存の為の行動を選択した。

 

 背中の翼を広げ、急上昇するとそのまま明後日の方へ向け飛び去っていく。テテュスには空への移動手段や攻撃手段がないと言う特徴を見ての判断だ。

 

 その判断は正しく、デイナが上空へと逃げていくとテテュスはそれ以上の追撃をせずに見送った。流石に空を飛ばれては、時間を止めても意味はないと判断したらしい。

 

 逃げるデイナを見送り、テテュスは周囲を見渡した。すると彼が戦っている間にS.B.C.T.は勿論瑠璃達も既に撤退を終えているらしく、見渡す限りにおいて芳江とテテュス以外にはインディゴサイクロンらしか見当たらなかった。

 テテュスを相手に逃げ帰らざるを得なかったデイナではあるが、一番の目標は達成できたのだ。

 

 まんまと逃げられてしまった事に、テテュスは不満そうに唸りながら変身を解除した。

 

〈Drop out〉

「……ふぅ」

 

 変身を解除した8号は肩の力を抜き小さく息を吐いた。その8号の肩に芳江が優しく手を置いた。

 

「お疲れ様、上出来だったわよ8号」

「! あ、ありがとうございます!」

 

 芳江に褒められると、8号は傷顔でありながら子供の様な笑みを浮かべて答えた。それだけで普段の芳江からの接し方が伺えると言うのものだ。

 

 その2人の様子を雇われている3人は変身を解除しながら眺めていた。特にバーツは、8号が瑠璃と同じ顔をしている事や、彼女が瑠璃からリールドライバーを奪い取って使っている事に対して言いたい事が山ほどあると言う顔をしていた。

 

「~~~~、おい」

「待てバーツ」

 

 芳江達にバーツが詰め寄ろうとするが、それをエドワードが止めさせた。何故止めるのかとバーツはエドワードを見るが、それにフランシスも加わり2人で宥めに入った事でバーツも黙らざるを得なくなる。

 

「今は抑えろ。俺達は何も知らなさすぎる。今は待つんだ」

「そういう事だ。恐れず突き進むのはお前の美点かもしれないが、考え無しに誰にでも噛み付くのはただの無鉄砲だぞ」

 

 年上2人にそう言われて諭されては、背伸びしたい年頃のバーツとしては何も言えなくなってしまった。

 

 その後、芳江達は街の警察が来る前にその場を立ち去り、警察とS.B.C.T.の隊員が現場に到着した時には後には倒れたライトスコープ以外誰も居なかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 瑠璃の衝撃の事実が明らかになった日の夜、ネイトはリビングで1人頭を抱えていた。理由は言わずもがな、瑠璃に関する事だ。

 

 あの後、慎司の手を借りて家へと戻った瑠璃は部屋に閉じこもり出てこなくなってしまった。何があったのか知らない鉄平も心配して瑠璃に声を掛けるが、彼女は何も答えず部屋から出てくることも無かった。

 

 一体瑠璃の身に何があったのか? 鉄平は放っておくことが出来ずネイトに何があったのかを問い掛けた。それに対し、ネイトはどう答えるべきかかなり悩んだ。

 

 何しろ鉄平は瑠璃が仮面ライダーとして戦っている事も知らない。そんな彼に、やれ瑠璃がクローン人間で作られた存在だとかいう事を話して、信じてもらえるかは微妙なところだ。

 それに瑠璃も、自分が普通の生まれではなくクローンとして作られ更には細胞レベルで体を弄られている等と言う事実を知られたくはないだろう。そこら辺、ネイトが勝手に判断する訳にはいかないデリケートな内容であった。

 

 結局鉄平には、詳しい事は何も告げずただ瑠璃の過去がとてもデリケートな内容であった事だけをネイトは告げた。正直こんな事だけで納得してくれるとはネイト自身思っていなかったが、予想に反して鉄平はネイトの考えに理解を示しそれ以上詰め寄る事はしないでくれた。

 

 その事はとてもありがたく、しかしだからと言って瑠璃の問題が解決する訳ではないので頭を抱えずにはいられなかった。

 

 それに、ネイトの気分を落としているのは瑠璃の問題だけの話ではなかった。

 

(セラ……君は…………)

 

 芳江は言っていた。セラは瑠璃や8号を生み出す為の遺伝子の供給元として拉致され、研究に携わっていた男達に玩具にされた挙句、瑠璃を助ける為の犠牲となったと。憧れた女性が散々に穢された挙句命を落としたと言う事実は、淡い想いを抱いていた彼の心に傷となった。

 

「俺は……どうすればいいんだ……」

 

