『G』の日記   作:アゴン

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弁当「」


その105

 

 

────幻か? 自身の置かれた状況と目の前の少女を前に、俺はただ混乱するしかなかった。何故、どうしてと瞬きをし、何度目を擦っても消えない幼馴染の幻影を前に呆然としていると少女───矢澤にこちゃんはやれやれと嘆息し、呆れたと言いたげな態度で口を開いた。

 

「もう、いい加減呆けてないで、さっさと顔洗って朝ごはん食べちゃってよね」

 

ぶっきらぼうにそう言い残し部屋を後にするにこちゃん。ツイテールを靡かせながら部屋から出ていく彼女に声を掛ける事も出来ず、にこちゃんの姿が完全に部屋から消える時まで、俺は彼女の背中を見続ける事しか出来なかった。

 

そしてその後、言われた通り顔を洗って食卓に着いた俺は、にこちゃんと共に朝食を摂った。にこちゃんの家族である矢澤家と白河家では互いにご近所同士で昔から家族間の交流があり、その頃から彼女には良く世話をしてもらっているのだ。特ににこちゃんは妹ちゃんと弟君が三人もいるため面倒見が良く、幼馴染である自分もついでとして面倒を見てもらっていた。

 

これは年上として情けない話なので、これではイカンと大学に進学した際に独り暮らしを始め、家事もある程度嗜む様になったのだが、にこちゃんの家事スキルは非常に高い事と彼女自身が世話好きな為、こうして今も厄介になってしまっている。他にも独り暮らしの住み処として選んだアパートが、矢澤家から近い位置にあるというのも原因の一つになっている。

 

今は食べ終えた食器を二人並んで片付けている。世話になってばかりでは不味いと手伝いを申し出た自分は、慣れた手付きでにこちゃんが洗った食器を戸棚へ片していく。

 

その時、綺麗になった食器に映る自分の姿を見て手が止まる。黒い髪、中肉中背の体格で特徴がないのが特徴の青年、そこに稀代のテロリスト蒼のカリスマの姿はなく、どこにでもいる平凡な大学生“白河修司”が映っていた。

 

「修司、どうかしたの? 手が止まっているけど……」

 

呆けていた自分の耳ににこちゃんの声が入ってくる。ハッと我に帰ると、心配そうに此方を覗き込んでくるにこちゃんの顔があった。どうやら心配をかけてしまったみたいだ。

 

「あぁごめん。ちょっとボンヤリしていた」

 

「もう、また遅くまで深夜アニメ見てたんでしょ。あんまりボンヤリしてるとおば様達に言いつけてやるんだからね」

 

「だからゴメンってば」

 

プンスカと私怒っていますという風に振る舞うにこちゃん、それが年相応の女の子らしく可愛いくて、とても懐かしくて……ついつい、笑ってしまった。そんな自分の反応を見てますます機嫌を損ねてしまうにこちゃん、彼女に機嫌を直して貰う為に多大な労力を支払う事になるのだが、それすらも心地よく感じられた。まるで、この世界こそが自分の居場所なのだと言う様に───。

 

その後、どうにかにこちゃんの機嫌を直すことに成功した自分は、現在はにこちゃんと共にそれぞれの学び舎に登校している。にこちゃんは近くの女子高へ、自分は大学へそれぞれ向かっている。途中まで道は同じなのでそこまでは肩を並べて通学している、これもまた見馴れた風景だった。

 

───まるで、あの激動の日々こそが夢幻だったかの様に、穏やかで平和な時間だった。

 

「じゃ、私はこっちだから」

 

にこちゃんの指差す方向には彼女が在籍する女子高、古くから建てられている雅とも言える外観をした学園が階段の向こうに聳え立っている。

 

「あー、でも心配だわ。アンタみたいな唐変木を一人にするなんて……おば様達はどうしてコイツに独り暮らしなんて許したのかしら」

 

「ひっどいなぁ。そういうにこちゃんだって結構お弁当を忘れたりするじゃん。抜けてるのはお互い様だと思うけど?」

 

自分の指摘に羞恥心を感じたのか、これまで余裕ぶった態度のにこちゃんの表情に朱色が混ざる。耳まで赤くなった彼女の顔を見て、堪えきれなくなった自分は堪らず噴き出してしまった。

 

「もー! なに笑ってんのよー!」

 

「ククク……いや、ゴメンゴメン。悪かったよクク」

 

