恭子の宣言を見て、S.B.C.T.は緊急会議を開いた。まさか地下施設が占拠されるなど完全に想定外だったのだ。
旧傘木社も様々な騒動を起こしたが、国や街の重要施設の制圧と言うストレートに武力を見せつけるような行動は行わなかった。興味が無かったのかする必要が無かったのかは分からないが、兎に角以前の戦いでは基本暴れるファッジなどに対処していればそれで良かった。
それがここに来て組織的な行動に出た。それは慎司らを悩ませるのに十分だった。
『まさか、あの女がこんな行動に出るとはな……』
「申し訳ありません。自分がもっと警戒していれば、こんな事には……」
『いや、お前の責任じゃない。報告を聞いた時は俺も連中は海都から逃げたと思っていたんだ』
恐らく恭子達は海中から施設内に入り込んだのだろう。それならば気付かれる事無く速攻で地下施設を制圧する事も可能だ。
「しかし分かりません。何故連中は海都の地下なんてところを制圧したのでしょう?」
『……最終的に何が欲しいのかは分からないが、拠点を求めているのであれば海都の地下を真っ先に押さえるのは道理だな。あそこは電気と水と言う人間のライフラインの二つを備えている。そこを押さえるという事は即ち、街の住民の生命を押さえる事にも繋がる』
「街の住民全員が人質になったという事ですか……」
現時点で電気も水も止められてはいない。だがこれから先、何か要求してきた際に電気と水道の遮断をチラつかせて来る可能性は非常に高かった。
ここで考えねばならないのは住民の安全と、地下施設の奪還である。
いきなり地下施設が制圧されたなんて事を住民に知らせては、悪戯にパニックを引き起こす危険がある。なのでこの件に関しては今は秘匿しつつ、水面下で住民を全員脱出させる手段を手配していた。
幸いなことに庁舎周辺は現在封鎖されている。先程の火災の影響があるからだ。野次馬も、焼け落ちて崩れる可能性がある場所に潜り込むほど馬鹿ではない。
だが稼げる時間は限られていた。可能な限り迅速に地下施設を奪還し、事態を収拾しなければならなかった。
『敵の戦力は未知数だ。こちらから可能な限り戦力を送る』
「ありがとうございます。戦力が整い次第、突入して施設の奪還を――」
モニター通信越しに宗吾と慎司が地下施設奪還に関して話を煮詰めようとすると、それに待ったを掛けた者が居た。
仮面ライダーという事で会議に参加した瑠璃である。彼女はそれまで座っていた椅子から立ち上がると、慎司とモニターの間に割って入り突入に対し反対の意見を口にした。
「駄目よそんなの! それって発電所と濾過施設を戦場にするって事でしょ? そんなの駄目!?」
「大梅さん?」
『とは言え、連中が下に籠ってる以上こちらが入らなければ――――』
「駄目駄目駄目!? もし戦闘で発電所と濾過施設が壊れたらどうするのよ!?」
そう言われると2人は何も言い返せない。
抜け目のない恭子は発電所と濾過施設へも戦力を配置しているだろう。つまり施設の奪還の際には、戦闘が避けられないという事だ。その戦闘の余波で施設が損傷し、水や電気の供給が滞れば住民は直ぐに干上がってしまう。
この場合優先度というものは存在しない。どちらも優先すべきだ。発電所が止まれば濾過施設も止まってしまうし、濾過施設が止まれば住民は水が得られなくなる。
海の上で特に飲み水を確保する事の困難さをよく理解している瑠璃としては黙ってはいられない問題であった。しかし些か感情的に過ぎると、ネイトが彼女の肩に手を置き宥めた。
「落ち着け瑠璃。2人だって分かってる。だが何もしない訳にはいかないんだよ」
「それは……でも……」
この街を愛するが故に、身勝手な物言いで話を進めているように見えた慎司達につい突っかかってしまった。今や瑠璃にとってこの街は掛け替えのない故郷だ。その故郷が失われる様な事を容認できるほど、彼女は割り切れてはいない。
「だが実際どうするつもりだ? 突入なんてすれば戦闘は避けられないだろ? そんな事になれば地下施設もただじゃすまない。最悪の事態への備えはあるのか?」
最低でも水の確保は重要だ。濾過施設が止められても暫くの間は水が使えるようにしなくてはならない。
