『G』の日記   作:アゴン

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G「待たせたな」


その147 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────今のは、一体』

 

凍り付く戦場、突然起きた出来事に最初に反応したのは誰なのか、ポツリと溢したその言葉に反応出来る者は誰一人としていなかった。呆けるZ-BLUEを余所に黒いアンゲロイ達は仕掛けてくる。銃口を向けてくる奴等を迎え撃つ為に蒼いトールギスがスラスターに火を噴かし、宇宙を駆ける。

 

『ま、待っ────』

 

我に返ったヒビキがトールギスを呼び止めようとする。が、彼の言葉が届くよりも早くトールギスは単騎でアンゲロイ達の群れに突貫。奴等の陣形に文字通り斬り込んで往く。

 

浴びせられる黒いアンゲロイ達からの集中砲火、威力、精度、その全てがこれまでのアンゲロイとは一線を画する弾幕の中を、しかし蒼いトールギスは潜り抜けていく。最小限の動きで、縫うように、だけど全く減速はせず、それどころか加速させて奴等との距離を瞬く間に詰めていく蒼いトールギスの動きに、Z-BLUEの誰もが驚愕した。

 

弾幕の中を潜り抜け、すれ違い様に放つ一閃。それは黒いアンゲロイの胴体を二つに切り裂き、トールギスが次の機体に斬りかかる頃にはその機体は爆散。宇宙の藻屑へと消えていく。

 

一機、また一機と撃墜させていく。黒いアンゲロイ達を相手に引くどころか圧していく、その光景は何処かあの蒼い魔神を彷彿とさせていた。

 

そんな状況の中、Z-BLUEよりも蒼いトールギスを脅威と判断したアンゲロイ達は、その物量で襲い掛かる。銃口を、敵意を、悪意の全てに晒されたトールギスは、徐々にその勢いを落としていく。

 

加勢しなければ、しかし未だに恐怖から抜け出し仕切れていないZ-BLUEはマトモに動くことも儘ならないでいる。唯一戦う気力のあったクロウ=ブルーストがトールギスを追って戦闘に加わろうとしているが、気持ちに身体が付いていけず、戦線に参加できずにいる。

 

そうしている間にもトールギスはアンゲロイ達により追い詰められていく。────更にそこへ向けられる怪獣、原理の力を持つ巨獣が彼の者に牙を剥く。

 

瞬間移動の如く移動するのは過程を省いた超神速。攻撃するのではなく既に攻撃をした(・・)という結果だけを押し付ける理不尽な一撃、100mを優に越える巨獣が、膝下にも満たない機体にその一撃を叩き込もうとした時───。

 

『やめ……やめろぉぉぉっ!!』

 

ヒビキは自身の心に押し寄せてくる絶望を押し退け、一心不乱にトールギスに向けて飛び出した。同じく搭乗するスズネの安否など気にも止めず、考え無しに敵の群れに突っ込んでいく彼の咄嗟の行動を、誰もが止められずにいた。

 

先行するクロウを抜き去り突き進むヒビキ、制止を促すスズネの言葉を振り切っておきながら、しかしヒビキは何故こんな行動に出たのか自分でも分からなかった。ただ、己の心が叫んでいた。“あの人を二度も死なせてはならない”理屈も根拠もない直感に従いながらもヒビキはトールギスの下へ急ぎ────トールギスへ迫る巨獣を体当たりで止めてみせた。

 

ヒビキが起こした行動、Z-BLUEが驚愕に面食らうと同時に巨獣の標的がジェニオンに変わる。圧倒的畏怖に睨まれ、身動きが取れなくなったヒビキに巨獣の爪が突き立てられ─────

 

『人越拳───捻り貫手』

 

しかしそれよりも早く巨獣の頭部をトールギスの手が貫いた。そして────。

 

『…………え?』

 

その光景にヒビキは嘗ての光景を幻視する。同じだ、あの日彼によって助けられた時の光景、瞼を閉じれば今でも思い返せるあの時の情景、彼の戦う姿に憧れ、少しでも近付ければと見様見真似で練習したあの技。

