仮面ライダーテテュス   作:黒井福

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第45話:リターン、真実との再会

 恭子の遺体は即座にS.B.C.T.に知らされ、回収されていった。抜け殻の様になった恭子の遺体に、回収を行った隊員も生理的嫌悪を覚えたのか一瞬触れる事を躊躇っていたのが印象的だった。

 

 その後事の経緯を説明した瑠璃とネイトは、何とも言えぬ精神的疲労を感じながらも最初に鉄平から言われた買い物を済ませ店に戻り、その日の夜の仕事を何とか終えた。

 

 そして仕事から解放されると、その日は晩酌をせず瑠璃はネイトの部屋で2人潜水艦から回収した資料を改めて読んだ。

 

「ムー大陸……何千年も前に太平洋の底に沈んだ幻の大陸……それは伝説でも何でもなく実在して、今よりも高い技術力を持っていた、か」

 

 得られた資料からの内容を要約するとそういう事になるようだ。驚くべきことにディーパーは太古の昔に隆盛を誇っていたムー大陸の民によって生み出され、そして暴走しムー大陸の文明崩壊を引き起こした。

 これらの事は嘗てムー大陸だったと思われる場所の海底に沈んだムー大陸の遺跡から回収された情報である。ただその情報にも、具体的に何が起こったのかまでは語られておらず大まかな事しか分からなかったらしい。

 

 ただ一つ言えることは、ディーパーが古代人の手により作られた存在であるという事だった。ムー大陸の民が何を思ってディーパーを作ったのか分からないが、迷惑なものを遺してくれたものである。

 

「なるほど、な……」

「でも……リールドライバーに関する事は何も分からないね」

 

 自分のルーツは薄っすらとだが分かったが、ある意味で肝心なリールドライバーに関しては何も分からず仕舞いだった。その事に瑠璃は軽く肩を落とす。

 

 落胆しつつ資料を捲っていた瑠璃だが、彼女の目にある情報が映った。

 

「……ん?」

「どうした?」

「……ねぇネイト、そう言えばリールドライバーってセラの居たって言う島に祀られてたんだよね?」

「あぁ。それが?」

「セラの故郷って、唯一残ったムー大陸の一部だったらしいよ」

「何?」

 

 そもそもセラの島を発見できたのも、ムー大陸について調べている最中に偶然発見できたものだと言うのだ。最初傘木社はムー大陸が生み出したディーパーについて調べていたが、その最中に偶然セラの島を発見。そして詳しく調べていくと、セラが海洋での活動に長けた進化を遂げたムー大陸の民の生き残りであると分かり彼女を攫いに動いたと言うのだ。

 

 当時傘木社はリールドライバーに関しては興味が無かったので、それに関する資料もほったらかしになっている筈。つまり、セラの故郷である島に向かえばもしかすると…………

 

「ねぇネイト、セラの島があった場所って分かるよね?」

「あぁ。その場所はちゃんと覚えてる。一度は自力で行ったんだ、今度だって行ける」

 

 決まりだ。瑠璃は自分の事を、自分の祖先の事を、ディーパーの事を、そしてリールドライバーの事を知る為セラの故郷である島に向かう事を決意する。

 

 しかしその為には、店を暫く空けなければならない。海羽も居ない今、瑠璃とネイトまでもが抜けてしまったら店は鉄平1人で切り盛りしなければならなくなる。それは流石に気が引けた。

 

 どうやって鉄平に店を長期に休むことを伝えればいいかと悩んでいた2人だが、そのチャンスは思わぬところから転がり込んできた。

 

「瑠璃、ネイト。悪いんだが暫くの間店を閉めようと思う」

 

 翌日、朝食の卓を囲んでいると鉄平が唐突に2人に告げてきた。渡りに船とはこの事だが、一体何故突然店を休業するのか分からず2人は唖然とした。

 

「え、どうしたのマスター?」

「ん~、実はな? 美代子(みよこ)が遂にこっちに来れる事になったらしいんだ」

 

 美代子……鉄平の妻であり海羽の母親である。今の今まで本州での仕事が片付かず、別居状態だったのだがつい先日漸く元の仕事が片付きこちらへ来る準備が出来たと言うのだ。

 

 久方ぶりの愛妻との再会。それを喜んだ鉄平は折角だからと、少しの間店を休業し本州に妻を迎えに行きそのまま久し振りの妻との旅行を楽しんでから海都に戻ろうという事らしい。

