鉄平が妻・美代子と共に海都に帰って来たのは、瑠璃とラハブの決着から二日後の事であった。
帰って来た鉄平は、海羽が出迎えた瞬間涙を流して愛娘に抱き着いた。
「海羽ッ! 良かった、良かった本当にッ!!」
「わわっ!? もう、お父さん」
本州に美代子を迎えに向かっている間、妻を心配させないようにと鉄平は平静でいるように努めた。海羽の身の安全は保障されていたし、心配する事は何もないと。
だがその実内心では不安が一杯だった。もし娘に何かあったらどうしよう。娘が1人見知らぬ海の上に居るのに、自分が妻と平和に過ごしていいのだろうか。そんな不安で落ち着かない思いを何度もしてきた。実を言うと、海都に戻るのも本当はもう数日後の予定だったのだ。だが時折心配で落ち着かない様子を見せる鉄平の姿に、見兼ねた美代子が事情を聞いて予定を切り上げて帰る事にしたのだ。
そして帰ってくれば、迎えてくれたのは瑠璃とネイトに加えて行方が知れなかった愛娘。鉄平が安堵と歓喜に涙を流すのは当然の事であった。
「ほらほら、そんなに力強く抱きしめちゃ海羽が大変でしょ。早く離れなさい」
「あ痛ッ!?」
何時まで経っても娘を抱きしめたまま離さない鉄平に、美代子が脳天にチョップを落として正気に戻し引き離す。
瑠璃は初めて見るが、美代子は海羽とよく似ていた。母親の遺伝子が濃いらしい。気の強そうなところなどそっくりだ。
美代子からの一撃に正気に戻った鉄平がそれでも何処か名残惜しそうにしながらも海羽から離れると、入れ替わる様に美代子が優しく海羽を抱きしめた。
「久し振りね、海羽。鉄平さんから話は聞いたわ。大変だったみたいね?」
「うん……でも、大丈夫だよ。バーツが、居てくれたから」
そう言って海羽が視線を向けた先には、珍しく緊張しているのか居心地の悪そうなバーツの姿があった。美代子がバーツの方を見て、目が合うと彼はおずおずと頭を下げた。
「ど、ども……」
「そっか……そうなのね、海羽」
「えへへ……」
海羽とバーツの間に流れる空気、それに加えて海羽自身の纏う雰囲気から美代子は海羽が既に大人の階段を上っており、パートナーとなる相手を見つけていた事に気付いた。
一方鉄平は、バーツの姿を確認すると彼に近付き両手を握り激しく上下に振った。
「君がバーツ君かッ! ありがとう! 君のお陰で海羽は助かった! 本当にありがとう!!」
「お、おぉ、あ~、は、はい……」
以前電話越しに話した時もその勢いに圧倒されたものだが、生で対面すると電話越しの比ではない勢いにバーツも若干引き気味だった。だが両手を握られている為引く事が出来ず、引き攣った顔で頷くしか出来なかった。
そんな鉄平に瑠璃が渇いた笑いを浮かべていると、何時の間にか美代子が彼女の前に立っていた。
「それで、あなたが瑠璃さんね?」
「あ、えっと、はい。大梅 瑠璃です、初めまして」
「ふふっ、そんなに硬くならないで。海羽から色々と話は聞いてるわ。今まで海羽が世話になったみたいね。ありがとう、私の代わりに海羽や鉄平さんを支えてくれて」
「そんな、お礼を言うのは私の方です。何もなかった私に、居場所をくれたんですから」
本当に、鉄平に拾ってもらえなければどうなっていたか分からない。そのまま野垂れ死んでいたか、ゴロツキに拾われ一生を奴隷の様に過ごしていた可能性もある。それを考えれば、温かい居場所に人間らしい感情を教えてくれた鉄平と海羽には感謝しかなかった。
美代子はそんな瑠璃を見て、何かを察したように頷くと彼女の頭を優しく撫でた。
「海羽から聞いてたけど、あなたも大変だったみたいね。でももう大丈夫よ。あなたの居場所はここにあるから」
