────再世戦争、後にそう呼ばれる争乱の頃。神聖ブリタニア帝国は一人の男の手によって衰退の一途を辿ろうとしていた。
蒼のカリスマ。とある島国に攻め行った際に彼の者の逆鱗に触れたブリタニアと当時の政府軍は、保有する戦力の大部分を失い、ブリタニアは国連での発言力や権力を失う事となった。
その後、シュナイゼルの独断によって行われたエリア11での蒼のカリスマとその愛機グランゾンとの決戦、止めとばかりに敗北したシュナイゼルは権威の失墜したブリタニアを貴族制度の廃止という形でその長い歴史に幕を下ろした。
ブリタニアの失墜、権威の消失。成る程それは確かにブリタニア帝国民…………特に、一部の皇族にとって許しがたい事実だろう。過去の栄冠に縋っていた者達にとって拠り所となるモノを失う事は生きる意味を無くす事に等しい。力さえあればどんな手段であろうとも彼女達は選ばないだろう。嘗ての生活を、栄華を、再び手に入れる為に。
だが、そんな事は己には関係が無かった。ブリタニアが滅びようが復活しようが、それはルキアーノ=ブラッドリーにとって毛ほども興味もない話だった。彼が求めるのはただ一つ、“強さ” それだけである。
あの日、彼は自信を、尊厳を、誇りを奪われた。グランゾンという圧倒的な力によって打ちのめされ、それまで手にしていた己の在り方を完膚なきまでに破壊し尽くされてしまった。
圧倒的な力による蹂躙。容赦もなく、遠慮もなく、向かってくる者、逃げる者問わず破壊していく。それなのに死傷者が少なく済んだのは単なる魔人の気紛れか。
ルキアーノは怯えた。震え、竦み、恐怖に心が折れてしまい、…………なにより、生きていた己に深い安堵を覚えた。息をし、己の鼓動を感じていた事をこの上なく喜んでしまっていた。それが騎士である自分が死んだ時だったと悟るのはそれから少し経った後の事。
坂を転げ落ちる様だった。トウキョウ租界では部下を死なせ、自分だけはのうのうと生き残り、シュナイゼルが起こした決戦にも機体が無いからという理由で不参加を容認された。
無様、なんたる無様。ブリタニアの吸血鬼と恐れられ、数多くの人間を殺してきた自分が一度の敗北でここまで堕ちたのか。悔しさと情けなさの剰り、何日も眠れなくなり、酒に溺れる時間だけが過ぎていった。
そんな時だ。サイデリアルと呼ばれる組織が地球に侵略を始め、瞬く間に支配領域を拡大していった頃、彼は奴と出会った。
『ほぅ、堕ちていながらも燻り続けるその魂…………成る程、貴様にならこの力を多少だが使いこなせるやもしれんな』
『バルビエル、奴のように復讐心を煽るような芸当は俺には不向き、貴様に預けたのは貴様が折れぬ限り際限なく力を増大させる“立ち上がる力”の極一部だ。その力、精々使いこなしてみせるがいい』
与えられたのは身を滅ぼす悪魔の力。使えば使うほど、使用者の肉体を蝕み、やがて灰と化していく。どうやら自分にはこの力を使いこなせるほどの適性はなかったのだろう。だが、自分はそれでも構わなかった。
自分が
譬えその果てに何も得られないのだとしても、後悔だけはしたくないから。
◇
『あぁァァァァァァっ!!』
『っ!』
回転した四連クローが回転し、ブレイズルミナスを纏う事で生まれる
衝撃も威力も完全に受け流した。それなのに伝わってくる振動の強さに蒼のカリスマは画面の奥で少しばかり目を見開く。今の一撃は明らかにKMFに許された威力ではない、それこそ戦艦の…………下手をすればアークグレン級の艦を貫けるモノだった。
今のパーシヴァルは人の手によって生み出された限界値を超えている。技術云々の話ではない、もっと別の力が働いているように感じる。
いや、蒼のカリスマは─────シュウジは知っている。乗手の、パイロットの感情一つで劇的に変化を遂げる力を持つエネルギー源を、その核を知っている。
“スフィア”それは所有者の感情の爆発によって発動させる未知の炉心。悲しみや怒り、虚栄心や愛、憎悪や好奇心、人が────知性体が有するそれぞれの感情を媒体としているそのスフィアは手にした所有者に絶大な力を与え、またスフィアにはそれぞれ星座の名称を冠している。
ガドライト=メオンサム。彼が双子座のスフィアを所有している事から、サイデリアルもスフィアを持っているのは容易く想像できた。ルキアーノの言う立ち上がる力の意思、恐らく奴に力を与えた輩は対抗心やそれらに因んだスフィアの持ち主である事が予想される。
