テテュスは危ういところを救われたが、それは決して状況の好転を意味していなかった。否、状況は先程に比べ遥かに悪化したと言って良い。
先程まで相手にしていたヌーベルファッジに比べて、今2人の前に居るシーラカンス・ディーパーは遥かに格上の相手なのだから。しかも間が悪い事に、2人は今し方オールインの必殺技を放ってしまった。それはつまり、使えるドロップチップが無いという事になる。どういう原理なのかは分からないが、リールドライバーもスピンドライバーも技や武器の召喚などにドロップチップを必要とする。そのチップは一度の変身で使い切ってしまうと、テテュスの場合次の変身まで回復しない。オケアノスに至ってはチップを使い切ってしまっては次の変身にすら支障を来す。
今まではディーパーを倒せば補填出来ていたのだが、2人が今倒したのはディーパーではなくファッジ。ファッジは幾ら倒してもチップにならない。これではマイナスだ。
シーラカンス・ディーパーもそれが分かっているから、敢えてテテュスを助けるような真似をしたのだろう。奴は他のディーパーに比べて知能が高いから、テテュスやオケアノスが戦闘の際にドロップチップを消費していることに気付いている筈だった。
ドロップチップを使い切ってしまった2人にとって、連戦――しかも強敵――は絶対に避けねばならない事だった。
しかしシーラカンス・ディーパーが狙っていたのがまさにこの状況だったのか、奴は剣を握り締めると一気に2人に向け接近した。逃がすつもりは無いらしい。
「ネイト、チップ残ってる!?」
「訳ねえだろ!?」
『フンッ!!』
念の為互いにチップが残っていないか確認し合う2人だったが、先程も述べた通りオールインで必殺技を使ってしまったのでどちらも1枚も残っていない。
それでも奴が出るまでは悲観していなかった。と言うのもテテュスは変身する度にチップが補充されるので、その前の戦闘で全て使い切ってしまっても次の戦闘では再びチップを使う事が出来る。
つまりこの状況も、テテュスが一度変身を解除して再び変身し直せば、オケアノス共々チップを使った戦闘が出来るようになる訳だ。
(って、そんな事悠長にやってられる訳ないじゃない!?)
テテュスが心の中で叫ぶように、シーラカンス・ディーパーは攻撃の手を緩めないので変身を解除している余裕がない。今はオケアノスと2人、無手で何とか対抗しているところだが正直に言ってジリ貧であると言わずにはいられなかった。
こんな状況で下手に変身を解除すれば、ふとした瞬間に死んでしまう。シーラカンス・ディーパーの目的は瑠璃を連れ去る事であって殺す事ではないが、今迂闊に変身を解除して生身を晒せば勢いで殺されても文句は言えなかった。
「こん、のぉっ!」
とにもかくにも、一方的に攻撃を許してはダメだ。反撃しなくてはと、テテュスは振り下ろされた剣を腕で弾き、反撃の蹴りを放つ。シーラカンス・ディーパーはその蹴りを剣で受け止めるが、その瞬間にオケアノスへの攻勢が弱まった。
オケアノスはその隙を見逃さず、シーラカンス・ディーパーの腕を掴むと振り回して放り投げた。
「おぉ、らぁっ!!」
『ぐっ!?』
勢いよく放り投げられ、地面に叩き付けられたシーラカンス・ディーパーだったが奴は直ぐに起き上がるとテテュスのディープダイビングと同じ能力で地面の中に潜った。こうなると2人には手も足も出せない。
「くそ、潜られたぞ。どうする?」
「どうするもこうするも無いわ。直ぐには仕掛けてこないでしょうし、今の内に!」
無暗矢鱈に飛び出しては意味がない。あの能力を最大限に活かす為には、相手の警戒が緩む瞬間を狙わなくてはならなかった。同じ能力を扱うテテュスにはそれが分かった。
だから直ぐに何かをしてくることは無いだろうと踏んで、テテュスはライフコインを交換してレイズアップした。相手が何をしてくるにせよ、座して待っていても状況は好転しないのだから。
〈Bet your life〉
「赤の27! ネクストゲーム!」
〈Raise up〉