 

 店のマスターである鉄平が直々に店を空けるので、それに合わせて店を暫く閉めようという事だ。

 

「だからその間、2人にも休んでもらおうと思うんだが、大丈夫か? 勿論その間の生活費は置いてく予定だから、食費とかに関しては心配しなくても大丈夫だぞ」

「ありがと、マスター。そういう事なら、暫くの間羽を伸ばさせてもらうわ」

 

 予期せず自由に動ける時間が出来た。鉄平に暫く店を離れたい旨を告げる必要が無くなった瑠璃は内心で喜び、時の巡り合わせを天に感謝した。

 

 それから数日後、鉄平は船に乗って本州に向けて旅立っていった。2人はそれを見送ると、自分達も早速旅立ちの準備を整えた。

 

 まず真っ先に用意したのは、それなりの長距離の移動に耐えられる船の用意だ。今度の移動は小さなレンタルボート程度で何とか出来るようなものではない。小型でも良いからプレジャーボートレベルの船が必要だった。

 これに関しては直ぐに用意出来た。海都は周囲を海に囲まれた街なので、個人の移動手段として車と同じくらい船が重要になってくる。なので海都には船の販売所やレンタルショップが充実していた。

 

 瑠璃がレンタルショップの店員と馴染みの顔だと言うのもあり、船の調達に関してはスムーズに進んだ。

 

 他に重要なのと言えば食料だが、こちらはネイトがしっかりと用意した。長期の冒険の経験もあるネイトはここら辺抜かりが無い。

 

 準備が整うと、2人は即座に出発……とはいかなかった。

 

「――――って訳で、少しの間海都を離れようかと」

 

 海都を発つ前に必要な事の一つとして、S.B.C.T.への連絡があった。傘木社残党は居なくなり、取り合えず周辺海域からディーパーも確認されなくなったので、海都の安全は確保されたと言っても良い。だが念の為にという事で、S.B.C.T.は今暫く海都に残る。

 恐らく今なら瑠璃が抜けても問題は無いだろうが、それでも事前に一言告げておく必要はあった。

 

「そうですか、分かりました」

「ごめんなさい、いきなりこんな事決めちゃって」

「いえ、寧ろ今まで協力してくださり感謝しているくらいです。お2人が戻ってくるまで、海都は我々が護ります」

「ありがとう」

 

 こうして準備は整った。憂いは無くなり、瑠璃は海都と暫しの別れを惜しむように、最後の夜の晩酌を楽しんだ。

 

「ん……ん……ふぅ」

 

 暫しの休業に合わせて、何時も以上に片付けられた店内で瑠璃はグラスを傾ける。アルコールが回りほんのり赤みを帯びた顔で静かな店内をぐるりと見渡した。

 この光景が暫く見納めになると思うとなんだか寂しくなってくる。何しろ何時頃帰ってこれるか分からないのだから。

 

 不安を抱えながら瑠璃が再びグラスを傾けると、遅れて準備を終わらせたネイトがグラスを片手に隣に腰掛けた。瑠璃は彼がテーブルの上に置いたグラスに酒を注いでやる。

 

「サンキュ」

 

 ネイトが酒の入ったグラスを掲げると、瑠璃は乾杯とそのグラスに自身のグラスを軽くぶつける。静かな店内にチンという音が小さく響き渡った。

 

 並んでグラスを傾ける2人。少しの間会話は無く静かだったが、徐にネイトが口を開いた。

 

「……不安か?」

「え?」

「暫く海都を離れる。瑠璃にとっちゃ、初めての海都の外だ。不安なんじゃないかと思ったんだが……違うか?」

 

 気遣ってくれるネイトに、瑠璃は微笑むと酒の入ったグラスに照明を透かしながらネイトの肩に寄りかかった。

 

「不安が無い訳じゃ、無いわ。私にとって、海都だけが世界の全てだった。その世界を飛び出すんだもの、凄く……凄く不安よ」

 

 空いてる手で自分の体を抱きしめる。震えを押さえようとしているかのような瑠璃だが、でも、と前置きネイトの顔を見上げた。

 

「でも、ね? それでも、ネイトが一緒に居てくれるなら、怖くはない……かな?」

 

 体を摺り寄せてくる瑠璃に、ネイトは彼女が可愛くて愛しくて肩を抱くとそのまま彼女の唇を奪った。

 