「その件に関しては、ご心配なく。非常用に街のあちこちに水を保存しているタンクがあります。仮に濾過施設が停止しても、街の住民全員が最低でも1週間暮らせるだけの水を常に確保してあります」
それは十三の言葉だ。海都は場所が場所なので、もしもと言う時への備えは特に気を遣っていた。水の確保はその最たるものだった。決して万全とは言い切れないが、それでも備えがあるだけ憂いは減った。
こうなると目下考えるべきは恭子達地下を占拠している者達への対処と、恐らく直接的に人質とされている職員達の安否だった。今のところ恭子は何も要求してきていない。が、彼らの安全と引き換えに何かを要求してくる可能性があった。
問題は恭子が何を要求してくるか、である。恭子から告げられた宣言は地下施設を制圧した事のみであり、あれから何の声明もない。
不気味な静けさに居心地の悪さを感じていると、突如非通知の通信がS.B.C.T.の端末に入った。その瞬間全員の顔に緊張が走る。
「!? おい……」
『……小早川』
「はい」
相互に促され、慎司が緊張した面持ちで通信に出ると画面に映し出されたのは案の定恭子の顔であった。
同じ端末の別窓に映し出される形になっている宗吾は別として、その場の全員の視線が端末に映った恭子に集中する。自分に注目が集まっているのを見て、恭子は満足そうに口を開いた。
『どうやら皆さんお集まりだったようで』
「一体何のつもりですか、北條博士……いや、深井 恭子博士?」
『おや、私の事を調べたんですか?』
『当然だ。旧傘木社の名簿を徹底的に洗って見つけ出した』
流石に底を怠るほど愚かではない。芳江と言う人物が偽物であり、その正体が傘木社の技術者であったと言うのなら、残されている資料を調べて正体を探るのは至極当然の事であった。
少なくとも無能ではないと分かったからか、恭子は満足そうに頷く。その余裕を感じさせる仕草に慎司と宗吾が渋面を作るが、喉元まで出掛かった言葉を飲み込み問い掛けた。
「それで、何が目的なんです? 何故海都の地下施設の制圧なんか?」
『端的に言えば、世界中に散った同士を集める為ですわ。海都は固定されていない巨大な都市。つまり少しの改造で都市の機能を持った船にする事も可能。世界から爪弾きにされた我々が結集するには好都合とは思いません?』
「海都はそんな事の為に作ったのではありません!?」
恭子の言葉に十三が食って掛かる。海上に作られた新たなフロンティア、人の新たな居住地として心血注いで街の開発に取り組んだ十三からしてみれば、恭子の物言いは到底受け入れられるものではなかった。
それは宗吾達も同様だ。旧傘木社の悪行を知っている彼らからすれば、再び傘木社の研究員などが集まるなど見過ごせる訳が無かった。絶対また何か良からぬことをするに決まっている。
「我々がそんな事を見過ごすと?」
『思いませんが、では貴方方に何か出来ますか? 分かっていると思いますが、今回は以前地下研究所からディーパーを追い出した時とは訳が違います。一歩間違えれば、海都に住む多くの人々に被害が及びますよ?』
街の住民全員を人質にした発言をする恭子に慎司が奥歯を噛みしめる。やはり彼女は分かっていて、地下を制圧したのだ。しかも今は明言していないが、地下で働いていた職員も今は彼女の手の内である。彼らの安全確保も考えると、ここで迂闊な返答をして彼女の機嫌を損ねる訳にはいかなかった。
恭子は次にどんな行動を起こすつもりなのか。瑠璃達が固唾を飲んで見守っていると、不意に恭子は肩から力を抜いた。
『……ですがまぁ、我々とて無鉄砲な訳ではありません。ここで武力で海都を完全制圧しようとして、世界中に敵を作る事のデメリットが理解できないほど愚かではありませんよ』
傘木社は既に世界中から敵視と言うか悪党とみられているのに何を今更と言う気もするが、余計な事は云わず次の言葉を待った。
が、次に恭子が口にしたのは予想外でありとんでもない言葉であった。
『ですので、こうしましょう。例の失敗作、瑠璃でしたか。彼女の身柄と引き換えに我々はここを引き上げます。捕らえた地下の職員達も解放する事を約束しましょう』
まさかの要求に誰もが言葉を失った。これほどの事をしておきながら、要求が瑠璃の身柄一つと言うのだ。
