今回のオススメBGM
シンフォギアGXより
“Glorious Break”
───静寂の時の中、今まで意識を失っていたシュウジが目を覚まし、その目に写したのは何処までも広がる無限の黒、アンチスパイラルによって生み出された人造の宇宙だった。
やっぱり綺麗だ。星々の煌めきが宇宙という黒のキャンパスの上で瞬いているその光景に、シュウジは未だ覚醒仕切れていない意識の中で微睡み、見惚れていた。
けど、何故自分はここにいるのだろう。そこまで思考が巡った瞬間、瞬く間にシュウジの意識は完全に覚醒し、操縦桿を握り締める。何故自分は此処にいるのか、事の経緯の全てを思い出したシュウジは直ぐに機体の状態と現在の状況の確認を急ぐ。
機体の方……ネオ・グランゾンの状態は完全ではないが概ね無事だった。機体制御も問題ないし、ネオ状態の要であるバリオン創出ヘイロウも殆どダメージは負っていない。
しかし、防御壁である歪曲フィールドを発生させる装置だけは負荷が掛かりすぎたのか、反応が鈍くなっている。この様子だと、展開する事は出来ても十全の機能を発揮するのは難しいだろう。
ネオ・グランゾンの一部が機能不全に陥った事に不安を覚えるシュウジだが、直ぐにその不安は間違いだという事に思い至り、首を横に振る。開闢と創世、二つの莫大なエネルギーのぶつかり合いの果ての中、こうして無事でいられた事自体幸運なのだ。寧ろ、この程度の損傷で済んだ事に安堵すべきだろう。
と、そんな時だ。グランゾンのコックピットのモニターに見馴れた星が映し出され、それを目の当たりにしたシュウジは驚きに目を丸くさせる。
『あれ……もしかして、地球か?』
外界から閉ざされた隔絶宇宙、アンチスパイラルが支配するこの宇宙に風穴の如く開かれた空間。その先に浮かぶ蒼い星、それは間違いなく自分達の故郷である地球だった。
恐らく……いや、もしかしなくても、先の規格外なエネルギー同士がぶつかり合った事が原因だろう。穿たれた空間の先にある地球を見て安堵するシュウジだが────。
『ほぅ、あれがお前達の母星か』
背後から聞こえてくるその声に、シュウジの全身が総毛立つ。心臓が鷲掴みされた様な感覚、自身の生存本能に突き動かされるまま振り返るシュウジが目にしたのは───眼前に迫る巨大な拳だった。
反応出来たのは偶然だった。迫り来るアンチスパイラルの一撃を防ぐネオ・グランゾンだが、拳に乗せられた重みに耐えきれず吹き飛び、足場である銀河の上を滑っていく。
グランゾンを通してコックピットにまで衝撃が伝わってくる。揺さぶられ、ぶつけた頭部の皮膚が切れ、生暖かい血液がシュウジの顔を染めていく。
目に己の血が入る危険性を承知しながら、それでもシュウジは眼前の敵を捉えて離さなかった。自分と同様、所々破損していながらそれでも平然としているアンチスパイラルに、シュウジはやっぱりかと苦笑する。
『…………やっぱ、やられてなかったか』
『当然だ。あの程度のエネルギーで滅びる私なら、宇宙の守護者など名乗ってはいない。……尤も、お前のしぶとさは些か想定外だったがな』
どうやら、生きていたのはお互い予想出来ていなかったらしい、序に言えば戦いはまだまだ終わる気配はない。四つの腕を再び剣へ変形させるアンチスパイラルに対し、シュウジはただ笑う事しか出来なかった。
シュウジとネオ・グランゾンが有する最強の一撃、縮退砲。天地開闢の一撃を以てしても倒しきれていない相手。その事実の重さはシュウジ自身が良く理解していた。
自分ではコイツを倒す事は出来ない。しかし、それでもシュウジは抗いの姿勢は崩さず、グランワームソードをワームホールから引っ張り出す。
剣を構えるネオ・グランゾン、己の最大の一撃が通用しないという事実を前にして、それでも諦めようとしないシュウジの姿に、アンチスパイラルは苛立ちを募らせる。
『無駄だ。先程の一撃が私に届かなかった以上、最早貴様に勝機はない。大人しく絶望の淵に沈むが良い』
『生憎、そうそう沈んではいられない身でね。あんまり寝惚けていると怖い兄貴分にケツを蹴られるからよ』
『そうか、ならば貴様の望む通りにするが良い。お前の力の悉くを、心の拠り所を、その全てを打ち破ってやろう』
そう言ってアンチスパイラルは再び己の四つ手を刃へと変える。真っ向から迎え撃つと宣言するアンチスパイラルにシュウジは上等だと息巻き、剣を手にアンチスパイラルへ肉薄する。
◇
『ここは……』
そこは無限に煌めく星の海だった。多元宇宙迷宮という脱出不可能とされていた牢獄を突破したZ-BLUEの面々は、その壮大で美しい光景に僅かな合間心奪われていた。
だが、その感傷的な思考も次の瞬間聞こえてきた剣戟の音により切り替わる。誰かが戦っている。その何者かが誰なのか、分かった上で剣戟のする方角を見やる。