「ん、ちゅ……」

 

 瑠璃は突然のキスも受け入れ、啄み合う様な彼とのキスを楽しんだ。そうすると心に残っていた不安が溶けて消えていくような気がした。

 

 どちらからともなく唇を離すと、瑠璃は酩酊しているのか分からないトロンとした目でネイトを見上げた。

 

「……安心しろ」

「ネイト?」

「俺が傍に居てやる。俺は色んな世界を見てきた。何も知らない瑠璃を、俺が案内してやる。だから安心しな」

 

 ネイトの言葉に瑠璃は勇気付けられた。残っていた最後の不安も取り除かれ、瑠璃は全幅の信頼を彼に寄せるように寄りかかったまま目を瞑った。

 

「うん……期待してるね」

 

 そのまま2人は、海都で過ごす最後の夜を満喫したのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 二日後、瑠璃はレンタルしたプレジャーボートの上に居た。セラの故郷である孤島に向け、海都を離れ大海原の上に居る。

 

 船の運転はネイトが行い、瑠璃は周囲の警戒の意味も込めて景色を眺めていた。

 

 後ろを振り返れば、もう海都の姿は見えない。これまでにも小型のボートで海に出た事はあるが、それでも振り返ればそこには小さくとも海都があった。だが今、瑠璃は本当の意味で海都を離れていた。海のど真ん中にポツンとしている状況に、瑠璃は不安を感じないではない。

 だが自分の傍にはネイトが居てくれると思えば、その不安も即座に消え去った。

 

「ねぇ? 孤島まではどれくらいだっけ?」

「この調子なら4日もあれば辿り着く。場所は覚えてるんだ、間違いねえ」

「運転代ろうか?」

「心配すんな、これくらいどうって事――――」

 

 海図とGPS、計器を見ながら船を進めていたネイトだがここでトラブルが発生する。

 

 突如として計器がおかしな動きをし、GPSも利かなくなったのだ。

 

「はっ? ちょっ!?」

 

 海の上で計器とGPSが機能しなくなるという事は、文字通り目と耳を塞がれるのに等しい状況だった。突然のトラブルにネイトは一度船を止めると、工具を手に船の計器の点検を行った。

 

「何なんだよ、いきなり? あのレンタルショップ、ポンコツ寄越しやがったのか?」

「そんな筈ないと思う。あそこは良い店だから、客に質の悪い船を貸すようなことは……」

 

 困惑しながらもネイトは計器を点検したが、見たところ異常は見られない。計器の異常ではないとなると、事は何らかの外的要因で計器に異常を来しているとしか思えなかった。

 

 2人は知らない事だが、今、太平洋は正体不明の電波障害に見舞われている。知らず気付かず、2人はその電波障害の範囲内に入ってしまったのだ。

 

「どう、ネイト?」

「くそ、ダメだ。やっぱり計器に問題がある訳じゃねえみたいだ」

 

 こうなったら仕方がない。面倒だが昔ながらの六分儀とコンパスを使った航路の測定をするしかない。

 

 計器に異常が発生する事態は十分に考えられたし、ネイト自身計器や機材に頼らない航海が行えるようにとやり方は分かっているので、すぐさま六分儀とコンパスを取り出し海図と合わせて現在の地点と進むべき方角を測る。

 

 それを見ながら、瑠璃は何気なくリールドライバーを取り出し眺めた。

 

「……これもちゃんと羅針盤として使えればいいのにね」

「そういや、そいつはその状態でチップやコイン入れても動かねえのか?」

「え?」

 

 何気なく放たれた瑠璃の言葉にネイトが返すと、瑠璃はポカンとした顔で首を傾げた。ネイトは海図とコンパス、六分儀を何度も見比べながら言葉を続けた。

 

「俺のドライバーは腰に装着しなくても、チップ入れてレバー下ろして絵柄合わせれば何かしら起こる。瑠璃のリールドライバーは違うのか?」

 

 特に深く考えずにネイトはそう言ったが、言われた瑠璃の受けた衝撃は大きかった。言われてみれば、この状態でコインを入れた事は一度も無い。入れなくてもディーパーの気配を感じ取れば勝手に動いてくれるので、何時の間にかそう言うものだと思い込んでいたのだ。

 

