ハゲinヒロアカ、転移ものです
まだジェノスと出会ってすらない原作最序盤の頃のサイタマ先生がご都合主義により一人でヒロアカワールドに転移します
色々と無理のある展開が続きますが、それでもよければどうぞ

※あるキャラの流血表現等軽度の残酷描写が存在します
苦手な方は読むのを控えていただき、もし読まれる際は十分にご注意下さい

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最強のヒーロー

 「ふぁ……あー…眠い……一時間目なんだったっけなぁ……昨日は少しトレーニングやりすぎちゃった……過度は禁物っていうのは分かるんだけど……いけない、焦るな焦るな、オールマイトに決められたことをやり続けるんだ」

 

 目の下に若干の隈を作ってウトウトと頭を時折落としながら何とか足を前に出す一人の雄英生。眠いという割にはちゃんと予鈴の10分前には雄英の門を潜り、舗装された中庭の石道を歩いていた。彼以外にも普通科やヒーロー科など多くの学科生が入り混じり時折不躾な視線がこちらに飛ばされる。

 

 「(うぅ……ヒーロー科に対する当たりが強いなぁ……悪い意味でも目立っちゃうんだ、ヒーロー科って……)」

 

 全身に感じる嫌な視線に怯えて見て見ぬ振りをする緑谷が、チラリと辺りを見回す。偶然目が合い舌打ちをしながら目を逸らす生徒。目が合っても視線を外さずこちらを睨みつづける生徒。今度は逆に緑谷がサッと目を背けてしまう。

 

 「(朝から嫌だなぁ…………)……あ!」

 

 唐突に道の真ん中で声を漏らすと周囲の視線が一気に彼に釘付けになる。ドッと全身から汗が噴き出て、しまったという顔をしてサッと口元を隠し、悪くも無いのに姿勢を低くしてすみませんと言葉を漏らし、足早にそこを走り去ると、中庭で草刈りをしていた青い作業服に身を包む一人の男性の元へと足を運ぶ。緑谷の足音に気がついて後ろを振り向く用務員の男性。先ほどの暗い表情から一転、顔に笑みを浮かべて挨拶をする緑谷に、同じく少しだけ口元に笑みを浮かべて言葉をかける男性。

 

 「おう、出久、おはよう」

 

 「はい!おはようございます!―――

 

 

―――()()()()さん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『なんだ?浮かない顔して』

 『え?』

 

 そんなに自分は、暗い表情をしていたのだろうか。帰り際、夕暮れが山端に差し掛かる頃、目の前の坊主頭の男性にツッコまれて、思わず足を止める。

 

 『え、えっと、あの』

 『なに?テストで悪い点でもとったの?そんな程度でクヨクヨすんなよ。俺毎回赤点だったけど生きてるし』

 『いや、別にそーいうわけじゃなくて……』

 『じゃあ何?うんこ漏れそーなの?引き止めてごめん』

 『いやそーでもなくて!!』

 

 

 

 『え、えっと……誰、ですか……?』

 

 その言葉を聞いて、あ、そっか、と言って手に持つ箒を地面に置いて自己紹介を始めるハゲ。

 

 『すまん、自己紹介してなかったわ。俺サイタマ、趣味―――じゃねーわ……えっと、ここの用務員やってる……職員、なのか?アレ?俺ってどういう立ち位置なんだ??』

 『(な、なんだこの人……不審者じゃないのか……通報したほうが……)』

 『あ!おいお前!今失礼なこと考えただろ』

 『え!?あ、いや、別に―――』

 

 

 『……いや十分怪しいな今の発言……いや、でも待って!俺怪しくねーから!本当に!不審者とかじゃねーから!えっと……そう!あの、なんつったっけ、ゴツイおっさん、金髪の』

 

 その特徴に合致する人物で緑谷、というか大半の日本人が想像するのは一人しか該当者がいないようで、いやしかし彼の名前を忘れるなんてことはあり得るのかと疑いの目を向けながら、口を開く。

 

 『……オールマイト、ですか?』

 『そうそう!あのオッサンに聞いたら分かるって!ていうか、ここの……プロ、ヒーローだっけ?に聞いても分かるだろうし』

 

 『(……な、なんだこの人……嘘ついてるかんじはしないんだけど……おかしい所だらけだぞ)』

 

 無意識に一歩後ずさる緑谷。

 

 『あ!お前!まだ疑ってんだろ!!』

 『え、あ、いや!これは違くて!』

 

 

 『……まぁいいや、で。なんでお前浮かない顔してたの?本当に』

 

 それを初対面の誰かも分からない貴方になんで言う必要があるんだと、普通ならば言う所かもしれないが、何となく誰でもいいから心中を打ち明けたくて、また何となく目の前の人から――不審者っぽくはあったけど――悪い感じはしなかったから、言うことにしてみた。親にはあんまり言えないし、オールマイトにばっかり迷惑かけてもアレだから。

 

 『………少し長くなるけど、いいですか?』

 『え、それは困る』

 『え』

 

 『20文字以内で簡潔にまとめられない?』

 『え、いや、それは、に、にじゅうですか……えっと、僕は、いや待って、これだとひゃくもじ余裕で超えちゃうし、えっと、えっと』

 

 

 『……どっか座っか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ほら、これ飲んで落ち着けよ』

 『あ、ありがとうございます……えっと、何ですか、これ……』

 『新商品のあずきゼリーサイダー。美味しくなさそうだったけど何となく惹かれたから買ってきた』

 『ぼ、僕もこれ飲むんですか……?』

 『だってお前だけ普通のサイダーだったとき、俺だけこれ飲んで不味かったらなんか嫌じゃん』

 『えぇ……』

 

 案の定サイタマの予想は当たっていたようで、お世辞にも美味いとは言えずに二人ともが顔を心底不味そうに歪ませる。

 

 『……あー、失敗だな、完全に。お前いる?』

 『い、いらないです……うぇ、まず…』

 『だよな。貴重な金をドブに捨てちまった気分だわ。いや、ドブに捨てりゃ時間もかかんねぇしこんな思いする必要もないし、ドブに捨てた方がまだマシだったなこれじゃ……ん゛、やっぱマジぃ……』