 

『…………まさか』

 

先日、親友から告げられた言葉。そんなバカなと、有り得ないと思っていた可能性が、ヒビキの胸中に膨らんでいく。

 

だが、同時に絶望もまたヒビキの胸中に溢れ出す。生まれてきた可能性という希望に比例し、有り得ないと否定する絶望も肥大化していく。────心が苦しい。締め付け、壊れそうになる自分の心にヒビキは再び押し潰されそうになる。

 

『いやぁ、助かったよ。ありがとう、ヒビキ君』

 

自分にだけ聞かされる様に開かれた秘匿回線、そこから聞こえてくる言葉を耳にしたヒビキの時間は一瞬固まり。

 

『─────あ』

 

ふと、涙が溢れた。懐かしい声、聞き慣れたあの人の声、偽りの無い彼の言葉にヒビキの瞳から止めどなく涙が流れていく。同時にこれまで張り詰めていたヒビキの緊張の糸も解れてしまい、流れ出した涙と共に意識を手放した。

 

『おっと、…………気を失ったか。余程疲れてたんだな』

 

気を失い、機体の制御を失ったジェニオンを抱き抱える。通信越しから聞こえてくる彼の寝息、それによりヒビキの無事を確認した蒼いトールギスのパイロット────蒼のカリスマことシュウジは安堵の溜め息を溢す。

 

弟分の無事に安心しながら、ジェニオンを抱えたままでアンゲロイ達の攻撃を避ける。巨獣を破壊した事により連中の隊列に乱れが生じた様で、彼等の包囲網から抜け出すには然程労力は掛からなかった。

 

軈て敵陣から抜け出したシュウジは、後から駆け付けてきたブラスタへとジェニオンを投げ渡す。

 

『クロウさん、ヒビキ君の事、宜しく頼みます』

 

『っ! ………まさか、本当にお前さんか? 聞いた話では死んだと耳にしたが?』

 

『すみません。その話はまた後程…………さぁ、早く行ってください』

 

自分にだけしか聞かれないようにワザワザ秘匿回線で接触してきたシュウジ、彼の唐突な生存の話に死んだと聞かされてきたクロウは当然驚いた。

 

もっと詳しく話を聞きたかったが、状況がそれを許さない。迫り来るアンゲロイの群れへの殿をトールギスに任せることにしたクロウはブラスタを発進させ、ジェニオンを抱えたままその場を後にする。

 

何も聞かず、自分の指示に了承してくれたクロウに感謝しながら、シュウジは構えを取って黒い軍勢と対峙する。クロウがZ-BLUEの補給艦に戻り、彼等がこの宙域から離脱するまで戦うのが自分の役割だ。

 

刀を抜き、今一度突貫しようとした時、それは起きた。

 

『これは、時空震動か? しかもこれは…………』

 

この宙域全体を揺るがす大規模な時空震動、それがここへ誘われる時と同種のモノだと察したシュウジは、背後にいるZ-BLUEを見る。

 

直後、Z-BLUEは時空の揺らぎに包まれてこの宇宙から姿を消した。その宇宙にシュウジとトールギスだけを残して…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? もしかして俺…………置いていかれた?」

 

目の前から消えたZ-BLUE、それが何者かによる干渉によってのモノだと確信しながら、シュウジは呟く。自分だけが残り、自分だけが対処する事になったこの状況を前に、シュウジは仮面越しに深い溜め息を溢した。

 

「マジかぁ~、まさかこのタイミングで置いてきぼりを食らう事になるとは…………何だろこの切ない気持ち、高校の修学旅行で皆とはぐれた時以来なんですけど」

 

確かあの時もこんな気持ちだったなぁ。そう愚痴りながらも仕掛けてくるアンゲロイ達の攻撃を回避するシュウジは、その言葉とは裏腹に内心では安堵していた。

 

