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トンネルを潜り抜けたら雪国だった。元いた世界ではよく耳にするフレーズだが、光に包まれたら見知らぬ街に佇んでいたというフレーズは流石に聞いた事がない。
あの日、Z-BLUEの面々を見かけた時、突如眩い光が自分を呑み込んだかと思えば、いつの間にかどこかも分からない霧に覆われた街の郊外らしき場所に佇んでいたのだ。突然過ぎる事態に最初は混乱していたのだが、騒いだ所で現状は変わらないので取り敢えず落ち着くことにした自分は、近くの農家の方に事情を説明し、ここがどこなのか話を聞かせて貰う事にした。
農家の人……ゴードン=ローズウォーター氏は少し認知症を患っているのか、言動に不可解な所があり、最初は自分の事を認識出来ていなかったが、彼の目の前に立つとローズウォーター氏は目を剥いて驚愕した。
いきなり目の前に現れて驚かせて申し訳ないと謝罪し、改めて自己紹介と事情を説明、自分はローズウォーター氏にここがどこか教えて貰うことにした。
ローズウォーター氏曰く、ここはパラダイムシティと呼ばれており、彼はこの街を記憶───メモリーを失った街と言っていた。あまりに意味深な彼の言動に追求したくはあったが、相手は認知症を患ったお年寄り、気にはなるがここは自重しようと思い、深く追求するのは止めた。
これは勘だが、多分自分はインサラウムの世界に訪れた時の様な事態に陥っているのだと考えている。あの時はZONEという、次元力抽出装置の過剰反応によって引き起こされた現象に巻き込まれたが、今回は恐らく地球の力による時空振動に巻き込まれたのだと自分は思っている。
外部の力によって時が止まりつつある地球はある意味で言えば次元抽出装置そのもの、その力により次元境界線は歪になり、世界の間に隔たる次元の壁を破壊するだけの時空振動を引き起こすモノとなる。
今回自分は運悪くその時空振動に巻き込まれた形になる。……と、言えば納得もいくのだが、そうなると何故Z-BLUEはあの時あんな無人島にきていたのだろう? そこら辺を考えると、やはり自分のこの考えは間違っているかもしれない。
ただ、タイミングを考えればZ-BLUEがあそこにいたのは偶然とは思えないんだよなぁ。もし彼等が狙ってあそこに来ていたのだとすれば、それは時空振動の発生を予測できたという事に他ならない。
確かに、時空振動は次元境界線の歪曲の度合いによって感知する事はある程度可能だが、完全な探知は未だ出来ていない筈。疑問や疑惑は尽きないが、どれだけ考えてもこの件に関しては明確な答えは出せないし、今重要なのはそこではないので、取り敢えずこの事は一旦放置しておく。
で、ローズウォーター氏から話を聞く事が出来た自分はそのお礼として、彼の農園にあるトマトの栽培を手伝う事にした。ローズウォーター氏は気にしなくても良いと遠慮していたが、それでは此方の気が済まないと言い、少し強引に手伝わせて貰った。
農園にあるトマトはどれもこれも赤く熟しており、とても美味しそうだったが、手伝っておきながら摘まみ食いをする訳にもいかないので、トマトの誘惑に抗いながら最後までトマト栽培を手伝った。
その後、仕事のお手伝いを終えた自分は改めてローズウォーター氏に礼を言って農園を後にし、今はパラダイムシティのとあるホテルに泊まっている。明日からはあの世界に戻る為の情報集めに忙しくなる事だろう。
まだこの世界の全容が明らかになっていないから何とも言えないが……なに、何とかなるだろう。それに自分がここにいる事からZ-BLUEもこの街にいる可能性は充分に高い。もしもの時は彼等と協力し、脱出する事を視野に入れてもいいかもしれない。
◇
「いがみ合え」
パラダイムシティの中心街。記憶を無くし、時が止まってしまったこの街で、Z-BLUEの屈強な戦士達がたった一人の男を相手に膝を付いていた。
