今回は前作に殆ど出番の無かったある怪人が登場します。
受話器から聞こえてくる海羽の声に、瑠璃は涙が零れるのを堪え切れなかった。口では信じようと言っていた彼女だが、内心では安否が気になって仕方なくふとした瞬間に最悪の未来まで想像してしまい気が気ではなかったのだ。
不安と隣り合わせの日々を送っていたところに、唐突の安全報告を受けて緊張の糸が切れ涙が溢れるのも仕方がない事である。
「海羽ちゃん!! もう、心配かけて!!」
『ゴメンね、瑠璃姉ぇ。心配掛けちゃって。でも私は大丈夫、バーツ達に助けてもらったから』
「バーツ達に? あ、そっか……」
海羽の話を聞いて、瑠璃は今の彼女とそこに至るまでの経緯に想像がついた。
何があったのかは知らないが、海羽の乗る船が沈没した後海羽自身は海流に流されて海都から離れていったのだ。そして流された先で、同じく海都から離れていたバーツ達の船に拾われた。
考えて見ると凄い幸運である。広い大海原で1人流され、そして船に救助されて一命を取り留めるなどそう高い確率ではない。
『なかなか連絡取れなくてゴメンね。本当はもっと早くに無事を知らせたかったんだけど、助けられた場所が電波が悪くて……』
「いいのよ。皆確かに心配したけど、海羽ちゃんが無事でいてくれたならそれで十分。それで? こっちには何時帰ってこられるの?」
無事が分かったら、今度は何時帰ってこられるかが気になった。声を聞けた事で安心はしたが、そうなると今度は顔を直接見たくなった。瑠璃が受話器に向けて問い掛けると、傍でそれを聞いている鉄平もうんうんと頷いている。
すると突然、あちら側に居る海羽の言葉が途切れた。聞こえてくる吐息の感じからして、どう答えるべきか迷っているようだ。何か不都合があるのだろうかと、再び瑠璃の心に不安が湧きあがった。
「どうかしたの?」
『うん、それなんだけど…………ゴメンね? 暫くはそっちに帰れなさそう』
海羽から暫く帰れないと聞かされ、瑠璃の顔に不安の影が差す。
「どうして?」
『ん~っとね、まず今私が居る場所っていうのが海都から遠く離れた外国でさ……』
纏めると今海羽が身を寄せているバーツの船は、暫くの間仕事が立て込んでいて海都に向かう余裕が無いのだとか。先日芳江からの依頼を中途半端に切り上げる事になってしまい、予定していた収入が入らず生活費諸々がちょいと切羽詰まっているらしい。それを補う為、今彼らは遮二無二働く為仕事を沢山取っているのだとか。
海羽も本当は直ぐにでも海都に帰りたいが、助けてもらった上に身を置かせてもらっている手前これ以上の我儘は気が引けた。なので暫くは彼らと行動を共にし、落ち着いた頃を見計らって海都に送ってもらうつもりだと言う。
『本当にゴメンね? でも私は大丈夫。バーツも居るし、元気でやってるから!』
「……分かったわ。でも無理はしないでね?」
「海羽が帰ってくる時を待ってるぞ!」
『瑠璃姉ぇ、お父さん……うん! 絶対、絶対帰るから!』
海羽からの宣言を聞き、瑠璃は安堵の溜め息を吐いた。鉄平を見れば感極まったのか何度も頷いて涙を流し、ネイトも胸を撫で下ろし頷いていた。
「あ、そうだ! ねぇ、近くにバーツか誰かいる?」
『うん、居るよ。代わろっか?』
「お願いできる?」
『分かった。はい、バーツ…………何だよ?』
海羽に代わってもらい通話に出たバーツは、自分に話が向くとは思っていなかったのかややぶっきらぼうに話してきた。
彼の憮然とした声に、瑠璃は内心で苦笑しながら伝えるべき言葉を彼に伝えた。
「ありがと、海羽ちゃんを助けてくれて。……私の大事な家族を助けてくれて、本当にありがとう」
『! お、おぅ……別に、偶然見つけただけだから気にすんな』
まさかここまで本気の感謝が出てくるとは思っていなかったのか、受話器越しにも分かるくらい面食らった声が帰って来た。狼狽えるバーツの様子が面白かったのか、受話器の向こうから薄っすらと海羽が笑っている声が聞こえる。
