今回で一先ず戦いは決着。テテュスの新たな姿がお披露目となります。
再びテテュスに瑠璃が変身したのを見届けると、デイナは彼女に近付き肩に手を置いた。
「行けそう?」
「うん!」
一度は傷心し、精神的に不安定になった瑠璃を気遣ったデイナだったがそれは余計な心配だった。力強く頷くテテュスに、デイナも安心して肩から手を放す。
「なら、ここは君に任せるよ。俺はちょっと
「下?……って、もしかして?」
「そ、巣を潰しておこうかとね」
テテュスが万全なのであれば、この場で憂いる事など何もない。芳江は既にヘリの中だし、今更態々降りて来て戦う様な事はしないだろう。彼女は根本的な所で、戦闘者ではなく研究者なのだから。不必要なリスクを冒す事等するまい。
それにこれはお膳立てでもある。瑠璃と8号……同じ出自でありながら、全く違う道を歩んだ2人に決着を付けさせる。そこに第3者が入り込む余地などない。
「じゃ、後はよろしく」
デイナは手早く告げると、船の柵を飛び越えて海へと入っていった。返事も聞かずに行ってしまったが、それは彼女を信頼しての事である。
残されたテテュスは、足元が覚束ないシーシェイブと対峙した。
「お前を……お前が居なければ、私にはまだ価値がある!」
地の底から響くような声でシーシェイブが叫んだ。彼女にとって、己の存在価値を示す事は人生そのものと言っても過言ではない。価値が示せなければ容易く切り捨てられる。彼女はそう言う世界で生きてきたのだ。
それはテテュスには……瑠璃には理解できない事であった。彼女は鉄平や海羽と言う、無償で居場所を与えて愛してくれる者と出会えた。態々自分から価値を示すようなことをしなくても、彼らは瑠璃が世界に存在する事を無条件で認めてくれていた。優しさの中で生きてきた瑠璃に、他者を蹴落としてでも居場所を作らねばならなかった8号の気持ちを理解しろと言うのは無理があった。
だが理解は出来なくとも同情する事は出来る。8号の姿は、何かが少しでも違っていた場合の瑠璃の姿でもあった。だから完全に他人事とも、迷惑と思う事も出来なかった。
瑠璃に出来る事は、8号の激情を正面から受け止め打ち破る事のみ。
「あぁぁぁぁぁぁっ!!」
爪を振り上げて突撃してくるシーシェイブを、テテュスは空中で放つ回し蹴りで弾き返した。攻撃を潰され、しかし即座に次の攻撃に移ろうとするシーシェイブ。
しかしテテュスは、最初に相手の攻撃を迎え撃つと同時に次の行動への布石を既に終えていた。
〈Bet. Good luck.〉
回し蹴りを放ちながらテテュスはチップをベルトに投入し、着地と同時にレバーを下ろしていた。回転するルーレットが、次の攻撃をと迫っていたシーシェイブを弾き飛ばす。
「くっ!?」
「赤の27!」
〈BINGO! Ability activation! Deep diving.〉
シーシェイブが体勢を立て直す前にテテュスは特殊能力のディープダイビングを発動させ、船の壁の中に潜り込むとそのまま一気にシーシェイブの足元へと接近していく。
対するシーシェイブは、あの能力を発動させたら次に狙うのは自分の不意を打つ事だろう事を察し、先手を打つつもりで足元を徹底的に銃撃した。次々と放たれる銃弾が甲板を穿ち穴だらけにしていく。
「テメェ!? 俺達の船に何してんだ!!」