そして同時に驚愕する。嘗て地球で猛威を奮っていた蒼き魔神が、髑髏の巨人の前で膝を屈していたのだから……。
『シュウジさん!』
信じがたい光景を前にヒビキが吼える。心配と驚愕の混じった叫びは、隔絶宇宙を通してシュウジに届く。
『……やぁ、ヒビキ君。それにZ-BLUEの皆さんも…無事あの迷宮から脱出できたんだな』
多元宇宙迷宮を突破し、天元突破を果たしたZ-BLUEを見てシュウジは安堵の声を漏らす。だが、その声は既に絶え絶えで、他人を気遣う余裕などない癖に、それでもヒビキの無事を喜ぶシュウジの様子は、いっそ痛々しく見えた。
『アンチスパイラル、テメェの相手は俺達だ! 間違えるんじゃねぇ!』
シモンの怒りの叫びが怒号となって宇宙に木霊する。天も次元も突破し、更なる力を得たグレンラガン。その姿は雄々しく、身に纏う螺旋力の焔は隔絶宇宙を燃やさんと轟々と揺らめいている。
闘志を剥き出しているZ-BLUE、そんな彼等に対し、アンチスパイラルは冷ややかに見詰めていた。
『ふん、確かに多元宇宙迷宮を突破しただけあって貴様らの意志の強さはこれ迄の連中とは別格の様だ。だが、今は貴様らの相手をしている暇はない。この男を葬るまでそこで待っていろ』
髑髏の巨人が手を翳した瞬間、何もない筈の宇宙空間から無数のムガン達が姿を現す。しかもそのどれもが自分達と同じ様に天元突破を果たしている。
襲い掛かるアンチスパイラルの軍勢を前に停滞を余儀無くされるZ-BLUE、彼等の戦いを尻目に、アンチスパイラルは未だ屈しているグランゾンを見下ろした。
『どうだ? これで理解しただろう。如何に貴様が小細工を仕掛けた所で私という絶対を打ち破る事は出来ない』
『はぁ、はぁ 、……へへ、参ったな。まさか乱舞の太刀がこうもあっさり破られるなんて、自信あったんだけどな』
乾いた笑みを浮かべ精一杯の強がりを見せるシュウジだが、その表情は絶望の色が濃くなっている。縮退砲も通用せず、自身の技である乱舞の太刀による多角同時攻撃も目の前の存在には通用しなかった。
いよいよ持ち出せる手札が尽きた。アンチスパイラルの底知らずの実力にシュウジの心は半ば折れかけていた。……しかしその反面、シュウジの戦う意思は衰えておらず、シュウジは操縦桿を握り締めてネオ・グランゾンを立ち上がらせる。
分かっている筈なのに、勝てる見込みはもうないのに、それでも立ち上がろうとするシュウジとネオ・グランゾンの姿にアンチスパイラルはどうしようもなく苛立ち───。
『まだ分からないのか。この愚か者がぁぁぁっ!!』
『っ!』
『敵わぬと知りながら立ち上がり、死ぬと分かっていながら抗い、それが美学と錯覚しながらその在り方に酔いしれる。あぁ、不快だ。不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ!! 穢らわしい程に!!』
振り抜かれた拳の乱打、四つの腕から繰り出される乱撃の雨を、シュウジはグランワームソードの腹を楯にして堪え凌ぐ。だが、止むことのない乱撃の応酬に、グランワームソードは徐々に亀裂を刻んでいく。
『貴様にはあるのか! 私を倒し、先へ進む決意が! 覚悟が! 進化の兆しを閉ざし、永劫の時の中で生き続ける事を背負った私達の覚悟に勝る道理が!』
シュウジの目に映し出されるのはアンチスパイラルの額に備わった星───アンチスパイラルの母星だった。
アンチスパイラルは語る。自分達は元々螺旋族だったと、自分達と同じく明日を信じて未来に夢を膨らませていたと。
しかし、自分達の中に眠る螺旋力の恐ろしさ、そしていつか来る根源的災厄と絶望の未来を知ったが為に彼等は進化の道を断念し、自らを封じ込める結論を下した。
この決断こそが宇宙を滅びの道から救い出す為の……絶望の未来を回避する為の唯一の道なのだと。アンチスパイラルはそれだけを信じて、今日まで戦ってきた。
多くの螺旋族を葬ってきた。自身をアンチスパイラルと呼称した彼の者は、全ての命から敵視されても決して折れず、戦ってきた。
悠久の時の中で戦いを続けてきたアンチスパイラル、その覚悟は何物よりも強く、何物よりも硬い。それに対してシュウジはそんな彼等の覚悟に見合うだけの道理があるのか…………。
『否、否否否否否否否否否否否否否否否否否!! 断じて、否ァァァァッ!! 』
『グゥゥッ!?』
それはないと断じるアンチスパイラルの一撃が遂にグランワームソードを粉砕する。防ぐものを失ったネオ・グランゾンはアンチスパイラルの乱打を一身に受け、再び吹き飛ばしていく。
『シュウジさん!』
『シュウジ!』
