『G』の日記   作:アゴン

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り、リアルが忙しくて更新が……済まぬ、済まぬ。


その117

 

 

 

 

 

翠の海。通常の蒼く眩しい海とは異なり、翡翠色に輝く海。その翠の大海原を往くのは、幾つもの船団が固まって出来た巨大船団“ガルガンティア”。

 

その規模は小さな孤島に迫り、そこでは多くの人々が互いに協力し、助け合いながら生活をしている。稀に喧嘩をしたり騒ぎがあったりトラブルに見舞われる事もあるけれど、総じてこのガルガンティアでは平和な一時を過ごしていた。

 

『どうだガロード、そっちに怪しい奴は見かけなかったか』

 

「いんや、今の所それらしい奴は見掛けてないぜ。もう一回りしたらそっちに戻らせて貰うよ」

 

そんな平和で且つ穏やかな海の上を一機の機動兵器が飛んでいく。ガンダムDX、嘗てZEXISのメンバーの一人でもあったガロードは己の愛機と共にガルガンティアを守るため、定期的に行われている哨戒行動の最中にいた。

 

「ティファ、そっちは何か感じたりしたか?」

 

「うぅん。今は特に……穏やかで静かで───とても気持ちのいい日よ」

 

後ろに座らせているティファにガロードは訊ねた。彼女は通常の人間より悪意や敵意やらに敏感で、ガロードが哨戒に出る度に共に行動している。

 

「ゴメンなティファ、こんな事に付き合わせて」

 

「気にしないで、元々私が言い出した事だし……それに、ガロードと一緒にいたかったから」

 

頬を朱に染め、照れた様子でそう口にするティファにガロードはティファ以上に顔を赤くする。好きな女性の稀に見せる生の感情に当てられた少年は耳まで赤くさせ、しどろもどろになりながら話題を探す。

 

「そ、それにしても、最近サイデリアルの連中仕掛けて来ないな。いつもだったらそろそろちょっかい出してきてもいい頃なのに……何か企んだりしてるのか?」

 

必死になって見付けた話題、女性から振られた話を逸らすなんて我ながら情けないと思いつつも、実際重要な話である為、ガロードは真剣な表情で続けた。

 

「……分からない。けど、あの人が来てから少し変な感じがする」

 

「あの人って、シュウジさんの事か? だってあの人は……それに変な感じって?」

 

「分からない。けど、何か感じるの。怖いようで、でも暖かくて……ごめんなさい。やっぱり上手く言えないわ」

 

「そっか、でも気にするなよ。ティファがそう言うなら間違いないんだし、別に俺達に危害があるわけじゃないんだろ? 俺はティファの言うこと信じるよ」

 

「……ガロード」

 

「それに、もしなにかあってもその時は全力で俺がティファを守るよ。だ、だからティファも俺の事を────」

 

会話の流れを切っておいて再び良い雰囲気に持っていこうとするガロード、未成年者でありながら必死にティファにアピールする彼の姿勢は、いっそ清々しく見えた。

 

あと少しで台詞が決められる、外すことは許せないこの場面で…………しかし現実は厳しく、ガロードの決め台詞はコックピットから鳴り響くアラーム音によって掻き消されていく。

 

一体なんだよ。と、ややブーたれながらモニターに視線を戻すと、すぐ近くにまで熱源反応がある事に気付き、ガロードの思考は一気に戦士のものへ変わっていく。

 

座席越しからでも伝わってくるガロードの気迫に自然とティファも表情を引き締める。年齢は若くも数々の死線を潜り抜けてきた二人の気迫は歴戦の戦士のソレだった。

 

ドンドン近付いてくる熱源反応、いつでも先制攻撃が出来る様、身構えている彼等の前に現れたのは一台の輸送船だった。モビルスーツが二機分程乗せられる様なソレなりに大きな輸送機、最低限の自衛装備以外搭載されていない輸送機を脅威ではないと判断したガロードは、事情を詳しく聞くために武装をしまいながら輸送機の前に躍り出た。

 

「あー、悪いけどちょっと止まってくれそこの輸送機。あんたらに幾つか聞きたい事がある」

 

『な、何であるか、この忙しい時に! 用があるなら後にしてほしいである!』

 