 もし、これもネイトのスピンドライバーと同様コインなどを入れる事で何らかの能力を発揮できるのなら……

 

「……うん」

 

 瑠璃はブルーライフコインを取り出し、装着しない状態で投入しレバーを下ろしてみた。するとその瞬間、ウィールが回転すると同時にウィールの中央から映像の様なものが投影された。

 

「わっ!?」

「何だ!?」

 

 突然の事に瑠璃は驚き体を仰け反らせる。それでもドライバーを落とすようなことはせず、手に持ったドライバーから投影された映像の様なものを凝視した。

 

 それは端的に言えば海図であった。それもリアルタイムで動く、周囲の状況がよく分かる海図だ。自分達の現在地点が光っており、何処に向かっているのかが分かりやすく表示されている。

 

「こんな使い方あったんだ……」

「へぇ……こいつは良い。これなら計器が使い物にならなくても居場所と目的地が分かる」

 

 ネイトは瑠璃からドライバーを借りると、それを運転席の傍に置きナビとして運転を再開した。それを瑠璃は後ろから見ている。

 

――もう直ぐ、だね――

「うん……」

――……怖い?――

「そんなには……ネイトも居るし」

――そっか、良かった――

「向こうに着いたら、色々と教えてね?」

――いいよ、約束――

 

 運転に集中しているネイトは、後ろで瑠璃が見えない何者かと話していることに気付かなかった。

 

 そんなこんなで、航海はそれから順調に進んだ。

 

 海都を出て3日、日が沈んだ洋上で瑠璃とネイトは夜空を見上げながら身を寄せ合って座っていた。太平洋のど真ん中とは言え、夜にもなれば海風もあり冷える。2人は1つの毛布に入り、互いの体温を感じながらコーヒーの入ったカップを手に星空を見上げていた。

 

「もう直ぐ着くね」

「そうだな。不安か?」

 

 ネイトからの問い掛けに、瑠璃は笑いを堪える事が出来なかった。皆同じ事を心配する。

 

「フフフッ!」

「どうした?」

「ううん、大丈夫。不安は無いわ。ネイトが居てくれるんだもの。だからへっちゃら」

 

 そう言って微笑む瑠璃が可愛くて愛おしくて、ネイトは彼女を抱きしめずにはいられなかった。本当に彼女は、最高の女性だと改めて感じる。

 

「お前、男をその気にさせるのが上手いな?」

「これでもディーラーだからね。客を()()()にさせるのは、お手の物よ」

「俺もその気にさせるのか?」

「……フフフッ!」

 

 近くにカップを置くと、瑠璃はネイトの首に手を回した。ネイトもそれに合わせてカップを置き、瑠璃の上に覆い被さる。

 

 2人しかいない船の上、恋人たちの一時を夜空に輝く星々が静かに見守っていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 朝、昇った太陽の光が海面を眩しく照らす中、双眼鏡を手に水平線を見ていた瑠璃は視線の先に島があるのを見つけた。

 

「! ネイト、島が見えてきた!」

「何?……よし、あそこだ!」

 

 遂に目的地である、セラの故郷の孤島が目前に迫った。瑠璃は心臓が高鳴るのを感じた。いよいよ、リールドライバーや自分のオリジナルであるセラの秘密などが分かる。

 

 逸る気持ちを抑え、肉眼でも見えるようになった島を前に瑠璃は上陸の用意をする。

 荷物を纏めると、ネイトは船を操縦し接舷できるところが無いか探した。手頃な岩場があれば最適なのだが、生憎とそう言う場所は見当たらないので仕方なく浜から少し離れた所に錨を下ろして船を止めるとゴムボートを出してそれで上陸する。

 

「よっ、と」

「着いた…………!」

 

 ゴムボートで砂浜に乗り上げ、島へと上陸を果たす2人。

 

 太陽の光に照らされた白い砂浜。それはこの島が人の手が加わっていない、自然豊かな島である事の証明で…………

 

「!!」

 

 その景色を見た瞬間、瑠璃は記憶にない懐かしさを感じた。吹いてくる海風、島から吹いてくる緑の香り、上から照り付ける太陽の光と熱。それらが彼女の頭ではなく体に眠っていた記憶を掘り起こす。

 

 気付けば、瑠璃はその身を砂浜の上に投げ出すように横になっていた。

 

「瑠璃……?」

 