「!……はい」
流石海羽の母親と言うべきか、美代子も懐の深さを見せてくれる。海羽以上の包容力に、記憶に存在しない母親を幻視せずにはいられなかった。
甘えるように美代子に身を委ねる瑠璃の様子に、海羽はヤキモチを焼いたように瑠璃に抱き着き美代子から引き離した。
「もう、お母さんダメ!? 瑠璃姉ぇは私のお姉ちゃんなんだから!」
「あら、独り占めは良くないわよ? もう1人の娘が出来たみたいなんだもの、もっと可愛がらせてよ」
「む~!?」
尚も瑠璃にスキンシップをしようとするも、海羽に阻まれ近付く事が出来ない。すると美代子は未だ鉄平に振り回されているバーツを見てニヤリと笑みを浮かべた。
「そう言えばバーツ君? 海羽とは結構進んでるみたいね?」
「えっ!?」
「お、お母さんッ!?」
「何ッ!?」
美代子は一目で看破していた。海羽が既にバーツと男女の仲として一線を越えている事を。娘が生娘では纏えない雰囲気を纏っている事に気付いていながら、気を遣って今まで黙っていたのだ。だがその娘が障害となっているのなら、使えるものは何でも使うとばかりに彼女は爆弾を投下した。
そうなると黙っていられないのが鉄平だった。彼はそれまでひたすらに感謝していたのが一変、鬼の形相で海羽とバーツを交互に見た。
「どういう事だ海羽ッ! お前、まさか彼とッ!?」
「えと、その……うん」
頬を赤く染めて、俯きながらも頷く海羽の姿は初々しいながらもどこか少女にあるまじき色香を放っていた。その雰囲気だけで、鉄平も娘が子供の時間を終えている事を察した。
鉄平、暫しその場に呆然自失。愛娘が傷物にされたと知り、恐れていた事態になってしまったとその場に膝をついた。
意外と静かな鉄平の反応。しかし瑠璃とネイトはそれに嵐の前の静けさを感じ、そっと距離を取った。
2人の懸念は正しく、次の瞬間鉄平は弾かれるように立ち上がりバーツの両肩を掴んだ。その際の気迫に、バーツも思わず引き攣った悲鳴を上げる。
「ヒッ!?」
「バーツ君? ちょっとお話したいんだが良いよね?」
有無を言わせぬ鉄平の雰囲気に、バーツは無言で何度も首を縦に振った。あの怖いもの知らずのバーツですら恐れる、鉄平の娘を思う心が伺い知れる。
流石に今の親馬鹿モード全開の鉄平の相手をバーツ1人にさせるのは可哀そうだと、海羽と美代子がバーツの側に回り鉄平と対峙した。その光景に瑠璃とネイトは顔を見合わせて苦笑すると、自分達が入る余地はないと席を外す事にした。
「ちょっとお父さん落ち着いてッ!?」
「俺ハ落チ着イテルサ海羽コソドウイウツモリナンダ」
「鉄平さん落ち着いて。言葉がロボットみたいに平坦になってるわよ」
喧騒を背に受けつつ瑠璃とネイトは店を出る。外に出れば燦々とした太陽が2人の顔を照らした。海都は今日も快晴だ。降り注ぐ太陽の光に、瑠璃は空を見上げながら手を翳して目を細めた。
「平和ね~」
「だな」
「ちょっと歩こうか。暫く終わらないだろうし」
あんな鉄平は初めて見るが、普段から鉄平による海羽の溺愛具合を見れば落ち着くまで時間が掛かるのは容易に想像できる。バーツとの交際を巡った鉄平と海羽の押し問答を肴に飲むのも悪くないが、日の高い内に飲む気にはなれなかった。
結果、時間の潰し方としてはそこら辺をブラブラと歩く以外にないのだった。
2人は暫し、互いに無言で歩いていく。別に何処に向かおうと示し合わせた訳でもなく、ただ気の向くままに歩いていると辿り着いたのは海沿いの道であった。フェンスに隔たれ、向こう側に大海原が広がっている。