何時の間にか変身してS.B.C.T.と共にアントファッジを倒していたコバルトウェーブが、船を破壊する勢いでテテュスを炙り出そうとするシーシェイブに文句を言いベクターリーダーの銃口を向けた。しかし引き金が引かれる寸前、オケアノスが銃身を上から押さえて狙いを外させた。おかげでコバルトウェーブの撃った銃弾はシーシェイブではなく船の床に直撃する。
「だぁぁぁぁっ!? お前も何してんだ!!」
「うるせぇ、邪魔すんな。あれは瑠璃の戦いだ」
コバルトウェーブを諭しながら、オケアノスはテンペストウィップで周囲のアントファッジを容赦なく打ち倒す。変幻自在な動きをする鞭に、アントファッジ達は対応できず翻弄されていた。
途中、オケアノスはチラリと後部デッキの方を見た。芳江が呼んだヘリの攻撃によりバーツ達のヘリが破壊され、炎上している後部デッキでは未だに消火が済んでいないのか黒煙が上がり続けている。このままでは船全体が燃えてしまうだろう。
別にフランシス達が船を失ってもオケアノスはどうでもいいのだが、このままだと瑠璃にも被害が及ぶかもしれない。なのでオケアノスは仕方なく、消火活動を手伝う為後部デッキへと向かった。
「おい、大丈夫か?」
オケアノスが辿り着くと、フランシスとエドワードが子分達と共に消火器を手に火を消そうとしていた。だが燃料に引火し後部デッキにも火が燃え移ったのか炎はなかなか消える気配を見せない。
「マズイマズイ!? このままだと船が丸焼けになっちまう!?」
「しょうがねぇなぁ。……オラ!」
芳しくない消火活動に、オケアノスは溜め息を吐くとテンペストウィップを使ってまずは燃え盛るヘリの残骸を海へと放り込んだ。一番の火種であるヘリの残骸があっては、消火活動も満足に進むまい。
ヘリの残骸は海へ落ちると、衝撃と海水が熱せられた事で激しい水飛沫と水蒸気を上げた。
「おぉっ!」
「んで、次は!」
オケアノスはヘリを海に叩き込んだ鞭を海水に付けると、何かを引っ張り上げるように腕を持ち上げた。すると鞭の動きに合わせて海水が引き上げられ、オケアノスの意のままに大量の海水が持ち上がった。
それをオケアノスは後部デッキに叩き付ける。
「押し流されたくなけりゃ、さっさと離れな!」
「そう言う事はもっと早く言え!?」
「逃げろぉぉぉっ!!」
慌ててフランシス達が逃げていくのを尻目に、オケアノスは持ち上げた海水を後部デッキに叩き落す。高波が襲ったのかと言う程の水流が、後部デッキの炎を洗い流す様に押し流していった。
海水が収まると、そこには焼け焦げはしたがまだ船としての形を保っている後部デッキが残っていた。
それを見て子分達は胸を撫で下ろす。
「よ、良かった~、火が消えた~」
「助かったっス~」
「ありがと~」
口々に礼を言う子分に対し、オケアノスは小さく肩を竦めた。別に彼らを助けるつもりではなかったが、結果的にそうなった。その事でお礼を言われるのは、何とも奇妙な感じだった。
後部デッキでの騒動が一段落している頃、シーシェイブはテテュスの姿を探して周囲を警戒していた。
あれから暫く、自分の不意を突いてくるだろうと死角になる部分を一足先に徹底的に攻撃し続けたのだが、テテュスが炙り出される事は一向になかった。無駄弾を消費し船を破壊しただけに終わり、流石の彼女も困惑せずにはいられない。
(何処だ? 一体何処に?)
