恭子率いる傘木社残党により海都地下施設が制圧される事件は、街の住民に察知される前に収束させることが出来た。人質になっていた人達は無事に解放され、発電施設・濾過施設共に無傷で奪還する事が出来たのは何よりも幸いであった。
だが戦いの余波は少ないものではなく、火災が起きた庁舎は勿論ディーパーの襲撃により浸水した地下施設の修復にも時間を要した。
特に地下施設の修復は急務だ。今は隔壁で区画を閉鎖されているからあれ以上の浸水と圧壊を防げてはいるが、安全の為には破損した区画を修復し入って来た海水を抜かなければならない。だが今、海都の近海には再びディーパーが巣食っている可能性がある。こんな状態で修復作業を行えば、ディーパーの襲撃で作業員に被害が出るかもしれなかった。
そんな時こそS.B.C.T.の出番だ。潜水装備のS.B.C.T.αチームが潜水ポッドと共に海中に潜り、修復作業を行う作業員を警護していた。
その中にはテテュス・オケアノス・ヘテロの3人も居た。酸素ボンベを必要とするスコープ達に対して、この3人は実質水中での活動時間に制限がない。何より戦闘力的な事を考えれば、切り札とも言える3人が非常時は最後の砦であった。
「……変わったライダーよねぇ?」
「はい?」
修復作業の警護の最中、何も起きない現状に暇を持て余したヘテロは何気なくテテュスに話し掛けた。ヘテロが何の事を言っているのか分からず、テテュスは小首を傾げる。
「アンタ達のライダーよ。ルーレットとかスロットとか、変身とかの度にいちいちそんな事をするなんて面倒臭くない?」
そう言われても、テテュスはもうすっかりこれに慣れてしまったので特にどうとも思わない。出目を合わせる事も彼女にとっては難しい事ではないので、態々面倒とかそんな事を考えた事等一度も無かった。
オケアノスもだ。彼もまた別にそこまで苦に感じた事は無く、ヘテロからこんな質問が飛んでくること自体を意外に感じていた。
「私は別に……もう慣れちゃったし」
「俺も。慣れると面白いぜ、これ」
「ふ~ん? まぁ別にいいけど。しかし、誰が何考えてそんなの作ったのかしらね? 変身や技の発動に態々ギャンブルを絡めるなんて」
ヘテロの疑問は何気ない物だったが、言われた2人はその疑問に思わず顔を見合わせた。今まで特に疑問を持たず、と言うか疑問を持つ間も無く使ってきた力だが、考えてみればこれは誰が何の為に作ったのかを知らなかった。
何よりも分からないのがリールドライバーだ。どういう訳か、これにはディーパーの出現を検知する機能がある。オケアノス……ネイトの話によればこれはセラが暮らしていた島の奥の祭壇に祀られていたらしい。つまりこれは随分と前に作られたものだという事になる。
ディーパーとはそんな昔から居たのだろうか? 仮にそうだとして、今まで大人しくしていたのは何故なのか?