 『……とか言いながら飲むんですね』

 『だって勿体無いじゃん、不味くても腹は満たされるし』

 『そ、そうですか……』

 

 悪態を吐きながら、胃にヘドロを押し込む隣の男性を、やっぱり変わってるなぁと思いながら、勿体無いと言う言葉には賛同しつつ何とか自分も缶を飲み干す。ウェッ、と吐き気を催しながら中身が空になったのを確認した直後、隣からひょこっと手が伸び自身の缶を奪い取る。

 

 『あ……』

 『不味かったなこれ』

 『……そ、そうですね…(す、すごい力だな…)』

 

 顔を緑谷に向けて口を開きながら、何でもないように缶を両手で縦に挟んで垂直に押しつぶす。プレス機で圧縮したようにペチャンコになり小型のフリスビーができていた。

 

 『えーっと……ねぇな、近くにゴミ箱。しゃーねぇ、後で捨てに行くか』

 『(……ぞ、増強系、かな?さらっと凄いことやってるけど……)』

 

 手に持つ二つの円盤の受け入れザラを探してキョロキョロと辺りを見回すもそれらしいものは何も見つからず、仕方ないと言いながら手のひらに仕舞い込み握りしめて丸めたティッシュのようにポケットに仕舞い込むサイタマ。

 

 『んで、なんであんな暗い顔してたの?トイレ行かなくて大丈夫?』

 『だからうんこじゃないですって……その……今更なんですけど……』

 『なに?』

 

 

 『……えと、初対面の僕に、なんで声かけたんです……?』

 

 

 

 

 『なんか辛そうな顔してたから』

 

 

 

 『…そう、ですか。じゃあ、少し話してもいいですか?』

 『長くなりすぎない程度で頼む』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『………ってな感じのが僕の個性で……今日の個性把握テストでも、先生には認めてもらえたけど、最初に言われたことは事実だし、リカバリーガールにも指を治してもらって……助けられてばっかりだなぁって』

 『……個性…あー、個性な。こっちじゃなんか、そういうのがあるんだったっけ……』

 『…?あの……?』

 『あ、すまん。んで、なんだっけ』

 

 『……ヒーローを目指してるのに、助けられてばっかだなぁって』

 『別にいいじゃねぇか、俺もスーパーの特売日に助けられてばっかだし』

 『そ、それとは違うんじゃ……』

 『え、そう?』

 『はい……』

 

 おんなじことだと思うけどなと言ってベンチにもたれかかるサイタマ。人の気も知らないくせに、と言いたくはなるがそもそも初対面の人間にこんな相談するのが間違っていたという話で、何も考えてない無神経そうな彼の顔を見てガッカリする。

 

 『一緒だと思うけどな、他人助けてんのはヒーローもスーパーも変わんねぇだろ』

 『そ、そうかもですけど……ベクトルというか……』

 『目に見えて分かりやすいかどうかの違いじゃねぇの?』

 『……!それは、そうかも……』

 

 『別にいいじゃねぇか、ヒーローに助けられたんなら当然のことしてもらっただけだろ』

 

 その言葉に、少しヒーローに対しての感謝というか、チヤホヤされたいためにヒーローを目指しているわけでは無いのだが、彼の発言にムッとして反論してしまう。

 

 『で、でも、危険を顧みずに助けてくれるんだから当然なんて言い方……』

 

 

 

 『ヒーローが助けなかったら誰が助けるんだよ』

 

 厚顔無恥と言うには信念の宿った彼の発言に顔を上げる。ただやはり彼はぼーっと顔色一つ変わった様子は無く、いつのまにか取り出していたガムをクチャクチャと音を立てて噛んでいた。

 

 『……ヒーローは、人を助けて当然、ですか……』

 『え、うん。え、なんかおかしいこと言った?俺』

 『……いや、その通りだと思います』

 『だよな』

 

 

 『……サイタマさんは』

 『ん?』

 『サイタマさんは、ヒーロー目指していたんですか?』

 

 その言葉に固まって、口で膨らませていたガムを破裂させるサイタマ。顔にべっとりと張り付いたそれを一所懸命剥がしてうーんと唸る。

 

 『……いや目指してたっつうか、いや目指してはいたんだけど……もうヒーローっつうか……いやこっちではヒーローじゃねぇし……』

 『(な、なんだろう……何か、複雑な事情でもあるのかな……)』

 

 

 『……仮に俺がヒーロー目指してたとして、何が言いたいの?』

 

 

 『……無個性でも、ヒーローになれるでしょうか』

 

 あくまで、これは確認。オールマイトから個性を譲渡された。君自身が勝ち取った力だと言われたし、仮にソレが無かったとしても、自身はヒーローとしての道を諦めなかった自信はある。だからこれはあくまで、ただ何となく一般的な意見を求めただけの、確認。なのに何で、これほど心臓が鼓動するのだろうか。

 

 

 

 

 『え、勝手になりゃいいじゃん。なんで?』

 『―――そう、ですよね』

 『うん、えっと、つまり、無個性ってアレだろ?能力が無い的な』

 『?は、はい、そうですけど……(なんでわざわざそんなこと聞くんだろ……)』

 

 

 

 『―――自分で変われるのが人間の強さだ。個性無個性言ってる奴らは、地道に努力してる奴に勝てねぇよ』

 

 

 

 『……はい……はい゛!!あ゛り゛がどう゛ござい゛ま゛すッ!!!』

 『ちょ、おい!!なんでお前が泣くんだよ!!俺悪いことしたみたいじゃん!!!』

 『ずいま゛ぜん゛…!ずい゛ま゛ぜん゛ッ゛ッ゛!!!』

 

 これが、サイタマさんとの始めての出会い。そして、初めて出会ったこの男性の言葉に、僕は―――とても、報われた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お疲れ様です!サイタマさん!これ、良かったらどうぞ」

 「お、サンキュー。ちょうど喉乾いてたからさ」

 「(相変わらず凄いパワーだな……)」

 「ん?どうかしたか?」

 

