A ferocious pure love 作:Bacon and Egg
マリアをバスルームに行かせた後、DIOはエンヤを呼びつけた。彼に忠実な老婆はすぐさまやって来た。
「何か御用でございますか」
「先程、あの小娘が来た。しばらくこの館に留め置く」
「……承知致しました。してDIO様、彼女は今どこに?」
「風呂に入っている。新しい服を用意してやれ」
エンヤは思わずDIOを凝視した。ベッドの上で寛ぐ彼は全く意に介さない様子で、「昨日買ったやつだ」とだけ付け加えた。
「か、かしこまりました」
エンヤはなるべく驚きを表に出さないように気をつけながら部屋の扉まで後退した。出ようとしたところでDIOから待てがかかる。
「他に何か?……」
「
驚きで叫ばなかった自分を誰か褒めてほしい、とエンヤは切実に思った。
***
マリアはシャワーを浴び終えると、そこに用意されていた真新しいバスタオルで身体を拭った。
扉がコンコン、とノックされる。静かに開けられたそこにはエンヤが立っていた。
「おばあさん!」
「着替えを持って来ましたのじゃ」
今まで対面していたときよりも少し、いやかなり慇懃な口調と態度に、マリアは小首を傾げた。この老婆はこんなに自分に対して丁寧だっただろうかと。
「ありがとう…」
困惑しながらもお礼を言う。
渡された服は薄ピンク色のワンピースで、着てみるとサイズはぴったりだった。
「これ、おばあさんの服?」
「そんなわけないじゃろ、DIO様が昨晩に買っておいたものじゃ」
「DIOが?」
びっくりして目を見開くマリアを横目で見て、エンヤは思わず溜息をついた。
「DIO様は、今日お前さんが来たらその服をあげようとお考えだったのじゃよ。…着替えは済んだな?ではDIO様のもとに行きなさい」
バスルームから押し出される。昼間でさえ薄暗い廊下には、今は蝋燭が沢山灯っていた。
エンヤはマリアを連れてすぐ隣にあるDIOの部屋に向かい、扉をノックした。
「なんだ」
「DIO様、マリア様の入浴が終わりましたので…」
「いま“マリア様”って言った?」と大声で聞きそうになってマリアは思わず口を押さえた。うっかりそんなことを叫ぼうものなら館を追い出されかねない。
「マリアは部屋に入れ。エンヤは下がっていい」
エンヤは「はい」と返事をすると廊下を引き返し、困惑するマリアをよそに廊下の薄闇の中に溶けていった。
「…何をしている?早く入れ」
DIOの訝しむ声に、マリアは慌ててドアノブを捻って中に入った。
先程部屋に来た時よりも遥かに明るくなっていた。蝋燭の数を増やしたらしい。DIOはベッドの上で本を読んでいる。
「DIO」
マリアの呼び掛けに応えるように視線が上がる。
DIOは彼女の身につけるワンピースを見ると
「思った通りだ。このDIOの見立てに間違いは無かったな」
「やっぱりこれ、DIOが買ったの?」
「俺と友達になれて浮かれている小娘に何か贈るのも悪くなかろうと思ったのだ」
マリアはきょとんとした。
「わたしたち、友達なの?」
「これは失礼。嫌ならそうと言ってくれれば…」
「わー、うそうそ!嫌じゃない!」
慌ててベッドに駆け寄ってきて訴えるマリアに、DIOは思わず声をあげて笑いだした。あまりにも必死に声をあげる少女が愉快で堪らなかったのである。
「こんなに笑ったのは久々だ」
「…よかったね?」
「お前、思っていないだろう。というか、勝手にこのDIOのベッドに乗るんじゃあない」
いつの間にかベッドの上でDIOの隣を陣取るマリアに抗議の声をあげる。彼女は何食わぬ顔で澄ましていた。
「いいでしょ、このベッド広いもの。それにサンダルは脱いだよ」
「友達でも同衾はしないと思うが?」
「…どうきんって何?」
「1つの寝具で共に寝ることだ」
マリアはふうん、と言っただけでベッドからおりる気配はなかった。ので、言っても無駄だと感じたDIOは敢えて追い出すこともしなかった。
DIOが再び本を捲り始めてから10分ほど経ったとき、マリアは「わたし友達いないの」とつぶやいた。
