────時間を遡ること数分前。
翠の地球をサイデリアルから解放する為、Z-BLUEが最後の敵拠点に攻め込むと同時に囚われているセツコ=オハラを救出する為の作戦を開始した時刻、潜入部隊と共に基地へ訪れたC.C.はそこで自身にとって最悪の展開を迎える事となった。
眼前に立つ翡翠の魔女、自身と同じ髪色をしておきながらその内に孕んでいるどす黒いモノは、これまで永い時の中で生きてきたC.C.でさえも全く未知なるモノ。
“サクヤ”。Z-BLUEに難民として乗り込み、生活班としてここまで共に戦ってきた彼女が醜悪とさえ呼べる瘴気を振り撒き、慈愛の笑みを浮かべてC.C.の前に佇んでいる。
何故彼女がここに? 本来ならZ-BLUEの何れかの艦で避難している筈の彼女がどうしてここにいるのか。納得の行かない事態を前に、しかしC.C.はそれ自体を問題視してはいなかった。
あの時、初めて奴に問い詰めた時からこうなる事は予見していた。目の前の人の型をした異形は不死の存在である自分に興味を示している。それは人としてという意味合いではなく、文字通り“食糧”としての興味。
サクヤと名乗るソレは人類を虫ケラとしか認識していない様に、C.C.を自分が食べるのに相応しいかどうかという興味しか持ち得ていない。これまでこの女が自分に手を出して来なかったのは、偏にそう見極めていただけの話。
そして、今回の作戦でその見極めは確定したモノとなった。自分が食べるのに相応しいと判断したこの女は、今日ここで自分を捕食する為にワザワザここまで追ってきたのだ。
…………いや、ワザワザという言葉は適切ではない。この人智から外れた化け物にとって、厳重なZ-BLUEの艦から誰にも気付かれずに逃げ出す事など簡単な事なのだ。だからこそ、目の前にいるサクヤがここにいるのに、未だにZ-BLUEから彼女がいないという報せは届いてきていないのだ。
「………一応聞くが、何故私にここまで固執する? 正直面倒なんだがな。お前みたいなストーカーに狙われるのは」
「フフフ。なに、ほんの戯れですよ。ほら、よく言うではないですか。獅子は狩りの際に喩え相手が兎やネズミだろうと全力を尽くすと、私もそれに肖ってみたいと思ったまでですよ」
答えになっていない。が、目の前のサクヤと名乗る怪物が何を言いたいのかは理解した。要するにこの女、この状況で尚自分が楽しむ為に遊んでいるのだ。狩りに駆られた狩人…………いや、死にかけのネズミを弄ぶ猫の様に、この女は自分を玩具にしようとしている。
(通信も………ダメか。どうやら本当に今の私は追い詰められたネズミらしい)
事前に渡されていた通信端末も、今は何の反応も示さなくなっている。どうやらこの女がこの場に来た時点でここは既に奴の腹の中らしく、この分だと他の仲間を呼び戻す事も出来そうにない。
グニャリ、そんな音を立てて周囲の空間が歪曲する。サクヤと名乗る怪物を中心に空間が歪み、世界が軋みを挙げる。
「さて、それでは始めましょう。数少ない私の狩り、精々楽しませてくださいね」
「誰が!」
両手を広げ、無防備となった所にすかさずC.C.は懐からあるものを取り出し、床へと叩き付ける。
瞬間、辺りに強烈な光が瞬く間に広がり、サクヤの視界を侵食していく。閃光弾という地味ながら有効な一撃が確かにサクヤの眼球に直撃した。視界を遮られ、一時的に視力を失うサクヤだが、その表情には以前として笑みが貼り付けられている。
コロコロと何かが足下に転がる音がする。未だ視力は戻っていないが、何だろうと視線を下げた瞬間、爆発による衝撃がサクヤの身を包み込んだ。
