仮面ライダーテテュス   作:黒井福

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どうも、黒井です。

最近は瑠璃が精神的にどぼどぼになってばかりですが、それも今回までとなります。漸く彼女が報われる時が来ました。


第31話:ストレート・アップ、心を満たす言葉

 鉄平に諭されてから、ネイトは暫く自分の中で瑠璃に対する気持ち、セラに対する気持ちを纏めていた。ありのままの自分に向き合い、嘘偽りの無い瑠璃への気持ちを整えるのに掛った時間は思っていた以上のもので、気付いた時には日が暮れそうになっていた。

 

 時間は掛かってしまったが、その分考えと想いは固まった。ネイトは意を決して、瑠璃の部屋の前へと向かう。

 

「瑠璃、居るか? 俺だ、ネイトだ。話がある……入っても良いか?」

 

 返事はない。鉄平が話していた通り、瑠璃は誰とも話す気は無いようだ。だがこのままという訳にはいかない。何としても彼女と話をしなくてはならないのだ。

 

 失礼と感じつつ、ネイトは返事を待たずに瑠璃の部屋のドアノブに手を掛けて捻り扉を開けようとした。が、瑠璃は中から鍵を掛けているのか扉は押しても引いてもビクともしない。

 

 本気で誰とも顔を合わせるつもりはない瑠璃に、ネイトはそっちがその気ならと一度自分の部屋に向かうとピッキングツールを持ってきた。これは遺跡などに向かった時、トラップや宝箱らしきものを見つけた際に開ける時使う物だ。

 ネイトはピッキングツールを使って、瑠璃の部屋の鍵をあっという間に外し扉を開けて中に入った。

 

「瑠璃、入るぞ…………!?」

 

 部屋に入ってネイトが真っ先に感じたのは、鼻を突くほどのアルコールの匂いだった。

 室内を見渡せば、瑠璃の姿は直ぐに見つかった。彼女は部屋の机に突っ伏している。そしてその周りには、店の商品と分ける為に部屋に置いておいたのだろう酒の瓶が幾つも転がっていた。

 

 どうやらあの後、瑠璃は自棄を起こして酒を片っ端から飲みまくったらしい。

 

 瑠璃にもこんな一面があったのか。いや、自分の存在を見失い、やり場のない思いをぶつける為に偶々見つけたのが酒だったと言う話かもしれない。

 

 兎に角このまま見ている訳にもいかないので、ネイトは床に転がった酒瓶を避けながら瑠璃に近付き突っ伏した彼女の背中に手を当て優しく揺すった。

 

「瑠璃、瑠璃。起きてくれ、瑠璃」

「ん……んん……」

 

 体を揺らされ、瑠璃は呻き声を挙げながら体を起こした。酔い潰れて寝ていたらしき瑠璃は、まだ酔いが残っているのか赤らんだ顔でネイトの事を見た。その視線は、何時もの彼女を知っている者からすれば信じられないほど荒み座っている。

 

「ネイト…………何しに来たの?」

「話をしに来た。聞いてくれ、瑠璃」

「話?…………話なんて無い!?」

 

 瑠璃は突然激昂すると、立ち上がってネイトを突き飛ばし部屋から追い出そうとした。

 

「出て行ってよ!? 今更私に何の用なのよ!?」

「瑠璃……」

 

 一度は扉まで押し出されそうになったネイトだが、踏ん張ると再び瑠璃に近付こうとする。そんな彼に対し瑠璃は空の酒瓶を取ると彼に向けて投げつけた。

 

「出て行って!? もう今更、私なんかに用なんて何もないでしょ!?」

 

「私はセラじゃない!? 誰でもない!? 実験の為に作られたクローンでしかないのよ!?」

 

「過去なんてある筈の無かった空っぽの私に、一体何の用があるって言うのよ!?」

 

「もう放っといて!? 1人にさせて!?」

 

 叫びながら瑠璃は手当たり次第に酒の空瓶をネイトに投げつけるが、ネイトは怯まず瑠璃に近付いていく。投げつけられた瓶の一つが額に当たり、当たり方が悪かったのか額が切れて血が流れだすがネイトは止まらない。

 

 気付けば瑠璃の手が届く範囲に投げられるものは無くなっており、障害となるものが無くなるとネイトは一気に瑠璃に近付き彼女の体を抱きしめた。

 

 まさか抱きしめられると思っていなかった瑠璃は一瞬体を強張らせるが、抵抗は止める事無く細い腕でネイトの胸板を押し返し引き剥がそうとした。

 

