───陰月。
時空震動の影響により二つとなった月の片割れ。その近海宙域に二つの巨大なエネルギーを有した存在が相対していた。
“ガイオウ”リモネシアで起こった時空震動によって召喚された破界の王。次元獣達を従え、世界中を混沌の渦に叩き込んだソレは、まさしく破界の王と呼ぶに相応しいだろう。
そして、そんな世界の脅威と呼ばれる存在と真っ正面から向き合う存在がいた。
“グランゾン”とそれを操る謎の仮面の男“蒼のカリスマ”その出自、目的、全てが謎に包まれた存在。
グランゾンという強大な力を操り、当時の三大国家の軍隊を一瞬にして無力化した事件は世界に対して大きな衝撃を与え、唯でさえ脅威だというのにグランゾンを駆る蒼のカリスマの目的が不明という事が相まって、ある意味ではガイオウよりも危険視されている。
次元獣を従える破界の王“ガイオウ”
存在と目的、その全てが謎に包まれた“グランゾン”と“蒼のカリスマ”
この二つの存在は在り方や行動原理も当然異なっているが、ある一点においては共通する事実がある。
それは、その気になったらどちらも世界を滅ぼせるだけの力を持っているということ。彼等が本気を出せばその日の内に地球は破壊し尽くされてしまうという事実。
グランゾンは“力”で、ガイオウは“能力”で、それぞれ人類を滅亡に追い込む術を持っている。そんな強大な存在が相対するように睨み合っているのだ。
誰も手が出せない緊迫した状況、そんな空気の中で先に口を開いたのはグランゾンに乗る蒼のカリスマだった。
『まさか、お前達の方から出てくるとはな……だが、分からないな。どうして寝込みを襲わなかったんだ?』
『こっちはオメェにやられた傷を癒す為に逃げ回っていただけだ。こっちは最初から万全な状態に戻り、戦えるようになった時はこっちから会いに来るつもりだったさ』
『どうだか、そっちにはあのアイム=ライアードがいる。奴の事だから此方を背後から襲うなんて事は常に考えていると思うが?』
アイム=ライアードとはそれこそ数回しか出会わなかった仲だが、それでも充分理解出来る程に胡散臭かった。
奴の話す言葉、仕草、その全てが嘘くさく見えたのだ。ガイオウにその気はなくても、エメラルダンやパールネイルのパイロットをけしかけて次元獣達を引き連れて奇襲するなんて真似は平然としそうである。
現に今、グランゾンは無数の次元獣達によって囲まれている。中には未だに記録にない超巨大な次元獣まで出張ってくる始末。
寝込みを襲わなかっだけマシだと思うが、それでも数の暴力がある分、現状ではグランゾン側の方が不利であることには変わりない。
だが、そんな蒼のカリスマの考えを見越したのか、ガイオウは悪戯が成功した子供の様ににたりと笑う。
『安心しな。コイツ等にはまだ手をださせねぇよ。俺とお前の戦いは余計な手出し抜きでやり合いたいからな』
『……そうかよ』
『そしてもう一つ朗報だ。アイムの奴は死んだぜ。南極でZEXISにやられたらしいぜ』
『……あ、そう』
アイムが死んだ。内心でインペリウム攻略の為には奴が一番厄介だと思っていただけに、ガイオウから聞かされたその一言に彼の心労が幾分か減った気がした。
残りのパールネイルやエメラルダンが出てこないのが気掛かりだが、今は目の前のガイオウを倒すことに集中しよう。
操縦桿を握り締める手に力が籠もる。ワームホールから凶悪な剣を取り出すグランゾンに対し、ガイオウは人型の怪物と玉座を模した“ゲールティラン”に取り込まれる様に乗り込んでいく。
集中力が増していく。徐々に視界が広まっていくその感覚に緊張感も最高値に高まった時。
『それに面白いモノが見れたしな。魔神を駆るお前がまさかあんな寝言を口にするなんて……ククク、“おはようございました”ってお前』
『…………』
燃えさかる炎に大量の水をぶっかけられた様な感覚、ここでそれを言うのかと仮面の奥で目元がヒクついた。
だが、次の瞬間───。
『さて、そろそろお喋りはお終いだ。早い所勝負を決めないとあの外務大臣気取りの女が死んじまうからな』
『……なに?』
『言い忘れてたが、あの女には件のZEXISの相手をさせている。俺の次元獣を貸してやっているが……さて、いつまで保つか───』
言い切る前にゲールティランが弾け飛ぶ。何が起こったと考える前にガイオウの口元が嬉しそうに歪む。
前を見れば腕を突き出したグランゾンの姿があった。ワームホールを使い、瞬間移動の様に瞬時に間合いに潜り込んで直接殴りかかってきたのだ。