大海原を横手に道を歩いていると、先を歩いていた瑠璃が徐に振り返った。
「ねぇ、ネイトはこれからどうするの?」
藪から棒な問いにネイトは一瞬答えに迷ったが、少し考え彼は今後の事を口にした。
「ん~、実はな……そろそろまた冒険に出ようかどうしようかって迷ってる」
ここ最近は冒険の事等すっかり忘れていたが、先日のムー大陸上陸で久々に冒険魂に火がついてしまった。まだ見ぬ遺跡の謎を紐解く興奮、久しく忘れていた。
「伝説上の存在だったムー大陸があったんだ。きっと他にも、伝説でしかない遺跡とかがこの世界にはある筈。そう思うと、ジッとしてられそうになくてな……」
だが同時に瑠璃の傍を離れたくないとも思っていた。彼女を1人にしたくない、彼女から離れたくない。
勿論ネイトが海都を離れても、瑠璃の傍には鉄平や海羽達が居るのだから彼女が1人になるという事は無い。だが、しかし…………
悩むネイトの姿を、瑠璃は温かい目で見ていた。と言うのも、彼が再び冒険に興味を持つだろう事は分かっていたからだ。セラの故郷の孤島にある遺跡や、浮上したムー大陸の街で古代の文字を読み解こうとするネイトの様子を横から眺めていた瑠璃は、彼が今までに見せたことが無いような楽しそうな顔をしていることに気付いていたのだ。
それを見て瑠璃は確信した。ネイトはこの海都で給仕などをして人生を終わらせるような男ではない。きっとまた冒険に出る。それを止める権利は瑠璃にはない。
だが瑠璃もネイトから離れたくはなかった。瑠璃の居場所は海都にあるが、心の拠り所となる存在はネイトしかいない。その彼が海都から離れるかもしれないと思うと、その度に瑠璃の心は寂しさに締め付けられるような思いだった。
ネイトには自分の人生を楽しんでほしい。しかし自分は彼から離れたくはない。
ならば彼について行けばいいと思うのだが、外の世界に出る事にまだ決心がつかないでいた。先日はある意味で帰郷の様な物でもあったし、知りたい事があったので思いの外あっさりと踏ん切りがついた。だが今後もネイトについて世界を旅するという事は、それとは比較にならない苦労の連続である事が予想される。
住み慣れた世界を離れ、未開の外の世界に旅立つ。その決意が今の瑠璃にはまだ付いていなかった。
せめて、何か一押しが欲しい。
「ネイト、あのさ……」
その一押しを求め、瑠璃がネイトに話し掛けようとした…………その時、突如すぐ傍の海面が盛り上がったかと思うと無数のディーパーが飛び出してきた。
「「ッ!?」」
突然のディーパーの出現に面食らう2人だったが、これまでの戦いで最低限の動きは身についていた。2人は即座に互いに背中合わせになり、背後を取られないようにと身構えた。
あっという間に2人を取り囲むディーパーの群れ。それも下級ディーパーではない、見た目もバラバラの通常ディーパーがムー大陸の時の様に群れを成していた。
「またこんなにッ!?」
「クソッ!? 親玉の仇討かッ!?」
『半分正解だな』
背中合わせになりながら、何時でも変身できるようにと腰にベルトを装着する2人に、聞き覚えのある何処かくぐもったような声が届いた。その声が響くと、ディーパーの群れが割れEXクラムが姿を現した。
「ラブカ野郎ッ!」
「半分ってどういう意味ッ!」
『言葉通りの意味だ。確かにお前達には我が君を討たれた恨みがある。だがここに来たのは仇討の為だけではない。我が君の代わりに、私が我らの悲願を達成する為にやって来たのさ』
奴らの悲願とは、今の人類を排除して世界をディーパーで支配する事。
つまり、奴の目的とは…………
『まずはここを橋頭堡とする! この街の住人を贄とし、同胞を増やし力を蓄えるッ!!』
