A ferocious pure love 作:Bacon and Egg
DIOは暫く無言でマリアの顔を見ていた。が、やがてマリアの髪から手を離すと真顔のまま「断る」と言った。途端にマリアは不満そうな顔になる。
「なんで?」
「なんで、じゃあない。そもそも貴様、今いくつだ?」
「今は7歳だけど、次の12月で8歳よ」
「フン、まだまだガキではないか。このDIOの友達になろうなどとは100年早いわ」
「…DIOって
マリアがそっぽを向いて放った一言にDIOはピクリと反応した。眉間に皺を刻んだ険しい顔で振り返る。
「何だと?」
「その“ガキ”のお願いも聞いてくれないんでしょ」
「断じて言っておくが、俺はケチなどではない」
「じゃあわたしのお願いきいてくれる?」
「……」
DIOはここで初めて、目の前の子どもに上手いこと乗せられたのだと気が付いた。たった7歳でそこまで考えて発言しているとも思えないが、結果的にそうなったことに変わりはない。だがDIOとて、そう簡単にマリアの言うことを聞くつもりもなかった。
笑みを浮かべて口を開く。
「そうだな…貴様が2週間、一日も欠かさずこのDIOのもとに来ることができたら、友達として認めてやろう」
マリアは目を輝かせた。
「2週間でいいの?」
「一日も欠かさずだぞ」
「うん!」
DIOはマリアが先ほど入ってきた扉に向かって顎をしゃくった。
「今日はもう帰れ。エンヤに見つかるなよ」
「はーい」
マリアは軽い足取りで部屋を出て、静かに扉を閉めていった。
DIOがサイドテーブルに置いてあった果物の包みから梨を取り出して齧ると、甘い果汁が口内に広がった。素直に「美味いな」と呟く。吸血鬼だからと言って血以外の食べ物の味が分からなくなるわけではないのだ。
「DIO様、あの小娘は館から出て行きました」
扉の外からエンヤが声をかけてくる。DIOは梨を飲み込み「そうか」とだけ返した。
エンヤの気配は扉の外に留まっている。
「まだ何か用か?」
「…なぜ彼の者が来ている間、姿を隠すようお命じになったので?」
マリアが来る少し前、エンヤはDIOから姿を隠しているよう言われていたのである。
「あの娘は年の割に大人びている。お前の気配を察知すれば館には入って来なかった」
「なるほど…。さすがDIO様でございますな」
「用が済んだなら下がれ」
「畏まりました」
エンヤの気配が消える。DIOは今日言葉を交わした少女のことを回想した。
95年の眠りから覚めてから数か月が経ち、エンヤが連れてくる若い女の血を吸うだけの日々。昼間は日光のせいで外には出られないし、気まぐれに夜に出かけることはあっても興味を惹かれるものもさほどなかった。つまるところ、DIOは退屈していたのである。
そこに現れた変わり者の小娘に興味を抱かないはずがない。マリアがあと10歳年が上だったなら食糧として見ていたに違いないが、幼すぎるがゆえ、逆に彼女はその場で餌食とならずにすんだ。その興味はマリアがDIOに対して友人関係を望んだことで決定的なものとなり、2週間かけて彼女を観察しようと考えるに至ったのだ。
途中で飽きが来たらその時点で殺せば良い。DIOは心の中でそう呟いた。
あんな小娘一人が居なくなろうが、この近辺の治安の悪さを鑑みても大した問題にはならない。そもそもマリア自身が毎日館へ通う可能性が低いように思われた。
だがDIOの予想に反してマリアは毎日館へとやって来た。
日々違う果物を持ってきてはDIOに届け、30分ほど話して帰っていく。時にはDIOと共に果物を食べることもある。話の内容はほとんどが彼女の生活圏であるハーン・ハリーリ市場のことで、おかげでDIOは市場に詳しくなってしまった。
DIOが驚いたのは、マリアの警戒心の無さである。