「だから悪いって、ほんの二つ三つ訊ねたい事があるだけだからさ、時間もそんなに掛けないし、協力してくれよ」

 

酷く慌てている様子の相手に、なるたけ刺激を与えないように話すガロード。その慌てぶりと何処かで聞いた事のある声に一瞬疑問に思うが、気にせず話を続ける。

 

「ちょっとその荷物を改めさせて欲しいんだ。いや、別にその輸送船の中身が何だろうと取り上げるつもりはないから安心してくれ。ただここから先にある船団は物騒な話題に慣れてなくてな。あまり刺激させたくないんだよ。行き先を教えてくれ。もしあんた達の行く先に心当たりがあったら適当な迂回ルートを用意させてもらう。勿論最短距離な奴を────」

 

『いいえ、その必要はないわ』

 

突然割って入ってきた映像通信にガロードの目は見開いて言葉を失った。それもその筈、何故なら目の前のモニターに映し出されている女性は嘗て自身がZEXISに所属していた頃、陰月で倒した筈の人だったから。

 

「アンタ、シオニー=レジスか!? なんでアンタがここに!?」

 

『それをここで論じるつもりはないわ。ガンダムのパイロット、今は一刻でも時間が惜しいの。此方の要件を手短に話すからアンタは協力するかしないかだけ答えて頂戴』

 

「な、なんだよ」

 

自分の知るシオニー=レジスと違い、強気で凛とした彼女の態度に少しばかり戸惑うが、次の瞬間、輸送機から送られてくる座標データに再び目を見開く事になる。

 

『そこに映し出されている座標、知っているなら案内しなさい』

 

送られてきた座標データ、そこに映し出されているポイントは自分達の後方、即ちガルガンティアを指していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リモネシアを飛び出し、ツィーネが残してくれた座標データを頼りに翠の地球を降り立って三週間、ブロッケンの予測通り遂に私達は彼が……シュウジがいるとされる場所を特定する事に成功した。

 

座標が示されているのは翠の海の上、恐らくは孤島か何かだろうと思っていた私達はすぐにその場所に向かう為、輸送機を走らせた。

 

けど、座標は自分達が予測していた地点とズレており、しかもそのズレは着実に大きくなっていく。もしかして彼は此方に気付いて自ら動いているのかと最初は思った。ドンドン離れていく彼の座標ポイントに焦りを抱いた私達は輸送機の飛行速度を加速させ、彼の下へ急ぐ。

 

けれど妙だ。もし彼が此方の存在を気付いているのなら此方の事を認識しているなら、そもそも自分達から離れる事はしない筈だ。なのに現に彼は今でも私達から逃れようとゆっくりとだが着実に離れていく。

 

やはり彼女を全面的に信頼するのは早計だったか、遅すぎる疑念に後悔する一方で輸送機をもっと速く飛ばすようブロッケンに頼んだその時、私達の前に一機のMSが姿を現した。

 

ガンダム。破界事変の頃、当時インペリウムにいた時、何度も衝突した元ZEXISメンバーの一人が乗る、戦略兵器を搭載したバ火力な機体。何故コイツがここにあるのだと驚いてくる私達を余所に、ガンダムのパイロットは穏やかな声色で荷物の中身を見せて欲しいと訊ねてきた。

 

本当なら従うべきなのだろう。輸送機の中身を見せて警戒心を抱かれても、ここは素直に少年パイロットの言葉に従うべきなのだろう。けれど、ここで足止めされてしまえば今度こそ私は彼の所に辿り着けない……そんな嫌な予感に駆られてしまい、この時の私は正常な判断力が失われていた。

 

どこからいつ襲ってくるか分からないサイデリアルに恐れ、精神的に疲弊していたという点も確かにあったが、それでもこの時の私は短絡的だった。

 

けれど、止まる訳にもいかなかった。もしこのガンダムのパイロットが彼のいる場所を知っているのなら、話を通せば聞いてくれるかもしれない。本来ならば決して有り得ない選択肢、だけど私はその可能性に賭けてみたかった。

 

「聞いて、ガンダムのパイロット。今私達はサイデリアルに追われているの」

 

『なんだって!?』

 