EXクラムが宣言すると、それを合図にディーパー達が一斉に街中に散っていった。バラバラと街中に散っていくディーパー達に、瑠璃とネイトは危機感を募らせ変身して後を追おうとした。
「駄目、止めてッ!?」
「行くぞ瑠璃ッ!」
「うん!」
瑠璃がゴールド、ネイトがシルバーのライフコインを取り出し変身しようとした。だがEXクラムが杖を振って水の弾を放ち、2人の足元に撃ち込んで怯ませて動きを止めた。
『お前達は、コイツの相手をしてもらう』
EXクラムがそう言うと、奴の背後から1人の女性が姿を現す。新手のディーパー、それも幹部クラスかと身構える2人だったが、現れた存在の姿に瑠璃は衝撃を受け目を見開く。
「え、ぁ……う、嘘……?」
姿を現したのは一見人間の女性に見える。だが肌が所々鱗で覆われており、腰から下は大きな魚の鰭の様な物で包まれスカートの様になっていた。その姿はまるで人魚の様だ。
だが瑠璃が何よりも衝撃を受けたのはその女性の顔だ。海色の瞳の整った顔は左の頬が鱗に覆われているが、顔に斜めに走った傷跡のあるその顔には見覚えがあった。
「あなた……生きてたの?」
そこに居たのは、以前戦いの末に海に落ち、鮫に襲われて死んだと思われていたセラ8号であった。8号は暗く淀んだ目で瑠璃の事を見ている。
「おいッ! 何でそいつがここに居るッ!」
『フッフッフッ……何、大した事ではない。ラフィの奴が以前面白い拾い物をしてな』
あの戦いの後、海に落ちて鮫に食い殺されたかと思われていた8号だが、彼女はあの時点で死んではいなかったのだ。
鮫に半身を食い千切られながら、8号は執念で鮫の目に指を突き入れ逃れて食い殺されるのを避けたのである。
だがその時点で彼女は重傷であり、何事も無ければそのまま死んでいた筈だった。だが死に掛けの8号をラフィが見つけてしまった。瑠璃と同様、セラのクローンである8号はキャリアーとして優秀であった為、ラフィは迷うことなく8号を回収してラハブの元へと向かっていた。
しかし死に掛けの8号では取り込む事も苗床にする事も難しい。どちらも途中で8号の体が持たずに死んでしまう可能性が高かったからだ。
そこでラハブは、8号に自身の細胞の一部とライフコインを埋め込み延命させる方法を選んだ。
結果、8号は半人半ディーパーと言う今までに類を見ない存在となってしまった。
『今のこいつは人間であり、同時に我が君の分身でもある。という事はつまり……』
「そいつがディーパーを生み出せるって事かッ!?」
『その通り。今後はこいつを我が君の代わりとし、志半ばで散った我が君に代わって――』
「ねぇ……」
話していて段々とテンションが上がったのか、声高らかに話し始めるEXクラムだったが8号がそれを遮った。それまで黙っていた彼女が喋った事もそうだが、何よりも話を中断させられた事にEXクラムは露骨に機嫌を悪くした。
『何だ?』
EXクラムは8号を睨み付ける。その目にはあからさまに8号に対する侮蔑の色があった。奴にとって、8号はラハブの代替品でありそれ以上の存在ではない。使役されるだけの物の分際で、自分の話を遮った事が許せなかった。
だから彼は気付けなかった。8号の瞳の奥にある暗い感情に。
声を掛けておきながら、8号は淀んだ目でEXクラムを黙って見ている。何も言わない8号に苛立ちを募らせた。
『~~~~ッ、何の用だと――』
8号の首に手を掛けようとEXクラムが手を上げようとしたその瞬間、8号は素早く腕を奴の腹に突き刺した。
『おごぁっ?!』
「えっ!?」
「何をッ!?」