「フフッ……海羽ちゃんを送ってくれたら、その時は思いっきりお礼をさせて。フランシス達皆も連れて、お店に来てね」
『あぁ、兄貴達にはそう伝えとくよ』
感謝されて満更でもないと言った感じだが、本人は恐らく浮かれる事無く平常を装おうとしているのだろう。声が変に平坦だ。だがやはり浮かれる気持ちは抑えられないのか、聞こえてくる声色の中にウキウキした様子が感じられる。
と、その時横から鉄平が受話器を奪う様に瑠璃から取り上げた。突然の事に瑠璃がギョッとしていると、鉄平は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら電話越しに頭を下げた。
「ありがとう! 本当にありがとう!! うちの娘を、海羽を助けてくれて本当に、本当に――!!」
『うぉっ!? お、おぉ……』
「近くに寄ったら何時でも来てくれ! 君達なら歓迎する! だからどうか海羽を、海羽をよろしく頼む!!』
『わ、分かった!? 分かったから落ち着けって!?』
何だか娘を嫁に出す際の父親みたいなことを言い出した鉄平に、受話器の向こうではバーツが狼狽えている。瑠璃とネイトはその様子を見て、顔を見合わせると苦笑しながら肩を竦めるのだった。
***
それからと言うもの、鉄平はこれまでの事が嘘の様に元気を取り戻した。海羽の生存が確認された事が、鉄平の心に火をつけたのだろう。元気になり過ぎて、海羽の行方不明が告げられる前以上の漲りようであった。
久し振りに店が開いた事で意気揚々と来店した常連客は、元気が漲り過ぎて威勢までよくなってしまっている鉄平の姿に来店早々目を丸くした。中には鉄平が頭を打ったり、中身が誰かと入れ替わってしまったのではないかとまで疑う始末。
分かりやすい鉄平のテンションの変化に、瑠璃も苦笑を浮かべながら久し振りの接客を楽しんだ。客の中には瑠璃とのルーレット対決を楽しみにしていた客も居た為、そちらもしっかり楽しませてもらった。
急遽長めの休業があったからか、この日は反動の様に普段に比べて多くの客が訪れた。引っ切り無しに入る注文に、瑠璃はネイトと共に額に汗を浮かべつつそれらを捌いていった。
それでも深夜が近付けば流石に客足も落ち着きを見せる。明日も平日なのだ、何時までも飲んでいる訳にはいかない。
「ありがとうございました~!」
今、最後まで店に残っていた客が会計を済ませて店を出て行った。瑠璃はそれを出口近くで見送り、笑顔で頭を下げた。
閉じられる扉。店内は一気に静かになる。それは喧騒的な意味ではなく、雰囲気的な意味である。
「ふぅ~……」
客の見送りが終わると、瑠璃は営業モードを切り大きく息を吐いた。今日はもう店仕舞い。片付けを済ませたら、軽く晩酌して寝よう。
そんな風に予定を立てていると、瑠璃が扉の看板をcloseにひっくり返す前に新たな客が入って来た。直前まで完全にスイッチを切っていたので、このタイミングで客が入ってくることを想定しておらず反応が遅れてしまった。
「! お、とっ、わわっ!? い、いらっしゃいませ!」
慌ててスイッチを入れ直し営業モードに入ると即行で作った営業スマイルを顔に貼り付ける。大急ぎで作り上げた笑みだが、普段ポーカーなどのギャンブルで鍛えたポーカーフェイスは完璧な笑顔を入って来た客に向けた。
そんな瑠璃の様子に、閉店直前に入って来た客は申し訳なさそうに苦笑した。
「すみませんね、こんな時間に」
「え、あ、知事!?」
閉店間際に来店したのはまさかの十三知事であった。こんな遅い時間の知事の来店に、瑠璃だけでなくネイトも食器を片付ける体勢で固まり目を丸くした。平然としているのは、彼と旧知の仲の鉄平だけである。
「何だ何だ、知事ともあろう人がこんな時間に酒場か?」
「知事だからですよ。何分仕事が忙しい上に、あまり早い時間に入る訳にもいきませんでしたからね」
「頑張り過ぎるところは昔と変わらないな。偶には休暇でも取ったらどうだ?」
「……お元気そうですね」