テテュスが入れ替えたのはホワイトライフコイン。今回の様に隠れた敵を狙うのなら相手をどこまでも狙えるアローレイズの方が良いような気もするが、地面や物体の中まで狙えるかが微妙だし仮に狙えたとして攻撃できるのかが不安だったので、接近戦に対応できて且つ一度姿を見せた相手なら確実に動きを遅くして一方的に攻撃できるこちらの方が有利だと考えたのだ。
ついでに言えばスピアーレイズなら数秒先の未来を見通す事も出来る。この能力を用いて、次にシーラカンス・ディーパーが姿を現す瞬間を予測しカウンターを叩き込む事も理由の一つだった。
レイズアップが完了したテテュスは早速未来視の能力を用いて、次にシーラカンス・ディーパーが姿を現すタイミングとその場所を予見した。それは思いの外直ぐで、次の瞬間には近くの壁から剣を手に飛び出してくるのが分かった。
テテュスはそれに先手を取る形で槍を振るう。
「そこっ!」
『ッ!?』
まさか読まれるとは思っていなかったのか、シーラカンス・ディーパーはギリギリで防御するのが精一杯だった。防ぎ、しかしその勢いを殺す事は出来ず吹き飛ばされ壁に叩き付けられた。どうやらテテュスと違い、一度物体から出ると能力が完全に切れるらしい。テテュスの攻撃を受けた為、能力の再発動が間に合わず壁に潜ることなく叩き付けられたのだ。
「へへん、どうよ!…………あれ?」
唐突にテテュスは何かに気付いたように腰のチップケースに目を向けた。今の内にとシーラカンス・ディーパーは体勢を立て直し攻撃を再開するが、今度はオケアノスにより攻撃を阻まれる。
「させっか!」
テテュスを守るべく前に出たオケアノスは、両腕を体の前で組みシーラカンス・ディーパーの剣を受け止める。鋭い一撃により装甲が傷付けられるが、テテュスに比べればパワーと装甲に優れたオケアノスは何とか耐えきった。
「ぐっ?! い、つつ……」
「ネイト!」
オケアノスが時間を作ってくれている間にテテュスは槍を連結させ、全体重を乗せた刺突をお見舞いした。捻りながら放たれた刺突はシーラカンス・ディーパーの皮膚を抉った。
『ぐぅっ?!』
咄嗟の一撃だったからか、残念ながらテテュスの一撃はシーラカンス・ディーパーの体を貫くまでには至らなかった。
体の一部を抉られ、このままではマズイとシーラカンス・ディーパーは一旦下がる。そして下がった先で体を震わせると、全身からドロップチップをばら撒き散らばったチップから下級ディーパーが次々と生まれた。
「くそっ!? 今一番やってほしくないことやりやがった!?」
チップが無い今、雑魚ですら相手にするのは面倒だ。チップが1枚でもあれば何とかする事は出来るのだが…………
「はい」
「え?」
唐突にテテュスが手に何かを乗せてオケアノスの前に差し出した。見るとその手の上には、ドロップチップが5枚乗っていた。
「はっ!? おま、これ何処から……あ! 今の一撃で?」
最初オケアノスは、そのチップの出所を先程の一撃でシーラカンス・ディーパーから飛び散ったものと思っていた。ディーパーはダメージに応じて体を構成しているドロップチップを飛び散らせる。今の一撃はシーラカンス・ディーパーからチップを吐き出させるほどの一撃だったのかと考察した。
が、テテュスからの返答は予想外のものであった。
「ブー、外れ。今ケースから出したのよ」
「ケースって、さっき使い切ったばかりだろ?」
「今見たら新しく補充されてたの」
これは今まで知らない事だったが、レイズアップするとその都度ドロップチップが補充されるらしい。今までレイズアップするのはチップに余裕がある時ばかりだったし、そもそも戦闘中にチップの残り枚数なんていちいち数えないので知らなかった。
何にしてもこれでオケアノスもまた一端に戦える。喜び勇んでテテュスからチップを受け取ろうとして…………彼はふとある事に気付いた。
(待てよ? テテュスとオケアノスはほぼほぼ同じシステムだ。どっちもドロップチップを消費して色々な能力や武器を手に入れられる。って事は…………)