『ぎ、ぎざま゛ッ……!?』
明らかな反逆。今まで従順に従って来たと思っていた相手に裏切られ、EXクラムは怒りのあまり8号を手に掛けようとした。
だがそれよりも8号の次の行動の方が早かった。
何かがEXクラムの体の中に流れ込んでくる。自身の存在を脅かす何かを感じ、EXクラムは余裕をなくし慄いた。
『よ、止せッ!? 止めろッ!?』
これ以上8号の好きにさせないとEXクラムは何度も8号の顔面を殴った。だが8号はどれだけ顔を殴られ、血が流れようと止める事は無い。それどころか逆に笑みを浮かべてEXクラムを見上げた。
その際に彼は漸くまともに彼女の目を見る。その瞳の奥にある、深海の様に淀んだ暗い光にやっと気付いた。自分達は手を出してはいけない相手に手を出してしまったのだと。
気付いた時にはもう遅い。EXクラムは8号にエネルギーを流し込まれ、その精神までを彼女に汚染されてしまった。
『おが……あ……!?』
「もう、私を誰にも縛らせはしない……!」
8号はもううんざりだった。主人と仰いだ恭子は自分をあっさりと捨て去った。
勝手に作り出されたかと思えば、生まれたその瞬間から扱いは実験動物。毎日過酷な実験に晒され、人としての尊厳など皆無。姉妹で競い合わされ、時には殺し合いもさせられた。それでも彼女は只管生きる為に足掻き続け、元は美しい顔に大きな傷を付けながら優秀な実験サンプルとしての地位を確立した。
それでも恭子にとっては使い捨ての駒に過ぎず、不要と判断されれば捨てられた。あれだけ足掻き、我武者羅に生きようと必死になっていたのに、にべもなく捨てたのだ。
追い詰められ、錯乱する中、8号は逃げていく恭子を恨んだ。そして生き延びた暁には必ず報いを受けさせてやると決意していた。
だが気付けば恭子は既に殺され、自分は醜い化け物に変わり果てていた。絶望した。己を取り巻く不運に絶望した。
だがその絶望も、一周回れば形を変えていた。もう自分は人間の中で生きられない。それなら、全ての人間を滅ぼし、自分を認め崇める世界を作ってしまおう。それだけの力を自分は分け与えられた。
皮肉な事に、ラハブが利用しようと8号に細胞を分け与えて異形に変えた結果、彼女はその力で世界を手中に収めようと言う考えに至ってしまったのだ。
『あ……が……』
8号によるEXクラムの汚染が完了した。最早彼は彼女の意のままに動く操り人形。8号が軽く手を振れば、EXクラムはそれに従い街へと向かう。
これ以上生かせる訳にはいかないと瑠璃が一歩前に踏み出そうとするが、その前に8号が立ち塞がる。
「行かせないわ、失敗作」
「私は失敗作じゃないッ! 大梅 瑠璃よッ! それよりも、こんな事止めてッ!」
以前は分かり合う事が出来ず、拒絶されるだけで終わってしまった。だが今度こそはと、瑠璃は8号を説得しようと試みる。
しかしこうしている間にも他のディーパー達は街を襲っている。このままでは被害が増えてしまうと、瑠璃はネイトを街に向かわせた。
「ネイト、街の方をお願い。私は……」
「いいのか?」
「うん……あの子とは、私が1人で話を付けないといけないから……」
そこまで言うのであればもう自分は何も言わない。ただ一つ、言う事があるとすればそれはただ一つ。
「分かった。……ちゃんと、帰って来いよ」
「うん、分かってる」
確かめるように頷くと、ネイトは瑠璃と8号に背を向けて街に向かったディーパー達の後を追った。既にディーパー達が暴れているのか、街の至る所で火の手が上がり爆音が響いている。
離れるネイトの足音を聞きながら、瑠璃は8号に歩み寄りながら手を差し出した。