 荷物を持ったネイトが心配して彼女の顔を覗き込むと、彼女は言葉では言い表せない懐かしさと寂しさの混じった笑みを薄っすらと浮かべていた。

 

「……不思議だね。私、ここに来た事なんて一度もない筈なのに……でも、この風も、匂いも、光も、全部が懐かしいって気がする。私の中にある、セラの遺伝子が教えてくれてるのかな?」

 

 感傷に浸る瑠璃の隣にネイトが腰を下ろす。そう言えば、この砂浜は彼が初めてセラと出会い、島に上陸する時に足を踏み入れた場所だった。あれから長い時間が経っている筈だが、この場所はあの時と寸分違わない。

 

 違うとすれば、今は島に訪れた者を迎えてくれる者が誰も居ない点だろう。

 

「……行くか?」

「うん」

 

 一頻り感傷に浸った2人は、立ち上がると森へと入っていった。誰も立ち寄る者が居ないからか、森の中は鬱蒼と木や草が生い茂っており、2人の行く手を阻む。

 それをかき分けるように進んでいくと、唐突に開けた場所に出た。

 

 倒壊し朽ちた家屋、手入れもされず雑草が所々生えたそこは、嘗てこの島に住民が居た事の名残であり、そして今は誰も居ない事の証明であった。

 

 その光景を前に、瑠璃は静かに涙を流した。

 

「……ただいま。帰って来たよ……本物じゃないけど」

 

 瑠璃は涙を拭いながら朽ちた集落の中を歩いていく。誰も居なくなり、朽ちた家屋の間を歩いていった先には、恐らく集落の中心地だろう円形の広場があった。

 その中央には、不自然に土が盛られその上に木で作った十字架が立てられている。

 

「フランシスが言ってたのは、コイツの事か」

 

 それは恐らく、バーツ達がこの島を訪れた際に住民の骨を埋葬した墓だろう。その後になってこの島に2度目の来訪をしたネイトは、家屋が荒らされ住民が誰も居なくなっている事にばかり目が行って気付かなかったのだ。

 

「ありがとうな」

 

 この場に居ないバーツ達に感謝しつつ、ネイトは墓に向けて十字を切った。その隣で、瑠璃も悲しそうな顔で墓に手を合わせ住民達の冥福を祈った。

 

 その時、瑠璃の脳裏に声が響いた。

 

――ありがとう。さ、目的地はこの先よ。時間が無いわ、急いで――

 

 瑠璃は声に答えず、祈るのを止めると集落のさらに奥へと足を進める。ネイトもそれに続き、記憶を辿りながら集落の奥……嘗てリールドライバーが祀られていた祭壇へと辿り着いた。岩壁を半分くり抜く様に作られたそこは、まるで日時計の様に祭壇から影が奥の方に伸びている。

 

「ここに……」

「あぁ。この祭壇の上に、リールドライバーは祀られてた」

 

 そこは集落の中でも特別な場所なのか、他の場所とは違い装飾などが凝られた造りとなっている。誰の手も入らず荒れ放題となってはいるが、それでもその場所が持つ荘厳さは他とは一線を画していた。

 その祭壇をよく見ると、天辺には変わった形の窪みが彫られている。ちょうどリールドライバーが入りそうなほどの窪みだ。そしてその窪みの周りには、ライフコインらしき物が何枚か転がっている。と言ってもそれは長い時間の間に風化したのか、割れたりしている物が殆どで使えそうなものではない。バーツ達はこの中から保存状態の良いライフコインを見つけていたのだ。

 

「……ん、こいつはまだ綺麗な方だな」

 

 と、祭壇を観察していたネイトが砕けたライフコインの中から綺麗な形を保っている物を見つけた。銀色で、絵柄は錨と鎖のように見える。

 

 ネイトが手に入れたライフコインをしげしげと眺めている横で、瑠璃は祭壇の窪みに指を這わせていた。

 

――そこに、ドライバーを置いて――

(うん)

 

 自分にしか聞こえない声に従って、瑠璃は祭壇の上にドライバーを置いた。何故とは問わない。その疑問の答えは、直ぐに明らかになるという漠然とした確信があったからだ。

 

 果たして、瑠璃が祭壇の上に元に戻す形でリールドライバーを置いたが、その瞬間に何かが起こるという事は無かった。祭壇の上にある窪みに、嵌る様にリールドライバーを置いても何かの仕掛けが動き出したりするような事は無い。