 悩んだ末に、何気なく呟いたネイト。

 そこに必死に瑠璃を説得しようとしていた鉄平が戻って来た。表情を見るに結果は芳しくないようだ。

 

「やれやれ、ダメだなありゃ」

「マスター……瑠璃は?」

「まるで天照大神だよ。知ってるか?」

「確か、天岩戸とかに引き籠った日本の神様の名前だったか?」

「そう、よく知ってたな」

「一応神話は一通り知ってる」

 

 ネイトと話しながら鉄平は疲れた様子でコーヒーを淹れた。どうやら瑠璃の説得に相当労力を用い、そして無意味に終わったらしい。その精神的苦労は如何ばかりだったか。

 それでも普段の気遣いを失う事はなく、鉄平はネイトにもコーヒーを淹れて出してくれた。ネイトはそれを受け取り、一口飲んで溜め息を吐いた。

 

「瑠璃……」

「こんな時、海羽が入れば或いは瑠璃も話してくれたかもしれないのにな」

 

 今頃海羽は本州だ。彼女が旅立ってから既に2週間過ぎているので、彼女が帰ってくるまで後1~2週間と言ったところ。それまで瑠璃をあのままにしておくか?

 答えは否だ。その間にディーパーが出ればネイトと仁、それに傷付いたS.B.C.T.で何とかするしかない。

 それに今の無気力なままの瑠璃を放置しては、飲まず食わずで死んでしまいかねない。その前に何とか立ち直らせなければならないのだが…………

 

「俺じゃダメそうだ。ネイト、代わってくれ」

「え――――!?」

 

 自分の声は届かないと察し、鉄平は希望をネイトに託そうとした。しかし当のネイト本人は話を振られた瞬間表情を凍り付かせた。

 

 ネイトの表情を見て、鉄平は首を傾げた。ネイトと瑠璃は少し前から大分仲が良くなってきている事を鉄平は知っている。それに瑠璃がネイトに気がある事も鉄平は知っているので、自分はダメでも彼の言葉なら届くと信じていた。

 

 だがネイトは違った。彼の場合は瑠璃の気持ちが何処まで自分に向いているかを知らないから……という訳ではなく、彼自身が瑠璃にどんな顔をして会えばいいか分からなくなってしまったからだ。

 

 既に何度も述べられたが、瑠璃はネイトが探していたセラ本人ではなくセラの遺伝子から作られたクローン人間。つまりどう足掻いても瑠璃はネイトの事を思い出したりしてはくれないし、ネイトはセラ本人と再会する事は出来ない。

 

 その事実を知ってしまった今、ネイトはどんな顔をして瑠璃と顔を合わせればいいか分からなくなってしまったのだ。

 

「どうした? 何か問題があるのか?」

 

 しかし鉄平は瑠璃とネイトが抱えている問題を何も知らないので、何故ネイトが瑠璃の元気付けに動かないのかが分からず怪訝な顔をしてしまっていた。こんな時に瑠璃の為に動こうとしない、ネイトの姿に対し鉄平は険しい目を向けた。瑠璃はこんな情けない男に惚れたのかと、彼を軽蔑すらしつつあった。

 

 このままでは鉄平も納得しないだろうという事はネイトにも察する事が出来たので、あまり全てを話し過ぎない程度に、ただし自身の今の瑠璃に対する気持ちがどういった物なのかを簡潔に纏めて話すように頭を回転させた。

 

「その……だな。聞いてくれるか?」

「そうする事で瑠璃が元気を取り戻す事に繋がるならな」

「実はな……瑠璃はセラじゃないみたいなんだ」

 

 取り合えず当たり障りのない程度に、瑠璃とセラが別人であり同時にセラが既に他界している事等をネイトは鉄平に告げた。鉄平は瑠璃がネイトの探していた相手ではない事と、本来ネイトが探していた相手が既にこの世に居ないと言う事実に僅かに目を見開いたが、話を途中で遮る事はせず黙って彼の話を聞いていた。

 

「俺は、セラを探してこの街に来て、瑠璃がセラだと信じてここに居た」

 

「でも、瑠璃とセラは別の人間だった」

 

「その上、セラはもうとっくの昔に死んでるらしい」

 

「俺の今までの瑠璃に対する態度は、セラに対する態度と言っても過言じゃない」

 

「そんな俺が、今更瑠璃に対してどんな顔をして何を話せばいいのか、分からなくなっちまったんだ」

 

「なぁマスター、俺、どうすればいいんだ?」

 

 遂には迷った子供のような目を自分に向けてくるネイトに対し、鉄平は静かに中身の残ったマグカップをテーブルの上に置いた。そしてネイトの話を噛みしめるように目を瞑って腕を組み、考えを自分の中で纏めると口を開いた。