「ねぇ、もう一度言うわ。こんな事止めよう?」
「言ったでしょ? 私はね、もううんざりなのよ。私を作ったこの世界にも、私を好き勝手振り回すこの世界にも…………もういい加減うんざりなのよッ!?!?」
心の奥底に溜まった淀んだ気持ちを吐き出すように8号が叫んだ。その8号の気持ちは、瑠璃にも分かる。彼女だって、人の欲望により生み出されそして捨てられた存在なのだ。ただ彼女と8号で何が違うかと言えば、居場所の有無位だった。
その有無の違いが、2人の心をこれほど変えてしまった。一方は人々を愛し、一方は全てを支配しようとする。
同じ人間から生み出された分身でありながら、2人の考えは天と地の違いがあった。
もう絶対に分かり合う事は出来ない。それを察して、瑠璃は堪らず泣きそうな顔になる。
「私は……もう、あなたと戦いたくない」
「いいわよ、私はそれで。あんたが戦おうが戦わなかろうが、私はこの街を、世界を破壊し尽くすだけだけど」
やはり8号の決意は固いらしい。瑠璃が何を言おうが、彼女は世界を滅茶滅茶にする。瑠璃の大切な人達を犠牲にして、だ。
そんな事、許せる訳がない。
「そんな事はさせない。私が…………止めるッ!」
「止められるなら止めてみなさいよ。最初からそのつもりだったから」
〈Bet your life〉
「ストレート0、変身ッ!!」
〈Fever!〉
瑠璃がテテュスに変身する。現時点で最強の戦闘力を持つ、ゴールドライフコインを用いたノーブルレイズに。
対する8号は、瑠璃がテテュスに変身したのを見るとドロップチップで自身の体を変異させた。体の中から滲み出てきたチップが全身を覆い、体は鱗と甲殻で鎧を纏い、頭は仮面ライダーの様な仮面で覆われ額に3つ目の複眼を持ち、後頭部からエイの尾の様な触手を1本伸ばしている。
腰から下は変わらず鰭のスカートで覆われたその姿は、人魚の様でありながら同時に何処か禍々しさを感じさせるものとなっていた。
テテュス・ノーブルレイズと8号……否、ラハブの一部をその身に宿した存在・ディープラビニが睨み合う。
街で戦いが行われている音を聞きながら、どちらも相手の動きを伺うかのように動かない。片側からは遠くから響く先頭の音、反対側からは静かな水面の揺れる音。対照的な音に挟まれ、両者は静かに佇んでいる。
と、その時、海都周辺の海では珍しく魚が一匹海面から跳ねた。海面から飛び出した一匹の魚が、重力に引かれて再び海面に叩き付けられるように落下する。その際に小さく水が跳ねる音が響き――――
「「ッ!!」」
その音を合図にテテュスとディープラビニが動き出す。互いに一気に距離を詰め、射程圏内に入った瞬間同時に同じ足を振り上げ相手に蹴りを放つ。その蹴りがぶつかり合い、2人の間に火花が散った。
その頃、BAR・FUJINOでは…………
「鉄平さん。海羽も何時までも子供じゃないんだし、そろそろ子離れしたら?」
「しかしな、海羽はまだ高校生だぞ?」
「高校生はもう半分大人よ。道を踏み外してるのでもない限り、親は子を見守るべきじゃない?」
「それは、そうかもしれないが……」
鉄平は未だ海羽とバーツが付き合う事に対して完全に納得はしていない様子だった。特に海羽が傷物にされた事に対しては最初烈火の如く怒りを見せていた。美代子が居なければ勢いに任せてバーツに掴み掛っていたかもしれない。
一方話の中心であるバーツは、どう話に加わるべきか出方を伺っていた。