膝を尽き、倒れ伏すグランゾン。その光景にヒビキ達は声を張り上げてシュウジの名を呼び続けるが、気絶しているのか返事は返って来なかった。
『決意もなく、道理もなく、覚悟もない。己の本能のままに進む貴様が私に敵う道理など、ある筈がないのだ!』
倒れるネオ・グランゾンにそう掃き捨てると、アンチスパイラルはZ-BLUEに向き直る。これで漸く本来の目的を果たせると、螺旋の男を葬り、進化の萌芽を宿す者達を消し去る事で再びこの宇宙は安寧に保たれる。そらこそが自分の使命だとアンチスパイラルは自身に言い聞かせ、一歩踏み出すが…………。
『────たし、かにな』
『っ!』
『俺は、お前の様に強い決意も覚悟も、ましてや道理なんて持ち合わせてはいない。実際ここまで来るのに結構流されていた節もあったしな』
『貴様、まだ立ち上がれるのか!?』
『けど、それでも“生きたい”って思ったんだ。喩え未来がどんなに暗くても、今を精一杯生きていたい。友達とバカやって、好きな人に告白して、フラれて、辛くて、だけど楽しい当たり前の日々を……なぁ、アンチスパイラル。お前は本当にそんな願いも下らないって言えるのかよ』
シュウジのその言葉に、アンチスパイラルは答える事は出来なかった。いや、本来なら出来た筈だった。闇雲に進む可能性の、進化の萌芽がやがて宇宙を滅ぼすと、不必要な命は刈り取らなければならないと。
だが、何故かその台詞はアンチスパイラルの口から出される事はなかった。何故なら、それは嘗てアンチスパイラルになる前の自分の夢と同じ────。
(あぁ、そうか。だから私はこの男にここまで拘って…………)
何故自分が目の前の男に苛立ちを募らせていたのか、その答えを知ったアンチスパイラルは背後に立つネオ・グランゾンに向き直る。
この男こそが自分に訪れた最後の試練。この男を完全に消滅させる事で、自身が完全なる反螺旋として完成する事を確信したアンチスパイラルは、己の力の全てを出しきる事を決意する。
『ならば、証明してみせろ。私に打ち勝ち、自らの願いを叶えてみせろ!』
瞬間、アンチスパイラルの機体───グランゼボーマの体が爆発的に膨れ上がっていき、それに比例して力も増していく。
巨大、ただ巨大だった。天元突破を果たしたグランゾンが塵に見える程に巨大化したグランゼボーマは、その力の全てを左手に集約していく。
『さぁ、見せてみろシュウジ=シラカワ! 覚悟も決意もなく、道理もない貴様が持つ唯一の意思、その力を私に見せてみろ!!』
それはドリルだった。グレンラガンと同じ、けれど性質が異なる超天元突破級のエネルギーがグランゾンに向けて……。
『反螺旋! ギガァ、ドリルゥゥ───ブレェェェイクゥゥゥゥッ!!!』
今、放たれる。
超天元突破の一撃、宇宙を破壊して余りあるエネルギーが、シュウジただ一人目掛けて放たれる。外側から聞こえてくる声がやけに遠くなる錯覚を覚えながら、シュウジは瞬時に決断する。
逃げるのは不可能、しかし迎え撃つのも不可能。縮退砲という切り札が通用しない以上、最早自分に打つ手はない。だったら諦めるのか? いや、そうじゃない。
『逃げるのも迎え撃つのも出来ないなら、受け止めるしかないよな』
迫り来る天地破界の一撃を前にそう決めたシュウジは、ネオ・グランゾンの操縦桿を握り締め、真っ正面から受け止めるのだった。
◇
────視界が、白に染まる。音も光も置き去りにして、ただ白の世界が広がっていた。
ネオ・グランゾンの両手が砕ける。握り締めた操縦桿を通して、相棒の砕ける様が伝わってくる。
負けるな。負けないでくれ。そう信じて、願って、祈り続ける俺の想いとは裏腹に、ネオ・グランゾンは瞬く間に砕けていく。
それでも、俺は操縦桿を握り締める手に力を込めるのを止めない。それは単なる意地かもしれないし、ネオ・グランゾンに縋っているだけなのかもしれない。
けれど、そうだとしても俺はこの手を放す事だけはしなかった。喩えアンチスパイラルの言う通りこの先絶望しかないのだとしても、自分達の在り方が宇宙を破滅に導くのだとしても───。
生きたいという意志もまた、間違ってはいない筈なのだから。
だから…………だから!
『俺に力を、貸してくれ! グランゾン!!』
獣の血
水の交わり
風の行き先
火の文明
数多の可能性と無限の道程を経て……命は――
――太陽の輝きへと至る。
『搭乗者のシンカを確認、シラカワシステム第2段階へ移行します』
主人公、一人で色々ブッチぎっちゃうな話でした。
尚アンチスパイラルは自分にとってかなり好きなキャラクターですので、かなり捏造が入っています。
色々コレジャナイ感はありますが、許容していただけると嬉しいです。
次回、『シンカへの道』
次回もまた見てボッチノシ