仮面ライダーテテュス   作:黒井福

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第36話:イーブン、分かれた道

「ん…………?」

 

 気怠さと体を包む温かさの中で海羽は目を覚ました。目を開けると、広がるのは自室とは異なる壁紙と照明。寝起きでぼんやりとした頭で暫くジッとしていると、体に感じるのは微かな揺れ。それで自分は今船の中に居るのだと理解した。

 

(あれ? 私……え~っと?)

 

 起きた直後で頭の中がまだ眠っているのか、考えが纏まらない。そんな頭で海羽は、雑多に色々なものが散らばった脳内を整理し一番新しい記憶を引っ張り出した。

 

 確か合宿に行って……漸く帰る時が来て……船に乗って、それから…………

 

「ッ!?」

 

 そこまで考えた所で一気に記憶が蘇った。突然乗っていた船が大きな揺れと共に二つに折れ、海の底に向けて沈み始めたのだ。多くの乗客が何が起こったのか分からず船と運命を共にした中、海羽は甲板で柵に寄りかかっていたのが幸いしたのか船が完全に沈むよりも先に海に投げ出されていた。

 海に落とされ、パニックになりながらも沈む船の近くに居ては巻き込まれると船から距離を取った。目の前で炎を上げながら沈んでいく船に絶望しつつ、生きる事を諦めず爆発の衝撃で吹き飛ばされた残骸の一つにしがみつき救助を待った。

 だが待てども待てども救助は来ず、海流に流されるまま海の上を漂っていた。次第に疲労と空腹、体温の低下で意識が朦朧として来て、いよいよ自分も最期かと諦めかけた。

 

 そこで聞き慣れた少年の声が聞こえ、消えゆく意識の中で声のする方を見るとそこにバーツが居た。それが海羽の覚えている最後の記憶だった。

 

「じゃあ、ここは……」

 

 意識を失う直前の事を思い出し体を起こしながら周囲を見渡す。と、直ぐ傍で人の気配を感じた。そちらに視線を向ければ、そこにはベッドに倒れ込むようにして眠っているバーツの姿があった。

 

「ぐ~……」

「バーツ……」

 

 小さくイビキをかきながら寝ているバーツの顔を見て、海羽の心に安堵が広がる。ここがバーツ達の乗る船の中だと分かると、自分はもう安全なんだと思う事が出来るようになった。

 

 何となく、海羽は寝ているバーツの頭を撫でた。すると眠りが浅かったのか、海羽が触れた瞬間に目を覚ました。

 

「んぁ? ん?…………!!」

 

 起きたバーツは、海羽が起きていることに気付くと弾かれるように起き上がり間近で彼女の顔を見た。

 

「わっ!? ば、バーツ?」

「海羽、良かった。目を覚ましたん……あ」

「え?」

 

 唐突に固まったバーツに首を傾げる海羽だったが、彼の視線を追ってその理由が分かった。

 

 今自分は下着しか身に付けていなかった。恐らくベッドに入れる際、フランシス達が脱がせていたのだろう。濡れた服のままでは、体を温めようにも温まらない。

 

 理に適ってはいるのだが、海羽からすれば意図せず異性に下着姿を晒してしまったようなもの。それも瑠璃に比べれば貧相――飽く迄も瑠璃と比べて、であり発育が悪い訳ではない――な体を見せてしまった事に、羞恥心で顔を真っ赤にして布団を引き寄せ体を隠した。

 

「きゃぁぁぁっ!?」

「わわわ、悪い!? 俺も知らなかったんだ!?」

 

 体を隠す海羽に対し、バーツも慌ててその場を立ち後ろを向くと部屋を飛び出した。

 

 男の子に裸一歩手前の姿を見られ、海羽が頭から毛布を被って赤面していると部屋の扉がノックされた。

 

「な、何?」

『あ~、俺だ。バーツだ。男物で悪いが、取り合えず着替え持ってきた。入って良いか?』

「う、うん……」

 

 海羽の許しを得て部屋に入ったバーツの手には、派手めなアロハと至って普通のズボンが握られていた。バーツはそれを海羽の手が届くところに置くと、再び部屋を出た。

 渡された服を、海羽はベッドの上に引きずり寄せて身に付ける。流石に男物だからかどちらもサイズが大きく、どうしてもぶかぶかになってしまうがそれでも下着姿よりはマシだった。

