A ferocious pure love   作:Bacon and Egg

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時間空きすぎました。すみません!



第4話 客人

「ようこそお越しくださいました」

 

マリアの背後からエンヤが出てくる。男は少女から老婆に視線を移した。

 

主人(あるじ)が来るまで少しお待ちください。客間にお通ししますゆえ」

 

「ああ、どうも」

 

エンヤに案内され、男は玄関脇にある客間に通されて行く。マリアはようやくそこで、その男が正式な客人であることを理解したのであった。

 

 

庭をひと回り見て歩いたマリアは、退屈なので次は館の中を探検しようと思いつく。

エンヤから注意されてはいたが、要は騒がしくしなければいいだけの話である。そうと決まればマリアの行動は早い。玄関まで戻って薄暗い館に入った。

 

取り敢えずは1階を見てまわろうと、客人が居るらしき客間は避けて一部屋ずつ中を覗いていく。

廊下を通りぬけてミュージックホールに入り、その右隣の部屋に入る。扉の横には『The Library(図書室)』と彫られたプレートが嵌まっていた。

 

***

 

客間に通された男は案内されるままソファに腰掛けた。老婆が深々と腰を折ってお辞儀をする。

 

「ダービー様、本日はお越し頂き感謝いたしますのじゃ」

 

ダービーと呼ばれた男は人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。

 

「賭け事をしたいと依頼されて出向かぬようではギャンブラーの名が廃るというもの。まして遠方まで行くことが叶わぬお方なら尚更です」

 

「さようでございますか。…それでは早速主人を呼んで参りますのじゃ。あの方もきっとお喜びになる」

 

老婆が出て行くのを見送り、ダービーはソファの肘掛けに腕を置いて息をついた。

普段はアメリカを拠点として活動し、無敗を誇る彼の評判を聞きつけたDIOという男から手紙を受け取って遠路遥々ここまで来たのである。

 

「__君が……ダニエル・J・ダービーかな?」

 

「ッ!」

 

いつの間にか向かい側のソファに座っている人影に気付いたダービーは息を呑んで身を起こした。

これだけの至近距離に座っているにも関わらず気配を全く感じない。まるで__有り得ないことだとダービーは言い聞かせたが__生きているのかと思わず疑いたくなるようなものがあった。

 

「今日はわざわざ呼び付けてすまなかったね。君の賭け事の腕前をぜひ見てみたいと思ったのだが……如何せん、私は館を離れられないんだ」

 

「……そうですか」

 

ダービーはなんとか声を絞り出した。向かいに座る男はふっと息だけで笑い、言葉を続ける。

 

「私がDIOだ」

 

「…承知しております」

 

「ああ、手紙を書いたのだったな」

 

穏やかな声音のDIOと言葉を交わしながらも、ダービーは全身が総毛立つような心地がしていた。奇妙な安らぎを覚える一方、常に氷を首筋に当てられているような気分でもある。

 

「では早速腕前を見せてもらおうじゃあないか」

 

「勿論でございます。どのゲームにいたしましょうか?」

 

「ふむ……ポーカーにしよう。私は賭け事にあまり詳しくなくてね」

 

「いいですよ。では準備を致しますので少しお待ちを」

 

それが自身の最も得意とするゲームであることには触れず、ダービーは鞄からセキュリティー・シール付きの箱に入ったトランプを一組取り出した。

 

「…賭け事ですから、始める前に賭けるものを決めて頂いても?」

 

「構わん。だが…こういう時は何を賭けるのが定番かな?君のやり方で行こう」

 

金はあまり持っていないが、と付け加えて困ったような笑みを浮かべるDIOに、ダービーは感じていた冷ややかな気配が溶けて無くなるような気がした。

よく見れば顔はまだ年若い青年の面立ちで、さっきまでの恐怖が馬鹿らしく思えてくる。

 

「金なんかじゃあなく、もっと別のもので構いませんよ。そうだな…“魂”なんかはどうです?」

 

「ほう、魂か…。いいだろう、()()()()()()()()

 

ダービーはその言葉にほくそ笑む。キーワードを相手から引き出せて喜ぶ彼は、目の前の男の瞳が妖しく煌めいた瞬間を見逃していた。

 