もし予想が正しければ、オケアノスは今よりも更に強い力を得る事が出来る。失敗する可能性も低くはないが、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせ口を開いた。
「瑠璃、今使ってないライフコイン1枚貸してくれ!」
「え? チップじゃなくて?」
「あぁ、頼む!」
「オッケー。とりあえず、これ」
オケアノスの要請に応え、テテュスが差し出したのはイエローライフコイン。テテュスがアローレイズにレイズアップする際のライフコインだ。オケアノスはそれを受け取ると、躊躇なくベルトのスロットに投入した。
「頼むぜ」
渡されたコインをベルトに入れると、チャリンと言う音が鳴り響く。そして…………
〈Catch your fate〉
「シャァッ!!」
やはりそうだ。今までオケアノスはライフコインを持っておらず、ドロップチップだけで戦ってきたのでそれが当たり前になっていたがスピンドライバーでもライフコインは使えるのだ。オケアノスがレバーを下ろすと、何時もの如く眼前にスロットマシンが現れる。
ただそのスロットマシンは何時もと違った。何時もはいくつかの絵柄と数字がドラムに描かれているのに対し、このスロットのドラムには数字の他には弓――と言うより六分儀――の絵柄があるだけであった。
オケアノスは直感した。今回はこの弓の絵柄に合わせる必要がある。相変わらずドラムの回転速度は速いが、彼はその優れた動体視力で見事に目押しで絵柄を揃えた。
〈Raise up〉
ベルトからファンファーレが鳴り響くと、オケアノスの前のスロットの揃った絵柄が3つ重なり実体を持って現れる。オケアノスはそれを手に掴んだ。
「よし、よしよしよし! こういう事か!」
「なるほど、それじゃ!」
「あぁ!」
2人は互いに頷き合うと、テテュスが突撃しオケアノスがそれを援護する。テテュスが振り回す槍が下級ディーパーを薙ぎ倒し、そのテテュスに襲い掛かろうとする下級ディーパーを離れた所からアローレイズとなったオケアノスが射抜いていく。時には際どい狙いを付けるオケアノスだったが、テテュスは全く恐れる様子が無い。彼の事を信頼しているのだ。背中を任せて、自分はただ只管に前に突き進む。
あっという間にテテュスは下級ディーパーの群れを突破し、本命のシーラカンス・ディーパーへと肉薄する事に成功した。下級ディーパーが突破されテテュスが目前に現れたのを見て、シーラカンス・ディーパーは彼女を迎え撃とうと剣を構えた。
「もらった!」
その瞬間、テテュスは連結させた槍を回転させて時間を操作した。唐突にシーラカンス・ディーパーの動きが蠅が止まると思う程ゆっくりになり、テテュスに対し無防備な姿を晒す。
前まではあれほどの強敵と身構えていたのに、今はただの的となったシーラカンス・ディーパーを前にテテュスは少し深呼吸した。これでコイツともおさらばできる。
「ふぅ…………!」
一つ息を吐くと、槍を握り直し何度も振るった。槍と言う武器の長さを活かし、己の体を軸に縦横無尽に振り回し穂先や柄で何度も叩きのめした。
時間の流れが変わらないシーラカンス・ディーパーからすれば、何が起こっているのか分からずただテテュスが目にも留まらぬ速さで動いているようにしか見えないだろう。
『がっ?! ぐっ!? ぐぁっ?!』
何度も痛い目に遭わされたシーラカンス・ディーパーがあっという間にボロボロになっていくのを、オケアノスは静かに見ていた。もう周囲に下級ディーパーは居ない。奴らが居た場所には、無数のドロップチップが落ちているだけだ。
十分にシーラカンス・ディーパーを痛めつけたと見ると、テテュスは時間の流れを元に戻した。ゆっくりと動いていた周囲が通常の速度で動き初め、シーラカンス・ディーパーはボロボロの体でその場に倒れる。
『ぐはっ?!』
地面に倒れたシーラカンス・ディーパーを、テテュスがオケアノスと共に見下ろす。下級ディーパーが倒された今、もう奴に回復する手段はない。傍から見ても最早奴は詰みと言う奴だ。