 

「いいよ、もう」

「あぁ……」

 

 改めて部屋に入ったバーツの顔はまだ赤い。対面する海羽の顔もだ。

 

 互いに顔を赤くしていた2人だが、それでも少し時間が経てば落ち着いて来たのか顔から赤さが抜け話す事が出来るようになる。

 

「何か、悪い」

「ううん、大丈夫。……えっと、バーツが助けてくれたんだよね?」

「あぁ、海の上をお前が漂ってるの見た時は驚いたぞ」

 

 自分がどういう状況で助けられたのかを聞いて、あれはやはり夢ではなかったのだという事を実感した。危うく自分も他の乗客と同じように海の藻屑となる所だったのだと改めて実感し震えていると、空腹を告げる音が海羽の腹から鳴り響いた。

 

 自分の腹が高らかに音を立て、しかもそれをバーツに思いっきり聞かれてしまった事に海羽は恥ずかしさから腹を押さえて顔を赤くする。だがバーツはそれを茶化すようなことはせず、寧ろ彼女の体が元気そうだと分かり安堵した様子だった。

 

「そうだよな、丸一日寝てたんだもんな」

「え、一日も経ってたの!?」

「あぁ。待ってな、今何か持ってくるから」

 

 バーツはそう言って部屋を出て行った。それを見送った海羽は、改めて今自分が来ている服を見た。

 

 男物のアロハとズボン。これは恐らくバーツのものだろう。以前見た限りだと、彼らの中で一番背が低いのはバーツだ。他は子分に至るまで体が大きい。海羽より少し背が高い程度の体躯しかないのに、自分よりも体の大きな子分に慕われているのだからそれなりに腕が立つのだろう。

 

 不意に、海羽は何を思ったのか服の裾に顔を近付け匂いを嗅いだ。凡そ予想出来るが、洗濯も大雑把なのか洗剤の匂いの中にバーツの体臭らしきものが混じっている。

 だが……決して不快には思わない。それどころか、言葉には出来ない安心感に近い感覚を覚え、気付けば海羽は身を縮こませるようにしてアロハをキュッと掴んでいた。

 

「バーツ……」

 

 改めて1人バーツの名を口にして、海羽は理解した。自分は彼が好きなのだ。瑠璃がネイトを愛しているように、自分もバーツの事を1人の異性として意識していた。彼の匂いに包まれ、彼の名を口にしたことで想いが溢れだし自分の中に芽生えた気持ちが自覚できた。

 

「……にへへ」

 

 こんな時だと言うのに、海羽の顔にはだらしのない笑みが浮かんでしまった。

 

 その時、バーツが食事を乗せた盆を持ってやって来た。ドアノブがガチャリと音を立てた瞬間、海羽は咄嗟に背筋を伸ばした。

 

「待たせたな……? どうした?」

「う、ううん! 何でもない!」

「そうか? まぁいいや」

 

 首を傾げつつ、バーツはベッドに近付きサイドテーブルに盆を置いた。盆の上にはスープの入った器と、日本ではあまり目にしないライ麦パンが乗っている。

 

「丸一日何も食ってないからな。物足りないかもしれないけど、まずはこれくらいで腹を慣らしておけ」

「ありがと」

 

 海羽はスプーンを手に取ると、スープを掬って口に運ぶ。スープと言っても、野菜は入っておらずコンソメスープにハムか何かが浮いているだけの簡単な奴だ。料理の心得がある者が居ないのだろう。荒くれ者の男所帯であれば、それも仕方ないのかもしれない。

 だがそんなスープでも、今の海羽にとっては十分過ぎた。口の中に広がる旨味と塩味が、空腹の体に染み渡る。

 

「……あれ?」

 

 ポタリと、スープに水滴が一つ落ちた。雨漏りではない。では何だと思っている内にまた一滴水滴が落ちた。

 

 それは水滴ではなく、海羽の目から流れ落ちた涙だった。旨味と塩味、味を舌が感じた事で漸く自分が生きているという実感を体で感じる事が出来、意識せず感じていた緊張の糸が切れたのだろう。自分の生を実感し、歓喜と安堵で涙が溢れて止まらなかった。