瑠璃に席に案内され、渡されたおしぼりで手を拭きながら鉄平と十三は軽口を言い合っていたが、唐突に十三が心底安心したと言いたげに呟いた。その一言で彼が今日ここに来た理由に見当が付いた。彼は鉄平を心配してやって来たのだ。
「あぁ、おかげさんでな」
「ここ最近、お店を休んでいたと聞いて気を揉んでいたんですよ。貴方はこの街に店を構えてから、休日以外で店を閉めた事がありませんでしたからね」
「心配かけたな。最近、ちょっとトラブルあって」
「……娘さんの事ですか?」
「…………知ってんのか?」
鉄平は勿論、瑠璃とネイトも十三が海羽の身に起きた事を知っていた事に驚きの表情を隠せなかった。十三はこの街の知事、言わばビッグネーム。対する海羽は所詮庶民であり、十三からすれば雲の下の人に過ぎない。
そんな鉄平が一庶民である海羽の身に起きた事を知っていた事が3人は意外だった。
「最初はこの街に向かっていた船が沈んだという報告だけ聞きました。勿論それ自体とても由々しき事態でしたが、その船に乗船していた人の名簿の中に貴方の娘さんのお名前を見ましてね。心配になって見に来てみたのですが……思ってたよりも元気そうですね?」
鉄平が娘を溺愛していた事は、彼と海羽の様子を見た事のある者なら知っている。十三は特に鉄平とは旧知の仲なので、彼が愛娘を失ったかもしれないと聞けば酷く落ち込むだろう事は容易に想像がついた。意気消沈しすぎて食事すらまともに取れていないのではないかと危惧したものだ。
だが何とか職務の合間に店に来てみれば、店は普通に営業しているどころか鉄平も意気揚々と働いていた。まるで何事も無かったかのようだ。十三はそれが理解できなかった。
「娘さんが心配ではない、という訳ではないのでしょうが……」
「あぁ、それなぁ……まぁ、何と言うか……」
何と答えるべきか鉄平は少し迷った。鉄平が普段と変わりなく元気な理由は勿論海羽の生存が確認できたからなのだが、肝心の海羽を助けたのは無法者のバーツ達だ。フランシス達の事は瑠璃とネイトから聞いている鉄平は、彼らが法は守らずとも外道ではないという事を聞いている。
だが十三は違う。彼はフランシス達の事を何も知らないのだ。そんな彼が海羽の現状を聞けば、変に心配させてしまうかもしれない。そう思うとどうにも話す事に対して迷いが生じてしまった。
しかし悩んだ時間は意外と短かった。十三が鉄平の事を良く知っているなら、旧知の仲である鉄平もまた十三の事を良く知っている。彼が単純な肩書や素行だけで人の全てを判断するような人間ではないと知っていた。
故に鉄平は、他の客が居ないという事もあって海羽の身に起こった事を全て話した。
「海羽の奴は無事だ。ただ、今は日本を離れてる」
「どういう事です?」
「そのままの意味だ。乗ってた船が沈没した後、海羽は流されていった先で知り合いの運び屋やってる連中に拾われたのさ。今はそこで厄介になってる」
「運び屋? それは、その……」
「お前の予想通り、もろ非合法の海賊紛いの運び屋だそうだ。だが仁義は重んじるし、外道の類じゃねえ。事実連中は自分達にも予定があるのに、予定をズラしてまで海羽を助けてくれた」
やはりと言うか、十三は海羽が海賊に拾われたと聞いて安全を懸念したが、そこは鉄平が即座にフォローした。彼らが法を無視する世に言う悪党である事は否めないが、悪党=外道ではない。
それを鉄平が必死に伝えると、それまで難しそうな顔をしていた十三も溜め息と共に肩から力を抜いた。
「……はぁ。貴方は昔から人を見る目はありましたからね。その貴方がそこまで言うのでしたら、いいでしょう、信じます。この事に関しては静観し、下手に事を荒立てるようなことはしません。……これでいいですか?」
「あぁ、感謝するぜ」
どうやらバーツ達が危険な連中ではないという事が十三にも伝わったらしい。それを感じ鉄平は安堵の溜め息を吐いた。話せば分かってくれる男だと分かってはいたが、それでもいざ話すとなると肩肘張らずにはいられない。恩を仇で返す様な事はしたくないのだ。