テテュスは視線を海底に向けた。他の者の目には漆黒の暗闇にしか見えない海底も、海洋人である彼女にはどこまでも青い空間に見える。そしてこの下には今、恭子達が拠点としていた潜水艦の残骸が沈んでいる筈。
「……ネイト、ごめん」
「えっ?」
「ちょっと行ってくる!」
「えっ!? おいッ!」
オケアノスが引き留める間もなく、テテュスは1人深海へと潜っていく。いきなり深海に向け潜っていった彼女に面食らったオケアノスは、何があるか分からない海底に彼女1人で向かわせるのは危険とその後を追って潜った。
「ちょ、待て瑠璃ッ!?」
いきなり海底に向けて潜っていったテテュスとオケアノスの姿を、ヘテロは黙って見送った。最初彼女も追いかけようかと思ったが、流石に3人がいきなりこの場を離れるのは不味いと慎司への連絡だけに留め彼女はその場に留まる事を選んだのだ。
「小早川? 私よ、志村よ」
『志村さん? どうしました?』
「単刀直入に言うわ。テテュスとオケアノスが下に行ったわ」
『え? 下に? どういう事ですか?』
「さぁね? 何か気になる事があるみたい。まぁ沈んだ潜水艦の中にあの化け物共が潜んでないとも限らないし、確認してきてもらう分には悪くないでしょ。本当にヤバいとなれば逃げてくるだろうし。ただもしもって事を考えて、10分位しても帰ってこなかったら私も行くから」
ヘテロがそんな事を話している事等露知らず、テテュスは後ろにオケアノスを引き連れる形で海底へと向けてどんどん潜っていく。暫くは上も下も分からない、ただただ青い水の中をまっすぐ進むだけであったが…………
「ッ! あった……」
進行方向に、霧が晴れるようにゆっくりと沈んだ潜水艦の姿が浮かび上がった。
船体に大穴を開け、海底に横たわる様に沈んだ潜水艦。そう言えば少し前にも、シーラカンス・ディーパーの手により海底の潜水艦に連れ去られた事があったのを思い出した。あの時はデイナに助けられ、逃げる事を優先していたので沈んだ潜水艦をじっくり見ている暇は無かった。
ここまで来てテテュスは一旦止まった。ここには恭子が集めてきたディーパーに関する資料がある筈。そして、自分のオリジナルであるセラの……ムー大陸人と呼ばれる者達に関する事が何か分かるかもしれない。ここまで潜ったのは、それを期待しての事だ。
にも拘らずここで足を止めるのは、未だに真実を知る事に対して僅かながら恐怖があるからに他ならない。以前、瑠璃は己の真実を知り心が壊れそうになった。その事自体はネイトの存在もあり受け入れる事が出来たが、それと新たな衝撃の真実を受け止められるかは別問題である。
自然と、テテュスは生唾を飲み心を落ち着け覚悟を決める為深呼吸をした。海中で深呼吸と言うのもおかしな話だが、大きく息を吸って長く吐いた。
そんな彼女の肩を、追いついたオケアノスが優しく掴んだ。
「ッ! ネイト……?」
「瑠璃……行くのか?」
オケアノスも潜水艦の中にあるだろう真実を想像し、テテュスが踏み込むことに一抹の不安があるのだろう。本当にそこに飛び込むのかと念押しする様に確認した。
それを聞いて、逆にテテュスの中で覚悟が決まった。自分と同様に不安を感じる者が居てくれるという事に安心を感じたと言うのもあるが、何よりもオケアノス――ネイトの存在が大きかった。彼ならどんな真実が待っていても、自分を拒絶せず受け入れてくれるという安心が覚悟を決める最後の一押しになったのだ。
「うん……行くよッ!」
テテュスは覚悟が鈍らない内に入ってしまおうと、水を蹴る様にして一気に潜水艦に開いた穴に飛び込んだ。オケアノスもそれに続く。
沈んだ潜水艦の中には海水が満たされており、どこもかしこも水浸しだった。加えて水圧の影響か、ペシャンコに潰れているものも見られる。
2人は水没した艦内の通路を進み、時折近くの部屋に入ってみる。深海で且つ電源の落ちた艦内と言う光源皆無の状況だが、変身している影響で2人は視界をしっかりと確保できていた。
「何も居ないね?」
「あぁ。ディーパーに襲われたってんなら、アイツらがここを巣にしててもおかしくないんだけどな」
「まるで漁礁ね」