背後で聞こえてくる爆発音に耳を傾けながら、構わずC.C.は駆けていく。あの爆発程度では精々足止め程度にしかなり得ない、あの怪物を相手にするには少なくともZ-BLUEの総出で立ち向かう必要がある。
直感ではない。これは事実だ。そう思わせるほどの凄みと不気味さがあの女にはあった。未だにその正体と目的は不明だが、一つだけ確かな事がある。
ここから、この基地から抜け出さなければ自分は消える。死ぬ、ではない。自分はあの女に
今更自分の命が惜しくなった訳ではない。ただ、意地があった。せめて笑いながら死ねと口にした
最後まで足掻いてやる。そう決意しながら足に力を込めて駆け出すC.C.だった──
『私は哀しいです』
「っ!?」
唐突に耳元で囁かれる声、それにゾッとしながらC.C.は銃を取り出し、声のする方へ銃口を突き付ける。しかし、それよりも早くC.C.の首は締め上げられる。
尋常──なんて所じゃない。文字通り指ひとつ動かせられない圧倒的すぎる力の差、自分の体が浮かび上がる感覚を覚えながらC.C.はうっすらとその瞼を開け、そして恐怖を覚える。
『どうして貴方達はそうまで抗うのです? 無駄なのに、無意味なのに、無価値なのに』
そこにいるのは能面の顔をしたサクヤ“だったもの”。その口から溢れるの呪詛のようで、その目に映るのは何もないただの空洞だった。この時C.C.は漸く理解する。目の前にいるのはサクヤ個人ではなく、サクヤの形をした蠢く何かなのだと。
「この、 化け物が!」
喉を締め上げられ、呼吸もままならない状態で、それでもC.C.はサクヤだったモノに銃口を突き付け、その引き金を引き絞る。
炸裂音と共にサクヤの顔半分が吹き飛ぶ、返り血塗れになるのを覚悟するC.C.だが、その内にあるモノを見て絶句する。
色だ。赤や黄、青といった感情と思わしき三色の色が剥き出しのサクヤの頭部、その内側で蠢き、犇めき合っていた。
呆然となるC.C.、そんな彼女にお構いなしにソレは無造作に腕を振り、力任せにC.C.を床に叩き付ける。
「かはっ」
衝撃がC.C.の体を襲い、血反吐が肺に溜まった空気と共に吐き出していく。頭も打った所為か視界が揺れる。
更に追い討ちを駆ける様にC.C.の胸元に衝撃が走り、激痛が彼女の全身を駆け巡っていく。見ればサクヤの足がC.C.の胸元にめり込み、彼女の伽藍堂の眼が此方を覗き込んでいた。
『けれどそれでいて私は楽しい。無駄なのに足掻いて、無意味なのに藻掻いて、無価値なのに抵抗するその姿はとても楽しく、見ていてとても面白い』
『しかし、それ故に許しがたい。無価値の分際で抵抗するその姿が、無意味なのに弁えないその在り方が、無駄なのに存在しているその事実が、私はとても許せない!』
支離滅裂、言っている事はちぐはぐで出鱈目な言葉。無意味なのにと哀しみ、無価値だからと楽しみ、無駄なのだと怒るサクヤのその姿は、まるで癇癪を起こした子供の様だった。
感情の爆発、それを加速させるに連れて周囲の空間はより歪んでいく。まるであの時の再現だと察したC.C.は何とかそこから抜け出そうと藻掻くが、まるで抵抗は無意味だと言うように彼女の体は力が入らない。
このままでは不味い。そう思った時だ。
「おい」
『?』
声が聞こえた。自分達以外はいない筈のこの空間で、しかし確かに声が聞こえた。なんだと思い、辺りを見渡すサクヤが次に目にしたのは…………。
「その人を気安く足蹴にしてるんじゃあねぇよ」
拳だ。眼前に迫っていた拳はサクヤの顔面を捉え、深々とめり込み、そして吹き飛ばした。
吹き飛んだサクヤに驚くC.C.、しかしそこに佇むその男を見て、彼女はため息を吐いてやれやれと肩を竦める。
「やれやれ、随分遅い到着じゃないか? えぇ? 蒼のカリスマ殿?」