 

「うぅ、ふぇぇぇ……」

 

 泣きながら海羽は次々とスープを口に運び、ライ麦パンに齧り付く。硬めのパンだったが、その硬いパンを噛みしめる事も生きている事を実感させてくれた。

 

「ありがとう……本当に、ありがとう――! もう、ダメかと思ってた。瑠璃姉ぇにも、お父さんにも会えないかと思ってた!! このまま死んじゃうかと思ってた――!? 私、私ぃ!!」

「何も言うな。今はゆっくり食べて、体を休めろ」

「うん、うん――!!」

 

 横からバーツが手を伸ばし、流れる涙を拭ってやる。海羽は自分でも涙を拭いつつ、あっと言う間にスープとパンを平らげた。

 

「ごちそうさま。思ってたよりも美味しかったかも」

「一言多いんだよ。ま、元気になって良かった」

 

 決して豪華とは言えない食事ではあったが、それでも海羽の腹は十分に膨れた。飢えていた体にはあれでも十分な食事だったらしい。

 

 そして腹が膨れると、色々な事を考える余裕が生まれる。真っ先に海羽が考えたのは、海都で待っている瑠璃達の事だ。

 

「あ、ねぇバーツ。今って大体どの辺り?」

「あ~……ざっくり言うと本州からも海都からも結構遠いな。海羽の乗ってた船がどの辺で沈んだのかは知らねえが、変な海流に流されたんだな」

「そっか…………ねぇ、お礼はちゃんとするからさ? 海都まで送ってほしいな……なんて」

 

 ダメもとで頼んでみたが、バーツの反応は芳しくない。それは海羽に厚かましさを感じているからではなく、彼女の希望に応える事が出来ないからであった。

 

「わりぃ、今別の仕事の真っ最中でよ。海羽を助ける為に航路外れちまったから、急いで行かねえと期限に間に合わなくなっちまいそうなんだ」

「ぁ……ゴメン。それなら、電話か何か貸してもらえない? 家に連絡したいんだ」

 

 送ってもらうのが無理なら、せめて自分の無事は知らせておきたい。きっと海都には船が沈没したと言う情報だけが伝わり、鉄平達を酷く心配させているだろう。特に何気に子煩悩な鉄平は、自分が死んだかもしれないと聞かされたら食事も喉を通らなくなって心労で倒れるかもしれない。

 

 実際今の鉄平は生きる気力を殆ど奪われたような状態なので、海羽の判断は正しかった。ここで彼女が海都に連絡し自身の生存を報せれば、鉄平だけでなく瑠璃達にも希望を与えてくれる。

 

 しかし現実は甘くは無かった。

 

「ん~、貸してやりたいのは山々なんだけど、電話は電話で問題があるんだ」

「どんな?」

「船乗らないお前らは知らねえだろうけど、ここ最近この辺の海って通信状態が悪いんだ。だからここからだと電波が届かなくて通話が出来ねぇ」

 

 理由は分からないが、ここの所太平洋の一部は電波状態が非常に悪く一度入ってしまうとGPSも満足に機能しないと言う状態であった。故に公共の海洋運航業者は多少遠回りになってもこの辺は避けるように航行している。

 だがバーツ達非合法の船乗りにとってはここはちょうどいい隠れ蓑となった。ここを通れば商売敵や商売の邪魔をしようとする者に見つかる事はそうそうない。

 その分この辺を航行する際には、GPSなどの文明の利器に頼らない昔ながらの方法による航行技術が求められた。具体的には、六分儀とコンパスを用いた現在地点の特定などだ。幸いなことにフランシスを始めとした乗組員は全員この技術を身に付けていたのでそこは問題なかった。

 

 だがこうなると海羽としては困った事に、海都に居る家族に自分の無事を知らせる事が出来ない。海羽は悩みに悩んでしまった。欲を言えば今すぐ通信できるところに出て、家族に無事を知らせたい。だがただでさえ自分を助ける為に面倒を掛けさせてしまったのに、これ以上迷惑をかけるのは気が引けてしまう。

 

 海羽はしばらく悩んでいたが…………

 

「――――うん、分かった。バーツ、目的地はちゃんと通信できるんだよね?」

「それは勿論。……って事は?」

「うん。私、待つ。無事を知らせる事が出来れば良いんだもん」

 