ここで仕留めて、また一歩街を平和に近づけよう。そう思って2人がシーラカンス・ディーパーに武器を向けた瞬間、シーラカンス・ディーパーは残された力を使って地面に潜った。
「あっ!?」
かなりダメージを与えたと思っていたが、まだ逃げ出すだけの余力は残していたようだ。テテュスは自分もディープダイビングを使用して追跡しようとしたが、今からでは追いかけても間に合わないだろう。本気で逃げに徹した魚は本当に速い。海都は立地がかなり太平洋のど真ん中に近い方なので周辺に魚は殆ど居ないが、海流から外れた魚をダイビング中に見かける事はある。遊び半分でその魚を追いかけた事が何度かあるが、捕まえられた事は一度も無かった。
勿論変身している今、泳ぐ速度は変身していない時に比べて格段に速くなっている。追えば追いつく事も出来るだろう。
だがこういう時一番恐ろしいのは、手負いの相手が見境なく抵抗してきた場合だった。特に逃げ切る為に適当な街の住民を人質にでも取られたらそれこそ事だ。
何より今回の戦いでハッキリした。今のテテュスとオケアノスならシーラカンス・ディーパーにも十分に対抗できる。最早恐れるに足らず。
結論を言えば、この場で逃がしても次の機会に倒せばいいのだ。どういう訳か分からないが、シーラカンス・ディーパーはテテュス……瑠璃を積極的に狙ってくる。少しリスキーだが、待っていれば向こうから勝手に来てくれるのだから、慌てる必要はない。
その結論に達した2人は、散らばったドロップチップを回収し変身を解除した。
〈〈Drop out〉〉
変身を解除した瑠璃は羽を伸ばす様に思いっきり体を伸ばした。
「んん~! いい感じだったわね。特にオケアノスでライフコインが使えるって分かったのは大きいわ」
「この分なら、次に来た時は絶対勝てそうだな」
「あ、ネイト知ってる? そう言うのフラグって言うんだよ?」
「おまっ!? 2年前までの記憶しか無いくせに何でそう言う知識持ってんだよ!?」
「海羽ちゃんから教えてもらった」
2人はじゃれ合いながら帰路に就く。強敵をほぼほぼ勝利と言う形で退けられたからか、2人の雰囲気は明るかった。ある木ながら他愛のない話に花を咲かせる。
「海羽ちゃんがねぇ……漫画とか?」
「漫画もそうだし、アニメにゲームもよ。結構色々教えてもらったんだから」
瑠璃は鉄平に拾われた直後の事を思い出していた。
自分の名前も、何もかも分からない空っぽの状態。その状態で瑠璃は抜け殻の様に過ごしていた。朝起きれば鉄平が用意した朝食を黙々と食べ、日中はぼんやりと過ごし昼食をもそもそと食べ、夜になれば夕食を食べ静かに眠る。
そんな日々を無感動に過ごしていた。
まるで人形の様な瑠璃だったが、海羽は怖気付く事無く暇があれば瑠璃に構った。他愛ないお喋りをして、おやつを持ち寄って共に食べ、日中何もする事なくて暇だろうからと持っていた漫画などを貸してくれた。
海羽が様々なサブカルチャーに触れさせたことで、当時の瑠璃も次第に楽しいと言う感情を手に入れていった。楽しいを理解していくにしたがって瑠璃の感情も豊かになっていき、自発的に己の楽しみを見つけに動くようになった。ギャンブルに出会ったのはそんな時だ。
「その時にね、初めてやったのが小さいカジノに置かれてたルーレットなのよ」
「そこで大勝ちして、ギャンブルの楽しさに目覚めたって訳か」
「みたいな感じ」
「ふ~ん、なるほどねぇ。そのカジノってまだあるのか?」
今の瑠璃の、ある意味で始まりとなったカジノにネイトは興味を抱いた。生憎とルーレットはそこまで得意な方ではない彼だが、そのカジノのルーレットとやらは一度やってみたい。
だが瑠璃が次に見せた笑顔には、隠し切れない寂しさが含まれていた。
「ううん、もうとっくに潰れちゃった。出来たばかりの海都は本当に競争率高かったから、小さいお店は長持ちしない場合が多かったし」
何とか開店にまで漕ぎ着ける事が出来ても、他の大きく力の強い店に集客で負けて早々に店を畳まねばならないと言うのは海都では決して珍しい事ではなかった。特に街として機能し始めたばかりの海都は正に弱肉強食であり、弱い店は即座に強い店により潰されていた。