話が纏まると、それを待っていた瑠璃が十三に注文を訊ねた。
「ご注文は? 何か飲まれますか?」
「いえ、今日は……あ~、そうですね。偶には良いですかね。取り合えずビールと軽く摘まめるものをお願いできますか?」
「はい、畏まりました!」
一応明日も仕事があるのだが、偶にはネクタイを緩める感覚で飲むのも構わないだろう。鉄平だけでなく瑠璃やネイトからもそんな視線を感じ、十三は観念する様に注文を口にした。それを聞いて瑠璃は満足そうに笑みを浮かべ、ものの数分も掛からずにジョッキに入ったビールと摘みにスライスしたサラミを出した。
渡されたビールを十三は一気に半分近くまで飲み干す。頭では何だかんだと考えても、体は正直だった。
「~~~~! はぁっ!」
「良い飲みっぷりじゃねえか。そんなに仕事大変なのか?」
「そりゃそうですよ。この街はまだまだ成長途中、今後もどんどん広がっていきますからね。私に知事なんて地位が与えられているのもその為です」
海都は本州から遠く離れている為、厳密にどの都道府県に含まれているという事が無い。最寄りは東京だが、小笠原諸島以上に遠く離れておりアクセスが簡単ではないくらい離れているのだ。
日本政府はこれらの事情を鑑み、海都を行く行くは48番目の県とする事を画策。今はまだ一都市レベルでしかないが、将来的には今よりも更に海都を拡大ないし新たに作り上げた複数の海都と同様の海上都市を纏めて一つの県にする予定だった。
十三を知事と言う立場にしたのも、そう言った後の事を考えての処置であった。
「大変だね~、お国に仕える身ってのは。そんな遠く先の事まで考えにゃならんとは」
「やりたくてやってる事ですからね、別に苦痛はありませんが大変なことに変わりはありません。それよか私より鉄平さん、大変なのは貴方じゃないんですか?」
「俺が? 何?」
まさか自分に話題が振られるとは思っていなかったのか、鉄平は思わずキョトンとする。その間に瑠璃は何時の間にか空になったジョッキを下げ、追加のビールを置いた。その際にチラリと十三の顔を見れば、まだビール一杯なのに頬に赤みがさしている。元から酒に強くない方なのか、疲労から普段よりも良いが早く回っているのか。
「話を聞く限り、娘さんを助けた相手の中には海羽さんと同い年の少年もいるそうじゃないですか。しかもその少年が助けたと。もしそれで海羽さんが相手の少年に惚れてしまったらどうするんです?」
やはり十三は既に酔っているらしい。どこか鉄平を茶化すような物言いに、表の看板をcloseにひっくり返してきたネイトも目を丸くした。
だが十三の言葉に一番動揺したのは言うまでも無く鉄平である。海羽をバーツが助けたと聞いた時は、感極まって只管に感謝してしまったがよくよく考えればそうなる可能性は十分にあると気付いたのだ。
(多分もう手遅れだと思うけどね)
尤もそれは瑠璃にとっては今更な話。少し前に海羽がシーラカンス・ディーパーに襲われそうになった際はバーツが身を挺して守ってくれたし、海羽との話には時折バーツが出てくる。どう考えても海羽はバーツに対して友達以上の感情を向けているとしか思えなかった。
恐らく今回の事で海羽は本格的にバーツに惚れるだろう。そしてバーツも、海羽に対して並々ならぬ想いを抱いている。そうなれば、一線を超えるのも時間の問題だ。
鉄平もその可能性に気付いたのだろう。顔を赤くしたり青くしたりしながら体を震わせ始めた。十三はそんな鉄平を面白そうに眺めながらビールを半分以上飲み干した。口の周りに泡の髭が出来る。
「ぐぬぬぬぬ……海羽に彼氏が……いやだが彼は海羽の恩人……しかし…………あぁ、俺はどうしたら……」
カウンターの向こうで頭を抱えてブツブツ呟く鉄平を、3人は温かい目で見守っていた。今鉄平は、娘離れをするべき時期に立たされているのだ。子は何時か巣立っていく。海羽とてそれは例外ではない。
海羽が帰ってきた時、そこには当然バーツも居るだろう。その時、鉄平は果たして冷静でいられるだろうか?