「止めてよ、離して――!?」

「…………」

「私は、ネイトに愛されるような女じゃなかったんだから」

「…………」

「だから……だから…………」

 

 何を言われようが、どれだけ拒絶されようが抱きしめる腕を離さないネイトに、次第に瑠璃の抵抗も小さくなっていく。

 それだけではなく、瑠璃の抵抗が小さくなるにつれて言葉に涙声が混じるようになり、目からは涙が零れ始めていた。

 

「う……ひっく……記憶なんて、ある筈なかったんだ。私が生まれたのは、この街に流れ着く少し前だったんだから……」

「みたいだな」

「だから、私、ネイトに愛される理由なんてない。私はセラでも、誰でもないただの人形だったんだから……」

 

 ネイトの胸の中で瑠璃は子供の様に泣きじゃくった。求め、恐怖し、悩んでいた自分の過去が実験の為に作り出された空っぽのものしかない事に絶望した。

 そんな彼女の頭と背中を、ネイトは優しく撫でた。

 

「そんな事ない……瑠璃は、人形なんかじゃない」

 

 絶望する瑠璃にネイトははっきりと否を伝えた。彼にとって、瑠璃は人形でも実験動物でもない。

 

「じゃあ何? セラの代わり? 顔だけは同じだもんね」

 

 しかし瑠璃の答えは捻くれた物だった。実際彼女の顔はセラと寸分違わぬものなので、そんな考えが浮かぶのも仕方がない事なのかもしれなかった。

 だがその早とちりはネイトにとって不名誉なもの。故に、ネイトは瑠璃の誤解を解くと共に、彼女への嘘偽りの無い気持ちをそのまま伝えた。

 

「瑠璃、聞いてくれ。…………俺は、お前が好きだ」

「…………え?」

 

 最初その言葉を聞いて、瑠璃は自分の耳がおかしくなったと思った。ネイトが好きなのはセラだと、瑠璃は漠然と思っていた。昨日までネイトが自分を好いてくれるのは、自分の中にセラが眠っているからだと。心のどこかではネイトが見ているのは自分ではなくセラなのではないかと、彼が見ているのは実は自分ではなくセラなのではないかという、予防線の様な考えを持っていた。

 

「……慰めや冗談は止めてよ。ネイトが会いたかったのはセラなんでしょ?」

「確かに、俺はセラに会いたかった。でもな、実際に俺を惚れさせたのは瑠璃、お前なんだよ!」

 

「最初は間違いなく、俺は瑠璃の中のセラに会おうとしてた」

 

「ふとした時に瑠璃にセラの姿を重ねてたのも間違いじゃない」

 

「でもな、セラと過ごしたのは短い時間でしかない」

 

「その時に惚れたのは間違いないが、俺はセラに対して好意を伝えた事は一度も無い」

 

 つらつらとネイトは、自分がセラに向けていたのは所詮憧れでありそれ以上ではない事を瑠璃に伝えた。もし彼がセラと接したのがその時以外にもあれば、恐らく愛の告白をしていたかもしれない。

 

 だが現実にネイトと長い時間を共にしたのは瑠璃であった。そしてネイトは、共に長く過ごす内にネイトはセラではなく瑠璃に惹かれていったのだ。

 

「今なら俺ははっきり言える。俺は瑠璃が好きなんだ。クローンだとかそんな事どうでもいい。セラと同じ顔なのは確かだが、瑠璃は瑠璃でセラじゃない。そして俺が好きなのは瑠璃なんだ!」

 

 胸の内に秘めた想い、段々と育ってきた想いを全て瑠璃に吐き出すと、彼女の顔を優しく包むように掴んで正面から顔を見る。真っ直ぐなネイトの視線に、瑠璃は何と答えればいいか分からなくなり目を泳がせて唇を震わせた。

 

「瑠璃、これが俺の気持ちだ。嘘偽りはない。信じてくれ」

「ぇ、ぁ…………ぅ、うん」

 

 あまりにも真っ直ぐなネイトの気持ちに、瑠璃は圧倒されただ頷くしか出来なかった。明確な言葉はなかったが、今のネイトにはそれで十分だった。

 

 そして残るは瑠璃の気持ちだけだ。ここ最近の瑠璃の態度を思い出せば一目瞭然と言う気もするが、それでももしもという事はあるし確認の為にネイトは瑠璃の口からの言葉を求めた。

 

「じゃあ、瑠璃はどうだ? 瑠璃は俺の事、どう思ってくれてる?」

「私…………私、は…………」

 