 「あ、いえ!なんでもないです」

 「そっか、よいしょ。……あー、うめぇ」

 

 手に持つ大量のゴミ袋を何の苦も無く運んでいくサイタマ。一旦休憩を取るために腰を下ろすが彼の額には汗の一滴すら存在しない。

 

 「サイタマさんって、ヒーロー目指してたんですよね?」

 「あー……まぁ、そうだな」

 

 「えっと、こんなこと聞くのも失礼かもしれないんですけど、なんで今は用務員やってるんですか?」

 

 「…………………」

 「ご、ごめんなさい!何も考えずに聞いちゃって!!」

 「あ、いやまだ何も言ってねぇだろ!別に気まずいとかそういうんじゃねぇよ」

 「そ、そうなんですか……?」

 

 おう、と返事をする彼の顔色を窺うがどうやらその言葉に嘘は無いようで気に病んだ様子は見受けられない。

 

 「うーん、なんつーか……説明がめんどくさいんだよ、ややこしいっつうか……話しても信じられねーだろうし」

 「はぁ……えと、じゃあ、ちょっと気になってたんですけど……」

 「ん?何?」

 

 

 「サイタマさんってどんな個性なんですか?凄い身体能力だけど……」

 「いや無個性だけど」

 

 

 

 

…………え?

 

 「は?え?は??え、は???」

 「個性って、なんかあの変な能力のことだろ?俺別に火吹いたりできねぇよ」

 「え?いや、いやいや!!その、力凄いじゃないですか!!!」

 「いや俺もそれなりに強い自覚はあるけど、別にアレは超能力とかじゃねーじゃん」

 「いやでも普通あんなことできませんよ!!!こ、個性で身体能力底上げしてるんじゃないんですか!!?てかそうじゃないとおかしいですよ!!!」

 

 

 

 「だから言ったじゃねぇか、個性無個性言ってる奴には無理だって」

 

 目を見開き肩を落とす。あ、空になったと言って緑谷の目の前でペットボトルを超圧縮するサイタマ。スリーポイントシュートと言って彼の手から放たれた超速の弾丸がゴミ箱の壁面に当たりポトリと地面に落ちるとあちゃあと言って立ち上がり結局は自分の足でゴミ箱の下まで歩いていく。

 

 「お茶サンキュー。………あれ?おい、出久?起きてる?おーい」

 

 

 「………え、あ、す、すいま、せん……ご、ごめん、なさい……」

 「お前大丈夫か?体調でも悪いんじゃねぇの?」

 「……そう、ですね。ちょっと、今日は、早めに帰ります……」

 「ん、そうか。気ぃつけて帰れよ」

 

 「はい……」

 

 フラフラと不安定な足取りで雄英の門を潜り家へと向かう緑谷。オールマイトから力を譲受した選択に後悔などあるはずが無い。そう、あるはずが無いのだが―――

 

 

―――だから言ったじゃねぇか、個性無個性言ってる奴には無理だって―――

 

 「(―――これは、本当に僕が勝ち取った力なのか……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……では、この議題はこれで。最後に……彼についてです」

 「……サイタマくん。Z市在住、趣味でヒーローをやっている。年齢は…25、だったっけ」

 

 「……はい、彼の発言を信じるならば、ですが。それと……一通り調べ上げましたが、戸籍上にサイタマなる人物は存在しません。……ヒーローネームでも無いようです。苗字、という概念を知らないようでした」

 

 場所は雄英会議室。プロヒーロー、もとい、雄英在籍の教員達が顔を見合わせてうーんと唸る。ただの一介の、ホームレスにも近しい正体不明の男のために何故彼らが時間を割く必要があるのか。

 

―――オールマイトをも凌ぐ、圧倒的な力。

 

 「……オールマイト、もう一度だけ、確認のために聞く。……それほどかい?」

 

 現実逃避をするわけでは無いが、いささかやはり、一言で受け入れるよりは自身の聞き間違いを疑った方がまだ信憑性はあるようで、もう一度オールマイトに話を窺うが、返ってくる言葉は変わらない。

 

 

 「はい、圧倒的でした。過去に類を見ない、なんてレベルではありません。彼がこちら側で―――心底安心した。……あなた方が私に対し抱くソレとは比較にならない程度に、正しく―――次元が違います。攻撃されてもいないのに、生存本能がアレほど警告を鳴らすのは―――私の人生において最初で最後かもしれません」

 

 オールマイトの言葉に唾を飲み込む。彼の言葉に補足するように相澤が口を開く。

 

 「……一応、確認はしました。……まぁ個性をそもそも知らなかったのでそんな気はしてましたが―――無個性です。素の身体能力で間違いありません」

 「………なんで私の個性も効かないのかしら」

 「ひとえに、肉体の強度が高すぎる、としか言いようがない。……正しく、オールマイトの上位互換、というわけだ」

 

 これでもかと言うほど自身の話で持ちきりにされる某ハゲが外で箒を履きながらくしゃみをする。

 

―――漫画ではよくある話。

 目が覚めたら、見たことあるようでない町の公園で寝そべっていた、一人の男。知らない光景に首を傾けながらも取り敢えず人に出会うため街中を歩く。大通りに出ればやはり日常が流れており、多くの人が闊歩する通りに出て辺りを見回すと妙に視線を受ける。

 あまり来ない街でこのスーツを着ていれば当然のことかとも思い至り、道を人に尋ねようとした矢先―――大変不運な、一人のヴィランが現れる。

 

―――あとで警察に身柄を拘束されたその男は、どうやら指名手配犯のようであった。その体躯は見事に鍛え抜かれ、生半可な攻撃では傷一つ付かない彼の頭部に赤く腫れる頬の肉と、幾本も欠損した前歯。

 

 これを成した、ヒーロー免許証もヒーロー名簿に登録もされていないヴィジランテがいるというプロヒーローの通報を受けて―――遂には、オールマイトが駆けつけた。

 

 『わたしが、き……た……ッ!?』

 