となると、どうやら事態は思っている以上に不味い事になっているかもしれない。対抗心を元に力を増幅しているならば、此方が有利な状況であればあるほど向こうは対抗心を燃やし、その力を増大させていく。軈てそれは歯止めが効かなくなり、所有者に限界が訪れるか、行けるところにまで行ってしまう可能性がある。
そうなった以上、現在の地球勢力で止められるのは極僅かなものとなる。時獄戦役の時、Z-BLUEが一時的に得られた真化の力があれば対応出来たであろうが、恐らく今の彼等にあそこまでの力は残されていないだろう。当然、レジスタンスの皆もああなったパーシヴァルを止められる者はいない。
とすれば、やはり自分が相手をするしかない。グランゾンという頼れる愛機がいない今、多少なりとも不安は残る。が、それでも自信はあった。
今自分が乗っているのは友人達が残してくれた機体だ。確かにスフィアの力は強大だが、それに抗う為の力は既に用意されている。後は友人達とトールギスを信じて全霊を込めて刀を振るうだけである。
旋回したパーシヴァルが再び此方に向けて突進してくる。先程よりも加速と威力を乗せて放たれるその一刺しは空気摩擦との影響で焔を纏っている。
対するトールギスは刀を上段に構え、突っ込んでくるパーシヴァルに向けて己の間合いに入った瞬間────降り下ろした。
火花が散り、轟音が唸る。正面から打ち合った両者の一撃は地表を抉り大気を爆発させた。拮抗する両者、しかしその均衡は長くは続かず、次第にトールギスが押されていく。
『なぁ蒼のカリスマ、お前にとって一番大事なものはなんだぁ?』
次第に追い詰められていく状況、その中で聞こえてきたルキアーノの声。静かに、ただ聞きたいとされる彼の言葉を蒼のカリスマは内心で反芻する。
『まぁ、色々あるな。命だったり、ここにはいない誰かだったり、とてもじゃないが、一つに絞るなんて事は出来ないな』
だって、人間には生きていく中で大事なものは幾つも出来てしまうものだ。家族や恋人がそうだと答える者がいれば富と名声は命より重いと断じる者もいる。そもそも、一番大事なものは二つ持ってはいけないという
『そもそも、大事なモノに順番や数を決め付けている時点で、なんかおかしいだろ。それ』
『く、はは、クハハハ! 確かになぁ、それもそうだ。人間というのは強欲なモノ、欲しいものや大事なものを際限無く持つというのは当然か』
蒼のカリスマ─────シュウジの答えに気分よくしたルキアーノは上機嫌に笑う。スフィアの力の影響で既に肉体は限界を迎えつつあったが、それでもルキアーノは力を出し切る事に躊躇は無かった。
弾かれるように距離を取るパーシヴァル、押していた状況を自ら擲つ彼等に訝しげに思うシュウジだが、次に彼等から発せられる力の奔流にそれが最後の攻撃の準備だと察する。それも恐らく…………死力を尽くしての一撃。
スフィアとは絶大な力を持ち主に与えると同時にその副作用で所有者を苦しめる性質を持つ。乙女座、獅子座、天秤座、シュウジが知るそれぞれのスフィア所有者達も、例外無くその副作用に苦しめられた経歴を持っている。
そしてルキアーノに施されたスフィアも例外に漏れる事はなかった。際限無く溢れ出る力はパイロットの生気を奪い、機体ごと炭化させていく。左半分炭と化しているパーシヴァルからその事を察したシュウジは、それが力を使いすぎた者の末路だと知り、静かに息を呑む。
恐らく、ルキアーノは正規のスフィア所有者ではないのだろう。あくまでその力の一部をその身に宿しているだけ、ならばその力の継続もあまり長くは持たないのだろう。ルキアーノ=ブラッドリーが次に仕掛けてくるのはそんな自爆特攻、仮にそれで自分に勝った所で待っているのは、文字通り己の崩壊だけである。
そんなカミカゼ特攻に付き合うのもバカらしい。ここは素直にライフルで牽制し、さっさとこの戦場から離脱するのが懸命だろう。今頃はマリーメイア達もシュナイゼルと合流を果たしている頃合いだろう。
だから、ここで奴に背中を向けるのは恥ではない。自分にはまだやらなければならない事がある。人一人の自爆に付き合ってやる道理なんてない。…………そう、その筈なのに。
『まぁ、ここで逃げたらそれは奴の力から逃げるみたいなものだからな。それはちょっといただけない』
シュウジは思う。恐らく、ルキアーノに力を与えたスフィア所有者はサイデリアルの中でも特別な所に立っている者であると。そんな奴の力の一端を感じ、そこから逃げ出した所で、果して自分は奴に勝てるのだろうか?