実はBAR・FUJINOも一時危うかった事があった。カジノ街に隣接する形で存在する飲み屋街に客の殆どを取られ、経営が傾きかけていた。
それを救ったのは、瑠璃が初めてギャンブルに触れた件のカジノであった。
「そのお店のオーナーがね、店を閉める前に私にあのルーレット台をくれたんだ」
「あのルーレット台、元はその店のだったのか!?」
「うん。お店が潰れるまでの間、私そのお店に入り浸っちゃってさ。通い詰めてる内にディーラーのアルバイトまでやっちゃって。で、お店が無くなるって決まった時にオーナーが餞別にって、あのルーレット台くれたの」
当時のオーナー曰く、瑠璃が通い詰めるようになってくれたおかげで客が増えた。僅かな時間だったが店を盛り上げてくれたお礼にと、瑠璃にルーレット台を譲ってくれたのだ。
ルーレット台を貰った瑠璃は迷うことなくそれを鉄平の店に置いた。店の中にちょうど良く空いているスペースがあった事を思い出したのだ。当時は客がそんなに入らなかったので、スペースだけは有り余っていた。
当時の鉄平もまさか瑠璃が店にルーレット台を置かせてくれと言うなどとは思っていなかったので、持ち帰られた時は大層驚いた。
だが同時に、あれほど無感動だった瑠璃がそこまで言う様になってくれた事が嬉しかった。
鉄平は店にルーレット台を置く事を了承したが、それに関して二つ条件を出した。それがディーラーは瑠璃が務める事と、ルーレットをしない時は店を手伝う事。どちらも望むところだったので瑠璃は二つ返事で了解し、それから瑠璃はウェイトレス兼ディーラーとして店で働き始めたのだ。
「それからだったわね。お店が盛り上がったのは……」
「そんな事がねえ……ん? ひょっとして瑠璃が街のカジノを荒し回ったのってその辺りか?」
「荒し回ったとは失礼ね! ディーラーのお勉強よ」
「とかなんとか言って、本当はその小さいカジノを守る為に他のカジノを潰そうとしてたんじゃないのか?」
「ち~が~い~ま~す~! 他所のカジノが苦労したのは結果であって私の目的は本当にカジノとディーラーの勉強よ!」
と、口ではハッキリ告げるがそう言う気持ちが無かったとは瑠璃自身断言出来なかった。何しろ当時は鬼気迫る勢いで勝ちまくり、ディーラーが心を折られかけた所為で経営が危機的状況に陥ったカジノも少なくなかったのだ。
そんな大暴れをすれば、昔からあるカジノの中には瑠璃を出禁にしたがる店が出るのも当たり前である。
「もう、ネイトなんか知らない!」
「あ、ちょ、待て待て! 分かった俺が悪かったよ!」
図星を少なからず刺されたからか、この話題を早々に変えたかったからか瑠璃は強引に話を切り上げると肩を怒らせて足早に店に帰っていった。流石に言い過ぎたかとネイトは謝りながら慌てて瑠璃の後を追いかけた。
騒がしく帰路に就く2人の後ろ姿が徐々に小さくなっていく。その様子を、地面から顔だけ出したシーラカンス・ディーパーが静かに眺めていた。シーラカンス・ディーパーは暫し瑠璃の後ろ姿を見つめていたが、彼女の姿が見えなくなると小さな水飛沫と共に地面に潜り姿を消したのだった。
***
姿を消したシーラカンス・ディーパーは、海都を離れ海底に沈んだ都市に戻っていた。暗く静かな深海の都市を進む先に待つのは、下半身を肉塊に覆われた首の無い体の居る場所。テテュス達との戦いの傷が癒えぬままに向かうと、シーラカンス・ディーパーはそれの前で跪く様に地面に海底に膝をついた。
『申し訳ありません……深手を負いました』
『…………』
『あの女はキャリアーとして素晴らしい素質を持っていますが、以前よりも遥かに強くなっています。ですので……』
肉塊は首が無いからか何の言葉も発しないが、テレパシーか何かで意思を伝えているのかシーラカンス・ディーパーと会話が成り立っている。
そして両者の間で何か話が纏まったのか、肉塊に動きがあった。突然痙攣する様に全身を震わせると、下半身から生えている肉塊部分が大きく裂けた。肉塊が裂けた先にあるのは、何匹ものミミズが詰め込まれたような光景。蠢くミミズの様な触手は見る者によっては強い嫌悪感を抱かせるだろう。だがシーラカンス・ディーパーはそれを見ても微動だにしない。