 背筋に悪寒が走る。目の前にいる、自身の何倍も小柄な、そして筋肉量も乏しい青年から、確かに感じる、強者などと言う枠組みでは収まり切らぬ波動の一閃。全身から汗が噴き出て、あろうことか―――無意識の内に、足を一歩引いてしまった。

 

 『……ん?げ、また来やがった……勘弁してくれよ……俺わるいことしたっけ……』

 

―――ヒーローとしての長年の勘が告げていた。彼に挑むな、この場から逃げろと。生存本能の警告と共に彼の勘が告げていたもう一つのことは―――目の前の青年の、隠し様も無いヒーローとしての善性。

 

 『……すまない、君、名前は?』

 『え、サイタマだけど……なんだ、オッサンも俺倒しに来たんじゃねーのか』

 『あぁいや、すまない。こちら側に何、か。そう、不手際があったようだ……よければ、話を伺いたい』

 

 なんとも情けない、No.1ヒーローの歩み寄りであったが―――彼の行動は、正しく英断であった。

 

 「しかし……サイタマくんが物分かりの良い人物で助かったよ。アレほどの力を持っておきながら、右も左も分からない状況でヴィジランテと誤解を受けて襲撃に遭い……話に応じるとはね」

 「んで、結局ヒーロー免許のことはどうなったんだ?申請通ったわけ??」

 

 「無理矢理にでも通すサ。彼の機嫌を損ねるのもあまり良く無いし―――何より、アレほどの逸材を腐らせておく手はない。本人が望んでることだしね」

 

 現在、雄英のバックアップ―――もとい、隠蔽工作を受けてソレなりに良いアパートで生活を送っているサイタマ。あまり煌びやかで豪華な待遇というのも彼の性には合わず、本人の意思を反映して雄英の譲歩できる最大限のボロアパートを用意したがそれでもハイテクなものはハイテクであり、元のゴーストタウンでの暮らしと比較して戸惑ってしまう。サイタマの機嫌を損ねないように用意した高級アパートだが本人にとってはなんともありがた迷惑である。加えて用務員とは言えどこちらも不自然なほどの高給で、かと言って元の貧乏性が抜けるわけでも無くチラシを確認しては特売日に外へ出る生活を繰り返していた。

 

―――それなりに、文句の無い生活。ただ一つ、わがままを言うならば―――免許がなければヒーロー活動ができないこと。それだけが彼にとっての不満点。テレビでいくつもの事件が放映される中、元の世界とは違って趣味だからとヒーロー活動をすれば犯罪になる現状にわずかながら苛立ちを燻らせていた。

 彼が知らないだけで元の世界でもアウトなのだが。

 

 「あ、すいません。……なんか大事な話してた?」

 「ん?あぁ、サイタマくんか。どうしたんだい?」

 「いや、頼まれた仕事終わったから報告に来たんだけど」

 「……早いね。うん、なら今日はこれでいいよ。ご苦労様」

 「お、マジ?んじゃあざしたー」

 

 ピシャリとドアが閉められる。廊下から彼の鼻歌が聞こえるがその内誰も聞いたことの無い歌のメロディも届かなくなり、妙な緊張感に包まれていた部屋の中に一時の平穏が訪れる。

 

 「……彼、緊張感とか、礼儀とか無いのかしら。あんなのが、本当にオールマイトよりも強いんですかねぇ……」

 「ま、まぁまぁ香山くん、人は見かけによらないって言うし……あれくらい人間臭い方が安心できるってものさ」

 「……にしても、我々教職の者からすれば、流石に礼儀を欠きすぎな気もしますがね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お、出久。今帰りか?……なんか、一段とボロッボロだな」

 「あ、サイタマさん……はは、みっともないですよね……」

 「いや別に、何があったのか知らねぇし」

 

 「……少し、話しませんか」

 

 おういいぞ、と少し改まった緑谷の様子に違和感を覚えることも無いサイタマがいつものように隣に腰掛ける。

 

 「んで、なんでそんなボロボロなんだ?」

 「えっと…… 戦闘訓練で……ちょっと、あはは……」

 「え、今の高校生ってんなことやんの?軍隊みたいだな、俺軍隊とかしらねぇけど」

 「うーん……ヒーロー科だけだと思いますよ、流石に」

 

 「……ヒーロー科かぁ……」

 「?ど、どうかしましたか?」

 

 ヒーロー科、という言葉に引っかかりを覚えている様子のサイタマに緑谷が首を傾げると、なんだかなぁと言葉を漏らすサイタマ。

 

 「いや、ヒーロー科っていうのが、ちょっと」

 「ひ、ヒーロー科に、何か思い出でも……?」

 「いや、そーいうんじゃなくてさ、ヒーロー科って、ようは、ヒーロー育てるとこ、って認識で合ってる?」

 「は、はい……その通りですけど……」

 

 

 

 「―――なんか、ヒーローってそういうんじゃなくね?いや、言ってる意味わかんねぇだろうけど」

 

 「―――――」

 

 言葉を失うと同時に、言葉が脳裏に浮かび上がってくる。あぁ、正しく―――この人は、ヒーローなんだなぁ。

 

 「あ、すまん。なんか話したいことあるんだっけ」

 「え、あ、そう、ですね………サイタマさん」

 「なに?」

 

 「……仮に、仮に、ですよ?無個性の人がいて……無個性なりに頑張って……その努力を認めてくれた人がいて……その人から、その、仮に……個性をもらったとしたら………」

 「………」

 

 

 

 「……それは、その人が、努力で勝ち取った力でしょうか、それと「そうじゃね?」………え?」

 

 

 

 「あ、なんかまだ話してる最中だった?ごめん」

 

 意外なほどアッサリとした回答に瞬きを繰り返す緑谷。

 

 「……あ、いや、別に―――え、えと、それは、なんでですか?」

 「いや、なんでって言われても……認められたから貰ったんだろ?お前のものじゃん」

 「でも……元々僕のものじゃ無いし……」

 

 

 

 

 「金メダルと一緒だろ。頑張ったからお前のものじゃん。出久はわざわざ難しく考えすぎなだけだと思うけど」

 「……そう、ですかね」

 「うん」

 「……そっか、そうだよね。……ありがとうございます、なんだか、安心しました」

 

 緑谷の顔に明るさが戻り、少しサイタマの顔が和らぐ。満足したように緑谷が立ち上がりサイタマに対して頭を下げる。

 

 「ありがとうございます!なんか、すいません、ちょっと暗い話しちゃって……」

 「いや別に暗くも何とも無かったけど。それよりも、お前無個性だったんだな、俺はよく分かんねぇけど、無個性って大変なんだろ?」

 「えぇまぁ、でもそのおかげで今が―――」

 

 

 

―――あれ?