「こんのー、フンッ! 良いわよ。アンタになんか私がアイドルになって有名になってもサインなんかやらないんだから!」

 

腕を組んでそっぽを向くにこちゃんに、自分はしまったと口を抑える。こうなってしまっては二、三日口を利いてもらえない。そうなるとにこちゃんの不機嫌の理由が矢澤家に伝搬し、更には両親にまで知られる事になる。

 

そうなってしまえば両家に於いて自分は孤立無縁の状態になってしまう。両家合わせて女性の比率が高い為に矢澤家、白河家共に女性の方が強いのだ。最近では矢澤家の末っ子である虎太郎君もその事に気が付いたのか、自分がにこちゃん達にフルボッコにされても助けてくれなくなった。

 

ともあれ、このまま放っておくのは不味いので謝って許してもらおうとする。しかし先程も機嫌を悪くさせてしまっては良くするのは中々難しい事だろう。

 

どうしよう。彼女に何て言って許してもらおうかと悩む頭を抱えていると────。

 

「やぁ二人とも、今日も仲睦まじそうで何よりだ」

 

聞こえてきた懐かしい声に心臓の音が跳ね上がる。そんなバカな、あり得ない。だってアンタは───。

 

「あ! トレーズさん! おはようございます!」

 

信じられない。そんな自分の心境を裏切る様に、にこちゃんは弾んだ声でその人の名を口にする。

 

「あぁ、おはよう。今日も良き日に恵まれたな」

 

誰もが見惚れる微笑みを浮かべるトレーズさん。俺の親友の一人がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなものか、地球最強の部隊も────あっけないものか」

 

白とも、黒とも付かない灰色の空間。命の鼓動が微塵も感じられない無機質な空間で、黒の存在────アンチスパイラルは呟く。

 

彼等、Z-BLUEは確かに強かった。度重なる此方の襲撃をはね除け、陰月の落下を防ぎ、更には時の牢獄を破壊し、遂には自分達の母星が存在する隔絶宇宙にまで足を踏み入れた。

 

その突破力は凄まじく、その成長速度の度合いも驚く程に速い。認めよう。この者達は確かにこれまでとは違い目を見張るものがある。

 

しかし、だからこそアンチスパイラルは許容出来ない。このまま成長を……いや、進化を続ければ必ず“奴等”が目を付けてくる。このまま先に進むことを許せば総ての宇宙が滅ぶ事になる。

 

それだけは防がなくてはならない。絶望の未来を守る為にもこれ以上のシンカは止めなくてはならない。これ以上世界を滅びへの道を進ませない為に自分は存在しているのだ。

 

「そう、私こそがこの宇宙を守護する唯一の存在。その為ならどんな罪にもまみれよう」

 

虚空のアンチスパイラルに確かな意志が宿る。それこそが彼の覚悟の強さの表れであり、迷いのない事への証明であった。

 

「────可哀想な人」

 

しかし、そんな彼の想いを一人の女性が優しく否定する。ゆっくりと振り返れば宙に磔にされた女性、ニアがアンチスパイラルを憐れみの目で見下ろしていた。

 

「誰も信用せず、信頼しないで自分の行動に酔いしれる。貴方のやっている事は全て自分勝手な思い込み、なのにそれすらも気付かないで貴方は───ッ!」

 

「言ってくれるな、メッセンジャー風情が」

 

自分の手によって生み出された擬似生命体、アンチスパイラルがいなければ存在する事も出来なかった存在。彼からすればニアこそが心底憐れむべき“モノ”と言えるだろう。

 

そんな彼女から憐れみを受ける。飼い主処か創造者たる自分に牙を立ててくる彼女に、アンチスパイラルは怒りを見せず、ただ静かに真実を告げた。

 

「お前を救いに来たという螺旋の男も我が多元迷宮にて眠りに落ちている。そこに落ちた者は誰一人として這い上がれはしない。永遠に夢という監獄の中で囚われ続けるだろう……その命が尽きるまで」

 

人間という生き物は生きていく上で何かを経験し、何かを得て、育み、失い、そして成長して強くなっていく。Z-BLUEもその例に漏れず、数々の難関を突破して、今日という日まで強く成長を続けていた。

 

だが、それこそがアンチスパイラルの用意した罠、多元宇宙迷宮に囚われる要素となる。何かを失ったことで強くなった人間は心根の部分に禍根(しこり)が生まれ、その者に一生付きまとう。

 