「チップを使うバージョンと使わないバージョンがありますが、どちらにしますか?」

 

「…君がいつもやっているやり方で良い」

 

「ではチップを使う方で。この赤いふちのチップ5枚分で貴方の魂と引き換えになります」

 

言いながら、ダービーは自分の分の青いチップも5枚取り出して並べた。DIOは無感動にそれを眺めている。

 

「賭けるチップは一回1枚、上乗せ(レイズ)も勿論アリ。持ち札は5枚です。カードを配る役__親は私が務めましょう」

 

DIOが微笑を浮かべて頷いたのを見てカードのシャッフルを始めた。

ダービーには『バレなければイカサマとは言わない』という考えがあり、それは相手が誰であろうと決して変わることはない。セカンド・ディールを駆使して自分の手札が有利になるようにすれば、ポーカーでの勝負は大抵勝てる。

 

ダービーの手札はキング3枚、6のカード2枚のフルハウスだ。手札を変えなくても良いと判断し、テーブルの真ん中にチップを1枚置いてから「ノーチェンジ」と言った。

DIOは手札を眺めると、少し考える素振りを見せてから「ノーチェンジ」と告げた。赤いチップがコロン、と音を立ててテーブルに出される。

 

「では手札を見せ合いましょう」

 

DIOの手札はストレート。9♡、10♠、ジャック♠、クイーン♡、キング♢の5枚連続カードである。

 

「私の負けだな」

 

DIOはカード達を一瞥して素気なく言う。その言葉にダービーは違和感を覚えた。

さっきの彼はダービーに向かって『私は賭け事にあまり詳しくなくてね』と言った。だが今、DIOは自分の手札とダービーのそれとを一度見ただけで自分の手札の方が弱いと判断したのだ。果たして素人にそんな芸当ができるものだろうか。

 

ダービーはその疑問を追求しようとしたが、DIOが彼自身の賭けた赤いチップを差し出してきたためにそれは叶わなかった。

 

「私の魂の、五分の一だ」

 

愉快そうな笑みを浮かべて事もなげに言うDIOに、ダービーは何かとんでもない者を相手にしているような気がしてきた。だが賭けを始めた以上、今更『降りる』と言うのはプライドが許さない。

 

「…では、ゲームを続行しましょうか」

 

 

そうして勝負を繰り返し、4回目の賭けが終わった。

DIOが持つチップは赤2枚と青1枚、対するダービーは青4枚と赤3枚だった。DIOの『賭け事に詳しくない』という発言が嘘である可能性がある以上危険を冒すべきではないと判断したダービーは、イカサマの回数を通常より減らして勝負したのである。

あと2回勝てばダービーの勝利だ。すると、DIOがおもむろに口を開いた。

 

「私はこの勝負で私自身の魂を賭けたな」

 

「…そうですね」

 

DIOは赤い瞳でダービーを見据える。次に何を言われるのかと、ダービーは内心で身構えた。

 

「君はこの勝負に何を賭けているのか…それを聞いていなかった」

 

静かな、静謐とすら言えるほどに落ち着いた声音でDIOが問う。ダービーは思わず呆気に取られた。

今まで自分と賭けをし、魂を取られた相手でそのようなことを聞いてきた者はいなかった。取られたものを取り返そうとし、更に深みに嵌った挙句魂を賭けるからだ。

 

「貴方様が賭けたものと同等のものを」

 

「ほう…?」

 

DIOの瞳が細められた。唇に冷ややかな笑いの影が見える。

 

「君は私の魂に見合ったものを差し出せるのか?」

 

ダービーは狼狽えているのを悟られないように薄く息を吸った。その様子を見たDIOは朗らかに笑って__少なくともダービーの目にはそう映った__「では次のゲームに行こう」と言った。

カードを5枚ずつ配り終えて青いチップ1枚をテーブルの真ん中に置く。その時、ダービーは既にそこに置かれていた2枚の赤いチップに初めて気付くと怪訝そうな視線を向けた。

 

「次のゲームでは私の残りの魂を賭ける」

 