 

 声が聞こえないネイトは、突然祭壇にドライバーを戻した瑠璃の行動に首を傾げた。

 

「瑠璃? どうしたんだ、いきなり?」

「ネイト……上、見て」

「上? 上が…………!?」

 

 言われるがままにネイトが上を見上げると、そこには太陽の光がリールドライバーに反射して岩壁の中の天井に大きな羅針盤を映し出している。恐らくここはそう言う仕掛けなのだろう。限られた時間、ここにドライバーがあれば反射した光が道標となる。

 

――ウィールを回してみて。それで道が開けるから――

「分かった」

「何がだ?」

 

 謎の声に瑠璃が答える。声が聞こえないネイトは彼女が何に対して答えたのか分からず困惑するが、今はそれに構っている暇はない。瑠璃は言われるがままにドライバーのウィールに手を添え、何時もルーレットでやっているように回した。ウィールが回ると、それに合わせて岩壁の中の天井に反射した羅針盤も回り…………ピタリと止まったその瞬間、祭壇の影が指す先の壁が石臼で挽くような音を立ててスライドし道が開けた。

 

「うぉっ! あ、あれは……」

「行こう」

「あ、あぁ……」

 

 現代科学文明とは無縁な自然と共存する集落しかないこの島で、こんな仕掛けを目にするとは思っておらずネイトは圧倒されていた。だが瑠璃は一瞬息を呑むだけで、動揺もそこそこに先に進んだ。ネイトもその後に続く。

 

 壁が開いた先は下り坂になった洞窟が続いていた。明かりが無いので、ネイトが持って来たライトを頼りに洞窟の中を進むと2人は唐突に広い空間に出た。

 恐らくは地下に出来たドーム状の空間なのだろう。天井の方には明り取りの為なのか、枠だけの窓の様に穴があけられているが、入ってくる光が弱いのか空間を全体的に照らすほどの光量はない。

 

 そこで2人は壁に描かれた壁画を目にした。

 

「これ……」

「あぁ、大昔の壁画だな。それも数千年……いや数万年も前の」

「内容分かる?」

「ちょっと待ってろ」

 

 ライトを瑠璃に手渡して壁画を照らしてもらい、ネイトは手帳を取り出し壁画と手帳の中身を見比べる。この手帳にはこれまでの冒険でネイトが触れてきた古代文明の壁画に描かれていた象形文字や壁画が意味してきたもの、その他古代文明に関する様々な知識が詰まっている。そこからネイトは、この壁画の内容を読み解こうとしていた。

 

 だだっ広い空間に、ネイトが手帳のページを捲る音だけが響き渡る。数秒か数分か、ネイトがページを次々と捲り時折内容と壁画を見比べるのを瑠璃は黙って見ていた。先程までなら謎の声が瑠璃の中に響いて何かを教えてくれていたのだが、今は不思議と黙っている。

 

「…………ふむ」

 

 漸くネイトが手帳を閉じた。どこか満足したように溜め息を吐く様子は、何か成果が得られた事を期待させた。

 

「どう? 何か分かった?」

「生憎と詳しい事は、な。こいつはマヤともアステカとも、それ以外のどの文明とも違うらしい」

「そ、か……」

「だが予想は出来る。どの文明とも違うが、所々他所の文明と似通った部分があった。大まかな予想だが、この壁画はある文明の繁栄と衰退……と言うより滅亡までを描いたらしい」

 

 その文明は太古の昔、世界でも優れた技術力を持っていた。その技術の恩恵で人々は豊かな生活を享受し、日々を平和に過ごしていた。

 

 その文明の人々は海に潜る事を得意としていた。その身一つで海に入り、長い時間深い深海まで潜る事が出来た。

 

 その文明は次第に自分達の技術を驕る様になり、禁忌の領域にまで手を伸ばした。

 

 その文明が手を出したのは、生命の神秘。命の存在に人の手を加えようとした。

 

 その文明は、命を硬貨の様な形にする術を編み出した。それだけに飽き足らず、その硬貨とした命から新たな生命を生み出そうとした。

 

 そして…………

 

「禁忌に触れた文明は、自らが生み出した生物により滅びへの道を歩んだ。民は多くが死に、大陸の外へ逃げ、一部の勇気ある者たちがその生物を大陸諸共、海の底に封印した」

 