しかし同時に思うのは、最初からこれが目的だったのではないかという事だった。交渉では最初に無茶な要求をして、後から本当の要求を伝えるのがコツとは言うがそれをこんな形で知る事になるとは思わなかった。確かに海都の住民全ての生活と地下職員の身の安全と引き換えにすると考えれば、瑠璃1人の身柄は、残酷な言い方だが安い方だろう。
「ふざけんな!? んな要求飲める訳ねえだろうが!!」
しかしいくら天秤が傾こうが、誰かの安全や尊厳を引き換えにするなど納得できる訳がない。特に恋人であるネイトにとって、この要求は問題外以外の何者でもない。金銭などの即物的な要求であれば検討の余地もあるが、瑠璃の身柄の要求など検討の余地も無く却下である。
『貴方とは交渉していないわ。隊長、知事? どうしますか?』
ネイトなど眼中にないと、恭子は慎司と十三の方に声を掛ける。それに対して2人は鉛を飲み込んだような顔で言葉を濁した。
念の為述べておくが、2人も瑠璃の身柄と地下施設を天秤に掛けている訳ではない。慎司にとって瑠璃は本来守るべき民間人であり、十三にとっては海都を守ってくれた恩人であり英雄である。それをあっさりと切り捨てる事が出来るほど彼らの人間性は冷え切っていない。
2人が言葉を濁しているのは、恭子からの要求をどう突っ撥ねるかが思いつかないからだった。慎司はこう言った交渉事は今回が初であり、本来は腹の探り合いを得意としている人物ではない。人生初の交渉が1人の人間と、一つの街の住民の生活と安全の二者択一などどう切り抜ければいいのか分からなかった。
十三の方は言わずもがな、彼にとって街と住民は何よりも守るべきもの。だがそれと瑠璃を天秤に掛けるなど論外。しかし代わりに提示出来るものなど無いと来た。
「ネイト、落ち着いて」
「だがなぁ、瑠璃――!?」
誰もが言葉に窮する中、瑠璃は1人冷静にネイトを宥めるべくその場から引っ張っていった。カメラの範囲外に消える瑠璃を横目で見つつ、恭子は慎司と十三に返答を求めた。
『さぁ、どうしますか?』
「それは……」
「ぐぅ……」
恭子から急かされ、2人の顔に焦りが浮かぶ。あまり時間を掛けていると、人質となっている職員の身の安全に関わる。何しろ彼女は傘木社の人間、他人の命など路傍の石程度にしか見ていない。その気になれば人質の1人や2人平気で殺す。いやただ殺すだけでは済まないかもしれない。もしかすると実験動物にしたり、死んだ方がマシと言う目に遭わされる可能性も……
「いいわ。私が行けばいいんでしょ?」
「えっ!?」
「大梅さん!?」
突然、瑠璃が画面を覗き込むと恭子からの要求に首を縦に振った。あっさりと要求を飲んだ彼女に、慎司と十三は信じられないと言った顔をする。
恭子は恭子で、意外と簡単に瑠璃が承諾した事に少し意外そうな顔になった。彼女らに出せるカードが無い事を分かっていたので、この要求を飲む以外に道は無いと分かっていたがこんなにすんなりと瑠璃が決断を下すとは思っていなかったのだ。
『あら意外ね失敗作。もっとゴネるかと思ってたけど?』
「私は瑠璃よ、失敗作なんかじゃない。それより心外ね。私が我が身可愛さに、他の人を見殺しにするような冷血な女に見えた?」
強がる様子を見せる瑠璃だが、よく見れば顔には汗が浮かんでいる。酷く緊張しているようだ。やはり彼女にとってもこの決断はかなりの覚悟が必要だったらしい。この後自分の身に降りかかる苦難を想像して、緊張と恐怖を抱いているのだ。
しかし瑠璃にはこの要求を飲む以外の方法が無かった。この街を愛する1人として、他の住民を犠牲にするような真似は出来なかったのである。
瑠璃が頷いてしまった以上、慎司と十三に言える事は何もない。何より今の瑠璃は止めようと思って止められるものではない事は目を見れば分かってしまった。
「それで? アンタの所に行けばいいのかしら?」
『えぇ、待ってるわ』
瑠璃からの答えに気を良くした様子で恭子は通信を切った。ディスプレイから恭子の顔が消え、宗吾の顔だけが残る。
恭子の顔が消えたのを見ると、それまで黙っていた慎司が口を開いた。
「大梅さん、本当に良いんですか? あの博士の事です、どんな目に遭うかなんて火を見るより明らかですよ?」
『俺も同感だ。あの狂科学者の事だ、大梅さんの事を実験動物にするのが目に見えている。それでも行くつもりか?』
慎司と宗吾からの問いにも、瑠璃は臆することなく頷いて見せた。