DIOは悠然と足を組みながら言った。

 

「…私はチップ1枚しか賭けません」

 

「ああ。構わない」

 

「このゲームに勝っても負けても、トータルでは私のチップが多い。貴方様は負けが確実です」

 

「構わないと言っている」

 

DIOはそう言い捨てて5枚の手札を捲る。ダービーもそれに倣った。

ダービーの手札は4枚のエースにジャック1枚のフォーカードである。エースが全て自分に来るよう仕組んだのだ。そして、ダービーがDIOに配ったのはハイカード(ブタ)だった。

勝利に対するギャンブラーの誇りというより、底知れない何かを抱えるこの男との賭けを一刻も早く終わらせたいという切実な願いゆえのイカサマである。

 

自身の手札を見たDIOは微かに眉を寄せた。それを見たダービーは密かに自分の相棒を呼び出す。半透明のそれは物音一つ立てずにダービーの斜め後ろに寄り添った。これは“幽波紋(スタンド)”と呼ばれる特殊な能力で、普通の人間の目に見えることはない。

ダービーは自分の手札が見えるようにテーブルに置き、DIOに声をかけた。

 

「DIO様、チェンジなさいますか?」

 

DIOは無表情のままダービーの手札をちらりと見やり、自分の手札に視線を移す。赤い瞳が一瞬、ダービーの背後を見たように感じたのは気のせいに違いない。

 

「いや」

 

「え?」

 

戸惑う賭博師を尻目に、DIOの白く長い指が持っていたカードを裏返してテーブルに置く。ダービーは思わずその手札を覗き込んだ。

10♠、8♢、3♡、J♣、Q♡__間違いなくハイカード、何の役でもないブタの組み合わせ。

 

「私の魂はこれで君のもの、ということになるな」

 

DIOが長い足を組み替えて首を傾げた。大の男がやるような仕草ではないが、この男がやると何故か愛らしささえ感じさせるのだから不思議である。

 

「…DIO様。貴方様は魂を賭けられましたね」

 

「ああ」

 

「その賭けに対し、負けを認めると?」

 

「認めるも何も、私の手札が弱いのは一目瞭然であろう」

 

ダービーのスタンドがDIOの背後に回り込む。彼が賭けた魂を取り立てようとしているのだ。他でもないDIOが賭けでの敗北を認めたのであるから容易である筈だったが。

 

「……⁈」

 

「どうしたのだ、ダービーよ」

 

ダービーは唖然として、笑みを湛えるDIOを凝視した。

 

魂の取り立てが出来ない。

 

ギャンブラーになって以来、このような事態がダービーの身に起きたことは無い。動揺が隠し切れないその様を見て、今まで好青年の皮を被っていたDIOが牙を剝いた。

 

()()()()()……か」

 

絶えず浮かべていた微笑は掻き消え、代わりに現れた絶対零度の視線にダービーは蛇に睨まれた蛙の気分になった。

 

「君のような男にこのDIOの魂を奪えるのか?」

__イカサマを使って勝利を得ようとする君に。

 

ダービーは自分の額から汗が吹き出るのを感じた。DIOの魂を取り立てられなかった理由を理解したからだ。

 

DIOは()()()()()()()()()()()()()()()()

カード上では敗北が目に見えていたにも関わらず、である。自分の勝利に繋げられるという確信が無ければそんなことは不可能だ。敵わない、とダービーは思った。

 

「DIO様」

 

ダービーは思わずDIOの前に跪いた。DIOは興味深げにその様子を見つめる。

 

「貴方様のお役に立ちたく存じます」

 

「ほう。それが君の“賭けたもの”ということか?」

 

「今後の私の人生をDIO様に」

 

DIOは満足げに笑うと立ち上がって、跪くダービーを見下ろした。

 

「ダービー」

 

「はい」

 

「この館は人手が足りなくてな。世話をするのは先ほど案内役を務めたエンヤ婆しかいないのだ。そこで、執事が務まるような男を探してほしい」

 

「畏まりました。いつまでに?」

 

DIOは顎に指を当てて考える素振りを見せた。

 