 それは以前、恭子が語っていた内容の一部と合致する。セラがムー大陸人の生き残りで、且つディーパーを生み出したのはムー大陸人であると。

 

 この孤島は嘗てのムー大陸人の生き残りが逃げてきた島であり、そして生き残ったムー大陸人は嘗て自分達の文明に何があったのかを遺す為ここにこうして壁画と言う形で残していたのだ。

 

 それを理解し、瑠璃は己の内に存在する()()に語り掛けた。

 

「これを私達に見せたかったのね?」

――そうよ。2人には、私のご先祖様に起こった事を、そしてそれが今にどう繋がっているかを知ってほしかった――

 

「瑠璃?」

 

「でも、まだ分からない事がある。これとリールドライバー、その繫がりが分からないわ」

――それは、そろそろ分かる頃かも?――

 

「おい、一体誰と話して?」

 

 1人で誰かと話し始めた瑠璃に、ネイトが困惑してゆっくりと話しかける。瑠璃はそんなネイトに優しく微笑み、そして天井に目を向けた。

 

 するとその瞬間、天井から光が差してきた。日が昇り、天井の明り取りの窓から光が差す時間帯になったのだ。

 差してきた光はその角度から壁を照らす。そこには、入ってきた時は気付かなかったがさらに奥に続く道へと繋がる洞窟が見えた。

 

「この先に、全部の答えがある」

 

 そう言って1人進んでいく瑠璃に慌ててネイトがついて行くと、その先にあったのは先程とは別の壁画であった。

 

 その壁画に描かれていたのは、ある一人の戦士の戦いの様子だった。

 

 硬貨と言う形で作り出した命の力を使い、迫るディーパーと戦う戦士。その姿はどことなく、テテュスに似ているような気がした。さらにテテュスの周りには、オケアノスの様な戦士が何人か居て迫るディーパー達と対峙していた。

 

 テテュスは誰よりも早くにディーパーの存在に気付き、ディーパーによる破壊が行われる前に討伐を行う。

 

 そしてテテュスに跪くオケアノス達や人々の姿。跪く人々の前に立つテテュスの頭の上には、星を変形させた王冠の様なものが描かれていた。

 

「そうか……テテュスは元々、ディーパーを倒す為に作られたんだ」

「オケアノスが何人も居るって事は、オケアノスは元々量産型か?」

「特別な人だけがテテュスになれて、それ以外の人はオケアノスで戦った」

「その特別な人ってのは…………これは、王族か?」

「つまり、私……ううん、セラは……」

――そう言う事。私のご先祖様は、ムー大陸の王族だったみたい。そしてその血は、貴方にも流れてる――

「そうだったんだね…………セラ」

 

 瑠璃はそう言って自身の内に潜んでいたその存在に……セラに語り掛けた。そう、セラは死ぬその寸前、最後の力を振り絞って自分の命の一部をライフコインとし、それを瑠璃に託したのだ。いつか必ず、これが役に立ってくれることを願って。

 

「何言ってるんだ、瑠璃? セラってどういう事だ?」

「私の中には、ううん、このライフコインにはセラが宿ってたのよ。ムー大陸人の王族には、命をライフコインに換える秘術が伝えられてた。セラは最後の力で私に命を託してくれてたのよ」

 

 瑠璃の言葉に、ネイトが恐る恐る、ガラス細工に触れるように瑠璃の手の中のブルーライフコインに手を触れた。

 その瞬間、彼の脳裏にもセラの声が響く。

 

――久し振り、ネイト――

「セラ! お前、こんな所に居たのかよ――!!」

――黙っててゴメンね。でも、簡単には信じてもらえないだろうと思って――

 

 死んだと聞かされていたセラと再び言葉を交わせて、ネイトの目からも涙が零れ落ちる。彼が愛している女性は瑠璃だが、それとは別にセラを失った事は彼の胸に穴を開けるには十分だった。その穴を埋めてくれる、セラの言葉は彼の心に大きく響いた。

 

「ありがとう、セラ。私の事、見守っててくれたんだね」

――だって、放っておけなかったからね。でもそれも、もうお終い――

「え?」

「セラ?」

――そろそろ、時間切れみたい――

 

 目に見えて分かる訳ではないが、2人は直感的にセラの気配が小さくなっていくのを感じた。それが意味する事は、一つしかない。

 

 即ち、セラと本当の意味での永遠の別れ。

 