 

 「割とみんな個性ってヤツ持ってるっぽいし、一人だけ無個性ってやっぱしんどいもんなんだな」

 「え、あの、え??」

 「どした」

 

 

 

 「……え??いや、無個性……え、いや、僕、個性ある……ます……」

 

 

 

 「……いやお前、今さっき自分で言ったじゃん。"元々僕のものじゃ無い"って」

 

 

 

 

 

 

 「あぁぁぁああああああ゛あ゛あ゛゛ッ!!?!!!?」

 「ちょ、うるせえ!!」

 「す、すいません!!え、えと、あの!!!」

 「落ち着けばか!!」

 「す、すいませんすいません!!……そ、その!」

 

 額からダラダラと汗を垂らして何かに言い訳をするように手を縦にブンブンと振るがサイタマは心底どうでも良さそうに欠伸をして緑谷を見つめた後頭をガッと鷲掴みにすると、思わず声を漏らす緑谷。

 

 「わぷ」

 「出久」

 「え、な、なんですか……??」

 

 

 

 

 「―――よく頑張ったな、ナイスファイト」

 

 

 

 「……はい゛……あ゛、り゛が、どう゛、ござい゛ま゛ずう゛ぅぅぅぅッ゛ッ゛!!!!」

 「………お前直ぐ泣くな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん?あ、オールマイトのおっさん」

 「はは、私のことをそんなふうに呼ぶのも君くらいなもので、なんだか新鮮だな……ちょっと、今いいかな?」

 「え、うん…」

 「あぁいや、ここでいいよ。この時間帯にはもう生徒達も皆校舎にはいないだろうしね……よいしょ」

 

 夕暮れ時、と言っても空はかなり青みを帯びてきて視界の果てには薄らといくつかの星が見える。ジィッと空を見つめつつ隣に座るサイタマと言葉を交わすオールマイト。

 

 「……サイタマくん、この世界のことをどう思う?」

 「は?」

 「あぁごめん、ちょっと漠然としすぎたかな。……君の世界にもヒーロー制度は存在したのだろう?比較して、何か思うところはあるかい?」

 

 「……うーん、まぁ、平和じゃね?俺の世界より」

 「平和?」

 

 

 「うん、だって俺のいた場所定期的に死人出るし、たまに数千数万単位で」

 

 髑髏のような顔の、目の窪みをさらに深くして口を開くオールマイト。ハッとしてサイタマに尋ねる。

 

 「そ、そんなにかい!?それだと……世界は……」

 「いや、別に滅んだりしてねぇからな!?技術的にはそんなに差は感じねぇな、俺のいた世界と」

 「そ、そっか……その、やはり、サイタマくんのいた世界は、サイタマくんクラスがゴロゴロいるのかい?」

 「いや、流石に俺レベルは俺以外見たことねぇな」

 「そ、そっか。それを聞いて、なんだか少し安心したよ……」

 

 

 「でも、こっちの怪人は弱そうだな、どいつも」

 

 初めて聞く、怪人という言葉。もしかしなくてもヴィランのことだろうと思い至り、確認のために尋ねる。

 

 「えっと、怪人、というのは……」

 「ん?あそっか、こっちではヴィランって言うんだっけ、あいつら。俺あんまり弱い奴らの実力の差とかワカンねぇんだけどさ、それでもこっちの奴らは平均的に俺の世界の奴らよりは弱えよ、俺でも分かるくらいに」

 「……そうか、まぁ、世界が違えばそういうこともあるのかな。ちなみに私もその括りに入ってるのかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 「うん、弱い。そこら辺にゴロゴロはいねぇけど、それでもおっさんよりは強そうな奴らなら何回かやり合ったことあるぞ、まぁそいつらも弱えから実際はおっさんの方が上かもしれねぇけど」

 「………何の因果かは分からないけど、心底こっちに来たのが君でよかったよ」

 「俺は良くねぇよ!!」

 「あ、あぁごめん!!すまなかったね、少し無神経な発言だった……」

 「いや別に俺もそんなに怒ってないからいいけど」

 

 ごめんごめんと言ってオールマイトが深刻そうに目線を下げて、両手を交差させて頭を落とす。閉口するオールマイトにサイタマが声をかける。

 

 「おっさん、話終わり?俺帰っていい?」

 「……あぁ、ごめん、そうだね……いや、一つだけ、もう一つだけ、いいかい?」

 「なに?短めで頼む」

 

 「ふふ、せっかちだな、君は……分かった、じゃあ単刀直入に言おう………頼みがある」

 「なに?」

 「………ある、一人のヴィランを倒してほしい」

 「いいぞ、んじゃスーパーの特売始まるからまた今度な、じゃあ「ちょ、ちょちょちょストップストップ!!!え、いやいいの!?頼んだの私だけど!!!」

 

 立ち上がってその場から去ろうとするサイタマを呼び止めるオールマイト。緊張した面持ちのオールマイトが絞り出した言葉に対して、あっけらかんにぽろっと言葉を漏らすサイタマに調子が狂って転びそうになるがなんとか立て直す。

 

 「なんだよ、別にいいってそんくらい。てか俺もヒーロー活動できなくてムズムズしてるし」

 「い、いやただのヴィランじゃないんだ!!その、確かに君からしたら雑魚かもしれないが、それでもこちらの世界では――「別にソイツがどうとか関係ねぇよ」

 

 

 

