A ferocious pure love   作:Bacon and Egg

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第6話 新たな日常

マリアはパジャマからミントグリーンのノースリーブワンピースに着替えると、茶色のパンプスを履いてそのまま自室を出た。

自室が2階だった今までよりも1回分多く階段を下り、キッチンコートの扉をそっと開ける。今朝会ったばかりの執事が気付いて振り向いた。

 

「お目覚めですか」

 

「うん。おはよう」

 

「はい、おはようございます。朝食は用意できていますよ」

 

明るい中で見る執事はDIOの部屋で会ったときよりもヘアスタイルが奇抜に見えた。マリアはそれに言及するのはやめて、朝食をとるべく椅子に腰掛ける。

こんがり焼けたトーストに牛乳が並び、隣の皿には新鮮な果物が盛り付けられていた。

 

「いま何時?」

 

「8時を少し過ぎたところです」

 

執事は答えながらマリアの向かい側に座った。この館での仕事に関することをエンヤから教えてもらっていたおかげで朝食がまだなのである。

暫くトーストを齧る音だけがキッチンコートに響いていたが、その沈黙はマリアの「あなたは何歳なの?」という問いに破られた。

 

「16です」

 

「…それって、わかい?」

 

「若いですね」

 

「ふうん。大人?」

 

「成人はしていないので大人ではありません」

 

「そう」と頷いたマリアはぴんと来ていない表情をしていた。

 

「お嬢様はお幾つなんですか?」

 

「7!」

 

右手を広げ、左手で2本の指を立てて見せる。執事は「そうなんですか」と頷く。マリアはそこでようやく、目の前の執事の名前がテレンスだったことを思い出した。

 

「テレンスはどこの国の人?エジプトじゃないでしょ」

 

「よくわかりましたね。アメリカです」

 

「こっちの人、英語の()()がすごいもん。テレンスのは聞きやすいから」

 

マリアは席を立ち、食べ終わった皿とグラスを流しのところに置く。テレンスもそれに倣った後、小さなつむじを見下ろした。

 

「お嬢様はこちらのご出身では?」

 

「ちがうよ。お母さんが日本人だから日本にいたんだけど死んじゃって、そのあとお父さんとこっちにうつったの」

 

「…アラビア語は話せるんですか?」

 

「お父さんがエジプト人だからお母さんがおしえてくれたの。英語も話せる!」

 

英語が流暢であることは、今朝のDIOとの会話を聞いて分かっていた。テレンスの英語とはやや異なるそれはおそらくイギリスのものであるということも。母親が英国留学をしたか何かなのだろうな、とテレンスは推測する。最も、その真偽を確かめるすべなど無いのだが。

マリアは椅子に座りなおし、流しの前に立つテレンスを見上げた。廊下の小窓とダイニングルームの窓からの光がキッチンコートを薄明るく照らしている。建物の材質のせいなのか直射日光が当たっていないせいなのか、外はとうに日が昇っているにも関わらず二人の居る部屋はひんやりとしていた。

 

「それではDIO様との意思疎通には困りませんね」

 

「いしそつう?」

 

「話すのに困らないということです」

 

「こまったことないよ、DIOの英語はきれいだから好きだし。……でもちょっとむずかしい言い方のときがあるの」

 

マリアは眉間に皺を寄せた。

 

「言葉がつうじないってわけじゃあなくて、シャーロック・ホームズの本にでてくるみたいな感じね」

 

マリアはテレンスを見上げて首を傾げ、「なんでだと思う?」と尋ねた。テレンスにだってそんなことが

分かるはずも無い。だがこの少女が一般的な子どもより聡明であることが察せられたので、最もらしいことを言って納得させよう、とテレンスは半分投げやりな気持ちになった。

 

「芝居とか演劇だとか、そういうのが好きなんじゃあないですか」

 

マリアはその答えにぱっと顔を輝かせる。納得させるのに十分な答えであったようだった。

 

***

 

DIOは毎晩、日没とほぼ同時に目を覚ます。一般的な人間が朝日を浴びると目を覚ますように、DIOは朝日が消えると目を覚ますのである。サイドテーブルの時計は午後7時5分を示している。