「嫌ッ!? 嫌よセラ!? 貴方が消えるなんて、そんなの!?」

「何とかならねえのかよ!?」

――無茶言わないで。ここまで自分を持たせるのも大変だったんだから。流石にそろそろ、疲れちゃった――

 

 徐々にセラの気配が薄れていく。瑠璃とネイトは何とか引き止めたいと思ったが、そもそも生命の固形化なんて技術今の時代には存在しない為2人には成す術がない。

 

 ただ消えゆくセラを黙って見送るしか出来ない2人は、悲しさと悔しさから涙を流した。

 

――そんな顔しないで。私は本来、とっくの昔に死んでた筈なんだから――

「だけど!? でもぉ……」

――安心して、瑠璃。貴方にはネイトが居る。彼、とっても頼りになる男だから――

「俺と居た時間はそんなに長くなかったじゃねえかよ……」

――フフッ、ここからでもちゃんと見てたから。ネイト? 瑠璃の事、守ってあげてね?――

「当たり前だッ!!」

 

 涙を流しながら、ネイトは胸を張ってセラに宣言した。もうどうする事も出来ないのであれば、せめて彼女が安心して逝けるように。後悔や心残りをさせないように。

 

――……ありがとう。瑠璃、後の事は……――

「分かってる。今まで、ありがとう。後は私がやるから。私が、あれを……ディーパーの親玉を倒すから! だから、セラは安心して……」

 

 涙をボロボロと流しながら、瑠璃はセラに告げた。太古のムー大陸人が遺した厄災。それを再び封じるのは、現代で唯一彼らの血を引く最後の1人となった自分の役目。その役目を引き継いだ事を告げると、セラの安堵した声が響く。

 

――うん……あり、がとう。2人と、も……それ、じゃあ…………――

 

     元気でね

 

 セラの最期の別れの言葉が、静かに響いて消えていった。耳に残るその言葉に、瑠璃もネイトも涙を流す。

 

「ひぐっ!? ぐすっ、えぐっ!?」

「セラ……さよなら」

 

 その場に泣き崩れる瑠璃の肩を、ネイトも涙を流しながら優しく抱きしめた。

 

 2人は暫しの間、悲しみに身を任せその場で泣いていた。だが程無くして、どちらからともなく涙を拭うと決意を目に宿して立ち上がった。

 

「行こう、ネイト。私が……私達がやらなきゃ」

「あぁ。あの馬鹿どもが起こしちまった怪物を、俺達の手でもう一度……」

 

 それがリールドライバーを、ライフコインを手にしてしまった2人の使命であり、そして本来その役目を受け継ぐはずだったセラへの手向けであった。

 

 新たな決意を胸に宿した2人だったが、突然足元が揺れ始める。揺れはあっという間に大きくなり、立っている事も儘ならなくなった。

 

「キャッ!? 何、地震!?」

「瑠璃伏せろ!?」

 

 下手に動くのは危険だと、ネイトが瑠璃に覆い被さる様に伏せ揺れが収まるのを待つ。ここが崩れないか不安だったが、造りが頑丈なのか幸いな事に崩落して生き埋めになるなどという事にはならなかった。

 

 暫く待っていると、揺れ始めと同じく唐突に揺れが収まった。まだ足元が揺れているような感覚に2人は警戒しながらゆっくりと立ち上がった。

 

「お、収まった?」

「みたいだな。だがなんだっていきなり地震なんて……」

 

 まさか近くで海底火山でも爆発したのかと首を傾げていた2人だが、不意にある事に気付いた。

 

「……あれ? ねぇネイト、何か息苦しくない?」

「そう言えば……それに何だか冷えてきたような……?」

 

 何かがおかしい。このままここに居ない方が良いかもしれないと、2人は足早に洞窟から出た。

 

 そこで2人は、思いもよらない光景を目の当たりにする。

 

「……え? 何これ?」

「海が……無くなってる?」

 

 島の中でも小高い子山の上に存在した祭壇のある広場から、見えていた筈の海が消え広大な陸地が2人の眼下に広がっていた。




という訳で第45話でした。

セラの意識はずっとブルーライフコインの中にありました。ただその状態を維持するのが大変だったので、瑠璃に干渉できるタイミングが限られていました。
それも今回までで、セラの意識は完全に消え安らかな眠りにつく事が出来るようになりましたけどね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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