 瑠璃は言い淀んだ。ネイトに対する想いなど既に決まっている。だが、所詮クローンである自分がこんな気持ちを抱いていいのかと言う考えを捨てきれない。

 

 葛藤する瑠璃だったが、しかし心の奥底すら見透かしているのではないかと言う程真っ直ぐ見つめてくるネイトの視線は迷う瑠璃の手を引き背中を押してくれた。彼の視線に刺激されて、瑠璃は抱いていた想いを口にする。

 

「私、も……好き。私も、ネイトの事が好き――!」

「瑠璃――!!」

 

 ネイトへの想いを口にした瞬間、瑠璃の目からポロポロと涙が零れた。それは先程流していた涙とは別の意味を持つ。互いの想いが繋がり合った事への歓喜の涙だった。

 

 感極まって涙を流しながら、瑠璃はネイトに抱き着いた。ネイトも抱き着いて来た瑠璃を優しく抱きしめる。

 

「ネイト、ネイト! 私、ネイトの事が好き! 大好き!! もう絶対離れたくない!!」

「俺もだ。クローンだろうが何だろうが、俺は瑠璃の事を1人の女として愛してる!」

 

 2人は暫く互いにきつく抱きしめ合った。力の強いネイトが力強く抱きしめているので、瑠璃は僅かに痛みを感じたがその痛みすらも今は愛おしい。

 

 本当に愛おしい。愛おしくて愛おしくて、想いが止まらず更なる愛が欲しくなる。

 その気持ちを抑える事をせず、瑠璃はネイトの背中に回していた腕を彼の首に回して引っ張りながら自身も爪先を立てて背伸びする様にしながら彼に顔を近付けた。それが何を求め何を意味しているのか、気付かないほどネイトも馬鹿ではない。

 

 瑠璃が顔を近付けようとしているのを見て、ネイトも自分から瑠璃に顔を近付ける。自分の意図に彼が気付いてくれた事に一瞬笑みを浮かべ、瑠璃は目をそっと閉じ彼に全てを委ねた。

 

 互いに引き寄せられるように2人の顔が近付いて行き、そして唇が触れ合った。唇が触れ合った瞬間、2人は相手が離れないように、相手から離れないように互いの後頭部に手を回した。

 

 愛を確かめ合う2人のキスは長く続いた。そのまま溶け合おうとするかのようなキスは、互いを求め合う心に更なる燃料を投入する。

 

「――――ぷはっ」

 

 流石に息苦しくなったのか、どちらからともなく唇を離した。顔を少し離した事で、軽い酸欠だけでなく気恥ずかしさと愛しさで朱が差した顔を見る事になった。

 

 瑠璃はネイトのそんな顔を見て、気持ちを抑えたりする事無く更に彼を求めた。

 

「ねぇ、ネイト……私、クローンで作られて、中身空っぽなんだ」

「それは――」

「だから……私の事、もっとネイトで満たして? 私の空っぽの体を、ネイトで一杯にして?」

 

 そう言って瑠璃は上着のボタンを外した。ベッドに腰掛けながら服を脱いでいく瑠璃の姿に、ネイトは自身の中で獣が目を覚ますのを感じて生唾を飲む。

 ネイトの目が自分の肢体に釘付けになっているのを見て、瑠璃はベッドの上に身を投げ出しながら両手を広げた。

 普段客を相手に、挑発目的で自分の女としての魅力を武器にする事はあった。だが今、彼女は純粋に好きな相手を誘う為に、自身の女としての魅力を全力で使っていた。

 

 その威力は絶大で、ネイトは一瞬理性を忘れベッドの上に体を投げ出した瑠璃に襲い掛かるように覆い被さる。

 

 だが寸前で理性を取り戻した彼は、最後の確認の様に瑠璃に問い掛けた。

 

「瑠璃……本当に良いのか? 言っちまうが、瑠璃以上に魅力的な女なんて居ない。一度始めちまったら、もう止まれる保証はねえぞ?」

「言ったでしょ? 私の事、ネイトで満たしてって。止める事なんて考えないで、溢れるくらい私の中をネイトで一杯にして。ね?」

 

 ネイトの中で理性を保つ為に張られた最後の鎖を引き千切る目的で、瑠璃は彼にもう一度口付けをした。

 

 それが合図となった。ネイトは自分を抑える事を止め、溢れる想いを吐き出すように瑠璃を求めた。そして瑠璃もそれに応え、空虚な自分の中をもっと満たしてほしくてネイトの事を熱く求め続けた。