 海羽が選んだのはバーツ達の仕事を優先させ、その途中で海都と通信できるようになったらその時に自分の無事を家族に知らせる事であった。これ以上自分の為に迷惑を掛けさせる訳にはいかない。

 

「こっちとしては助かるが、良いのか?」

「本当は良くないんだけどね。ただ、迷惑かけっぱなしは嫌だもん」

「分かった。兄貴達にはそう伝えとくよ。……悪いな」

「こっちのセリフよ」

 

 海羽とバーツは互いに笑い合った。その最中、バーツは笑顔の裏で海羽の心の強さに舌を巻いていた。見た目不自由なくぬくぬくと育った普通の少女にしか見えないのに、こんな状況でパニックにならず冷静に判断が出来ている。元々彼女が持っていた強さによるものか、それとも瑠璃と……仮面ライダーと触れ合った事による賜物なのか。

 

 海羽は海羽で、バーツと笑い合いながら海都に居る家族に思いを馳せていた。

 

(お父さん、瑠璃姉ぇ、ネイトさん……少しだけ待ってて。必ず無事を知らせるから!)

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方海都では、海羽が無事であることなど知る由もない鉄平が未だ失意のどん底に居た。愛娘が殆ど死亡確定の生死不明と言うダメージは大きく、今でこそ瑠璃とネイトにより元気づけられはしたがそれでも店の営業には支障を来すレベルであった。なので現在BAR・FUJINOは無期限休業中である。

 

 掃除だけは行き届いた、ガランと静かな店の中でネイトは何とか海羽を探す役に立つ人物と連絡が取れないかとあちこちに声を掛けていた。だがやはり返答は芳しくない。それは彼らの現在地が日本から遠く離れているからと言うのもあったが、何よりも海羽の行方不明から時間が経ちすぎているからと言うのもあった。

 

 海羽が行方不明になってから既に一週間。ロクな食料も無しに海の上を漂流して生きられる者など居ない。海羽はとっくの昔にくたばっているだろう。探すだけ無駄だ。

 

 それが断った者達の言い分であった。

 

「クソッ!?」

 

 もう何度目になるか分からない断りの返答の後に通話が切れた携帯を、ネイトは不安と苛立ちを紛らわせるように店の隅に投げつけた。余程強い力で投げつけたのか、携帯は派手な音を立てて店の床を跳ねた。あれは恐らく壊れただろう。

 

 やってしまってからネイトは自分が馬鹿な事をしたと後悔するが、携帯を犠牲にして冷静さを取り戻せたと思い直して心を落ち着けた。それで携帯が戻ってくる訳ではないので、後悔は消えなかったが。

 

「あ~、くそ……」

 

 意外と自分が短気だった事に、改めて自己嫌悪し椅子に腰掛け頭を抱えた。

 

 そこに買い出しに向かっていた瑠璃が帰って来た。バケットや牛乳何かが入った紙袋を抱えて店に入ると、椅子に座って頭を抱えているバーツの姿と店の隅に落ちている彼の携帯を見て大体の事情を察した。

 

「あ~あ~、何してるのネイト?」

「自分が馬鹿してるのは分かってるよ。だが流石にちょっとな」

「気持ちは分かるけど、今は信じて待ちましょ。イライラしたって海羽ちゃんの無事が分かる訳じゃないんだから」

 

 話しながら瑠璃は紙袋をカウンターの上に置き、買ってきた物を取り出していく。その様子を横から見ていたネイトは、海羽の行方不明を知った時に比べて随分と落ち着きを取り戻している瑠璃に違和感を感じた。

 

「……瑠璃は随分と落ち着いてるな? こう言っちゃなんだが、海羽ちゃんが心配じゃないのか?」

「別に心配してない訳じゃないわ。ただ何時までも心配だけしても海羽ちゃんが帰ってくる訳じゃないし、ね?」

 

 そう言って薄く笑う瑠璃の顔には確かに先程は気付かなかった影がある。何だかんだで、瑠璃も海羽の事が心配で堪らないのだ。だが彼女は心配に押し潰されて足を止める事が無いよう、出来る限り何時も通りを装って気丈に振る舞おうとしている。そんな彼女を見てネイトは、子供の様に癇癪を起していた自分が恥ずかしくなった。