生活面での常識が95年前のままなため何とも言えないが、現代の親が知らない男の家に上がり込むよう教育している筈がないことは確かである。
だがマリアは出会って2日のDIOに「友達になってくれる?」と聞くような変わり者なので、気にするだけ無駄だと思った。
今日は8月29日。DIOが提示した2週間までは今日を含めてあと2日だ。
「貴様は本当に変わり者だな」
「なにが?」
梨を一切れ頬張りながらマリアは聞き返した。ここ数日の手土産はDIOの要望で梨ばかりだ。
「友達になりたいからと、本当に2週間も来る奴は変人に決まっているだろう」
「でもそうすれば友達になれるんでしょ、それくらいへっちゃらよ」
あと一日だし、と呟いてマリアは再び梨に手を伸ばした。
その飄々とした顔をベッドに寝そべって見ていたDIOは、ふと新たな好奇心を抱いた。
“目の前の少女に自分の正体を教えたらどんな反応を見せるのか”ということである。
「もし明日も来れたら、貴様に良いものを見せてやろう」
「いいもの?」
「ああ」
少女の顔が恐怖に歪むのを想像して思わず笑みが漏れる。マリアは怪訝そうにDIOの顔を見た。黒い瞳が室内の蠟燭の灯に照らされてオニキスのように煌めく。
「なんでわらってるの?」
DIOはそれに答えることなく部屋の扉を指さした。
「そろそろ帰ったらどうだ?寄り道していることは店主には内緒なのだろう?」
「うん、そろそろ帰るね」
マリアが手を振って部屋を出て行く。その光景が日常となりつつあることに気付いたDIOは、自分自身に呆れ交じりの溜息をついた。
***
DIOの館を出てハーン・ハリーリ市場に戻ってきたマリアは、いつも通り真っ直ぐコーヘンの店まで戻った。
「おじさん」
「おお、お帰り」
「ただいま。これ、今日のぶんね」
膨らんだ巾着袋と空の籠を渡す。コーヘンはそれを受け取り、辺りに目を走らせて声を潜めた。
「マリア、お前今日家に帰んねえ方がいいぞ」
「どうして?」
「こないだ言ったろ、ハシシュのことで親父さんが疑われてるって」
マリアは頷いてコーヘンを見上げた。小難しいことは分からないが、自分の父親が危険なことに首を突っ込んでいるのは知っていた。
「今日もハシシュ売りの元締め…偉い人がお前の家に来てた。運ぶ途中で盗んだんじゃあねえかって疑ってんだよ」
思わずといった様子でマリアは家がある方向を振り返った。コーヘンは言葉を続ける。
「それにお前の親父さんは嫌なことがあるとぶつんだろ。帰ればひでえ目に遭う」
マリアの父親であるサービト・ヘルシュラグは重度の飲んだくれであり、しかも酔うと娘のマリアに手を上げるのである。最近はその過激さも鳴りを潜めているが、マリアはよくあちこちに痣をつくっていた。
それを知っているコーヘンはマリアを心配していた。
「最近はそんなことないもん。帰ったってへいきよ」
「…そうか。そんなら良いが、気いつけろよ」
「はーい。おじさん、また明日ね」
帰宅したマリアは家の戸をそっと引き、身体を滑り込ませた。耳を澄まして父親の居場所を探る。
話し声からリビングにいることを察知したマリアは静かに自室に向かった。父親は妻には手を上げることはない。大抵はマリアが格好の的なのだが、目に留まりさえしなければ暴力に晒されることは無かった。
今日の夕食は諦めることにしてマリアは眠りについた。
翌朝目覚めてダイニングに向かうと、そこには既に父親がいた。
「…おはよう、お父さん」
「チッ」
返事の代わりに舌打ちが返ってくるが、マリアは気にせず黙々とパンを齧った。
コーヘンの店に行こうと立ち上がる。
「おい」
父親の不機嫌そうな声に顔を上げた瞬間、左頬に衝撃を受け、気がつくと床に倒れていた。後から追って痛みが襲ってくる。もはや慣れたそれに、マリアは泣くことも声を上げることもしなかった。