多元宇宙迷宮とは謂わばそんな人間の心根や隙間、心の脆さに付け入ってくるモノ。心が強ければ強い者程迷宮に取り込まれやすく、それ故に抜け出すことは不可能とされている。

 

可能性があるとかないとかそういう話ではない。“0”なのだ。多元宇宙迷宮というアンチスパイラルの最後の慈悲は、慈悲深い故に抜け出すことは絶対に有り得ないとされている。その事が分かっているからアンチスパイラルは余裕の態度を崩すことなく、ニアの言葉を素直に聞き入れているのだ。

 

「あの人は……あの人達は必ず来ます。貴方を打ち破る為に」

 

しかし、それでもニアは信じ続けた。人間の可能性の大きさに、幾つもの困難を乗り越えて来た鋼の勇者達の強さを。解体寸前である身で絶対者を睨みつけた。

 

そんな彼女にアンチスパイラルはフンッと鼻を鳴らし、ニアに向けて手を向ける。途端に全身に痛みが走り、分解される様な苦しみがニアを襲った。

 

いよいよ自分もこれまでか、痛みによって視界がぼやけ悲鳴を上げることも儘ならないまま覚悟を決めるニア、しかし意外にも痛みはそれ以降押し寄せてくる事はなく、寧ろ何かから解放された清々しさがあった。

 

次の瞬間彼女に襲ったのはフワリと宙に浮かぶ感覚と、地面に落ちて臀部を強打する衝撃だった。何が起こったのか混乱していると、アンチスパイラルの声が聞こえて来た。

 

「そこまで奴等を信じているのなら、そこで大人しく見ているといい。人の身となったお前がいつまでその虚勢が続くのか、それはそれで見物でもある」

 

アンチスパイラルのその言葉にニアは一瞬理解出来なかった。人の身、それはつまりシモンや皆と同じ存在になったという事になるのだろうか?

 

自分の体を見てそれが事実である事が分かった。抉られ、侵食された手足に傷痕も一切消え去り、これまで自身を蝕んでいた苦痛も嘘のように取り払われている。

 

だが、一体何故なのだろう。不要である存在なら容赦なく切り捨てるのが目の前の黒い人影の本質でもある筈、そんな彼女の胸中を代弁するかのように、第三者の声が空間に響いた。

 

「意外だね。君の事だからてっきり切り捨てるものだと思っていたよ」

 

空間に現れたのは白髪の少年と眼帯をした褐色肌の男性、何れもただの人間ではないと悟ったニアは少しばかり警戒する。

 

けれど、それも男性から差し出された白い外套を受けとることで四散する。風邪を引くだろ、と紳士的な態度で気遣ってくる彼の態度にすっかり心を赦したニアは、ありがとうと呑気に外套を受け取り、それを羽織った。

 

「貴様らは……成る程、確かに正しいシンカを果たしている様だな」

 

「宇宙の守護者たる君にそう言われるのは……光栄、というべきなのかな?」

 

「誉め言葉序でに応えてやろう。そこにいる……元仮想生命は既に螺旋の力に浸りすぎてバグと化している。そんな存在を我が領域で分解すれば後々余計な要因に繋がる可能性がある。それ故に奴等と同じ存在に作り替えて我等との繋がりを断ち切ったに過ぎん」

 

「だから、人としての肉体を与えたのかい? 君が一番忌避している螺旋の生命体として」

 

「………………」

 

それ以上深い意味はないと、アンチスパイラルはそれ以降この話に触れる事はなく、少年もまたその話を掘り起こす事はしなかった。彼等の間に緊迫した空気はあれど、今すぐ戦いになる様子はない。

 

「……そんなに、人類の事は信用出来ないかい?」

 

「己の価値観だけを相手に押し付け、それが叶わなければ直ぐ様争いに持っていく。血で血を洗い、他者を抑圧せねば気がすまない種をどうして信じられる?」

 

寧ろ、そんな奴等を信じるお前達こそが異常だと、アンチスパイラルは目の前の少年と男性に言い放つ。それに反論出来ないのか、男性も少年も言い返す事なく、肩を竦めた。

 

アンチスパイラルの語る言葉は全て正しい。人間はいつでも愚かな事を繰り返し、何度奇跡を起こしても根っこの部分が変わる事はなかった。

 

やがてこの宇宙の真実を知り、災厄を遠ざけるのはこれしかないと察したアンチスパイラルはシンカへと至り、母星を隔絶宇宙へ隠し、宇宙の徹底した管理を行った。

 