 

 「ヒーローだから怪人ぶっ飛ばす。それで十分だろ。……あ、こっちじゃヴィランか」

 

 

 

 「……そう、か。でも、本当にいいのかい?君は、本来なら、その、こちらの住人じゃ無い。君の本分がヒーローだったとしても、未知の、個性、という危険。ハッキリ言って、私がいいように利用しているだけかもしれないし……」

 「別いいよ、おっさんが利用してようがしてなかろうが、かいじ―――あー、ヴィランならぶっ飛ばすし。てか俺本当に特売セール間に合わなくなっちまうからもう行くわ、んじゃ」

 

 その場で膝を曲げて飛び上がるサイタマ。全盛期のオールマイトの全速力を凌ぐ速度で、いとも簡単に空の彼方へ消えていくサイタマを見続けて、笑みをこぼす。

 

 「……あんなヒーローもいるんだなぁ。サイタマくん、か……強いなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………今日だよな…ヒーロー免許……なんか、俺の想像してたヒーロー像とちげぇんだけど……んまいっか……うし、草むしり終わり」

 

 曲げていた膝を伸ばし立ち上がる。いつも通りゴミ袋を所定の場所に置いて時計を見ると指定された時間をすぎており、ヤベェと言って少し駆け足で廊下を走る。校長室前にたどり着くとノックもせずにガチャリとドアを開けると既にオールマイトと根津校長。その他複数名の教員が部屋の中におり、その鋭い眼光に対して特に何か返すわけでも無くやはり緊張感の無い声で失礼しまーすとだけ言って入室するサイタマ。

 

 「やぁ、いらっしゃい。待ってたよサイタマくん」

 「あ、時間遅れてすんません。大丈夫だった?」

 「あぁ、問題ない「問題あります、校長。流石に甘やかしすぎです。サイタマさん」

 「あ、はい」

 

 ミッドナイトの鋭い視線が突き刺さる。今回ばかりは少し自身に非を感じて少し頭を下げるサイタマ。

 

 「貴方の事情には深く同情しますがそれはそれ。文化が違えば貴方の礼儀作法に少しくらい目を瞑ることもやぶさかではありませんが話を伺ったところどうやらそうでもない様子。社会人としての最低マナーくらいは守って下さい。態度もそうです。私達は教員という身、貴方のそれを黙認していては生徒達に示しがつかない。よろしいですね?」

 「す、すんません」

 「………いえ、私の方こそ出すぎた真似を。失礼しました。以後お気をつけくだされば幸いです」

 

 年上の女性からの圧を受けて身を縮こまらせるサイタマ。マナー講習などで怯む彼では無いのだが、自身に非しかない正論で固められると何も言えず、加えて衣食住を提供されている身からするともう頭が上がらなかった。

 

 「サイタマくん、すまないね、ただ彼女の言ってることも正論だ。教員という立場上、いやそうで無くても社会人としての最低限のマナーというヤツは気になってしまう。今後君が……いつまでになるかは分からないが、こちらの世界でヒーロー活動する間は、必要不可欠なスキルだろうからね、よろしく頼むよ」

 「あ、はい、すんませんした、それで……」

 「ふふ、待ちきれないようだね。オールマイト」

 

 「はい、サイタマくん、これを」

 

 手渡しで渡される長方形の薄い板。彼の規格外のパワーを危惧しての特殊合金性の中々に重たいソレがソッとサイタマに渡されるが当然の如く簡単に持ち上げる様子にもはや驚く様子も無い。

 

 「サイタマくん、この世界にはヒーローに関する様々な制度が存在する。本来ならばヒーロー科等でヒーロー基礎学並びに多くの法律を学んだ後に実技を伴う資格試験を終えた後にその実力並びにヒーローとしての知識を評価され、そこで初めて受け取るものだ。それは端的に言えばヒーロー活動許可証だが、"なんでもしていい"というものでは無い。ありきたりな言葉になるが、しっかりとヒーローだという自覚を持って立ち振る舞いにも意識して、活動に専念してほしい」

 「あ、うっす。あ、いや、はい、わかりました」

 「ふふ、意識して変えようという態度には好感が持てるよ。それで、君の明日からの仕事だけど、用務員は今日でおしまいサ」

 「え、クビ?」

 「違う違う、ヒーロー免許持ってるからもうそんなことしなくていいからね。明日からは1-Aの副担任として雄英に在籍してもらう。心配しなくてもそんなに積極的に関わることもないから安心していいよ。多分、今より楽になるから。もちろん、色々融通は利かせるさ」

 「ふーん、よく分かんないけど、楽になるならいいや。あ、いいです」

 

 ポケットから財布を取り出してその中にソッとヒーロー免許証を仕舞い込む。元の世界では考えられないほどに彼の財布に万札が仕込まれていたが、そこに描かれていたのは誰かも分からない謎の偉人。財布を見るたびに今日の晩飯は何にしようかと考える。

 

 「ちなみに、一応今は君のヒーローネームはサイタマ、と仮に設定してある」

 「ひーろーねーむ、ってなに?」

 「そのまんま、ヒーローとしての名前さ。オールマイトも本名じゃ無くてヒーローネーム。彼の本当の名は八木俊典サ」

 「ふーん」

 

 「さて、オールマイト。彼を少し案内してくれるかい?用務員から教員となると、ある程度把握しないといけない施設もあるだろう。あぁそれとヒーロースーツも渡しておいてよ、前言ってた場所に置いてるから」

 「分かりました、じゃあサイタマくん。少し歩こうか」

 「了解、んじゃ、ありがとうございましたー」

 

 それでは、失礼しますと言って先に出て行ったサイタマを追いかけるようにオールマイトが校長室から姿を消す。ため息を吐く複数名の教員達が、困ったように頭をかいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんか、ヒーロースーツピッチピチなんだけど」

 「はは、君の着てたヤツのデザインをベースに結構いい素材で仕立てた物だから悪くはないはずさ……それで、ここの通路を抜けたらグラウンドγ……うん、取り敢えず、敷地が広すぎるからこれで全部じゃ無いんだけど、概ね把握すべき所はこのくらいかな?何か分からなかったことはあるかい?」