まぁその時が来たら、瑠璃は全力で海羽とバーツの味方をするつもりだった。恋愛は海羽の自由だし、瑠璃も何だかんだでバーツ達の事は気に入っているのだ。
その後、十三はもう一杯ビールをジョッキで追加し、程良く酔っぱらって帰っていった。
鉄平はその間もずっと頭を抱え続け、その姿は十三の良い酒の肴となっていた。
結局鉄平は十三が帰るまで頭を抱え続けていた。十三は鉄平が完全に自分の世界に入ってしまった事に苦笑しつつ、瑠璃に会計を頼んだ。
「すみません、そろそろお暇しますのでお会計を」
「はい! え~っと、お会計は1600円になります」
会計を済ませ、十三は店を出る。この日最後の客という事で、瑠璃は十三を店の外まで送っていった。
店の外に出ると、十三はほろ酔いになりながらもこんな時間に接客してもらった事に若干申し訳なさそうにした。
「すみませんね、こんな時間にお世話になっちゃいまして。次に来る時はもう少し早い時間にお邪魔します」
「気にしないでください。気が向いた時にでも来てくれれば、それで十分ですから」
「ありがとうございます。それでは、また」
「お気をつけて」
夜の街を1人帰っていく十三を瑠璃は彼の姿が見えなくなるまで見送った。十三の姿が見えなくなると、扉の看板がcloseになっているのを確認し扉を閉めて鍵を掛けた。
瑠璃が店の中に戻ると、鉄平は未だにあーだこーだとブツブツ呟いている。
「ぐぐぐ……人を生き方で差別するのは悪い事だ、それは分かっている。だが海羽の事を想うのなら、もっとちゃんとした男を選ばせるべきなんじゃ……しかし……」
「マスターったら、もう……」
「マスター、そろそろ店仕舞いだ。片付け済まそうぜ」
「ん? え? あれ十三は?」
「もう帰ったわ」
「あ、そうなの……」
十三が帰ったと知り、鉄平もようやく落ち着きを取り戻したらしい。海羽が彼氏を連れてくるかもしれないという懸念は未だ抱いているが、今は兎に角海羽の無事を喜ぼうという事で収まった。
こうしてこの日、BAR・FUJINOは何時も通りの日常を取り戻した。ただ一つ違う事は海羽が居ない事だったが、いずれここに海羽は帰ってくる。その時を瑠璃は楽しみに待って、ベッドに入り眠りにつくのだった。
尚鉄平はベッドに入ると再び不安などがぶり返してきて、どうすればいいかと悩み一睡もできなかったとか。
***
あくる日、海都の近くの海の中を一隻の潜水艦が航行していた。言わずもがな、恭子の乗る潜水艦である。あの後補給を終え、更には戦力の補充も終えた傘木社残党は準備を整え海都へと戻って来たのだ。
最後のムー大陸人の生き残りとなった、瑠璃の身柄を確保する為に。
「博士、準備は整いました」
「了解。それじゃ、お願いね」
恭子からの指示に保安警察の隊長は頷き、手元のコンソールを操作した。すると潜水艦の先端のハッチが開き、そこから魚雷の様なカプセルが発射された。カプセルは真っ直ぐ海都に向かって行き、直撃する寸前に分解してバラバラになった。
カプセルの残骸が海底に沈んでいく中、何かが海都の外壁に取りついていく。
鋭い爪に長い尾の先端にも刃が付いている。細長い顔に、口には鋭い牙が生えている。
言うまでも無くそれはディーパーではなかった。2年前、仁達と傘木社の戦いの最後に出てきた新人類に強制的に進化させた人間を素体に作り上げたファッジ、ヌーベルファッジだった。当時生み出されたヌーベルファッジは全てあの場で倒されていたが、データだけは他の研究施設にも流されており恭子はそのデータを基にヌーベルファッジを作り出した。
しかもただ再現しただけではなく、一歩進むように手を加えてある。以前のヌーベルファッジは雄成と言う絶対強者の命令に従っていたが、このヌーベルファッジは脳内に埋め込んだチップで遠くから操作している。つまり、ターゲットを指定し連れ去るように命令すればそのように動いてくれるのだ。