目の前にいるのは今回の争乱の黒幕の一人とされている人物。他者の心を操り、無闇に争いを撒き散らすこの男は許されるモノではない。その時までそう憤りと闘志を燃やしていたZ-BLUEの面々だが、男の唐突に紡がれた言葉によって、それらの気持ちが急速に萎えていった。
闘志を鈍らせ、感情の急激な切り替えによってZ-BLUEの面々は苦悶の表情を浮かべる。強制的な感情の変動により身動きが取れなくなった彼等は、自らの自我を保つだけで精一杯だった。
「一体、これは……!?」
「闘志が、萎えていく……」
「人間ってのは常に相反する感情を持ち合わせているモノ、喩えそれがどれだけ小さくとも、俺の持つスフィアの前では意味をなさねぇ」
「スフィア、だと?」
「おっと、つい話し過ぎちまったか。残念だがお喋りはここまでだ。これ以上お前等を構っている訳にもいかないのでね。────ここらで死んで貰う」
酒を浴びる様に飲み、酒気を常に放っていた男とは思えない程の殺気が男からあふれ出る。その殺気に込められた失意や怒り、諦めといった様々な感情の奔流に、アムロはギョッとした表情で驚愕する。
飄々とした風体でありながら、内には表現しにくい感情の渦が蠢いている。そんな男がZ-BLUEの一人であるヒビキの前に、銃を片手に歩み寄った。
「特に、お前さんにはここでくたばってもらう。お前の乗るあの機体は余りにも不快だ。俺達ジェミニスの誇りを汚す偽物にはここで退場してもらう」
「う、くぅぅ……」
「怖いか? 悔しいか? なら今すぐその苦しみから解放してやるよ。折角の敵を前に残念だが……お前の物語はここで終わりだ。ヒビキ=カミシロ」
男の手にした銃、その銃口がヒビキの眉間に向けて狙いが定まる。目の前に父と、そして姉の仇がいるというのに、奴の謎の力により闘志をへし折られたヒビキは、心の底から溢れ出る恐怖に身を竦めていた。
悔しい、怖い。二つの大きな感情によって身動きが出来ないでいるヒビキ、遠くから学友である相良宗介の声が聞こえてくるが、それでもヒビキの体を動かすことは出来なかった。
男の手にした銃、引き金に添えられた指が引き絞られる。すぐそこまで来ている死を前にヒビキの恐怖が臨界に達した時。
────そいつは現れた。
「申し訳ありませんが、彼を死なせる訳にはいきません」
「っ!?」
どこからともなく飛んできた石礫が男の銃を握っていた手に直撃する。小さな礫でありながら強烈な威力を誇るソレは男の表情を苦痛に染め上げ、男の手にしていた銃を吹き飛ばした。
誰だ!? そう声高に叫ぶ男は礫の飛んできた方へ視線を向ける。Z-BLUEの面々も男と同じ方向に視線を向けた時、霧の中から一人の男が悠然と現れた。
蒼のカリスマ。つい先日まで行動を共にしていた男の登場に、Z-BLUE全員が驚愕する。何故奴がここにいる、そんな疑問が頭の中を埋め尽くしていく中、男────ガドライト=メオンサムは、憤怒の形相で仮面の男に噛みついた。
「何故テメェがここにいる! 蒼のカリスマ……いや、シュウジ=シラカワっ!!」
「ほう? 私の事もご存じでしたか。成る程、その様子だと、どうやらあなたは今地球で起きている出来事に深く関わりのある者、あるいはそれに精通している人間の様ですね」
自らの正体を看破されているにも関わらず、蒼のカリスマ───シュウジは不敵な笑みを浮かべたまま仮面を取り外す。
「貴方には色々聞きたい事ができました。出来れば私の質問に答えて欲しいのですが……」
「答えると思ってんのか?」
「それはアナタ次第です。……尤も、私としてもそう簡単に話して貰えるとは思っておりませんので、多少強引に話して貰う事になります。───それに」
先程までふざけた顔つきから一変し、殺意を剥き出しにした男は、懐からナイフを取り出し、軍人らしき独特の構えを取る。
対するシュウジは懐に仮面を仕舞い───。
「お前には弟分の借りがあるからな。ただで済むと思うなよ」
その表情に僅かばかりの怒りを滲ませるのだった。
次回は日記要素ほぼ無しになるかも。
次回、ボッチ神拳VS八つ当たり酔拳
勝のはどっちだ!?
ヒント。片方は彼女持ち
次回もまたみてボッチノシ