「つまんねえな」
苛立ちを含んだ声が上から降ってくる。さらに殴られるかと身構えたが、父親はそのままシャワールームに向かった。妻がそこにいるからだろう。
マリアは急いで立ち上がり、家を出た。
***
「DIO様」
エンヤの声で、自室にいたDIOは入り口を振り返った。
今日の日付は8月30日、DIOがマリアに提示した“2週間”の最終日である。ところがマリアは日が沈んでも姿を見せなかった。今は午後7時30分を回ったところである。
普段のマリアであれば午後の暑さが収まってから館を訪れ、日没までには帰宅している。
「…何用だ」
「そろそろお食事にしてはいかがでしょう」
「気が乗らん。後でいい」
DIOは素っ気ない返事をしたまま黙り込む。エンヤは思わず、窓辺に佇んで外を眺めるDIOの背に声をかけた。
「私めが市場まで様子を見に行きましょうか?」
「何故だ」
「……」
DIOが振り返る。赤い双眸だけが輝いて浮かび上がった。
「必要ない」
「DIO様、しかし」
「必要ないと言っている。下がれ」
エンヤの抗議を一蹴し、DIOは話は終わりだと言わんばかりに背を向けた。
こうされるとエンヤには為す術がない。主に従って部屋を後にした。
それから30分ほど経ったとき、DIOは部屋の扉をノックする音を聞いてベッドから身を起こした。読んでいた本をテーブルに置き、自らの手で扉を開ける。
「今日は随分と遅かったな」
息を切らしたマリアがDIOを見上げていた。普段なら飛びつかんばかりの勢いで来る彼女だが、今日は何故かDIOを見ても黙ったままだ。その雰囲気に違和感を覚えたDIOは、何も聞かず部屋に入るよう促した。
***
「何があったかを聞かせてもらおうじゃあないか」
DIOは木製の円形テーブルとセットで置いてある椅子に腰掛けると、改めて声を発した。マリアは依然として何も言わない。
「オイ、聞いているのか?」
マリアはようやく顔を上げる。黒い瞳に緊張を湛えているその様は、昨日とはまるで違う人間のようにDIOの目に映った。
「…きょう、」
マリアの声は掠れていて聞き取りづらかった。彼女は唾を飲み込み、再び口を開いた。
「今日はね、コーヘンおじさんのお店がお休みの日だったの。…わたしのお父さんはあぶない薬を売る仕事をしているんだけどね、その仕事でえらい人
そのせいで日が暮れるまでコーヘンの家にいたのだと言う。DIOは「それで?」と言った。
「暗くなったから、わたし、家に帰るって言ったの。でも帰ってみたらわたしの家の前がすごく変な感じだった。…ええとね、玄関のところに知らない人が3人くらい立ってて、ドアがあきっぱなしだったの。見ちゃいけない気がして気にしないフリをしたんだけど、赤いのがいっぱいついてるのが見えた」
DIOは「なるほどなァ~~」と言った。
「その後この館に来たというわけだな?」
「うん」
マリアの話を聞く限り、彼女の両親は殺されたのは確実だった。“あぶない薬を売る仕事”とは麻薬の売人のことだろう。“えらい人”というのはその元締めのことに違いない。
少女は咄嗟に機転を利かせ、DIOの屋敷を頼ってきたのである。
そこまで思考を巡らせると、DIOは椅子から立ち上がり、マリアの肩に軽く手を置いた。見上げてくる視線を受け止める。
「マリア」
そういえば名前を呼ぶのは初めてだ、という思いが脳裏を掠める。
「…なに?」
「しばらくこの館にいると良い」
言い終えた後で、自分の行動もマリアのことを言えないくらい変人だと気付いたDIOは、堪らず笑いだしそうになった。
誤字等ありましたら教えてくれると有難いです
主人公が7歳に見えなくても許してください