「まぁ、奴に気付かれる前にヒビキ君に接触できたのは大きい、これでヒビキ君も俺の事で悩むことは無くなるだろう」

 

この空間は異質だ。言葉で言い表す事は出来ないが、直感的にそう感じた。感覚的に言うのなら、アンチスパイラルとの戦いの舞台となった隔絶宇宙に似ていると言うべきだろうか。

 

もしこの宇宙が隔絶宇宙と同様に隔離された場所であるならば“奴”に勘づかれる可能性は低い。仮に気付かれたとしても、今の奴の力ではここまで影響を及ぼす事は出来ないと思う。

 

奴の施す呪いは確かに強力だ。だが、その呪いを相手に与えるには、物理的に近い距離でないと施せないのではないかと自分は思う。胸くそ悪くなるが、思い返せばリモネシアで周りの人達を傷付けたのは自分に従わせようとしただけでなく、物理的に間合いを詰める事が目的だったのかもしれない。

 

あの詐欺師の事だ。恐らくはヒビキ君には甘い言葉で囁いて信頼を勝ち取り、然り気無く自分に施した呪い、或いはそれに準じる術を施したのだろう。

 

多分、奴が次にヒビキ君に何かしようとするならば確実にその間合いを詰めてくる事だろう。それがヒビキ君にとって最大の危機であり、奴にこれまでの借りの一部を返すチャンスでもある。

 

そうするためには先ずはこの宇宙から出ていく事が最優先なのだけれど…………。

 

「なんか、さっきより多くね?」

 

眼前に増え続ける黒いアンゲロイと巨獣、瞬く間に数を増やし、遂にはその宙域を埋め尽くすほどとなった軍勢に、シュウジは苦笑いを浮かべた。

 

早いところ脱出口を見付けなければ…………画策を企てながら迫り来る敵の攻撃を掻い潜り続けるシュウジ。アンゲロイを、巨獣を、追い詰められながらも一機ずつ落としていくその姿に、心なしか連中の動きに乱れが広がり出していた。

 

それを見てシュウジは訝しげに思う。そういえば、なんでZ-BLUEはコイツらに彼処まで畏縮していたのかと。

 

確かにコイツらは脅威だ。その個体一つがこれまでの相手とは一線を画する強さだ。気を抜けば一撃で此方がお陀仏になる程度には連中の攻撃には殺意が乗っている。

 

だが、逆を言えばそれだけだ。如何に相手が強く、強大だとしても、それを相手にして尚強くなっていくのが彼等の最大の強みだ。その爆発力は身を以て体験している。

 

だが、今回は何故かそんな爆発力も見る影もなかった。まるで大人に叱られた子供の様に畏縮してしまったZ-BLUE、一体何をそんなに怯える必要があるのか。

 

「って、やっぱコイツ等が何かしたとした思えないよな」

 

腕の部分を刃の形に変えて斬りかかってくるアンゲロイを避け、すれ違い様に胴体を斬り捨てる。自分の考えに齟齬が無いか今一度思考を巡らせようとした時。

 

『ほぅ、 存外足掻くではないか。下等生物の分際で』

 

『アッハハ、おもしろーい』

 

頭上から聞こえてくる声、怒りと悦びに満ちた二つの声に反応したシュウジは頭上を見上げ────そして、言葉を失った。

 

アシュタンガの群れ、星すら呑み込む巨大な顔の艦、それは嘗てのアンチスパイラルが主戦力として有していた艦であり、自分達を追い詰めた超弩級の兵器。

 

何故ここにアレがある。動揺するシュウジだが、それ以上に驚愕したものがその群れの奥で佇んでいた。

 

黒い玉座。圧倒的存在感を放つそれはアシュタンガ達を従え、シュウジを、トールギスを見下ろしていた。

 

「なんだ…………コレ? つか、人が乗っているのか」

 

軽く混乱するシュウジ、しかし事態は待ってはくれない。呆けている僅かの間に此方に狙いを定めたアシュタンガが、此方を握り潰そうとその手を伸ばしてくる。

 