イギリスよりも夜が少しばかり長いことが、DIOがこの土地を好む理由の一つでもあった。

 

一階まで下りてきてキッチンコートに行こうとしたDIOは、その隣に面しているミュージックホールの扉が僅かに開いていることに気が付いた。

普段掃除をしているエンヤが扉を閉め忘れることはない。彼女は仕事に対して抜け目が無いのだ。となれば、閉め忘れた扉の原因はマリアかテレンスである。DIOはミュージックホールの中を覗いたが、そこには誰の姿もなく、代わりに奥の廊下に続く扉が半開きになっているのが目に入った。

DIOはそこで、二つの扉をきちんと閉めなかった人物の正体を理解した。

 

音をたてないよう身体を滑り込ませる。廊下になっているここは、両側の壁に絵画が飾られている画廊なのであった。

そのうちの一枚の前に座って絵を眺めていたマリアは、背後から降ってきた「絵が好きなのか?」という問いかけに驚いてぱっと振り向いた。

 

「ハイ、DIO」

 

「扉を閉めなかったのはお前か」

 

きょとんとしたマリアは、「ドアが重かったの」とだけ言った。

 

「夕食はすんだか」

 

「うん。ねえDIO」

 

「なんだ」

 

「どうしてわたしに果物売りにいかせてくれないの?コーヘンおじさん心配してるかも」

 

「……」

 

DIOとマリアの視線が交わる。暫くの間ただ黙って幼い少女を見下ろしていたが、折れる様子が見られなかったので仕方なく口を開いた。

 

「このウンザリする暑さの中でちまちま果物売りをする必要があるか?」

 

マリアは少し考え、首を横に振った。黒い髪がぱさぱさと軽い音を立てて揺れる。

DIOの口が微かな笑みを浮かべたのを見たマリアは、何かを思い出したような表情になると立ち上がった。

 

「DIOに見せたい本があるからまってて」

 

DIOの返事も聞かずに少女が駆けていく。画廊に一人残されたDIOは、マリアが熱心に見つめていた絵画に目をやった。草花が茂る小川の中、美しいドレスを身に纏って浮かぶ女性が描かれている。

『オフィーリア』。それがこの絵のタイトルだった。

 

我を失った恋人に父親を殺されたことで気が触れ、歌を口ずさみながら死の水底に引き摺り込まれていった哀れな女。

ハムレットを最初に読んだ時、DIOはオフィーリアのことをそう評価した。その生き様はまるで……

 

「DIO?」

 

すぐ横から聞こえてきた声に、DIOはそちらを見た。本を抱えたマリアが不思議そうに立っている。

 

「なんだ」

 

「これ見て」

 

マリアが持ってきたのは古くて分厚いワインレッドの洋書だった。マリアの腕からそれを取り上げて眺める。

 

「シャーロック・ホームズか」

 

床に置いてページを捲る。マリアはその隣から覗き込んできた。

 

「このお話好き?」

 

「好きでも嫌いでもない。一通りは読んだが」

 

「ふうん」

 

「そもそもこの本が好きなのはお前だろう。どうしてそんなことを聞く」

 

「私がこれを好きだって知ってるの?」

 

目を丸くして見上げてきた少女をDIOは見下ろした。暫しの沈黙。

 

「この間から図書室に行くたびに読みふけっているではないか」

 

それを聞くなり、マリアはぱっと顔を輝かせた。なぜそれほど嬉しそうなのかDIOには理解ができない。

 

「DIOは私のこと何でも分かるのね!」

 

「…………」

 

そんなわけないだろうとか、図書室にいるお前が見られているのに気づかなかっただけだとか、言いたいことはいくらでもあった。

だがDIOはそれらを飲み込み、マリアの髪に指先を触れさせた。

 

「当然だ。俺を誰だと思っている」

 

「私の友達!」

 

楽しそうな笑い声と共に少女が答え、DIOも思わず笑みを深める。

 

マリアが館を抜け出したのは、その日の夕方のことだった。

 

 

 

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