「勿論。こっちから出せるものが何もない以上、私が行くのが今できる事でしょ? 下手に焦らすと、あの人の事だから本当に人質になってる人をどうにかしちゃうかも」
それは否定しようのない事実だろう。人を人とも思わない彼女であれば、人質になっている職員を見せしめに殺す事位平気でやる。それも恐らくは惨たらしい殺し方で、だ。
犠牲者を1人でも減らす為なら、表向きにでも何でも恭子の要求に従うのが最善と言えば最善である。
「ネイトさん、貴方はそれでいいんですか?」
しかし十三が分からないのは、最初食って掛かったネイトがあれから何も言わなくなった事だった。恭子が最初瑠璃の身柄を求めた時は、拳でディスプレイを割るのではないかと言う程の勢いを見せていたと言うのにである。
恋人が頭の可笑しい科学者の毒牙に掛かるかもしれないのに、瑠璃を止めずに行かせる薄情さが十三には信じられなかった。
「良い訳ねえだろ」
「だったら――――」
「別に瑠璃を行かせない事だけが出来る事じゃねえ」
『どういう意味だ?』
意味深な事を言うネイトに、宗吾が興味をそそられた。直接顔を合わせた事は無いが、ネイトが瑠璃を売り渡すような薄情な男ではない事は明らか。その彼が敢えて瑠璃を恭子の元へ行かせると言うのなら、そこには何か意味があるのだという結論に至るのは当然の事であった。
宗吾から問われたネイトは、瑠璃の方を見た。瑠璃は何時の間にかネイトの隣に立っており、2人は目を合わせると笑みを浮かべて一同に目を向けた。
「人間てのはな……」
「勝利を確信した瞬間に隙が出来るのよ」
何かを通じ合わせた2人の様子に、残る3人は首を傾げるしか出来なかった。
***
後日、瑠璃は1人で恭子の元を訪れていた。制圧された庁舎地下を包囲する形でS.B.C.T.が待機する中、瑠璃が1人庁舎の中に入っていく。その表情は緊張しているのか、表情は強張り額からは薄っすらと汗が流れている。
誰も居なくなった庁舎の中に入ると、瑠璃は十三に教えられたとおりに地下施設に向かう階段とエレベーターがある方へ向かった。
火事の影響で庁舎部分は電気が止まっているのか、照明の無い薄暗い庁舎内を瑠璃は手に持ったライトの明かりを頼りに進んでいく。と、徐に進行方向から強い光を向けられ思わず目を眩ませた。
「うっ!?」
「……大梅 瑠璃だな?」
思わず瑠璃が顔を手で覆っていると、光源から声を掛けられた。指の間から覗く様にして光源を見ると、そこには完全武装の保安警察の隊員が銃に取りつけられたフラッシュライトの光を向けているのが分かった。
「そうよ。だからその光退けてくれない? 眩しくて仕方ないんだけど?」
弱さを見せないようにする為か、瑠璃は気丈に隊員に告げた。しかし隊員は瑠璃の言葉など耳に入っていないかのように光を向けたまま別の隊員に指示すると、左右から2人の隊員が瑠璃を掴み押さえつけた。それだけでなく、瑠璃の腕を押さえると空いた手で瑠璃の体を無遠慮に弄った。
恐らくは通信機やリールドライバーなどを持っていないかを確かめる為のボディーチェックだったのだろうが、隊員達は役得と言わんばかりに瑠璃の豊満な胸や引き締まった尻を触ってきた。これには流石に瑠璃も抵抗せずにはいられない。
「ん!? やっ!? ちょ、変なところ触らないでよ!?」
「大人しくしろ」
「うぐっ?!」
瑠璃が身を捩り抵抗すると、隊員の1人が瑠璃を大人しくさせようと彼女の頬を殴った。すると片方がそれを宥めた。
「おい、顔は止めろって。楽しみが減るだろ?」
「これぐらいどうって事ねえだろ」
「遊んでるんじゃない。さっさと行くぞ」
頬を殴られた事で抵抗を止め脱力した瑠璃を、2人の隊員が引き摺る様に連れて行った。向かう先にはエレベーター。エレベーターには電気が通っているのか、先導していた隊員がボタンを押して呼び出すとエレベーターの扉が開き蛍光灯の光が廊下を照らした。
そこで彼らは二手に分かれた。1人はそのまま瑠璃を連れてエレベーターに乗り込み、残り2人は万が一S.B.C.T.やネイトが突入しようとして来た時の為の見張りとしてその場に待機していた。
俯いた瑠璃の両手を腰の後ろで縛り、押し込むようにエレベーターに入れると入った隊員が下の階のボタンを押し扉を閉める。
扉が閉まると、残された隊員は不審な奴が近付いてこないかと見張りに戻った。