何千、何万もの月日が流れようとアンチスパイラルが顧みる事はない。己の行いこそが正しいと信じて疑わない彼はきっとこれからも変わることはないだろう。…………なのに。

 

「なら、どうして彼等をあのままにしているんだい? 君なら、ああなった彼等を直ぐに終わらせる事だって出来るんだろう?」

 

「………………」

 

少年が紡いだその言葉にアンチスパイラルは押し黙り、ニアも驚愕した様子で目を見開いていた。

 

多元迷宮とはアンチスパイラルが生み出した可能性の檻、パラレルワールドの迷宮だ。自ら生み出したモノであるが故に破壊することも可能で、囚われた存在が意味消滅する前に抹消する事も出来る筈。なのに、それが出来ないのは何故か、その答えを聞くよりも先にアンチスパイラル自ら口にする。

 

「……待っている。のだろうな、私は」

 

「……え?」

 

ニアの疑問の呟きは誰かに聞こえる事はない。そしてアンチスパイラルの呟きに反応する者も、またいなかった。

 

ただ、分かっているのはここにいる誰もが、いない筈の誰かの登場を心待ちにしている。という事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日も一日務めを果たした事だし、我々も帰るとしようか」

 

「あぁ、そうだな。そうしよう」

 

本日の講義も無事に終わり、辺りが暗くなり始めた時間帯。各サークルの喧騒を耳にしながら、夕日に照らされ赤く焼けた道程をトレーズさんと肩を並べて歩いていく。

 

何事もなく穏やかな時間だけが過ぎていく。それが当たり前で当然の事の筈なのに、何故かそれが尊くてとても大切な事のように思えた。

 

「ところで、修司は大学を卒業したら何処の企業に就職するかもう決めたのか?」

 

「あー、まだ決めていないなぁ。トレーズさんは実家の企業を継ぐんだっけ?」

 

「……正直、私もまだ決めていない。家の後を継ぐにしても私はまだ何事も経験が足りていないからな。まだ当分は己を磨く必要がある」

 

「既に株で大儲けしている奴がなに言ってんだよ。大学の学費を全部自腹で支払い済みとか、学生全員見渡してもアンタとシュナイゼル位だろ」

 

「うむ。彼の在り方も中々興味深い。高貴な血筋の生まれであるにも関わらず、それに驕らず自分という芯を持ち合わせている。似た様な境遇である彼にはとても感心させられる」

 

腕を組んでウンウンと頷いているトレーズさんに、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。頭脳明晰で身体能力も抜群、顔も良ければ性格も良しときて、トドメに実家の方もかなりの名家という完璧を通り越したバグ野郎で、大学内でもエレガント閣下として女子に絶大な人気を持っている。

 

なんでこんな人と友人でいられるのか、彼との付き合いの長くなった今でも割と謎だ。

 

因みにシュナイゼルの方もトレーズさんに負けず劣らずの完璧超人だが、こっちの方は割と腹黒かったり、何かと裏で暗躍したり時には自分を利用したりしているのでトレーズさんより容赦のない付き合いが出来たりする。

 

「そういう君こそ、我々に何度も地に膝を付けさせているじゃないか。私には武術で、シュナイゼルにはチェスで、それぞれ勝ち星を挙げているではないか」

 

「一回勝つために何百と負け越しているけどね」

 

自分のぶっきらぼうな答え方の何処に笑える部分があるのか、トレーズさんはハハハと笑みを溢している。くそぅ、笑い顔もエレガントじゃねぇか。そのイケメン力を少しはこっちにも分けて欲しい。

 

「まぁ、何はともあれこうして私達は今日もこうして友人として接していられるんだ。願わくばこれからも良き関係を築いていきたいものだ」

 

トレーズさんの言うこれからというのは、多分大学卒業という事も含めてという意味なのだろう。遠くを見ているトレーズさんの瞳には僅かな哀愁が漂っていた。

 

俺もそうでありたいと願う。そう想いを口にしようとした時、背後から強い衝撃を受けた。何かデカイ者が覆い被さっている。その正体に心当りのある俺は苛立ちを募らせながら声を荒げた。

 

「っ、テメェ、いい加減後ろから飛び付いてくるのを止めろって前から言ってたよなぁ? ガイオウ!」

 

「へっへ~。なんだよお前ら、男二人揃って帰りかぁ? 寂しいねぇ」

 