星すら鷲掴みにする巨大な手、回避も防御も間に合わない理不尽という名の一撃がトールギスを襲う。

 

「な…………ロウッ!!」

 

逃げ場はなく、抗う事も許されない状況の中を、それでもシュウジは抵抗する事を選んだ。極限に集中力を高め機体と一体と化した一撃が、アシュタンガを両断させる。

 

「やっぱりか、この宇宙、アンスパさんとこの隔絶宇宙と同じ性質を持ってやがる」

 

通常の空間とは異なるトールギスの火力の上がり具合にシュウジは確信する。ここはアンチスパイラルが統括する隔絶宇宙と同じ、人の意志が反映される空間だと。

 

圧倒的サイズ差にも関わらずダメージを通せたのがその証拠だ。アシュタンガにダメージを与えられた事で一筋の光明を見出だしたシュウジは、黒い玉座へと向き直る。

 

恐らくはアレがここの管理者だ。黒い玉座から放たれる圧倒的な存在感を前に、コレからどうするべきか思案する。

 

『…………醜い、己の運命に従わず、無様に抗うその姿、しかし成る程、下等生物らしい生き汚さというのは理解できた』

 

『そう? 私は見ていて面白いけど? 必死に抵抗しちゃってる様なんて可愛いと思わない?』

 

「…………」

 

黒い玉座から聞こえてくる声、初老の男性と若い女性と思わせる彼等の言葉に、シュウジは言い表し難い嫌悪感を抱いた。

 

コイツ等はあのミケーネの神々とやらの連中と同じだ。自分が他人よりも力を得たことで誰よりも特別な存在だと、そう思い込んでいる。此方の言葉には一切耳を傾けず、ただ自分の口にする言葉が正しいと、何の疑いも抱かずに…………あたかもそれが当たり前の事だと、コイツらはそう思っている。

 

瞬時に理解する。コイツ等は自分とは決して相容れない存在なのだと、他者に価値は無いと断ずるコイツ等はあの喜び野郎と根っ子を同じくする、全ての生命に対する脅威なのだと。

 

剣を構え、スラスターを噴かせる。勢いを加速させ、アシュタンガの群れを突っ切って行きながら黒い玉座へと迫る。

 

間合いに入った。加速させた勢いをそのまま乗せて降り下ろす一撃、ここで終わらせるという意気込みを込めた一撃は────。

 

『不敬であるぞ』

 

しかし、男の呟いたその一言と共に弾き飛ばされてしまう。

 

吹き飛ばされ、そこへアンゲロイ達の追撃がトールギスへと襲い掛かる。体勢を整えて反撃に移るも、コレまでとは桁外れの弾幕の威力に瞬く間に追い詰められていく。

 

(コイツ等、急に活気づいて来やがった! これもあの黒い玉座の影響か!?)

 

アンゲロイ達の猛攻、更にはアシュタンガ級までもがトールギスを追い詰めようと迫り来る。多勢に無勢、窮地への更なる窮地に流石に笑えなくなってきている。

 

『しかし、あの男には驚かせられる。まさか理の外から自分の因子を育てるとは…………流石は深淵の探求者。その知識欲は底が知れぬな』

 

『だねぇ、まぁ、それで死んじゃう様なら意味無いと思うけどね』

 

『然り、奴も所詮は下等生物の域から出られぬ未熟者。我等と覇を競おうなどと思い上がりも甚だしい』

 

「コイツ等、博士の事を言っているのか?」

 

『故に、その後継者たる貴様はその存在自体が罪だと知れい!』

 

「っ!」

 

黒い玉座から溢れ出す力の波動。それが危険なモノだと察知したシュウジはトールギスと共にその場から離れようとする。

 

溢れ出てくる黒い霧、それはアシュタンガを、奴等の仲間である黒いアンゲロイ達を呑み込みながら加速していき、軈てその宙域ごと覆い、逃げ場を封じる様に魔法陣を展開させていく。

 