 

「……手伝う」

「ありがと。これ、冷蔵庫に入れておいて。お店じゃなくてお家の方の、ね?」

「分かってる」

 

 流石に2人だけで店は回せない。瑠璃もネイトも料理が出来ない訳ではないが、鉄平に比べると一歩も二歩も劣る。何よりも人手が足らない。海羽と鉄平を欠いた今のBAR・FUJINOでは、以前の様に客を捌く事等とても難しかった。

 

 だから今日瑠璃が買ってきたのも、主な物はこの日と明日の食事の為の食材がメインだった。収入が無いので、店の貯蓄などから少しずつ切り崩して――――

 

(…………ん?)

 

 その時ネイトは気付いた。食費などを出来るだけ抑えるべき状況なのにも拘らず、以前と比べて料理のクオリティと言うか使われる食材に大きな変化が無い。安く買える食材で誤魔化しているとかそう言った様子も無く、以前と変わらぬ食材で瑠璃は鉄平に代わって毎食作っていた。

 それどころか夜には時に晩酌までしているのだ。海羽の事を考えて飲む量は控えめだが、心配を紛らわせる為なのか高くて強い酒をしっかり飲んでいる。

 

 節制が必要なのに何故ここまで以前と変わらぬ金遣いが出来るのか?

 

「……瑠璃? お前金はどうしてんだ?」

 

 気になって思わず訊ねてみると、瑠璃はあっけらかんとした様子で答えた。

 

「えっ、ギャンブル」

「ブッ!?」

 

 瑠璃の答えを聞いてネイトは思わず噴き出した。何と瑠璃は、定期的な収入が途絶えたからとギャンブルで生計を立てていたのだ。そう言えばここ最近、瑠璃が家を空ける事が多くなっていたような気がする。ネイトはてっきり海羽を探す為に彼女なりに奔走しているのかと思っていたが、実際には店の貯蓄に手を出さないようにする為にカジノでギャンブルをして荒稼ぎしていたようだ。

 

 今度は別の意味でネイトが頭を抱えた。気持ちは分からなくも無いし、瑠璃のギャンブルの腕は良く知っているので大丈夫だとは思うが、それにしたってギャンブルで得た金で今まで生活してきたと思うとある意味で綱渡り生活だった事を今漸く知って冷や汗が流れた。

 

 何とも言えない顔でネイトが瑠璃の事を見ていると、彼の視線に気付いた瑠璃が片目を瞑りながら舌を出した。ちょっとふざけた彼女の顔に、ネイトは仕方がないと言う様に溜め息を吐いた。

 

「出禁にならない程度にしろよ? 知ってるぞ、昔あっちこっちのカジノ荒して回ったっての」

「荒したなんて失礼ね。私は――――」

 

 ネイトの言葉に思わず瑠璃が反論しようとしたその時、リールドライバーのウィールが独りでに回り始めた。久し振りの反応に2人は言葉を飲み込み、弾かれたようにリールドライバーを見た。2人が注目すると、リールドライバーのウィールがある方向を向いてピタリと止まった。

 

「こいつは、まさかまた!?」

「嘘!? 巣は潰した筈なのに!?」

「街の中に残ってたのか。とにかく行くぞ!」

「うん!」

 

 瑠璃がリールドライバーを引っ掴んで店を飛び出し、後ろにネイトを乗せたバイクを走らせた。瑠璃が運転に集中している間、リールドライバーはネイトが持ちナビゲーターに努めている。

 

「そこを右だ。その次の角を左に……そのまま真っ直ぐ」

 

 ネイトのナビに従ってハンドルを切っていた瑠璃だが、突如後ろでリールドライバーの動きを見ていたネイトが困惑した声を上げた。

 

「あぁ!? 何だ?」

「どうしたの?」

「いきなり方向が逆に向きやがった!」

 

 一旦バイクを停めて後ろを振り返ると、確かにネイトの手の中にあるリールドライバーのウィールが先程とは真逆の方向を向いている。これは一体どういう事なのか?」

 

「移動されたの?」

「分からねぇ。最初に見つけた奴より強いディーパーが現れたのか、それとも地面の下を通って俺達とすれ違ったのか……」

 