 「……いやぜんっぜん覚えられねぇんだけど」

 「はは、そりゃそうだよね。大丈夫、場所はその内慣れていけばいいさ…………」

 

 「………?どうかしたの?さっきからスマホチラチラ見てっけど」

 

 あ、バレた?とオールマイトが口を開く。中々にサイタマとも打ち解けたようで深刻そうな顔をしつつも包み隠さずサイタマに目下の悩みを打ち明ける。

 

 「いやぁ……この後、1-Aの授業に途中参加予定だったんだけど……どうも相澤くんに連絡が付かなくて……」

 「相澤くん?」

 「あぁ、君も担当することになる1-Aの担任の教師だよ。結構マナーとかには口うるさい感じだから気をつけなよ?」

 「うげ……まじかよ……んで、連絡が付かないってどゆこと?」

 「いや……何度も電話してるんだけど、何回かけても留守電どころか通話が繋がらなくって……私の考えすぎだといいんだけど…」

 

 

 

 「俺見てこようか?暇だし」

 

 うーんと腕を組んで考えるオールマイト。まぁ特に仕事も無いと言うのなら、相澤くんにも副担任の話はいっているだろうし生徒達との顔合わせも兼ねて向かわせるのも良いかと考えて返事を返す。

 

 「うん、そうだね。じゃあ、申し訳ないけど施設まで行ってもらっていいかな?」

 「おう、んじゃ行ってくるわ、場所どこ?」

 

 あっちの方向に大体〜、と言っておおよその距離を伝えると窓から飛び去るサイタマ。謎の不安感に襲われていたが、彼がいるだけで一気にその感覚が払拭されていく。そうは言っても嫌な予感はするもので、念のために自身も後を追いかけるオールマイトであった。空を飛びながら先程のやりとりを思い出し、ため息を吐くサイタマ。

 

 「(……やっぱり、ヒーローが職業ってのはしっくりこねーんだよな……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(そんな……嘘だろ……嘘だろ……!?イレイザーヘッドが、負ける、なんてッ!!?)」

 

 息を殺して、池の中から様子を窺う緑谷と蛙吹と、それから今にも逃げたそうに涙を浮かべる峰田。彼らの視線の先では巨躯の、脳無、と呼ばれるヴィランに手も足も出ずにねじ伏せられるイレイザーヘッドの姿。何度も頭を地面に叩きつけられて、頭部から血が滴り落ちていた。

 

 「(くそッ!!どうするッ!!どうしたらいいんだよ!!?考えろッ!!考えろッ!!!緑谷出久!!!)」

 

 「緑谷ちゃん、戻りましょう…!そう言う話だったでしょ……!」

 「そ、そうだぜ緑谷…!相澤先生が敵わないっぽかったら逃げるって話だったじゃねーか……!!」

 

 至極真っ当な意見を緑谷にぶつける二人。そして、その意見に顔を歪める緑谷、分かっている。そんなことは分かっているのだ。指摘されなくとも、そんなことは重々承知している。自分が敵わないなんてこと、自分が一番分かっている。だけど、それでも―――

 

 

 

 

 

―――ヒーローが助けなかったら誰が助けるんだよ。

 

 「(言ってたじゃ無いか!!彼はそう言ってたじゃ無いか!!?僕が今ここにいるんだ!!何とかできるとしたら、おそらく、僕だけしかいないんだッ!!!こういうときに何とかするために、ヒーローになったんだろッ!!?逃げるなッ!!緑谷出久!!!)……ごめん、二人は、先に戻ってて、後から絶対に追いつく」

 「何言ってるの緑谷ちゃん…!?バカなことはやめて!!かないっこないわッ!!」

 「な、何言ってんだよ緑谷!!イレイザーヘッドが負けたのに、勝てるわけねーじゃんッ!!!」

 

 

 

 「……別に倒そうなんて考えてないよ。イレイザーヘッドとは違って、僕たちには奇襲というアドバンテージがある。僕の個性なら、あのデカブツ諸共、まとめて全員一発で吹き飛ばせる。そしたら相澤先生回収して逃げ帰るだけ、アイツとは戦わない。それが、僕のできる最大限の―――」

 

―――言い終える前に、イレイザーヘッドの頭を、更に天高く持ち上げる脳無の姿を見て、水飛沫が立つことも厭わず水面から飛び立つ緑谷。

 

 スローモーションで世界が流れる。

 

 意表を突かれたヴィランの親玉と思しき、しわがれかさついた肌の男が、顔に貼り付けた手の隙間から緑谷を見つめる。

 ()()()。確信を持って右腕に力を溜め込む緑谷。煌びやかな音と共に力の収縮音が鳴り響き、瞬間吹き荒れる突風が衣服を切り裂き右腕をパンプアップさせる。

 

 「―――脳無ッ!!」

 「―――スマァァアアアアッッッシュ!!!!!」

 

 回避よりも盾を優先した男が脳無に指示を出すと相澤を手放し即座に男と緑谷の間に挟まる。拳の甲に伝わる確かな肉の触感。それと同時に力を解放させる緑谷。何度も味わった、右腕を伝わる力の流動。ただ一つ、違うとすれば、

 

 

 「(―――右腕、が、壊れてないッ!!!や、やった!!!調整に成功したんだ!!!土壇場でッ!!!!)」

 

 思わず笑みが溢れる。汗が額を滴るが心地よい拳の感触にホッと息を吐き、衝撃波によって吹き荒れた旋風により舞い上がる煙の先を見つめる。早く相澤先生を回収しないと、と焦って走り出そうとした瞬間、

 

 「―――え―――」

 

 

―――まず初めに感じたのは、右腕を掴まれる感覚で、その次に感じたのは―――左半身を殴られる感覚と、何かに身体がぶつかり伝わる反作用がおそらくほぼ同時に襲いかかったのは―――多分、それだけ早く、超速で彼の肉体が殴り飛ばされたということだった。

 

 

 

 

 

 