蒼い仮面を被り白のコートで身を包む魔人、蒼のカリスマ。コートを靡かせ、拳を突き出したまま悠然と佇む彼がそこにいた。
「すいません。お詫びに後で約束のピザ、作りますから」
それで勘弁してください。と、そう弁解する蒼のカリスマ、相変わらずだなとC.C.は呆れるも、その在り方にどうしようもなく頼りになる、そう思わずにはいられなかった。
「……で、いきなりぶん殴って吹っ飛ばした訳だが、アレはなんだ? 見たところ人間じゃあなさそうだが───いやまてよ」
通路の先で吹き飛び、倒れるサクヤを見てシュウジは感じる。目の前の倒れ伏す女性から感じられる圧倒的な存在感とそれに比例しておぞましい程の何か、それは先日のバルビエルをボコボコにした時に感じた違和感と全く同じモノだった。
「成る程、あの時感じた気持ち悪い感覚の正体が分かりました。アナタ、あの空間にいた“怒り”と“楽しみ”の同類ですね」
蒼のカリスマとしての口調で指差すシュウジは確信を持ってそう告げる。C.C.は何の事だか今一つ理解できていないが、どうやらあの女は蒼のカリスマが警戒をするレベルで厄介な存在らしい。その証拠に、彼の口調は余裕こそあるものの、何処か緊迫した様子だった。
『んふ、フフフ、アハハハハ!』
伏していた状態からゆっくりと起き上がり、此方に振り返るサクヤ、既に撃たれた傷は癒えておりその表情には満面の笑みが貼り付いている。しかし、C.C.は理解していた。今、この女は嘗てないほどに感情を昂らせていると。
『あぁ、会いたかった! 会いたかったですわ蒼の魔人。私の愛し子、私の魔人、私の運命! あぁ、この時をどれだけ待ちわびた事か!』
「うわー、サイコなお方でしたか」
感情を吐露し、それに比例して空間が捩れる。綺麗な面持ちだったのに酷く歪んだその顔に、蒼のカリスマは思わず素を溢してしまう。
瞬間、床だった箇所が突然隆起し、蒼のカリスマとC.C.に雪崩れ込む。槍のごとく鋭いそれは、後ろに跳躍する事で回避した蒼のカリスマの足場を貫いて余りある威力を誇っていた。
「良かったじゃないか、これでお前も晴れて彼女持ちか。後でヨーコとカレンにも報告してやらねばな」
「やめて、隙あれば俺を追い込もうとするのホントやめて」
跳躍する際、C.C.を肩に担ぐ所謂お米様抱っこで抱えて距離を取る蒼のカリスマは、相変わらず辛辣な彼女にゲンナリする。───しかし、そんな蒼のカリスマの余裕を抉り取るように、今度は天井が変形し、無機質な槍となって二人に降り注ぐ。
「ちっ」
軽く舌打ちをしながら空中三角飛びでこれを回避し、しかしサクヤの攻撃と思われるソレは収まらず、その頻度はより苛烈さを増していく。
上から下から、横から背後からと所構わず射出される槍は止めどなく蒼のカリスマに降り注がれていく。
『あぁ、あぁ! いい! その苦悩、その葛藤! ぞくぞくしますワクワクします! もっと、もっとアナタの表情を見せてください! アナタの苦痛を、アナタの苦悶を、その全てを私は見たい!』
「随分熱烈な歓迎じゃないか。どうだ、いっそのこと受け入れてやるのは」
「いやもうホント、勘弁して下さい」
縦横無尽に襲い掛かる槍の嵐、やがて槍だけでなく鎚、剣、矢、あげくの果てには大砲など、様々な凶器が二人を襲う。そんな脅威を前に避けきれる蒼の魔人もやはり怪物だった。
「真面目な話、どうなってます? なんでここの基地ってこんな不可思議な空間になっちゃってるんですか?」
「私にも分からん。………が、可能性として推察する事は出来る。恐らくここは文字通り奴の腹の中なのだろう。奴が感情を高める毎に世界を侵食し、周囲の物理的空間をねじ曲げ、自分の
(自分の力で物質空間に侵食する結界とか、それなんて固有結界?)