 ここで議論していてもしょうがない。瑠璃はバイクをUターンさせると、再びナビをネイトに任せてバイクを走らせた。今彼女達に出来る事は、犠牲者が出る前に一刻も早くディーパーを倒す事である。

 

 果たして今度は目的の場所に辿り着けた。即ち、標的のディーパーを見つけたのだ。

 

 見た目半透明でまるでゼリーが歩いているかのようなディーパー……ジェリーフィッシュ・ディーパーは、マンホールから滲み出るように姿を現すとすぐ近くに居る親子に音も無く襲い掛かろうとしていた。

 

 その様子を遠くから見ていた瑠璃は、バイクのエンジンを噴かせて派手にエンジン音を立てながらスピードを上げた。傍から聞いていても心配になるほどの甲高いエンジン音に、ディーパーだけでなく親子の方も何事だと後ろを振り返った。

 

「何、!? きゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

 振り返った所で漸くディーパーの存在に気付いた母親が、我が子を守るように抱えて悲鳴を上げる。その悲鳴にディーパーが反応し振り返るのと、スピードを上げた瑠璃がディーパーを轢き飛ばすのは同時の出来事であった。

 

「逃げて!」

「は、はいっ!?」

 

 ディーパーを親子から引き離した瑠璃は親子に逃げるよう指示。何が何だか分からないながらも自分が窮地に一生を得た事だけは理解した母親は、瑠璃に礼を述べながら我が子の手を引いてその場を逃げていった。

 

 その場に残されたのは、体勢を立て直して立ち上がったディーパーと瑠璃・ネイトのみ。ジェリーフィッシュ・ディーパーと対峙する2人は、バイクの上でそれぞれのドライバーを装着した。

 

「マスターが心配だから、さっさと終わらせるわよ。ネイト!」

「分かってる!」

 

〈Bet your life〉

〈Catch your fate〉

 

「「変身!」」

 

〈〈Fiver!〉〉

 

 2人が変身すると、ジェリーフィッシュ・ディーパーは体を液状化させて2人に突撃していく。迫るジェリーフィッシュ・ディーパーに対し、オケアノスはテンペストウィップを叩き付けた。だが体が液状化しているジェリーフィッシュ・ディーパーに対して、物理的な一撃はやはり効果が薄く僅かにも進行を遅らせる事すら出来なかった。

 

「メンドクセェ!?」

「こういう相手には、カウンターよ!」

 

 バイクから降りたテテュスは、ジェリーフィッシュ・ディーパーを前に構えを取る。液状化したジェリーフィッシュ・ディーパーは縦横無尽に動きながらテテュスに接近し、攻撃の瞬間実体に戻った。

 

 その瞬間をテテュスは見逃さなかった。ジェリーフィッシュ・ディーパーの体が液体から実体に戻った瞬間、彼女は攻撃される前に蹴りを放ち迎え撃った。

 

「そこっ!」

 

 居合切りの様な一撃の蹴り。喰らえば確実に相手を吹っ飛ばすだろうと思われたその一撃だが、ジェリーフィッシュ・ディーパーは体の一部を液状化させることでそれを無力化した。それどころかテテュスの足を液状化した体で受け止め、彼女を不安定な体勢で固定してしまった。

 

「嘘ッ!?」

「瑠璃!」

 

 蹴りを放った体勢で固定されては、次の行動に繋げられない。このままでは足を掴まれたまま嬲られてしまうと身構えた瞬間、テテュスの腕をオケアノスが掴んで思いっきり引っ張った。テテュスの足を受け止めたジェリーフィッシュ・ディーパーだが、がっちり掴んでいる訳ではなかったのかオケアノスが引っ張るとテテュスの足は思いの外あっさり引っこ抜けた。

 

 テテュスは足が引き抜かれた勢いでオケアノスを巻き込む形で倒れ、ジェリーフィッシュ・ディーパーはテテュスへの攻撃を大きく空振った。

 

「わ!? たたた……」

「つつ、大丈夫か瑠璃?」

「えぇ、ありがと。助かったわ。今度サービスしてあげる」

 