体格の良い赤髪の男の名はガイオウ。俺やトレーズさんとは違う学科で受けている講義も違うのだが、何故だか良くつるむ事がある。トレーズさんはこいつの事も友人として接しているが……正直俺はコイツが苦手だった。なんか獣臭い癖によくちょっかいを出してくるから。

 

お陰で事ある毎にコイツとは喧嘩している。体格の良いコイツと殴りあったりするものだから、俺も次第と腕っ節が強くなってきている。

 

力が強くなってきているのは別に構わないけど、ガイオウと喧嘩すると必ず大事になるので教授によく怒られたりするし、にこちゃんに心配を掛けてしまったりと散々な事になってしまう事もあり、ガイオウは自分にとって関わり合いたくない人間だ。

 

……まぁ、悪人と聞かれればそうではないかもしれない。何だかんだでトレーズさんやシュナイゼルに次いで付き合いが長いし、割と面倒見もよい。この間もバイト先でトラブルに巻き込まれた際に助けて貰った事もあるし、悪い奴ではないと思う。尤も、悪い奴でないってだけで別に良い奴って訳でもない。つーか認めない。ツケばかりでろくに支払わないダメ人間をどうして善人と認められる。

 

俺とガイオウの仲を一言で言い表すと……悪友というのが一番しっくりくるのかもしれない。

 

「というか、一体何の用だよ。お前から声を掛けてくる時点で嫌な予感が半端ないんだが?」

 

「にっしっし、なぁにちょっとお前ん所のバイト先でただ飯食わせて貰いてぇだけだ」

 

「またかよ、つーかただ飯じゃねぇ! テメェがツケとか言って払わねぇだけだろ! 店長の人の良さに漬け込んで勝手なこと言いやがって、いい加減溜まったツケ払えよ。じゃないと俺がラトロワさんにどやされるんだぞ!」

 

「そう硬いこと言うなって」

 

「硬くねぇよ。お前のオツムが軟らか過ぎんだよ。一昔流行った戦車か!」

 

ギャーギャーと騒ぎ立てる俺とガイオウ、遠巻きの人間は白い目で此方を見ている。……あぁ、これでまた暫くの間変人呼ばわりされる。

 

ガイオウという男の奔放さと厄介さに内心でゲンナリしていると、見かねたトレーズさんが笑みを浮かべ提案してきた。

 

「なら、今から食べに行くとしよう。ちょうど小腹も空いてきた所だ。修司、確か君も店長に言われているのだろう?」

 

「……厳密にはラトロワさんから言われたんスけどね。外食する時は余所で使わずウチで落としていけって、それが面接の時の条件だったし」

 

「ならば支払いは私が持とう。久し振りにあそこの茶屋の味を楽しみたくなった」

 

「流石エレガント閣下、話が早い!」

 

「茶屋って……普通に喫茶店なんだけど」

 

相変わらず何処かズレているトレーズさん、先行く二人を追うように自分もまた足を進めた。

 

────穏やかで、平和で、血の匂いなんてしないありふれた日常。忘れかけていた嘗ての日々。

 

そうだ。こここそが自分の居場所なんだ。帰る場所が、温もりの感じられるこの場所が自分のいるべき所なんだ。

 

今までが間違っていた。あの激動の毎日こそがある筈のない夢幻なのだと、俺は二人の後を追って一歩踏み出そうと─────。

 

「けど、それは多分……違うんだろうな」

 

───瞬間、自分の足が止まり、同時に周囲の景色も止まっていく。あれほど色鮮やかだった光景が今では灰色に色褪せ、ガラス細工の様に脆く砕け、砂塵となって消えていく。

 

風景も人も、灰色になって消えていく。残されたのは暗闇に一人ポツンと佇む俺一人だけだった。

 

分かっていた。どんなに求め、嘆いた所で、嘗ての日々が返ってくる訳じゃない。今まで見ていたモノは、自分が理想とした夢そのものだった。

 

本音を言えばもう少し微睡んでいたかった。嘗て自分がいた世界でトレーズさん達と共に過ごしていたかった。

 

けれど、それはまだ許されない。夢の中で微睡み続けるには今の自分にはやる事が多すぎる。それが果たされるまで、自分自身が許さない。

 

それに何より…………。

 

「いつまでもここで寝ていたら、アンタに蹴り飛ばされそうだ。そうだろう? キタンさん」

 

「ンだよ、気付いてやがったのか」

 