カメラアイが忙しなく左右に行ったり来たりして、必死にテテュスを探しているのが伝わってくる。
その時、僅かにだがシーシェイブの集中力が途切れた。流石に何時までも警戒状態を維持し続けるのは体力が要る。特に戦闘中は余計に、だ。
最大限の集中力を今一度発揮し、テテュスの存在を掴む為一瞬だが集中を途切れさせて一息つく。
そこをテテュスは待っていた。息を吐き、警戒の糸が緩んだその瞬間にテテュスはシーシェイブの背後から姿を現し、無防備なその背に回し蹴りを叩き込んだ。
「ハッ!」
「ッ!? しま、がっ?!」
咄嗟に回避しようとするシーシェイブだったが間に合う訳も無く、テテュスの一撃に前のめりに倒れるように転がった。
転がる勢いを利用して一気に体勢を立て直すシーシェイブ。だが彼女が立ち上がった時目にしたのは、見せ付ける様にホワイトライフコインを手に持つテテュスの姿だった。
「ッ!? そ、それはッ!?」
「あなたが使えるなら、私にも使えるって事でしょ!」
同じテテュスなら、8号に使えて瑠璃に使えない道理はない。
テテュスは確信を持ってホワイトライフコインをベルトに投入し、レバーを下ろした。
〈Bet. Good luck.〉
回転するルーレットを前に、テテュスはルーレットを指差し宣言した。
「赤の19! ネクストゲーム!」
〈Raise up〉
8号ではなく瑠璃が変身するテテュスのスピアーレイズ。その能力をよく知るシーシェイブは、次に起こることを察し阻止するために一本化踏み出した。
対するテテュスは、シーシェイブの予想に反して能力である時間操作を発動することなく、両手に持った槍を構えていた。
何故、圧倒的優位に立てる時間操作を発動しないのか? 疑問を胸にしつつシーシェイブがテテュスに攻撃を仕掛けると、テテュスは流れるような動きで攻撃を捌き無力化した。二本の槍を巧みに扱うその姿は、まるで踊っているかのようであった。
攻撃を全て受け流されたことでシーシェイブは動きに隙が出来た。テテュスはそこを狙い、両手の槍による乱舞を叩き込んだ。先程の穏やかな水流を思わせる動きから打って変わって、嵐のような怒濤の攻撃がシーシェイブを追い詰めていく。両手の槍だけでなく、両足による攻撃にシーシェイブは対応できず一方的な攻撃に晒された。
「ぐぅっ!? くっ、がぁッ?!」
只でさえデイナとの戦闘で消耗していたシーシェイブにこの攻撃は厳しく、反撃に転じることが出来ないどころか防御すら崩され窮地に立たされていた。
しかし彼女を助けてくれる味方はもう居ない。ヘリから降りてきたアントファッジは既に全滅しており、船の上に残されたのはシーシェイブだけなのだから。
そのシーシェイブは、最早立っていることも辛いのかその場に膝をついている。ただし視線だけは、射殺すようにテテュスに向けられていた。
「何故……何故能力を使わない!? 弱った私相手には使う必要もないとでも言うつもりか!!」
怨嗟の様なシーシェイブの言葉を受けたテテュスだが、その佇まいはどこか不服そうだ。右手の槍で肩を叩く姿は、今にも溜め息を吐きそうですらある。
何故彼女がそんな態度をとっているかと言えば、それは彼女が決して手を抜いている訳ではないからに他ならない。
そう、テテュスはとっくの昔に能力を使っていた。
「あなたには、彼女の声が聞こえなかったのね」
「何?」
「この姿の能力は、時間操作だけじゃないのよ」
スピアーレイズになった時、瑠璃の脳裏には例の声が響いていた。そして教えてくれていた。スピアーレイズの能力は時間操作だけではない事を。
テテュス・スピアーレイズのもう一つの能力、それは予知能力だった。ごく短い間だが、この姿のテテュスは対峙している相手の未来の動きを見る事が出来るのだ。瑠璃が変身したテテュスは脳裏の声にこの能力の事を教えてもらい、それを使ってシーシェイブの動きを読み対応していたのだ。