だが、お陰で光明は見えた。この空間が奴の生み出した
『あぁ、我が愛し子よ!』
巨大な基地の通路、その全てを埋め尽くす巨大な槍が歪んだ空間の中から現出する。逃げ場はなく、勢いのまま射出された巨大なソレに対し、蒼のカリスマ───いや、シュウジは一瞬だけ思考を加速させる。
(まだ実戦では使った事がないから不安だけど…………仕方ない、か)
それは諦めにも似た境地、仕方ないと自分に言い聞かせ、迫り来る槍の尖端に右手を翳したシュウジはあの言葉を紡ぐ。
“グラビトロンカノン”
瞬間。槍は砕かれ、地面は大きく陥没した。周囲に展開した凶器ごと圧壊し、空間ごと粉砕した。その光景にC.C.は目を見開き、サクヤすら狂喜の笑みを浮かべていながら停止している。
そしてそんな無様といえる隙をシュウジは見逃さない。
「詰みだ」
『っ!?』
いつの間にか埋められていた距離、C.C.を抱えながら腰だめに構えた右拳にサクヤは呆然となり───。
「────猛羅総拳突き」
眼前に広がる拳の弾幕に呑まれていった。外壁を破り、尚吹き飛んでいくサクヤ、その様子を見ていたシュウジはこの時、かの男の存在を認識する。
その様子からどうやら遂に動き出したらしく、ここからでもヒビキの断末魔が聞こえてくる。
「野郎、やりやがったな」
遂にこの時が来た。散乱する瓦礫を押し退け、適当な所にC.C.を置き、シュウジは仮面の奥で凶悪な笑みを浮かべ、基地から身を乗り出した。
◇
─────蒼のカリスマが生きていた。情報だけなら、話だけなら聞いていたかの魔人の生存報告。まさかと誰もが思った。死んだ筈だと、この目でその瞬間を見た者は誰もがその事実に驚いた。
しかし、同時に疑うこともしなかった。アレほど派手に散っておきながら実は生きていたという蒼のカリスマに、Z-BLUEは驚き以上に納得していた。やはり奴は生きていたのだと、疑問に思うよりその方がしっくりした。
そして、その生きていた男が目の前にいる。言いたい事があった者がいた。一言文句を言いたい者がいた。生きていた事に嬉しく思う者がいた。
しかし、誰もかの魔人には近付かない。近付こうとしない。───否、動けなかった。
アドヴェントという圧倒的な未知なる存在、生身でありながらジェニオン・ガイを打ち倒すその力に圧倒され、その戦意を根こそぎへし折られようとしていた。
誰もが動けないでいる中、蒼のカリスマただ一人がアドヴェントに向かって足を進めていく。
全員が注目しながら、しかし此方には見向きもせず、蒼のカリスマ────シュウジ=シラカワは彼との距離を縮めていく。
「まさか、再び私の前に現れるとはね。尊敬するよその執念は、驚嘆に値する」
「…………」
「で? その握り締めた拳で私を殴るかい? まぁ当然だな、君にはそれだけの怒りがある。…………しかし、出来るのかな? 君に、私を討つことが。こうしている間にも君の大事な人達が危険───」
そこまで言いかけてアドヴェントの顎が跳ね上がる。血飛沫を折れた歯と共に吐き出し、その体を宙に浮かす。
蹴りだ。煽り、挑発してくるアドヴェントの顎に、シュウジは無言のまま蹴りを入れた。一切の容赦なく、一切の情けもなく、シュウジはアドヴェントの死角から一撃を見舞ったのだ。
「…………テメェには一切の問答はいらねぇ。ただ一方的にぶちのめすだけだ。ラトロワさんを、シオさんを傷付けた報い───今こそ受けろ」
構える。両の拳に力を込め、放つのは全身全霊の一撃。
「
ただし、その一撃は一発で終わることはない。一つ一つに殺意を乗せ、殺しきる勢いで放つのはシュウジの得意とする技…………その強化版である。
「な、なん──」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」
抵抗は無駄、そう言い切りながら放つ拳の弾幕。宙に浮いたまま、なんの防ぎようも無かったアドヴェントは身に纏うバリアを砕かれ、瞬く間に呑み込まれていく。
その光景に誰もが愕然となり、アサキムさえ目を見開いている。誰も動けない状況の中で一方的な蹂躙が開始された。
やがて収まった拳の嵐、解放されたアドヴェントは力なく倒れ、横にいるサクリファイと同様動けなくなる。血にまみれ、凹凸の激しくなった顔、満身創痍処の話ではないアドヴェント。
しかし、彼の怒りはまだ収まらない。
「立てよ。テメェにはまだまだ沢山の借りがあるんだからよ」
「あ、あぐぁ…………」
「テメェのその傷を癒すのに一体何秒掛かる? 治った瞬間、テメェには最大の奥義を見舞わせてやる。リモネシアの皆の分を含めてなぁ」
覚悟しろ。そう言い切るシュウジの瞳には嘗てないほどの怒りの火が渦巻いている。
「テメェは俺を…………怒らせた」
シュウジ=シラカワ、彼の怒りの復讐劇はまだ始まったばかりだ。
ボッチ(inグランゾン)が仲間になりたそうに此方をみている。
それでは次回もまた見てボッチノシ