 

「ネイト……難しく考えるな」

「え?」

「仮に瑠璃とセラって子が同一人物だったとして、瑠璃が一生過去の記憶を思い出さず瑠璃として生きて行くことになったらお前はアイツの事を見捨てたのか? お前にとって、瑠璃は所詮セラの代わりなのか?」

「それは――――!?」

 

 そんな事はないと、断言できるだろうか? 今の今まで、ネイトの中には瑠璃がセラの事を思い出すかもしれないと言う希望があった事は間違いない。彼と瑠璃との付き合いが、少なくとも最初の内は打算の上に成り立っていた事は確実だろう。それを考えると強ち鉄平の発言も間違いとは言い切れなかった。

 

 だが、今はどうだろうか? ネイトは瑠璃が最近は過去を思い出す事を避けようとしている事を知っていた。そんな彼女と、瑠璃としての彼女との付き合いが長かったことで段々とこのままでも良いかと思い始めていたのも事実だった。

 

 しかしそれは瑠璃とセラが同一人物だと思っていたからの事。セラの死を知ってしまった今、瑠璃と今まで通りに付き合い更に深い中にまで発展しようとするのは、瑠璃をセラの代わりとしようとしているのではないか? それは瑠璃は勿論、死んだセラに対しても不義理なのではないか?

 そんな思いがネイトの中にタールの様にへばり付いていたのだ。

 

 そう言った悩みを抱えていたネイトに対し、鉄平は今、彼が共に暮らしてきた瑠璃に対してどういう感情を抱いているのかを直球に問い掛けた。

 

「昨日までネイトはセラって子の死も、瑠璃の過去も知らずに暮らしてきた訳だろ? それまでの生活の中で、ネイトは瑠璃として生きてきた瑠璃に対してどう考えて接してきた? 何時かはセラとしての記憶を思い出すかもって事を考えながら接してきたのか?」

「!?!?」

 

 鉄平の指摘にネイトは頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受け、頭の中が真っ白になった。

 

 瑠璃の過去やセラの死と言う事実の衝撃で、ネイトは昨日までの瑠璃との生活での事をすっかり忘れていた。確かに当初は瑠璃とセラを同一視していたが、今改めて見ると瑠璃を見てもセラが頭に浮かぶことが無くなってきていたのだ。セラはセラ、瑠璃は瑠璃として見る事が今は出来ていた。

 

 セラに対してネイトは憧れを抱いていた。だがそれは所詮憧れであって、恋慕ではない。しかし瑠璃に対してはと言うと…………

 

 鉄平の問いに対し、ネイトは深く考え込み手元にあるまだコーヒーの残ったマグカップの中を覗き込んだ。その様子に、先程までの思いつめた様子は見られない。曇っていた目が晴れ、本当に考えるべきことを見つけたと言った感じだ。

 

 それを見て、鉄平は満足そうに席を立ちその場を離れていった。もう大丈夫、後は彼が瑠璃の心を開いてくれる。

 

 ネイトへの信頼感を胸に、鉄平は若い2人の行く先に幸せを願った。

 

「さて……今夜は休業にするかな」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方、ホテルでは亜矢が子供達2人をあやしながら仁の帰りを待っていた。海都の下の海底に沈んでいる潜水艦にあった資料から、瑠璃と芳江の秘密を知り芳江の捕縛の為に慎司と共に地下研究所に向かうと言って出かけていった仁は、昼を過ぎ夕方になってもなかなか戻らない。

 

 仁に限ってもしもという事はないと信じてはいるが、連絡も無しになかなか帰ってこない事には心配をせずにいられなかった。

 

 亜矢が感じている不安は仁がなかなか帰ってこない事に対するものだけではない。2人の子供達にもあった。

 

「う~、う~~!?」

「あ~!?」

「はいはい、大丈夫。大丈夫よ。お父さんもう直ぐ帰ってくるから、ね?」

 

 どういう訳かは分からないが、海都に来てからというもの雄司も愛衣も機嫌が悪いと言うか兎に角泣く事が増えたのだ。特に仁が居ないと、愛衣は勿論雄司すら高確率で泣く。雄司は滅多に泣く事が無く、手を焼かされなさ過ぎて逆に不安になる事もあったと言うのにだ。

 

(仁くん……一体何が?)