『汝を裁く者、それは天より使われし者!』

 

『我等は断罪する者、人間では、お前達ではどうやっても辿り着けない場所!』

 

『そこに我等はいる。さぁ、悔い改めるがいい、深淵の申し子よ!』

 

具現化されるのは黒い太陽。時空を、次元を震わせる天からの落涙。それらは全て罪ある者へ向けられる断罪の一雫。

 

圧縮され、濃縮された黒の塊、それがトールギスの側へ落ちた時、周囲の星々を砕き、自らの戦力を巻き込みながら、光が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………何という不遜か』

 

『今ので死んじゃえば良かったのにぃ、もう、生意気だなぁ』

 

音が消え、静寂だけとなったその宙域で呆れと怒りに満ちた声が響き渡る。彼等が一点に見つめるその視線の先には、先程の爆発を受けて尚、存在しているトールギスの姿があった。

 

─────が。

 

「あ、あ…………グッ」

 

スラスターは半壊、左腕はその肩口から消し飛び、右足は膝部分から消失。数少ない武装であったライフルも消され、唯一彼等に通用するであろう刀の刀身も、中腹部分からへし折れていた。

 

一撃、たった一撃を受けただけでこれだけのダメージ。もしもシンカの力で防いでいなければ、今ので終わっていた。

 

火花が散るコックピット、奴等の攻撃の余波でモニターも死にかけている。文字通りただそこに在るだけの状態だった。

 

満身創痍、黒い玉座から放たれた黒い雫の一撃は、ただ一度放っただけで魔人と呼ばれた蒼のカリスマを追い詰める。

 

─────仮面に、罅が入る。絶望を越えた圧倒的不利な状況の中、しかしそれでもシュウジは仮面の奥で奴等を睨み付け、その敵意を微塵も揺るがせない。

 

『つくづく傲慢だな。これだけ追い詰められながらもまだ抗うつもりでいる。不遜、不敬! あぁ、何故お前達下等生物(人間)はこうも私を苛立たせる!』

 

「…………さっきから口を開けば下等生物下等生物と、良くもまぁそれだけ他人を下に見れるもんだ。なに? お宅らそんなに凄い奴なの?」

 

『アハハハ、その事に気付けていない時点で自分が劣等種だって何よりの証拠なのに、やっぱり人間は面白いなー。中途半端に知性があるとここまで愚かになれるなんてねー』

 

「そうかい? こっちとしては勝手に怒ったり笑ったりするアンタ達の方が面白いけどね。まるで一昔前のコントを見てるみたいだ」

 

『ふん、それだけ生意気な口を叩けるならもう少し甚振っても良いだろう。─────最早我々が手を下す必要もあるまい。貴様は重力の底で己の無力を嘆きながら死ぬがいい。それがせめてもの貴様の贖罪だ』

 

シュウジの精一杯の挑発に触発されたのか、男の声に更なる怒りが募り始める。最後に意味深な台詞を口にすると、トールギスの真下に突然黒い海が現れる。

 

「っ! こ、コイツは……!」

 

思い返すのは時獄戦役の終盤、隔絶宇宙でアンチスパイラルが用意した、螺旋力を吸収する対螺旋族の最大にして最悪の罠。

 

こんなものまで用意しているのか! 呑み込まれつつあるトールギス。抵抗しようと全力でスラスターを噴かせるが、万全から程遠い今の状態では重力の海から逃れる事はなく、シュウジはトールギスごと黒い海の中へ呑み込まれていった。

 

『さらばだ。深淵の叡智の後継者よ。貴様の物語はここで潰える』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────暗い。光もなく、音もなく、完全な闇に包まれた世界でシュウジ=シラカワは愚痴る。

 

「いやぁ参った参った。まさかここまで綺麗に追い詰められるなんてなぁ」

 

周囲の暗い光景とは裏腹に明るい口調でそう溢すシュウジ、それは達観によるものか、それとも単なる自棄か。

 