 

 その日、鉄平は何かを悟ったかのように店を休業にし、今夜は帰る気も無く夜の街へと繰り出した。

 2人しかいない家の中で、瑠璃とネイトは何時までも互いを求め合ったのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方その頃、フランシス達がアジトにしているクルーザーの一室では芳江が上機嫌でグラスに注いだワインを呷っていた。

 部屋には丸テーブルが置かれており、芳江はその傍に置いた椅子に座っていた。その対面には同じく置かれた椅子に、素顔を晒した8号が腰掛けている。

 

「ん、ん……ふぅ。フフフッ、良い感じに事態が転がっているわね。リールドライバーはこちらの手の内、デイナは今のテテュスには勝てない。そして失敗作は精神的にもうボロボロ。あの分ならそのままモルモットになってくれそうだわ。精々データを取る為の実験台になってもらおうかしら」

 

 芳江が上機嫌で再びワインを呷るのを、8号も笑みを浮かべて見ていた。彼女の場合、自分の存在が確固としたものになった事を確信しそれを喜んでの笑みであった。

 

「ほら、8号。偶には貴女も飲みなさい」

「ありがとうございます」

 

 上機嫌な芳江は、8号の前に置かれたグラスにもワインを注いでやった。普段の芳江からすれば信じられない高待遇だが、それだけ今回の事は大きな成果だったという事なのだろう。一方の8号も、芳江からの待遇を喜び、グラスを持つと一息に呷った。

 

 沁み入る……8号は久しく――いや初めてか?――味わっていなかった酒の味が体に沁み込むのを感じた。リールドライバーを手に入れてからというもの、全てが自分にいい方向に動いている。目の上のたん瘤であった忌々しい失敗作の心をへし折り、強敵のデイナは正面から打ち破った。もう恐れるものなど何もない。

 

 芳江と8号と言う2人だけの宴は静かに続いたが、それを中断させる者が居た。

 

「邪魔するぞ」

 

 ノックも無しに部屋に入ったのはバーツだった。彼が無遠慮に部屋に入ると、芳江はワイングラスとテーブルの上に置き、溜め息を吐きながら侮蔑の視線を隠しもせずに首を傾げた。

 

「何の用かしら? と言うよりレディーの部屋に入るのにノックの一つもないなんて、ちょっと失礼が過ぎるんじゃないかしら?」

 

 体をバーツの方に向け、足を組んでその上に組んだ手を置く。相変わらず彼女のバーツに対する視線は見下したものとなっており、その視線が更にバーツの機嫌を損ねていった。

 

 しかし今回は即座に怒りを爆発させるようなことはしなかった。彼だって、今すべきことが突っかかる事かでなはい事位は分かっている。今は大人になるべき時だ。

 

 必死に自分に言い聞かせながら、バーツは芳江からの指摘に答えた。

 

「あぁ? 悪いな、こちとらマナーなんて犬の餌にもならねえ育ちなんだ。その事は知ってると思ったんだけどな?」

 

 明らかに馬鹿にしてくる芳江に対し、バーツも挑発的な物言いで返した。すると芳江の方眉がピクリと動く。言い返された事が癪に障ったらしい。

 更には8号も、露わとなった傷顔でバーツの事を射殺さんばかりの視線で睨んだ。一触即発の空気に、しかしバーツは怯む事無く対峙した。この程度で怯むような貧弱な精神はしていない。

 

「俺のマナーなんざどうだっていいんだ。それより教えてもらうぞ。そいつは一体何なんだ?」

 

 バーツは8号の事を見ながら問い掛けた。バーツからの問いに、芳江は質問の意味を理解しかねると言いたげな顔をした。

 

「何とは、どう言う意味かしら?」

「惚けんな。何であの女とその8号ってのは同じ顔してんだ? そもそも何で8号なんだ? 名前どうした?」

「質問は一度に一つだけにしてもらえないかしら?」

「だったらもっと俺らに色々と説明しろ。アンタは俺らに対して何も話さなすぎなんだよ」

 

 バーツと芳江・8号が睨み合う。

 

 一歩間違えればそのまま殴り合いに発展するのではと言う状況で、先に口を開いたのは芳江の方であった。

 

「そうね、いいわよ。そこまで言うなら話してあげる」

 

 そうして8号に関する話が始まった。

 

 

 

 

 セラと言うムー大陸人の生き残りを手に入れた傘木社だったが、しかし1人だけでは下手な実験は出来ない。一歩間違えて殺してしまったら、それこそ研究どころの話ではない。

 