彼は何れこの街を離れなければならない。それは即ち、海羽との別れを意味する。彼女を傷物にしたまま街を離れるなど、不誠実であるかもしれない。だが彼はこの街の人間ではなく、そもそも堅気とは決して言い難い立ち位置の人間だった。海羽と別れないという事は、彼がこの街に残るか彼女をアウトローの世界に引き摺り込むという事。彼としては、海羽をそんな危険な世界に連れていくことには否定的であった。
(最悪、親父さんにぶん殴られる事も覚悟するか)
バーツが内心で覚悟を決めていると、横から海羽がそっと彼の腕を掴んだ。見れば海羽が何かを懇願する様にバーツの事を見ている。恐らく彼の表情から、彼が自分との別れを考えている事を察したのだろう。
そんな顔をされては別れが辛くなる。バーツは自分の腕を掴んでいる海羽の手に優しく手を掛け、何か言おうと口を開きかけた。
その瞬間、彼の耳が遠くからの異音を捉えた。
「ん?」
「バーツ?」
「ちょっと待て、皆静かに……」
「バーツ君?」
「どうしたん「シッ!」、ッ!?」
突然雰囲気を変えたバーツに、海羽だけでなく口論していた鉄平と美代子も思わず彼に注目する。何事かと鉄平が問い掛けようとしたが、バーツはそれを有無を言わさぬ気迫で黙らせた。
店内に静寂が訪れる。バーツが遠くの音をよく聞こうと耳を澄ませ、海羽達もそれに釣られて耳に意識を集中させた。
すると店の外から何かが聞こえてきた。多くの人が移動するような騒がしい音。よくよく耳を澄ませると、その中には悲鳴が混じっている事に気付いた。
これは明らかに異常事態だ。街で何かが起こっている。本能的に危険が迫っている事を察したバーツは、全員をこの場に残して周囲の安全確認の為に外に出ようとした。
「ちょっと外の様子を見てくる。皆はここに――――」
居てくれ……そう言おうとした次の瞬間、店のドアが外から破られそこから異形が店内に侵入した。
「キシャァァァァァッ!」
「う、うわぁぁぁぁっ!?」
「きゃぁぁぁぁぁっ!?」
「ディーパーッ!? いけない、2人とも逃げてッ!!」
突然店に入って来た怪物に美代子と鉄平が悲鳴を上げる。怪物の正体を知っている海羽は、このままでは両親が危険だとこの場から逃がそうとした。
だがそれよりも早くにバーツが懐からベクターリーダーを取り出し、引き金を引いてディーパーを店の外に押し出す方が早かった。
「バーツッ!」
「海羽! 親父さんとお袋さんと一緒にここに居ろ!」
「バーツは?」
「外の連中を追い払う!」
音で分かった。ディーパーは1体だけではない。何体ものディーパーが店の外に居る。
壊れた扉から外に出ると、案の定店の外には何体ものディーパーが跋扈していた。それらをぐるりと見渡して一瞥したバーツは、危機的状況だと言うのに鼻で笑ってみせた。
「ハッ! 上等だ……お前ら、ここから先には一歩も通さねえ!」
〈MEGALODON leading〉
「進生ッ!」
〈Transcription〉
愛する海羽と、彼女の家族を守る為バーツはコバルトウェーブに進生する。
ここから遠く離れた場所では、他でも戦いが起こっているのか銃声などの戦闘の音が聞こえてくる。
それは海都の、そして世界の命運を賭けた戦いの始まりの合図であった。
という訳で第53話でした。
これが本当の最終決戦。立ち塞がるのは死んだと思われていた8号でした。
実を言うと8号は前回のことで退場の予定でした。ただ書き進めている内にラハブとの決着だけでは何か物足りないと思い、どうしようと考えている内に8号の最期がぼかされていた事に注目しまだ活かせる余地があると思いこうなりました。
ここから本当に最終決戦が始まります。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。