あまりにも静かすぎて不気味なので、2人は他愛ない会話をしながら艦内を捜索した。通路を進み、十字路に差し掛かったので取り合えず右に曲がってみる。
するとその瞬間、血の気の失せた人の顔と鉢合わせした。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ぅおあっ!? どうした!?」
突然悲鳴を上げて抱き着いて来たテテュスに、オケアノスも面食らいながら状況を理解しようとする。そしてテテュスが船員の遺体と鉢合わせしたのだという事が分かると、相手がただの遺体であると彼女を落ち着かせようとした。
「瑠璃、落ち着け! よく見ろ、ただの死体だ」
「あ、う、うぅ~……し、心臓止まるかと思った……」
「普段ギャンブルやる時の肝の太さは何処に行った?」
「あれとこれとは話が別ッ!」
茶化されて思わず声を荒げたテテュスを、オケアノスは宥めつつ何気なく周囲を見た。
すると今2人が進もうとしていた通路の先に、『主研究室』というプレートが横に掛けられた扉があるのを見つけた。
「お、おい瑠璃あれッ!」
あそこなら何か資料が残っているかもしれない。そう思ったオケアノスが部屋を指差すと、通路の先にある研究室の存在に気付いたテテュスが仮面の奥で顔を引き締めた。
「……行くよ」
「あぁ」
2人は先程よりも慎重に通路を進んだ。今の今まで忘れ掛けていたが、ヌーベルファッジ・パドルはここで生み出された。先の戦いで恐らくはすべて出し切ったであろうが、まだ予備が残っていて生きているかもしれない。
この狭い艦内であれに出くわしたら、苦戦どころの話ではなくなる。2人はもうあれを見ないようにと祈りながら、扉を開け研究室に入った。
研究室内部は沈没と浸水の影響か、艦内の他の場所の様に酷く荒れていた。研究資料やデータを記した物だろう用紙が室内を漂い、機材は一目で見て分かるほど破損しているものが大半だった。損傷が見られない機材も、海水にどっぷり浸かって使い物にならなくなっているのは明らかだ。
だが幸いなことにヌーベルファッジ・パドルの姿は見られなかった。人一人が余裕をもって入れるだろうサイズのシリンダーは無数に並んでいるが、それらはどれも空でしかも破られた様子がない。
その事に安堵しつつ、テテュスは試しに近くの用紙を手に取り何が書かれているのかを読んでみた。しかし書かれている内容は彼女には到底理解できるようなものではなかった。何かのデータを記した物なのだろうが、用語も数値もどれが何を指しているのかが理解できず頭から湯気が立ち上りそうになる。
「う~……ダメ。何書いてあんのか分かんない。ネイト分かる?」
「生物工学分野の内容だろう事は分かるが、それ以外はさっぱりだ。俺は考古学が専攻だからな」
「仁さん居てくれたらなぁ……」
そう言えば以前この辺に沈んでいた潜水艦からは、劣化して内容が分かり辛い資料しか手に入らなかったと仁が言っていたのを思い出した。今ここに彼が居ればきっと何か有意義な情報を手に入れる事が出来たのだろうが、世の中儘ならないものである。
とは言え放置するのは流石に勿体ない。持ち帰ればネットで調べる事も出来るし、仁に連絡を取って訊ねる事も出来る。
2人は室内にある資料を片っ端からかき集めて、海都に持ち帰ろうと研究室内をあちこち動き回る。
一通り資料を掻き集め、これ以上収穫は無いだろうと見て2人は主研究室を後にした。
その後も2人は艦内を隈なく探し回ったが、見つかるのは死体ばかりでこれと言って気になるものはなかった。端末はどれも沈没の影響かそれとも襲撃された際に破損したのか使い物になる様子はない。そもそも動力が落ちているのだから、電子端末から得られるものは何もなかった。
2人はこれ以上の捜索を諦めた。ディーパーらの襲撃を警戒していたのだが、思っていたほどの事は無かったので少し拍子抜けした感は否めなかった。勿論、潜水艦を襲撃したラハブとこんな所で遭遇する事にならなかったのは良かった事なのだろうが。
収穫の資料を抱えて船体に開いた穴から2人が飛び出すと、上からヘテロが下りて来ていた。
「あ、出てきた。どうだった?」