分かる。あの機体の中で、仮面の奥底で怒りに燃えたぎる男がいる事実に、ガイオウは嬉しくてたまらなくなった。
『……いいねぇ、やっぱりお前との戦いは心躍る! 最高だぜグランゾン! 蒼のカリスマ!』
『ガイオォォォォォォォッ!!!』
剣を持ち、突っ込んでくるグランゾン。怒りのボルテージが臨界に達した魔神を見つめ、ガイオウは破顔の笑みで迎え撃つ。
広大な宇宙の中で一つの光が爆散した。
◇
やっぱりコイツは嫌いだ。開かれたモニターの大画面に映し出されるゲールティランを前に、自分は苦々しく舌を打つ。
リモネシアを破壊し、店長を殺し、そして今も俺をおちょくり挑発してくる。
グランゾンの剣、“グランワームソード”が奴の機体の玉座部分を削り取る事に成功するが、次の瞬間にはその部分は再生されていた。
『どうしたぁ! その程度の攻撃じゃ、この俺は殺れねぇぞ!』
大声で挑発してくるガイオウに苛立ちと焦りが募ってくる。早くコイツを倒し、シオニーさんを助けなければと思うほど、自分の焦りが連動し、グランゾンに無駄な動きを強制させてしまう。
『ンダその大振りは! 舐めてるのかぁぁっ!!』
ゲールティランから発する衝撃波、唯の衝撃の波でしかないソレはグランゾンの“歪曲フィールド”を破り、その攻撃をモロに受けてしまう。
この世界にきて初めての被弾、グランゾンからは被弾したアラームが鳴るが被害状況は軽微。まだまだ戦える範疇だし、時間が経てば回復するだろうが……問題は別の方にある。
シオニーさんを早く助けねばと思えば思うほど、自分の操縦がグランゾンを迷わせてしまう。
済まないとグランゾンに対して内心で謝るも、依然として状況は変わらず、ガイオウの攻撃の前に俺は防戦一方となっていた。
『オラオラどうしたぁ! こんなモンで音を上げてるんじゃねぇぞ!』
『こ、のヤロォォォォ!!』
ガイオウの猛攻の最中に見せる僅かな隙、それにタイミングを合わせて再びグランゾンの間合いに持ち込んで、制御の中枢を担う人型に向けて振り下ろそうとするが……。
『残念だったなぁ、そこは俺の間合いだ』
『っ!?』
単なる制御装置かと思われた人型が玉座から立ち上がり、グランゾンに向けて拳を振り抜いてきた。
慌てて剣で防ぐが、以前受けたモノより格段に重く鋭い一撃に自分とグランゾンは防御ごと吹き飛ばされ、近くの廃コロニーに叩きつけられてしまう。
衝撃により機体の内部が揺さぶられ、吐瀉物を吐き出してしまう。
今まで受けたことのない一撃にグランゾンは先程よりも大きなアラームを鳴らしている。
機体に損傷はない。ダメージが深刻なのは……自分の方だ。
──強い。以前サンクキングダムで戦った時よりも数段強くなっている。今の今まで隠していたのか? それとも、力を取り戻していた時に何らかの処置が施されているのか。
理由は分からないが、このままでは自分は負ける。このグランゾンの力を最大限に活かせないまま、一方的になぶられて殺されるのか。
『……つまんねぇな。以前のお前はこの程度ではなかった筈なんだがなぁ、興ざめだ。あわよくばお前を次元獣にして俺のモノにしてやろうかと思ったのだが───やめだ』
『…………』
『終いだ。せめて楽に死ねるよう、その魂ごと砕いてやるよ』
迫り来るガイオウ、一時離れようと操縦桿を握り締めるが、握った手からは力が感じられず、ぶるぶると震えるだけだった。
……あぁ、そうか。俺は今恐怖を感じているんだ。リモネシアで味わった怒りや虚しさ、その後に来る虚脱感とは違う“死”という感覚に、本能から恐れているんだ。
以前、死んでも良いと思っていたのに、いざ本物の死が迫るとなると途端に死にたくないと本能が叫んでいるのか。
なんて都合のいい人間なのだろうか。それとも、元から覚悟というモノがない俺では、ここまで来たのが間違いだったのではないだろうか?
グランゾンという力を得たことでいい気になって、結局自分は何も出来てはいないじゃないか。不動さんに助けられ、ゴウトさんやキタンさん達に教えられ、結局自分は最後まで何も出来なかったではないか。
店長も死なせ、シオニーさんも助けられず……ここで、終わっていく。
中途半端だなぁ、機械の整備やロボットを動かせる程度で、何かを出来る気になっていた。そんな調子に乗った自分など、あのグレイスの前では格好の獲物でしかなかったのだろう。
ホント無様だ。リモネシアの皆の仇と息巻いて飛び出して、結果何も出来ずに終わるのか。
『……死ね』
振り抜かれた拳。迫り来る死を目前に……俺は。
“約束ですよ?”