 故に芳江達はセラから遺伝子を取り、クローン人間を作り出す事にしたのだ。同じ遺伝子を持つ者が何人も居れば、多少過激な実験をしても替えは利く。

 そう言う訳で何人も作られたセラのクローンだったが、全てが完璧なクローンだった訳ではない。超万能細胞で発生の過程で強化しようとも、問題を抱えて生まれてくるクローンは居た。瑠璃の様に記憶の転写に失敗して人形の様になってしまう者も居れば、体に何かしらの異常を抱える者も居る。

 

 それらを篩に掛け、ナンバリングを与えられたクローンセラの1人が8号であった。

 

「8号は優秀だったわ。他のクローンが脱落していく中でどんな実験にも耐え、こうして生き残って見せたんだもの」

 

 人の命を何とも思っていないかのような物言いをする芳江に対し、バーツは不快感を露わにした。自分がアウトローのろくでなしと言う自覚はあったが、それにしたってこの女ほどではない。必要とあれば他人を傷付ける事も厭わないバーツだが、そんな彼にも最低限の倫理観や良心は存在した。芳江の考えは到底受け入れられるものではなく、バーツは軋むくらいの強さで奥歯を噛みしめた。

 

「…………まぁいい。そこは少し気になってただけだ。本題は別にある」

「本題?」

 

 首を傾げる芳江に、バーツはすっと手を差し出した。

 

「俺達のお宝、返してもらうぞ」

 

 バーツの目的は8号が瑠璃から奪い取ったリールドライバーである。あれは元々彼らが手に入れ、芳江曰くお宝とやらへの道標となる物。バーツ達が遠路遥々海都まで足を運び、何時までも滞在しているのはそのお宝を求めての事であった。

 今までは瑠璃が持っていて、奪い返そうとしても抵抗されるからなかなか取り返す事が出来なかった。だが今は違う。どんな経緯であれ、取り合えず手の届く範囲にお宝が戻って来たのだ。それを返してもらおうとするのは至極当然の事であった。

 

 しかし…………

 

「悪いけど、それはできない相談だわ」

「あ?」

「私の研究には、これも必要みたいでね。もう暫くは預からせてもらうわ」

 

 そう言って芳江はリールドライバーを撫でた。バーツはそれに対し癇癪を起し、芳江に飛び掛かりリールドライバーを無理矢理奪い返そうと…………はしなかった。

 

「そうかい……あぁよく分かったよ」

 

 バーツは大人しく手を引っ込めると、2人を一瞥して踵を返し部屋を出て行った。随分と大人しく下がった事に芳江は手応えに、つまらなそうに溜め息を吐いた。

 

「ふぅ……面白みのない子ね」

「……警戒した方が良いかもしれません」

 

 芳江はバーツを舐め腐っていたので先程の彼の態度に関心を持っていなかったが、8号は違ったらしく珍しく意見を述べた。彼女はバーツの様子に何か違和感を覚えたのだ。

 

 特にバーツは殊更にお宝を手に入れる事に拘っていた。その彼が、こんなにあっさりと引き下がるとは8号は到底信じられなかった。

 

「何か企んでいるのかも……」

「別に構わないわよ。どの道そろそろ連中とはおさらばだし、ね?」

 

 クスクスと笑う芳江に、8号はもう一度バーツが出て行った扉を見やる。不安が拭えない。本当に大丈夫だろうかと、8号は目を細めた。

 

 そんな8号の様子に気付く事無く、芳江はグラスに新たにワインを注ぎ味わって飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ケッ、あの女……」

「バーツ、お疲れさん」

 

 一方芳江の部屋の外では、顔を顰めるバーツにエドワードが労いの言葉を投げかけていた。兄貴分の言葉に、バーツは心底疲れたと言いたげにジトッとした目を向ける。

 

「ホントだよ。あの女、俺の事馬鹿にしてやがる。……それで? どうなったんだよ?」

 

 今回、バーツが芳江の元を訪れたのはリールドライバーを返してもらう事が目的ではなかった。いや、その場で返してもらえるならそれに越したことはないと思ってはいたが、芳江の性格からすんなり返される事は無いだろうとバーツも予想していた。

 なのに何故芳江に返却を求めに行ったのかと言えば、一言で言えば今回のバーツの行動は云わば囮の様な物だからだ。バーツが2人の相手をしている間に、エドワードが企みを進めていた。

 