「取り合えず、中はもぬけの殻だな。ディーパーの巣になってる感じじゃなかった」
「生きてる人もね」
「あっそ……まぁいいわ。さ、上はもう作業を止めて撤収してるわ。私達も上がりましょ」
***
戻ってから、瑠璃とネイトは家に持ち帰った資料を前に悪戦苦闘していた。
それと言うのも本当に専門用語などが多すぎる。大学出のネイトですら、畑違いにも程がある専門用語の山に早々に音を上げてスマホを片手にゆっくりと読み解いている状況なのだ。瑠璃に至っては脳の容量が情報を受け止めきれず、頭から煙を噴き出し床の上にひっくり返っていた。
「も、もうダメ……頭痛い……何これ暗号文?」
「もしかして持ってくる資料間違えたか?」
「え~、またあそこ行くの?」
潜るのは好きだが、あそこに行くのは何だか気が進まない。瑠璃が渋りながら適当に資料を取って斜めに流し読んでいると、ある単語が目に入った。
「ん……んん?」
「どうした?」
「ムー大陸……」
「何?」
ムー大陸と言う単語にネイトが反応し、瑠璃が体を起き上がらせる。ムー大陸と言えば、瑠璃のオリジナルであるセラがムー大陸人と言う話だ。漸く気になる資料を手に入れた事に瑠璃の目にも力が入った。
「これ、当たりじゃない?」
「あぁ、これは――――」
「瑠璃~? ちょっと買い物頼めないか?」
漸く何か大きな情報を手にれられたかと2人が喜んだ次の瞬間、部屋の外から鉄平の声が響いた。時計を見れば時刻は開店時間が迫りつつある時間。普段であれば確かにこのくらいの時間になれば瑠璃が買い出しの為に動いている。何時までも買い出しに向かわない瑠璃に鉄平が疑問を抱くのも無理はない事であった。
一方の瑠璃達は、ここぞと言うところで妨害が入ってしまったので出鼻を挫かれその場に崩れ落ちた。とは言えまぁ、資料は別に逃げないしさっさと買い物を済ませてしまおうと瑠璃は立ち上がった。ネイトもそれに続き立ち上がる。
「さっさと終わらせるか」
「そうね」
瑠璃は鉄平から買う物の書かれたメモを受け取ると、ネイトと共に家を出た。ちょっとスーパーで買えば事足りる程度の物だったので、2人は散歩感覚で日が傾いた街をぶらりと歩く。時間が時間だからか、出歩く人の数はまばらだ。だがこれからだんだんと増えていくだろう。
そんな事を考えながら歩いていると、前方から歩いてくる人影が妙に気になった。どこか体調が悪いのか覚束ない足取りで、今にも倒れそうだ。
2人よりも前の方を歩いている人も人影に気付いたのか、足を止めて凝視している。と、何かに気付いたのかギョッとした様子で仰け反った。
一体どうしたというのか? 生憎と2人からだと西日の影響で影が濃く人影以外が見え辛い。
だが近付いてくると段々と影が晴れて見えるようになってきた。そしてそれが誰なのかが分かると、2人も驚愕に足を止めた。
「なっ!? あ、アンタはッ!?」
その人影の正体は、恭子であった。あの時、ラハブにより連れ去られていった筈の恭子がそこに居た。
だが彼女の様子は明らかに普通ではない。何せ今の彼女はほぼ全裸と言っても良い格好だからだ。濡れた髪がぼさぼさで、ボロボロの白衣と衣服の欠片を身に纏った程度と言う有様。見える肌はあちこちに痣があり、口の端は切れて血が流れている。
どんな拷問を受けたのだと言う様子の恭子だが、近付こうと言う気にはなれなかった。一見すると手助けを必要としているように見えるが、纏う雰囲気が非常に危ないものを感じさせる。下手に触れようとすれば即座に喉笛に食らいついてきそうな、そんな雰囲気を纏った彼女に何も知らない一般人も助けようとかそう言う考えは浮かばないようだ。
そんな彼女も、瑠璃とネイトを前にすれば話は別だった。それまで抜け殻の様に生気の無い顔をしていたが、瑠璃の顔を見た瞬間目に光が灯った。
「フ……フフフッ、アハハハハッ……」
「ど、どうしたの?」
「本格的に頭おかしくなったのか?」
瑠璃の顔を見るなり、壊れた様に笑いだす恭子に瑠璃とネイトは言い知れぬ恐怖を感じ思わず後退る。
一方の恭子は、一頻り笑ったかと思うと今度は突然苦しみながらその場に蹲った。