肉塊の動きはそれだけでは留まらなかった。肉塊の中に詰め込まれていた触手が蠢くと、何本かが伸びてシーラカンス・ディーパーに巻き付き引き寄せた。シーラカンス・ディーパーは抵抗することなく身を委ねている。
そして遂にシーラカンス・ディーパーは肉塊に飲み込まれた。肉塊の中に引き摺り込まれると肉塊の裂け目が閉まり、何事も無かったかのように裂けた痕も無くなった。
暫し肉塊はビクビクと震えていたが、それもすぐに収まり動かなくなる。それと入れ替わる様に、肉塊の傍にある腫瘍の様な物から何かが飛び出した。ウナギか何かの様にしなやかな動きをするそいつは、まるで生まれ出た事を歓喜する様に肉塊の周りを泳ぎ回ると先程のシーラカンス・ディーパーの様に肉塊の前で跪いた。
『ラティ不在の間は私がキャリアーを集めましょう。お任せを……』
新たに現れたディーパー……ラブカ・ディーパーはそう告げると肉塊に向け頭を一つ下げ、近くの腫瘍をいくつか切り取り持って行った。向かう先は勿論海都。
今海都に、新たな脅威が迫りつつあった。
一方、海都の周囲の海中で息を潜めている恭子の乗る潜水艦では、先程の攻撃で瑠璃の確保に失敗した事に恭子がやや不機嫌な様子を見せていた。
「まさか、ヌーベルファッジがああもあっさりやられるとはね」
ヌーベルファッジは従来のファッジに比べ戦闘力と言う点においては通常ファッジは勿論、恐竜ファッジですら上回る能力を持っていた。事実実験で行った恐竜ファッジとヌーベルファッジの戦闘では両者を1対1で戦わせた場合、8割方の確率でヌーベルファッジが勝利を収めていた。中には使われている遺伝子の強さによるものか、恐竜ファッジが勝利を収める場合もあったが、それでもヌーベルファッジが恐竜ファッジよりこと戦闘力に於いては上回っている事は疑いの余地が無かった。
今回の戦いではそのヌーベルファッジが複数、瑠璃の捕獲を目的としてテテュスとオケアノスに差し向けられたのだ。にも拘らず、結果は全滅と言う体たらく。唯一1体がテテュスを捕獲出来そうなところまで行けたが、そいつもシーラカンス・ディーパーの乱入により始末された。
この結果は恭子を不機嫌にさせるには十分なものであった。
「…………チッ」
こんな時、8号が居ない事が今更ながら悔やまれる。従順な8号が居れば差し向ける事が出来たし、最悪ストレス発散のサンドバッグに出来た。別に今この艦の中に居る下っ端の誰かに適当に八つ当たりしても良いが、あまり傍若無人な振る舞いをしていると反旗を翻されるかもしれない。それは2年前の志村 希美の離反から学んだ事でもあるし、何よりも海都では雑に扱っていたバーツ達に苦い思いをさせられた事から学んだ事でもあった。
癪だがここは我慢しよう。恭子は気持ちを入れ替えるべく、グラスを取り出しワインを注いで一気に飲み干した。アルコールが脳に回り、思考を緩めて苛立ちを鎮めてくれる。
「ふぅ…………まぁいいわ。ヌーベルファッジでも力不足だと言うなら、他の手を使うだけよ」
そう言って恭子が見るのは、カプセルに入ったラハブの頭部。未だ目を瞑り溶液の中を漂うそれを見て、恭子は怪しげな笑みを浮かべた。
「……まずは適当な試験からすべきよね」
そこに居たのは間違いなく旧傘木社の研究員としての恭子だった。他者の命を何とも思わず、ただの実験台としてしか扱わない邪悪な科学者がそこに居た。
という訳で第38話でした。
今回で一時的にですがシーラカンス・ディーパーとの戦いは決着です。奴が再び登場するのは、暫く経ってからの事でしょうね。
新たに明かされたテテュスとオケアノスの機能、ドロップチップは切らしてもある程度は補充が利きます。ライフコインでレイズアップを行うとその度にチップが10枚補充されます。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。