『G』の日記   作:アゴン

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ボッチの中のボッチ…………出てこいや!


その118

 

 

 

 

 

 

ブロッケンの嗚咽の声が響く医務室、彼以外誰も言葉を漏らさず、音もない静かなこの部屋で、シオはベッドに横たわる、シュウジだったモノの顔を見つめていた。

 

青褪めた肌、白く生気が感じられない死人のソレ。屍となったシュウジの身体からは生命の鼓動は発せられず、ただ物言わぬ死体だけがシオの前に晒されていた。

 

どうして、こうなってしまったのか。目の前のシュウジの死を受け止めきれないでいたシオは、混乱する頭を抑えながらポロポロと涙を流す。そんな彼女の前に一冊の手帳が差し出された。

 

「…………え?」

 

「彼が所持していたモノだ。……恐らくは日記、なのでしょう」

 

「日……記?」

 

「安心してくれ、覗いてはいない。本当は弔う際に一緒に処理すべきなのだろうが……彼を知る貴女になら、託してもいいでしょう」

 

渡される日記帳を手にしたシオは渡してきたオルダムを一度だけ一瞥し、恐る恐る日記を開いた。そう言えば彼が何度かこの手帳に色々書いていたのを見た気がする。

 

使い古された手帳、そこに書かれた日記の内容、それを読むにつれて…………シオの手は震えてきた。

 

「あ、あぁぁぁぁ……!」

 

「し、シオ殿、如何なされた!?」

 

止まりかけた涙が、再びボロボロ溢して踞るシオにブロッケンは慌てて駆け寄る。酷く動揺している様だ。オルダムは医務室に備えられた鎮静剤を手にしようと棚にある薬品に手を伸ばすが……。

 

「どうして、どうして貴方なの! どうして貴方じゃなきゃいけないの! こんな辛い思いをして、こんなに傷付いて……どうして!?」

 

それは慟哭だった。何故、どうしてと彼に対して、シオは声を張り上げてシュウジに訴える。しかし、その訴えは応えられる事はなく、シオの悲痛な叫びは医務室に溶けていく。

 

「シオ殿、大丈夫であるか?」

 

「…………」

 

「シオ殿?」

 

「彼は……魔人なんかじゃなかった」

 

「え?」

 

日記の一部を読んだ事によりシュウジの人柄、本質を知ったシオはその事実に打ちのめされていた。

 

魔人と恐れられた彼、蒼のカリスマとして世界中から危険視されてきた彼、魔神を駆る者、世紀のテロリスト、そのどれもが正解であり、また的外れなモノであった。

 

本当の彼はそんなモノからは一番遠い、誰よりも普通な……平和な人間だった。そんな事はあの日、リモネシアで初めて会った時から分かっていた筈なのに……。

 

(私は今まで、彼の何を見てきたの…………)

 

彼の強さに目が眩んで、彼の優しさに甘えて、彼の暖かさに安心して───。

 

(彼を殺したのは……私達だ!)

 

もっと早く気付けば良かった。もっと早く彼の側にいてあげれば良かった。アロウズに襲われたあの日、戦略兵器の攻撃から守ってくれていたあの時、気のせいかで片付けず、彼の素性を知るべきだった。

 

魔神の強さに魅了され、彼に全てを押し付けた結果……彼を死なせる事になった。

 

言いたい事があった。怒りたい事があった。話したい事が沢山あった。彼が蒼のカリスマだと知った時の衝撃を、彼が今まで独りで戦ってきた事を…………謝りたかった。

 

ここまでの道程で用意していた沢山の言葉、想いを言葉という形にして伝えたかった。けれど、そんなシオの想いは…………二度と届くことはない。

 

「ゴメン…………なさい。ゴメン…………ね」

 

もう、シオからはそんな謝罪の言葉しか出てこなかった。眠っているシュウジに頭を床に付けて謝るシオ、そんな痛々しい彼女が見てられず、オルダムが頭をあげてほしいと説得しようとした時。

 

「お、オルダム先生、大変だ!」

 

「ピニオン、何だと言うのだこんな時に、死者の前だぞ!」

 

「わ、悪ぃ。けどこっちも大変なんだ! 外見ろよ外!」

 

酷く慌てた様子で医務室へと入ってくるピニオンと呼ばれる青年、彼を戒めても全く落ち着く気配のない彼に不思議に思ったオルダムが渋々窓から見える外を目にすると…………。

 

「こ、これは!?」

 

空を覆い尽くすほどに展開された艦隊、サイデリアルの主力部隊の登場にオルダムは驚愕に目を見開いた。

 

何故奴等が此処にいるのか、混乱する思考をすぐに落ち着かせてオルダムは医務室に備わっている船長室との直通の通信機器に手を伸ばすが…………。

 

「悪いが、大人しくしてもらおうか」

 

ピニオンを押し退けて医務室に入ってくる複数の軍服を着た軍人達により、船長室との連絡手段が断たれてしまう。

 

「…………申し訳ないが、この船団に君達が欲する代物はない。出ていってくれないか」

 