…………その様子を、物陰からラブカ・ディーパーが静かに見ているとも気付かずに。
***
海都地下研究所。以前建設途中でディーパーの襲撃に遭い、それから暫くはディーパーの巣窟となり建設作業も止まっていたそこは、テテュスとS.B.C.T.の活躍によりディーパーを追い出されてから急ピッチで作業が進み研究施設として機能する様になっていた。更には外部から研究員が招かれ、本格的に大規模な海洋研究施設として稼働する筈であった。
その矢先、傘木社の残党である恭子率いる一団により研究所だけでなく発電所と海水濾過施設までもが制圧されてしまっていた。
その地下施設の中央のエレベーターが、軽い音を立てて開かれた。出てくるのは後ろ手に縛られた瑠璃と、瑠璃をここまで連行してきた保安警察の隊員であった。
開いた扉の先には恭子が待っており、扉が開き瑠璃が出てくると妖艶な笑みを浮かべて両手を広げて迎え入れた。
「ようこそ、失敗作。いえ、もうただの失敗作ではないわね」
「何度も言わせないで。私の名前は瑠璃よ。研究者って言う割に、物覚えは悪い方なのかしら?」
繰り返し失敗作と言われた事が癪に障ったのか、瑠璃は恭子に対し挑発する様に言葉を発する。
瑠璃からの反撃を受けた恭子は、一瞬真顔になるとまるで気にしていないかのように静かに近付き…………瑠璃の頬を思いっきり引っ叩き床に這い蹲らせた。
「あうっ!?」
「!」
引っ叩かれた衝撃でバランスを崩し倒れた瑠璃を、連れてきた隊員が引っ張り起こそうと手を伸ばすがそれよりも先に恭子が瑠璃の胸をハイヒールで踏み付けた。
「うぐぁっ!? あぁぁっ?!」
「身の程を弁えなさい、失敗作風情が。貴方なんて8号の予備でしかないのよ。本当ならとっくの昔に廃棄処分されてた筈が、運よく生き永らえたからって調子に乗らない事ね」
先程とは違い冷たい目で瑠璃の事を見下ろした恭子は、暫く瑠璃の胸を踏みつけ肺の空気を無理矢理吐き出させるとオマケと言わんばかりに彼女の顔を一度踏み付けた。
「あぐっ!? がはっ、げほっ、げほっ……」
「ふん……」
床に倒れたまま苦しそうに咳き込む瑠璃を恭子はゴミを見るような目で見下ろし、手を振って別の隊員に運ばせた。
「適当な部屋に放り込んでおきなさい。本格的な実験は艦の方でやるけど、ここで出来る事はやっておきたいから」
「ハッ」
そのまま瑠璃は引き摺られるように隊員により運ばれていき、それを見送った恭子も反対方向に向け歩いて行った。
残されたのは瑠璃を地下まで連れてきた隊員1人。その隊員は暫くその場で瑠璃と恭子が去っていった方を交互に見ると、周囲に誰も居なくなったのを見て瑠璃と恭子とは別の通路に向かい歩いていくのだった。
***
その頃、海都に向けて一隻の船が向かっていた。海都を目的地とした高速便だ。空港が無い為空路が使えない代わりに、急いで海都に向かいたい者や運ぶべき荷物の為に料金割高で定期的に海都と本州を行き来しているのだ。
主にビジネス目的の乗客が多い中、1人だけ妙に浮いている乗客が居た。
私服姿の女性。それは別にそこまで珍しい事ではないのだが、人々の注目を集めているのはその乗客が座席に備え付けられている簡易机の上。
そこにはコンビニや船内の売店などで買ったであろう食料が溢れんばかりに置かれ、女性はその食料を流し込むように食べていた。
「はぐ、あぐ、んむ……」
自分が周囲からの視線を集めている事に気付いていない……否、そんな視線など気にした風も無く女性は只管に食料を食べ続けた。
「――――はふぅ」
そして気付けばまだ到着まで時間がある段階で、机の上に置かれた食料は全て彼女の胃の中へと消えていった。あれ程の量を平らげただけでも常軌を逸していると言うのに、その上全く苦しそうに見えない女性に周囲は度肝を抜かれた。
周囲からの視線など気にすることなく、女性は満腹の腹を摩りながら窓の外に目を向けた。
一面海しか見えない大海原を見るその目には、先程あれだけ食べたにも拘らずまだ食べたりないと言うかの様な飢餓にも似た光が宿っていた。
最後に登場した名前の出ていないキャラは、前作でも活躍した彼女です。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。