あぁ、確かに今の自分は万全とは言い難い状態だ。グランゾンも無く、碌に頼れる拠点も無い、大局的に見ればそれは至極真っ当な結論だ。
だが、それを心のどこかで言い訳だと感じる自分がいる。愛機がいないから、頼れる者がいないから、それを言い訳にしている自分がどうしようもなく腹立たしい。
ここで逃げてしまったら、打ち合うのを止めてしまったら、恐らく自分は今後逃げる癖がついてしまう。─────それに何より、あの喜びクソ野郎を完膚なきまでに叩きのめすまでの道のりが遠のいてしまう事が堪らなくムカついて仕方がない。
『…………トールギス、少し無茶をするぞ』
付いてこれるか? そう暗に訊ねるシュウジに応えるようにトールギスの双眸が輝きを放つ。
パーシヴァルから放たれる力の奔流、その全てが槍へと収束されていき…………。
『さぁ、お前の命を…………飛び散らせろォォォォッ!!』
音を超え、流星となって突き進むパーシヴァル。それを正面に見据えたトールギスは刀を腰だめに構え────。
『────獣の血』
その刹那、シュウジとトールギスは完全に一体と化した。流麗に、ただ横凪ぎに振り抜かれた一閃はパーシヴァルを、その背後に聳え立つサイデリアルの支部基地もろとも…………両断するのだった。
『────あぁ、漸く、俺は…………』
斬られ、薄れ行く意識の中、ルキアーノは見た。嘗てラウンズとして戦い、戦場を行く己の姿を。あの日以来、忘れてしまった己の在り方を。
相手が誰であろうと牙を剥く、吸血鬼であり、ブリタニア尖兵としての自分。他者を殺し、その命を奪い続けてきた男の姿を─────漸く、取り戻した。
閃光に消えていくルキアーノ。ブリタニアの吸血鬼と呼ばれ、恐れられてきた男は、最後に嘗ての自分を取り戻し、満足した様子でこの世を去っていった。
◇
「…………ルキアーノ=ブラッドリー。その名、覚えておくとしよう」
「陛下? いかがなされました?」
「いや、何でもない。それよりも、例の者達はどうした?」
「はっ、一人残らず捕らえました。少々怪我を負っていますが、命に別状はありません」
「よい。通せ」
「はっ!」
地球支配の象徴、ラース・バビロン。新地球皇国軍の総帥が君臨する玉座の間、そこへ連れてこられたのは一人の女性と複数の子供達。パイロットスーツのままここへ連れてこられた彼等は敵対心を最大限にした眼で自分達を見下ろす皇帝を睨み付ける。
「新地球皇国…………いや、サイデリアルの親玉があたし達に何の用だ?」
「貴様、無礼であろう!」
不遜な態度の女性に高官の男が無礼と断じて手を上げる。手を縛られ、抵抗する力も奪われた女性に高官の理不尽な暴力が振るわれる。
それを引き金に後ろに控えていた子供達の怒りに火が着いた。両手を縛られておきながら尚も反発する彼等に高官が腰に差した剣に手を伸ばそうとした時。
「貴様、この玉座を血に染める気か?」
背後からの威圧、押し潰されそうな圧を放つ皇帝に反論する間も無く言葉を失った男は、皇帝に促されるまま玉座を後にした。
残されたのは女性達とその部下である子供達のみ、すると皇帝は静かに目を閉じて。
「まずは此方側の非礼を詫びよう。女、いや、フィカーツィア=ラトロワ。そしてジャール大隊の戦士達よ」
「………まさか私達の事まで知っていたとはねぇ。それもサイデリアルの力って訳か。それで? アンタはワザワザ私達を捕らえて何がしたいんだ? 残念ながら私達にそんな大層な価値はないよ」
「お前達に求めるのは二つ、蒼のカリスマ…………いや、シュウジ=シラカワに関する全ての情報、並びに奴を呼び寄せる餌になってもらうことだ」
オリジナル話は今回で終了、後日談的な話を挟めた後はいよいよ天獄篇本編に移ります。
それでは次回もまた見てボッチノシ