何よりもこの能力の厄介なところは、時間操作能力と違い予備動作が無いという点だろう。時間操作能力発動の際にはクロックスピアーを連結させて回転させると言う予備動作が必要だが、未来予知能力を使用する際には何もしなくても相手の未来の動きが見える。シーシェイブはこれによりテテュスに終始圧倒される事となったのだ。
「だからあなたはもう、私には勝てない。分かったら降参して」
敵対してきた相手だし、何度も酷い目に遭わされた。だがその正体は、文字通り自分と同じ血を持つ姉妹の様な存在である。そんな相手を問答無用で殺める事等出来ない。
それは既に勝敗が決したが故の慈悲であり、同時に傲慢でもあったのだろう。どう足掻いても瑠璃は自我を持ってから、恵まれた人生を送っていた。過去の記憶が無くとも、出会いに恵まれ、環境に恵まれ、心穏やかに生きてきた。常に廃棄処分と言う死が隣り合わせだった8号とは雲泥の差だ。その差が、情けと言う名の傲慢を生み出していた。
シーシェイブにとってそれは何よりも侮辱であった。彼女は今まで、己の安寧は己の力で手に入れてきた。能力を示し、価値を示し、居場所を実力で勝ち取って来た。その彼女に対し、諦めて優しさに縋れなどと言うのはこれまでの人生を全否定されるに等しい事であった。
「ふざ、けるなぁぁぁぁぁっ!?!?」
〈Blast mode, set〉
芳江の血浸したシーシェイブも使用した、一時的な強化形態であるブラストモード。まるで8号の怒りを表したかのような灼熱の姿は、その熱気で足元の船のデッキを焼いていく。
折角後部デッキの火災が収まったと言うのに、このままでは今度はこちらで火災が起こってしまう。あまり長い時間を掛ける訳にはいかないと、テテュスはここで一気に勝負に出た。
両手のクロックスピアーを連結させ、回転させる予備動作。8号もよく使った、時間操作能力を使用する準備だ。能力が発動したことを知らせる、時計のエフェクトが連結した槍から広がっていく。
「ッ! 不味い!?」
シーシェイブがテテュスの行動を阻害しようとするが時既に遅く、テテュスの目に映るシーシェイブを含めた全ての動きがゆっくりになっていく。
止まっていると言う程ではないが、虫が止まるのではと言う程の速度で動く世界の中でテテュスは槍を地面に突き刺しチップケースをベルトに装着した。
〈All in!〉
「黒の8!」
〈Fever!〉
時の流れがゆっくりになった世界で、テテュスのジャックポットフィニッシュが発動しシーシェイブが光のチップの中に囚われた。しかし肝心のシーシェイブには全てが目にも留まらぬ速度で進んでいき、何が起こっているのかを正確に理解する事が出来なかった。
「ハァァァァァァッ!!」
完全にまな板の上の鯉となったシーシェイブに向けテテュスの必殺技が飛んでいく。ただでさえこの技は相手を拘束するのに、時間の動きすらゆっくりにされたシーシェイブにこの技から逃れる術はない。
テテュスの蹴りがチップ毎シーシェイブに炸裂し、派手な爆発を起こして蹴り飛ばした。
その瞬間、全ての時間の動きが元通りになった。等速での動きを取り戻した世界の中で、シーシェイブが悲鳴を上げながら吹き飛んでいく。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
「うぉぁっ!? 何だぁっ?」
テテュスの能力を知らないコバルトウェーブが、突然吹き飛んでいくシーシェイブの姿に面食らう。彼の驚きを気にしている余裕などなく、シーシェイブは船の甲板から蹴り飛ばされ港に叩き付けられた。
「がはっ?!」
港の地面に叩き付けられ、全身がバラバラになったかのような錯覚に陥るシーシェイブはその場で変身が解除された。