―――りや――!!――げ―――。

 

 

―――うむ―――れ―――。

 

 

 「(…………なんだ……しかいが、あかい―――)」

 

 いた、っと微かな声で呟いて、いつのまにか倒れていた肉体を起こそうとして、左が動かないことに―――違和感を覚えるよりも早く、納得した、なるほど、僕は―――

 

 

 「(―――()()()()()()()())」

 

 「緑谷ちゃんッ!!逃げてえ!!!」

 「み、緑谷あッ!!!」

 

 朦朧とする意識の中、彼が思うのはやはり謝罪。ごめん、ごめんと彼の胸中を罪悪感が埋め尽くし、涙が血で滲み目尻から赤い液体をごぼす。

 

 「(ごめん、蛙吹さん、ごめん、峰田くん。素直に、にげてれば、よかった。ぼくのせいで、バレちゃった、ごめんなさい、ごめんなさい)」

 

 ズシンと、身体が揺れる。近くで、巨大な何かが歩み寄る音。察するまでも無く、自分を吹き飛ばしたアイツだ。不思議と恐怖は無い―――いや、あった。僕が死んだら、コイツは次に誰を狙うんだろう。結局何もできずに僕は死ぬのか、誰も助けられずに、僕は終わるのか。

 

 体に黒い影がかかる。上を見ることはできないが、ヤツが来たのだ。

 

 「殺れ、脳無」

 

 怒りでも何でもない、ただの作業としての命令。拳を振り上げる。殺れ、と言われたからには殺る。死に損ないにとどめを刺すために拳に力を込める脳無。あと自分が死ぬまでに何回呼吸できるだろうか。どうでも良いことを考えながら血を失いすぎて考えのまとまらない脳で、もう一度だけ考える。

 

―――どうして、こうなったんだろう。

 

 

 

 『よく頑張ったな、ナイスファイト』

 

 

 

 

 「(……あぁ、そっか……嬉しかったんだなぁ……無個性の人に、認められたのが………)」

 

 自分を突き動かした言葉の張本人を頭に思い浮かべる。ただの用務員。でも、すごく立派なヒーローだと思った。そんなに付き合いが長いわけでも無いし、オールマイトの方がとってもお世話になって、色んなことを学んだんだけど、それでも何故か、彼の言葉がきっかけだったのは、多分、親近感が湧いたから。無個性っていうことに。それも、誰からも何も貰わなかった彼が、ちょっと尊敬できたから。

 

 「(あぁ、やだな、怖い。やっぱり、ちょっと怖いよ。助けて、くれないかなぁ。誰か、助けてくれないかなぁ)」

 

 

 

―――ヒーローに助けられたんなら当然のことしてもらっただけだろ。

 

 

 

 

 唐突に、その言葉が浮かんだ瞬間に。

 

―――彼はとても、生きたくなった。

 

 

 

 

 「………助けて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっと、お前は敵でいいよな?どう見ても」

 

 その場に現れるまで、誰も気が付かなかった、場違いなほどの言葉の主に、即座に振り向き反撃しようとする脳無。次の瞬間―――辺りに突風が吹き荒れた。分からない、何が起こっているんだ。でも何となく―――危険は過ぎ去った気がした。

 

 「えっと、君たち学生さん?あそこの血だらけの人誰?」

 「……え、あ、ぷ、プロヒーローの方ですか!?た、助けて下さい!!あ、相澤先生です!!私達の担任の先生で……す……!!?」

 

 

 

 

 「……いしょっと、んじゃ、悪いけどこの二人連れて逃げてくれる?ちょっと俺アイツらぶっとばすから」

 

―――いつのまにか小脇に抱えられていた。チラリと隣を見れば反対側の小脇には自身の担任が抱えられていた。頭上からは聞き覚えのある声、視界には見慣れない服装。黄色い衣服に白いマントをはためかせ、自身を抱く赤い色のグローブ。ゆっくりと自身を手放し、蛙吹がソッと緑谷を抱き抱える。さてっ、と言った()が踵を返すと風にやられて純白のマントから彼の足を覗かせる。

 

 「……サ……タマ……さ………」

 

 

 

 

 「―――よく頑張ったな、ナイスファイト」

 

 その言葉を聞いて、涙を流す緑谷。二人の会話、と言ってもその二言だけだが、割って入るように苛立ちを隠そうともせずに怒鳴るヴィラン。

 

 「テメェ、なにもんだ……雄英在籍のプロヒーローじゃねぇよなあ゛ッ゛ッ゛!!!!」

 「俺はプロヒーローの―――うーん、何か、やっぱちげぇんだよな………うん、やっぱこっちの方がしっくり来るわ」

 「あ゛ぁ゛ッ゛!!?何ぶつくさ言ってんだてめぇはッ゛ッ゛!!!」

 

 サイタマの後ろに立つ蛙吹と峰田が、本物の悪意に全身を貫かれ、汗を垂らして唾を飲み込む。全身から力が抜けきり、死と生の淵を彷徨っていたために、もはやそんなことどうでもよかっただけかもしれないが、不思議と、とても安心していた。オールマイトよりも二回り小さい彼の背中。サイタマが口を開く。

 

 

 

 

 

 「―――俺はサイタマ。趣味でヒーローをやっているものだ」

 

 

 

 

―――彼の背中に、オールマイトが重なる。彼はやはり、正しく―――ヒーローだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけでサイタマ転移ものでした。

 ワンパンマンとヒロアカのクロスオーバーという絶対にありそうで、実際存在する組み合わせですが、リアルが落ち着いたので息抜きに一つ書いてみました。
 サイタマ先生って、長々と語ることもあるけど、基本は短くズバッと言って終わりだから、一見淡白そうに見えるサイタマ先生をどうヒーローらしく緑谷の目に写すかが悩み所でした。だからちょっと、ちょっと無理があるかな……話の展開が……
 とりあえず、現行の作品ほったらかしてこんな息抜き書いてごめんなさい!今日からちゃんとあっちの作品も書き始めるからお兄さん許して

それでは、お読みいただきありがとうございました!!


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