「当然。伊達にアンタの弟分やってませんよ」

 

振り返った所にいた詰まらなそうにブー垂れるキタンさんに自然と笑みが溢れる。本音を言えば別にキタンさんに叩き起こされるまで待つのも良かったけど、この人のケツキックは本当にキツイからなぁ、どつかれる前に起きれて良かったですハイ。

 

「ま、いいや。分かっているなら俺から言うことは何もねぇ。とっとと戻ってテメェのやるべき事を果たしてきな」

 

「ウッス」

 

突き出されたキタンさんの拳、それに合わせる様に俺もまた拳を突き出した。コツンと軽くぶつかる二つの拳、それが合図となり暗闇だった世界に光が宿る。

 

現れたのは何処までも青空と荒野が続く世界、その先には俺の愛機であり相棒であるグランゾンが静かに佇んでいた。もうこれ以上此処にいる理由はない。俺はグランゾンに向けて足を進める。

 

そう、最早語る言葉はない。振り返ることなく進んでいくと……。

 

「シュウジ!」

 

「………………」

 

「忘れんなよ! 蒼のカリスマだろうが魔人だろうが、テメェはテメェだ!」

 

“テメェを信じる、テメェを信じろ!”

 

「────っ!」

 

その一言に後押しされた俺は、キタンさんの言葉に応えるように拳を空に向けて突き上げる。涙腺から滲み出てくる熱いモノを必死に抑え、俺はグランゾンの下へ歩み寄る。

 

辿り着くと、待っていたと言うようにグランゾンの眼が輝きを放つ。やがて俺とグランゾンは光に包まれ、何処までも続く青空へと飛び立っていった。

 

その時に、懐かしいあの人たちの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったか」

 

「あぁ、行っちまったよ。……良かったのか? 最後にアイツと話さなくて」

 

「構いやしねぇよ。俺もアイツもそんなしみったれた話は性に合わねぇよ」

 

それもそうだなとキタンは再び空を見上げる。既にシュウジ達の姿はなく、晴れ晴れとした青空が広がっている。

 

「さって、俺達はどうする? やることなんて全くないんだが……」

 

「なに、急ぐ必要はないさ。我等には時間がある。彼が再び我等を必要とするその時まで思う存分語り尽くそう。幸い、私達には同じ話題がある。そうだろう?」

 

そう言って笑うトレーズに、キタンとガイオウも笑みを浮かべる。それも良いなと、彼等は荒野を歩いていく。

 

道なき道、荒野の世界に再び闇が満ちようと、彼等の笑みは尽きることがない。

 

彼等が語るのは巡る銀河のその果てにある自分達と同じ、青く輝く小さい星で生まれたチッポケな男のデッカイ話────語り尽くせば、日がまた昇り無明の闇を消していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まさか、本当に多元宇宙迷宮を突破するとはな』

 

『意外か?』

 

『いや、貴様ならば或いはとは思っていた。尤も、ここで貴様を消滅させる以上、些細な問題だ』

 

『成る程、期待通りって訳か。ならその序でに一つ言わせて貰うぜ』

 

『なに?』

 

『────ありがとな。お前のお陰で久し振りにいい夢を見させて貰ったよ』

 

『………………そう、か』

 

『あぁ、……これで俺も言うことはない。さぁ、始めようぜ!』

 

『良いだろう。螺旋の男の前に先ずは貴様から消してやる!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隔絶宇宙。外界と切り離し、アンチスパイラルが生み出した絶対なる世界。規模も本物の宇宙同様に広大に無限に広がっている。

 

その広大な宇宙で一つの規格外が誕生した。星の集合体である銀河を足場に、ソレは高らかに謳い上げる。

 

『孤独の輪廻に囚われようと、託された想いが扉を開く!』

 

『無間の闇に覆われようと、己の魂が光に変える!』

 

『天も次元も捩じ伏せて、進んで見せる己の道を!!』

 

 

 

 

“天元突破ネオ・グランゾン!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か宇宙の彼方で最強の魔神が産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 




実は最初、主人公はグランゾンのパイロットではなく、グランゾンそのものに憑依させるつもりでした。

けれどそれだと絡めるキャラがブラックオックス位しかいないのであえなくボツ、残念な結果に終ってしまった。


次回、俺を誰だと思っていやがる。

何だかんだでこの主人公も大グレン団節が強い(笑)

それでは次回もまた見てボッチノシ
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