 テテュスは窮地を救ってもらった事をオケアノスに感謝しつつ立ち上がると、ジェリーフィッシュ・ディーパーへの対処法を考えホワイトライフコインを取り出した。

 

「いくら液状化できるからって言っても、それより早くに攻撃当てられればダメージは入るでしょ?」

〈Bet〉

 

 出現したルーレットをテテュスが指さし、ボールが入るポケットを口にする。

 

「黒の10、ネクストゲーム!」

〈Rise up〉

 

 入るポケットを的中させると、テテュスの姿がスピアーレイズに変化する。スカートが消え代わりに装備された二本の槍をテテュスは連結させ時計回りに回転させた。

 それにより時間の流れが操作され、テテュス以外の全ての動きが止まっているかと思う程ゆっくりになる。この時間の流れの中でなら、ジェリーフィッシュ・ディーパーも受けた攻撃を液状化して受け流すなどと言う芸当は出来ない。

 

 テテュスは5枚のドロップチップをリールドライバーに投入し、レバーを下ろしてルーレットを回した。

 

「赤の27!」

〈BINGO! Skill activation! CLOCK TYPHOON.〉

 

 スピアーレイズの必殺技が発動し、テテュスの持つ槍に紫電が発生する。テテュスは紫電を纏う槍を構えると、ゆっくりと動くジェリーフィッシュ・ディーパーに容赦なく突き刺した。

 

「ハァァァッ!!」

 

 槍はジェリーフィッシュ・ディーパーの体を液状化させる事無く刺し貫いた。その手応えにテテュスは内心でガッツポーズをした。予想通り、時間の流れが変われば液状化能力も意味を失くす。

 

「ガァァァァァァァッ?!」

 

 体を刺し貫かれ、そこを起点に全身を紫電で焼かれたジェリーフィッシュ・ディーパーはその場で爆散し、ドロップチップを周囲に撒き散らした。テテュスとオケアノスは飛び散るチップの幾つかを回収すると、他に居ないかを確認してから変身を解除した。

 

〈〈Drop out〉〉

 

「ふぅ、これでお終いっと」

「お疲れ。しっかし、巣を潰した筈なのにまだ出てくるとはな」

「街の中に卵みたいなのが残ってたのかな?」

「多分な。面倒だぞコイツは……」

 

 取り合えずこの事を慎司に伝えておいた。街の中にディーパーの卵か何かが残っていて、それが新たなディーパーとなって人を襲うとなるとまだまだ安心できない。

 

 必要な事を伝え終え、店に戻った2人。取り合えずコーヒーでも飲んで一息つこうかと考えながら扉を潜ると、その音に反応してか鉄平が店の奥から出てきた。

 それだけなら別に問題ないのだが、奥から出てきた鉄平は変な笑みを浮かべて目に涙を浮かべていた。あまりにも異様なその様子に、瑠璃もネイトも何が何だか分からず顔を強張らせて思わず後退ってしまった。

 

「え、っと……マスター? どうかしたの?」

「まさか、遂に耐えられなくなって……」

 

 海羽を失ったかもしれないと言う不安に彼の精神が耐えきれなくなったのかと不安を抱くネイトだったが、鉄平はネイトの言葉を無視して驚くべき言葉を口にした。

 

「瑠璃、ネイト……海羽が、海羽が生きてた――!!」

「えっ!!」

「ホントか!!」

 

 まさかの情報に2人が鉄平に詰め寄ると、彼は2人の手を引いて奥のリビングへと引っ張っていく。

 

 そこで彼は2人に電話の受話器を手渡した。この向こうに海羽が居るのかと、瑠璃は期待半分不安半分で受話器を受け取る。

 

 震える手で瑠璃が受話器を耳につけ、向こう側に居ると言う海羽に話し掛けた。

 

「も、もしもし? 海羽ちゃん?」

 

 瑠璃が震える声で問い掛けると、受話器の向こうから快活な少女の声が響いた。

 

『あ、瑠璃姉ぇ!!』

 

 その声を聞いた瞬間、瑠璃の目から歓喜の涙が零れ落ちた。




という訳で第36話でした。

海羽は暫くの間バーツ達と行動を共にします。その関係で瑠璃達が描かれる場面での出番が極端に減ってしまいますが、その分バーツとの甘酸っぱい青春を描いていければと思っています。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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