「1ヶ月だ。よく吟味してほしいからな…。無駄口を叩かず要領の良い、職務に真面目な男が欲しい」

 

「心得ました」

 

DIOは「帰っていい」とだけ言うとさっさと部屋を出ようとしたが振り向き、立ち上がったダービーと対峙した。

 

「活動拠点は自由だ。賭けが出来る場の方が君の力は発揮されるだろう。ただし、私に呼び出されたらすぐに館へ来ること」

 

「はい。……DIO様、一つお聞きしても?」

 

「何だ」

 

ダービーは少し躊躇った後、意を決したように口を開いた。

 

「ここへ到着した時、玄関で幼い少女と鉢合わせしました。DIO様は世話役はエンヤ婆しか居ないと仰っていましたが…彼女は誰です?」

 

「……お前に言う必要は無い。彼女のことは…そうだな、“お嬢様”とでも呼ぶと良い。くれぐれも無礼な対応はするなよ」

 

ダービーがそれに何か返す前にDIOは部屋から出て行く。彼が客間にいた気配はもう欠片も残っていなかった。

 

***

 

DIOはキッチンから出てきたエンヤにダービーを見送るよう言いつけ、彼女からマリアが図書室にいることを聞いてそこに足を踏み入れた。

マリアは奥の方で蝋燭の光を頼りに本を読んでいるようだった。

 

「目を悪くするぞ」

 

マリアの肩が跳ねる。DIOが笑いながら姿を現すと驚いたような顔で見上げた。

 

「灯りが蝋燭しか無いの。ここが一番明るいよ」

 

「カーテンを開ければ良いではないか」

 

「DIOは太陽をあびるのがダメなんだっておばあさんが言ってたわ。カーテンをあけてるときに入ってきたら危ないじゃない」

 

「…お前、本当に7歳か?」

 

「もっと大人にみえる?」

 

「阿呆。ガキのくせに生意気だという意味だ」

 

マリアは唇を尖らせて不服そうにしたが、DIOは呆れたような顔をしただけだった。

 

「さっきのおじさ…男の人はDIOの友達?」

 

「いや、今日初めて会った。…おじさんと言うほど老けていたか?」

 

「お兄さんって顔じゃあなかったもの。それならおじさんで良いでしょ」

 

「ハハハハハッ!そいつは傑作だ!」

 

大人びた発言をしたかと思うと年相応の言動をとるマリアが、DIOには愉快で堪らない。

床に座るマリアの目線に合わせるべくしゃがみ込み、DIOは右手で少女の頬を挟むように掴んだ。

 

「でぃお、いひゃい。はなひて」

 

「大して力は込めていないぞ。それよりも、だ」

 

「?」

 

黒く煌めく双眸を眺める。

 

「近いうちに新たな執事がこの館に来る」

 

「さっきの人?」

 

「いいや。あいつが探してここに連れて来るのだ」

 

へえ、とマリアは言った。続いて、ねえDIO、と袖を引かれる。

 

「お腹すいた」

 

「もうそんな時間か?」

 

壁際の置時計は13時を指していた。DIOはふむ、と思考を巡らせる。DIOは普段昼間に眠っているため、自室で睡眠を取りたいというのが正直なところである。

 

「エンヤに何か作らせよう。俺は夜まで眠る」

 

「夜…何時に起きるの?今日また会える?」

 

「今日は普段よりも長く昼間に起きていたからな、早くても19時半頃だ。日没を目安にしろ」

 

DIOはマリアと連れ立って図書室から出る。キッチンに続く扉をノックするとエンヤが出てきた。彼女はDIOとマリアを交互に見比べている。

 

「マリアに昼食を作ってやれ。私は寝る」

 

「畏まりました。さ、お嬢様、どうぞ」

 

“お嬢様”とエンヤから呼ばれて困惑するマリアを見て、DIOは笑いを噛み殺しながら自室へと向かった。そう呼ぶように命じたのは勿論、DIO自身に他ならないのであるが。

 

「実に面白い娘だ」

 

そう呟いた館の主人の呟きは、誰の耳にも届かず暗がりに溶けた。

 

 




ポーカーのシーンに時間がかかりすぎました(言い訳)
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