「あぐっ!? うぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
「何あれ? どうなってるの?」
「……そう言えばアイツら、人間を使って繁殖するって言ってなかったか?」
「まさか――!?」
そのまさかだ。ラハブによって連れ去られた恭子は繁殖の苗床として種を植え付けられていた。それが何故、ここにこうしているかと言えば…………
「うぐ、フフフッ……どうやら私は、奴らのお眼鏡には適わなかった様ね」
自嘲する恭子は直後にまた苦しみだす。全身を痙攣させ、最早立つ事も儘ならない様子だ。しかしそれでも、科学者としての性なのか己の身に起きている事。そしてラハブが真に成そうとしている事が何なのかを考察しそれを世に出す事を止める事は無かった。
「漸く分かったわ。奴らは、地球の新たな支配者になろうとしている。人を襲うのも、攫った人間に種を植え付けるのも、全ては、その、為…………あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!?」
口の端から泡を吹き、全身の皮膚の下が不規則に動いている。まるで皮膚の下で何万と言うミミズがのたくっているようだ。生理的嫌悪を感じさせる光景に、瑠璃も思わず吐き気を感じ口に手を当て顔を顰めた。
だが恭子の話は気になるのか、顔を逸らしながらも視線だけはそちらを向き続けていた。
「こんな、事なら……8号は是が非でも残しておくべきだったわ。アイツなら、奴も喜んでくれた事でしょうに……ぎぃぃぃぃぃっ?!」
「8号? あの子が一体何!?」
「ひぃ、ひぃ……ヒヒヒッ! 奴らが真に求めているのは、強靭な遺伝子を持つ生命。そう、超万能細胞を持つ生命をこそ奴らは求めていたのよ!!」
恭子は傘木社の研究員として、実験の一環で自らの体に微量ながら超万能細胞を移植していた。彼女も一時期は傘木社の幹部候補として人体実験を受けていたのだが、能力的な面もあり幹部候補からは外れ一研究員としての道を歩んでいたのだ。
「8号や貴方は、純粋な超万能細胞を持ってる。奴らが欲していたのはそれだった訳ね。加えてあなたと8号は嘗てディーパーを、造り上げたムー大陸人の末裔とも言える存在。奴らからすれば、喉から手が出るほど欲しい存在の筈…………がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
もう瑠璃は何も言えなかった。入ってくる情報量があまりにも多すぎる。ディーパーがそもそも人工の存在で、造り上げたのは何千年も前のムー大陸の人間で、しかも自分のような人間が優先的に狙われているなど……
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!? う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛っ゛?! んぶぇっ!? がはっ!? んぶっ!? お゛っ、ごぶぇぁっ?!」
唖然とする瑠璃の前で、いよいよ恭子の体が限界を迎えつつあった。元々は直ぐにでも生まれようとしていたディーパーを、恭子は研究者としての執念だけで抑えつけていたのだから驚愕に値する。
全裸に近い姿でその場に蹲り、口からは濁った体液に混じってドロップチップが吐き出されていた。泥酔した酔っぱらいが限界を迎えて派手に嘔吐する時の様に、体の中身を全てチップに変えて吐き出そうとしているような恭子の姿に瑠璃は思わず後退った。
「ごぽっ!? がっ、はぁ、はぁ……フフッ、貴方は精々気を付けなさい。奴らは次に貴方を執拗に狙うでしょうからね」
死相の浮かんだ顔で瑠璃にそう告げると、恭子は最後の力を振り絞って体を持ち上げ天を仰ぎ見た。赤く染まる空に、恭子は罅割れたような笑みを向けた。
「フフフフフッ、本当に……8号が居なくなって残念だわ。あの子が生きていれば、交配実験をしてどんなディーパーが産まれるのかをじっくり観察できたのに…………ッ!?」