「私はある人に会う為、もう一つの地球からここまでやってきた。都合の良い話だと分かっている。破界事変の頃の私を知る貴方なら……許せない部分もあるのでしょう。でもお願い。私達を通して、私達はこの場所に辿り着かなきゃいけないの。もし貴方が私を許せないというのなら、裁きは後で受けるわ」

 

「し、シオ殿!? 一体何を───」

 

「だからお願い、今は、今だけは私達を見逃して!」

 

そう言って、画面越しに見える少年パイロットに向けて私は頭を下げた。隣で言葉を失っているブロッケンを余所に、私は必死に懇願して見せた。

 

浅ましいと思うだろう。狡い女だと思うだろう。破界事変の頃、多くの悪行を重ねてきた私が自分勝手に頼んできているその様は、彼にしてみれば非常に不愉快な事だろう。

 

だけど、それでも私は彼に会いたかった。どんな風に思われても、怨まれてもそれでも彼に会いたいという気持ちは抑えられなかった。……暫くの間訪れる静寂、自身の心臓の音が煩く聞こえてきた時、ガンダムのパイロットから意外な言葉が聞こえてきた。

 

『────付いてこいよ。その座標地点の事はよく知っている』

 

「…………え?」

 

構えを解き、背中を見せることで敵対する意思は無いと伝えてくる少年パイロットに、私は呆けた声を漏らす。

 

『別に、アンタを信じた訳じゃない。けど、ティファが言うんだ。今のアンタからは嫌な感じはしないって、俺は誰よりもティファの事を信じている。だから……それだけさ』

 

それ以上何か言う事はなく、彼はスラスターを点火させ、遠ざかっていく。恐らくは私達を座標地点の所まで案内してくれるつもりなのだろう。私も内心で礼を言ってこれ以上何かを言うことなく、素直にガンダムの後を追うことにした。

 

彼の後を追って一時間弱、遂に私達はその場所に辿り着いた。

 

“ガルガンティア”穏やかな翠の海を静かに往く船団、ここに彼がいる。何となくリモネシアと似た雰囲気を感じる。船団の横に取り付いた私達は、やって来た船員らしき人達の誘導に従いながら船の上に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、彼がここに?」

 

「あぁ、アンタとあの人がどういう関係かは知らないけど、確かにシュウジ=シラカワって人ならここにいる」

 

先頭を歩くガロードを始め、数人の船団員に囲まれながらブロッケンとシオはガルガンティアの中を歩く。

 

ここに来るまで既にガルガンティア側の代表に話を通したガロードは、代表である船長の指示の下、二人を案内することにした。船団の中で唯一二人の素性を知り、且つシュウジの事を知っている者として案内役となったガロードは淡々と先頭を歩き続けていく。

 

隣を歩く栗色髪の少女と赤い髪の女性はシュウジとなんの関わりがあるのだろう。そう疑問に思っていると栗色髪の少女が声を掛けてきた。

 

「え、えっと、始めまして、私エイミーって言います。シオさんってもう一つの地球から来られた人……なん、ですよね?」

 

「え? えぇ、そうね」

 

「シオさんの住んでいた所って、やっぱり陸のある所なんですか?」

 

エイミーと名乗る少女から訊ねられる自身の事について軽く警戒してしまうシオだが、彼女が邪推ではなく純粋な好奇心である事を察したシオは笑みを浮かべながら答えた。

 

「えぇ、私の故郷はリモネシアと言って、ここと同じのどかで海が綺麗な所よ」

 

「そうなんですか! うわー、行ってみたいなー」

 

「今はちょっと無理だけど、機会があれば是非来てちょうだい。島には貴女くらいの子が沢山いるし、きっと仲良くなれる筈よ」

 

笑みを浮かべ、そして自慢気に語るシオにエイミーは目を輝かせている。余程好奇心が旺盛な子なのだろう、ヤンチャな部分もありそうだなと苦笑いを浮かべた時、ガロードの脚が止まった。

 

「着いたぜ、ここだ」

 

「っ!」

 

扉の前に立ち、ここがそうだと告げるガロードにシオの心臓が跳ね上がる。ここに彼がいる。その思いに駆られて先走りそうな自制心を必死に抑えながら、シオは一歩前に出て扉のドアノブに手を伸ばすと……。

 