 その進捗がどうだったかを聞くと、エドワードは満足そうに頷きサムズアップをしてみせた。

 

「おかげさんでバッチリだ」

「そうか……へへへっ! あの女共が面食らう姿が目に浮かぶぜ!」

 

 バーツとエドワードは悪い笑みを浮かべながら芳江の部屋の扉を見た。今頃芳江は勝利の美酒に酔っている事だろう。

 それが所詮刹那の勝利に過ぎないという事に気付く事も無く…………。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「――――ん、んん?」

 

 顔に差す朝日の光に瑠璃が意識を覚醒させた。まだ眠気の残る、微睡みの中で目を開けた瑠璃が最初に見たのは何時もの部屋の景色…………ではなく、視界一杯に映るネイトの顔だった。

 

 まだ頭が半分寝ているのか瑠璃は暫くぼんやりと眼前のネイトの顔をぼーっと眺めていた。だが次第に脳が覚醒してきたのか、状況を理解しだして目に光が宿っていく。

 

 そして意識が覚醒してくると同時に、昨夜ネイトと共に過ごした熱い夜を思い出し頬を赤く染める。

 

「……!!」

 

 ふと視線を下に向ければ、そこにあるのは剥き出しの豊満な肢体。ネイトも同様の肉体を瑠璃と同じベッドの上に横たえ、瑠璃と揃って同じ掛け布団の中に肉体を収めている。

 

 

「…………フフッ!」

 

 だがその顔には直ぐに笑みが浮かんだ。気恥ずかしくないと言えば嘘になるが、それ以上にネイトの事が愛しくて仕方ないのである。

 

 暫く見ているだけで楽しいと言うかのようにネイトの顔を眺めていた瑠璃だが、愛しさに突き動かされてかジッとしていられなくなったかのように寝顔を晒すネイトの顔に手を伸ばした。そして無邪気な寝顔の張り付いた頬を指先で突いた。

 

 寝ている最中に頬を突かれたからか、ネイトの寝顔が歪み呻き声を上げる。それが何だか面白くて、瑠璃は寝ているネイトにちょっかいを掛けて遊んだ。

 

「んん……んんん…………?」

 

 流石にそれだけ顔を突かれていれば、寝ていても目は覚めるというもの。ネイトは瑠璃に遅れて意識をゆっくりと覚醒させ、目を開けた瞬間瑠璃と目が合った事に驚き一気に目を覚ました。

 

「ッ! 瑠璃?…………あ」

 

 最初混乱した様子のネイトだったが、昨夜彼女と何をしたのかを思い出し固まった。最愛の女性との一線を越えた事実は、愛しくて嬉しいのだが明確に今までと関係が変わった事に対しどう接すればいいのか分からなくなり動きを固まらせてしまっていた。

 

 そんなネイトの姿も愛おしいのか、瑠璃は笑みを浮かべるとベッドの中でネイトに抱き着いた。

 

「えへへへへっ! ネイト~」

 

 まるで飼い主に甘える猫の様に、瑠璃はネイトに抱き着き頬擦りをする。

 

「ネイト、だ~い好き!」

「……あぁ。俺もだよ、瑠璃」

 

 改めて瑠璃と想いが通じ合った事を認識し、ネイトは瑠璃の事を抱きしめ返す。それが嬉しくて、瑠璃は頭を彼の胸板にぐりぐりと押し付けるとそこら顔を滑らせるようにしてキスを迫った。瑠璃がキスをしようとしているのに気付き、それに応えて彼も自分から顔を近付けた。

 

 そうして2人は、互いの愛を確かめ合う様にベッドに横たわりながら唇を触れ合わせたのだった。




という訳で第31話でした。

今回の目玉は何と言っても自棄になって飲んだくれた瑠璃と、そんな彼女にネイトが告白したシーンでしょうね。今回の事で漸く2人は付き合う事になりました。

……あ、フェードアウトしていた間に起こった出来事は一応ちゃんと書くつもりですから安心してください。現状デイナの方のリクエストがまだ溜まっているので執筆に移れるのはもう少し後になりそうですが。

偽芳江の方は、バーツ達が着々と怪しい動きをしております。両者の間には信頼関係もへったくれも無く、単純な依頼主と雇われの関係でしかありません。偽芳江はそこら辺の微妙な距離感を図り間違えたので、バーツ達から愛想を尽かれつつあります。結構前から愛想を尽かれていたような気もしますがね。

次回からは遂に反撃が始まります。これまでの鬱憤を晴らすような戦いにしていけるよう頑張ります。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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