次の瞬間、恭子の眼球がグルんとひっくり返り体をぶち破る様にしてディーパーが姿を現した。派手に弾ける恭子の体だったが、飛び散るものは濁った体液とドロップチップのみ。恭子が人間であった事の名残として残っているものは、抜け殻の様にがらんどうになった体の残骸だけであった。
「グルルッ……キシャァァァァァァッ!!」
「ッ!? 瑠璃! 呆けてる場合じゃねぇ!!」
「あ、うん!」
情報過多に脳がキャパオーバーを起こし思考停止に陥りかけていた瑠璃だが、目の前に新たなディーパーが敵意を剥き出しにしているのを見てネイトが喝を入れる。それにより瑠璃も気を取り直し、恭子から産まれたディーパーに対応すべくリールドライバーを取り出した。
〈Bet your life〉
「ストレート0、変身!」
〈Catch your fate〉
「変身!」
〈〈Fever!〉〉
瑠璃がテテュスに、ネイトがオケアノスに変身すると、対峙しているディーパー――外見的特徴から恐らくはノコギリエイの能力を持ったソーフィッシュ・ディーパー――が、両腕から伸びた鋸を振り上げて威嚇してきた。
「ノコギリエイか……見るからにあの鋸がヤバそうだな」
「あんまり近付かない方が良いかもね」
遠くから攻撃するのであれば、アローレイズの出番だ。テテュスはイエローライフコインでレイズアップをしようとする。
しかしその前にソーフィッシュ・ディーパーが予想外の行動に出た。両腕の鋸を地面に食い込ませたかと思うと、その鋸の刃が電動鋸の様に回転しディーパーの体を引っ張り拘束で接近してきたのだ。
「嘘ッ!?」
「あぶねぇっ!?」
鋸が回転するところまでは予想出来ていたが、それを地面に食い込ませて自分の体を引っ張って移動に使うとは思ってもみなかった。驚きのあまり動きを止めたテテュスを、オケアノスが抱き着く様にして回避させる。
高速で地上を走破するソーフィッシュ・ディーパー。突撃を回避されたかに見えたそいつは、しかしすれ違う際に尾の先端にも取りつけられた回転鋸でテテュスを助けたオケアノスの背中を抉る様に切り裂いた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ?!」
「ネイト!?」
大きく切り裂かれたオケアノスの背中は鎧が裂け、間から血が流れ落ちている。恐るべき切断力だ。あんなものをテテュスが喰らったら一溜りもない。
そうこうしているとソーフィッシュ・ディーパーは両腕の鋸で走りながら方向転換し、再びテテュスに突撃してくる。それを迎え撃つべくテテュスはオケアノスを優しく寝かせ、改めてイエローライフコインをベルトに投入した。
「くっ!」
〈Bet. Good luck〉
「赤の1、ネクストゲーム!」
〈Raise up〉
アローレイズにレイズアップすると、テテュスは迫るソーフィッシュ・ディーパーにセクスタントボウを向け弦を引く。弦を引くのに合わせて、弓に水の矢が番えられる。
アローレイズの弓矢は百発百中。例え高速機動が自慢であっても、当てられる自信はあった。
放たれる水の矢。高速で飛ぶ矢がソーフィッシュ・ディーパーの眉間を貫くかに見えた。
だがソーフィッシュ・ディーパーは、直撃する寸前の水の矢を鼻の位置に付いた小さな鋸を回転させ切り裂いてしまった。
「!? くっ!?」
顔の鋸まで回転し切り裂けるのかと、テテュスは歯噛みしつつ第二射の為弦を引く。が、それより早くにソーフィッシュ・ディーパーがテテュスに接近し足で地面を蹴ると一気に加速し、両腕の鋸でテテュスを切り裂こうとした。
「あぁ、もうっ!?」
これは自分の攻撃が間に合わないと、攻撃を止め防御に回った。振り下ろされる鋸をセクスタントボウで防ごうとする。
回転する二つの鋸と弓がぶつかり合う。すると数秒火花を上げた後、弓の方が白旗を上げギャリギャリと嫌な音を立てながら切断された。
「嘘ッ!?」
武器が破壊される可能性は流石に考えていなかった。セクスタントボウは一応剣としても機能する武器なので、頑丈さには信頼があったのだがそれが最悪のタイミングで裏切られた。
結果、障害の無くなった二つの鋸はテテュスの申し訳程度の胸の鎧を容易く切り裂いた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