テテュスはその倒れて変身解除された8号の前に降り立った。
その光景を芳江はヘリの中から見ていた。ジロリと上から8号の周りと船の上を見れば、アントファッジは全滅しており8号を助けてくれる者は誰も居ない。
状況を冷静に分析した結果、8号の敗北は火を見るよりも明らかだった。この時点で芳江の中で8号への興味は完全に失せた。最早死んだも同然、8号の価値はどん底に落ちた。
「行きなさい」
「ハッ! しかし、宜しいので?」
「残念だけど、もうどうにもできないわ。それに8号の代わりはあそこに居る。なら今は私が生き残る方が先決よ」
芳江の指示にパイロットは頷き、操縦桿を握る手に力を込めてヘリを動かした。
8号は下から飛び去るヘリを見て、自分が完全に捨てられた事を察し目を見開いた。その視線からテテュスも上空のヘリが、芳江が8号を捨てた事を知った。
下からテテュスが飛び去るヘリを見送る。自分が生み出した存在でありながら容易く捨て去る芳江の判断にテテュスは怒りを抱いた。もしこの時アローレイズになっていたら、一切の躊躇なくヘリを撃墜していただろう。
と言うか正直今すぐにアローレイズにネクストゲームしようかと思っていた。だがヘリの速度が予想以上に速く、ライフコインを取り出した時には既にヘリはかなり遠くに行っていた。それでもアローレイズの精密射撃であれば、例え水平線の彼方にヘリが居ても撃ち抜く事は可能だったろう。寧ろ正確に芳江だけを撃ち抜く事すらできたかもしれない。
だがテテュスがライフコインを取り出したその時、海中から何かが上がってきて水面を押し上げた。一瞬クジラかと思ったテテュスだが、水面を突き破って出てきたのはクジラではなく一隻の潜水艦だった。
その潜水艦には大きく傘木社のマークが描かれている。
「なっ!?」
「潜水艦!?」
テテュスとスコープが驚いている間に、ヘリは潜水艦の甲板にあるヘリポートに着艦した。ヘリポートは昇降式になっており、ヘリが着艦するとヘリポートは潜水艦の中に引っ込んでいく。そしてヘリが完全に潜水艦の中に格納されると、ハッチが閉まりそれに合わせて潜水艦も海中に没していった。
流石に海中の潜られては撃ち抜くのは難しい。何よりヘリと潜水艦では装甲の強度が違う。
「くぅ……」
已む無くテテュスは芳江を見逃す事にした。ただしこの事は絶対に忘れない。何時か再び
胸中で誓いを立てたテテュスは、今一度置き去りにされた8号に目を向けた。自分が捨てられた事を否応なしに理解させられた8号は意気消沈したのか深く項垂れている。その姿は今までテテュスに対して不倶戴天の敵と言わんばかりの敵意を向けていた彼女の姿からはかけ離れていた。
「……」
〈Drop out〉
いっそ哀れにすら思えるほどの哀愁漂う姿に、テテュスは肩から力を抜きそのまま変身を解除した。一気に無防備になった瑠璃に一瞬スコープが手を伸ばしかけるが、隣に居たオケアノスが瑠璃に合わせるように変身を解除したのを見てその手を引っ込めた。まぁ見る限り8号には既に戦意はなさそうだし、いざとなれば自分が8号を取り押さえるなりすればいい。
そう考えて見守る事を決めたスコープの前で、瑠璃は8号に手を差し伸べた。
「分かったでしょ? もう、終わりよ。諦めて降参して……」
8号は瑠璃の言葉に反応を示さない。それを瑠璃は、あまりに意気消沈しすぎて心ここに在らずだからなのかと思っていた。
瑠璃がここまで8号に対し手を伸ばすのは、やはりこの世界で唯一の血を分けた姉妹の様な存在だからだろう。自身にとって母でもある存在であるセラは居らず、他の姉妹と言えるクローンも存在しない以上明確に血の繫がりがあるのは8号ただ1人。過去が存在しない空っぽの存在である瑠璃にとって、8号はただ1人の血の繋がった存在を失う事はどうしてもできなかった。