「ここへ来てまさかの超展開、謎のアンゲロイにアンスパの所の主力部隊にオマケに黒い玉座の謎の超パワー。いやぁ、ここまで不利な状況はこれまでを顧みても中々ないわー」

 

敵はこれまで以上の力を有していた。嘗ての最大の敵が有する戦力も抱え、その規模も全容も未だ未知数と来ている。

 

────直接戦って分かった。あれはサイデリアルよりももっと謎で、もっとヤバく、そしてもっと厄介なモノだ。連中と比較すればあのアサキムだって可愛く見える。そんな奴等を相手にここまで戦えられたのは、偏にA.(アメイジング)トールギスと、トールギスを用意してくれたシュナイゼル達の尽力のお陰だ。

 

借り物の力でここまでこれた。自分にしてみれば大健闘も良いところ。トールギスをこんなにしてしまった事に対してはトレーズやシュナイゼルに申し訳ないが…………まぁ、見逃してくれるだろ。

 

自分は頑張った。精一杯やった。だからここで…………ここで終わっても。

 

「─────良い訳、あるかぁっ!!」

 

吼えた。誰も聞こえない海の底で、重力が今も自分を押し潰そうとしている状況の中で、シュウジはここまでに至る全てに対して吼えた。

 

「ふざけんなよ、ふざけんなよ!? 何が下等生物だ。何が劣等種だ。自分以外の生命を虫ケラみたいに思っている奴が知った風に語るなよ!」

 

それは有り余るエネルギーだった。それは理不尽に対する抵抗だった。それは怒りで頭がおかしくなりそうな自分への必死の抑えだった。

 

どうしてこう、力を手にした者は皆あぁも傲慢でいられるのか。奴等という存在を知り、それでも理解出来ないシュウジはその苛立ちに益々怒りを募らせる。

 

…………が、それは今度は敢えて呑み込む事にした。今の自分は手足がもがれた芋虫、抵抗する事も出来ず身悶える事しか出来ない。

 

ならばここで奴等の望む通りここで沈む事を選ぶか? ────それこそお笑い草だ。この世界に来たばかりの自分なら絶望に沈むだろうが、悪足掻きをするだけの理由がある。

 

「俺は、まだヒビキ君に謝ってもいない。シオさんやジャール大隊の皆もまだ助け出していない。それに────何よりも」

 

思い浮かぶのはあの喜びクソ野郎。ヘラヘラと笑い、自分の大事なモノを踏みにじった奴だけは、この手で始末しないと気がすまない。

 

「俺は、俺達は、まだ終われない。そうだろう? トールギス」

 

その瞳にはまだ敵意がある。操縦悍を握る手にはまだ力がある。─────そして。

 

 

“────なぁ、グランゾン”

 

彼には、最強の相棒が今も側にいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人間というモノは、どうしてあぁも愚かなのだろう』

 

『もう、ドクトリンてば考えすぎー。もう少し力を抜こうよ~』

 

『そういうお前はいつも楽観的だなテンプティ、もうじき来るべき刻が来るというのに……』

 

『そうだよ。もうすぐ全てが無に還る。だからこそ私は精一杯今を楽しむのよ。それが“楽しみ”のテンプティである私の役割』

 

『楽しむのも良いが緊張感を持てと言っている…………が、まぁいい。どのみち我々のやるべき事は決まっている』

 

既に彼等にはシュウジに対する興味は消え失せ、あるのは次に待つ自分達の使命のみ。それまでに準備を進めようと、その宙域から去ろうとした、その時。

 

 

 

“──────(オン)

 

 

 

『─────なに?』

 

黒い重力の海から眩い程の光が溢れ、そこから日輪を背負う蒼い魔神が姿を現した。

 

所々破損したグランゾン、しかしその瞳には主同様強い意志を宿し、眼前に佇む超常の存在達を睨み付けていた。

 

 

 

 

 

 




次回はオリジナル要素が強い回になります。ご容赦下さい。



次回、原初の魔神

それでは次回もまた見てボッチノシ

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