「安心しろ。少なくとも我々は諸君らに手を出すつもりはない。抵抗しなければ危害を加えないことを約束しよう」

 

軍人達のリーダー格らしき偉丈夫の男が一歩前に出る。カツカツと音を鳴らせてオルダム達に近付く男はシオの側で立ち止まった。

 

「私はサイデリアル特殊部隊ハイアデスの副隊長を勤めているダバラーン=タウだ。貴女が元リモネシア外務大臣、シオニー=レジスで相違ないな?」

 

「…………」

 

「我らが皇帝、アウストラリスからの勅命である。貴殿を帝都ラース・バビロンまで連行する」

 

突然突き付けられる連行命令、理不尽なダバラーンの要求にブロッケンは当然反発しようとする。しかしガルガンティアを囲むサイデリアルの艦隊の数は凄まじく、全ての主砲が此方に狙いを定めている。僅かでも不穏な動きを見せれば即座に連中の主砲で撃ち抜かれるだろう。

 

何て用意周到な、此方に存在を感知させずにここまで接近を可能としているサイデリアルの技術力の高さにブロッケンが戦慄を覚えていると……ふと、彼の目に一際目立つ艦が視界に入ってきた。

 

金と黒で彩られた艦、その存在感からブロッケンはアレこそがサイデリアルの旗艦であることを理解した。恐らくはあの艦が次元力で何かしたのだろう。シュウジによって次元力について触り程度理解しているブロッケンは、ここまで接近を許した理由について分かった気がした。

 

ガルガンティアの命運はシオの決断に委ねられた。彼女の発する一言でこの船団の行く末が決まる事にオルダムは固唾を呑んで見守っていると…………。

 

「…………分かり、ました」

 

立ち上がったシオは一度だけシュウジに向き直って何かを呟くと、踵を返し彼等に付いていくと口にした。

 

「し、シオ殿……」

 

「ブロッケン、ここまで連れてきてくれて、役立たずな私を守ってくれて…………ありがとう」

 

止めようとするが、既に決意を固めた様子の彼女になにも言えなくなってしまうブロッケン、そんな彼の手にシュウジの日記が手渡される。

 

「これを、彼に返しておいて。私にこの日記を持つ資格はないから……彼と一緒にしてあげて」

 

お願いね。その言葉を最後にシオはダバラーンと共にガルガンティアから離れていく。彼女がサイデリアルの旗艦に乗り込むと、艦隊は反転し、空の彼方へ消えていく。

 

その様子をブロッケンは感情を押し殺す様に歯を食い縛りながら見つめる事しか出来なかった。

 

誰もが安堵した。艦隊の攻撃を受けずに、被害を出さずに事が済んだ事に。…………しかし、彼等は気付かない。既に次の災厄がガルガンティアに迫っている事に。

 

そしてオルダムは気付かなかった。彼女の背後で眠る彼の者の身体に、僅かな熱が灯り始めた事に。魔人の指先が微かに動いた事に────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我輩は…………一体何の為に」

 

空の彼方へと消えていくサイデリアルの艦隊、連中にシオが連れていかれる様をただ眺める事しか出来ない己の無力さを悔やんだ。

 

何の為に自分は生き長らえている。シュウジという恩人に恩を返す事も出来ず、シオという恩人の大切な人を守る事も出来ず…………一体、自分は何の為にここにいる。

 

あの日、Dr.ヘルという主を失ってから何も成長出来ていない。ブロッケンの目元に悔しさの涙が滲んでいく。

 

と、そんな時だ。医務室の重苦しい空気を吹き飛ばす様な激しい爆発音が、近くから聞こえてきたのだ。何事かと医務室から出たブロッケンが目にしたのは、近くの船体から爆発と炎が上がっている瞬間だった。

 

何が起きている。戸惑うブロッケンが次に目にしたのは、爆発した所から現れる無数の武装集団だった。それを目の当たりにしたブロッケンは直感で悟る。サイデリアルだと。

 

結局、連中は最初から約束など守るつもりなどなかったのだ。卑劣な手段を用いてくるサイデリアル、嘗ての自分が良く使っていた手段であるだけに余計にムカッ腹が立ったブロッケンは、怒りのままに武装集団へ突貫していく。

 

外を見ればガンダムDXの姿も見える。恐らくは自ら殿を務めて船団を逃がすつもりなのだろう。ならば自分も自分のやり方で恩人であるシュウジに忠を示すのみ、そう決意したブロッケンが武装集団に殴り込んだ時。

 

『我が名は抵抗勢力掃討部隊指揮官、ギルター=ベローネ。愚かな地球人どもよ、今すぐ抵抗を止め、投降するがいい』

 

光学迷彩を解き、姿を現した艦から他人を見下しきった不快な声が聞こえてきた。嫌な奴だ。今まで姿を隠して勝利を確信したら強気な姿勢で出てきた所を見ると、どうやら自惚れが強い性格の人間なのだろう。サイデリアルにもこんな奴がいるのかとある意味感心した時、ブロッケンの脳裏にある疑問が浮かぶ。

 