だが…………相手が瑠璃と同じ考えとは限らない。
「…………はぁ」
瑠璃が手を差し伸べてから暫くして、8号はゆっくりと顔を上げると瑠璃の手をそっと取った。その事に瑠璃は思わず笑みを浮かべる。自分の心が通じたのだと。
「…………ふっ」
「え?」
しかし次の瞬間8号が顔に浮かべた笑みは、身震いするような敵意を感じさせるもので……。
その笑みが意味しているものに瑠璃は気付かず、一瞬呆けてしまった。
8号の笑みの意味に気付いたのは、傍から見ていたネイトとスコープ。2人は8号が考えている事を瞬時に察すると、急いで駆け寄り2人を引き離そうとした。
「マズイ!?」
「くそ!?」
駆け寄る2人の前で、8号は掴んだ瑠璃の手を潰さんばかりに握り締め引っ張る。突然手に走った痛みに体を強張らせた瑠璃は手を引かれるままにバランスを崩し、倒れるとそのまま8号に馬乗りになられそのまま首を絞められた。
「あがっ!? か、あぁっ?!」
「テメェッ!?」
「離れろ!?」
瑠璃に馬乗りになって8号が彼女の首を絞めた。気道を塞がれた瑠璃は首に掛かる8号の手を引き剥がそうと掴むが、8号の手は万力の様に瑠璃の首を絞めて離さない。
その力は凄まじく、ネイトだけでなくスコープまでもが8号を引き剥がそうとしてもビクともしなかった。
2人が奮闘する間も8号は瑠璃の首をへし折る強さで締め付けていた。
「ぁ……ぁ、か…………ぁぁ……」
「くそ、瑠璃!?」
「仕方ない――!?」
次第に酸欠で瑠璃の抵抗が弱くなっていく。藻掻いていた足の動きが鈍くなり、8号の手を掴んでいた手も力が抜けて滑る様に外れていった。
このままだと瑠璃が本当に死ぬ。焦りを募らせたスコープは瑠璃を犠牲には出来ないと、ガンマライフルの銃口を向け引き金を引こうとした。
だが響いた銃声はスコープの物ではなかった。
「がっ?!」
「!?」
「ッ!? げほっ!? がはっ!? ごほごほっ!? はぁ、はぁ、はぁ……」
「瑠璃、大丈夫か?」
銃声にスコープが振り返ると、そこには硝煙を上げるベクターリーダーを構えるバーツがいた。あの瞬間、8号を撃って瑠璃から引き剥がしたのはバーツだったのだ。
バーツが打ち抜いたのは8号の右肩だった。撃たれた衝撃で瑠璃から引き剥がされた上に仰向けに倒れた8号は、血を流す肩を押さえながら立ち上がった。
「うぐ、うぅ……」
「動くな! それ以上抵抗すれば命の保証は出来ない!」
今度はもう油断しないとばかりに、スコープはガンマライフルを突き付けるように向け投降を促した。指は既に銃口に掛かっている。ここで8号が少しでもおかしな動きを見せればその瞬間彼は引き金を引くつもりだった。今の傷付き体力も消耗した8号が、対特異災害生物用の銃撃を受ければ文字通り命の保証はない。
半ば見限りつつあるスコープだったが、瑠璃は違った。彼女はまだ8号を諦める事が出来ず、ネイトの肩を借りながらも手を差し伸べる事を止めなかった。
「もう止めて!? あなたも私も人からは産まれてないけど、それでも1人の人間よ!! なら、自分の人生を生きる事も出来る! 私がそうだったんだから、あなただって!」
必死な思いで8号に声を掛ける瑠璃だったが、敗北と絶望、そして諸々の消耗で最早冷静な判断力が出来るだけの思考を残してはいなかった。ただ只管に瑠璃の事を睨みながら、距離を取ろうと後退る。
「嘘だ、来るな!? お前も……お前も私を踏み台にする気なんだ!?」
「そんな事しない!」
「信じられない!? 博士も、一緒に生まれたクローンも皆そうだった! お前だって――」
徹底して瑠璃の事を信じない8号は、恐れるように瑠璃から徐々に距離を取ろうとする。
それがいけなかった。ここは港なので、基本縁には柵が無い。そんな所で後ろを確認せずに後退ればどうなるか?