『─────っ!』
『………ほぅ?』
気付いたら、グランゾンを動かし、握り締めた剣で奴の腕を切断していた。
訳が分からなかった。先程まであんなに怖がって震えていた手が、今は何ともなく操縦桿を握り締めている。
あれほど焦りで狭まっていた視野が、嘘の様にクリアになっていく。
一体何故? そう自問する自分の脳裏にある場面が思い浮かんだ。それはいつぞやのリモネシアにある店長の店で、慣れないお酒で酔っていた彼女の愚痴を聞いていた時のことだ。
『……そっか、そうだったな。俺はまだ戦う理由があった』
いつか交わした約束。そして、もうじきそれが達成出来る。その時まで後もう10分もない。
『なぁ、ガイオウ。アンタ知ってるか? お酒の飲酒は二十歳からってのが俺のいた世界では常識なんだ』
『いや、知らんが?』
『そして、ついでに教えといてやる。俺はまだ未成年だ。お酒の飲める年まではあと一歳ほど足りない。が、その制限があと10分程で解除されるんだよ』
『コイツは驚いた。あの蒼のカリスマがまさかの未成年だったとは……コレはニュースになるぜ』
『そうだろう? 冥土の土産には充分過ぎる土産話だ。───だから』
“ここで、ケリにしよう”
その一言で、ガイオウの覇気が一気に昴るのを感じた。自分のその言葉に奴は全身で嬉しさをアピールし、楽しそうに力を解放していく。
『蒼のカリスマ、お前にはホント楽しませて貰った。だから、礼代わりに俺の全霊をお前に見せてこの闘争に終止符を打たせて貰う』
奴の姿が変貌していく。黄金の玉座は銀色の王に吸収されるように呑み込まれ、やがて破界の王は銀色の翼を生やして俺の前に降りたった。
……今までとは桁違いの迫力に俺は笑みがこぼれた。この時の笑みがなんだったのか、結局自分は思い出せなかった。
けど、それは恐怖から来るものではないと断言できる。なぜなら、その時の自分の頭の中には、あの時交わした約束を果たす事しか頭にはなかったのだから。
『……なぁグランゾン。俺はお前の本当の主じゃない。お前の本当の乗り手はもっと凄い人なんだ。俺なんかじゃ足下にも届かない凄く強くておっかない人が───』
ガイオウが少しずつ離れていく。恐らくは自身が放つ最も強い一撃を放つ為に準備をしているのだろう。
『俺なんかが乗っていてさぞかし不満に思っているだろうけど……もう少し、付き合ってくれないか?』
自分の問いにグランゾンがモニターに全システムオールグリーンの表示を示してくれる。それがこの機体の返事だと思うと……なんだか嬉しくなった。
『ありがとう、グランゾン───さぁ、行くぞ!』
グランゾンの胸部が開く。圧縮し、凝縮されていく重力変動によって生み出されるのは、特殊な解を持つマイクロブラックホール。
重力崩壊の渦に巻き込まれる次元獣を横目に、俺はグランゾンの出力を更に上げていく。
サンクキングダムの時とは違う本気の一撃。今、自分の前にあるのは差し詰め黒い太陽だ。
それに対し、変貌したガイオウのゲールティランは銀色の太陽だ。
まったく、何で自分はこんなボスクラスの奴と一対一で命懸けの勝負を挑む羽目になったのか。
だが、今はそんな事はどうでもいい。迫り来る銀の太陽に向けて俺は今放てる最大限の一撃を叩き込んだ。
『ブラックホールクラスター、発射!』
周囲の次元獣を巻き込みながら突き進む黒い太陽は直後、銀色の太陽と正面から激突し。
光が、陰月をも巻き込みながら広がっていった。
◇
一体、どうして俺はこの世界に来たのだろう?
何故、俺はグランゾンと共にいるのだろう? 結局その問題は何一つ解決出来ず、未だに俺はこの混沌とした世界を生きていかねばならない。
色々無くしたものもあるし、これからも悲しい出来事が自分を待ち受けている事だろう。
だけど、今はそれでもいいと思っている自分がいる。
───だって
『───うぇ、ひぐ、ゴメンナサイ。グス、ゴメンナサイ。リモネシアを、皆を壊して……ごめんなさい』
自分が取り返したいと願うモノが、今。俺の手に帰ってきたのだから────。
γ月A日。この日を境に後に破界事変と呼ばれる戦いは終局し……。
俺はとうとう二十歳になった。
シオニーさんも取り戻せたし、俺も飲酒が出来る歳になった事で一安心なのだが……一つ、困った事がある。
子供達と約束したお菓子、買ってないや。
……どうしよう。
次回は幕間らしき小話を挟んで再世篇へと行きたいと思います。
今回はまたもや色々ヘタレてしまった主人公ですが、今回を機に本当の意味で吹っ切れたので多分こういった葛藤は今後ないと思います。
色々フラストレーションが溜まっているかと思いますが、再世篇ではその分爆発させようかと思います。
主にアロウズに対して(ゲス顔
それでは次回にお会いしましょうノシ