 

 亜矢が言い知れぬ不安を感じていると、不意にバルコニーの窓からノックする音が聞こえてきた。子供達に意識を向けていた亜矢は反応が遅れ、一足先に気付いた真矢が表に出て窓に警戒を向けつつドライバーに手を伸ばそうとした。

 

「誰!……って!?」

 

 今のノックは明らかに人によるもの。ドアから入らず窓から入ろうとするのは一体誰かと警戒する真矢だったが、窓の方を見た瞬間警戒は驚きに替わった。

 

 そこに居たのは、腹に穴を開けられたドラゴンライフのデイナだったからだ。デイナは真矢が気付いてくれた事を知ると、安堵したように変身を解除した。素顔を見せた仁は、明らかに疲れて消耗した様子だった。真矢は慌ててバルコニーに近付くと、窓の鍵を開け仁を室内に入れた。

 

「仁君!? どうしたの、大丈夫?」

「あぁ……ゴメンね、心配かけちゃって」

 

 真矢に謝りながら仁は部屋に入ると、近くにあった椅子に腰かける。真矢と入れ替わった亜矢は、電話に向かいルームサービスで救急箱を持ってきてもらおうとした。

 

「待っててください、今救急箱を……」

「いや、傷はもう塞がってるから大丈夫。水を一杯貰えるかな?」

 

 実際ここに来るまでの間に傷は癒してある。その代わり血を少し失った為体が軽く脱水症状を起こしていた。故に仁の喉は何時も以上の渇きを感じていたのだ。

 

 仁の要望に亜矢は即座に答え、コップに水を一杯汲むと仁の口元にそっと持って行った。亜矢のサポートを受けつつ、仁はコップの中の水を一気に飲み干した。

 

「ん……ん……はぁ」

「仁くん、本当に大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫。こっちは?」

「大丈夫です。2人がやっぱり不安そうでしたけど、今は落ち着いてるみたいで……」

 

 子供達に目を向ければ、仁が近くに来たからか雄司が落ち着きを取り戻していた。父親が近くに居る事で安心したのだろう。愛衣の方も釣られて段々と落ち着いてきていた。

 

「それで仁くん、一体何があったんです?」

「うん……テテュスにしてやられたよ」

「え!? テテュスって、大梅さんにですか!?」

「あぁごめん、彼女とは別の……いやある意味同一人物か? まぁいいや、兎に角彼女とは別のテテュスだよ。時間を操る能力を使われてね」

 

 シーシェイブの時も時間を操作する能力には手を焼かされたが、今回は完全にやられた。嘗て傘木社の野望を打ち破ったデイナが完全敗北だ。

 

 簡潔に仁から話を聞き、亜矢は表情を険しくした。今まで戦ってきた敵の中で、時間を操る様な敵はいなかったからだ。

 もしその脅威が、2人の子供達を奪う為に向けられたりしたら…………

 

「……どうしましょう?」

「心配しないで。今日の事で、アイツへの対抗手段は思いついた。次に会った時はこうはいかない」

 

 寧ろ心配なのは、衝撃の事実を聞かされた瑠璃の方だろう。あそこからどう立ち直らせるか。

 

 考えるべきことは多かったが、今日は流石に疲れた。頭が上手く働かず、睡魔に瞼が重くなってきた。

 

「ゴメン、今日はちょっと……」

「無理しないで、今日はゆっくり休んでください。小早川さんから連絡が着たら、私が対応しておきますから」

「ん、ありがと……」

 

 亜矢の手を借りて、仁はベッドに倒れ込むとそのまま泥の様に眠った。亜矢は眠った仁の頭を優しく撫で、布団をそっと掛けてやる。

 

 仁をベッドに寝かせると、直後に隣のベッドの上に寝かせていた愛衣が泣き出した。また何か不安になったのかと思ったが、今度は純粋にお腹が空いただけらしい。その証拠に雄司は何かを求めるように亜矢に手を伸ばしていた。

 

 何時もの調子に戻った子供達に苦笑しつつ、亜矢は子供達に授乳する為まずは泣いている愛衣を抱き上げるのだった。




という訳で第30話でした。

一時的にですがテテュスが敵に回りました。瑠璃も8号も言ってしまえば同じ人間なので、瑠璃に出来る事は8号にも出来ちゃいます。つまり8号にもディーラーとしての才能があるという事に……

テテュスの新たな力の発動がまさかの敵サイドで、能力はクロックアップ。ザ・ワールドとは違い、自分以外が非常にゆっくりと動いている状態です。だからクロックアップ。

瑠璃の衝撃的な事実とセラの死に揺れ動くネイトでしたが、実はセラと触れ合った期間はそんなに長くないんですよね。なので瑠璃とセラ、どちらに情が向くかと言われたら、瑠璃になるのが必然な訳で。一目惚れはあったかもしれませんが、それを上回る温もりが瑠璃にはあったんですね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。