体の肉を抉り取られたような激痛に、テテュスの口から悲鳴が上がる。そのまま勢いで倒れたテテュスに、ソーフィッシュ・ディーパーは覆い被さると彼女の両腕を押さえ付け動けないようにした。
「うぐっ!? この、離して――――!?」
抵抗するテテュスだったが、今し方の攻撃で力が体に上手く入らず藻掻くしか出来ない。
そんなテテュスを見てソーフィッシュ・ディーパーは笑うかの様に口元を歪めると、尾の先端の鋸を回転させると彼女の腕の付け根に近付けていった。
それだけでこいつが何をするつもりなのかに気付いたテテュスは、仮面の奥で顔を青褪めさせ必死になって暴れた。
「いやっ!? 止めっ、くぅっ!?」
何とか拘束から逃れようとするが、テテュスの力ではソーフィッシュ・ディーパーの拘束を振りほどく事が出来ない。何も出来ないテテュスに、ソーフィッシュ・ディーパーはゆっくりと見せつけるように回転鋸を近付けて行き――――
「あっち行け、テメェッ!!」
「グギャッ!?」
あと一歩と言うところで、回復したオケアノスにより引き剥がされた。オケアノスはテテュスに覆い被さっているソーフィッシュ・ディーパーを蹴り飛ばすと、キュアボールでテテュスの事を回復させた。
〈BINGO! Item drop. Cure ball.〉
「いつつ……危なかった、本当にヤバかった……」
「大丈夫そうだな」
「うん、ありがとう! さて……」
オケアノスの手を借りて立ち上がったテテュスに、ソーフィッシュ・ディーパーは悔しそうな唸り声を上げる。何だかこのディーパー、他の奴に比べて随分と性悪な気がする。生み出した元の人物の性格でも受け継いでいるのだろうか。
くだらない事を考えつつ、テテュスは確実に勝負を決めるべくホワイトライフコインをベルトに投入した。
「黒の26、ネクストゲーム!」
〈Raise up〉
スピアーレイズにレイズアップしたテテュスは、即座に両手の槍を連結させ双刃の槍を一回転させる。すると即座に能力が発動し、テテュス以外の時間がゆっくりと進む。
こうなればソーフィッシュ・ディーパーの高機動も意味を成さない。止まったと言う程ではないが、ゆっくりと動く時の中でソーフィッシュ・ディーパーはテテュスにとってただの的となる。
そのソーフィッシュ・ディーパーを、テテュスは手にした槍で滅多切りにした。
「ハァァァァァァッ!!」
時間と体力が許す限り徹底的にソーフィッシュ・ディーパーを切り刻んだテテュス。
時間操作時間の限界を超えて時の流れが元に戻った時、ソーフィッシュ・ディーパーは一瞬で全身を滅多切りにされ全身を走る激痛に悲鳴を上げて倒れた。
「ギヤァァァァァァァッ?!」
「ネイト!」
「あぁ!」
倒れたソーフィッシュ・ディーパー相手に、テテュスとオケアノスは必殺技をお見舞いする」
「赤の30!」
〈SEVEN! SEVEN! SEVEN! Three of a Kind Seven!〉
〈〈Fever!〉〉
テテュスのジャックポットフィニッシュとオケアノスのビッグウィンフィニッシュがソーフィッシュ・ディーパーに襲い掛かるも、ソーフィッシュ・ディーパーはこれに対し抵抗を見せる。全身からドロップチップを噴き出し、それを掻き集めて盾を形成する。
しかし所詮は一時凌ぎ。本気で相手を倒そうとしている2人の前で、ソーフィッシュ・ディーパーの防御は儚いものとしか言いようが無かった。
「「ハァァァァァァァッ!!」」
2人の必殺技を前に、ソーフィッシュ・ディーパーの盾は容易く限界を迎え砕け散り、何も出来ぬままにソーフィッシュ・ディーパーは爆散する事となる。
こうして深井 恭子は己の残した欲望の残滓すら残さず消し去られる事となるのであった。
という訳で第44話でした。
物語もいよいよ佳境に入ります。今回はその導入的意味もありますね。
前回連れ去られた恭子はめでたくディーパーの母体となりました。お相手がラハブだったからか、エイリアンみたいに体を突き破って出てくる方式に。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。