「…そうか」
「DIOは?友達いる?」
「まともなやつは少ないな」と答えたあとで、DIOは疑問に思ったことをそのまま口に出した。
「だがお前、7歳だろう?この国のことはよく知らんが、学校に行っていれば多少は友人もできるんじゃあないのか」
「わたし、学校に行ったことないもの。お父さんがだめって言うから」
「…母親は何も言わないのか」
マリアはDIOの腕輪を何とはなしに弄りながら返事をかえした。
「あの人はわたしのこと気にしてないの。ほんとの娘じゃあないから」
碌な定職も持たず暴力を振るう実父と自分に無関心の継母。家の中は、幼い少女が朝から晩まで果物売りをしている方がマシだと思える状況だったのだろう、とDIOは推測する。
それから暫く沈黙が続き、DIOが本のページを捲る音だけが部屋に響いていた。
***
1階奥のキッチンコートにいたエンヤは、その入り口に姿を現したDIOを見ると驚いた顔になった。
「DIO様、いかがなさいましたのじゃ」
「食事にする。マリアが寝たのでな」
「かしこまりました。こちらでなさいますか?」
「ああ。黒髪で白い肌の者がいたろう、そいつを連れてこい」
「仰せのままに」
エンヤはキッチンコート横にある階段を使って地下に下りた。
常に何人かの女がストックされた状態の部屋がある。彼女らを連れてくるのもDIOに血を吸われるまでの世話も、全てエンヤが引き受けていた。この館にはDIOの他にエンヤしかいないのだから当然である。
「DIO様がお呼びじゃ」
その言葉を聞いた女は、目の前に立つエンヤにしたがって階段を上がった。彼女の中には“DIOに血を吸われる”ことへの悦びのみが存在している。
「DIO様、お待たせいたしました」
エンヤは、キッチンコートではなくその向かいにあるダイニングルームで待っていたDIOの元へ女を連れて行く。
振り向いたDIOからは一切の表情が消え去っており、赤い瞳も氷のように冷え切ったものだった。その視線に射抜かれれば、まさに蛇に睨まれた蛙の如く竦み上がってしまうに違いない。
もちろんそれは“正気であれば”の話で、DIOの目の前で彼の糧となることを待ち侘びる女には当てはまらないのであるが。
DIOに目線だけで退室を促されたエンヤが出て行く。それを見送ったあと、DIOは改めて目の前の女に目を移した。
陶酔した表情でDIOにしなだれかかってくる。それに口の端を持ち上げ、DIOは彼女の首筋に手を添えてから指を突き立てた。
DIOは
置き去りにされている吸いカスは全部で3人。DIOに命じられてエンヤが追加で連れてきたのである。
ダイニングルームを出て右手にある階段を上り、ベッドルームに入った。マリアは部屋を出る前同様、ベッドの上で寝息を立てている。
「DIO様、隣室の支度が整いましたのじゃ」
扉の外でエンヤの嗄れた声がする。DIOは「そうか」とだけ返事をし、ベッドに近寄った。
「おい」
マリアが薄らと目蓋を持ち上げる。しばらく視線を彷徨わせ、ようやく頭上にあるDIOの顔を見た。
「このDIOのベッドで眠るやつなどお前が初めてだ」
寝起きで頭が働いていないのだろう、マリアは目を瞬いてぼんやりとDIOの顔を見つめるばかりである。今は真夜中に近いから無理もない。
「寝室を用意した。お前の部屋はここじゃあない」
親指で背後を指差す。DIOの部屋と中で繋がっている、小ぶりのベッドルームだった。
DIOとしては移動しろと暗に示したつもりだったのだが、マリアは身体を起こして両腕を伸ばしてきた。
「…なんだ」
「つれてって」
DIOは思わず眉をひそめた。マリアが自分に要求していることを理解したからこその表情である。
「抱き上げて運べと?」
「だめ?」
「自分で歩けるだろう。すぐ隣なのだぞ」
マリアはしぶしぶといった様子でベッドをおりる。
DIOは自分の右手の指先に血が付いていることに気づき、マリアの視界に入る前に素早くシーツの端で拭った。
「右と左、どっち?」
「左だ」