海都に入り込んだ複数のヌーベルファッジは、静かに素早く物陰などを動き回り目的の場所へと向かって行く。目指すは瑠璃が居る、BAR・FUJINO。予め場所は恭子が調べていたし、ヌーベルファッジは嗅覚も優れているので瑠璃の場所など手に取るように分かった。
誰にも見つかることなくヌーベルファッジ達はBAR・FUJINOの周りを包囲した。後は店の中に入り、瑠璃の身柄を確保して戻るだけ。
そう思っていたのだが、いざ店に突入しようとしたその時突然瑠璃が店から飛び出してきた。扉を蹴破る様に出てきた瑠璃は、店の周りを見た事も無い怪物に囲まれている事に息を呑んだ。
「え!? は? 何コイツ等!?」
瑠璃は勿論ヌーベルファッジなど知らないし、ディーパーではないこいつ等にリールドライバーは反応しない。だが彼女が危険を察知したかのように飛び出してきたのは、リールドライバーが反応を示したからだった。
(どういう事? ドライバーはこいつらに反応した……訳じゃないよね?)
手に持ったリールドライバーは依然として一か所を向いている。もしコイツ等に反応しているのであれば、今頃リールドライバーの羅針盤は引っ切り無しに動き回っている筈だ。
つまり今、コイツ等とは別に動いているディーパーが街の何処かに居るという事。
「瑠璃、何して……って!? 何だこいつら!?」
遅れて出てきたネイトも初めて見る怪物に目を見開く。
2人はそのまま背中合わせになり、周囲を警戒しながらドライバーを腰に装着した。
「とりあえず、コイツ等を何とかする必要がありそうね」
「あぁ。ある程度数が減ったら瑠璃はディーパーの方に行け。残りは俺が何とかする!」
「無茶言わないで。勘だけどコイツ等、一筋縄じゃいかないわ」
ヌーベルファッジ達は徐々に包囲の輪を狭めてくる。それを見据えながら、2人はドライバーにそれぞれライフコインとドロップチップを投入した。
〈Bet your life〉
〈Catch your fate〉
2人のドライバーから音声が響く。ヌーベルファッジはそれを合図に一斉に飛び掛かった。
「「変身!!」」
〈〈Fiver!〉〉
だがそれは2人の前にそれぞれ現れたルーレットとスロットにより弾かれる。吹き飛ばされるヌーベルファッジ達を尻目に、瑠璃とネイトはテテュスとオケアノスに変身した。
変身が完了した2人は、ヌーベルファッジ達が体勢を立て直す前に数を減らそうと動き出した。
「ハァァッ!」
テテュスの素早い蹴りがいち早く立ち上がったヌーベルファッジを叩きのめす。次々と放たれる蹴りに、ヌーベルファッジは反撃する余裕も無く蹴り飛ばされ壁に叩き付けられた。
一方オケアノスは、テテュスとは違いパワフルなプロレス技をベースにした攻撃でヌーベルファッジを複数体圧倒していた。
「オラァッ!」
掴みかかって体重を掛けながら叩き付け、倒れたヌーベルファッジに体重を乗せた肘鉄を振り下ろす。別の個体が爪で斬りかかって来るが、彼はそれを受け止めて振り回すと勢いを利用して後ろを取った。そのままそいつの腰を掴むと、バックドロップをお見舞いして頭から地面に叩き付けた。
一見すると2人の方が優勢に見える戦いだが、ヌーベルファッジはそう甘い相手ではなかった。テテュスにより壁に叩き付けられたファッジは何事も無かったかのように立ち上がると再び攻撃を仕掛け、オケアノスに地面に叩き付けられた奴もまるでダメージを感じさせない動きで攻撃を再開してきた。
予想以上に頑丈でしぶとい。2人は一度体勢を立て直すべく背中合わせになって作戦会議に入った。
「ヤバいコイツ等、もしかして思ってたよりも強い?」
「クソ、ディーパーの方にも行かなきゃならねぇってのに……」
「小早川さん達が気付いてくれるといいけど……」
危機感を募らせるテテュスだったが、ファッジ達はあまり長く話し合う時間を与えてはくれなかった。一斉に飛び掛かってオケアノスは始末し、テテュスを連れて帰ろうとする。