ああ言った手合いの人間は自分が利を得るために手段は選ばないモノ、嘗てZEXIS相手に幾度もそう言った搦め手を使ってきた自分が言うのだ。恐らくは間違いないだろう。では一体何が…………と、そんな時だ。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「っ!? しまった、既に別働隊が侵入していたのか!」

 

医務室から聞こえてきた悲鳴、それによりギルターの狙いが何なのか理解したブロッケンは直ぐに踵を返し医務室へ戻ろうとする。しかし、既に武装集団と接触してしまった以上、コイツらをこのまま放置しておく訳にもいかない。

 

やってしまった。立て続けに起こしてしまった自身の不手際に悔やむブロッケン、しかしそんな暇すら与えないと武装集団はブロッケンに襲いかかっていく。

 

「く、くそぉぉぉぉっ!!」

 

最早悪態を付くしかなかった。せめてコイツらを片付けるまで無事でいてほしい。そんな届かない願いを胸に抱きながら、ブロッケンは腰に差したサーベルを抜くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅっ」

 

「ガハッ!?」

 

「オルダム先生! ピニオン!」

 

圧倒的暴力に殴られ、地面に叩き付けられた二人を前にエイミーの悲痛な叫びが医務室に響き渡る。銃器を装備した武装集団、圧倒的優位な立場にいることを信じて疑わない彼等は我が物顔で医務室へと入っていく。

 

土足で船団を踏入り、暴力を容赦なく奮ってくる無法者、当然ベローズは反発しようとするが、それを見越した上で連中は倒れ付した二人に銃を突き付ける。

 

丸腰相手に容赦のない手段を次から次へと取ってくるサイデリアル。そのニヤケた表情からそうやって悔しがる自分達の反応を見て楽しんでいるのだとベローズは理解し、その胸中を怒りで燃やす。

 

だが、それでも出来ることはない。抵抗すればするほど犠牲となる人間は増えていく。ならば大人しくするしかないとベローズは無理矢理感情を抑えて震える拳を解く。その様子を見て詰まらなそうに吐き捨てるサイデリアルの兵士は興味を失いベローズから視線を外す。

 

連中の視線の先にいるのはベッドの上で横たわるシュウジの遺体、彼の姿を確認すると兵士達は通信機器を使って上官に進言する。

 

そして次の命令が下されたのか、兵士の歪んだ口元から了解の言葉が聞こえてくる。一体何をする気なのか、語らぬ遺体に銃口が向けられた時。

 

「ダメッ!」

 

今まで震えて動けなかった筈のエイミーがサイデリアルの兵士に飛び付いていく。

 

「この、クソガキがっ!」

 

突然の反抗に戸惑うが、それでも兵士である以上自分達の方が力は上、力任せに振りほどいたエイミーを医務室の壁に叩き付けると、兵士はエイミーに向けて銃口を突き付ける。

 

「エイミー! やめろ、子供に手を出すんじゃねぇ!」

 

子供相手でも一切容赦しないサイデリアルの兵士、ベローズは止めろと声を張り上げるが、連中は漸く見れた彼女の反応に愉しそうに嗤いだす。

 

さぁ、お前も泣き喚け、無様に命乞いをしろ。そうした上で殺してやる。圧倒的な力を前に平伏しろ。そう言い放つ兵士を前に……。

 

「…………可哀想な人」

 

エイミーは強い意志の籠った瞳で銃を突き付けてくる兵士を見た。その瞳に一瞬だけ気圧されてしまうサイデリアルの兵士、ふざけるなと気圧された事を叫び声で誤魔化そうとしながら、遂に引き金に指を掛けた。

 

ベローズが逃げろと叫ぶ。ピニオンが震える体で抵抗しようとする。オルダムが逃げなさいと口にする中、引き金が引き絞られていく。

 

眼前に迫る死。目尻に涙を貯めてそれでも目を背けようとしないエイミー。そんな彼女が次の瞬間目にしたものは…………。

 

 

 

 

 

 

「─────おい」

 

 

 

 

 

 

 

突然横から聞こえてきた声にエイミーだけが振り向いた瞬間、医務室に破裂音が鳴り響き、彼女に銃口を向けていた兵士がゴム毬の様に吹き飛んでいった。

 

四人はいたであろうサイデリアルの兵士達を捲き込みながら、ゴム毬となった兵士は壁に叩き付けられる。白目を剥いて気を失っている四人の兵士にベローズ達が呆然としている中。

 

「折角良い夢見ていたってのに、起きちまったじゃねぇーかこの野郎」

 

全身包帯だらけの男、つい先程まで死んでいた筈の男が首をコキリと鳴らしながらその場に立っていた。

 

死人であった筈の人間の突然の復活、有り得ない事態を前にベローズ達は言葉を失っている中。

 

「えーっと、何だかよく分からないけど…………取り敢えず服、貸してもらえません?」

 

包帯まみれの男、シュウジは自身が包帯だけの全裸状態に気付き、申し訳なく訊ねるのだった。

 

 

 




次回、蒼い鴉。

次回もまた見てボッチノシ

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