マリアはベッド脇の床に並べてあったサンダルを突っかけ、そのまま扉で繋がる隣室に入った。
「気に入ったか?」
DIOの声にマリアは振り返り、こくりと頷いた。
「DIO、おやすみ」
そう言って少女は扉を閉める。静かになった自室で、DIOは暫く閉じられた扉を眺めていた。
***
翌朝、マリアが目を覚ますと日の出はとっくに過ぎているようだった。
DIOの部屋に通じる扉に手をかけ、しかし少し思案してすぐに反対側の扉から部屋の外に出た。学習室を通って廊下に出ると、少し進んだところに階段を見つけた。
「どこに続いてるんだろう、これ」
マリアの呟きが薄暗い空間に吸い込まれていく。日が登っているからか、あちこちの窓から日光が漏れて薄明るい。マリアは目を凝らしながら階下に向かった。
「ようやく起きたのじゃな」
階段を下りたところでいきなり声をかけられ、マリアは思わず飛び上がった。
もちろん声の主はエンヤである。
「おばあさんて、人をびっくりさせるのが好きなの?」
「そなたが勝手に驚いてるだけじゃろう」
呆れたような顔でエンヤが言う。
「いま何時?」
「もう9時をまわったところじゃ。朝食が出来ているからダイニングルームに行きなさい」
「はーい」
ダイニングルームのテーブルには、トースト半分と目玉焼き、グラスに入ったオレンジジュースが置かれていた。
「いただきます」と呟いてトーストを齧ったマリアは、部屋の中に微かに漂う鉄錆のような臭いに眉根を寄せて辺りを見回した。一瞬トーストからかと思ったがそうでも無いらしい。
「…!」
床に赤い液体が一滴落ちている。マリアは見なかったふりをして朝食を再開した。世の中、知らない方が良いこともあるのだ。
食べ終える頃になってエンヤが再びやってきた。
「食器はキッチンに置いておくのじゃぞ」
「わかった。…ねえ、DIOはまだ寝てるの?」
エンヤはマリアの顔をしばし見つめていたが、やがて口を開いた。
「DIO様には様々な事情がおありになる。あの方は昼間は寝室でお休みになり、日暮れと共に起きる生活をなさっているのじゃ」
「じゃあ昼間はずーっと寝てるの?」
「たまに起きてこられるが、部屋から出ることは少ないのう。万一のために館中は暗くしてある」
「…?暗くする必要があるの?」
エンヤは目を見開いて固まる。言ってはいけないことを零してしまったとでも言わんばかりの様子だ。
「あー、その、DIO様はじゃな。お身体…特に皮膚が弱いのじゃ。日の光を浴びるだけでも危険なほどにな」
吸血鬼であるがゆえ、日光を浴びればDIOは死に至る。その事実をだいぶ歪曲して伝えたのだが、幼いマリアを納得させるには十分だった。
「そうなの。大変ね」
「そうじゃろう。館ではあまり五月蝿くしてはならぬぞ。…そうじゃ、果物売りにも行かぬようにとDIO様からの言伝じゃ」
「どうして?」
「それは今夜、あの方に聞けば良い。1日くらい休んでも問題は無かろう?」
マリアは頷く。1日休んだところでコーヘンは何も言わないだろう。彼はなんだかんだでマリアには甘いのだ。
「それと『館の敷地からは出ないように。それであれば何をしても良い』とDIO様は仰せじゃった」
「わかった」
エンヤは素直なその返事に頷き、再びキッチンに消えて行く。マリアはひとまず庭を見てみようと思い立ち、廊下を抜けて玄関に向かった。扉を開けて外に出ようとしたところで誰かと鉢合わせる。
「…おや、君は誰かな?」
頭上から降ってくる声の方を振り仰ぐ。背の高い男が不思議そうにマリアを見下ろしていた。
両頬に奇妙な線の模様がある。真夏だと言うのに白い長袖シャツにベストを着て、ネクタイをきっちりと締めている黒髪の男だ。
変な人だな、というのがマリアの第一印象だった。
「おじさんこそ誰?」
マリアの問いに、男は片眉を上げたのだった。
DIO様の手下に関しては、情報があまりにも少ないので作者の解釈で進めさせていただきます。
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