その事に先に気付いたのは瑠璃だった。後退る8号の背後にそれ以上は地面が無い事に気付いた瑠璃が、8号を引き留める為に手を伸ばしながら駆け寄ろうとした。
「待って! それ以上はダメぇ!?」
瑠璃が手を伸ばすがそれは届かず、寧ろそれが8号をさらに後退させる結果となった。
「え、あ…………」
後ろを確認せずに港の縁から足を踏み外した8号は、突然途切れた足場に息を呑みながら海へと転落した。駆け寄った瑠璃が手を伸ばした時には既に8号の姿は海中に没しており、海面には撃たれた肩から流れていた血が広がるだけであった。
「あ、あぁ…………!?」
海中へと消えていった8号の姿に、瑠璃は始め呆然としていた。が、直ぐに彼女を助けようと言うのか海に飛び込もうとした。
今の瑠璃が海に飛び込んだりしたら、一緒に溺れて二次災害になりかねない。瑠璃の気持ちを知りつつ、リスクを冒させるわけにはいかないとネイトが彼女の肩を掴んで引き留めた。
「ダメだ瑠璃ッ!」
「離して、お願い! あの子が、あの子がぁッ!?」
何とかネイトを振り払って号を助けに飛び込もうとする瑠璃だったが、ネイトの力も強く今の瑠璃では振り払えない。
そんな彼女の目に、とんでもないものが飛び込んだ。海上に突き出る灰色の三角形、特徴的なあの形は鮫の背鰭だった。
それを見て瑠璃の口から悲鳴が上がった。
「あぁっ!?」
「えぇい、クソッ! 慎司!」
今のネイトは瑠璃を押さえるので精一杯だが、然りとて8号を見捨てるのも後味が悪いとスコープに声をかけた。鮫の存在に気付いたスコープも、これは不味いと海中に飛び込んだ。
だが彼らの判断は遅すぎた。スコープが海中に入った時、鮫は8号が流す血の臭いに引かれて彼女へと一直線に向かっていた。
沈みつつあった8号はもがきながらも鮫の存在に気付き目を見開く。鮫はそんな彼女に向け口を大きく開けると、鋭い歯で肉を食いちぎろうと食らい付いた。
「ガボゴボッ!? ガババッ!?!?」
体の半分を食い千切られる苦痛に悲鳴をあげる8号だったが、その悲鳴は海水により阻まれ無数の気泡を吐き出すだけに終わった。そして体の半分を食い千切られても尚生きている極上の餌を、鮫はそのまま海底に引きずり下ろしていくのだった。
***
海上での戦いが一段落している頃、海底ではデイナが目的の潜水艦へと到着していた。
「見つけたっと」
デイナが潜水艦に近付いていくと、それを察したのか潜水艦からワラワラとディーパーが姿を現す。どれも下級ディーパーばかりだが、それもイワシの群れかと思う程の数が出てくれば話は別だ。この海中と言う奴らのフィールドで、あれだけの数に襲われれば一溜りも無いだろう。
相手が、デイナでなければの話だが。
〈Genome set ATP Burst〉
ハルバードモードのハイブリッドアームズにベクターカートリッジを装填し発動するノックアウトブレイク。エネルギーが充填された斧槍をデイナが振るうと、巨大な光の斧が迫る下級ディーパーを纏めて消し飛ばした。
「ん~?」
雑魚を纏めて始末したデイナだが、その胸中は穏やかではない。と言うのも、これだけの事態になっていると言うのに通常ディーパーは勿論、他のディーパーより格段に強いシーラカンス・ディーパーの姿すらないのだ。
嫌な予感がする。が、今は奴らの巣窟となっている潜水艦の完全な破壊が最優先かと、デイナは胸中の不安を脇に置きレセプタースロットルを引いた。
〈ATP Burst〉
「ハァァァァァァァッ!!」
必殺のアポトーシスフィニッシュが潜水艦を貫いた。デイナが蹴り抜くと、そこを中心に潜水艦全体に罅が広がり、火花が散り最終的には残っていたのだろう燃料に引火して爆発しながら圧壊していった。
その光景をデイナはジッと見つめている。深海の暗闇に突如として灯った光が照らすその顔は、仮面に覆われて何を考えているのかは分からなかった。
ともあれ、巣が無くなった事で海都のディーパーによる被害は今後大きく減り、最終的には平和な日々を取り戻すだろう。
こうして海都におけるディーパーの騒動は、取り合えずの終息となったのだった。
という訳で第33話でした。
8号に出来るなら瑠璃にも出来る、という事で瑠璃のテテュスもスピアーレイズにレイズアップです。8号テテュスは使っていませんでしたが、スピアーレイズには短時間の未来予知能力もあります。ある意味こっちの方が便利な能力かもしれません。
8号は今回の話で完全に脱落です。彼女が生き残る可能性も無くは無かったでしょうが、8号が徹底して瑠璃を敵対視して排除しようとしていたのでその道に至る事はありませんでした。
今回でテテュスも前半が終わり、ここから後半へと突入していきます。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。