「あの!」

 

「?」

 

背後から聞こえてきた声に振り返ると、今まで口を開かなかった赤髪の女性が言葉を口にした。

 

「アンタがあの男とどういう関係だったかは聞かないし、訊ねない。他の連中にも余計な口を出させないよう強く言っておく。…………だから」

 

気を強く持てよ。そう語る女性の表情は悲しそうに、心底シオを同情している様に見える。エイミーも先程の活発そうな印象から一点、今は酷く落ち込んだ様子で俯いている。様子のおかしい二人、その事に訝しげに思うシオは戸惑いながらもドアノブに手を伸ばし、扉を開いて部屋の中へと入っていく。

 

まず最初に感じたのは独特な薬品の臭い。内装と部屋の雰囲気からここが医務室のものだと察したシオは部屋の中を進んでいく。

 

「おぉ、君がシオニー……いや、シオさんでしたか」

 

「貴方は?」

 

「私の名はオルダム、この船団で医師をしている者だ。君の事は外にいるガロード君から聞いているよ」

 

オルダムと名乗る老医師、ガロードから聞いているなら自分がどういう人間か知っている筈なのに、目の前の老医師はそんな事は関係なく穏和に接してくる。

 

「…………彼に、会いたいのだな?」

 

「はい。私は……私達はその為にここまで来たのですから」

 

老医師が一瞬だけ見せる鋭い眼光、それが自身を試している様に見えたシオは力強く返答した。それが彼にとって納得のいく答えだったのか、オルダムはソレ以上語る事なく、シオ達を医務室の奥へと案内する。

 

医務室の奥へと連れてこられたシオ達、そこには医務室を…………いや、来るものを拒むように白いカーテンが隔たれていた。

 

ただのカーテンの筈だった。なのにシオはそれが分厚い壁の様に見えた。一体彼の身に何が起こっているのか、今更ながら不安になっていくシオだが、ここまで来た以上後戻りは出来ない。段々速くなっていく心臓の音、胸元を抑えながらカーテンを開けると…………。

 

「──────え?」

 

全身に巻かれた包帯、全身が青白く変質したシュウジがそこにいた。

 

漸く会えた。言いたいことも聞きたい事も沢山あった。だけど、彼の姿を目にした瞬間、シオの口から最初に出てきたのは呆けた様な一言だけだった。

 

何故、彼は横たわっているのだろう。何故、彼は身動ぎ一つしていないのだろう。確かに彼は寝相は良い方だったが、それでも身動ぎ一つ位はしていた。

 

目の前の事にシオの思考が追い付かない。混乱しながらも彼女は彼の近くに歩み寄り、彼の事を揺さぶる。

 

「シュウジ? ねぇ、もうお昼だよ。そろそろ起きないと…………らしくないじゃない。いつも誰よりも朝早く起きる貴方が寝坊なんて、ガモンさんが知ったら拳骨モノじゃない」

 

冗談めかしてシュウジを揺さぶるシオ、しかしこの時気付いてしまった。彼の異様な冷たさと氷の様に固まってしまっている……その状態に。

 

後でブロッケンの嗚咽の声が聞こえてくる。煩いと、黙れと、内心で叫びながらシオは彼に触れ続ける。

 

「…………済まない。手は尽くしたのだが」

 

止めろ。

 

「彼を発見した時、既に彼は瀕死の状態だった」

 

止めてくれ。

 

「いや、これも言い訳だ。全ては私の力不足にある。だから、エイミーやベローズには当たらないでやってほしい」

 

お願いだから…………。

 

「辛いけど、どうか受け入れてほしい。でないと彼自身も可哀想だ」

 

目の前の現実を否定する。ただそれだけの言葉がシオの脳に駆け巡る。嘘だと、信じないと、目の前に横たわる彼を、それでもシオは呼び続けるが。

 

「彼の魂はもう、この世にはいない。彼はもう……死んでいるんだ。シオさん」

 

突き付けられた現実、変えようの無い事実を前に…………シオは涙を流しながらその場に崩れ落ちた。

 

そして同時刻、ガルガンティア周辺にサイデリアルの大規模艦隊が迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 





次回、復活の『B』

ゴールデンにはならないよ


次回もまた見てボッチノシ

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