だがその時には既にテテュスはドロップチップをドライバーに投入してレバーを下ろしていた。
〈Bet. Good luck〉
「黒の35!」
〈BINGO! Ability activation! Deep diving.〉
発動させたディープダイビングを用いて、テテュスはオケアノスを引っ張り地面の下に潜った。目の前で標的が姿を消した事で、ファッジ達は勢いを止める事が出来ず互いにぶつかり合ってその場に倒れる。
その間にテテュスは地面から出た。能力を発動していないオケアノスは潜った状態だと動けないので、テテュスにより地面の下から引っ張り上げられる。
「よっ、と。大丈夫?」
「いきなりあれはビックリしたぞ!」
「ゴメンゴメン」
まさかいきなり地面の下に引きずり降ろされるとは思っていなかったオケアノスは、怒りこそしなかったが大いに肝を冷やした。
だがそれだけの価値はあり、2人の前ではヌーベルファッジが互いにぶつかり合いのたうち回っていた。
この隙を見逃す2人ではない。
「チップ1枚で大逆転。ここから一気に決めるわよ!」
「あぁ!」
〈〈All in!〉〉
チップケースをドライバーに装着し、2人は同時にレバーを下ろす。
「黒の20、オールイン!」
テテュスの宣言に、一か所に纏められたヌーベルファッジ達はエネルギーのチップにより閉じ込められる。
その隣ではオケアノスがスロットをオール7で止めていた。
〈Seven! Seven! Seven! Three of a Kind Seven!〉
〈〈Fever!〉〉
「「ハァァァァァァッ!!」」
テテュスのジャックポットフィニッシュとオケアノスのビッグウィンフィニッシュがヌーベルファッジを纏めて一気に殲滅する。爆炎に包まれるヌーベルファッジ達からは、言うまでも無いがドロップチップは出てこない。
テテュスは改めてこいつらがディーパーではない事を確認した。
「こいつら、やっぱりディーパーじゃないんだ」
「じゃあ何なんだ?」
「分からない。そもそも何でコイツ等、店の周りに――――」
ヌーベルファッジの正体について2人が話し合っていた時、テテュスの首に長い尾が巻き付いた。先程倒されたヌーベルファッジは全てではなかったのだ。まだ生き残りが1体残っており、隙を晒したテテュスの首に尾を巻き付けて引っ張り上げていた。
「あがっ!? ぐ、うぅっ?!」
「瑠璃!?」
オケアノスが引っ張り上げられるテテュスを助けようと手を伸ばすが、それより早くにヌーベルファッジがテテュスを引っ張り上げていた。目的の相手を捉えられた事にヌーベルファッジは満足そうにし、そのまま踵を返して潜水艦に戻ろうとした。
その時、鋭い刃がヌーベルファッジを切り裂いた。ヌーベルファッジはそれで絶命し、力が抜けた事でテテュスは今度は地面に向けて落下した。
「うぉっ!?」
まさかいきなり落ちてくるとは思っていなかったオケアノスだが、それでも何とかテテュスをキャッチし彼女が地面に叩き付けられることは回避した。
「ゲホッ!? ゴホ、ゴホ……あ、ありがとう」
「俺は受け止めただけだ。アイツをやったのは……」
オケアノスが視線を向けた先に居たのは、たった今ヌーベルファッジを倒した奴。それは2人も良く知る相手だった。
「あ、アンタは――!?」
そこに居たのはこれまでに幾度も2人の前に立ち塞がって来た強敵……シーラカンス・ディーパーであった。
という訳で第37話でした。
覚えている方は殆ど居らっしゃらないでしょうが、本作では前作の終盤でちょろっと登場したヌーベルファッジが再び登場しました。前作では全く活躍が描かれなかったので、本作では後半に登場する強化された敵みたいなポジションで動く予定です。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。